真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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100:IF/なかなか平和続きとはいかない日常②

-_-/その頃の桃香さん

 

「はぁああっぷしゅっ!!」

「ふわっ!? ……と、桃香さま? どうかしましたか、急にくしゃみなど───まさか風邪!?」

「へっ!? あ、そんなんじゃないよ、大丈夫大丈夫っ、ちょっとむずっときただけだから」

 

 蜀の城下の一角で、愛紗ちゃんと一緒に人の波を見ては笑む。

 都が出来てからというもの、商人さんが来るたびにわくわくしている自分が居る。

 今日はどんな商人さんが居るのかなーとやってきたそこで、急にくしゃみをしてしまった私を慌てて心配する愛紗ちゃん……心配性だと思う。それもすっごく。

 慌てて心配って、ちょっと言い方が変かな。でも愛紗ちゃんはいっつもこんな感じだ。

 

「えへへー、この前の商人さんが持ってきた絡繰、面白かったねー」

「天の御遣いが作った絡繰だー、などと言って売ろうとしていたあれですか。都が出来てからというもの、“天の御遣い”の名を売り文句にする商人が増えましたからね。あれも真実かどうか怪しいものです」

「でもでも、見たこともないものだったよ? 大きな(かめ)みたいなのに入ったおじさんに剣を刺していって、刺しちゃいけないところに刺すと飛び出る~って」

「……桃香さま。その言い方ではおじさんだけ滅多刺しです」

「あれ?」

 

 ? 甕に入ったおじさんを刺して……あ。

 お、おじさんが入った甕を刺すんだったね、あは、あはは……。

 

「え、えと。あの甕、“たる”とか言ったっけ」

「はい。絡繰の名前は“黒髭危機一髪”といいましたか。どういう原理で毎回刺してはいけない場所が変わるのかはわかりませんが……なるほど、ああいうものを作れるのなら、一刀殿が考えたというのも頷ける気がします」

「だよねだよねっ、だから今日もきっといいものが───あ」

「? 桃香さま? どうされました?」

 

 人があまり寄り付かない場所に、一人の商人さん。

 なんだかとっても元気がなくて、しょんぼりと座り込んでいる。

 話しかけてみると、商品がちっとも売れなくて困っているんだとか。

 

「これが売れなきゃ、家で待ってる子供達に食わせてやれなくて───」

「愛紗ちゃん、買ってあげよっ!」

「なりませんっ!!」

 

 即答だった。

 

「……桃香さま? 先日もそう言って無駄に買い、買ったものをどうしたものかと持て余していたのをお忘れですか?」

「えぅっ……で、でもあれは、きちんと街の子供さんたちに……」

「ええ、寄付なされていましたね。買ったものを、どうぞと」

「うー……」

「国庫は無限ではありません。その王たる桃香さまがそんな無駄遣いばかりをしてどうしますかっ! 大体桃香さまはやさしすぎるのです。桃香さまがこうして買おうとして使う金も、こうして街がそれぞれの需要と供給で支え合って届くものであり───!」

「あ、ああああ、あーの、愛紗ちゃん、愛紗ちゃんっ? そのっ、せめて商人さんの前で説教は……!」

「なりませんっ! 今日という今日は桃香さまのその、手を差し伸べすぎなところを───!」

「はぅうっ……」

 

 お説教が続く。

 商人さんはぽかんとしていて、私が王だと知るとなんだか横を向いてふるふると震え始めて……あぅう、絶対に笑われてる……!

 でも売れないと食べられないのは可哀想だよね。

 ……そうだっ、きちんと役に立つものを買えばいいんだ。

 どうしてこの人のところにだけお客さんが来ないのかは解らないけど、何を売っているのかを見れば───……

 

「………」

「桃香さまっ! お話はまだ───……桃香さま?」

 

 私の視線に気づいたのか、愛紗ちゃんもちらりと商人さんが広げる商品に目を向ける。

 そこには……なんだか言葉には出来ない怪しげなものがごろりごろりと転がっていた。

 

「……店主。これはいったいなんだ?」

「へ? あ、ああっ、これは俺っちが作らせていただいたもので、食べ物に見立てた置物でさ! これを気に入らない相手の家にそっと置いて、噛んだ瞬間にざまあみろと───」

『………』

「……だ、だめでやすかね?」

 

 買おうと思っていた気持ちが、ぴうと走り去ってしまった。

 さすがにそんなひどいことは出来ない。

 もしやるとしても、ざまあみろなんてことじゃなくてもっと楽しいのがいいと思う。

 うーん、こんな時お兄さんならどうするのかな。

 

「……店主。さすがにこれは誰も買わないと思うぞ」

「うっ……いえ、俺っちもうすうす感じてはいたんでやすがね……。きっと乱世の頃ならもっと気軽に……っとと、言っていいことではありゃせんでしたね、申し訳ねぇです」

「……いや。売れなければ食うに困るという点では思ってしまうのも仕方が無い」

 

 目を伏せて、やれやれって感じで言う愛紗ちゃん。

 でも、乱世の頃にしか売れないのなんて出来れば人を傷つける道具だけであってほしい。だから……これは人を馬鹿にしちゃうようなものじゃなくて、楽しむものであるべきだ。

 

「あの、店主さん。これ買います」

「───……へい、やっぱそうでやすよね。こんなものを買うわけが───へぇっ!?」

「なっ、桃香さまっ!? 正気ですか!?」

 

 ……あれ? 今愛紗ちゃんに正気を疑われた?

 あっと、それより説明説明。きちんと話さないと愛紗ちゃん、頷いてくれないだろうし。

 

「えと、ほら。愛紗ちゃんこの間言ってたでしょ? 鈴々ちゃんがなんでも食べちゃって困ってるって。“言っても聞かないのから何か仕置きが出来ればいいのですが”~って」

「それは……まあ、言いましたが。……まさか桃香さま? これで?」

「うんっ、ちょっといたずらしちゃおうかな~って。えへへ? べつにこのあいだ、あとで食べようと思ってた桃を勝手に食べられちゃって怒ってるわけじゃないよ?」

「桃香さま。その……言ってしまっている時点で語るに落ちている気が」

 

 愛紗ちゃんはそんなことを言っているけど、その時に一番怒ったのは愛紗ちゃんだった。その時に“言っても聞かないのから何か仕置きが出来ればいいのですが”と言っていた。

 私も落ち込みはした。その時は食べられちゃったなら仕方ないかなとは思ったけど……売りに出してたおばさんが自信たっぷりに“いい出来なんですよ、是非食べてみてください”って言ってたのを思い出すと、やっぱり鈴々ちゃんのすぐに食べ物に手を伸ばしちゃう癖はなんとかしたほうがいいと思うんだ。

 恋ちゃんはきちんと訊いてくるのに。

 なのでこれだ。無断で食べるのがどれだけいけないことなのか、わかってもらうのだ。

 

「あ、の……買って、くださるんですかい?」

「うんっ、これとこれと……あとこれもっ」

 

 本物にそっくりのものを見繕って、詰めてもらう。

 ……うわー、見れば見るほどそっくりだ。

 

「時に店主。これはいったいどうやって作ったんだ?」

「結構前に、呉で御遣い様と話す機会がありやして。わざわざ邑や街ひとつひとつに立ち寄って、落ち込んでばかりだった俺っちらにいろいろと教えてくださったんでさ。いや、あの方は話しやすくていいですね。飾った感じがしないで、むしろこう……目線を合わせるっつーんですかい? 御遣いなんて偉い方なのに、俺っちらの目線でものを見るのが上手いってぇ言いやすか。はは」

 

 店主さんはほっぺたを掻きながらそんなことを言う。

 へええ……お兄さん、呉ではそんなことしてたんだ。

 一応話には聞いてたけど、細かなことまでは知らなかった。

 

「まあともかく、その時に食べ物の置物という話を聞いたんでやすよ。天には本物そっくりの偽物の食べ物がある~とか。で、なんていいやすか、実物を見たくなっちまいまして。無い知識絞っていろいろやって、出来たのがこれでさ。重さも考えなけりゃいけねぇってことで、これもまた苦労したんですがね」

 

 お兄さんは石を削ったものとか粘土を固めたものとかで例を出していたみたい。本来は蝋で作るそうだけど、蝋なんて簡単に用意できない。

 店主さんはそういうのを試してみて、ようやく出来て一息ついたものの、出来てみればあまり使い道のない置物が完成しただけだったってがっくりしちゃったみたい。

 でも自分は商人なんだから、もしかしたら誰かが買ってくれるかもって、こうして売りにきたらしい。

 

「いやしかし、頑張ってみるもんですねぇ。まさか買ってくださる方が居るとは」

「うんうん、これも需要と供給だね」

「……やれやれ。これで鈴々の癖も直ってくれるとよいのですが」

 

 詰めてもらった置物に対しての代金を支払って、愛紗ちゃんと一緒に歩く。

 店主さんは私たちが見えなくなるまで「ありがとう! ありがとうごぜぇやす!」と手を振っていた。なんかちょこっとだけいいことをした気分。でもこんなことを続けてたらまた愛紗ちゃんに怒られるね。……衝動的にものを買うのはやめてくださいって言われてるし。

 

「なんだか、面白いねー。これだけ離れてるのに、何かがあるとすぐにお兄さんの話題が上がるなんて」

「それだけ天の知識は目立つということでしょう。時に危うさを感じないでもありませんが」

「危うかったらみんなで助け合えばいいんだよ。この平和が続きますようにって、私たちが目指してる“これからの天下”はそこにあるんだから」

「……はい。この関雲長、これからも桃香さまの槍となり盾となり───」

「もーっ、そういう堅苦しいのはいいってばっ」

 

 厳しい道を歩いてきて、たくさんのことを知ってもまだ……それは辛さとそれに立ち向かう方法ばかりで、私たちはまだまだ世界の楽しみ方というのを知らないでいる。

 小さなことからでもいいからそういうものを拾ってみた先に、平和っていうのはあるんだと思う。せめて子供が笑っていられる時代を築こうとすればするほど、壁っていうものはたくさん見つかるわけだけど……そんな壁の厚さを忘れさせてくれるのも、案外子供の笑顔だったりした。

 

「~♪」

 

 愛紗ちゃんと城下の賑わいの中を歩く。

 ……私は、今のこの空の下が好きだ。

 華琳さんと衝突した時にいろいろ言ってしまったことを思い出すけど、現実として訪れた華琳さんの覇道の先にはあの時の私では想像も出来ないくらいの笑顔があった。

 これが華琳さんが唱えていた力の先にあるものなら、私はやっぱりもっと世界の広さというものを知っておくべきだったんだろうなって後悔する時がある。

 そうは思うけど……それでも、私はこの世界が好きなのだ。

 笑顔があって楽しいがあって、後悔はあっても“今”を笑える。

 私を信じてついてきてくれた人が居て、信じたまま死んでしまった人が居て、私は私の夢には辿り着けなくて。

 でも、今からでもみんなが願った平和に辿り着くことが出来ることも、それらを守ろうと努力することも出来るのだと教えてくれた人が居て。

 いつかそんな平和に心の底から満足出来たら…………無駄じゃなかったよ、辿り着けたよって……死んでしまった人たちへ、笑って報告が出来ると思うのだ。

 今はまだ頑張ってる途中だから、胸なんて張れないけど。

 負けてから目指した夢なんて、って笑われちゃうかな。

 確かに情けない話だと思う。

 それなら最初から華琳さんのもとへ降っていれば平和に目指せただろう、なんて思ってしまったことだって当然ある。

 でも……意見が、道が交わらなかったから戦が起きたのなら、避けることなんて出来なかった。

 それが、今は哀しい。

 

「じゃあ愛紗ちゃん、次は何処に行こっか」

「いえ桃香さま。そろそろ執務室に戻っていただきたいのですが。仕事も残っておりますし」

「はうっ……! ……う、ううん、ここで嫌がっちゃだめだね。じじ、自分に出来ること、自分にやれること~……うんっ、よしっ」

 

 ぐっと気合(みたいなもの)を込めて歩きだす。

 動かす足は重いのか軽いのか。

 でも、自分の行動の理由がお兄さんの言葉に影響されていっていることは、なんとなく気づいてはいる。

 影響されているからってそうするかどうかは自分の意思なのだから、結局はこれも自分の意思なんだけど……改めて思ってみると、ちょびっとだけくすぐったい。

 

(お兄さん、今頃なにしてるかなぁ)

 

 ふんふんと鼻歌なんかを歌ってみる。

 いつか、報告を待っていた私をほっぽってみんなで楽しんでいたらしいお兄さんに歌ってもらった歌だ。

 全部を覚えているわけじゃないけれど、覚えている部分だけでも結構楽しい気分になれたりするものだなぁって、楽しい気分が溢れてくる。

 溢れてくると、今度はじっとしていられなくなって辺りを見渡して、珍しそうなものがある場所へと突貫。愛紗ちゃんが慌てて追ってきて、またがみがみとお説教が始まる。……心配してくれてるのはわかってるし嬉しいんだけど、ちょっと過剰すぎる。

 なにか話題を変えたほうがと思いついたことを次から次へと出してみても、愛紗ちゃんはきちんと返事をくれるし頷いてくれたりもするんだけど、また説教に戻ってしまう。

 ……もしかして愛紗ちゃん、お説教が趣味だったりするのかな。

 

「あ、あーっ、愛紗ちゃんっ……? ここっこ今度はあっちに───」

「桃香さま。仕事が残っています」

「でもでもっ、これも視察って仕事の一部で───」

「───程昱が言うには、サボっていた時の一刀殿の言い訳の一つだったそうですね」

「うんそうそうっ、便利な言葉だよ───……ね…………あぅ」

 

 ついにっこりと笑顔で返事してしまったら、目の前に怒気溢るる愛紗ちゃんが居た。

 こうなってしまうともう私が何を言っても無駄なわけで。私は仕方なく、笑顔で怒ったままの愛紗ちゃんに引かれるままに、城へと戻るのだった。


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