真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

285 / 454
100:IF/なかなか平和続きとはいかない日常④

 そうと決まれば早速実践。

 穏を都の書庫の前へと連れていき、びくりと肩を弾かせながらも顔は期待に満ちている穏を───おもむろに中へとご招待。……は、あまりにいきなりすぎるので、書庫前の木の幹に待機してもらって少しずつ本を持ってくるというカタチで。

 

「大丈夫か?」

「うふふふぅ~? いくらわたしでもこれくらいの量ではどうということはありませんよぅ?」

 

 言葉の割にはうっとりしていた。

 一言で言うと既に駄目そう。

 なのでちょっと失礼して肩に触れ、氣を送り込んでみる。

 冷静な自分をイメージして、それで包み込むような感覚だ。

 ……冥琳が言うには、本の“質”でぶっ飛ぶのが主な症例とのことだが……症例? ともかく、何処にでもあるような書物ではそうそう発作は起こらないようだ。

 ようするに新たな知識や己が思わず感心してしまう知識が書かれた、大変貴重な書物にこそひどい反応を見せるのだろう。そしてそれは、他国の見知らぬ書庫に入るのならば未知の知識世界となるわけで、興奮は相当なものに…………あ。とかなんとか思ってたら、倉のほうを見ながら涎をたらして───涎!?

 

「穏! 口! 口!」

「へわうっ!? は、あわっ!」

 

 ごしごしと口元を拭う穏さんの図。

 ああもうなんだろうこの気持ち……稟と同じで治せる気がしない。

 ……まあいいや、慣れさせるためにも次々と本を置いていこう。

 一応大体の書物には目を通したけど、どんなものが穏の琴線に触れるかなんてのは俺にはわからない。

 予想としては恐らく“古いもの”。歴史を感じさせるなにかしらが書かれたものとかが利くんじゃないかと思うのだが。

 ……華琳が書いた孫子の注釈本なんてどうだろ。

 歴史は…………ううむ、残念ながらそうまで長くない。

 でも珍しさでいえば随分だよな。

 あ。華琳が書いたで思い出したけど、四時食制って完成したのかな。

 もし完成してるなら、それに乗ってる料理とか食べたいな───……って、思えば華琳と書物の関連って、大体が春蘭が原因で振り回されてばっかりだったよなぁ。

 四時食制も、孫子注釈本も、韓非子の孤憤篇も……いや、ひとつひとつ上げてたらキリがない。本に限らず、とにかく振り回された記憶ばかりだ。

 それを考えれば今さら、本に興奮する人のことくらいどうってこと───

 

「~……!!」

「あ」

 

 ……ないって言いたかった。

 言いたかったけど、苦笑しながら見つめた先には俺が持ってきた書物のひとつを手にとって、目を輝かせる陸孫さん。

 いやあまあそのう、輝いているだけならよかったよ? それはさすがに俺も否定なんかしない。実際七乃が人をからかってる時なんかよく輝いてるしさ。見慣れたもんさ。

 でもその輝きが途端にとろんととろけ、書物に顔をうずめてクンカクンカしだして怪しく腰を振り始めるのを目の当たりにするとさ、ほら…………ねぇ?

 だが待とう。ここで逃げるのは簡単だが、治せるものは治してみせようホトトギス。氣を送り込んで昂ぶりを沈静化させるのだ。あとホトトギス関係なかった。こんな状況に名前を出してごめんなさいホトトギスさん。

 

「はい落ち着いて落ち着いてー……」

「あう!? あ、あぁああぅうう……!?」

 

 心が落ち着きますようにと自分のイメージを込めた氣を変換しつつ、穏の気脈に流してゆく。

 するとどうだろう、あれだけ熱っぽくうごめいていた穏が、ゆっくりと俺へと向き直りつつ、余計に熱っぽい顔で俺を見つめて……あれぇ!?

 

「あ、ぁああん……! 一刀さんが入ってくるのがわかります……! これが殿方と一つになるということなんですねぇ~……」

「逆効果だコレェエーッ!!」

 

 なんたること! だが大丈夫だ、まだ逃げ出すには早い!

 ここで俺が無意味に慌てたりすれば、どうせ俺だけが悪いことにされるいつものその後が待っているに違いない! ……や、そりゃあ急に克服しようとか言い出してここに連れ込んだ俺が悪いんだけどね?

 だが……そう、大丈夫だ。それを理由に、性癖みたいなものなら仕方ないねとか言って女性を抱くほど、獣な種馬を名乗ってはいない! ……ごめん、なんか虚しい。そもそも種馬なんてことさえ名乗ってもいないよ。

 

「穏! そこで耐えて! 耐えられる時間が増えれば増えるほど、貴重な書物が気兼ねなしに読めるようになるんだぞ!」

「はうぅっ! そ、それはなんと魅力的な……! 一刀さんはわたしを悶絶死させる気ですかぁ……!?」

「なんでそうなるの!?」

「でもでも、我慢するよりも既に袁術ちゃんに手を出してしまった一刀さんが、わたしの昂ぶりを鎮めてくれれば、なんの問題もありませんよぅ……?」

「本で昂ぶった気持ちは本で解消しなさいっ!!」

 

 ぴしゃりと言いつつ、穏がクンカクンカしている本をシュバッと取る。

 すると“戦術原論”と達筆で書かれたそれを、まるで我が子を奪われた母のような顔で“ビワー!”と泣きながら、両手を伸ばして取り戻そうとする呉の軍師さん。

 

「あぁああん返してくださいぃいい!! まさか! まさか都にそれがあるなんて、穏的に言いますととてもとっても予想外だったんですよぅ!?」

「予想外だと泣くの!? ととととにかく落ち着く! ていうかね!? 警備の兵が居るから本に欲情してる姿なんて見せないで!? そういう緊張も持ってもらうためにそのまま立ってもらってたのに!」

 

 見れば、兵がおほんおほんと咳払いをしてそっぽを向いた。

 ……顔は、真っ赤でございました。なんかごめん。

 

「“先に”って言っていいかわからないけど言っておくな。本に興奮した穏にそういうことをして鎮めるつもりはないからな。そういうのはきちんと好き合ってから───」

「うふふ、一刀さんたら照れちゃってますねぇ。まるで亞莎ちゃんみたいですよ~?」

「………」

「いたぁーたたたた!? いたいいたいいたいですよぅうう!!」

 

 両のコメカミをゴリゴリした。世に言うウメボシである。

 そういえばコレ、どうしてウメボシっていうんだろうか。アレか? コメカミに梅干を貼ると風邪が治るって話からか?

 ああいや、それはともかくいい加減に離してあげよう。

 

「うぅうう……急になにをするんですかぁ……」

 

 ……涙目で見上げられた。

 急にあんなことされたのに、べつに恨みがましい視線じゃなかったのが意外だった。

 

「いきなりやったのはごめん。だけど、本についてのその病気ともとれる行動については、冥琳に“治せるのならば何をしてでも治してくれ”と言われててなー……」

「ぇえええええっ!? めめめ冥琳さまひどいです~!! いつもいつもそうやって人に無理難題を! ……そりゃあ、祭さまよりはマシですけど」

 

 祭さんはもっとひどいらしい。まあ、わかる。祭さんだし。

 

「いいからほら、慣れる準備。ていうかなんで知識に触れて性的に興奮したりするんだ?」

「うう……それは、わたしにも“そういうものでした”としか言いようが……」

「……やっぱりそうなのか」

 

 でも昔から……ともすれば子供の頃からこんな性癖……性癖? まあいいや、性癖を持って勉強してきて、よくもまあ軍師になれたなぁ。

 や、大変だったんだろうなぁとは思うぞ? 主に周りが。冥琳なんて、興奮した穏の相手とか溜め息吐きながらやってたんじゃなかろうか。

 実際、今もどうしたものかと悩んでいる俺の腿に手をさすりと滑らせてきて、ってなにしてんのちょっと!!

 

「ボディタッチはやめて!? むしろ勉強してるんじゃなくて克服しようとしてるんだから、妙な興奮はいらないだろ!」

「一刀さんが慰めてくれないのでしたら、穏が勝手に───」

「しちゃだめでしょ! だからそういうのは好き合ってからだって言ってるでしょーが!」

「それじゃあ穏ひとりで───」

「うわぁあああああこんなところで始めようとするなぁああああっ!!」

 

 興奮に頭をやられて周りが見えてないんですかこの娘ったら! いや、“この娘”って呼ぶには大きすぎますがね!?

 とにかく脱ごうとした穏をガッシと押さえ、正座させてからガミガミと説教した。

 ……前略冥琳さま。

 はやくも心が折れそうです。

 

……。

 

 …………ぐったり。

 そんな擬音がよく似合いそうなほど疲れた俺は、厨房の卓に突っ伏していた。

 

「どうした、北郷。食べないのなら貰うぞ」

「ああいや、食べる、食べるんだけどね……」

 

 隣でがつがつと食事をしていた華雄が人の皿へと箸を向けるのに待ったをかける。

 さて……穏が都に到着してから何日目か。

 今日も元気に克服のための行動の様々を取っていたんだが、興奮は治まるどころか日々増してゆくばかりだ。

 さっきだって仕事がひと段落ついたから、たまには軍師から教えてもらえる勉強でも、って穏に授業の依頼をしてみれば……部屋に入ってくるなり椅子に座ってる俺の足に座って、妖艶に笑んで体を押し付けながらの授業を始める始末で…………あ、あれー……? 俺種馬とかなんとかいろいろ言われてきたけど、それってまだマシなあだ名だったりしたのか……?

 

「あー……なぁ華雄……? 霞は、まだ戻ってないのか……?」

「む……この間会った時は、“やっぱり体動かしとる方が性に合っとるわー。んで、ええ米できたら一刀に酒作ってもらうんやー、っへへー”と笑っていたが」

「………」

 

 なんと言えばいいのか。

 まあ……霞らしいのか?

 

「私もいっそ、そういった生産的なものに身を向けたほうがいいのかもしれんな」

「華雄が田畑の開墾か……」

 

 開墾(かいこん)

 山野を切り開いて新しく田畑にすること。

 他にも意味はあるが、つまりは田畑などを作ることだ。

 …………どうしてだろう、それを華雄がするイメージをしてみたら、しなくてもいい場所まで田畑となる状況が想像できてしまった。

 なのでこう言った。

 

「……その時は俺も手伝うよ」

「そうか」

 

 なんでもないように言うが、結構大変なことだよな、それって。

 まあ、いいか。メシを食おう。

 いただきますと手を合わせて食事を開始する。

 華雄はもう食べ終わってしまったようで、ちらちらと俺が食べているものを見てくる。

 ……鈴々や恋じゃあるまいし、やめなさい。

 

「北郷。お前はこのあとどうするんだ?」

「ん? んー……仕事も終わったし、しばらくは大掛かりなこともないからまとまった休みが取れそうなんだよな。といっても、小さな仕事は回ってくるだろうけど」

 

 それも早いうちに片付ければどうってことない。

 なのである意味では休みが続くようなものだ。

 

「そうか。ならば久しぶりにどうだ?」

 

 言いながら武器を構える格好をする。

 それを見ればなにをしたいのかなどわかるってもので、少し焦りながらもしっかりと頷いた。

 

「わかった。中庭でいいか?」

「フッ……ああ、構わん」

 

 ニヤリと笑う華雄は嬉しそうだ。

 そんなわけで華雄と戦うことになりました。

 あくまで鍛錬の一環……だよな? 真剣勝負ってことにはならないように願おう。

 

「……はふ。ごちそうさまでした」

 

 ゆっくりと噛んで食事終了。

 食器を片付けて、律儀に待ってくれていた華雄と一緒に中庭へ───向かおうとしたまさにその時。

 

「我を倒せる者はいるかーっ!!」

 

 中庭から、聞き覚えのある声が響いてきた。

 それちょっと違うだろうとツッコミを入れつつも、柱の影から中庭を覗いてみれば……いつの間に来たのか、槍を天に突き上げながらエイオーと叫ぶどこぞの誰かさんが。

 

「あ、やほ~っ♪ お兄様っ!」

 

 そしてあっさり見つかる俺。

 うん、まあ……呼び方でわかる通り、馬岱……蒲公英だった。

 

「蒲公英……いったいいつ来たんだ?」

「え? ついさっきだけど。蜀が誇る軍師さま(はわわ)にお兄様を驚かせつつ都に到着するにはどうしたらいいかなって訊いてみたら、出発を告げずに訪問するのが一番ですって言われたからやってみた!」

「いや“やってみた”じゃなくて」

 

 元気だ。

 鈴々と翠が合わさるとこんな感じなのかなーとか思えそうな、相変わらずの性格のようだった。

 

「それでお兄様の部屋に行ってみたんだけど居なくて、これじゃあ脅かし甲斐がないなぁって思ってたんだけど……お兄様のことだから今も鍛錬馬鹿に違いないと思って中庭で待ち伏せをしてたんだよね。そしたら見事にお兄様が!」

「………」

 

 ええ、来てしまいましたよ。

 鍛錬馬鹿でごめんなさい。

 

「……で、蜀から一人で来たのか? 危ないだろ」

「伝令に使う早馬とそう変わらないって。お兄様ったら心配性だなぁ」

「いーから。とにかく一人で来るのは危険だ。商人あたりに書状でも持たせてくれれば、俺が片春屠くんで迎えに行ったのに」

「えー? それだといつ商人さんが都に着くかわかんないじゃん。すぐ来たかったからすぐ来たんだし、商人が大丈夫なのに将がびくびく怯えるなんて、格好悪いよ」

「うぐ……」

 

 それはまあ確かに。

 そう考えると商人のなんと逞しいことよ。

 

「それに馬に乗ってきたし、馬術でそこいらの賊に遅れを取るほど、馬一族は弱くなんてないのだー!」

 

 またもや元気に手を天に。

 ほんと、元気でいらっしゃる。

 と、そんな俺の後ろから「ふむ」という声。

 そうだ、俺、華雄と鍛錬することになってたんだ。

 

「あ、じゃあ悪いんだけど……蒲公英、華雄の相手をしてもらってていいか? 俺ちょっと部屋から道着とか木刀持ってこないといけないから」

「…………この見るからに脳筋な人と?」

「……ほう? 貴様、この華雄の武を馬鹿にして見るか」

「どうして会って間もなく剣呑な空気を作れるかなぁ!! ただ相手しててって言っただけだよね!?」

「だって蒲公英はお兄様といろいろ話をする気でここで待ってたのに」

「生憎だが北郷は私と決闘をするつもりでここに来たんだ。貴様とじゃれている時間など無いな」

「………」

「………」

「あぁああもういいから冷静に! 落ち着いて話を───決闘!? えっ、けっ……え、えぇえ!? 決闘!? ちょ、華雄!? 鍛錬じゃないの!? いつから決闘って話に!?」

「うん? だから食事の時に言っただろう」

「言ってないし聞いてないんだけど!?」

 

 構えただけだよね!? 言ってないよね!?

 それを置いておくにしても、どうして蒲公英はこうパワフルなお方たちと折り合いが悪いかなぁ! ……間違い無くこの性格の所為ですね! こんな状況ならいっそ焔耶が来てくれたほうが───……ほう、が…………あ、あれ? なんだろう。自分がぼろ雑巾のように空を飛ぶイメージしか湧いてこないや……!

 

「とにかく! すぐに戻ってくるから喧嘩はしないように!」

「ああわかった。我が全力を以ってこの小娘を叩き潰しておこう。北郷との決闘の前のいい準備運動だ」

「へー。じゃあたんぽぽは、お兄様が戻ってくるまで脳筋さんから頑張って生き延びなきゃいけないんだ。あははっ、準備運動にはなるだろうけど、たんぽぽを倒せなきゃ格好悪いよー?」

「…………」

「…………」

「やめて!? 睨み合いやめて!? なんでみんなそうやってすぐに喧嘩を始めようとするかなぁ!」

 

 しかもなんか無駄に迫力があって怖い!

 い、いや一刀、落ち着くんだ。

 今は一刻も早く自室に戻って木刀をだな……!

 

「じゃ、じゃあ行ってくるな?」

『───!』

 

 スチャリと軽く手を上げて行動した途端、二人の気迫がぶつかり合い、同時に武器もぶつかり合った。

 やめて!? 人の出発を合図にとかほんとやめっ……やめてください!? 心が痛い!

 あぁああほら! 見張りの兵も戸惑い始めたじゃないか!

 ごめん! すぐに戻るから少しの間だけ我慢してて!

 

「ちくしょう最近こんなんばっかだ! ───最近どころじゃなかった!」

 

 魏に居た頃からですねちくしょう!

 俺って何処に居ても、あまり境遇変わらないんだなぁと改めて思った瞬間でした。

 ……これも、最近じゃあ思ってばっかりだったよちくしょう。


 ▲ページの一番上に飛ぶ