真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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101:IF/イメージと覚悟が技を作る。強いかは別で①

152/バトルをするからってシュートしたりエキサイティングするとは限らない

 

 大急ぎで自室に戻るや、服をヴァーっと脱いでバッグへ駆け寄る。

 チャックを開けば胴着があって、それを引っ掴むとバサァッと肩に回すように広げて腕を通すと同時に袴を掴む。まるで飛び上がるように足を通すと乱暴に着付けをして───ハッと気づくとしっかりと段階を踏んで身につけてゆく。

 焦ってはダメだ。乱暴になるのは時には良しだが、着付けを適当に済ませるのはよろしくない。

 

「んっ!」

 

 着替えをしながら心を落ち着かせて、襟元を両手でビシィと正せば湧き上がる闘志。

 鍛錬とは己が肉体と精神に向き合うものだってじいちゃんが言ってた。ならば焦れば上手くいかないのは当然のことだし、急いで戻ったところで……えーと、正直な話、俺にあの二人が止められるとは思えないわけで。

 戦い始めた将は人の話なんて聞かないのです。聞いてくれないのです。王の話なら聞くけど。せめて耳を傾けることくらいしてほしいんだけどなぁ……。俺が相対してる時なんて、やめてとか悲鳴上げると逆に笑顔で襲ってくる始末だしさ。

 

「さて」

 

 着替えたのなら一応急ぐ。

 トトトトっと爪先で走り、無駄な体力と氣は使わないように。コツは体を前傾に、足を持ち上げる運動のみで前に進むだけ。その際、着地も爪先……とまではいかないまでも、足の土踏まずより先で降りて、また持ち上げるのみ。

 そうして部屋を出て、通路を抜けて、さらに走って中庭へと出ると、そこでは予想通りに華雄と蒲公英が戦っておりました。

 

「はぁあああっ!!」

「ほわっ! ───っとぉ、相変わらず振り回すだけの攻撃だねー、うちの脳筋みたい」

「脳筋……脳が筋肉で出来ているという言葉だったな。ならば喜ばないわけにはいかないな。鍛えれば強くなるのだからな!」

「うわっ! そんな切り返し初めてされたっ!」

 

 俺も初めて聞いた。

 でも華雄の意見には賛成です。

 頭が弱いなら鍛えればいい。脳トレって言葉もあるなら、それって筋力とあまり変わらないよな。

 

「ふんっ! はぁっ! せいっ! しっ───ぉおおおっ!!」

 

 華雄が金剛爆斧を振るう振るう振るう!

 縦、突き、下段突き、振り上げ、回転薙ぎ払いと連続して振り回し、蒲公英はそれを器用に避けてゆく。さすがに焔耶とちょくちょく悶着を起こすだけあって、猪突猛進型の相手との戦闘には慣れているらしい。

 そして当然のことながら、振るう方と避ける方ではどちらが疲れるかといったら振るう方なわけで、華雄は見る間に疲労して───いかなかった。

 

「はははははは!! まだまだぁああああっ!!」

「ふぇえっ!? あ、と、わぁっ!? え、ちょ……どんだけしつこいのこの人!!」

「貴様は私を脳筋と言ったな! ああ脳筋だろう! 貴様が遊んでいる時も適当に鍛錬している時も、常に私は全力で己を鍛えていたのだからな!」

 

 まあ、そうなのだ。

 警邏や兵の調練などの仕事の時や休むべき時以外はほぼ鍛錬。

 “氣を自分で扱えるようになるにはどうしたらいい!”と言われたことがあって、せっかく言うことを聞いてくれるのならとトレーニングメニューを一から組んでみた。

 その際に、普段はどんなものを? と、いろいろと訊いたんだが……もうひどいもんだった。酷使した筋肉を休める時間がほぼ無いとくる。なので稟の鼻血対策の延長みたいな感じでたんぱく質が多い食事を用意したり、適度な休憩を入れさせたりマッサージをしたりと……まあ、それらを自分の中の“仕事”として組んでみたわけだ。書類整理と同じように、自分の日常の一端として組んでしまえば案外なんとかなるものだ。

 

 きっかけを話すとなると、華雄が俺に“私はお前の女となろう”と言って、俺が“料理でも作ってみる?”と言った日にまで戻るわけだが。「私から武を抜いたらなにが残るんだ」と言った華雄が、料理よりも氣の鍛錬を選んだところから結局始まる。

 “結局”と言った通り鍛錬は始まって、都をしっかりじっくりと作る中でも鍛錬は続いた。その時に来ていた朱里に“華雄に兵の調練を頼もう”と提案したのも休憩がてらという意識も強かったわけだ。実際、当時思い浮かべたように“華雄の仕事が警邏か俺との鍛錬くらいしかなかった”のも事実だし。

 

 そんなわけで、今さらだがパワーアップした華雄さんは並大抵のことでは疲れない。向上したであろう氣も、沸いた先から全て使われているだろうから、いつでも気力充実状態だし。なにより俺と初めて戦ったときのように“反動に反発する動き”をしなくなったことで、攻撃から次の動作へ切り替えるまでが随分と短くなっている。

 動きが細かくなったなら威力は下がったんじゃないかという心配は……まあ、向上した氣が全部身体能力に回されていることを考えれば、多少は下がろうが向上するたびに追いついて、いずれは追い越すことは想像に容易い。

 

「はっ、はっ……し、しつこいなぁもう!」

「フッ、どうした。息が上がってきているようだが?」

「ううっ……こ、こんなものどうってことないですよーだっ」

 

 華雄が踏み込む。

 横薙ぎのフルスウィング。

 これを、屈むことで避けた蒲公英がその“屈む動作”とともに振るった槍が、華雄の踏み込んだ足を横薙ぎに狙う。……が、華雄はフルスウィングした金剛爆斧の反動に身を預けるようにして軽く跳躍。薙ぎ払いを避けると、回転する勢いをそのままに金剛爆斧を蒲公英目掛けて振り下ろした。

 避けられたことに驚愕に染まる蒲公英の顔が、さらに焦りを孕んで咄嗟に槍を構えた……途端、鈍くも高い音が鳴って蒲公英が吹き飛ばされた。

 

「……ふふ、いい感触だ。さて小娘よ。どうかな、脳筋の一撃の威力は。筋肉筋肉とからかうだけで、一点を極めようともしない者には出せぬものだろう」

 

 華雄が己の武を誇るように笑い、歩く。

 その先で手をぷらぷらとさせている蒲公英は、それでもキッと華雄を睨むと立ち上がり、槍を構えた。

 

「あーっ! ちょっと待った! 俺もう来てるから喧嘩はやめ!」

「む」

「え? ……あー……お兄様ぁ……」

 

 ギシリと睨み合う二人を前に、慌てて止めに入ると……なんか蒲公英に“どうして来たの”って顔をされた。……や、そりゃ来ますよ。

 

「もうちょっと遅れてきてくれたら、たんぽぽが勝ってたのにー……」

「吹き飛ばされといてそんなこと言わない。それ以上怪我したらどうするんだ」

 

 言いながら、敗北したと認めた蒲公英の傍まで歩く。

 力が抜けたのか、ぺたんと座り込んだ彼女へ手を差し伸べると、蒲公英は口を尖らせてそっぽを向きながらも、

 

「しないよそんなの」

 

 なんて言って、ちらりと華雄を見た。

 そんな中、勝利を得た華雄が強者の笑みのままにこちらへ歩いてきたんだが───ある一点を踏みしめた途端、その足に縄が巻きつき、

 

「ぬわぁああーっ!?」

 

 ……華雄が一気に宙吊り状態になった。

 

「………」

「ね?」

 

 このコ、怖い。

 ようするに俺が止めなかったら華雄は普通にこうなっていたわけか。

 

「いつの間に仕掛けたんだよ、こんなの」

「お兄様たちが来る前。ほら、一応お兄様ってあの孫策に勝った人だし、危なくなったら引っ掛けよっかなーって」

「ほんと皆様御遣いや支柱をなんだと思ってらっしゃるの」

 

 泣きたい気持ちでツッコんだ。

 そしたら元気にあっはっはーと笑って返された。

 ……さて。気にしたら負けなんだろーなーとか思ってたけどもう負けでいいから気にしよう。なんで足に絡まっただけの縄が、一瞬にして相手を宙吊りにするだけならともかく亀甲縛りで捕らえるのだろう。……もしや忍術!? これは忍術でござるか蒲公英!

 

「で……どーするのあれ」

「そりゃもちろん、焔耶みたいにそれなりの報復を受けてもらわないと」

「あー……その手馴れた感じは、焔耶にもやってるわけだ。俺が見たことがある一度や二度じゃなく、日常的に」

 

 手馴れているわけだ。

 やれやれと溜め息を吐く俺を余所に、蒲公英は意気揚々と腕を振り回して華雄に近づく。腕っ節の立つ男が右肩に左手を当てて右腕をブンブン振り回すようなアレだ。すごい似合わない。

 しかしながら蒲公英はそうして華雄に近づいてしまい、

 

「ふん!」

「へ?」

 

 それを待っていた華雄はあっさりと腕力を持って縄を千切ると、逆さ吊りからの落下を片手を着くことで止めるやさっさと起き上がり……慌てて逃げようとした蒲公英の首根っこをぐわしぃと引っ掴んだ。

 

「えっ、えっ!? うぇえええええ!? 焔耶でも千切れなかったのになんでぇえっ!!」

「うん? おかしなことを訊くな。そんなもの、武器で傷をつければ簡単だろう。縄が足に絡まった瞬間、そこに切れ目を入れておいた。咄嗟のことに武器は落としてしまったが、多少の切り込みがあればこんな縄、どうということもない」

「うわー……」

 

 蒲公英が滅茶苦茶な生物を見る目で華雄を見ていた。

 気持ちはわからんでもないけどな、蒲公英。それが、いや……それでこそ(・・・・・)、筋肉を鍛えすぎていてこそ初めて、“脳筋”って言えるんだよ……。極めんとしているのが筋肉なら、脳筋はある意味褒め言葉以外のなにものでもない。

 

「しかし惜しい。自分がしていた鍛錬に休息や北郷の知識を組み込むだけで、自分がまだまだこれほど強くなれるとは……。北郷が洛陽に降りていればと思うと、この力を存分に振るえぬ今を惜しいと思ってしまう」

「それは言わない約束だろ、華雄」

「わかっている。平穏に不満があるわけでもない。こうして戦う相手も居る。が……あの頃に私がもっと強ければ、我が隊の兵にも死なずに済んだ者も居たのだろうなと考えるとな」

「………」

 

 近寄って、わしゃわしゃと頭を撫でた。

 華雄はそれを払うでもなく受け入れている。

 兵を率いた者や、王であった者なら誰もが思うこと。

 それは当然華雄もだった。

 気持ちの整理はついた~なんてことはいくらでも言えるが、本当に“言えるだけ”だからたまらない。どれだけ時間が経とうが後悔は後悔だし、死んでいったやつの笑顔を思い出せば辛くもなる。

 

  “あの時ああであれば”

 

 それを思わない人なんてきっと居ない。

 後悔を教訓にしなくちゃ前に進めないなんて、人間っていうのは本当に面倒だ。

 

「お前の傍は気安いな。私の頭をこうも気安く引っ掻き回す者など、霞くらいだった」

「そりゃ、同じ思いをしてる人相手なら気安くもなるさ」

「同じ? ───……そうか。失ったものの価値に、将も兵もない。立場ではなく、“その者”だったからこそ辛いのだから」

「んあー……それはわかるんだけど、襟首つかまれたままいちゃいちゃされると、たんぽぽとしては居心地が最悪なんだけど?」

「ア」

 

 華雄に集中してて、蒲公英のことを忘れてた。

 しかし華雄は実際襟首を掴んだままであり、蒲公英の言葉にしれっと真顔で言葉を返した。

 

「私はこいつの女だ。よくわからんが、いちゃついてなにが悪い」

『───《びしぃっ!》』

 

 そして固まった。

 固まって、そんな状態でゴガガガガッと岩と岩を擦り合わせるような重苦しい小刻みで震えながら、華雄を指差しながら俺を見上げる蒲公英さん。

 

「お、おにっ、おにいさっ……え? 女って……え?」

「かかかっかか華雄? 女って……」

「うん? 女だろう。言ったはずだぞ、夫婦で武芸達者も愉しそうだと。私は強者にしか興味がないからな。北郷は私に勝った唯一の男だ。私はしっかりと負けを認め、北郷の女になったからこそ、北郷の言う言葉の通りに鍛錬や休息を取った。そうしたらどうだ、私の力は一にも二にも成長し、以前よりも強くなったのだ。これが夫婦は支え合うということなのかと納得したほどだ」

『……、……! ~……! ……!?』

 

 俺と蒲公英は、そんな華雄の言葉を耳にしながらも互いの服を引っ張り合った。

 口にはしないがあの人をなんとかしてくれって思いと、それってほんとなのお兄様って思いが交差して落ち着いてくれない結果というか。

 

「そ、そっかー、お兄様ったら都を作ってからはしっかりと種馬の仕事を……」

「してなっ───………………イヤソノ」

「えっ!? してるのっ!?」

 

 してないと断言出来ない自分が居ました。

 むしろ華琳や美羽や七乃といたしてしまっております。

 だらだらと汗をたらす俺を、蒲公英は驚愕と困惑と好奇心をごちゃまぜにした、言葉だけで考えれば顔面が神経痛になりそうなくらいの表情で見上げてくる。

 しかし北郷嘘つかない。

 訊かれたら、真っ直ぐ受け止め応えましょう。

 

「……華琳と美羽と……」

「二人も!?」

「……あと七乃に襲われた」

「わお!」

 

 光った! 今確実に目が光った!

 光ったままで俺の左手首を両手でワッシと掴んで、なんでかぶんぶんと振るってくる。

 

「そっか、そうだよねー、お兄様に正攻法でいっても断られるって目に見えてるんだから、いっそ動けなくして襲っちゃえば……」

「本人の前で物騒だなオイ」

「にししっ、そういうのもありかな~って思っただけだってば。“曹操さま”に言われてるもんね、“きちんと同意の上なら”って。あれってお兄様だけの問題じゃなくて、たんぽぽたちの問題でもあるわけだし。お兄様がお姉さまのこと好きでも、お姉さまが嫌いだったら絶対にダメ。逆ももちろんダメってことだよね。ちゃっかりしてるよねー、魏の王様は」

「………」

 

 溜め息を吐きつつ空を見て、自分のぼさぼさな髪をわしゃりと撫でた。

 宅の王様はね、いろいろと先のことを考えるのが上手いんだよ。

 ある一定以上親しければ、俺は大抵のことを許すってことを知っているし、たとえば俺が七乃に襲われたことを知っていようが、俺が結局それを受け入れるであろうことだってきっと知っていた。

 知っているくせに嫉妬するのだ、いろいろと困ることは多い。

 なのに好きなのだから、俺自身も相当困っている。

 

「あのね。言っとくけど俺、好きだからってすぐに手を出す気なんてさらさらないからな」

「えー? せっかく魏の種馬の本領を見れるかもって思ってたのに。来るもの拒まずの“超・雄”って聞いてたよ?」

「その後にゴミ虫とかそういうのが付くんだろ?」

「うんついてた」

 

 前略おじいさま。

 今度我らが魏国の猫耳フード軍師に会ったら、問答無用で仕返ししてやることを今ここに、笑顔で誓います。

 

「それでえーと、華雄だっけ?」

「呼び捨てか」

「えー? さんとかつけてもらいたいの? どうしてもって言うならつけなくもないけど」

 

 への字口をしながら華雄を見る。

 対する華雄は少しぽかんとした後にフッと笑い、目を伏せながら軽く返した。

 

「……フ、いいや、かまわん。好きに呼べ」

 

 おお、なんか男らしい───なんて思ったのも束の間。

 

「じゃあ脳筋へそ出し女」

 

 にぱっと笑って爆弾が投下された。

 

「ああ。よろしくな、耳年増小娘」

 

 その爆弾を笑顔で打ち返す華雄さん。

 

「………」

「………」

 

 そして、何故だか妙に斜めな角度で睨み合いを始める二人。

 

「だぁああから睨み合うなってぇええっ!!」

 

 なんなのこの二人! なんか少しいい空気になったなと思った矢先に喧嘩!? ツッコミ入れてもてんで動じないし、いったい俺にどうしてほしいのさ!

 

「まあ、小娘のことはどうでもいい。それより北郷、決闘だ」

「あ、忘れてなかったんスヵ……」

 

 是非忘れていてほしかったのに。

 と言ってみれば、正直忘れていたがお前の服で思い出したとの返答。……俺の馬鹿。胴着を着てこなきゃ、スルー出来たってことじゃないですか。

 

「わかった、やろう」

「うむ。それでこそ私の男だ」

「その言い方やめて!?」

「む、む? だが私がお前の女になったのなら、お前は私の男だろう?」

「わかってないなぁ脳筋さんは。魏国がお兄様を他二国に許したように、お兄様は三国のものであって、誰のでもないんだよ?」

「なに? そうなのか?」

(……や、どうなろうとも俺自身は華琳のものではあるんだが)

 

 御遣いや支柱がどうであれ、“俺”は華琳のものだ。

 でも華雄に言われたように、どちらかに傾いたままでは支柱なんて勤まらない。だから支柱であり御遣いである限りは傾いたりなんてしないつもりだ。

 最初は華琳を抱きたいなんて思っていた時点で思いっきり傾いていた自覚はあるが、そんなどうしようもないほどの欲求が解消された今ならそれが出来る気がするのだ。……もちろん見境なくって意味ではなくて。

 

「まあいい、ならばより一層私がお前の女になればいいだけのことだ。恋だのなんだのはまだわからんが、お前が私を満たし続ければいずれわかる。そんな気がなんとなくする」

「なんとなくなんだ……」

「さあ、私を満たしてみせろ北郷一刀! 言っておくが私は遊戯でも食べ物でも満たされんぞ!」

 

 華雄が金剛爆斧を構える。

 俺もそれに倣い、黒檀木刀を構えて氣を充実させた。


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