真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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103:IF/自覚した女の子は強い。そして怖い③

 ふと目が覚めると見知った自室の景色。

 真っ先に目に付く天井を景色って呼べるのかは別として、鋭く痛む頭に顔をしかめると、すぐ近くで誰かが動く気配。視線を動かしてみれば、そこに思春が居た。

 

「……お、おはよう?」

 

 今が何時なのかもわからないままに口を開いたら、いつものように溜め息を吐かれた。

 ……まあ、たったそれだけのこと。

 それだけのことなのに、酷く安心している自分が居た。

 

「思春だけ? 蒲公英と華雄は?」

「それぞれの仕事に戻った。私は……華雄と馬岱にここに居るようにと……」

 

 キリっとした表情が戸惑いに変わりながら、ごにょごにょと口にする思春。

 今日だけで……あれ? 今日でいいんだよな?

 ……今日だけで、いろいろな思春の顔を見ている気がする。

 それが嫌だっていうんじゃなくて、あれだけ一緒に居たのに知らない顔の方が多いんだなって気持ちが、自然と顔を笑ませていった。……まあ、頭はまだ痛いんだが。

 

「そっか。じゃあ俺も……」

 

 ちらりと見ると、机の上に書簡がいくつか。

 頭は痛むけどそれくらいは出来るからと整理に向かおうと立ち上がる。……と、すぐにムンズと肩を掴まれて、ポスリと布団に寝かされた。

 

「思春?」

「寝ていろ。私が取ってくる」

「いや、落款もしなきゃだし、起きなきゃ」

「寝ながらでも出来る」

「いやいや流石にそれは行儀がどうこうの問題じゃないか!?」

「黙れ」

「だまっ……!?」

 

 驚いている俺をよそに思春はテキパキと行動して、寝台の傍に小さな円卓を用意すると、その上に書簡のいくつかと落款印を置いた。

 そして仰向けに寝転がる俺に“さあ”とばかりに書簡の一つを渡し、読めと促す。……戸惑いつつも、というかむしろ用意してくれた人に悪いなと思いながらも読んでいき……内容を確認すると、「落款が必要か?」と訊ねてくる。

 戸惑いつつも頷くと落款印を取ってその書簡に印を落とす。

 そして次の書簡を渡してきて……ってあの思春さん!?

 

「いや、さすがにこれはまずいんじゃないかなぁ!?」

「問題ない」

 

 頭に“大丈夫だ、”とつけたくなるような凛々しい物言いだった。

 そしてどうやら問答無用の構えらしく、さあと書簡を突きつけてくる。

 

「………」

 

 観念して読むことにした。

 結局これも自業自得の枠内なんだろう。

 そういったことを何度か続けて、書簡を片付けることに成功すると……今度は水差しなんかを用意してくれて、喉は渇いているかだの汗は掻いていないかだの……思わず“どなた!?”と言いたくなるようなことをテキパキと、というより甲斐甲斐しくなさってくださり、なんかもう俺、どこかで死亡フラグでも立てたっけ? なんて思ってしまう状況の中に居ることを自覚していた。

 脇役が目立つと少しして死ぬとか漫画でよくありましたよね。

 今、そんな心境。

 あの思春が俺にこんなにやさしいなんて……俺明日あたり死ぬんじゃない? って、そんな心境なのです。わかりやすいですか? “勝利への脱出!”とか言って逃げ出したい気分です。まさに失敗しそうな傍迷惑な思考です。

 

「エ、エートソノー、思春サン?」

「なんだ」

 

 キッと睨まれる。

 しかしその睨む目が俺の視線と合うと、顔は赤くなり、視線は細かにあっちへ行ったりこっちへ来たりと落ち着きが無い。

 

「その。どうして急にこんなことを? この頭痛とかって俺の自業自得なのに」

 

 少し怖かったものの、思い切って訊ねてみた。

 思春ならこういう時、正直にズバッと言ってくれるだろうし。まあどうせ勝手に倒れた俺の看病を華雄や蒲公英に押し付けられた~とかそういう理由で───

 

「……!」

「ややっ!?」

 

 ───思考が吹き飛ぶくらい驚いた。

 なんと、訊ねてみたら思春の顔が瞬間沸騰するじゃないか!

 しかも今までの平静さが嘘のように目は揺れて、足はじりじりと俺との距離を取って、目は潤んで……ああ、忙しい目ですね思春さんとかツッコミたくなるくらいだった。

 しかしそんな思春がぽそりと呟く。

 真っ赤なまま、揺れる瞳のままに、しかし俺の目をしっかりと捉えて。

 

「お前が……っ……傍にいろと、言ったんだろう……っ!」

 

 たったそれだけ。

 でも、“よく考えて答えてほしい”と言った言葉への、それは確かな返事だった。

 …………訪れる沈黙。

 体に走るのはくすぐったいような、なんとも言えないなにか。

 たぶん、それは嬉しさだ。

 上手く纏まってくれない、というよりは上手く動いてくれない頭の中で必死に手繰り寄せた答えがそれ。嬉しいなら拒む理由なんてなくて、だから俺はその嬉しさのままに顔を緩ませて……いつかのように手を伸ばした。

 時間はもう夕方だったらしい。

 窓から差し込む西日が眩しい朱の景色の中、自分の攻撃でどれだけ気絶してたんだよと苦笑も混ぜた笑顔とともに……真っ赤な彼女がためらいがちに伸ばした手を握って、今までの感謝とこれからの感謝も乗せた言葉を口にした。

 

「これからもよろしく、思春」

 

 始まりを言ってしまえば結構最悪な部類の出会いだったと思う。

 俺の下に就くことになってから悶着も何度もあって、手を繋いで友になったりもした。

 手を繋いだからには奇行に走った時には止めると言ってくれた彼女。

 知らない部分でも相当助けられたんだろう。

 彼女は言った。『私が認めたのは、“貴様の行動によって民の騒ぎが治まった”という一点のみだ。それを増やすも減らすも貴様の行動次第ということを忘れるな』と。

 自分は……それらを増やしていけたのだろうか。

 そんなことを考えたけど……口にするまでもないのかもしれない。

 二度目に手を握ったいつか、自分が口にした言葉を思い出した。

 

(“笑ってくれ、思春”……ねぇ。今思うと相当恥ずかしい)

 

 でも、だ。

 もう、わざわざ口にする必要なんてないんだな、なんてことを苦笑しながら思った。

 満面とまではいかなかったけど───俺の手を照れながら、けれどしっかりと握る彼女は、朱の陽に負けないくらいに眩しい笑顔だった。

 

……。

 

 ……と、綺麗に終わっていればよかったんだが。

 いや、綺麗に終わったよ? その時は確かに綺麗だったんだ。間違い無い。

 

「いただきまー───あれ? 料理が消えた?」

「毒見が先だ」

「毒!? いやこれ俺が作ったんだけど!?」

 

 これからのよろしくと言ったその日から、確かにちょっとおかしいかもと思わないでもなかった。なんかテキパキさんだし、看病とか率先してやってくれたし。

 

「じゃあ着替えるから外に───」

「動くな。私がする」

「結構です! 結構───やっ、ちょっ、なんで脱がそうとするの!? いいって! 自分で出来るって! やめっ……キャーッ!?」

 

 翌日から段々とその行動は大胆になり……

 

「おいっちにっ、さんっしー、よしっ! 準備運動終わりっ」

「まだだ。急に動いては体を痛めることになる」

「既にいつもの倍やりましたが!? え、ちょっ、これ以上なにをしろと!?」

「自分が三国の宝であることを忘れるな。言葉通りだ、自重しろ」

「準備運動でそこまで言われたの初めてなんですけど!?」

 

 ……なんか、思春が物凄い過保護に……

 

「さ、さあ、給金……給金? 一応の主として、これは給金って言えるのか……まあいいや給金だ。お金も入ったことだし、たまには自分の服を買いに───」

「付き合おう」

「いつも思うけど何処から出てきてるの!? え!? 仕事は!?」

「支柱の護衛以上に大事な仕事があると思うのか?」

「グ、グゥムッ……!」

 

 仕事を盾にしてみれば“うるさい静かに見てろ”とばかりにこう返されてしまい、ずるずると幾日……。服を買う時も“目立つものを着ればそれだけ狙われやすくなる”という理由でとびきり地味なものを買うハメになったり、久しぶりの外食だーって時にもやはり毒見から始まって……。

 

「お、おやっさん! 激辛麻婆丼と汁物として清湯! 清湯はめちゃくちゃ熱くして!」

「!?」

「おう! 任せときな! とびきり辛くて熱い料理を食わせてやるぜぇ!」

 

 でもさすがに仕返しとばかりに激辛麻婆丼と熱いスープを頼んだ時は、別の意味で顔を真っ赤にしながら涙目で俺を睨む思春の姿が目撃された。

 めっちゃ辛いものを食べたあとの熱いスープ……地獄です。

 これくらいの仕返しは笑って許してください。

 だって……毒見が終わったら、俺が全部食わなきゃいけないんですから。

 もちろん全部食べ終わるまで、向かいの席で腕を組んでむすっとした顔の思春さんに見守られながら待たれました。試しに「残していい?」と訊「許さん」……即答でした。

 しかしまあ、こうまで付きっ切りだと突っかかってくる人も居るわけで。

 

「主様! 今日こそは妾と遊ぶのじゃー!」

「だめだ」

「お主には訊いておらぬであろ! いつもいつも邪魔ばかりしおってー!」

「一刀には貴様と遊んでいる暇などない」

「かっ……!? おおおおお主いつの間に主様を呼び捨てになぞーっ!!」

 

 もちろんそれは美羽であり、時に七乃であったりもする。

 原液のまま薄めずに飲んだ所為か、あれから幾日が過ぎても美羽は大人のままだ。

 そんな彼女らの言い争いを見ていると、まるで俺が蓮華に話しかけようとすると武器を構える思春を見ているようで…………ああ、今の俺が蓮華ポジションなんだ。苦労してたんだなぁ……蓮華。

 しかしながら思春の“一刀”って言葉には俺も驚いた。驚きの拍子に思春を見ると、ブンッて音が鳴るくらいに一気に顔ごと目を逸らされた。……そしてそれからはまた“北郷”に戻る。……エート。よくわからないんだけど、もしやこれも乙女心とかいうやつですか?

 

「一刀さぁ~ん、今日も倉庫へ本を───」

「私が行こう」

「へぁえっ!? あ、え、えーと、思春ちゃん? わたしは一刀さんに~……」

「私が行く。本を取るだけならば誰が取ろうと同じだ」

「え、えー……? で、でもね? これはね? 本に慣れる練習も含めたことでね?」

「なるほど。ならば本に狂いそうになったなら私が止めよう。常に鈴音を構えているから、興奮に身を焦がそうものなら頭部が胴体と分かれることに───」

「かかか一刀さぁああん!! 思春ちゃんが! 思春ちゃんがおかしいですぅう!!」

「本で性的に興奮する穏に言われたくはない」

「はうぅっ!!」

 

 なんだか俺以外にも鈴音を構えるようになって、いやむしろ俺に向けることが少なくなったくらいであり……な、なんて例えればいいんだ? 過保護……はもう言ったし、子を守る親……は言いすぎだよな。とにかく周囲への警戒心が随分と高い。

 お陰で、というのもヘンな言葉なんだが、普段よりも自分の時間が取れていたりする。変わりに失ったものといえば……他者との交流……かなぁ。

 や、もちろん用事があれば会うことも出来るし話すこともそりゃあ出来る。むしろ四六時中俺と一緒に居なくてもとツッコミを入れたい。思い立ったら吉日とはよく言ったもので、早速その旨を伝えてみれば「仕事はきちんとこなしている。問題はない」とキッパリ。

 こっそりと警備隊の兵に話を聞いてみれば、確かに警邏の仕事もしているのだという。……いつ!? え、なに!? 残像拳!? それとも分身とか出来るんですか!?

 もしや忍術!? それは忍術でござるか思春!?

 

「よーしよしよし、もう痛くないからなー?」

「うぐっ……ひっく……」

「ん、よく痛いの我慢したな。応急処置だけど、ちゃんと治るまでは走り回ったりしちゃだめだからな?」

「う、うん……ありがと、みつかいさま」

「おうっ。今度は気をつけて走ろうな?」

「うんっ」

「ははっ、いい返事───ってこらこらっ! だから走るなって───あ、あー……もう」

「ほう……言った矢先に全速力で駆けていったな。力強いことはいいことだ。……しかし、氣は傷の治療にも役立つか。私の氣も、武に回される前に扱えればよかったのだが」

「華雄の場合、それがある意味で個性っぽいからいいんじゃないかな。というか怪我らしい怪我なんてしないだろ」

「鍛えているからな」

「そこで胸を張れるところも華雄らしさなんだろうなぁ……って、あれ? 思春は?」

「む? 怪しい輩を見つけたとかで、いつの間にか居なくなったな。なんでも北郷のことを見つめながらついてくる女性が居たとかなんとか」

「…………それ、ただ“御遣い”の物珍しさについてきただけとかじゃ……」

「………」

「………」

「………」

「思春を探そう、全力で」

「御意」

 

 その後、珍しくも相当にキリッと返事をした華雄や警備隊のみんなとともに思春捜索が開始された。結論から言って、一応数人の警備隊も一緒だったからすぐに見つかったんだが……

 

「つまり貴様は北郷……御遣いの姿を一目見たいと、商人の父とともにここへ来たと?」

「は、はっ……はいぃ……! わわわたしっ、父のように商人のなるのが夢でっ……!」

「それで遠巻きでしか見たことがなかった御遣いを見てみたかったと?」

「そそそそそうですそうです!」

「……なるほど。嘘は無いようだな。ではその父とやらが何処に居るのか───」

「ってなにやってんのちょっとぉおおーっ!!」

「っ!? ほ、北郷!?」

「女の子を脇道に連れ込んで脅迫ナンパ男みたい壁に手ぇついてなに話してるのかと思ったら! ちょっとこっち来なさい! 今日という今日はその過保護っぷりに説教させてもらうからな!」

「なっ、い、いやっ、過保護というか、これは当然のことというか」

「いーから来る!」

「……ぎょ、御意」

 

 知らなかったことが結構見えるようになってきた、ということもある。

 思春は人と自分との間に大きな線を引く。

 線の外の人間には基本的に冷たくて、内側の人にはひどく過保護だ。

 どうやら俺はその“内側”に入れてもらえたようで、その結果が今なのだろう。

 なんか返事も御意になってるし。

 だからますます思う。蓮華……本気で苦労してたんだなぁって。

 まあそれはともかく、びくびくと怯えていた商人の娘さんは華雄と警備隊に父親のもとへ連れていってもらうことにして、俺はその場で思春にお説教という、なんとも珍しいことをした。

 ……こっちに来なさいとか言いながら動いてないのは気にしないでほしい。

 と、いろいろとあるものの、新鮮な状況が辛いかといえば……案外そうでもない。今までツンケンされてきた分、こうして近くに居てくれるのは嬉しいし、知らずに頬も緩んでしまう。

 この時はまだ、そんなことを思えるだけの余裕があったのだが。

 


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