真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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104:IF/邪な風もみんなで吹かれりゃ怖くない①

156/流れる時の中を笑って過ごせれば、多分それは幸せってやつで

 

 テシンテシンと軽い音が鳴る。

 中庭の隅っこの樹の下で胡坐を掻いて座る俺。

 目の前に座るのは蒲公英であり、彼女が先ほどから振るっている得物は木剣……なんて大層なものじゃなく、木の枝。それを軽く振ってもらい、手で受け止めながらのとある鍛錬。

 

「ねぇお兄様、これなんの意味があるの?」

「え? ああ、化勁の練習。受けた衝撃を外に散らす練習だよ」

 

 言葉の通り、化勁の練習だ。

 相手の攻撃を全て避けられるのは素敵なことなんだけど、それだとどうしても次の動作が遅れてしまうし相手との距離も離れてしまう。

 紙一重で避けて攻撃に転じる……なんてことがいつでも出来るほど器用には立ち回れない俺としては、だったらむしろ突っ込んでみたらどうかとヘンテコな考え方をしてみたわけだが……どっちが器用なのかを考えると、化勁で突っ込むほうが器用な気がする。大丈夫か俺。

 

「化勁かぁ~……氣なんて攻撃のためにしか使ってなかったから、お兄様の考えってよくわかんないんだよね」

「そういう“よくわからない”って穴を突かないと勝てないこっちとしては、いつだってなんだって試してみなきゃいけないんだよ……」

 

 勝ちにこだわりたいとか、どうしても勝たなきゃいけないってわけでもない。

 ただ、全力でやって負けるのと適当にやって負けちゃったよ~なんてヘラヘラ笑うのとでは、やっぱり全力でやってから次こそはって思いたいのだ。

 なので鍛錬。

 いい加減鍛錬以外することがないのかとツッコまれそうな気もするほどに鍛錬。

 

「ほんとに外に逃がせられるの? 気の所為とかじゃなくて?」

「や、化勁は成功すると本当に逃がせられるぞ? お陰で何度救われたか」

「じゃあ、はい」

「え?」

 

 蒲公英がスッと葉っぱを差し出してくる。

 とりあえず戸惑いながら受け取ってみると、葉っぱと蒲公英を見比べて……

 

「今から攻撃するから、葉っぱに衝撃逃がしてみて?」

「わあ」

 

 難しいことを笑顔で注文してきました。

 だがやりましょう。逃がすことが出来ると言った手前、ここで出来ませんなどとは言えない。どっしりと構えて、左手には葉っぱを、右手は力を抜いたままに軽く持ち上げる。

 さあ……いざ! と、まるで漫画のように眼を閉じてからクワッと開いてみると、なんかもう既に攻撃をしていた蒲公英さんが振るう枝が目の前にほわああーッ!?

 

……。

 

 「合図くらいはしような……」「うん、そだね」……悪びれもなくにししと笑いながら言う蒲公英は楽しげだ。

 俺はといえば額に枝の一撃をいただき、少し涙目。

 目の近くって衝撃があるとどうしても涙目になるよなー……べつにそこまで痛かったってわけでもないのに。

 

「じゃ、もう一回」

「ん。じゃあいくよ?」

「よしっ」

 

 蒲公英がヒュッと枝を振るう。

 それを力を抜いた右手で受け止めて、その衝撃を葉っぱに逃がす。

 すると葉っぱが“パァン!”と音を立てて破裂……しない。

 

「………」

「…………逃がしたの?」

「逃がしたけど、葉っぱが千切れるとかそれほどの威力はなかったみたい」

 

 手で簡単に千切れるからヤワだと思われがちなものの、葉っぱはこれで結構頑丈だ。

 なので次は本気で振るってみようってことになって、蒲公英は自分の後ろに置いていた槍をズチャアアと持ち上げてハイちょっと待ちましょう!?

 

「なんで槍!? そのまま枝でいいだろ!」

「え~? だって本気でやるならこっちの方がやる気が出るし……」

「失敗したら俺が危ないんだけど!?」

「お兄様は臆病だなぁ」

「枝から槍へのグレードアップの差を、やられる側で考えてから言ってくれ」

 

 迫力何割り増しどころの問題じゃなさすぎる。

 疲れた顔を向ける俺に、蒲公英は「じゃあこっちのほうでやるから」と穂先ではなく石突を見せて笑う。もはや枝に戻る気はないようだ。

 あの……一応俺、支柱なんですけど。

 支柱に平気で武器向けるとか、いろいろ間違ってるって考えたことはありませんか? ……ありませんか。ありませんよねー。

 まあ、いいか。べつにそんな、特別視してもらいたくて支柱の件を受け入れたわけでもないし、武器を向けられるなんて日常茶飯事だしね! …………いやいやそれ思ったら終わりだぞ俺! あぁああ危ない! 今本気で当然になりかけてた! 魏の時でも呉でも蜀でも今この時でも、みんながみんな大した疑問も抱かずに武器向けてくるもんだから……!

 

「よしこいっ!」

「は~いっ♪」

 

 蒲公英が元気に返して槍を振りかぶる。

 風を巻き込み、漫画とかならゴヒャアとか鳴りそうなほどに。

 雄々しき男がやるのなら“ウオォオリャアア!!”とか叫びながらやりそうなそれは、まるで本気の一撃のようで───本気の一撃だよこれ!! 短いながらも小さなやり取りで忘れてた! 次は本気で振るおうって話だった!

 

「おっ……おぉおおおおおっ!?」

 

 無遠慮に振るわれる槍!

 やややや槍の袈裟斬りなんてあまり見ないけど迫力満点ですね!

 おおお……! これが重量とリーチを生かした一撃か……! まるで戟の一撃のように豪快であり、剣の立ち回りのように鋭くもあり、しかし美しい……!

 などと軽く現実逃避をしつつ、右手に込めた氣でそれを受け止める!

 力を抜いた状態だから、勢いと衝撃を逃がすことが出来なければそのまま俺の頭でもゴシャアとかち割りそうなソレを、ヒュッと吸った呼吸とともに体の外を走らせて左手に持つ葉っぱへ。

 すると───今度こそ、葉っぱはパァンと音を立てて破裂した。

 

「ふわっ!?」

 

 これには蒲公英もびっくりだ。

 そして俺もびっくりだ。

 なんとかなる、いやむしろしなきゃダメだとは思っていたものの、思いの外上手くいった。何度か失敗するんじゃないかくらいに思っていたのに。

 フィンガーマシンガンの研究の賜物と言ってもいいのか、細かな氣の操作に慣れたみたいだ。

 すごいすごいと目を輝かせる蒲公英の前で、顔は微笑み、背で汗を。

 この世界で一番冷や汗を流した回数が多いのって、もしかして俺なんだろうか。

 もちろん実際には戦場を駆けた兵とかのほうが多いのだろうが、いつか追い越してしまいそうな自分がいろいろな意味で怖い。

 

「はぁ。でもこれ結構しんどいな……来るってわかってて待ち構えてるのに、相手の気迫に飲み込まれそうになるっていうか」

「そうなんだ。じゃあさじゃあさぁお兄様? お兄様のこと樹に縛り付けて、目の前で武器を振り回すってどうかなっ」

「笑顔でなんてこと言うのこの子! や、やらないぞ!? むしろ縛り付ける意味ないだろそれ!」

「え~? だってそうしないとお兄様逃げそうだし」

「……じゃあ蒲公英縛り付けて、華雄にそれやってもらおう」

「恐ろしいこと提案してごめんなさい」

 

 しっかりハッキリと謝られてしまった。

 しかし謝ればそれでスッキリしたのか、蒲公英はニコリと笑んで話を続ける。

 

「でもお兄様ってほんと、ヘンなことばっかり思いつくよね。化勁はそりゃ知ってたけど、実際にこんなことしてみせる人って初めて見たよ」

 

 俺も天で漫画とか読んでなかったら絶対に思いつけなかったし、そもそも氣があることすら知らなければ試すことすらしなかった。

 そういう意味では漫画やこの世界に感謝感謝だ。

 憧れのかめはめ波も撃てたし、いろいろな応用法も見えてきたし。

 氣の道の開拓……とは言えない、既知の道の歩みもこれはこれで結構面白い。

 知っていても出来るかはまた別だから、誰かがやったものを自分も出来たというのは嬉しいものだ。

 

(はぁあ……! でもちょっと休憩……!)

 

 集中するのって疲れるよね、勉強でも運動でも。

 

「ちょっと休憩するか」

「待ってましたっ! じゃあお兄様っ、たんぽぽもう我慢できそうにないから……」

「妙に艶っぽい顔をして誤解が生まれそうなこと言わない」

 

 うっとりとした赤い顔でニジリ……と寄ってくる蒲公英を誘導。樹の幹に座らせて、俺もその隣に座る。

 もう随分と涼しくなってきた木漏れ日の下、すぅ……と息を吸って歌いだす。

 よーするに歌を歌ってくれってことだ。

 鍛錬に付き合ってもらう代わりにそれを要求されたのだから、付き合ってもらったこちらとしては断れるはずもない。

 

「長しゅ」

「長州はもういいから」

 

 即答でした。

 

……。

 

 時間が経つのは速いとはよく言ったもので、そんなやり取りが都で当然になってくると、ゆったりとしていた時間も早足になってくる。

 時間の流れの体感というのはどうやら物珍しさや当然としてあるものに影響されるようで、その日常から学ぶことが少なくなってくると早く感じるのだという。

 子供の頃に時間が長く感じたり早く大人になりたいと思うのはそれの影響らしい。

 大人になってから嫌に時間が早く感じたり、老人になってから月日が流れるのは速いのうと思うのもそれだ。

 で、現在の俺はどう思っているのかというと……言った通り速いと感じている。

 それは年老いたとかそういう理由ではなく、行動のマンネリ化の所為だ。

 その日常から学ぶことが少なくなってきた所為か、時間の流れが速くなってしまっているのだ。まあ実際は、学んでても結構早く感じることなんてざらにあるのだが。

 

「はぁ……はぁ……! ままま、学ぶべきは……興奮などではなく、本に記されている素晴らしさであるべきで……!」

「お……おぉお……! すごいじゃないか穏! 耐えられてる! 耐えられてるぞ!」

 

 ただ、一喜一憂が当たり前になってしまうのはちょっと寂しいとは思っている。

 そういうのは当たり前になるよりもじっくりと味わいたい。

 もちろん、出来ることなら一喜のほうばかりを。

 

「か……一刀さぁん、私、私もう我慢がぁあ……ぴぃうっ!?」

「我慢だ。出来なければ首と胴が離れると知れ」

「う、うあぁああん! こんなの生殺しですぅうう! 思春ちゃんのばかぁ! 興奮しても他者にこの素晴らしさを説くことが出来ないなんて、どんな拷問ですかぁああ!!」

「なっ、ばっ……!?」

「……穏って結構、言う時は言うんだなぁ……」

 

 穏にはじっくりと、という言葉は向かなかったのかもしれない。

 思春のスパルタ強引抑制法(鈴音を突きつける荒療治)の実行とともに、穏は一歩一歩確実に、本での興奮を乗り越えようとしている。主にパブロフ効果で。

 こう……えーと。

 本で興奮すると武器を突きつけられる、と刷り込みをしているようなもんだな、これ。

 すると興奮するたびに武器を突きつけられる恐怖が浮かび、恐怖と興奮がぶつかりあって上手く相殺してくれる、と。なんかそんな感じ。こればかりは本人じゃないとわからないし、正直わかりたくもない。

 

「で、でもこれで自分で倉庫に行って、好きな素晴らしい本をじっくりと選ぶことが……! う、うふ、うふふふふ、えへへへへぇ……♪」

 

 そんな言葉が聞けたのがいつだったか。

 事件当日の前の日だったかなぁ。

 喜び勇んでザサッ……と倉庫の前に立った穏は、不敵な笑みを浮かべていたと倉庫番の兵は語っていた。

 そして中に入っていくと即座に興奮。

 書物独特の香りに包まれて、かつてないほどの興奮に襲われた彼女は……かつてないほどの恐怖にも襲われ、感情の板ばさみ状態になり……謎の奇声を上げて気絶。

 お爺様……世の中ってほんと上手くいかないことばかりですね。

 その話を耳にした俺は、そんなことを思っておりました。

 

「もういっそ簀巻きにして倉庫に転がしておけばいいんじゃない?」

 

 とは、蒲公英の言葉だった。

 俺もなんかそれの方がいい気がしてきた。人間の順応性に賭けたい気分。

 なので穏の仕事は倉庫内で任せることにして……その監視役を思春に任せる。

 経過としては……

 

「は、はう……はわわ……恐怖と興奮が一緒に……!」

「耐えろ」

「はうっ! し、思春ちゃんはいいですよねぇ! そうやって見ているだけなんだから! ののののの穏は、穏はこんなに本に囲まれて、興奮や恐怖と戦わなければいけないというのに……!」

「…………思ったのだが……興奮しずぎるとどうなるんだ?」

「はえっ!? え、えと……それは、その。独りで、そのぅ……」

「………? …………っ……!?」

「………あぅう……!」

「呉ではなく、都でそんなことをすればどうなるか───」

「生き恥はいやですぅう……でも興奮が、興奮がぁあ……」

 

 そういう部分には目を向けてやらないのがやさしさなんだと思う。

 一応は仕事の一部だから、どうしても思春からの報告はあるんだけどね……。

 見てやらないやさしさって大事だと思うんだ。

 

「ふっ……ふふっ……思春ちゃん? 穏は悟っちゃいましたよ……。興奮がなんですか。ようは興奮を凌駕するほどに本を愛せばいいんですよ。本を愛して愛して、性に気が回らないほど愛してしまえば、もう……!」

「……目が回っているようだが?」

 

 一週間ほど経つと、今まで変化のなかった思春からの報告に変化が訪れた。

 なんか穏がおかしく……もとい、悟りを開いたとかなんとか。

 もう少しでなんとかなりそうなら、ちょっと覗いてみるかな……なんてその時は思っていたのだが。

 

「…………思春ちゃん」

「なんだ」

「……二人きりですねぇ~」

「!?」

「ちょっと現状を語ってみただけですよぅ!? なんで鈴音を構えるんですかぁ!」

 

 覗いてみてわかったことは、なんか怪しい道に走りかけているかもってことくらいだった。ほら、興奮と恐怖に板ばさみ状態って、まさしくアレなのだ、吊り橋効果そのもの。嫌なタイミングで覗いてしまったもんだ……。

 と、まあ現状はそんな感じだ。

 都が安定してからは各国の軍師が頻繁に訪れることもなくなったし、今は武官が訪れて兵に指導をしたり警備体制の相談をするくらい。

 山賊などの物騒な話も聞かないし、平和なものだ。

 

  ───季節は秋を過ぎて冬。

 

 来る人来る人が入れ替わり立ち替わり、どこの国でも物騒な話を聞かなくなってくると、ようやく王も将も息を吐ける時代が見えてきた。

 物騒な話はなくとも、小さないざこざはもちろん健在なわけだが。

 ……健在なんて言ったら悪いか。

 

「えーと、氣をこうしてこうして───“俺の両手は機関銃(ダブルマシンガン)”!」

 

 氣の鍛錬は相変わらず。

 季節ごとに厄介ごとが訪れてはヒーヒー言いながらも、なんとか遣り繰りをしてみんなで笑っている。そんな中で少ない自由な時間を使っては、こうして中庭で氣の研究を続けている。

 とうとう両手からフィンガーマシンガンを撃てるようになった俺は、某ファントム旅団男の真似をして両手からソレを放つ。

 威力は……訊かないでほしい。

 

「せいせいせいせいせいせいせいぃいっ!!」

 

 それを、目の前に立っている星が連突で破壊してゆく。

 曰く、連突の鍛錬にはもってこいだとか。

 

「く、くそ! これでもまだ全部消されるのか! っ……負けるもんかぁあ!!」

「ぬっ……は、はっはっは、北郷殿は負けず嫌いですなぁ!」

「自覚してるけど、星には負けるよ~!」

「………」

「………」

「連射連射連射ァアアアアア!!」

「突き突き突き突き突きぃいいいいいっ!!!」

 

 でも全部消されるのは悔しいので連射速度を上げようとこっちも躍起になり……負けるものかと星も躍起になって、無駄にお互いを高めていった。

 まあ、あれだ。訪れる人がころころと変わる度に、やることがどんどんと増えたり変わったりするのはいい刺激なんだと思う。

 言った通り変化がない日常は過ぎるのが速いが、俺の場合は毎日が楽しいから過ぎるのが速いのだろう。学ぶことは、知り合った人の数だけあるのだから。

 ……まあ、人が変われば訪れる苦労もガラリと変わるのだが。

 

「大陸のみんな……オラに元気を分けてくれぇえ!!」

「御託はいいから仕事しなさいよ。元気なのは閨の中だけなの? この性欲限定活発男」

「あのなぁああ!! 今日でもう何日徹夜してると思ってんだ! もういい加減脳内がハイどころか回転しすぎてて自分でも何言ってるのかわからなくなる時まであるんだぞ!? あ、あれ? 今言い回しヘンだったか? ……なんて言ったっけ俺」

「おぉ、お兄さんは少し自分を休ませてあげたほうがいいと思いますよ? あまり無理をしては、捗るものも捗りませんしねー」

「あぁ気色悪い。捗ってるのは床での運動だけなんて、どれだけ迷惑なの?」

「じゃあ休ませて!? つかなんでこんなに仕事あるの!? そして桂花黙りなさい!」

「寒い時期はいろいろと消費するものと蓄えておくものが必要なのですよー。暖という意味でなら、風はお兄さんの足の間にこうして座っているだけでも暖かいのですがー……」

「この変態!!」

「俺座ってるだけですけど!? 俺が女と居るだけで変態視するのいい加減やめない!?」

 

 全く同じ日がない日常が続いてゆく。

 思いつくことは全部やってみて、こうすると氣がどうなるのかとかどうすれば体が簡単に動くのかとか、訪れる将のみんなに意見を訊いて実行してみたり……や、それが訊く人訊く人、ほぼが全く違う意見だから面白い。

 人の数だけ氣の扱いやすい姿勢とかもあるみたいで、俺の姿勢は凪に近いものがあったようで、彼女が随分と喜んでいたのも今では懐かしい。

 

「……で、いつになったら元の姿に戻るんだろうなぁ、美羽は」

「寒いのは苦手なのじゃ……小さい頃のほうが、まだ暖かかったような気がするのじゃがの……」

「かっずと~♪ んふんっ、寒いから一緒に寝よ~♪ ……って、あーっ! また一刀のところに転がりこんでーっ!!」

「むっ……またちっこいのが来たの……。何度も言うが主様の隣は妾の場所なのじゃ。主様が迷惑じゃと言うならまだしも、ここを譲る気はないのじゃ。うほほ、悔しかったら妾のように大人に───」

「はいはい。大人なら一人で寝ましょうねー」

「主様!?」

「あははははっ、はっきり断られてるじゃない。一刀はねぇ~、シャオみたいに可愛くて綺麗なお嫁さんが───」

「はいはい、シャオも部屋に戻って」

「……あれ? 一刀? ちょっと一刀ーっ!?」

「主様!? 主様ーっ!!」

 

 ただまあ……俺が誰々とコトをした、という噂は随分あっさり広まったようで、なんというか……積極的な人は突撃を仕掛けてくることが何度か……いや、何度“も”あった。その度にのらりくらりと逃げたり躱したりを続けたが、捕まる時は捕まってしまい……まあ、そこらへんは割愛。

 日常を語る中で急にそういうことを話されても嬉しくないというか冷めるだろう。

 なので、それ以外で言うなら日常はひどく穏やかだ。主に俺を除いて。

 

「元気にっ……なぁああああれぇええええええっ!!」

「……っ! お、おおお! あれほど辛かった腰が……! あ、ありがとうごぜえます、ありがとうごぜえます、御遣い様ぁ……!」

「いや、良くなったならよかったよ。もう無茶して重いものとか勢いつけて持ち上げないようにね。……気合のためとはいえ、大声で叫ぶの結構恥ずかしいから」

「へ、へぇ。年甲斐も無く張り切っちまいました。はは、いけやせんねぇ……」

「腰周りの筋肉をつけるといいっていうから、少しずつそういう運動をした方がいいかもなぁ……」

「そんな運動があるんで?」

「ああ……ま、まあ昼飯くらい少し遅くなってもいいか。えっと、まずはうつ伏せに寝転がって、腰の裏側に手を当てて、体を───」

 

 日に日に仕事が増えてゆく。

 冬はどうにもやることが多く、糧の面で助けてもらった暖かな時期の恩返しを民たちにするのが大体の目的となっている。

 

「さて昼飯を───って、あれ?」

「……うぐっ……ひっく……うぇえ……」

「……迷子……か? ああいやいや、考えるより行動っ。なぁ、どうかしたのかな」

「せっかく買った肉まん……落とした……」

「あ、あー……なんとありがちな……」

「しかも落とした拍子に咄嗟に足で受け止めようとして、力が入りすぎて蹴っちゃって……」

「新しいなオイ」

「その熱々の肉まんが中身をぶちまけながら警備隊のお兄さんの顔面に直撃しちゃって……」

「肉まんを相手の顔面にシュゥウウーッ!?」

「警備隊のお兄さん、怒ってないかなぁ……」

「こっ……ここに居ないってことは、どこかに運ばれたんだよな……。まあ、大丈夫だと思う……ぞ? で、きみは迷子かなんかなのかな」

「ああ迷子さ……人生という名の、長く険しい道の…………ね」

「……最近の子供の感性がわからない」

「大人ぶりたいんだ、僕」

「自覚があるだけマシなのか……」

 

 それでもまあ、賑やかなのはいいことだ。

 なんて思っている内にニコリと笑った少年は、人の波にパタパタと走っていってしまった。

 なんだったんだろうか。

 まあこんな感じで都での日々は続く。

 たまに時間が取れると魏や呉や蜀へと片春屠くんで遊びに行って、そこで……主に町人と賑やかに過ごしていたりする。

 え? 将や王とはどうなのかって?

 ……いや、なんだか最近、本当にみんなの入れ替わりが激しいんだ。

 だからしばらく会ってない人が居ないってくらいで、それどころか王が軍師といろいろと計画を立てているみたいで……その軍師の波に入って情報を集めてくれた七乃の話によると、新兵調練や城の仕事を任せる新人の人材強化の一環で、王や将が都に移り住むかもしれないとかなんとか……。

 ……あ、あはは!? 冗談だよね!? 冗だ───笑って!? 笑って七乃さん!

 

「ふっ! ぬっ! おぉおおっ……重ぉおおおお!!? え、えんっ、焔耶っ! 持って! ちょ、これ持って! 貸してもらっておいてなんだけど持って!」

「なんだ情けない。これくらい簡単に振れないでどうする」

「こんなデカい金棒を片手で振るえる腕力こそが驚きだよ……焔耶、腕全然細いのに」

「そんなこと言われても、そういうものだとしか言いようがないな。振るえるんだから振るえるんだ」

「いやまあそうなんだけどさ」

「ところで北郷。お前、化勁の練習をしていると言ったな」

「エ? ア、アー……今この瞬間にやめました」

「そうか。ならば友のよしみとして今ここでやってみせてくれ」

「ヒィ!? や、やるのは構わないけどせめて鈍砕骨以外でやろう!? これ見よがしに思い切り振って肩に担ぐとかやめて!?」

「? そうか? まあ別にそれは構わないが……ふんっ」

「……アノ。なんでそこで整備用角材(大)を持ち上げるんでしょうか」

「何を言っている。お前が別のものでやろうと言ったんだろう」

「……! ……!」(声にならない)

「さあいくぞ北郷! 友の一撃、見事受けきってみせろ!」

「いやぁあああっ!! 春蘭だぁあっ! 春蘭二号がおるーっ!!」

 

 七乃さんの言葉が信じられなかった僕が現実逃避に鍛錬を選んだその日、衝撃は殺せても勢いは殺せなかった御遣いが綺麗な青空を舞った。

 でも北郷負けません。

 伊達に何度も空を飛んでないとばかりに華麗に着地してみせると、何故か「ほおお~っ!」と目を輝かせた焔耶に拍手された。……なんというかとても珍しいものを見た気がする。

 と、まあ。世界は一部に厳しさを感じながらも普通に動いていた。

 あくまで普通に。

 ただ、普通っていうのは何か些細な切っ掛けで崩れたり、珍妙なことが起こってしまうものだ。そういうことは忘れずにおこうと思いながら生きている。


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