平和な日々が大好きだー!
……いきなりだが、人は平和の中にこそ幸せを感じるべきだと勝手に言う。
だって平和が好きだから。
いつ死ぬかもわからない状況に身を置き続けるのは息が詰まる。
けれど、そういった人たちのお陰で今の平和があることを忘れちゃいけない。
だから俺達はもっと平和を愛するべきだ。
べきだから───
「ウキョロキョキョーン! フギャッ! フギャッ!」
俺をスラムッ……もとい、都に帰してくれぇええーっ!!
157/じぶんのあしたがみえない。2点 ●
久しぶりにみんなが揃う三国の会合。
模擬の戦が終わってから今日で五日目。
三国で争ってすぐに帰るというのはさすがにどうかということもあって、みんなはしばらく滞在することになる。
食料とか大丈夫か、なんて心配はあったものの、田畑の成長が目覚しいと言われていた通り、どうやら都の食料事情は他よりも豊かなんだそうな。
どうしてそういったことも管理している筈の俺が、そんな曖昧なのかといえば……問題点としてはいろいろある。頭の中に叩き込むだけ叩き込んだとしても、書類で見るのと実際に倉庫を見るのとじゃあ違うのだ。
“国庫は潤ってますよー”と報告されて頷きつつ、じゃあなにを基準に潤いと呼ぶのかと問われれば、ハッキリと言えば俺は“その国の人たちがとりあえずは食べていける量”と答える。
だから文字通り売るほどあるだなんて考えないわけだ。
見るのって大事だね。書類だけじゃなくて、倉庫もちゃんと見るようにしよう。
「はぁー」
溜め息を吐く。幸せが逃げると言うが、今は幸せよりも心の疲れを逃がしたい。
溜め息を吐くと心の鬱憤が少しは晴れるんだそうだ。不思議なものだが、確かに少しは楽になる。少しは。
その溜め息の音を聞いてムッとする人も居るわけだが、もしかしてそれは吐き出された鬱憤が相手に伝染ったりするから、なのだろうか。科学的根拠だとかそんなことは俺にはわかりようもないが、そうやって仮定で頭を固めてみるのも結構面白い。
で、後になって全部違いますと知った時に笑い話のネタにする。
仮定の話や、自分にとってわからない難しい話なんてそんなものでいいんだと思う。
さて。
なんでこんな意味のわからんことをごちゃごちゃ考えているのかというと。
「お兄さんお兄さんっ、剣閃ってどうやるのっ?」
「一刀、相手の攻撃を避けてからの反撃についてなのだが……」
目の前に、呉と蜀の王がおる。
俺、何故か書類整理中に引っ張り出されて付き合わされている。
おわかりいただけだろうか。
視線の先の王らにご注目いただきたい。
それぞれ技を教わる師匠的存在が居るというのに、この北郷めに訊ねてくる王らだ。
そしてさらに彼女らの姿のさらに奥、中庭の奥に存在する東屋を見ていただきたい。
今まで彼女らを指南していた祭さんと愛紗が、面白くなさそうにこの北郷めを睨んでいる様が見てとっていただけたと思う。
まさかこれは……この北郷めの胃をストレスで破壊するための作戦だとでも……いうのだろうか。
「あのさ。それは祭さんと愛紗に訊いたほうが」
言った途端にガタッと立ち上がる祭さんと愛紗さん。
笑顔の様子から、やれやれ仕方ないのう北郷は! とか、やはり桃香さまには私が! とか、なんかそういう声が聞こえてきそうで───
「う、うーん。愛紗ちゃんと鈴々ちゃんは、ほら、こう……私にはちょっと難しい教え方で。氣を溜めるには、どかーんとかぐおおーとか、なんかそうやって溜めるのだー、って言われても」
「祭はなんでも根性論で固めるから、たまには他の意見も聞きたいのだ」
そして睨まれるこの北郷。
あの……祭さん? 愛紗さん? 今のは俺が悪いわけじゃないんじゃ……?
むしろ愛紗も鈴々ももっと相手に合わせた説明をするべきで、祭さんも根性論ばっかじゃなくてほら、えぇと、そのー、ね? こう……あ、あれぇぇえ……!? 根性論以外が思い浮かばない……!?
辛くても“この程度でだらしがないのぅ”とか、苦しくても“なんじゃなんじゃだらしのない。文句をたれる余裕があるのなら、まだまだ頑張れるだろうに”とか言いそうだ。うん言いそうだ。
「あ、ああ、そっか。じゃあまず桃香の剣閃からな? 俺も凪から教わったから、そこまで詳しいわけじゃないんだけど」
むしろここで凪に訊いてくれ、って……言ったら凪に迷惑がかかるな。
難しいことは忘れてコツだけを教えよう。
コツ……そう。
「武器に氣を込めて、自分の氣とは切り離して放つんだ」
コツはこれだけ。自分の中の氣を感じ取れていれば、問題なく出来る。
いや、出来るはず。……出来るよね?
まさか俺が“出来る者の理屈”が言える部分まで成長できているとは思えないし。
才能で言うならこの世界の人たちのほうがよっぽど凄い。
こうして俺が教えてみたら、教えた先から「わー、出来たー!」とか言って…………あれ?
「見て見て蓮華ちゃん! 出来たよー!」
「わ、解った! 解ったから抱きつくのはやめて!」
「………」
桃香……他国の王が居るということで、キリッとした口調の蓮華さんが桃香に抱きつかれて戸惑っている。きっと喜ばしい光景なのに、今までの俺の苦労は……とか思ってしまう弱い北郷をお許しください。
あっさり剣閃を会得されてしまい、俺の立場はとか思ってしまうのは悪いことですか?
(い、いやいや、俺も呉でやった時、いきなり出来たし)
出来るのはきっと当然なんだ、落ち込むな俺。
むしろ桃香の成功を喜ぼう。もっと強くなってもらって、今までの彼女に出来なかった“守る喜び”っていうのを一緒に得てもらうのもいい。
「俺も頑張らないと」
だな。よし、そのための一歩として自分の鍛錬を。
「? お兄さん、なにか言った?」
「いや、なんでもない」
モテるイケメン主人公御用達の台詞を桃香に言われ、ヒロイン御用達の台詞で返す。
奇妙なくすぐったさに頬を緩めながら、いざ自分の鍛錬を───
「よし、ならば次は私の番だな」
───呉王に捕まった。
「あの、蓮華さん? 俺にも俺の鍛錬が───」
「桃香のは見ただろう」
子供の理屈か、とツッコミを入れるわけにもいかず、結局は教えることに。
えぇと、相手の攻撃を避けたあとの反撃、だったよな。
反撃……反───……そんなの俺が知りたいんだが!?
いやいやいやいやちょっと待って蓮華さん!? それ確実に祭さんとか雪蓮に訊いたほうがいいって! そうしたら祭さんが根性論で雪蓮が勘で教えてく───教えになってない!?
呉! 大丈夫なのか呉! 今心の底から思春を奪うことになってごめんなさいって土下座したくなったんですが!? あぁああでも思春も根性論で行きそうだとか思えてしまった今が悲しい! もう一度言おう! 大丈夫か呉! だっ……、あ、ああ……そっか、こんなだから冥琳が苦労するのか……。
大丈夫だよ冥琳、ここでキミに押し付けるような友達甲斐のないことはしないから。
せめて少しでも、キミの負担を軽くするため……この北郷、わからないなりに教えていきたいと思います。
「わかった、じゃあ実戦も混ぜてやってみようか」
「ああっ」
嬉しそうに笑う蓮華を前に、道着姿で木刀を構える俺。
相手の武器は、刃を潰してあるとはいえ剣。
いつもながら、この瞬間にいろいろな差とともに死を感じてしまう自分が悲しい。
こうして俺と蓮華は剣を交え───
「おお北郷! 今日も鍛錬か!」
───そこにいらっしゃった春蘭さんに見つかり、久しぶりに揉んでやろうとばかりに七星餓狼を構えられ、
「何を言っている、次はわたしだ」
ズイと、何故か樹の陰からずっとこの北郷めを見つめていた華雄が対峙。
ならば戦いで次の相手を決めるかとばかりに争い始め───と、いつものパターン。
小細工なしで真正面からぶつかり合い、ふんふん言いながら、己に迫る武器をがぎんごぎんと弾く双方。
蓮華が「止めないでいいの?」と俺にだけ聞こえるように言ってくるんだが……「知ってるか、蓮華……。俺、あの戦いが終わったら、どっちかと戦わなきゃいけないんだ……」と遠い目で言うと、ただ静かに肩をぽむと叩いてくれた。
そんな蓮華に感謝の気持ちを抱いて、感謝を口にしながら今の自分が教えられる“避けてからの動作”を教えてゆく。正直勉強になるのかもわからない小手先技術かもだが、蓮華はこくこくと頷きながら覚えてくれる。
その横では、桃香が剣閃に目を輝かせて空に放ちまくり……氣を枯渇させそうになって目を回すという事態が。東屋でガタッと立ち上がる愛紗をよそに、すぐに自分の氣を変換させつつ桃香に流し込むと、ごめんなさいと言いつつも恥ずかしいのか顔を赤くする桃香。
「………」
東屋から降りてきた愛紗が、VS北郷戦争奪の会に参加した。……なんで!?
むしろ三人で同時に戦うのってどうなんだ!? 実際目にしてるからすごいとしか言いようがないけどさ!
「器用ね。他人に氣を分け与えるなんて、御遣いだから出来ること?」
「思春も出来たよ。ただ、俺の氣って“どっちつかずの成長段階の時点”でそうなるような錬氣ばっかしてたからか、変換するのが楽みたいなんだ。思春に訊いてみたら“二度とごめんだ”って言われた」
「……そう」
そもそも華佗にも成長しきる前だから出来ること、とか言われていた。
なのにまだ出来るってことは…………氣の成長“だけ”には期待していいらしい。
これで体も成長してくれたらなぁ。老いたいって言うわけじゃなく、純粋にこう、筋肉をつけた痩せマッチョ的な……そんな自分になってみたかった。せっかく鍛錬してるんだし。
だからこそマッチョな自分をぽややんと想像してみるのだが、笑いしか出てこない。
うーん似合わん。
「で、そろそろ自分の鍛錬に───」
「主様ー! 次はどうすればよいのじゃー!?」
「…………」
指示した通り、準備運動目的で城壁の上を走り終えたらしい美羽が、元気に手を振って言う。氣で体を動かしながらのダッシュと、氣を使わずにする長距離のジョギング。それらをやらせてみているのだが……この世界の有名な存在だったからなのかなぁ、吸収が早い。
教えるたびに自分が置いていかれるような気分で悲しくなる。
しかし、教えたことを素直に吸収してくれて、相手が成長する様を見るのは……これで案外嬉しかったりする。サポートする人の喜びが理解出来るような微妙なような。
「美羽ちゃんには何を教えてるの?」
手招きするとぱたぱたと下りてくる美羽を見上げつつ、桃香が訊いてくる。
なにを、というか。
「俺がやってきた鍛錬を一通り。纏めたものかな。遠回りするよりは、俺の知恵でも多少の近道にはなるかなって」
「……………」
「桃香?」
「呉の王であるわたしが、憎むべき袁術についてを言うのもなんだが」
「え? 蓮華?」
「その……大丈夫なのか? 一刀の鍛錬は、あの華琳でさえ呆れる量だと思春から聞いたのだが」
「わあ」
思春さん、そんなこと言ったんですか。むしろ相手が蓮華だからってなんでも報告しすぎじゃございませんか?
いや、違うんだ蓮華。華琳が呆れてたのは、それまでの華琳の中の俺がてんで鍛錬をしていなかったからなんだ。たぶん。だからあの量でドキドキハラハラしていただけなんだ。きっと。
「大丈夫もなにも、ほら」
サム、と片手で促してみれば、既にすぐそこまで元気に駆けてきている美羽さん。
弾んだ息も手伝って、ハウハウと主人の指示を待つお犬さまみたいな状態だ。尻尾があれば千切れんほどに振られているだろう、って喩え、よく聞くよなー、なんてことが思えるくらいに元気だ。
「鍛える時は思い切り鍛えて、休む時は思い切り休む。結果が───おほう!?」
駆ける勢いのままに、まるでいつかの季衣のようにスーパー頭突きで飛んでくる美羽が、俺の腹部に突き刺さる。つい世紀末覇者拳王のような悲鳴がもれたが大丈夫。……二分くらい休めば、きっと。
「………」
「ほわー……何度見ても不思議だねー」
「!? な、なんじゃお主ら! 近寄るでないのじゃ!」
そして美羽も、絶賛対人恐怖症もどき。
長かったHIKIKOMORI生活は、彼女の中にそんなものを作ってしまったらしい。俺と向かい合うのは平気なのになぁ。もちろん重度のものとまではいかない程度だ、いつかは治るだろうし、なにかに夢中の時は自分自身でも気づかずに普通に話せているくらいだ。意識するとだめなだけなんだろう。
「ねぇねぇ美羽ちゃん、どんな感じの鍛錬を教わってるの?」
「ふふーん、言うわけがなかろ? これは主様と妾だけの大切な“とれーにんぐ”とかいうものなのじゃ。妾が主様のやり方が正しいことを証明し、妾だけが主様に褒められる、それは素晴らしい“とれーにんぐ”なのじゃ」
「ああ……見た目はこれでも中身はやっぱり袁術なんだな」
「まあ美羽だし」
「う、うみゅ? どういう意味なのじゃ? 妾は妾に決まっておろ?」
「見た目は変わっても美羽は元気だなって言ったんだ」
「おおなるほどの! そうであろそうであろ! もっと褒めてたも!」
「お、お兄さぁん、ちょっと可哀相だよぅ」
喜んでエイオーと拳を振り上げる美羽に対し、さすがに気がひけたらしい桃香が俺の道着をくいくい引っ張りつつ言う。
や、そうは言うけど桃香……これはこれで素晴らしいポジティブさだと思うぞ?
なにを言われても、理解出来ないとはいえ自分にとってのプラスとして受け止める。それはきっと俺達が遠い昔に置き去りにしてきたとても大切なもので───え? 屁理屈だよ? ……うん、なんかごめん。
「はは……」
はははと笑いながら鍛錬を続ける。
ここからは美羽も混ぜて立ち回りについてを四人で考えて、実際にやってみるといったものに変更。想像の自分と実際の自分とでは、どれほどイメージに差が出るかを体に教えるというものだ。
「………」
さて、お気づきの人が大半だろうが、三国が揃った日から今日まで……“俺の時間”、一切無し! 仕事中ですら連れ出されて鍛錬に付き合わされたり仕事を手伝わされたり、休息時間が無いに等しい。
夜になれば霞が酒、星がメンマを持ってやってきて、それが過ぎたと思えば美羽とシャオが眠れないとか言ってやってきたり、夜中にはそれらを思春が撃退するためにざわざわゴトゴト、深夜には桂花が暗黒的な笑いをこぼしながらのそりと夜襲をかけてきて自爆したり思春に捕まったり、早朝には美以がミケトラシャムと遠吠えをして人々を起こし、朝には料理を教えてほしいと桃香や蓮華や愛紗に捕まって、軽く教えてから外で鈴々と朝の体操をしていると華雄がやってきて、“朝から鍛錬前の柔軟とはさすが私の伴侶だ!”とか言い出して中庭に引きずられて、それを発見した春蘭が目を輝かせて七星餓狼を持って中庭に突撃してきて…………ああ、うん、もういいよね。説明するの辛くなってきた。誰が聞いてるわけでもないのにね、愚痴りたくなる時って……あるよね。
「………」
「おや北郷殿、何処へお出かけですかな?」
「ひぃぅっ!? …………せ、星……!」
静かに中庭を去ろうとしたら、欄干に腰を預けた星に呼び止められた。
ダ、ダメだ! 近くの誰かの目は無くても、遠くだろうと必ず誰かに見られている! 逃げ場がない!
「イヤチョット厠ニ」
「おや。厠はあちらですが?」
「次元を超越した厠に行きたいんだ」
「はっはっは、言っている意味がわかりませんなぁ」
ああうん、わかってて言ってるこの人。
「なぁ星……俺、少し休みたいだけなんだ……。書類整理をしている方が心も体も休まるなんて俺、知らなかったんだ……」
「……さすがに重症ですな。時に北郷殿」
「重症って言っておいて話題変えるの早くないか!?」
「ははっ、まあまあ。休む時間の提供は無理ではあるが、話し相手をして時間を稼ぐ程度ならば出来ますぞ。何を言われても私と話しているからと応えればよろしい」
「あ……そっか。それならなんとか───」
なるかも、と笑おうとしたのだが。
「北郷! 貴様人が順番を決めているというのに何を暢気に休んでいる!」
ずかずかとやってきた魏の隻眼大将さまがわざわざ迎えにいらっしゃった。
な、何故! よりにもよって春蘭! これならまだ華雄の方が話がわかったろうに!
だがしかし希望はなくならない! 星と話し合っていると知れば、いくら春蘭でも───
「エ、エート、星と話してルカラー」
「そんなものは後にしろ!!」
「やっぱりぃいいいいいいいいいいいいっ!!」
無駄でした。うん、まあ……わかってたさ。
はっはっはと笑いながら手を振ってくれる星に俺も手を振って、再び争いの渦へ。
そこにはいつの間にか祭さんが参加していて、俺と戦うのは誰かを決めようとしているらしく……俺と戦ったって面白くもないだろうに、なんでこんなことになったんだろうか。
これってもういっそ、全員と戦ったほうがいいのでは? どうせあとで次は私が~とか言って戦わされるんだろうし……よ、よし! この寝不足ハイテンション北郷を甘く見たことを後悔させてくれるわーっ!!