真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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105:IF/じぶんのなかでなにかがかわるかもしれない。9点 ○③

-_-/華琳さま

 

 都、北郷一刀の自室にて、椅子に座って天井を見上げる。

 一刀を送り出してしばらく経った。

 一刀一刀と時間も気にせず部屋に向かっていたらしい将らも落ち着きを見せ、一刀がするべきだった仕事を黙々とこなしている。その数に驚く者が大半だが、原因はあなたたちにあると知りなさい。

 

「はあ」

 

 「ゆっくり休んでくるよ!」と、涙まで流して喜んでいた彼が向かった先は……南蛮の森の奥深くなわけだけれど、元気でやっているかしら。

 あそこならば誰も追ってはいかないだろうし、美以たちにもすぐに戻ってくるようにと言ってある。

 危険が少ない場所をとの指示も出したのだから大丈夫でしょう。

 

「………ん、んん……」

 

 そわそわする。

 大丈夫よね。ええ大丈夫。

 

「………」

 

 しっ……心配をしているわけではないけれど、さすがに一人はやりすぎだったかしら。

 一緒に居ても文句は言わない思春くらいつけるべきだったかもしれない。

 それともそのまま美以をつけるべきだったのか。華雄という手もあったわね。

 ……いまさらね。いざとなれば走ってでも南蛮から近い村に駆け込むでしょうし。

 その村も随分と遠かった気がしないでもないけれど。

 

「………」

 

 仕事をしましょう仕事を。

 出て行った一刀には美羽の勉強を頼まれたのだし、行き先も告げずに送り出したのならそれくらいは聞いてあげるべきだ。

 べきだから───

 

「美羽」

「む? なんじゃ?」

 

 一刀のじわりじわりと時間をかけて教え込む方法の結果か、やけに姿勢のいい美羽がこちらを見る。私が座っている机と椅子の隣、小さなお茶用の卓で竹簡に筆を走らせる彼女は、まだ元の姿には戻らない。

 ゆさりと揺れる胸部に嫌でも目がいく。

 

「簡単なものからやらせてはいるけれど、進みはどうなの?」

「うむ! まだ読めぬものも大分あるがの、主様の期待を裏切らぬためにも頑張って覚えてゆくのじゃ! うははははっ、妾にかかればこのような仕事、軽いものよの、存分に褒めるがよいぞ?」

「それくらいは出来て当然よ。それで褒めるのは一刀くらいなものだわ」

「まあお主に褒められても気色悪いだけだとは思うのでいいがの。ところで曹操? 主様はどこへ行ったのじゃ?」

 

 ……この娘は。

 二言目には本当に一刀一刀ね。

 いいから仕事をしなさいと言ったところで、少しするとすぐこれだ。

 けれど、吸収が早いのも事実。

 “人の言うことを素直に受け取る”という、一見すれば馬鹿としか受け取れないものも、一刀の教え方がよかったのか吸収に向かっている。

 七乃では褒めちぎってからかってを繰り返すだけだったのだろうけれど、これは……なんというか教え甲斐のある娘だ。骨は折れるだろうが、このじっくりと教えて、気づけば自分の望んだ通りの子が完成しているかもしれないという気分が……───落ち着きなさい曹孟徳。

 

「一刀には少し暇を出したわ。今頃はわたしたちが気安くいける場所ではないところで休んでいるわよ」

「うみゅ? ……よくわからぬが、気難しくなれば行けるのじゃな!?」

「違うわよ」

「なんじゃとーっ!? 気安いの逆は気難しいであるから、気安く声をかけるなという言葉は、気難しい顔で声をかけろという意味じゃと七乃が言っておったのじゃ! 七乃が妾に嘘をつくわけがなかろ!」

「………」

 

 七乃はあれなの? まだ減俸され足りないのかしら。

 

「はぁ」

 

 しかし、この素直さが時に羨ましい。

 そしてこんな素直さを否定するのももったいないので、そのまま放置することにした。

 小言を言われるのは七乃だ、彼女に任せればいいのよ。

 

「一刀、ね」

 

 彼が帰ってきてからどれほどか。

 彼と再び交わってからどれほどか。

 再び消えることのない安心感を抱きつつも、そばに居れば目で追いたくなる存在。

 下準備と言うにはおかしな話だけれど、ようやく魏も新人らに任せてみようって段階までことを運べた。あとは彼ら彼女らに任せて都に移住する計画も、この調子ならば早めに叶いそうだ。

 一言で言えば長かった。

 ここまで事を運ぶのにどれほどの回り道をしたのか。

 時折に会合を挟んでは、各国の軍師や将に都の状態を調べさせ、何が足りていて何が足りないのか知り、その上で魏や呉や蜀だけではなく都にも準備をさせる。

 一刀も“豊かになるのなら”と乗り気で落款したようで、都はぐんぐんと成長していった。もちろん、それもこれも天の知識が基盤となったお陰で、発展が早かったからだといえる。呆れる事実だが、一刀あっての成長だ。

 

「………」

 

 きしりと、普段一刀が座っている椅子に深く座る。

 支柱の椅子。

 いつか自分が使った駆け引きを、まさか自分に使われるとは思いもしなかった瞬間を思い出す。くすりと笑みが出てしまうのは、一刀に裏をかかれたという、心のどこかで舞い上がっていたであろう自分に対してだ。

 そんな小さな笑みが届いたのか、美羽がきょとんとした顔でこちらを見ている。

 なんでもないわよと返して再び天井を見た。

 ……深く座る椅子は硬い。

 こんなことを思うのもどうかと思うけれど、狭くても一刀が座っているからこそ座り心地がいいのね、この椅子は。その上に座っていたほうがまだ柔らかい。

 

「………」

 

 視線を下ろし、筆を動かす。

 なんというか静かだ。

 一刀が居ないと知るや、この部屋に訪れる者も居ない。

 思春は華雄とともに警邏の最中だし、桃香や蓮華は“一刀が戻ってくるまでに美味しい一品を”と腕まくりをしていた。

 春蘭と愛紗が競って料理対決を再開させていたけれど、あれは互いに味見させ合ったほうが良い勉強になるだろう。

 

「…………ぁ」

 

 時刻は恐らくそろそろ昼あたり。

 考え事に熱中していたからか、鳴るまで空腹にも気づかなかったお腹に恨みがましい視線を下ろしつつ、嫌な笑みを浮かべて「うほほほほ、卑しいやつよのぅ」とかぬかす美羽に、もっと仕事を任せることを決意した。

 

……。

 

 昼。

 昼食を摂りに食堂へ向かうと、肌の表面が豪雨に打たれたようなばちばちとした身の危険を察知する。それは食堂に近づけば近づくほどで、この先には行ってはいけないという奇妙な勘が働く。

 けれども王たる者が二度もお腹を鳴らすわけにはいかない。

 ここはなんでもないように振る舞い、しかし早急にこのお腹を黙らせるべきだ。

 恥以上の危機など今の私には───……ごめんなさい私が間違っていたわ。

 

「………」

 

 食堂に入った途端、円卓の前に案内され、その椅子に座り、冷や汗を垂らす私。

 円卓には春蘭が作った料理があり、すぐ傍の円卓では愛紗が作った料理を前に真っ青な顔の桃香が座っていた。

 そのさらに隣には蓮華が作った料理を前にする雪蓮。わりと平気そうな顔だ。

 

「……春蘭」

「はいぃっ! 華琳様っ!」

 

 目を輝かせてうっとり笑顔で寄ってきた春蘭の口に、目の前に置かれた料理をひと掬い、ぱくりと食べさせ───……た途端、春蘭が私と擦れ違うように倒れ、気絶した。

 その流れるような動作に桃香がぱくぱくと口を動かしている。

 ちなみに言えば、春蘭が倒れるさままでが流れる動作だ。私の動作だけではなく。

 春蘭には悪いけれど、さすがに気絶するようなものは食べられない。

 むしろ、これは食材に対する侮辱だろう。

 王に近しい者とはいえ、民が作り上げた材料で毒を作らせるのは失礼というものだ。

 

「愛紗。一刀からは聞いているわよね? 作ったのならばまずは味見をすること、と」

「い、いや、私はなにより桃香さまに一番に食べていただきたく」

「……桃香。部下の想いを受け止めるのも王の務めよ」

「華琳さんずるい! 自分は春蘭ちゃんに食べさせたのに!」

「あら。あなたは私を非道と呆れるのかしら。私はただ、作ってくれた春蘭に一口目を食べさせてあげたかっただけよ?」

「うぇえええっ!? あ、あう……あの……愛紗ちゃん?」

「は、はいっ」

 

 期待を込めた目で桃香を見る愛紗。

 ……ふふ、可愛いものね。出来れば傍に置きたいほどに。

 けれど以前ほどではない。

 それは…………居ないとわかっているのについ探してしまう存在の所為だろう。

 などと思っているうちに……愛紗、ではなく桃香が倒れた。

 

「桃香さま!? 桃香さまぁああーっ!!」

 

 さすがは仁の王。

 人を傷つけるくらいならば自分がと身を呈したらしい。

 桃香。あなたの勇気に敬意を評するわ。

 むしろ以前もこんなことがあったのだから、少しは成長させなさい。

 

(………)

 

 溜め息ひとつ、作られた食事を無駄にするわけにもいかないので、調理のし直しを提案する。蓮華の料理は随分と美味しいそうだから、それは雪蓮に片付けてもらうとしましょう。

 立ち上がりながら桃香を促し、腕前が上がっているかを見せてもらうことにした。

 

(ちゃんと食べているかしら、一刀は)

 

 なんてことを思いつつ。

 

 

 

 

-_-/一刀くん

 

 どごんっ! ───鳴った音はそんな音。

 氣を纏った拳から気脈や筋、骨を通して全身に伝わる重苦しい音。

 猪の眉間に当たった拳は猪の突撃を一瞬殺してみせたが、負けたのは俺の方だ。

 みしりと腕に走る痛みに顔をしかめ、つい腕を引いてしまう。

 けれど一瞬とはいえ勢いを殺せたのも確かで、猪は掻こうとしていた地面を掻き損ね、バランスを崩した。

 今ぞとばかりに拳から全身に走る衝撃の全てを氣で集め、膝に集中。

 某待ち軍人謹製ニーバズーカを猪の鼻に炸裂させる。───のだが、そんな状態から無理矢理立ち直った猪は、強引に土を掻き、俺の体重なんぞ軽く押し退けて突進を続けた。

 そんな一歩二歩程度で俺の体は簡単に弾かれて、体勢を崩したままに横に倒れてしまう。

 

「いっつ……! ちょっ……」

 

 突進した先で止まり、ゆっくりとこちらへと向き直る猪さん。

 いっそ止まらず居なくなってくれればと思ったが、どうやら無理な願いだったようだ。

 

「こ、これが野生……! 熊よりマシだと思ってみても、マシの幅がちっともわからん!」

 

 鷹村さんすげぇ! 野生の熊に勝つだなんて普通に無理だ! なんて素直に感心している場合じゃないんだ、ほんとに。

 だがここまできたならこの北郷、もはや逃げぬ!

 

「強くなるって決めたんだ……! 守ってもらってる今じゃない……いつか訪れる守ってあげられる瞬間のために!」

 

 猪くらい鈴々なら軽く倒す。

 美以だって愛紗だって翠だって恋だって。

 倒せない人が居ないってくらい平気で倒せるんだ。

 そんな相手を倒せないで、そんないつかがすぐに来たらどうする!

 成長するんだ、もっと早く、出来る限りを越えてでも!

 

「うおおおおおおおおーっ!!」

『グヒーッ!!』

 

 身も心も野生に染まれ!

 それが出来なきゃ、ここでは元より、訪れたいつかでも誰も守れやしない!

 

「守ギャアーッ!!」

 

 今度は振り切った拳ごと吹き飛ばされた。

 だだだめだ、心を乱すな! 危機にこそ冷静に、氣の流れをきちんと操れるように!

 うおおおお! ままま負けるもんかぁあああっ!!

 

 

 

 

-_-/華琳さん

 

 ……静かね。外からは中庭あたりから鍛錬に伴う声が聞こえてくるけれど、それも鳥のさえずり程度の声量でしかこちらに届かない。

 むしろ静かなのは自分の現状だ。

 魏に居れば、居るだけでどうのこうのと落ち着けない状況が転がり込んできたものだけれど……ここでは人が多いためか、私でなくとも収拾出来る者が居る。

 

「仕事も終わってしまったわね。……まあ、この人数で分担すれば当然の結果かしら」

 

 一刀がやるべきことを、来ている王や軍師で纏めてみれば、それこそ一日程度で終わる。一刀自身でも一日で終わらせられるのだ、どうやら本当にこまめに仕事をしていたらしい。最終的にこの部屋へ集められる案件も、既に大体纏められており、処理も容易だった。

 侍女らも兵らも適度に緊張感を持っていて、けれど休むときはしっかりと休む。

 どうやったのかは知らないけれど、威圧して教え込むだけでは絶対に身に付かない気の抜き方だ。当然、甘やかしていただけでも身に付かない。

 飴と鞭というものかしら。

 ただ、王や将の前ではまだまだ緊張しっぱなしなのは目に見えて明らかね。……それもまた当然か。

 

「さて……と。美羽、街へ出るわよ」

「む? うみゅ……それは構わぬが……なにをするのじゃ?」

「視察に決まっているでしょう? 報告だけでは知ることのできないものを、この目で見るのよ」

 

 立ち上がり、促す。

 美羽はうみゅうみゅ言いながらも立ち上がって準備をすると、そのままこちらへ歩いてくる。しかし、なんと言えばいいのかしら。随分とまあ綺麗に育つ。こんな将来が約束されているのなら、好かれた者は諸手を挙げて喜ぶのでしょうね。

 体は整っているのに顔は綺麗というよりは可愛いといった感じだ。

 雪蓮というよりは桃香に近い印象。

 こんな娘に武を教えてゆく彼は、今の世の先になにを見ているのか。

 

「………」

「? なにをしておるのじゃ? ゆくのであろ?」

 

 ちっこかった頃のままの、軽くこちらを睨みながら両手を腰に当てる姿が、妙に様になっている。今日まで過ごして、多少は“将来の差”というものを受け入れた私ではあるけれど……その、あれよ。味見してもいいだろうか。

 一刀が先にいただいたわけだし、別に構わないわよね?

 

「だめですよぅ曹操さん。お嬢様に手を出したら、私が一刀さんをそそのかして敵対関係作らせちゃいますから」

「…………いつから居たのかしら?」

「はいっ、窓の外から覗いていました! すると曹操さんの目が野獣のような鋭さでお嬢様を見始めるじゃないですか!」

「仕事をしなさいあなたは!!」

 

 とは言っても、仕事はない。

 一箇所に三国の(おも)だった人物が集っているのだ、やることを分担してしまえば仕事など残らない。皆にとっては良い息抜きになっているかもしれないけれど、仕事仕事で気を張っていた者にしてみれば、妙に落ち着かないものだ。

 だから、警邏も兼ねて街に出るわけだが……

 

「で? その覗き魔であるあなたは。これからどうするの?」

「お嬢様あるところに七乃あり。もちろんついていきますよー?」

「覗き魔であることを第一に否定して頂戴。その内見張りに捕まって突き出されるわよ」

「いえいえ、実はこれで、一刀さんには許可を頂いちゃったりしているんですよ」

「一刀が?」

 

 意外ね。そういうのは苦手というか、嫌がりそうなものだけれど。

 

「はいっ。“美羽の行く先々に回りこんで部屋を覗くのはやめろ! やるとしても俺の部屋くらいにしてくれ!”と」

「………」

 

 一種の脅迫でしょう、それは。

 そして“俺の部屋”と言ってしまった以上、一刀の部屋として宛がわれた場所は全て彼女に覗かれることが許可されているわけね。

 この女はそういう屁理屈を平気で言う女だ。

 そして一刀はそういった言葉遊びみたいなものに弱い。

 

「はぁ」

 

 仕方ない、少し釘を刺しておこう。

 あれは私の所有物なのだから、勝手に覗き見されて、いい気はしない。


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