真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

305 / 454
107:IF2/この世界へようこそ②

 天才が産まれるとわかっているからつまらない、なんてことはなかった。

 

(丕……子桓が大きくなったら、なにをやらせてみようか……。たしか歴史上だと随分若い頃から文関連に強くて、戦についても結構なもの、だったよな)

 

 自室の椅子に座り、机に肘を立てつつ携帯電話をいじくる。

 べつに歴史上の曹子桓と重ねる必要なんてなく、俺はあくまで親として彼女に接するつもりだ。あー、まあその、うん。女の子だった。予想通りって言えばいいのかな。

 現在は毎日ビワーと泣き出しては、華琳を困らせている。

 乳母でも迎えようかって話になったんだが、華琳は子育てすら興じるつもりらしく……あっさりそれを却下した。

 

「うー……私も出産に立ち会いたかったよぅ」

「そればかりは仕方ないだろう? 華琳が魏だけでいいと言ったのだから」

「むぅっ。蓮華ちゃんだって立ち会いたかったって言ってたくせにー」

「う……」

 

 問題が起こるたびに問題解決に走り、ひとつひとつの問題を潰していくたびに、国が安定に向かってのんびりと進んでいる現在。俺はといえば……携帯電話をいじくり、“成長する子桓となにをするかリスト”をニヤケ顔で打ち込んでいたりした。

 自身の仕事と子育てに追われる華琳とは別に、桃香と蓮華は暇を見つけてはちょくちょくと俺の部屋へ来る。そのちょくちょくな現在、訪ねてきている人の前で携帯電話をいじくる失礼な御遣いがここにおる。

 いや、わかってるんだ。わかってるんだけど、待ち受けに登録している娘の顔を見るといろいろと止まらない衝動がございまして。

 あ、ああ、もちろん俺以外がこのリストを見たところでなんと書いてあるかもわからないのだから、安心して打ち込める。横から見られたって多少の気まずさ恥ずかしさは浮かぶものの、そのまま打ち込める。ありがとう日本語。

 

「お兄さん……わっとと、ご主人様はさっきからなにをやってるの?」

 

 と、そんなニヤケ顔な俺に、桃香が語りかけてくる。

 ぎくりと体が震えそうになるのをなんとか堪え、にっこり笑いながら「子供のために出来ることをいろいろ考えてるんだ」と返した。間違いではないものの、言ってしまえば俺がしたいことと子桓が喜んでくれることとは別だ。実の祖父相手にぼっこぼこにされた自分の、実感が篭った“家族の感覚”。免許皆伝云々の時もそうだったが、そうなのだ。相手がやりたいことと自分がしてほしいことは別じゃなきゃいけない。同じだったら嬉しい限りだが、現実はそうじゃないことが大体だ。

 なので、きちんと子桓の成長を見つめながら対応する必要がある。

 勝手に押し付けすぎないよう、離れすぎないよう、親として───!

 

「……んふぅ~ふふへへへへぇえええ~……」

「……こほんっ! ……一刀。顔がだらしないぞ」

「ホワウッ!?」

 

 でも子供の寝顔を待ち受けにしている時点でいろいろとアレなのかもしれない。

 蓮華に咳払いとともにツッコまれ、奇妙な声をあげつつ早速反省。

 親って難しいなぁ。や、まあ、こういうのはニヤケられる内にニヤケたモン勝ちだ。子供の可愛さにニヤケていられるのなんて、子供があどけない内だもの。

 加えて、さっきの“歴史上の曹子桓と重ねる必要性”の話を交ぜ返すことになるものの、幼い内から頭の回転が速かったとされる曹子桓だ。ニヤケていられるのなんてほんの短い期間だけだろう。

 だったら今ニヤケないでいつニヤケますか。

 

「ていうか桃香。やっぱりそのご主人様っていうの、なんとかならない?」

「ふえっ? だ、だめかな。じゃあそのー……だ、旦那様?」

「桃香との関係や呼び方云々で俺と焔耶が揉めたの、もう忘れた?」

「ああうん、あれは凄かったねー」

「笑顔でさらっと言われる凄さじゃないだろあれ……」

 

 各国の王と心を確かめ合って、結ばれる夜の少し前、焔耶に呼び出されて喧嘩をした。

 武器は使わずに殴り合いだ。

 女を殴るつもりはないなんて、相手の本気を無視した言葉なんぞ完全に捨てた泥臭い喧嘩。殴り殴られ、鼻血も出したし涙だって出たが……結果はまあひどいものだった。

 誰が勝ちだなんてそういう目的もなかった喧嘩は動けなくなるまで続き、お互いぼろぼろになりつつ桔梗に頭を撫でられ紫苑に説教され、お互いに顔を見合わせて、ひっどい顔のままに笑ってお互いの胸をノックした。いや待て違う、焔耶が俺の胸をノックしただけであって、俺は焔耶の胸にはしていない。誓ってしていない。

 どうやら幸せにしろという覚悟の確認と意思表示だったらしく、俺は痛む顔を無理矢理笑わせて、思い切り頷いた。顔の痛さで簡単にしかめてしまうような笑顔だったが、それでも「お前らしい」と笑ってくれた焔耶には感謝したい。女性を巡って殴る相手が女性だとは、まあ思いもよらなかったが。

 

「でもでも、隣に立ってくれるならやっぱりそうなるんじゃないかなぁ。お兄さんはなんていうかそのー……一緒に居てほしい人だし、やっぱり特別だし、居てくれて嬉しい人だし」

 

 胸の上で指を組んで、にっこりというよりは……どこか“うっとり”的な笑顔な桃香さん。居てくれてよかったは俺も同じなんだが、あまり人前でそういうのはやめてください。なんかさっきから蓮華さんの目が怖い。

 

「ん、んんっ。……一刀」

「ハイナンデショウ蓮華サン」

 

 目を伏せてのわざとらしい咳払いののち、改めて俺を見る蓮華。こちらもしっかりと蓮華の目を見て返すと、少し声が棒になるのを感じつつもちゃんと返す。

 

「私もなにか特別な呼び方をしたほうがいいだろうか」

 

 ちゃんと返した結果がこれだった。

 

「あ、それいいかもっ。蜀のほうも私がご主人様~って言い出したら、みんなもそう呼び始めたし」

「へぇっ!? ちょっ……初耳なんですけど!? それってもうやめてくれって言ったって聞いてくれないんじゃないか!?」

「朱里ちゃんとか雛里ちゃんは、むしろ喜んで呼んでる気がするよ?」

「彼女らのなにがそうさせるんだ……」

 

 机に肘を立てたまま頭を抱え、オオウと唸る俺が誕生。

 ……こんな悩む姿が彼女らにそうさせるのでしょうか。ああわからない、悩んでいる人の姿を“かわいい”と言える軍師らの気持ちがわからないぃいい……!!

 

「でも、うーん。蓮華ちゃんに似合うご主人様の呼び方かー……」

「や、だからご主人様はやめてって……」

「お兄さんからの要望とかってあるのかな」

「無視か!? それともそれは桃香自身の話なのか!? ……あ、ああいいや、とりあえず保留は保留で。でだけど。呼ばれ方についてはー……素直に“相手に対してなんてこと訊いてんだ”って返す」

「えぇっ!? だ、だってお兄さん自身の話なら、お兄さんに訊いたほうが早いって思って」

「じゃあ桃香。桃香はなんて呼ばれたい? “桃香”って真名以外で」

「えうっ!? え、え……え───えーと」

 

 目をつつっと逸らし、天井を見て、やがて俯き、目を糸目にして「う゛ー」と唸り始める蜀王さま。

 

「じゃあ仕返しでご主人様?」

「ひゃえっ!? やっ、そ、それは嫌かなぁ~……!」

「劉ちゃん?」

「いやです」

「(なんで敬語で即答……?)備さん」

「なんで名だけ“さん”付けなの!?」

「玄徳先生」

「お兄さん、もしかして遊んでる?」

「いや、これでも真面目に考えてる。じゃあ……」

 

 劉、備、玄徳……うーん……劉さんは、“ちゃん”の流れでダメだろうし、なら……ハッ!?

 

「ゲンさん!」

「………」

「待った桃香、笑顔で拳を持ち上げるのはキミには似合わない」

 

 玄徳からとったゲンさんは地雷であった。

 ならどれならいいのか。

 大体この時代っていろいろややこしいんだよな。

 名で呼ぶのは失礼とか言って字を作ったくせに、親しくもない輩が字で呼べば失礼だとか言い出す。

 じゃあ姓で呼べばいいのかっていったら、劉さんなんて居すぎるくらいだし。

 いやしかし待て。なら劉王とか呼べばいいのか? 蜀王だと畏まっちゃいそうだし。

 劉王……りゅうおう?

 

「九頭竜師匠(せんせい)って呼んでいい?」

「なんでそうなったの!?」

 

 この世界にはいろいろな謎があるのです。

 

「気安い呼び名って難しいな。じゃああれだ。“備えもん”とかはどうだろう」

 

 こう、ドラえもん的な。

 

「? なにか供えるの?」

「いや、どっちかっていうと電光石火」

 

 レイモンドとともに生きる供えもんでございます。誰だ。

 ……と、いろいろ提案してみたが、結局は“真名で呼んでくれなきゃ嫌だよ”とまで言われてしまった。

 蓮華はそんな彼女の正面で、椅子に深く背もたれしてふうと息を吐いた。やれやれって顔だ。胸の下で腕を組みながらの苦笑がすっかり慣れてしまった彼女は、そんな顔のままにちらりと俺を見てくる。

 

「一刀は呼ばれたい名前かなにかでも、あるの?」

 

 訊ねる口調は女性のソレ。

 王としてではなく女性として訊いているそれに、俺も肩の力を抜いて対応する。

 

「蓮華は是非そのままで。桃香にも出来れば一刀って呼んでもらえたらって」

「それはだめ」

 

 笑顔で即答でした。

 桃香って普段はぽやぽやしているのに、自分が曲げたくないことではとことん頑なだから困る。頑なで固いから頑固か。言葉を考えた人は実に見事だ。

 

「特別な人は特別な呼び方で、だよ。私の中でお兄さんはお兄さんだけど、傍に居たいのはご主人様だから」

「あ、すいません、意味がわからないですハイ……」

「一刀にとっての華琳と同じだろう。かつての一刀にとっての、ついていきたい相手は曹孟徳だったかもしれないが、傍に居たいのは華琳。違うか?」

「……あ」

 

 なるほど、そういうことか。

 ……ああ、こういう時ってちょっと自分が嫌になる。

 もっとよく考えてから返答するべきだったなぁと。

 

「だから私にとってはお兄さんはご主人様なんだよ」

「でもちょっと待とうか桃香。特別なのにさ、名前じゃなくてご主人様って呼ぶのってどうなんだ?」

「あ、あれー……? こんな流れだと、お兄さんが笑顔でしょーがないなーとか言ってくれるんじゃ……」

「どんな流れだよ。じゃあ仮に、蓮華が適当につけた呼び方を俺が気に入ったとして、ずっと桃香をそう呼んだらそれはどうなんだ?」

「蓮華ちゃんが?」

 

 と、ちらりと蓮華を一瞥。すぐにぱあっと笑顔になり、「いいと思うよっ」と。

 

「はいここで蓮華さん」

「能天気桃色娘」

「よろしく能天気桃色娘さん」

「それはいやだよっ!?」

 

 そして早速のダメ出しが。

 むしろ蓮華がノリノリで名づけたことに驚きだ。

 ……普段からそう思ってるとか、そんなんじゃないよな?

 

「う、うー! お兄さんは!? お兄さんはその呼び方を気に入ったの!? 気に入ったら呼ぶって話だったよねっ!?」

 

 ねっ!? と念を押してくる桃香さん。

 胸の前できゅっと組まれた両手は、まるで神にでも祈る人のように強く強く組まれている……と、パッと見でもわかるくらいだ。そんなに嫌なのか、能天気桃色娘。

 

「ぬ、ぬう……! ここで俺が気に入ったって言ったら、桃香の呼び方が決定されるわけか……! ……ごくり」

「ごくりじゃなくてっ! お、お兄さぁ~ん……!」

「一刀」

「いや、悪かった、冗談だから。気に入ったりしないから安心してくれ。ていうか、蓮華に振ったあたりで“悪ふざけはそれくらいにしろ”くらい言われるかと思ってた」

「蓮華ちゃん……」

「ど、どうしてそこで私を恨みがましく見る! あ、いや、私が悪い話の乗り方をしたからか。すまない」

 

 ばつが悪そうに、目を伏せて謝る蓮華。

 それをあっさりと笑顔で許す桃香は相変わらずだが、それにしても蓮華が悪ノリねぇ……大方、祭さんか雪蓮あたりに妙なこと吹き込まれたんだろう。頭が固いから少しは悪ふざけかなんかでもしてみろ、みたいに。

 で、生真面目にそれを実行してみて、余計におかしな結果になったじゃないか……! などと後悔しているところだろう。なんか俯きながら頭抱えてるし。

 

「で、呼び方云々だけど。やっぱり一刀って、名前で呼んでくれないか?」

「えー? でも、お兄さんはお兄さんだよ?」

「じゃあもう俺も能天気桃色娘で」

「えぅうっ、それはやめてほしいっ……! じゃ、じゃあそのっ……うう、か、か……」

 

 か、と何度も呟きつつ、胸の前でついついと人差し指同士をつつき合わせる桃香さん。

 ……ハテ、この反応は……おお、わかる、わかりますぞ、この北郷めにも。女性というものを考え続けて早どれほどか、恋心は未だに難しいままだが、何気ない仕草から想像出来る答えは確実に増えている。

 

「……もしかしてさ、桃香。俺の名前を呼ぶの、恥ずかしいだけ?」

「はうっ」

「……一刀。そういうものは本人が言うべきではないだろう……」

「俺……誰々が言うべきではないとか、それはあいつが悩んで答えを見つけなきゃいけないことだとかって言葉、正直ちょっと嫌いでさ……」

 

 特に後者には散々苦しめられている北郷です。

 別に答えが見つかるのが早いか遅いかの問題なんだから、教えてくれてもいいと思うんだ。そりゃ、自分で気づいたお陰で身に染みた答えも随分あるけどさ。早くに教えてもらって、そこから染み込ませていくことだって出来ると思うんだよ。

 

「でもさ、あ……呼び方の話に戻るけど、ご主人様っていうのはこう……個人を指していない気がしてちょっと苦手意識があるんだよ。お兄さんっていうのも妙に他人行儀な気がするし。だから出来れば一刀って呼んでほしかったんだ」

「他人行儀か。確かに兄でもなければ主人でもないな」

「ううっ……」

「というわけではい、一刀と」

「……あぅ。呼び捨てじゃなきゃだめ……なのかなぁ」

「だめだなぁ」

「だめだ」

「蓮華ちゃんまで!? あ、う、うー……じゃあいいもん、言っちゃうもん。べつにお兄さんって呼び続けてたから、今さら呼び直す機会がなかったとかそういうのじゃないんだから、きちんと呼べるんだからね?」

 

 めちゃくちゃ語るに落ちていた。

 呼び直しがしたかったなら、ご主人様って呼ぶタイミングで直せばよかったのに、どうして───って、それこそタイミングか。

 

「それじゃあ……か、かずっ…………うう、一刀っ! …………さんんっ……! ~……!!」

「赤っ!? 桃香!? 桃香ーっ!」

 

 勢いよく一刀と叫んだものの、自分の声に驚いて、さらには真っ赤になりつつ“さん”を付け足してしぼんでいく蜀王さまの図。

 しかも俯かせていた顔を持ち上げると、すぐにわたわたしながら“一刀……さん”発言を撤回して、「やっぱりだめ! ご主人様はご主人様だもん! 私がそう呼ぶのはお兄さんだけで、これだってちゃんとした特別なんだからいいの! これでいいんだよー!」と断固として譲らなかった。

 

「あぁ……これはもうだめかぁ……」

「あなたの負けね、一刀。こうなった桃香は、もう何を言っても曲げないのだから」

「蓮華、口調」

「ふぐっ!? ……ん、んんっ! ……お前の負けだな、一刀。こうなった桃香は……わ、笑うなっ!」

 

 律儀に口調を硬くして言い直す蓮華を前に、笑ってしまう。

 けど、こうして俺や呉の将以外の前でも気安い口調が出るのは、彼女が以前よりも他の人たちに気を許している証拠なのだろう。同盟を組んだとはいえかつての敵。しかも王を前にしての話でも、蓮華が笑顔を見せる回数が目に見えて増えてきている。

 そんなところをつつくと意固地になりそうだと考えもするものの、蓮華には自覚も必要だというのも理解出来るので容赦無くツッコミを入れる。もちろんバカにする風ではなく、そうなってくれて嬉しいって気持ちと笑顔を乗せて。

 

「まったく、あなたという人は……!」

 

 顔を赤くしながらも、口調では怒ってもどうしようもなく漏れるのは笑顔だ。

 そんな表情に俺もやっぱり笑い返して、穏やかな時間を───

 

「ん……ん、んんっ!?」

 

 ───過ごす、筈だったのだが。

 突然蓮華の様子が変わり、口を両手で押さえて椅子に座らせていた体をさらに折った。

 

「蓮華!?」

「え───あ、蓮華ちゃん!? どうしたの!?」

 

 明らかにおかしいとわかる様子に乱暴に立ち上がり、机を飛び越えて蓮華のもとへ。

 対面して座っていた桃香も机を回り込んで横につき、苦しそうにしている蓮華の背中をさすった。

 俺もそれに続き、苦しそうにしている彼女を寝台までゆっくりと連れてゆき、そっと座らせる。横になることを奨めたが、彼女は苦しそうな顔のままに首を横に振った。

 

(なんだこれ……吐き気? ついさっきまで平気そうな顔をしてたのに……?)

 

 わからない。いったいなにが───? と考えていたのだが、一つだけ心当たりが。

 

「………」

「ご主人様っ、早く華佗さんを呼ばないと!」

「ちょっと待って、桃香」

「え───で、でもっ!」

 

 蓮華の手を両手でやさしく包み、目を閉じて意識を集中。

 自分の氣で蓮華を包み込み、それらを変換しながら彼女の中の氣を探る。

 すると……彼女の中に混じって、ひとつ……とても小さいけれど、確かに彼女のものとは違う氣がひとつ。

 それは、つまり───

 

「でっ───」

 

 疑問が理解に変わった刹那、この腕とこの口は勝手に動きそうになり、理性でそれを強引に止める。落ち着け俺! 気持ち悪がってる人にそれはまずい!

 

(出すぎだぞ! 自重せい!)

(も、孟徳さん! どうせならもっと早くお願い!)

 

 孟徳さんにも止められた。

 華琳の時と同じく抱き締めてしまいそうになったのだ。

 つまりはそう、そういうこと。

 彼女の……蓮華の中に、新しい生命が。

 

「え、あ、あれ……? 蓮華ちゃん……? どうして辛そうなのに笑ってるの……? え? えっ!? 蓮華ちゃん!?」

 

 見れば、蓮華も自分で気づいたのだろう。

 目に涙まで浮かべて、辛そうなのに笑んでいた。

 辛そうなのに愛おしそうに腹部を撫でて、目に涙を浮かべたままに俺を見て……

 

「……ふふっ……これで、どれくらい国に貢献できたのかしら」

「男の俺からじゃ考えられないくらいに。……ははっ、約束は、俺の負けかな」

 

 笑い合って、いつかのように手と拳をパンッと叩き合わせた。

 直後にくたりと力を抜いて倒れそうになった蓮華を抱きとめ、彼女の頭を胸に抱いたまま、その頭を撫でた。やさしく、ゆっくりと。口から自然にこぼれた「ありがとう」は、自分で言っておいて実感へと変わり……その意味に気づいた桃香が顔を真っ赤にして慌てて華佗を呼びに行った。慌てすぎて扉に激突したことは、ツッコんじゃいけないのだろう。

 

……。

 

 賑やかなる平和な日々が続く。

 蓮華の懐妊に続くように呉の将の間で懐妊騒ぎが起こり、都は連日パレード状態だ。

 穏、祭さん、明命、亞莎と続き、実はそれより先に思春まで。

 これにはもう雪蓮は大爆笑。「ほんとに父になるなんて、やっぱり種馬の噂は本当だったのねー♪ あっはははははは!」なんて大声で、それこそ大爆笑しながら冥琳に絡んでいた。冥琳も「まあ、今は各国も大分安定はしたし、国も若い衆に任せているから問題は……ない、か?」と苦笑をもらしていたものの、喜んではくれていた。ただやっぱり、いざという時に主要人物のほぼが妊娠状態なのはどうなのかと難しい顔をしていたが。

 

「ねーえー、めーりーん……私も子供が欲しいんだけど……出来たら名前は大喬なんてどう? で、冥琳の子供が小喬」

「孫大喬に周小喬……か? それはせめて姉妹に名づけてやるべきだろう」

「ああ違う違う、真名よ真名。きっといい仲になると思うのよ、二人」

「産まれてもいない子供のことで、よくもまあそこまで断言出来る。それも勘か?」

「うん、そーゆーこと」

 

 にっこり笑いながら言う雪蓮は、本当に楽しそうだった。

 どうやら戦なんてするまでもなく、彼女の心は変化し続ける現状ってものが満たしてくれているようだ。今も魏からわざわざ来てくれたアニキさんの料理と酒に舌鼓を打ち、ご機嫌だ。

 しかしながらそんな連日の祭りの中でも、少し俯いてしまっている人物が。しゅんとしていて、「うー……」と時折呟いては、自分のお腹をさすっている。

 

「………」

「………」

 

 しゅんとしているというか、俺の服の袖を小さくつまみながら、ずぅっと俺の後ろをついてきている……まあその、蜀王様。

 

「あー……その。桃香サン? 別にさ、王の中で自分だけまだ、とかそういうのは気にする必要は……」

「で、でもでもっ、やっぱり少し……ううん、結構……」

「王としての責任とかを感じる……って?」

「………」

 

 顔を赤くして俺を見上げる桃香。

 そんなことを気にする必要はないんだって、せめて安心させなきゃと……頭を撫でるために持ち上げかけた手が、腕ごと行動を停止させられた。他ならぬ桃香によって。通路の途中でなにやってんだとか言われそうな陽の高い昼の頃、俺の腕は桃香に抱き締められ、行動を封じられた。

 

「……と、桃香? なにを───」

「ご主人様と私、相性が悪いのかな……」

「───」

 

 驚き、思わず強引に振り払いそうになった腕が、やっぱり今度こそ一切の行動を封じられた。そんなことを寂しそうに言われれば、男としてって以前に人として振り払えない。

 

「あ、あー……こほん。桃香? ああいうのはね、相性とかじゃなくて、そ、そのー……おぉおおしべとめしべが……ね?」

「~……」

「うう……」

 

 おろおろしながらの言葉は腕をきつく抱き締められる結果に終わった。

 下手な言葉はどうやら、蛇が下宿中の藪を突くことにしかならなそうだ。

 だったらと、空いている片方の手で桃香の頭を撫でて、なにも言わずに一緒に居た。

 気の済むまでこうしていよう……そう、心に決めて。

 

……。

 

 と、思っていたのだが。

 

「………」

「………」

 

 ……桃香がおかしい。

 なにやら異常に俺のあとをついてくる。

 

「よしっと。じゃあ纏めた書簡は持っていくな?」

「あっ、わ、私もいくよっ!」

「…………」

 

 仕事の時もずっと傍に居て、乾いた書簡を持っていこうと椅子から立ち上がると、散歩へ向かうと理解した犬のようにシュタッと立ち上がり、とととっと近づいてきて服を摘んできたり───

 

「っ……ふうっ! ダッシュ終了! ……桃香? 大丈夫か?」

「はふー! はふー!」

 

 鍛錬の時もダッシュに付き合ってまでついてきて、終わる頃には随分とお疲れで……なのに俺が移動を始めるとしっかと道着の端を摘んできて、ついてきたり───

 

「出でよ鳳凰! ……まあ、出るわけないんだけど。よし出来上がりっ!」

「へー! 天の料理は調理中の食材から鳳凰が出るんだー!」

「いや、出ないから」

 

 食事の時も調理している横でしっかり服を摘んで離れようとしない。なにがどうなっているのか……。

 

「……えーと、桃香? どこまでついてくる気?」

「え? えーと……ごっ……ご主人様はっ、そのっ、何処にいくつもりなのかなぁっ」

「……厠」

「へうっ!? あ、そ、そっか! じゃあえっとそのっ! わわわ私もっ!」

「いやいやいやいや落ち着け桃香! さすがにそれは待とう!?」

 

 あまつさえ厠にまでついてこようとする始末。いったい彼女の身になにが起きたのか。

 さすがにおかしいと、桃香にずずいと問い詰めてみれば、

 

「え? あ、えと……どうして子供が出来ないんだろって、たまたま会った小蓮ちゃんに訊いてみたの」

「待とう。人選明らかに間違ってる」

「えっ……でもでも、いっぺんにご主人様の子供を孕んだ、呉のシャオが言うんだからぜったいぜ~ったい間違いないよーって、小蓮ちゃんが」

「その言葉の時点で問題外っ! あ、ああぁあ……! いいや、それで……シャオはなんて?」

「う、うん……なんだか言うのが怖くなってきたけど……私とご主人様に子供が出来ないのは、私に女子力が足りないからだって」

「じょしりょく?」

 

 ……なんだろう、早速頭痛くなってきた。

 妙に耳年増なところがあるシャオのことだから、まーた房中術がどーのとか言い出すのかと思ってたのに、どうしてここで女子力? むしろこの時代でそんな言葉を聞くとは思わなかったよ。

 

「好きな人の傍に寄り添って、身も心も一つになりたいって思い続けることで、お腹に子供を作る準備をさせるんだーとか……そのぅ……」

 

 語る桃香は真っ赤っか。

 それでも服を離さないのは真っ赤になろうが信じているからなんですね桃香さん。

 でもごめん、それ絶対間違ってるし騙されてる。

 

「あ、あー……その……な? 桃香。女の子にはそのー……」

 

 こうして俺は、本気で悩んでいる桃香に、安全日だの危険日だのをうろ覚えのままに桃香に説明することになり……熱心に「それでっ!? それでっ!?」と続きを催促してくる彼女を前に、今度は俺が真っ赤になりながら、今もどこかで無邪気に笑っているであろうシャオに怨念を送った。

 

……。

 

 で……後日。

 

「で……なんでまた腕を組むんでしょうか、桃香さん」

「えへへー、華佗さんに訊いたら、好きな人と一緒に居ることは確かに効果があるって」

「……マジで?」

「うん、“まじ”で。“我が五斗米道は房中術においても死角なし!”っていろいろ教えてくれたよー? ……あっ!? べべべつに華佗さんとそういうことをしたわけじゃないくてねっ!? え、えとー……うん。ご主人様と腕を組んでるとすごく安心するから、これでいいの」

 

 服を摘む行動が腕を組むに超進化した。

 デジタルなモンスターになぞらえて、トウカモンとか呼んだ方がいいんだろうか。

 いや、この場合はリュウビモンのほうがそれっぽいか? ……ゲントクモンはないな。うんない。となると……やっぱり“ソナえもん”じゃないか。

 とまあそれはともかく、移動の度に腕を組まれるようになってしまった。

 しかもそれを見た各国の将らがそれを真似るようになってしまい、腕が落ち着く日々がほぼ無いという事態に。……これって贅沢な悩みだろうか。

 




半分にしたかったけど無理だったよ……。
内容ぶった切りになってしまう。

 ▲ページの一番上に飛ぶ