真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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108:IF2/いつだって父親はアレ②

 時が流れる。

 誰かが争い、死んだりもしない時間がどれだけ過ぎたのか。

 ふとした瞬間に平和に感謝する日々は今も続いていて、何日が何週間になり、何ヶ月になり、何年になると、駆け足だった足もようやく休みを欲した瞬間に休める今がそこにあってくれた。

 

「南蛮大麻竹で作ったメンマ……ついに、ついに極上の名に相応しい丼に仕上げることに成功した! その名も……極上メンマ丼【真】!!」

 

 足を休めた先に何があるかといえば、きっとみんなが首を傾げる。

 休んだところで変わらぬ日常があるだけなのだから当然だろう。

 それでも……足を止めてみなければ“それが当然だ”なんて気づけない今がここ。

 平和があって、笑顔があって、争いがなくて楽しいがある。

 誰もが笑っていられる世界とは違うけど、限りなくそれに近い今。

 

「主……あなたという人は私をどれだけ待たせれば気が済むのか」

「ごめん、半ば意地になってた」

「“一刀殿”から“主”に呼び方が変わったというだけで、大麻竹メンマを食させぬと言い出した時は、どうしてくれようかと思ったものですが」

「“なんと殺生なことをお言いなさるか!”とか言って龍牙向けてきたときは殺されるかと思ったよ」

「はっはっは、懇願する愛い少女がそのようなことをするはずがありますまい」

「顔は悲しげだったけど目が本気だった」

「はて。過去のことは覚えておりませぬな。というわけで、さあ! 完成したならば食べさせてくれる約束でありましょう!」

「星、食べたいのはわかるけどちょっと落ち着こうね。口調が少しおかしくなってるから」

 

 平和な場所に相応しい平和な会話は笑顔を呼ぶ。

 南蛮から持ち帰った竹は腐ることもなく悪くなることもなく、むしろメンマにして寝かせれば寝かせるほどに味が円熟し、美味しくなった。

 そんなメンマで作った丼を前に、星の目は爛々に輝いていた。

 

「それじゃ、どうぞ。量が少ないのはじっくり味わってほしいから───って言うまでもないか」

「ふふっ、もちろん。しかし無粋とは言いますまい。正直なところ、極上を目の前に興奮が理性に勝りかけておりますからなぁ。軽くでも止めてくれなければ───……襲い掛かってでも奪い、乱暴に食い散らかしてしまいそうだ」

「構えてる構えてる! もう言ってる傍から龍牙構えてるから!」

「おっと、これは失敬。では……大事に、頂かせていただきます」

 

 向けていた槍もしゃらんと仕舞い(どこにかはツッコんじゃいけない)、早速厨房の卓に着いて食べ始める星。

 穏やかな昼の頃、実に平和的だった空気はその日───

 

「ではいざ……ぁー……むっ。───ふぅうううおおおおおおおおおおーっ!?」

「うわぁっひゃああーっ!?」

 

 ───言葉に氣を乗せた絶叫によって、ぶち壊された。

 痛っ! 響くっ! 耳がズキーンって!

 

「こ、これは……っ……この味はぁあっ……!!」

 

 一口噛んではで震え、咀嚼して味わっては震え、星は一回一回の咀嚼にカタカタと震え続けていた。何事? と訊いてみても震えるばかりで返事はない。

 ただ、星が持っていた箸がベキャアと折れた時点でなんとなく理由を悟った。

 美味さに震えてるのも確かだけど、これ……乱暴に食い散らかしそうな自分を必死に押さえて、じっくり食べているだけだ。

 

「フッ……罪な丼だ……! 私にここまで我慢をさせるなど……!」

 

 あなたはいったいなにと戦ってるんだ……───あ、メンマか。

 

「くっ、ぬっ、ふぅうう……っ……! ぬっ!? はぅっ!? あ、あ、あああああはぐぅうう!?」

「星っ!? って、力込めすぎて腕が攣った?」

「……!!」

 

 過去の英雄の像になにをやってんですかアータはとツッコミたい衝動を抑えこみつつ、腕と顔を引き攣らせて、しかし丼はソッと卓に置いてから盛大に苦しむメンマの修羅様の傍へ寄る。ここまでメンマを愛せる人って普通居ないよな……なんて余計なことを考えた頭を振って、ソッと腕に触れてから氣を込めて、キュッと腕の筋を伸ばしてやる。すると星の顔から苦痛が抜け、彼女はふぅっと大きく息を吐いて───吸ったら丼に襲い掛かっていた。

 メンマの香りが彼女を狂わせたのだ……! とか出来る限り壮大っぽいお話にしようとしたのだが、傍目から見た光景はあまりにアレで、しかも途端に星が理性を働かせて強引に止まるもんだから、あっさりまた腕を攣らせた。

 

「………」

 

 うん、大丈夫、別にかわいいところもあるんだなとか思ってない。思ってないとも。

 なので星の手から丼と箸をソッと取って「あぁっ!? 主!? なにをっ!」いや奪ったわけじゃないから、いいから落ち着きなさい。

 自分で食べようとする度に攣るなら、俺が食べさせればいいのだ。

 というわけで、

 

「星。はい、あーん」

「!?」

 

 グボッと瞬間沸騰する彼女の言葉は完全にスルーで、無理矢理食べさせた。

 これなら一気に食べ過ぎることもないだろうという言葉も効いたようで、腕を攣らせない代わりに恥ずかしいという状況を受け取ってもらいつつ、食事は続いた。

 

「う、うむむ……恥ずかしさのあまり、味がどうにもわかりづらく……」

「いつもからかうみたいに余裕でやってみせればいいじゃないか」

「主よ……人が弱さを見せている時にそれは、少々おいたがすぎますぞ……」

 

 赤らめた顔で目を伏せる姿は、なんというか……可愛らしいって言葉が似合ってた。

 いっつも飄々としているイメージが強いから妙に新鮮だ。もちろん言ったら怒られるか拗ねられるのは予想がつくので言わない。言う勇気と言わないやさしさの使い分けくらい、今の俺にならきっと余裕だといいかもしれないこともなきにしもあらずだ。自信ないですごめんなさい。

 

「ところで主。何故急に私にメンマ丼を? ここしばらくは子桓様を始めとした子女らに付きっ切りだったでしょうに」

「あ、あー……その、うん。手料理でも作ってあげようかなって思ったんだけど、いざ作ろうとすると緊張して。だから……って、これだけはわかっておいてもらいたいけど、別に慣れるためだけに星の分を作ったわけじゃないからな?」

「はっはっは、わかっておりますとも。主はどこまでもお人好しなのはここ数年で十二分に理解しておりますゆえ。そして、娘らを愛しすぎて、距離感を掴めていないところも」

「うぐっ……」

 

 呉の娘たちが生まれてから既に数年。

 無事に桃香も子供を産み、姓名を劉禅、字を公嗣とされた。

 真名はまだ娘の誰にもつけられておらず、みんなそのまま名や字で呼んでいる。

 

「……しかしなるほど。幼い頃からこれだけの味のメンマを食させるつもりとは。主、さすがですな」

「いや、べつに幼い頃からメンマの味に染めようとしてるわけじゃないからな?」

「ふふっ、隠さずともよろしい。志を同じくする者同士、メンマについては嘘はつかぬよう誓い合ったではありませんか」

「いつ!? え───本気でいつ!?」

「ともにメンマ道を極めんとし、手を繋いだ時ですが。ふふっ……あの瞬間、私は主の手から様々な意思を受け取ったのです。私が作ったメンマが主の心に火をつけ、主が作った極上メンマ丼が私の心に火をつけた。面白い連鎖もあるものです。そこにメンマが無ければ産まれなかった絆がここにある……なんと神秘的でやさしい絆か……!」

「うわぁすげぇいい笑顔!」

「ああ主、次をお願いしたい。口寂しいと要らぬことまで喋ってしまいそうです」

「少しは話の切り替えに間ってものを挟んでくれ……ほら」

「はむ……んむんむ……───ふおお……!」

 

 ほっぺたが落ちそうになっているのか、目をきゅっと瞑ってふるふる震える星。

 メンマ丼でこんなになれるのはきっと星だけだろうなと思いつつ、いい香りなので俺もぱくりと食べてみる。───すると体を芯から震わせるような、良曲を耳にした瞬間のあのじぃんとした感覚を強くした何かが走った───途端、目の前の星から恨みがましい視線がメラメラと……!

 

「あ、主……っ……主よ……! 量が……量が少ないと言っておきながら、まさかのつまみ食いとは……!」

「メッ……泣くなぁああーっ!! 作るから! また作るからぁあっ!!」

 

 一瞬、メンマ丼くらいで泣くなと言いそうになったものの、瞬時に思いとどまって全力で泣くなとツッコミ。彼女の前でメンマを“メンマくらい”なんて言ったらどんな暴動が起こるか。なので再び“あ~ん”をしつつ必死に宥めてしばらく。

 ようやく星の食事は終わり、食べさせるという行為自体にいろいろと疲れを感じた俺は、結局娘たちの食事はどうするかを考えた。

 

……。

 

 俺には娘が居る。

 現在8人。

 自分としての感覚で言えば、長女に曹丕、次女に孫登、三女に陸延、四女に甘述、五女に黄柄、六女に周邵、七女に呂琮、末っ子として劉禅。

 産まれた順番で唱えてみたが、陸延から周邵までの三女から六女まではほぼ同時っていっていいくらいに産まれている。少し遅れて産まれた呂琮はその中でもまだ小さく、劉禅はもっとだ。

 しかし全員とても元気であり……何故か父である俺を蹴る。

 俺がなにかしたのかと問い詰めたい気分ではあるが、子供の頃から親に問い詰められまくるのはいい気分じゃないのでは……とつい距離を取ってしまう。むしろ丕は甘やかしすぎたために、丕からの俺のイメージはあまりよろしくない。華琳の話じゃあ、“娘に甘く、女にだらしのない、仕事もしないので性質が悪い男”だと思われているっぽい。

 

(聞いたその日は枕を濡らしたなぁ……)

 

 しかし華琳のことはとても好きで尊敬に値する母らしく、かかさまかかさまとあとをついていく様子は実に可愛い。……つい少し前までは俺のこともととさまととさま呼んでくれていたのに、今ではととさまどころか父とも呼んでもらえず、ねぇとかちょっととか声をかけられ、振り向いたら話を始める始末。父と呼んでもらえない事実に気づいた時も枕を濡らしたさ。

 

「そんなわけで華琳。どうしたら丕にととさまと呼んでもらえるんだろうか」

「……あなたね。そんなことを他人に訊く父がどこに居るのよ」

「……ハイ……」

「泣きそうな顔で挙手はやめなさい」

 

 ふふふ、甘いわ覇王よ。涙ならとうに流しまくったわ。

 などと悲しく胸を張るのはやめよう。余計に泣ける。

 

「丕はもう俺のこと、遊び人としてしか見てないようだし、登は俺のこと蹴るし、むしろ呉側の子供は俺のことを何故か蹴るし……禅だけかなぁ、俺に懐いてくれてるのって」

「自業自得ね。あなたが“子供に仕事をしている姿を見せたくない”なんて言い出すからでしょう? 傍から見れば、仕事もせずに子供たちと遊んでいるだけの暇人じゃない」

「いや、これでも徹夜に近い勢いで仕事頑張ってるんだけど……」

「ええ、知っているわよ。それを知らないのは子供達だけだもの。で? あなたはいまさらそれを子供たちに知ってもらいたいとでも?」

「………」

 

 少し考えて首を横に振った。

 知らないなら知らないままでいいだろう。

 俺が嫌われる分、母側に愛が向かうならどんとこいだ。

 

「鍛錬も夜にやっていると聞いたのだけれど?」

「ああ、やってるやってる。集中しながらも外側にも注意を向けられる鍛錬。これで子供たちがたまたま来ても、暇潰しに夜間散歩をしていた父の出来上がりだ」

「…………ねぇ一刀。私に相談をした理由はなんだったかしら」

「? あー……どうしたら丕にととさまと呼んでもらえるか?」

「ええそうね、わかっているのならいいわ。一発殴らせなさい」

「ええっ!? なんでっ!?」

 

 うわぁ、めっちゃいい笑顔! でもコメカミで青筋がバルバル躍動してらっしゃる!

 と思ったら両手を腰に当てて飛び頭突きでもしてくるんじゃないかってくらいずずいと前傾になり、叫んできなすった。

 

「目的から遠ざかるようなことをやっておいてよくもまあそんなことが言えるわね! 素直に鍛錬をする姿でも見せればいいでしょう!」

「な、なに言ってんだ! そんなことしたらせっかく作り上げてきた優しい父の姿が崩れるじゃないか! 氣を高めるために城壁を黙々と全力疾走し続ける父なんて見たら、やさしさどころか余計に引かれるわ!!」

「やさしいどころか怠け者の父としてしか映ってないわよ!」

「ゲブゥウハァッ!!」

 

 言葉の槍が胸をえぐっていった。

 も、物凄いダメージだ……! わかっていたこととはいえ、改めて言われると泣きたくなる……!

 

「いや……最初は反面教師的なことで、娘達が強く成長出来るならって……そう思ってたんだぞ……? そしたら嫌われ度ばかりが加速したみたいな感じで、なんかもう目も合わせてくれないし……特に丕」

「ええそうね。暇があればあなたの悪口ばかりこぼしているわよ」

「………」

「だから。静かに泣くのはやめなさい」

「自業自得っていうのはわかってるんだよぅ。でもさ、でもさぁ。見つけたら駆けつけてまで蹴りこんでくる呉の娘たちや、目も合わせようとしてくれない丕とかはさぁ……」

「禅とは上手くやっているのね」

「禅はほら、桃香がポカして仕事中の俺の部屋に連れてきちゃって。それ以来、何故だか妙に爛々と輝く目で見られてる」

「……それを知っていて人に頼むということが、どれほど失礼かわかってて言ってるんでしょうね」

「や、今さら仕事風景見せたって、“どうせ好かれたくて今さら始めたに違いない”とか思われるのがオチだろ」

「……はぁ」

 

 「だからあの時、それでいいのねと訊いたじゃない」と続ける華琳に、なんだか申し訳ない気持ちを抱く。しかし俺自身もこうまで複雑になるとは思っていなかったのだ。

 子育てって難しい。うん、難しい。

 じゃあ全てを有りの儘に見せていればよかったのかといえば、必ずしもそうじゃないのだ。

 家が道場一家だったから言えることだってある。

 寂しいんだ。……親が忙しいと、寂しい。それだけは言える。だから頑張ったんだけどなぁ。ここまで空回りするとは。

 

「今までの経験を生かしてなんとか……とも思ったんだけどさ。あ、呉と蜀に行ってた頃の話な?」

「わかっているわよ。そうね、あなたを嫌っていた連中は、嫌いつつも向かっていくような者たちばかりだったわね。丕のように避け続けるというのは、逆にあなたにしてみれば珍しいというわけね」

「そうなんだよ……だからなんとか出来ないかなぁと」

「それこそ自業自得でしょう? 好かれようと思ってなにかを為したところで、それは好転したりなどしないわよ。機会を待ちなさい」

「機会かぁ……難しいなぁ」

「…………」

 

 はぁ、と溜め息を吐く俺を、何故か華琳は困ったような呆れたような、なんともむず痒いような苦笑を混ぜた顔で見つめてきていた。

 何? とばかりにその目を見ると、

 

「まあ、この件に関しては特に心配はしないわ。……する必要がないと言うべきね」

「うっ……た、他人事ってことか?」

「あなた相手に、人間関係についてを悩むのは馬鹿馬鹿しいと言っているのよ」

「?」

 

 あっさりした口調でそう言ってきた。

 ハテ……俺の人間関係ってそんなに複雑だっただろうか。

 そりゃあ桂花に嫌われたり愛紗に嫌われたり焔耶に嫌われたり……いややめよう、考えてると気が滅入りそうだ。

 確かに嫌われたのは自業自得だもんな。うん、あるがままを受け入れていこう。

 動く時は積極的に動く方向で。

 

……。

 

 時は過ぎて、曹丕8歳の誕生日。

 毎年毎年、子供の誕生日は賑やかなこの空の下、俺はといえば……

 

「ハッピーバ~スデ~……お前~……ハッピーバースデェ~ィ……うぬ~……ハッピーバースデェ~ィ親愛なる~……曹丕~……ハッピーバースディだ! あんたァ!」

 

 歌の練習をしていた。

 もちろん一瞬で却下された。にっこり笑顔で却下をくだすったのは、紫苑である。

 

「紫苑! 紫苑んんっ! わからない! 子供の好みがわからないんだ!」

「あ、あらあら……ご主人様? 歌うのなら、もっと子供が喜びそうな歌を……。子桓さまがではなく、子供が喜びそうな歌を歌ってみてはどうでしょう」

「こ、子供が……!」

 

 都は今日も賑やかだ。

 みんなが玉座の間で祝う中、俺は中庭の東屋でひっそりと練習。

 親子関係は……うん、まあ、かなりひどい。

 俺は子桓が大好きなのに、子桓は俺を嫌っている。

 丕って……丕って呼んだら睨むんだよ。字で呼ぶことを強要してきてるんだよ視線で。

 

「おかしい……どこで間違えたんだろう……」

「やさしいばかりでは、なにをやっても許されると思われてしまうものですよ。時には叱ることも大事ということを覚えていてください」

「叱るって……」

 

 あー……そういえば、美羽の時も拳骨してからいろいろ変わったんだっけ……?

 じゃあ……なんだろう。俺は最初っから間違っていたのか……?

 俺はただ、自覚もなしに厳しい人ばかりのこの世界において、せめて俺くらいはオアシスになろうとやさしく在ったというのに、その全てが間違いだったと……!?

 

「でも……今さら怒ってみせても“なんだこいつ”って思われるだけだよなぁ……」

「えぇっと……恐らくは」

「ですよね!」

 

 じゃあもう手遅れなのですね!

 ……だったらもういいかなぁ。無理に頑張っても嫌われるだけなら、普通通りで。

 もはや遊んでとねだってくるのは劉禅……公嗣(こうし)くらいだし。

 

「親って難しいなぁ。紫苑はどうやって璃々ちゃんをあそこまで良い子に……?」

「私もそう、璃々と一緒にいられたわけではありませんよ。外せない仕事があって、どうしても一人にさせてしまったことなど一度や二度ではありませんから」

「……この場合、俺との違いは“仕事をしていることを子供が知ってるか否か”?」

「………」

 

 苦笑とともに頷かれてしまった。

 さよなら我が子らからの信頼よ。

 

「ええいちくしょうもう構うもんかぁ! こうなりゃ反面教師貫き続けてやるぅ! 娘たちよ! だらしのない父と笑わば笑え! そして“ああはなるまい”と口々に唱えて立派になるがいいのさうわぁーははははぁーんっ!!」

 

 笑おうと思ったら号泣してました。

 フフフ、だがこの北郷、後悔はしても先を悔やむことなどはせぬ! 絶対に悔やむと知ってなお、進まなければいけない道が父にはあるのだ!!

 ……でも、いつか好かれる父になってやる……!

 

  ……そんなわけで。

 

「さぁ叫ぼう! 人生の楽しさをぉおーっ!!」

「あっはっはっはっはっは! いいわよ一刀ー!」

『………』

 

 娘らに引かれようとも誕生日の集いの場を盛り上げたり、

 

「それでは聞いてください……道化師の夜明け!」

「あははははは! 無様ね北郷! なんてあなたにぴったりの曲なのかしら!」

「じゃあ今一番盛り上がってる桂花! 次に歌ってくれ!」

「なぁぅっ!? うぅう歌うわけないでしょなに言ってるのこの液体男は!」

「液体男!? 白濁男から進化した!? 進……え!? 進化なの!? 退化なの!?」

 

 皆それぞれが沸き立つ歌を一曲歌っては、それに絡んでくる人を次に歌わせてみたり、

 

「料理リベンジだ! いつかの“普通”な味覚を修正しにきたぞ、蓮華!」

「毒味が先だ」

「思春!? こんな時くらい毒から離れよう!?」

「そうよ思春。子の前で毒がどうのと言うべきではないわ」

「蓮華さま……いえ、子の前だからこそと」

「夫が作った料理に毒が入っている可能性を語られる子の気持ちと、実際に言われた夫の気持ちも考えてくださいお願いします……」

「あ、う、い、いやっ……こほんっ! ………………すまん」

「……思春が俺に謝った!? ななな何者だ貴様ヒィ冗談ですごめんなさいどっから出したのその鈴音!!」

 

 料理リベンジと題して料理を作ってみて、さらに夫婦漫才もどきを展開しては……なんというか母の強さと父の弱さを存分に披露してしまったりいたしまして……。

 それから……一週間後。

 子からの評価は母10、父0となっておりましたとさ……。

 

……。

 

 都より離れた魏の街。

 既に暗くなったその場のとある裏路地の店で、俺は一人静かに酒を飲んでいた。

 

「娘がさぁ……娘がさぁああ……!」

「おめぇさんもまた随分と無茶すんなぁ……嫌われてまで娘の成長を願うなんざ、立派なのか阿呆なのか」

「後者でお願いします……」

「いや願うなよ……」

 

 アニキさんが作ってくれたツマミを咀嚼しつつ、傾ける酒はちびちび。

 ええまあ、愚痴りたくなったらアニキさんの店に来るのは、実は一度や二度じゃない。

 仕事を片付けても誰も遊んでくれなくなった現状、父親って立場になった今、なんの気兼ねもなく“おやじの店”に来れるようになった俺は、いつしか他の客との会話に物凄い勢いでついていけるようになってしまっていた。

 

「ああ……わかる、わかるぜぇ御遣いの旦那ぁ……。娘なんてのはちぃと成長しちまうと、すぐに男親のことなんざ居なくて当然みたいになぁ……」

「散々働いて帰ってみても、いつでもカカァにべったりさ。共働きなのに、俺とあいつでなにが違うってんだろうなぁ……」

「俺はなんかもう……修復不可能なくらい、見事に連鎖反応が……」

「れんさはんのー? なんだいそりゃ」

 

 呟いた言葉に、隣で飲んでたおやじがしゃっくりをあげつつ訊ねてくる。

 それにほろりと涙しつつ返した。

 連鎖反応。

 まず自分は既にぐうたら親父扱い。

 仕事はやっておらず、女とばかり遊んでいると見られている。

 街に出ても女性の民と話しているところばかりを目撃されている。

 その所為で男と話してても、女と話す布石に違いないと勝手に思われている。

 だったら実は以前から仕事をしてたんだぞーとアピールしようにも、“俺”のことだからどうせ今さら始めてそう見せているだけに違いないと睨まれる。

 やたらと将らと気安く話せているのは、きっと暇人であり隙あらば女性をたらしこんでいるからに違いないとまで思われている。

 働いている将らに金をもらって生活しているに違いないと思われている。

 完全にヒモ扱いである。

 

『………』

 

 話し終わったら、おやじら全員が目頭を押さえて静かに嗚咽を漏らした。

 アニキさんも無言で歯を食い縛りながら酌してくれて、“おごりだ、飲め”と顎で促すと、後ろを向いて調理を始めた。

 ……他のおやじらも食べていた料理を少しずつ分けてくれて……俺はここにきてようやく、おやじの店の客として迎えられた気がしたんだ───……!

 

 

 

  ……うん、まあ、そういう一体感とは別の意味ででも、盛大に泣いたんだけどさ。

 

  親って……難しいなぁ……。


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