真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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109:IF2/お子めらの日常①

163/お子めらの日々

 

-_-/曹丕

 

 ───私には父が居る。いや、居て当然なのだけれど。

 だらしのない父だ。誇れない父だ。

 母はあんなにも素晴らしい方だというのに、何故父がああなのか。

 何処へ行ってもヘラヘラヘラヘラ。

 動くのは散歩の時と、閨で腰を振るだけだと桂花が言っていた。

 なんということなのかしら。

 

「し、子桓~? ととさまと遊ばないか~……?」

 

 最近任され始めた軽い仕事を片付けたのち、見計らっていたのか父がやってきた。

 “のっく”の後に入ってくるのは、まあ評価できる。

 いきなりアレが入ってきたら、私はアレを嫌うだけだ。

 

「気分じゃないわ」

「そ、そか。じゃあ……あー……は、腹へってないかっ!? なにか作って───」

「普通の料理なんてもう結構」

「うぐっ……!」

 

 父の作る料理はどれも普通。母に勝るものなど一つたりともない。

 そのことを母に言えば、母はくすくすと笑った。

 きっと父のことを馬鹿にして笑っているんだ……と思ったのだけれど、どうにも私を見て笑っているようにも見えた。どういう意味があるのだろう、あの笑みには。

 私はいつか、母を越す料理を作ってみせる。そのための努力もしている。

 まずは……そう、まずは“あいすくりーむ”を越える味を自分の手で作りたい。

 あれはいい。いいいものだー……。作った人を心から尊敬する。

 作った人は誰なのかを訊ねても皆は笑いをこらえるだけ。

 わからない。あれはいったいなんなのだろうか。

 

「あ、あー……じゃあそのー……」

「今日は春蘭と出かける予定だから。ついてこないで頂戴」

「………」

 

 溜め息ひとつ、椅子から立ち上がって外へ出る。

 父の横を通り、そのまま。

 ……本当に。こんな男のどこがいいのだろうか。

 皆、北郷北郷、一刀一刀、ご主人様ご主人様と。

 いつもでれでれした情けない顔だし、娘に対して引け腰だし、すぐに口ごもるし。

 なにより仕事をしていないのは許せない。民から税を得ることで生きている私たちなのに、仕事もせずに食べては寝て食べては腰を振るう。そんな桂花の言う通りの存在が自分の父であることが……いや、尊敬する母の相手がアレだということに歯を食い縛っても怒りが沸いてくる。

 

(……娘相手なのだから、一度でもいいからびしっと言ってみてほしいものだわ)

 

 …………。

 

(……待ちなさい? 私はなに? そうされることを期待しているとでもいうの?)

 

 無理でしょう。

 だってあの男、私がこの歳になるまで一度も、怒ったことも叱ったこともないのだ。

 女にヘラヘラ、娘にびくびく。なんという親だろう、呆れてしまう。

 

(……うん?)

 

 もしかして、父親とはそういうものなのか?

 母が強い例は良く見るものの、父が強い例を見たことがない。

 紫苑の夫は既に死んでしまっているというし、近くに居る父という存在があのぐぅたらしかいないとくる。

 やはり男はだめだ。

 桂花の言う通りだ。女……この世は女が───

 

「はい“すとっぷ”」

「はうっ!?」

 

 強い女性を思い浮かべつつ、口元がニタリと持ち上がりかけたところで“すとっぷ”と言われて捕まった。

 振り向いてみれば、そこには……孫策が。

 

「なっ、そ、孫策っ……さま」

「あ、一応“ストップ”って通じるの? 一刀が使ってたから使ってみたんだけど。あー、まあそれはいいわ、うんいい」

 

 にこー、と笑って私の肩を後ろから掴んだまま離そうとしない孫策。

 ……彼女は苦手だ。

 なにかというと人を見透かしてくるし、勘だ勘だといいながらすることが外れたことなどないくらいの不思議人。

 加えて人がこうして女性というものに傾きかけると決まって現れ、止めに入る。

 

「なによっ───……ですか? 私はこれから用事が」

「ねぇ子桓? 今、女性はいいなーとか思ってたでしょ」

「なうあっ!? だだっ、だから何故あなたは人の考えていることがわかるのっ! ───ですかっ!」

 

 慌てると口調が乱れるのは昔からだ。

 乱れるたびに母は苦笑し孫策は笑うのだから、少し悔しい。

 何故ならそれは、父がそうだから、だそうだ。

 父は慌てると口調が乱暴になるらしい。あの父がだ。信じられない。むしろ私の前ではそんなことを見せたこともない。

 

「まあねー、女の方が腕っ節がいいっていうのが、私たちの周囲じゃ常識になってるけどね。ね、子桓。男と戦ったことってある?」

「あるわよ───あります。そうしたら私に当てることさえ出来ずに楽勝に終わりましたが。男は駄目ね。駄目駄目でしょう。あんなものよりもっと女性を増やすべきだわ」

「ふ~ん?」

 

 む。いやな笑み。

 これをしてきた時はきまって、よくない話題を振ってくるのだ。

 正直、遠慮したい。

 

「ねぇ。子桓は私に勝ったこと、なかったわよね?」

「ええ、まあ。私に勝ったら真名を預けるわ、なんて言って、大人げもなく全力でかかってきた時には呆れました」

「まあね。“普通”の全力でいってあげたわね。面白かったわねー、またやる?」

「はあ、それは、まあ、いずれ。……うん? 孫策さま、今……“普通の全力”と言いましたか?」

「言ったわね」

 

 普通の全力? 意味がわからない。

 普通なのに全力?

 …………体調かなにかの意味合いだろうか。

 

「言ってなかったっけ。私、強い人と戦ってると血が騒いで、凶暴化しちゃうのよ」

「傍迷惑ですね」

「一刀に言わせると~……なんていったっけ? 怒り喰らうイビ……なんたら? まあそんなことはどうでもいいわね。まあともかく、全力以上が出せるわけよね」

「はあ」

 

 出せるというのなら本当に出せるのだろう。

 私が手も足も出す前にぶちのめされたあの強さの上が。

 

「と。それがどうしたというんですか?」

「なんと! そんな私を負かしてみせた男が居るのよっ!」

「!? ほ、ほんとにっ!? ───ですかっ!?」

 

 男……男が!? 孫策を!?

 有り得ない! 男なんて、女の後ろをついてまわるお調子者ばかりじゃない!

 そんな男が、女より、しかも孫策よりも強い!?

 

「………」

 

 ないわね。

 どうせまた嘘なんでしょう。

 

「……あら? あ、ねぇちょっと? ここはもっとほら、どこの誰なのー、とか言ってせまってくるところじゃない?」

「騙されるわけがないでしょう? そんな男が居る筈ないじゃない」

「うわっ、真っ向から否定されたっ! あなたって本当、骨の髄まで華琳の娘よね~。一度こうと決めると変えようだなんて思いもしない」

「あら、当然じゃない。娘なのだから」

「その“あら”ってのやめなさい。華琳と話してるみたいで落ち着かないわ」

「私がどういう喋り方をしようと私の勝手でしょう……です」

「父親を嫌うのも?」

「嫌ってなどいないわよ。呆れているだけで」

 

 孫策は「ふぅん?」と小さく鼻を鳴らし、チラリチラチラと私を見てくる。

 勘がいいことも手伝って、こうしてジロジロ見られると落ち着かない。

 べつに隠し事があるわけでもないのに、ないものまで見透かされているようだ。

 

「わっかんないわねー……それだけ華琳に近いものを持ってるのに、どうしてこう、答えに辿り着く力ばっかりが弱いのかしら。鈍感……ともちょっと違うんだろーけど」

「なっ、どんかっ……!? 誰がよ! ───ですか!」

「怒り方まで華琳にそっくりなのにね。やっぱり一刀の影響かもね。鈍いところとか考え始めると長いところとか……あ、これは特にそうね、“思い込みが激しいところ”!」

「……本人の前で喧嘩でも売りたいのかしら、伯符さま?」

「あっは、売るって言ったら買ってくれる? 丁度退屈してたのよねー、お酒も切れちゃったし。で、ちょびっとばかし日本酒をもらおうかなーってところで子桓を見つけたのよ」

「却下するわ。日本酒はただでさえ量が少ないのだから、誰があなたのようなのんだくれに渡すものですか」

「作ってる人に感謝も飛ばせない子桓に言われたくはないわねー」

「───!? ……まさか。あなた、日本酒の醸造者を……知っている───!?」

 

 目の色が変わるという言葉があるが、多分私は変わっている。

 普段は父譲りのこげ茶色の瞳だが、興奮すると母譲りの蒼になる。

 どういう原理でそうなっているのかなど、わかるはずもないのだが……医者……華佗が言うには、父の特殊な氣と母の氣が混ざったことが原因だと言っている。真実味は……あるかどうかも知らない。前例がないのだ、仕方ない。

 

「知ってるわよ? それどころか王だろうと将だろうと兵だろうと民だろうと、子供ら以外は全員っていっていいほど知ってるわよ」

「教えてっ! 今すぐっ!」

 

 ぱああと心が躍る。

 あのお酒を作った人に会えるのだ。しかも、聞けば人物は教えてもらえなかったが、ぷりんとあいすを作った人と同じらしいじゃないか!

 そんな人に会えるのだ、心躍らぬはずがない。

 だというのに目の前の元呉王の名を冠する彼女はにへらと笑い、

 

「え? やだ」

 

 あっさりと拒否してきた。

 ……母よ。こういう時は武器を構えて良いのでしたね?

 

「あー、武器出して脅そうったって無駄よ? 出してもいいけど子桓じゃまだまだ私には勝てないし」

「ならその男を倒せば、私は───」

「あぁ無理無理、子桓じゃ勝負にならないわ。戦おうったって無駄よ無駄」

「───」

 

 頭の中でかちんと何かが鳴った気がした。

 変異したであろう瞳の色のまま睨むと、孫策はあっはっはと笑ってみせた。

 

「あ、言っとくけど子桓が弱いからとかそういう意味で言ったんじゃないわよー? 文字通り戦いにすらならないのよ。むしろ戦ってくれないわ。断言する」

「た、戦わ……ない……? まさか勝ちを拾ったまま逃げ続けているんじゃ───!」

「そんなことないわよ? 昨晩凪と戦ってたし」

「凪と? それで、どちらが───」

「……最後の最後にとっておいたお酒が切れちゃったわね。あ、用意してくれたら教えてあげる」

「~っ……結構!!」

 

 やはりこの元王に真面目な会話を求めるのは無駄だったのだ。

 武勇伝の数々は聞いているし、実際に強いのだから信じるところは多々あるが、人としての態度はあんまりにもあんまりだと思う。

 もっと母のように凛々しくあってくれたなら、素直に尊敬できたものを。

 こんななのに自分より強いのだから、ひどく自分が情けなく思えて仕方ない。

 

「ふむふむ。からかわれると怒るのは華琳譲りね。でも華琳なら言葉の切り返しを考えるし、一刀なら焦りながらも逃げ出したりなんてしないんだけど」

 

 歩ませていた歩を止め、つかつかと戻って、その目をキッと睨んで言ってやる。

 

「誰が逃げて、誰が逃げ出したりしないと?」

「あっはっはっはっは!! 子桓って子供よねー! あっははははは!!」

「ぷあっ!? ちょっ! なにをするのよ!!」

 

 で、戻ってみれば、人を見下ろし爆笑して頭を撫でてくる孫策。

 やっぱりこの女は苦手だ! ええい爪先踏んづけてぐりぐりしてくれようかっ!

 ……~……い、いえ、落ち着きなさい子桓。私はこの程度では慌てないのよ。

 そうよ、そう誓ったじゃない、慌てる様が父に似ていると孫策に笑われた時に。

 ……つまり様々な事柄で私が悩むのは全て目の前のこの女性の所為だ。

 はて、どうして私は足を踏んづけることを躊躇しているのだろう。

 もういい、つぶれなさい。その胸とともに。

 

「ふんっ!」

「ひょいとなっ」

「あっ!? なんで避けるのよ!」

 

 持ち上げ、踏みつけようとした足があっさり躱された。

 何故と問うてみれば勘が働いたという。

 ……コレを傷つけられる人が居るなら見てみたいものだ。

 ああいえ、勝った男が居るのよね。誰だか知らないけれど、尊敬に値する。

 嘘じゃなければ、という事実が前提としてあるけれど。

 

「ところでさー……」

「なにっ!? 喋る気になったの!? ───ですかっ!?」

「春蘭と約束あるのよね? いいの?」

「へ? …………あっ……あーっ!?」

 

 しまった忘れていた!

 すぐに、すぐに行かないと! あの人は人の約束ごとを妙に真面目に受け取って、少しでも時間に遅れれば誘拐されただの病気になっただのを叫びながら人を探す! そのたびに私が母に怒られるのだ、約束を違えるとは何事かと!

 

「くぅうっ……! 良くないから行くわよ! ほんっと根性捻じ曲がっているわねあなたっ! 覚えていなさいっ!? いつか必ず口でも腕でも私が勝つ! でもわざわざ教えてくれてありがとう!!」

 

 言うだけ言って走る。

 行儀が悪い? 冗談を言ってはいけない。春蘭の暴走に比べれば、私が走ることくらい些細なことだ。

 

「……はーぁ。で、おかしなところで丁寧で律儀なのは一刀譲り、と」

 

 呆れた声が聞こえてきたが無視した。

 私が父に似ているだなんて冗談もいいところだ。

 私は母に似ている。それだけでいいのだから。

 


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