真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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109:IF2/お子めらの日常②

-_-/孫登

 

 私には父が居る。

 おかしな父。働かない父。

 だというのに人々からとても慕われている、不思議な父。

 私は……そんな父を羨み、どうすればそうなれるのかをよく考える。

 父はいわゆる人気者だ。

 父の傍には、なにもしていないのに人が集まる。

 ……私は違う。

 皆、子高さま子高さまと呼んではくれるものの、それはあくまで孫家の子だからだ。

 私自身を好いて集まってくれるわけではない。

 そのことを母に相談してみれば、母は額に軽く手を当てて、ず~んと落ち込んだ。

 冥琳が言うには私は母によく似たのだという。

 それはそうだ。容姿など瓜二つだと太鼓判が押されるほどだ。

 

「………」

 

 そんな私だが、なんというか……こう、人に見ていてもらいたいという願望に常に襲われている。目立ちたいとかそういう意味ではなく、恥ずかしい話……構ってほしいのだ。

 常に一番に構ってほしい。

 やさしくしてほしい。そんなことを考えていることを自覚している。

 そういう意味では、あのぐうたらな父も嫌いではない。

 なんだかんだと構ってくれるからだ。

 けれど父が一番に構うのは公嗣だろう。

 一番下の子だからか、それとも単にお気に入りだからなのか、父は公嗣にはひどく甘いのだ。姉妹の中では父に素直に甘えるのは公嗣くらいだ。それも原因のひとつだろう。

 何事も一番でなければ気に入らないと言いたいわけじゃない。

 けれど、もっと気にかけてほしいと思ってしまう。

 そんな私だが、あの言葉は嫌いだ。

 

  “お姉ちゃんなんだから”

 

 子桓姉さまは完璧だから言われることはない。

 言われるのはいつも私だ。

 私は子桓姉さまほど良い子にはなれなかったらしい。

 そのことを母に言ってみれば、今度は頭を抱えて落ち込んでしまった。

 ……聞くに、私は母に、色々な意味で似ているのだという。

 母は雪蓮叔母……もとい、雪蓮さまに追いつこうとして常に空回りして、普通の努力では足りないのだとずぅっと頑張り続けていたのだという。

 そこまでしても雪蓮さまの勘頼りの生き方にすら追いつけず、何度も何度も壁に当たっては苦悩したのだとか。

 私はどうだろうと考えて、少し涙が滲んだ。

 子桓姉さまは言うまでもなく万能。

 公嗣は居るだけで人を笑顔に出来て、みんなから可愛がられている。

 陸延は頭がよくて、甘述は頭がいいのに武術を頑張ってて、周邵は氣を操るのが上手くて、黄柄は武術がとても上手で、呂琮は目がよくてみんなから弓を是非と願われている。

 私には……なにもない。

 少しのことがほどほどに出来る程度で、どれか一つが飛びぬけているわけでもない。

 勘が鋭いわけでもなく、足が速いわけでもなく、腕力があるわけでも知力があるわけでもない。それならもっと静かな性格でいたかった。一番に思ってもらいたいなんて思う自分でなければ、“王の子”という生まれ付いての重荷からも少しは逃げられただろうに。

 

「おっ、子高~、父さんと遊ぼ───」

「結構ですあっちへいっててください!」

「………………ゲフッ!」

 

 もやもやしていたところに声をかけられ、つい怒鳴ってしまった。

 ハッとして見た時には父は真っ青な笑顔で片手を挙げたまま固まっていて、口からコプシャアと血を吐いていた。

 

「神は死んだ……」

「あ───」

 

 そして、あっちへ行っててと言っておきながら構ってほしいと願う自分に嫌気が差す。

 それどころか、とぼとぼと歩いていってしまった父の後姿に、“どうしてもっと、私が頷くまで踏み込んできてくれないんだ”と身勝手なことを考えてしまう。

 

「………」

 

 こんな自分が嫌だ。

 王の娘として生まれたのに才もなく、目立った能力もない自分。

 どうして私は王の子として生まれてしまったのか。

 もっと才ある者が生まれていれば、私はきっと別の家に生まれ、普通に生きていられたのだろうに。

 今の環境が嫌いだとか言うつもりはない。

 この都はとても賑やかで落ち着く場所だ。

 でも、王の子として見られながら生きていくのはとても辛い。

 普通の子のように燥いで、親に甘えているだけでよかったならどれだけ楽だったか。

 私は人の期待に応えられるほどの器ではなかった。

 生まれもっての資質というものがあるのなら、私はそれを持つことを許されなかったのだろう。

 

(どうすればよかったのかな)

 

 生まれもっての才、なんて自分で決められるものじゃない。

 もし決められるのだとしたら、私だってこんな気持ちを抱くこともなかった。

 自分が不得意なことを誰かにやってもらい、誰かが苦手なことを自分の得意で埋めてゆく。それがこの都の在り方の前提だと言われている。

 誰が言い出したのかは知らないけど、とてもやさしい考え方だと思う。

 ……そうできたらいいなと思ったことなんて、もう数えようとすれば泣きたくなるくらいにあった。

 私にはそれが出来ないから。

 なんの力もない私はどうやって、誰の不得意を埋めてあげられるのか。

 埋めてあげられなければ、きっと誰も私の不得意を埋めてくれはしないのだろう。 

 そう考えるといつでも不安になる。

 いつかは自分の無能を告げられ、誰からも相手にされなくなるんじゃないかと。

 

「うぅ……」

 

 涙が滲む。悪い癖だ。

 心が弱まるとすぐに涙が滲む。こんな自分も嫌い。

 もっと自分を好きになりたいのに、好きになれる部分が自分でもない。

 それはとても寂しいことだ。

 

「悲しみの気配が!」

「!?」

 

 涙がこぼれそうになった途端、父がものすごい速さですっ飛んできた。

 呆れた速さだ。

 

「どどどどうした子高! なにかあったのか!? ゴミが目に入ったとかあくびしてたとかじゃないよな!? 転んだのか!? いじめられたのか!? トゥシューズに画鋲入れられたり教科書や上履きをゴミ箱に捨てられたりしたのか!? あれ漫画とかで見たけどすごい腹立つよな! 買い換えるのもタダじゃないだろうに! ───じゃなくてどうしたんだ子高! 結局なにが痛い!」

 

 落ち着きのない父の足を蹴った。

 この父はいつもこうだ。

 他の泣かない姉妹たちは知らないのだろうけど、私は本当にすぐに泣いてしまう。

 そんな自分を見せるのが嫌で一人で泣いているのだけど、どこでどう、どうやって察知しているのか、どこからともなく現れては構おうとしてくる。

 他の子だったら喜ぶのかもしれない。

 けど私は、人に涙を見られるのが嫌だから一人で泣いているんだ。

 ここで出てこられたって、心は尖ったまま。

 出てくる言葉は一人にしてほしいという言葉ばかりだ。

 

「とととにかく、子高っ! 寂しい思いをしたなら俺が───」

「いいからっ……ほっといてったら!!」

「!!」

 

 叫ぶと、父はまるで刃物で刺されたかのような痛烈な顔をした。

 刃物で刺された人なんて見たことがないけど、そんな感じがしたのだ。

 ……弱い自分は誰にも見せたくない。

 一度見られてしまったならとかそういうものでもないのだ。

 見られてしまっても、見ている時間が少ない分ならそれがいい。

 キッと睨むと父はがくりと項垂れ、背中を見せた。

 

「そうだ……。真桜にチェーンソー作ってもらおう……。そして……神を探す旅をするんだ……」

 

 背中を見せたまましばらく固まっていた父は……さっきと同じようにとぼとぼと歩いていってしまう。

 本当は一緒に居てほしい。

 でも、強くならなきゃいけないから甘えられるわけがない。

 私は才能がないから、人よりいっぱい努力しなきゃいけないんだから。

 上手くいかなかった時の、将らの“あ、あー……”という微妙さを含んだ笑みなんてもう二度と見たくない。

 

「………」

 

 うんと小さな頃は、まだ褒めてもらえていた気がする。

 少しずつ大きくなるにつれ、姉妹との差が見え始めると、誰も私を褒めてくれなくなった。

 苛立ちをぶつけるように蹴ってしまう父には、一度もごめんなさいを言えてない。

 小さな頃から構ってくれる在り方は、きっと変わらない父。

 変わったのは……私、なんだろう。

 

「うっ……う、うぅう……うっく……ふぅうぅう゛う゛ぅぅ~……」

 

 でも。私はいつも“でも”を使ってしまう。

 なにをするにも言い訳ばかりが前に出て、自分には出来ないという言葉で決着をつけてしまう。

 頑張ればなんとかなる、出来るかもしれないじゃないかという言葉も、もう聞き飽きてしまった。そんな期待の先で、どれほど相手の溜め息を見てきただろう。

 強くなりたいなら泣いてはいけないと言われたわけでもない。

 きっと自分にはみんなが信じている常識というものが通用しないのだ。

 だって……もし通用するのなら、自分だってもっと何かが出来たはずだ。

 なのに出来ない。

 溢れる涙はいつ枯れてくれるのかな、なんてことを思いながら、それを拭うこともなく流し続ける。

 

「っ……っく……~……ぅ……」

 

 いつか……私が泣いているのを見た時、母は泣くなと言った。

 他の将にも、泣いてはなりませんと言われたことがある。

 いっぱい泣けと言ってくれたのは父だけ。

 頭を撫でてくれた手は大きくて、王の子に押し付けられる期待などを全く持たない目に、ひどく安心したのを覚えている。

 いつからだっただろう。

 それは多分、父がなまけものだからそんな目で見てくるに違いない、なんて思い始めたのは。

 怠ける仲間が欲しくてそうしたに違いないと思ってしまったのは。

 思ってしまったら、あとは早かった。現に父によりかかりそうになった途端に授業の成績は落ちたし、努力の時間を削った際に、姉妹ではない他の子供にへんな目で見られた。

 私は努力をしなければいけないのだ。

 

「~っ」

 

 ごしごしと涙を拭って駆け出した。

 中途半端で、努力の鬼になれないのは、いつもいつもあの父が甘やかそうと出てくるからだ。もうほうっておいてくれればいいのに。

 

「~……違うっ……」

 

 自分でも言っていることがおかしいなんてことはわかっている。

 結局私は甘えているのだろう。甘えたいのだろう。

 相手があのぐうたらでも、ぶつけた思いは受け止めてくれる。

 他の人全てが向ける“王の子”への視線はまったくない、ただただやさしいあの目が私は好きだ。

 あの目が他の人に向けられるのは、なんだか知らないけど嬉しくない。嫌いだ。

 

「───!」

 

 駆けた先で、まだとぼとぼと歩いていた父を見つける。

 ほうっておいてと言っておきながら、結局は構ってほしい自分に嫌悪感。

 そんな思いをあの父にしか向けられない自分にも嫌悪感。

 どうしてあの父は立派であってくれなかったんだろう。

 立派であったなら、もっと───…………もっと……?

 

「……違う」

 

 立派であったなら、そもそもこうして私のところに来たりなどしない。

 日々忙しくて、子供と向き合うことなど出来るわけがない。

 現に母である孫権もそうだ。

 私の周りには将ばかりで、そんな将らはいつも私の顔色を伺っている。

 自分でもわかってるんだ、私が扱いにくい存在だってことくらい。

 一つでも秀でたものがあれば、それを伸ばすことに懸命になればよかった。周りもそれで納得してくれたはずだ。

 でも。そう、でもだ。私にはなにもなかった。

 他の姉妹にはいろいろあるのに。

 呂琮が各国の弓の名手に声をかけられているのを見て、喜ぶどころか嫉妬をした自分。

 悔しかった。

 悲しかった。

 あんなにも自分を醜いと感じた瞬間なんて、きっと今までもこれからもないだろう。

 ……あってほしくない。

 

「っ───」

 

 沈む思いをぶつけるように跳躍。

 狙いは父の腰。

 苛立ちを人にぶつけるなんて最低だなんてことはわかってる。

 でも、私の思いなんてものを受け止めてくれる人なんて、ぐうたらだろうと父しか居ないのだ。

 ───ごめんなさい。

 人に当たることでしか苦しさから逃れられない弱い登を、許してください。

 

「……いっつま~でも~変わ~らず~に~……ハァ~ロォーマ~イラ~ィフ……い~なっゲェフッ!?」

 

 蹴った。

 なんか歌ってたけど、蹴った。

 途端に後悔が沸いてくるけど、結局私はそんな後悔も、振り向いた父が怒らずに困った顔ながらも自分に構ってくれることに喜んでしまうのだ。

 だから……ごめんなさい。ありがとう。

 

 

 

-_-/陸延

 

 …………。

 

 ……。

 

「すー……」

「こりゃー! また寝ておるのかこのっ! さっさと起きんかーっ!」

「ふやぃっ!? ……ふ、あ……ふぁぅう……」

「む、起きたの。ではこれから授業を始めるのじゃ。主様に頼まれては断れんからの」

「…………おべんきょーは……すきで………………うずー……」

「寝るでないのじゃぁあーっ!!」

 

 …………。

 

 

 

-_-/甘述

 

 ───む。

 父が子高姉さまから離れた。

 

「………」

 

 私には父が居る。

 ぐうたらな父だ。

 仕事もしないで日々をぶらぶら。働いているところなど見たことがない。

 

「…………」

 

 子高姉さまが傷ついていらっしゃる。

 よろしくない。

 おのれ父め、もっと踏み込んで慰めるなりすればいいものを。

 いや、あの父では無理なのか。

 

「むむむ……」

 

 子高姉さまは弱い。

 必死になって王の子として認められようと張り切っていらっしゃるが、才が無い故になにも追いついてこない。

 私とて武を極めたいというのに武の才がなく、日々を歯噛みしている。

 呂琮が羨ましいな。

 ああいや、今はそれより子高姉さまだ。

 

「!?」

 

 物陰に隠れつつ子高姉さまを見守るさなか、子高姉さまがぽろぽろと涙なされた!

 お、おおぉおお!? おのれ父め! もしや子高姉さまになにかよからぬことを!?

 そうだそうに違いない! 父は悪だな! まったく父は悪だ!

 ええいいっそこの手で、都の恥となる前に消してくれようか!

 

「母も何故、あんな男を迎え入れたのだ……ああわからん」

 

 はふぅと溜め息。

 

「………」

 

 しかし、こうして子高姉さまの涙を見るのも何度目だろうか。

 泣いてしまわれるたびに父がやってきたりするが、あれは嫌がらせに違いない。

 子高姉さまは人に涙を見られることを嫌っておられる。

 だから私も、こうして物陰に隠れつつ見守っているのだ。

 出来ることなら辛さを共有したいが、それをすれば子高姉さまの心に傷が出来てしまうかもしれない。

 見られないこと、知られないことで強さを保っているのだとすれば、余計だ。

 私は何も知らない。それでいい。

 

「む」

 

 いろいろと考えているうちに、去っていった父を追うように駆けてゆく子高姉さま。

 おおっ、ついに自らの手で父を!?

 かしこまりました子高姉さま! 及ばずながらこの甘述! 子高姉さまのゆく道ならばどこまでも! ……その過程で父がどうなろうと知ったことではない。うむ。

 そんなわけで追って駆ける。

 生憎と武の才のない私は、駆け足もそれほど速くない。

 それでも懸命に走り、追って……視線の先で、子高姉さまが父の腰に蹴りをかましたあたりで物陰に隠れた。

 ちぃ、間に合わなんだ。

 やはり恨めしい。何故この体は武に秀でてくれなかったのだ。

 ともに蹴り込んでいたなら、あの父を転倒させることが出来たものを。

 

「ゲェフッ!?」

 

 背中あたりを跳び蹴りで蹴り込まれた父は情けない声を出して驚いていた。

 どうにも声がわざとらしい気がするのだが……うむむ……いや、ないな。

 あのぐうたらが、子高姉さまが蹴り込む前から気づいていたなど。

 うむ、有り得ない。有り得ないからそれでいい。

 

「え、あー……し、子高? 急に蹴ったりしたら危ないだろう?」

 

 父はへらりと笑う。

 蹴られたというのに文句の一つも飛ばさない。

 今の言葉が文句だとするなら、もっと怒った風情で言うべきだ。

 やはりぐうたらである事実に負い目でも感じているのだろう。何事も強く言えない立場なのだきっと。そうに違いない。

 しかしあのへらへらはいけない。

 なにかこう、無いだろうか。遠くからでも隠れて攻撃出来る武器がほしいな。

 音も鳴らさずに、べつに凄く痛い必要なんてないから、ぺちりと当てられるなにか。

 うむむ……お、おおっ!? 子高姉さまの攻撃が始まった!

 ふはははは父め、為すすべなく慌てておるわ!

 そうです姉さま! やってしまってください!

 

「ハッ!?」

 

 いや、落ち着こう。

 どうも私は興奮すると思考や口調が乱れて……なんとかしなければ。

 

「うん」

 

 じっと見守る。

 蹴られるままの父は蹴られるたびに軽く引き、子高姉さまはそれを詰めてまた蹴る。

 もっと上手く防ぐなり方法があるだろうに、父の防御は随分と不恰好だ。

 あんな調子では“ここが蹴りやすいですよ”と教えているようなものだ。

 当然子高姉さまは隙だらけであり蹴りやすい位置に差し出されたそこへと蹴り込み、父はまた引いては姿勢を変える。

 うん、やはりだめだな。父はだめだ。なっちゃいない。

 私は武に恵まれなかったが、あれはないと思う。

 

「!?」

 

 しかも、終いには逃げ出す始末だ。

 子高姉さまも慌てて父を追い、私もヒソリと後を追った。

 駆ける父は、子高姉さまに簡単に追いつかれ、蹴られてはまた慌てて逃げる。

 中庭に出てからはまるで追いかけっこのように、情けなく逃げ惑う父とそれを追う子高姉さまの姿があった。

 父はあれで、身体能力が無いなりにすばしっこいらしく、木を利用して上手く逃げたり石段を上って城壁に逃げたり、時には躓いて慌てたりと……まあ、なんとも情けない。

 そんな情けない姿を追う子高姉さまは、狙った獲物を追い詰める獣のように楽しげだ。

 

(それにしても……)

 

 あんななにもないところで躓くなど、やはり父はだめだな。

 武に強くない私でも躓くことなど稀だというのに、やはりだめだな。

 きっと私はそんなところだけ父に似てしまったのだ。口惜しい。

 

(?)

 

 しかし、なんだろう。

 見張りの兵が、逃げ惑う父を見てほろりと涙しながらうんうんと頷いている。

 隠れて追う中、近づいてみれば「隊長……! よかったですね隊長……! あんなに楽しそうに追いかけっこを……!」などと言っていた。追いかけっこ? あれは追い詰められているだけだろうに。

 ほら、見てみるといい。追い詰められた父は涙しながら笑顔で───笑顔!?

 

「!? !?」

 

 こしこしと目を擦ってから見てみる……と、気の所為だったようだ。

 なんとも無様に慌てて逃げている。

 そうだ、さすがにそれはない。

 まさか父が人に追われて喜ぶような変態だなどど、ぐうたらだけでも恐ろしいというのにそれはないだろう。

 

「さてと」

 

 そろそろ私も参加しよう。

 父が無様だという再確認も出来たわけだし、子高姉さまの手助けを。

 泣いていたことは知られたくないだろうから、騒ぎを聞きつけたということにすればなんとかなるだろう。

 

「ふふふ、父め。すぐにその恐怖を倍にしてくれよう」

 

 ギラリと目を光らせたつもりになって、たととっと小走りを開始する。

 物陰に隠れて、やってきたところを一気にということも考えたが、それでは騒ぎを聞きつけてという理由が弱くなる。なので突撃だ。


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