真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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110:IF2/受け継がれるヘンテコ部分②

-_-/周邵

 

 私には父が居ます。

 不思議な父であり、面白い父です。

 子供の頃から忙しい世界の中で、のんびりと自分の流れを崩さない父が、私は好きです。姉妹のみんなは苦手としているようですが、なんとなくわかることもあるのです。

 私は……母譲りなのかどうなのか、氣というものを感じたり使ったりするのが得意で、会うたび会うたび父の氣が変化していることを知っています。

 それはやさしいものだったり力強いものだったりと、忙しいものです。

 不思議、といったからにはそういうところにも不思議なところがあって、どうにも父さまは氣を二種類持っているようです。知に向いた氣の在り方は甘述姉さまの波長で知っていますし、武は言うまでもなく知ってます。

 それら二つを合わせたものを持つ父さまは、柄姉さまが感じている通り普通の人ではないと、私も思っています。どう普通ではないのかなんて、氣を二つ持っているだけでも十分なのですが……言った通り、父さまは父さまです。

 私たちが見ていない場所ではどんな父さまでも、私たちが知る姿がぐうたらと呼ばれていようと父さまは父さまです。

 

「…………はぁ」

 

 そんな判断が出来る自分のくせに、“姉妹が嫌っているから自分も嫌わなければ”という、嫌な状況を受け入れてしまっている事実に嫌悪感を抱きます。

 もっと小さな頃はよかった。

 父さまと一緒に歩いて、父さまの首にぶら下がって、父さまにおんぶされて、父さまに抱っこされて……はうう。

 

「うー……」

 

 父さまの傍は……なんというかこう、落ち着きます。

 他の人とはこう…………か、香り? が、違うといいますか。

 この周邵、嗅覚なら動物にもほんの少し遅れをとらない自信はありますし、動物的に匂いでその人が善か悪かを嗅ぎわけることくらいきっとたぶん出来るつもりです。

 その私が言いましょう。父さまの香りは他の人とは違う。

 これは、なんばんおーさま……孟獲さまが父さまの傍に居たがる感覚に似ているものだと思うのです。確証なんて誰が証明してくれるものでもありませんが、私の動物的勘がそう言っています。私が勝手にそう決めているだけですが。

 だだ大丈夫です。孫策さまだって勘頼りだけどその勘に絶対に信頼を置いています。

 私だって勘を信じ続ければ、いつかはそんな勘が芽生えるに決まっていますです。

 

「いざ……!」

 

 そんな父さまの氣に紛れるように、自分の氣を周囲に溶け込ませてゆく。

 その上で、じりりと父さまの後を追う。

 大丈夫です、気配を消すのは得意です。

 なにせ母さまにも褒められたくらいですからっ! 胸だって張っちゃいます! どーん!

 ……じゃなくて。

 落ち着きましょう、気配を殺してまで胸を張るって、おかしな子です。

 

「………」

「………」

 

 黄蓋さまと交代するようにして中庭をあとにする父さま。

 気配を殺したからには足音にも注意です。

 隠れる際には、焦りすぎて茂みなどの影に隠れるなぞ持っての外。

 何故なら草などは音を出しやすいし、足元に枝が落ちている可能性が高いのです。

 そんな場所を良しとしては、すぐに見つかってしまいますです。

 

「───」

 

 なので気配を殺しつつ後を追う。

 これこそ、自分が足音にさえ気をつければいいだけの追跡方法というもの。

 でも姿までは消せるわけもないので、父さまの意識が向いているところの外を常に意識しなくてはいけません。気配を殺して意識もする……気配を殺すのは大変なことなのです。

 これを堂々とやってのける母さまや甘寧さまがどうかしているんです。

 特に甘寧さまの気配殺しは怖いくらいです。母さまは自然の中でこそそういうことが上手いのですが、甘寧さまは場所が何処であろうと自分を溶け込ませてみせますから。

 

(精進あるのみですね。がんばりますっ)

 

 むんっと小さく……えと、が、がっつぽーず? というものを取ってみる。

 まだ父さまと堂々と遊べていた頃に、父さまが教えてくれたことだ。

 頑張る時はこれをすると気合が入ると。

 

(そんなことを教えてくれた父さまのあとをつける……邵は悪い子ですね)

 

 とほーと溜め息。

 途端、先を歩く父さまがびくーんと肩を弾かせ、辺りを見渡し始めました。

 

(え? なに? なにごとですかっ?)

 

 焦り、すぐに父さまが意識している場所の外へと隠れる。

 隠れつつ様子を見るのは当然忘れません。

 

「……邵? いるのか?」

 

 気づかれてますっ!?

 えぇええええっ!? どどどどうしてっ!? なぜですかっ!?

 気配殺しは完璧です! 油断だってしていません!

 なのになぜっ!? 父さまには野生の勘でもあるんですかっ!?

 

「気配は……ないよな。音もしないし。でもなぁ、これはなぁ。雪蓮じゃないけど、なんかわかっちゃうっていうか……あ、っとと! いやいやわからないぞっ!? いやーはははきっと俺が勘違いしただけだー! べべべべつに南蛮サヴァイヴァル生活で身に付けた野生の勘がどうとかソンナコトナイヨー!?」

 

 ごくりと喉を鳴らして息を潜めていたら、急に妙なことを言い出す父さま。

 さば? なんたらがどうとか言ってますが、意味がわかりませんでした。

 

「勘ってすごいのな……気配なんてないのに気づけることがあるなんて。雪蓮が勘頼りになるのも頷けるっていうか…………はぁ」

 

 カリ……と頭を掻いてから、父さまは歩き出します。

 風邪引くなよー、なんて、誰に向けて言っているのかもわからない調子のままに。

 

(……私に言ってくれたのでしょうか)

 

 気配は消してあります……よね?

 うん、消えてます。

 現に、今横を通って父さまの背に飛び乗った袁術さまも、私には気づかなかったようですし。

 

(そういえば父さま、誰かが泣いてるとすぐにすっ飛んできます)

 

 親だからこそ働かせられる勘、というものなのでしょうか。

 妙な繋がりを感じて、少し嬉しくなってしまいました。

 たとえ普段がぐうたらだとしても、家族を思う気持ちはそんなにも強いって証拠じゃないですか。これは喜ぶべき事実です。

 

「主様! 主様ぁ! 黄蓋のやつがいちいちうるさいのじゃ! 妾は真面目にやっておったのに! なんとか言ってやってたも!」

「あっはっはっは、美羽はいつまで経っても甘えたがりだなぁ」

「当然であろ? 主様と妾の仲なのじゃ。無論、主様が嫌がることなど妾、絶対にしないでの。……い、嫌ではないであろ? ないであろ?」

「男ってのは、甘えてくれる人には弱いもんだよ。特に、今の俺は」

「お、おぉおっ? どどどどうしたのじゃ? なにゆえに落ち込んでおるのじゃ?」

 

 物凄い陰を身に宿し、袁術さまにしがみつかれたまま歩いてゆく父さま。

 ……重くないんでしょうか。なんか普通に歩いていってしまいましたけど。

 っとと、追うんでした、そうでした。

 

「……追って、どうすれば答えが出るんでしょうか」

 

 謎です。

 ぐうたらの証明でもこの目に焼き付ければいいのでしょうか。

 それとも本当は凄い人だったという証明を得ればいいのでしょうか。

 ……後者にはとても興味があります。

 もし本当に凄い人ならば、みんなも父さまを好きになって、私も堂々と父さまに───

 

「………」

 

 むずむずします。

 口がむずむず。絵で描いたら波線みたいな口になってますきっと。

 けれども私は人に意見するのは苦手です。

 何かをこの目で見たとして、それを事細かに説明しろと言われても、きっと出来ません。黄柄姉さま相手や呂琮相手なら、まだ平気なんですが。

 

「……いっそ父さまに真っ直ぐに訊いてみればいいのですよねっ」

 

 胸の前でぽむんっと手を叩き合わせた。

 母さまの癖だ。いつの間にか伝染っていた。

 

「そう、簡単なことです。父さまに近づいて、父さまに声をかけて、父さまに、父さまに父さまに」

 

 ジリリと気配を断ちながら近づく。

 視線の先にはとぼとぼ歩いていた父さまと、その首に背中から抱きついてしがみついたままの袁術さま。

 

「ちか、ちかか、ちか……!」

 

 近づいて、声を声を声を

 

「はわぅあぁあーっ!!」

「のわぃっ!?」

「ほわぁっ!? ななななんなのじゃ!?」

 

 声をかけようとしていたはずなのに、いつの間にか目がぐるぐると回っていた私は父さまの膝の裏に蹴りをかましていました。

 突然のことに膝を折る父さまと、急にがくんときて驚く袁術さま。

 そして、自分がしたことにハッと気づくと、すぐに気配を殺し直して隠れる私。

 

「何事じゃ主様! 急にかっくんされるとさすがの妾も危ないのじゃ!」

「どんなさすがなのそれ! ていうか……」

 

 父さまが私が隠れている方向を見てくる気配がする。

 気配でそこまで解るのかと訊ねられそうですが、視線というものにはきちんと気配が宿るものなのです。視線を感じる、とかよく言いますが、まさにそれです。

 

「……なぁ美羽。娘に好かれるにはどうすればいいんだろうなぁ……」

「きっともう手遅れなのじゃ」

「素直にひでぇ!?」

「もう散々と娘娘と騒いだであろ? そろそろ子の自立を認め、もそっと妾との時間を作るのはどうじゃ? 良い機会なのじゃ」

「時間といえば……いつ元の姿に戻るんだろうなぁ美羽は」

「ふみゅ? むー……のう主様? 妾、思ったのじゃが……妾、この姿になってから成長したのかの」

「成長? 成長って……あー……そういえば何年か前にも似たようなことを……」

 

 視線が私から外れたのを感じて、ちらり欄干の影から覗き見てみる。

 と、背から袁術さまを下ろし、興味深げにじろじろと見つめ回す父さまが。

 あ、あれはまさか……品定め、というものでしょうか……!

 そういえば筍彧さまが言っておられました……! 父さまは日々をぶらぶら歩いては、常に街や村などで好みに合う女性を探しているとか……!

 ままままさかそれを袁術さま相手に実行しているのでは……!?

 

「あれだろ? 成長と元に戻る時間が重なって、そのまま子供の姿には戻らずに大人になるんじゃないかってやつ。……さすがにこれから急に元に戻って、永遠に子供の姿のままでとかは無しにしてほしいが……!」

「主様は大人な妾と子供な妾、どっちが好きなのかの」

「どっちが、っていうかな、美羽。美羽が美羽のままならそれで十分だろ。そりゃあ、いろいろな不幸が起こってとんでもない状況になって、美羽の外見が美羽と判別できなくなった時、同じことを言えるかって訊かれたら……正直、そうなってみないとわからないけどさ」

 

 少し困った顔をする父さま。

 苦笑に似たその顔はしかし、次の瞬間には驚愕に変わる。

 袁術さまが父さまの襟首をわしりと掴み、がっくんがっくんと揺らし始めたのだ。

 

「ぬぬぬ主様っ!? 主様は妾がひどい目に遭うと見捨てるのか!?」

「おわわわわ!? ちょっ……叫ぶな締めるな揺らすな! 最後まで聞こう!? なっ!?」

「う、うみゅぅうう……!」

 

 袁術さまは私たちよりもよっぽど、武に取り組んでいる。

 噂では小さい頃は随分と怠け者だったらしいけど、きっと嘘なんだと思えるくらい。

 本当だとして、何が袁術さまをそうさせたのかはわかりません。

 わかりませんが、足も速いし氣も強いし、綺麗だし胸も大きいし、鍛錬している時にだけする“ぽにている”という髪型も、なんだかひどく似合っています。

 あんなに綺麗な方に欠点があるなんて、逆に考えたくないといいますか……。

 完璧人には欠点のひとつくらいあるべきだ、なんて黄柄姉さまは言いますが、私としては完璧な人は完璧であってほしいと思うわけでして。

 

「あー、こほん。…………」

「?」

「いや……なんかもう真面目なことを真正面から言う雰囲気じゃないだろこれ……」

「なんじゃとー!? 主様、人には言いたいことはきちんと言えるようになどと言うておいて……!」

「確かに言ったけど今状況って俺の所為なの!?」

 

 わいわいと騒ぐ二人はとても楽しそうです。

 筍彧さまは、父さまは罵られて喜ぶ男だと言っておられましたが、まさか……!

 

「はぁ……。とにかく、酷い状況になってみなきゃ、その時の言葉なんてのはもちろん出ないわけだけどさ」

「うみゅ? 主様?」

 

 父さまの変態度にカタカタと震えながら二人を見ていると、父さまがふっとやさしい顔になって、袁術さまの頭の上で手を軽く弾ませます。

 

「現在の、“そんなこと”になってない俺には、とりあえず美羽を嫌う理由はてんで無いわけだし。だったらそうならないように気をつけてたほうが、まだ楽しいだろ」

「む。それはそうじゃの。今からわからんことにどうのこうのと言っても仕方ないのじゃ」

「そゆこと」

「ならば主様も、いずれ娘らに好かれる先を考えて行動しておるのじゃなっ?」

「…………」

「ぴあぁあっ!? 主様っ!? 急にどうしたのじゃ主様ーっ!!」

 

 袁術さまがにっこり笑って言葉を返した途端、父さまの笑顔が凍りついて、通路の真ん中に両膝から崩れ落ち、両手をついての物凄い落ち込み劇場が展開されました。

 

「ツライ……現実ツライ……」

「ななななぜ泣くのじゃ? どこか痛いのかのっ!?」

「胸ガトテモ痛イデェス……!」

「おおっ!? 主様がまたおかしな喋り方をしておるのじゃ!」

「いや……無理矢理にでも気持ちを切り替えないといろいろ辛いから……、───ん、よしっ! じゃ、元気を出すためにも中庭で鍛れ───もとい、遊ぶかっ!」

「中庭には黄蓋がおるのじゃ」

「よし別のところへ行こう! 祭さん、陸延の相手してるんだよな!? 一緒に居たら一緒にどうじゃとか言われそうだし!」

「? なにを言っておるのじゃ主様。普段なら喜んで───はぅっ!?」

 

 父さまの言葉から何かを拾ったのか、袁術さまの気配に突然緊張が走る。

 けれども父さまが急に袁術さまを抱き寄せたために、その緊張が一気に霧散する。

 

(ぬ、主様っ……まさか、近くにおるのか……!?)

(ああ……気配はわからずとも、野生の勘というか、父の力というか、ともかく近くに居ることは感じる……! あっちの欄干の影だ……間違いない……!)

(な、なんと……! まるで気配を感じなかったのじゃ……!)

 

 ちらり、と。

 なんだか袁術さまが一瞬だけこちらを見た気がしました。

 まさかばれてしまったのでしょうか───! などと緊張を張ってしまった途端、私の横をトトッと通る……お猫さま!

 

「………………主様」

「いや違うよ!? さすがに猫とは間違えないからね!?」

 

 なにやら父さまが慌てていますですが、わわわ私の目はもうお猫さまに釘付けで……あ、ああ……もふもふしたい……! してしまいたいですっ……! こんな切ない想い───!

 

(……なるほどの、周邵なのじゃ)

(やっぱり邵だったか……猫が現れた途端、気配がだだ漏れだ……)

 

 はわあああ……! なんと美しい体毛なのでしょう……!

 抱き締めたい……抱き締めて、そのつややかな体毛に顔をうずめたいです……!

 今なら母さまも居ませんし、もふもふ独り占めですねっ!

 でででではいざっ!

 

「おぉおお猫さ───ふきゅっ!?」

「ちょっとこっち来い」

「柄姉さま!? あ、やっ……これはちがっ……! だだ大丈夫ですよ!? 今すぐにでも尾行を再開───」

「ええいやかましい! 既に失敗しとるわ! 猫を見た途端に気配を消すのも忘れおってからに!」

「え? ───あ」

 

 二人に呆れた目で見られてますっ!?

 あぅううあぁあああ!! ちがっ、違うのですよ!? わわわ私は別にお猫さまにうつつを抜かしてなどっ!

 と、とにかくこのままでは黄柄姉さまに理不尽なお小言を言われてしまいますです!

 ここはなんとか話題を逸らして……! ていうか喉っ! 襟をそんなに引っ張られては喉がっ……!

 

「へ、柄姉さまっ! 口調がそのっ、妙に黄蓋さまみたいにっ」

「それはな? 怒っておるからよ」

「ひうっ!? へへへ柄姉さまっ!? 額に青筋がっ」

「それはな? 怒っておるからよ」

「あぁああぅうあぁああ!! 人に頼んでおいて、失敗したら怒るなんて理不尽だと思いますですよぅ!!」

「やかましい! せっかく父の気が緩んできたというのに失敗しおって! こうなったら特訓だ! 今日からお前を、猫を見てもときめかない女にしてくれる!」

「全力で余計なお世話です!」

「よく言ったこのたわけ! 普段は物怖じするというのに譲れぬものは譲らん態度は実に良し! ……まあそれはそれだから説教はするがな。完全に私の八つ当たりだ、黙って受けろ」

「助けてぇえええええっ!!」

 

 黄柄姉さまに引きずられてゆく。

 そんな私を、お猫さまと……父さまと袁術さまが見送ってくれました。

 

「なんというか……主様の娘じゃの……」

「興奮時の反応で血を感じるって、なんか物凄い複雑なんだけど……」

 

 袁術さまと父さまが何かを言いつつ溜め息を吐いているのを眺めつつ、私は黄柄姉さまの手で中庭まで連れていかれ、そこで陸延姉さまとともに鍛錬をすることになりました。

 今日はお休みの日だったのに……。

 


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