真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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111:IF2/それでもそんな自分をマイペースって言える③

-_-/陸延

 

 …………ぱちりと目を開けた。

 意識して息を重苦しく吐くと、耳の裏側あたりで“ずううう”、と血が体内を巡る音が聞こえる。いい感触だ。この音に耳を傾けていると、意識が鋭く覚醒してゆく。

 

「……はぁ」

 

 のそりと起き上がると、そこは自室の寝台の上だった。

 隣では母が静かな寝息を立てている。

 

「………」

 

 静かに寝台から下りる。

 気配は殺して、母に気づかれぬよう。

 部屋を出てからはそのまま兵にも気づかれぬように、気配を殺しながらと物陰に隠れながらの二段構えで中庭へ。

 中庭に着くと、そこでは劉禅が小さな体で鍛錬をしていた。

 その傍には楽進さまが居て、体捌きなどを教えている。

 

「また来ましたね」

 

 そしていつも通り、二人の前へ辿り着く前から気づかれてしまう。

 待ち合わせで目が合ってからの距離を小走りで駆ける時のような、奇妙な気恥ずかしさを感じながらふたりのもとへ。

 

「今日もやってますねぇ、禅ちゃん」

「…………むー」

「……どうしていつも禅ちゃんは、まずは延を睨むんでしょうねぇ」

「誰かが接近すると、一番に隠れてしまう人が居ますから。さ、陸延さま、こちらへ」

「あ、はいー」

 

 昼は眠くて仕方のない延ですが、夜は別です。

 夜に鍛錬をする禅を見かけてからというもの、延はこうしてふたりに混ざって鍛錬をする、ということを続けている。

 昼は無理。やったら延は死にます。

 何事もほどほどがいい。黄蓋さまはそのへんのところの加減を知らないのだ。

 昼は勉強。夜は鍛錬。これでいいのだ。延はやれば出来る子ですよ?

 ただどうしても、太陽の光の傍だと眠くなってしまっていけない。

 武にも文にも恵まれてはいるものの、眠気に勝てない延です。

 

「氣は充実しているようですね」

「えへへぇ、普段から溜めてますからー」

 

 言いつつ掌に氣を集める。

 丕姉さんと登姉さんを抜かせばお姉さんな延の氣は、なんだかぽわぽわしている。

 聞けば癒しに特化しているらしく、時折華佗さんが「我が五斗米道を受け継ぐ気はないか!」と熱く勧誘をしてきたりするのです。

 他に居ないのでしょうかと訊ねれば、居るには居るという。

 ただ、寿命で死なないかもしれない人に全てを託しては、一子相伝の意思は次に引き継がれないのだといいます。寿命で死なないって、どういう意味でしょうかねー。

 

「癒しに使える氣はぁ、珍しいんでしたよねー?」

「ええ。それを使えるのは極僅かであり、その中でもそれらを極めたのが五斗米道といわれています。ただしその秘術は一子相伝とされており、秘術としてでなく、一般的な医療術であるならば多少の知識提供は可能だとのことです」

 

 聞く限りでは、既に華佗さんは一人に教えられる限界部分は教えたそうです。

 ただし一子相伝の秘術までは教えていないそうで、教えたのはあくまで医術。秘術ではないそうです。

 それでも元気になれー、とは叫ぶのが一種の“おやくそく”というものらしくて、きっと延の知らないところで今日も誰かが叫んでいるのでしょうねぇ~……。

 

「それにしても、気脈拡張の技術は本当に疲れますね~……その分、効果があるのはいいんですけどー……」

「何事も積み重ねです。医療特化の氣に有効な鍛錬も開発済みですので、積み重ねは手探りだった頃ほど大変ではありませんから」

「楽進さまは、いつも一人でこうしてるんですか~?」

 

 こうしている、というのは氣の鍛錬のこと。

 基本、私たち姉妹は少し早い夜の内に寝かされる。

 夜中の一定時間をすぎれば好きにしていいと言われているけれど、それを誰が言い出したのかは……公言されていないんですよねぇ。

 ただその睡眠時間には“せーちょーほるもん”なるものが分泌されるらしく、成長するには必要なのだそうで。これを上手く利用しないと、どれだけ鍛えても無駄になる可能性が高いのだと言われてしまっては、眠らないわけにはいかないのですよねぇ……。

 

「身体能力も申し分無し。文武に長け、氣は癒し。“そうであったなら”がこうまで揃っている人というのも珍しいというのに……」

「えへへぇ、どうして眠り癖なんて持ってしまったんでしょうねぇ~」

「自分で言わないでください」

 

 そればかりは延にもわからない疑問なので仕方がないじゃないですか。

 

「ですが眠りはいいものです。本に囲まれて眠るのはとても幸せなことなのですよぅ? いえ、幸せでありながら福まであるという意味での幸福でしたら、お父さんの腕の中が一番なのですけどねぇ?」

「あ───で、でしたら、ともに眠ればいいのでは?」

「いえいえぇ、べつに包まれるのがいいというだけで、一緒に寝たいかと言われればそうでもありませんのでおかまいなくー」

 

 お父さんは氣を使えたんでしたっけ? あまり関心を持たなかったのでわかりません。

 ただ、隣で眠ると物凄く気持ちよく眠れるのは確かです。

 その際の睡眠こそが延の幸福であり至福なのです。あれはとてもとてもいいものです。

 

「以前から疑問に思っていたのですがぁ~……癒しの氣を氣弾にして当てたら、どうなるのでしょうねぇ~」

「やった人ならば既に居ますよ。もちろん、相手の氣とぶつかりあって怪我を負いました」

「やっぱりですかぁ。癒しは相手の氣に合わせないとぶつかり合うだけですもんねぇ」

 

 なので直接触れて、相手の波長に合わせた氣を送らなければいけないのです。

 延はそういう……自分の氣の色、というんでしょうかね。それを多少いじくれる方向に長けた氣を以って生まれたらしいんですよね。

 とても珍しいものだと華佗さんに驚かれました。

 だからこその五斗米道への勧誘なんでしょうねぇ。

 

「…………ふむぅ」

「? どうしましたぁ? 楽進さまぁ」

「あ、いえ。こう言ってはなんですが、その。親が“ああ”なのに、娘であるあなた方は随分とその……露出が少ない服を着ているのだなと」

「あ~、なるほどぉ。それはお父さんが断固譲らなかったそうで。肌を見せるのは愛した人だけにしなさいと」

「……なるほど、想像しやすいです」

 

 苦笑を混ぜた笑みを浮かべて、楽進さまが頷く。

 ……えぇと。それでなんですけど……さっきから一言も喋らずに黙々と氣を集中させている禅ちゃんはどうしましょう。

 いつもならなんらかの会話があるのに、今日はどうしてか怒っているように感じる。

 

「えぇと……禅ちゃん? 怒ってる?」

「ふぇぅっ? え、あ、ち、ちがうよっ? 怒ってない怒ってないっ。ただ、と───じゃなかった、文謙さまに、怒気を氣に混ぜる鍛錬っていうのを教えてもらって、それをやってただけだよっ?」

「………」

 

 必死になって誤解を解こうとする禅ちゃん……可愛いですねぇええ~……!

 ですけど、怒気を氣に混ぜるというのは……どういった意味があるんでしょうね。

 

「怒気を氣に混ぜると、どうなるの?」

「場の空気を変えたり出来るんだって。怒った人同士が居るお部屋に行くと、空気が重かったりするよね? それを意図的に作り出せたりするんだって! すごいよねっ!」

 

 さっきまで黙々と錬氣をしていた子が、もう笑顔です。

 禅ちゃんは他の妹たちと違って素直で、なんというか……撫でたくなっちゃいます。

 

「えっとね、こうやって……んん~っ!!」

 

 禅ちゃんが目を閉じて歯を食い縛って、ん~っと力を溜める。

 あ、いや、力じゃなくて怒気を溜めてる……んですかねぇ。

 それから少しすると、禅ちゃんの体から漏れるいつもやさしい氣が、少しだけ色を変えたように感じられて……途端、クキュウと可愛い音が鳴って、禅ちゃんが真っ赤になって慌て出した。

 

「ち、違うよ!? 禅じゃないよ!?」

「あらあら~、禅ちゃん、なにがぁ?」

「なにがって、えっと、ほら、くきゅうって」

「延はな~んにも聞こえなかったよ~? もしかして一番近い人だけにしか聞こえなかったのかなぁ」

「はうっ!? ……き、きのせいだネッ!? 禅も実はなんにも聞こえなかったかも! あ、あははっ───はうーっ!?」

 

 言っている傍から鳴りました。真っ赤です。

 観念したのか軽く手を挙げて、お腹が空きましたと白状する禅ちゃんのなんと可愛らしいこと。

 

「それじゃあ誰かに料理を作ってもらおーかぁ」

「え、だ、だめだよそれはっ。だって、夜にご飯食べたらいけないって、ととさまがっ」

「禅ちゃん? ととさま言うところの“かろりー計算”は、一日に必要な量さえ守ればいいんだよー? つまり量を満たしていないなら寝る前だろうがどうだろうが構わないの」

「……禅はもう食べちゃったよぅ」

「かく言う私も食べちゃいましたー、えへへぇ」

「だめってことだよそれっ!」

「ふむぅ、仕方ないなぁ禅ちゃんは。お父さんの言いつけとなるとすぐに頑固さんになるんだからぁ」

「みんながととさまのことをおかしな目で見すぎてるのっ! 禅が変なんじゃないもん!」

「まあ延はそういう偏見めいた目で人を見る気はないけどねー? 別にお父さんが偉くても凄くても、ぐうたらでも情けなくてもどっちでもいいんだよぅ? 重要なのは延がどう思うかどうかだもの。そして延は、お父さんのことはお父さん以上でもお父さん以下でもないから、居てくれればそれでいいかなーって」

「……あぅう」

 

 思っていることを言ってみると、禅ちゃんはとても不満そうでした。

 きゅっと握った手が小さくふるふると震えていて、何か言いたいことがあるのに言えないみたいなもどかしさを表しています。ああ、きっと伝えたい言葉をまだまだ整えきれないのでしょう。可愛いですねぇ、頭撫でていいでしょうか。

 

「いつも思うことですが、陸延さまは他の子供たちと比べて随分と落ち着いていますね」

 

 ホウ、と妹の可愛さに心癒されていると、楽進さまがやさしい顔で語りかけてきます。

 そうですねぇ……親離れが早い娘で助かりますとお母さんにも言われたくらいですし。

 ただ、両親よりも興味を引くものがあったからこその現在なわけです。

 本という素晴らしいものが無ければ、延もここまで親に普通の感情を持たなかったと思うのですよね~……。

 本はいいんですよぅ? いろいろな知識が得られますし、つまらない本を見ていればすぐに眠たくなります。

 そうしてすぅっと眠る時の心地良さは異常なほどです。

 目覚めた時に関節の痛みに苦しむのも、もはや一連の流れというものでしょう。

 眠気さえ取れればこうして鍛錬もしますし、やってやろうという気も沸き上がります。

 他の姉妹のように父を嫌って母を愛すという気分でもありませんし? 母を嫌って父を愛するというわけでもありませんしねぇ。

 波風が立たずに静かに眠れるのが一番じゃないですか。

 なのに黄蓋さまはなにかというと延を引きずり出して鍛錬鍛錬と。

 あんなことをされましては、夜も鍛錬をする延はそのうちに倒れてしまいま……はうぅっ!? 合法的に眠れるということでしょうかそれはっ……!

 

「落ち着いているというよりは、そうですねぇ~……荒事が起きて、うるさくされるのが嫌なだけですよぅ? 眠る時は静かなほうがいいに決まっているじゃないですかぁ」

「うぅ? 禅は傍で誰かの寝息が聞こえたほうが安心出来るけどなぁ」

「ある日のこと。禅ちゃんが一人で寝ていると、一人のはずなのに傍からすぅすぅと聞き慣れない誰かの寝息が……!」

「ぴぎゃーっ!?」

 

 耳元で軽い怖い話をすると涙目になって叫ぶ禅ちゃん。

 あぁんもう可愛いですねぇ禅ちゃんはぁ!

 な、撫でていいですよね? 撫でていいですよねぇっ?

 

「こほんっ。……陸延さま」

「はうっ!? い、いえいえぇ? 延はべつに禅ちゃんを抱き締めてすりすりなでなでなんてそんな、えへへぇ」

「どうしてこの姉妹はこう、考え始めるとおかしな考えに……。隊長も時々……いや、結構……いや、大分……い、いや、今はそれはよしとしておこう。はぁ……陸延さま、氣が乱れています。集中を」

「へぁ? ……あ、あーあー! そうですねぇ、集中大事ですもんねぇ~! では集中~! へや~!」

「……そしてどうしてこう、気の抜けるような掛け声しか出せないのだろうか……」

 

 その割りに氣は安定しているし……と呟く楽進さまには、なにかしらの苦労が滲み出ているように見えた。この国には“国のために”を思う人がたくさん居ますが、楽進さまも例に漏れずに頑張り屋さんです。

 頑張り屋さんだからこその気苦労があるのはわかりますけど、子供たちの前でそれを見せるのはどうかと……って、違うんでしょうね。私たちだからこそ、そういうところを見せてくれるのかもしれませんね。

 

「大丈夫ですよぅ楽進さまぁ。延は冷静に周りを見ているつもりですから、他の子がわからないことも多少なりとも理解しているつもりですからぁ」

「“つもり”や“多少”など自信のない言葉回しを多用するあたり、隊長の血を感じます」

「過信は禁物なんですよぅ? それなら自信の無いことを意識して確実にやっていったほうが周囲も安心できますから~」

「……はぁ。訂正します。隊長の娘らしい言葉です」

「それで、楽進さまはお父さんのどんなところを好きになったんですか?」

「それはもちろん隊長のお考えや目指す位置、そして国に対する在り方や遠く離れても絆を忘れないその暖かなきゃうっ!?」

 

 息を吐いて油断をしたところにお父さんの話を混ぜると、興奮気味にお父さんについてのお話を熱く語る楽進さま……の頭に、妙な氣を纏った石が飛んできた。

 驚いて可愛い声を出す楽進さまでしたが、ハッとすると真っ赤になって辺りを見渡す。

 あの氣は……癒し側の氣、ですかね。

 石に癒しの氣を混ぜて投げれば、そこまで痛くない……不思議な応用です。

 石が飛んできた方向を見れば、何かが慌てて隠れました。

 

「………」

 

 気になったので、足に氣を込めて走ってみると、突如として逃げ出す影。

 荒々しい氣を纏って走るそれは、てっきりお父さんかと思ったらまるで違う荒々しさを持っていました。近くに居るだけならとても心地よいお父さんの氣とは似ても似つかない。

 暗いことも手伝って、影、というふうにしか確認できませんけど……ともあれ追って捕まえようとするも、足運びが異常に上手く、延ではまるで追いつけません。

 氣の扱いには慣れているつもりでしたが、まるで勝てる気がしませんでした。

 そうこうしている内に影は視界から完全に消えてしまって、そうなると延は息を乱しながらも立ち止まるしかありません。

 なんと逃げ足の速い。

 あれは恐らく、子桓姉さまでも周邵でも追いつけないでしょう。

 そして楽進さまが慌てていない様子から察するに、侵入者の類ではありません。

 ううぅん、まだまだ知らないことが多いですねぇ、この世界は。

 本当に、退屈だけはしなさそうです。

 

「………」

「? あの、陸延さま? どうかしましたか?」

「今の、侵入者ではないんですか?」

「えっ───あ、ああ、えぇと、……はい、違います。ですので追う必要はありません」

「………」

 

 意外。そう思うみたいに禅ちゃんが楽進さまを見上げます。

 あらあらぁ~、そっかそっかそうですかぁ、禅ちゃんは今の人の正体を知っているんですね?

 と、普通でしたらここであの人物の正体を~などと張り切るところですけれど、延はそんな無駄な努力はしたりしないのです。何故って、べつに正体を調べてなにがどうなるわけでもありませんからね~……。私、陸延は静かに暮らしたいのです。なので無駄な刺激要素は睡眠時間を邪魔するものでしかありません。

 知らないほうがいいことだって世の中にはたくさんあります。

 その点で言うと、本で知ることは“誰に何を教わり、知ったか”を追求されることがほとんどないので安心です。

 本と睡眠。それだけあれば延は幸せですから。

 そんな延の生き方に賛同してくれる人は、案外少ないのですけどね。

 居るには居るのですが。程昱さまとか程昱さまとか程昱さまとか。


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