真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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10:呉/波乱の一日【上巻】①

幕間/日々の合間に

 

 時間は流れる。

 さっさと行ってさっさと帰ってきなさいと言われたにも係わらず、その実てんで帰れる様子もなく。

 気づけば一週間、二週間と軽く過ぎ……やがて呉に来て一ヶ月も過ぎようとする頃には、ようやく呉で起きる騒ぎも減ったと思えるくらいになった。

 雪蓮や孫権は精力的に民との交流を望み、民の声を聞いた上で、より豊かに過ごしやすくなるような国を作る……いや、作っていこうと口にし、実行に移していった。

 離れた町に行く際には必ずと言っていいほどに俺が同行を命じられ、俺もそれには喜んで同意。様々な町を回り、民と会話をして、少しずつだけど笑顔を増やしていった。

 

「んー……冥琳、もっとこう……民も将も楽しめる娯楽を作ったらどうかな」

「娯楽か。ふむ……資金面はどうする気だ? 娯楽と言っても、作ろうと口にするたびに出せるものではないぞ」

「賭博場……はまずいよな。もっと明るいのがいい。子供も大人ものんびり楽しく……う、うーん……争いから離れるため、だから……喧嘩に近いものは却下として、えー、あー、おー……何か、何かないか何かぁああ……!! ……ん、あの、諸葛亮、鳳統? なんで俺のこと見て目を輝かせてるんだ?」

「はうあぁっ!? えとえとはうぁああっ……!!」

「あぅっ……な、ななななんでもないですぅう……!!」

「悩み苦しんでる男なんて見てても楽しくないだろ? それより一緒に考えてくれるとありがたいんだけど……」

「ひゃ、ひゃいっ!」

「考えますっ……!」

 

 様々な町を回っては、どちらかというと子供たちに捕まって遊んでくれとせがまれるばかりの俺。

 その後方で、仕方の無い……といつものように溜め息を漏らすのは思春だった。

 それでも交流は続き、主に俺を介するかたちで民たちとの仲は、以前に比べて確実に良くなっていった。

 もちろんトラブルがなかったわけでもなく、そのたびに雪蓮が騒いでは、俺も呼び出されて思春も付き合わされて。

 

「一刀っ、国の一大事よっ! 手伝って!」

「ああもう今度はなんだよ! 馬の子でも産まれたかっ!? 作物の収穫が間に合ってないのか!?」

「両方っ! それが終わったらちょっと遠くの町まで行くからっ! いいお酒が出来たそうだから、祭連れて飲みに行くわよっ!」

「なんだってぇええっ!? ひっ……人使い荒いぞ雪蓮! ていうかそういうのって普通、お酒送ってくれたりとかするんじゃないのか!?」

「だって届くまで待ってられないもん、私も祭も。あっはははは、命令だから一緒に行こっ? ほらほらーっ♪」

「それは命令じゃなくてお願いだろっ! どこまで酒好きで……ってこらっ、引っ張るなぁあーーーっ!!」

「あ、そうそう一刀っ、華琳がね、無理矢理じゃないなら構わないって許可くれたわよ~♪」

「とわっとと……へ? 許可? なんの?」

「“本当に本気なら”一刀に手、出していいって。今や一刀は、“魏の一刀”じゃなくて“同盟国みんなの一刀”ってこと」

「へぇっ!? え、あ……な、なななっ……華琳さぁああああんっ!!」

 

 日々に休まる日なんて無く、ほぼフル回転で走り回る日常が続いた。っていうか今も続ている。右から左へ東から西へ、ってレベルで。左右ばっかだな。ちゃんと他にも行ってるから安心してください。華琳さん。

 だっていうのに民の笑顔が見られることが思いのほか嬉しいらしく、疲れた体もむしろ心地がいいと笑い飛ばせる毎日を送っている。

 呉の将との交流ももちろん混ざっているため、少しずつだけど打ち解けてはいる。

 

「よっし本日の手伝い終了ぉっ! 呂蒙~! 約束通りごま団子作りしよう~!」

「一刀様っ、その前にお猫様の子供を見に行く約束ですっ!」

「だったらごま団子を食べながら猫の観察だ! 呂蒙、こっちは準備出来てるぞ~!」

「は、はい~! すす、すぐに用意しますっ!」

 

 朝起きて軽く運動。食事をして町の人たちの手伝いをして、日が落ち始めれば軍師たちと集まって、学校の話やこれからのことについての話。

 三日ごとの鍛錬もまだ続けていて、祭さん、思春、周泰にしごかれる日々。

 結局……氣の強化を祭さんに教わったあの日、いつの間にか傷が塞がりかけていたのは、俺の氣の絶対量が増えたからだと教えられた。

 氣ってやつは体内を巡るもので、扱いによっては傷を塞いだりも出来るそうで……そんなものは漫画やアニメの中だけだと思っていたのに、実際に自分の傷が塞がったなら信じないわけにもいかなかった。

 

「あぅぁああ~ぅうんんん……!!! こ、子猫様……可愛すぎますですぅう……!!」

「ううぅ……ごまが少し焦げてしまいました……」

「大丈夫大丈夫、全然美味しいよ。周泰~、食べないと無くなるぞ~?」

 

 諸葛亮や鳳統は情報があらかた固まると一度蜀に戻って、それらを自国で纏めると、しばらくしてからまた訪れる、ということを繰り返していた。

 学校を建てる計画も、順調に進んでいるらしい。

 

「冥琳、風邪か? 最近よく咳をしてるみたいだけど」

「…………ただの寝不足だろう。気にするな、北郷」

 

 気になることも幾つかあったけど、日常は普通に流れていた。

 ……さて。

 今日はそんな、いい加減に呉で暮らすのも慣れてきた、とある日の話だ。

 

 

 

26/長い一日のきっかけ、なんてもの

 

 いい天気だった。

 陽光の下、中庭で“すぅっ……”と息を吸った俺は、フランチェスカの制服の上だけを脱いだ状態で、ゆっくりと構えを取る。

 

「今なら……今なら撃てる気がする」

 

 魏から呉に落ち着き、既に一ヶ月。

 民との交流を増やし、よりよい街づくりに貢献し、飯店のメニュー追加や服の意匠についての提案、トラブルが起これば移動を開始して何日経とうと来訪、解決。

 そして呉の将にしごかれて得たものは知識や経験だけでなく、氣に寄るものが多かった。

 一ヶ月かけて、ようやく掌全体に気を集められる程度っていうのは情けない話だが、今はそれだけで十分なのだ。

 

「ふぅ……よしっ!」

 

 運動時の水分補給にと常備している竹筒(竹の水筒)を傾け、水を軽く飲んでリラックス。重心を下に、足を大きく広げ、両手は自分の右腰に揃え、半開きに。

 皆様ご存知、子供の頃からアレを知っている人ならきっと一度は真似たアレを今、実現させるため……!

 

「かぁあ…………めぇええ…………はぁあ…………めぇえ…………!!」

 

 放出系はまだ習っていない。習っていないが、いないからこそ成功した喜びも高まるというもの。

 ならばこそ、この素晴らしき蒼天に届けよ我が氣! これは子供達の夢を込めた光! 今なお夢見る大人達の希望だぁぁああっ!!

 

「あ、一刀~っ♪ あのねぇ、今、祭が───」

「波ぁああっキャーーーァアアアアッ!?」

 

 いざ両手を突き出し、思いの全てを空に! ……ってところでシャオが中庭へ参上。途端に子供達や成長した大人達の夢と希望は、恥ずかしさに邪魔された俺の手の中で見事に霧散。

 俺はすぐに姿勢を正すと、顔が赤くなるのを感じつつもわざとらしい口笛を吹き、そわそわと視線を彷徨わせた。

 

「……むふん? ねぇ一刀~? 今なにやってたの~?」

「イヤベツニナナナナニモシテナイヨ!?」

 

 大人って……恥ずかしがりだね。

 でもね、解ってくれシャオ。一人かめはめ波はね? 決して誰かに見られちゃあいけないんだよ……。

 だからそんな、ニヤリと笑った興味津々顔で近づかないで? ね? お願いやめてください、俺べつに悪くないのに謝りますから。

 

「えー? 今おかしな構えしてたでしょー。ほらぁ、言ってみなさいって~!」

「いやほんとっ……なんでもないから! それよりなに!? 祭さんがどうしたって!?」

「むー……。えっとね、祭がねぇ、一刀にお酒買ってきてほしいって。大きな(かめ)の」

「いや、それって───」

「断ったら“命令じゃ”って伝えておいてくれ~だって」

「………」

 

 あの人は本当に、俺に酒を買わせに行くのが好きだ。これで何回目だっけか。

 ほぼ毎日がばがば飲んで、よくもまあ飽きないもんだ。いったいいくらの給料を貰っているんだろうか、気になるところである。

 ……それ以前に王の妹君に言伝頼まんでくださいお願いですから。

 

「代金は?」

「もらってあるよー。はいこれ」

 

 ぢゃらりと代金を渡され、一応確認を……ん、よし。

 誰にともなく頷いて、中庭横の通路の欄干にかけておいた制服の上着を着ると、いざと歩き出す。

 ……と、突然背中にぶつかり、首に手を回して抱き付いてくる少女が一人。言うまでもなく、シャオである。

 

「シャオ?」

「えへー、シャオが一緒に行ってあげるね?」

「あ、結構です。シャオと一緒に行くと、甕とか無事に持って来れそうにないから」

「一刀ってば照れちゃって~♪ じゃあ今日はずぅっと手、繋いでてあげるね? 一刀、手を繋がれるの好きでしょ?」

「あの……シャオさん? 片手ずっと塞がれてて、どうやって甕を持ち帰れと?」

 

 片手か? 片手でやれと? い、いやぁああ……そりゃあ今の自分なら多分、いやきっと、出来るには出来ると思うが……。

 けどもし、つるっと滑ってゴシャアと割れば、酒屋の旦那や祭さんに申し訳が……ていうか祭さんに殺される。

 

「これってでぇとだよね?」

「強制同行をそう呼ぶならね……」

 

 埒空かずして歩を進める。

 俺の左腕にはシャオがぶらさがるような勢いで抱きついており、嬉しいかどうかで喩える以前に歩きづらい。さっきのように背中におぶさっっているくらいのほうが、まだ歩きやすい。

 そりゃあその、まだ成熟しきっていないが、たしかに存在するこのやわらかさに少しトキメキを感じないでもないが……いやいや落ち着け……!

 こんなことをやってたんじゃあ、今日の夜なんて地獄だ。

 思春と同じ部屋で寝るようになってからというもの、極力煩悩抹殺に励んできた俺じゃないか……耐えろ、耐えるんだ……!

 今さら言うことじゃないけど、しみじみと言おう。禁欲って……大変だ……。

 

(華琳のヤツ……絶対に俺が自分から手を出さないってわかってて許可したんだろうなぁ……)

 

 少しはこっちの苦労も考えてほしい。

 ……いや、考えた上で苛めてるんだろうね、うん、わかってる。

 早く帰れなくてごめんなさい。

 謝りますから連絡項目に俺をいじる案件を追加するのやめてください。

 

……。

 

 そんなこんなで建業の町を歩く。

 賑やかな喧噪に囲まれて、今や沈んだ空気を見せないそこは、人々の笑顔の集まる場所。

 当然、悲しみの全てが無くなったわけではないけれど、そんな悲しみも一緒にひっくるめての、“笑顔がある国”になってくれればと願っている。

 笑ってはほしいけど、悲しみを捨ててほしいわけでもない。“悲しい”も抱いた上で、“楽しい”の中で笑ってくれるなら、きっとそれが一番の笑顔になってくれるだろうから。

 

「おお一刀っ、今日も手伝いか?」

 

 町を歩けば誰にも彼にも声をかけられ、その誰もが笑顔だという事実に自分の顔も綻ぶのを感じる。

 

「手伝いっていうよりはお遣いかな。酒を買ってきてくれって祭さんが」

「おお、あの方か。出来ればご自分で来てくださればなぁ……子供達が会いたい会いたいってごねるんだよ」

「はは、祭さん、子供に好かれてるからね」

 

 一人に手を振って別れれば、少し歩いた先で誰かに捕まる。

 自分のペースで進めない状況に、シャオは少し不満そうだったけど、そもそも酒を買いにきたのだからあまり拗ねられても困る。

 ともあれ酒屋で酒を買うと、大きな甕をぐっ……と持ち上げ、歩いてゆく。

 その大きさを見てか、さすがにシャオも腕を解放してくれて、お陰で助かった。

 なにが助かったって……まあその、アチラのほうが。やわらかかったなぁ……じゃなくて。

 そんな考えをあっさり見破ってか、隣を歩きつつ俺を見上げる顔が盛大にニヤケていた。妖艶というかなんというか……実年齢よりよっぽど大人だよこの子。

 

「は、はは……なんにせよ、これを祭さんに届ければお遣いは終了っと。で……今日の予定は───」

「シャオとぉ……で・ぇ・と♪」

「んー……悪い、シャオ。もう今日の予定埋まってるんだ」

「えー……? じゃあ命令。一刀は今日、シャオとず~っと一緒に居ること」

「………」

 

 俺に死ねと?

 

「あのー……シャオさん? 以前そうやって、予定があるのに命令だ~って言って連れまわして、孫権に大目玉食らったの、忘れた?」

「お姉ちゃんのことなんか今はいーのー! でぇと中に他の女のことを考えるなんて、だめなんだからねっ!?」

(……思春)

(……諦めろ)

 

 気配を消してついてきてくれている思春にそっと声をかけるも、返ってくる言葉は無情。ん……それでもいつもありがとう、見守ってくれていて。それだけでもう嬉しいよ俺……。

 

「じゃ、じゃあまずは祭さんにこれ届けないとなっ。城、城に戻ろ~」

「……? 一刀、何か企んでる?」

「……イエベツニ?」

「あー! 目、逸らしたー!」

「いやこれはっ……て、天に伝わる技法、“散眼”といってだなっ! けけけ決して眼を逸らしたわけではっ……!」

「ふーんだ、どうせ城に戻って、誰かにべつの命令してもらえば~とか思ってたんでしょー!」

 

 あっさりバレた! 俺の考えわかりやすいですか!?

 

「イ、イエェ……? ベベベベツニソンナ……! モ、戻リマショ? ホラ、酒届ケナイト祭サン怒ルシ……!」

「んふっ、いいよー? 祭にお酒届けたら、問答無用で走って城から出るからねー?」

「…………ワーイ……」

 

 ニーチェは言った。神は死んだと。

 

 

 

27/そして波乱の一日へ

 

 祭さんの部屋の前まで行くと、まずはノック。

 しかし返事はなく、どうやらまだ仕事中か放浪中かのどちらからしい。

 仕方も無しに探しに行こうと踵を返すのだが、シャオは俺の服をぎゅっと掴むと、天使の笑顔で床を二回ほど指差した。

 ……よーするに甕はここに置いていけ、ってことらしい。なるほどー、合理的ダナー……祭さんのばか。

 部屋に居なかった祭さんに、せめてもの悪態と心の涙を零しつつ、俺はシャオに引かれるままに町へと繰り出した。

 途中で誰かがご光臨なさってくれることを切に願ったのだが、こんな時に限って呉の将の誰とも擦れ違わないのは、どういった陰謀だったんだろうなぁ……。

 

(ああ……)

 

 そんなわけで始まった波乱の一日。

 シャオに連れられ……というか、右腕にしがみつかれながらのったのったと歩く建業の町は、先ほどまでの輝かしさから一変、恐怖の町に変わっている気さえした。

 約束があったのにそれをすっぽかして他の女性と歩く……これほど怖いものが他にあるだろうか。とりあえず魏ではない。絶対にない。

 もしそのすっぽかした相手が華琳だったりしたらと考えると、首のあたりがやけに寒くて仕方ない。だっていうのに、命じられればそれに死力を尽くさなければいけない俺。誰か助けて。

 や、けど大丈夫。どっかの誰かが言っていた。“どんな困難な状況にあっても、解決策は必ずある”と。……それを見つけられないから、人は困難に飲み込まれてばっかりなんだろうけど。

 

「───んっ!」

 

 だが死力を尽くさなければ、民の罪を担うことになりはしない。

 自分が全てを負うと覚悟を決めたならば、それを貫かなければ次の覚悟も怠けるだけだ。

 気合一発、だらりだらりと歩かせていた体に喝を入れて、キッとシャオを見下ろすと言った。

 

「よしシャオ! 今から思いっきりデート───あ」

「………」

 

 弾ける笑顔(ヤケクソともいう)で、シャオとともに駆け出そうとした俺の視線の先に、本当になんの冗談なのか、ごま団子の材料をゴシャアと落とす呂蒙さん。

 ……はい、これからごま団子クッキングの予定がしっかり入っていました。ごめんなさいセルバン……そ、そう、セルバンテスだセルバンテス! じゃなくてっ! ごめんなさいセルバンテス! 救いの無い運命はたしかにここにあった! 何度目か忘れたけど俺もう泣いていい!? 予定があるのに“思いっきりデート”とか言っちゃって、しかもそれを予定のある人に聞かれたとかもうほんと泣きたい!

 

「……そそ、そう……ですよね、一刀様は、一刀様は…………~~~っ!」

 

 さらには考え事をしているうちに、顔を長い袖で覆って走り出してしまう呂蒙。

 気の利いたフォローくらいしろっ! と自分に悪態をつきながら走り出そうとするが、それをシャオが引き止めようと───するのは予測済みだっ!

 

「ふひゃんっ!?」

 

 シャオに軽く足払い。

 浮いた体を素早く抱きかかえ、足に氣を溜めて駆け出す! その途中で落ちていたごま団子の材料を片手で器用に拾いきると、そのまま呂蒙を追って走るっ!

 死力を尽くせとは言われたが、誰かが悲しむ命令に死力なんて尽くせるもんかっ!

 

「か、一刀ー!? 今日は───」

「死力なら尽くすからっ! だけど誰かが悲しむのはだめだっ! 尽くすのもデートも一番最後っ! 命令は守るから、誰かが悲しむ結果だけは勘弁してくれ!」

「…………ぶー」

 

 雪蓮のように口を尖らせ、拗ねるシャオだが……お姫様抱っこが気に入ったのか、すぐに上機嫌になる気まぐれお嬢様。

 ああもうまったく……どうしてこの国の王の血族はこう、自由奔放なんだ。俺が言えた義理じゃないかもしれないけどさ。

 孫権くらいなもんだよな、いっつもキリッとしてて真面目なのって。

 

「っ……何処に行ったんだ……?」

 

 すぐに追いかけたつもりが、呂蒙の姿は人の波に消えるようにして見えなくなっていた。この天気だ、町は別の場所から来る商人や旅人で賑わっており、その中からひとつ背の低い呂蒙を探すのは中々に無茶があった。

 けど、見つけてやらなきゃいけない。命令だからって理由で悲しませるのってやるせないし辛いし……なにより、手を繋いでくれた友達が悲しんだままなんてのは嫌だ。

 

「すいませんっ! ごめんっ! と、通してくれっ!」

 

 知り合いの町人や見知らぬ人に謝りながら、人垣を進みゆく。

 ああ本当に……いい天気だと思ってかめはめ波を撃とうしてから、なんだってこんな事態になってしまうんだろう。

 嘆いたって事は終わらないが、嘆きたくもなる。とりあえず次の鍛錬の時には、祭さんへ全力でぶつかっていけそうだ。

 

「シャオっ、どっちに行ったかわかるかっ? 雪蓮譲りの勘でこう、ピピンとっ」

「んう? んー……たぶんあっち」

「あっちだなっ!?」

 

 指差された方向に躊躇いもせずに方向転換。

 いわゆる人通りの少ない裏通りへと突っ込むように走り───その先で、蹲るように座りこんでいる少女を発見した───!

 

「あぅぁぅぁぁあ~~~……♪ モフモフ最高です~~~……♪」

 

 ……周泰だった。

 うん……とりあえず、訊いておいてなんだけど……シャオの勘は当てにならないと覚えておこう。

 けど丁度良かった、せっかくのモフモフお猫様タイムのようだが、呂蒙を探すのを手伝って───

 

「あいたっ!?」

「あ」

 

 いざ話し掛けようとした途端、猫は「ええ加減にせぇやオルラァッ!」といった風情で周泰の手を引っ掻いて逃れるや、ゴシャーと物凄い速度で走り……視界から完全に消え失せた。

 逃げる時の猫って、どうしてあんなに速いんだろうな。っと、暢気に考えてる余裕なんてなかった。

 

「周泰、大丈夫か?」

「はぅわっ!? かかっ、かかか一刀様っ!? ど、どうして一刀様が……」

「えと……ごめん、急いでてあまりのんびり話してる余裕がないんだけど───」

 

 でもせめてと、お姫様状態で俺の首に抱き付いていたシャオを地面に下ろし、不満を口にする彼女を華麗にスルーしつつポケットを探ると、取り出したハンカチを引き裂いた。

 周泰はそんな俺の行動がよくわかっていないようで、急に近寄ってきて自分の手を取った俺を前に困惑するばかりだ。

 

「あ、あの、一刀様……?」

「じっとしててくれな───んっ」

「───あぅあぁっ!!?」

 

 手にある小さいけれど痛々しい傷口に口をつけ、滲む血と傷口を舐める。舌だけ出して舐めとるのではなく、唾液が空気に触れないように唇を密着させて、やさしくやさしく。

 それが終わるとさらに取り出した常備用竹水筒でハンカチの切れ端を軽く湿らせ、ポンポンポンと叩くように傷口を拭い、水筒の残りの水を傷口にのみかかるようにかけていく。途端に周泰が驚きの声をあげたが、今は続きを。

 傷口周りについた水を軽く拭った時点で用済みになったハンカチの切れ端をポケットに突っ込み、残りのハンカチを包帯代わりにして、傷口に巻いて……よし。

 

「あ……」

「これでよし、と。ごめんな、軟膏とかがあればよかったんだけど、最近鍛錬の方で生傷だらけだったもんだから、使い切っちゃってて」

「ぁ……ぅ……」

「城に戻ればあると思うけど……ごめん、今ちょっと急いでて戻ってる暇がないんだ」

「あ、い、いえ、それは……大丈夫……です」

「ん……ほんと、ごめんな」

 

 傷が早く治りますようにと、手をやさしく撫でてやる。

 そんなに深いものじゃないけど、傷は傷だ。痕が残ったりしなければいいけど───……っと、そうだ、呂蒙。

 

「なぁ周泰、呂蒙を見かけなかったか?」

「………」

「……? 周泰? …………あ、わ、悪いっ」

 

 今さらながら、撫でっぱなしの手に気づいた。

 周泰は顔を赤くして俯いたままで、自分の手が解放されると……その手を胸に抱くようにしてさらに俯く。

 うおおしまった……! 考えてみれば、怪我してるからって女の子の手に唇つけて、血を舐めたりして……! い、いや、けどなっ!? よく“ツバつけときゃ治る”とか言うけど、あれって口つけて直接やらないと意味がないって何処かで聞いた気がしたからっ! ちちち違う! 断じて違うっ! 邪な気持ちとか全然ないぞっ!? 指にツバ付けて拭ったりなんかしたら、逆に傷口を化膿させることになるからであって……あぁあああっ!!

 あ、でも真っ赤になって俯く周泰って可愛い……じゃなくてだなぁっ!! ととととにかく───あだぁっ!!?

 

「いだっ! いだだだっ! ちょ、シャオ!? 耳っ! 耳がっ……あだだだだ!!」

「もー! いつまで変な空気出してるのー!? シャオとのでぇとを後回しにしたんだから、用が済んだらさっさと行くのぉっ!」

「わか、わかったわかりました! わかりましたから耳引っ張るのやめてくれっていだだだだぁああっ!!」

「………」

 

 急に耳を引っ張られて叫ぶ俺を見て、周泰はきょとんとした顔をしていた。

 そんな彼女に要点だけを明確化した今の現状を話すと、すぐに呂蒙を探すのを手伝ってくれると言ってくれた。

 走り出してしまった理由を訊くより早く頷いてくれる周泰を見て、やっぱり友達っていいなって……そう思える。

 赤くなった顔をぶんぶんと振るいつつ走りだす周泰を見送ると、俺もシャオを抱えて走───……あれ? 待てよ?

 

「一緒に行くよりも別々に探したほうが早くないか?」

「ヤ」

 

 即答だった。


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