真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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113:IF2/お子らが元気で兵が大変②

-_-/───

 

 どかんがきんと弾ける音が断続的に聞こえてくる。

 都の一角、しっかりと作られた祭り用武舞台にて戦う者が鳴らしている音だろう。

 そんな音を耳にしつつ、ぽけーっと適当な石段に腰を落ち着かせているのは黄柄だ。

 

「くそう、父め。まさか夜逃げをするとは」

 

 原因はそんなところ。

 なんのかんのと父を追う黄柄にとって、興味が尽きない彼がこの場に居ないというのはどうにもつまらないものだった。

 武で気を紛らわすことにも飽き、休憩中といえば聞こえはいいが、体力はまだまだ余裕だ。言ってしまえば気分が乗らないから鍛錬を中断している。

 武舞台で争う華雄と雪蓮を見れば、その横で鍛錬をする虚しさもまあわからないでもない。あれは一種の台風だ。近寄れば吹き飛ばされるほどに攻防に熱中しており、そんな化物めいた実力の持ち主らの横でちまちまとした鍛錬などしてみろ。自分の未熟さが嫌でも浮いてしまい、落ち込んでしまう。

 

「何か無いか何か。私の心を掴んで離さないなにか」

 

 黄柄は一刀が語る日本のことが好きだ。

 今でこそ、こそこそと正体を暴いてやるなどと言っているが、ぐうたら疑惑が沸く前は本当にべったりで、よく日本の話をねだったものだ。

 その時にしっかりと美羽にもした即興昔話のようなものもしたため、怖い話は少々苦手とくる。

 

「むうっ」

 

 石段の上で足をぱたぱたさせたのち、ぴょいと跳んで石段を下りる。

 やりたいことが決まったわけではなく、足をぱたぱたさせたところで見つからない。ならば動いていたほうがマシだという結論。学校での教えで、“体がへとへとになれば、頭は考えること以外に使われなくなる”という話があったのを思い出したのだ。行き詰ったら体を動かせ。それが、馬超先生と魏延先生の教えだったりする。

 なので走った。とにかく走った。

 走って走って、へとへとになってから、再び同じ石段に腰掛けて考え事を始める。

 

「………」

 

 あっさり見つかった。

 この有り余った元気を以って、父を追えばいいじゃないか。

 しかし母方がそれを認めるかといったら絶対に無理だ。

 ならばどうするべきか。

 ……抜け出すか?

 

「…………だな」

 

 男らしい顔つきでにやりと笑うと、先ほどまでの疲れもどこへやら。

 目的のためなら体力回復もなんのそのの子供らしい底力を以って、黄柄は元気に立ち上がった。

 

「警備の目を抜けるのなら、まずは気配と目が必要。なんだ、揃っているではないか」

 

 思い浮かべたのは周邵と呂琮。

 気配事に強いのと目が良いのが揃っている。

 

(あとは足があれば完璧だ。というか、自分は未だ、護衛というか連れ無しで三国を回ったことがない。土地勘もないのだから、出たところで迷うのは目に見えている)

 

 そんなことを考えているが、足に当てがないわけでもない。

 いつか酔っ払った母が話してくれたことを、彼女は思い出していた。

 

(かたぱると、とか言ったか。あの絡繰を手にすれば、進むことは容易なはず)

 

 氣を送るだけで走り出す絡繰だそうじゃないか、利用しない手はない。

 にやりと笑みを浮かべたつもりのにっこり笑顔に、交代の時間を得て「さ~てなにを食うかなぁ」なんて言っていた兵二人が、微笑ましいものを見る目で彼女を見た。

 

「問題は地理だ。私は都の中でさえ行ったことがない場所がある」

 

 それを外へ出るというのだ、生半可なことではない。

 しかしそこは黄蓋の血なのか、困難があるならば身を投じてみればいいとばかりに興奮していた。もはや外に出ること前提で、これからのことが脳内で構築されていっている。

 

「よしっ! そうと決まれば早速、邵と琮を捕まえて、都を抜け出る算段を───!」

「ほう? それは楽しそうじゃのう。儂にも一口噛ませてくれんか?」

「ひぃぅっ!?」

 

 ばばっと立ち上がったその後ろから、聞き慣れしすぎている声。

 笑みを浮かべての言葉であろうとそれを耳にした途端、体はびくーんと硬直。蛇に睨まれたカエル状態になってしまった。無断で抜け出すということが悪いことだと知っているための、罪悪感からくる硬直だった。

 

「まっ……ままま、待ってほしい、母よ。わ、私はべつに、その───っ……都から抜け出て父を追いたいと思った! 他意は無い! ふぎゅぅうおっ!?」

「応、変に誤魔化さずによう言った」

 

 これで手打ちよ、とばかりに落とされた拳骨。

 耳に響く音からして普通ではないが、つまりこれで許してくれるらしい。

 しかし耐えても溢れ出る涙を拭うこともせず、彼女は言った。

 

「はっ……母よ……私は現在、父の正体以上に興味が沸くものがないんだ……。父が居ないのは退屈でたまらない。追うことをどうか許してほしい」

「…………のう、柄よ」

「は、はっ……」

「その口調、なんとかならんのか」

「え……いえ、子龍殿に母のように強くなるにはどうすればと訊いたところ、まずは口調からと……手本として私を真似てみると良いと」

「……人の子になにを吹き込んでくれとるのか、あのメンマ馬鹿は」

 

 眉間に皺を寄せての溜め息。

 

「あとこれをつけると強くなれるとも」

「………」

 

 言って出したものは、揚羽蝶にもにた模様の眼鏡に似ているが少々違う謎の物体だった。記憶が確かならば、蜀に行った際に現れた華蝶仮面とやらがつけていたもの。どう見ても趙雲だったが、隠したがっていたようだから華麗に流す。

 

「……えと、母上。どちらへ?」

「応、ちょいと家庭問題の処理にな。柄、お主はそこで、策殿と華雄の戦いを見て、人の動きの癖というものを頭に叩き込んどれ」

「癖、ですか」

 

 母に向ける本来の口調で、こてりと首を傾げる黄柄。

 ちらりと見てみれば、石段の先の武舞台にて未だに争っている二人。

 

「どこまで強くなるのよあなた! お陰で私も鍛錬しなくちゃならなくなったじゃないのよー!」

「勘頼りの戦いなどいつまでも続くものか! 貴様の勘頼りの動きをこちらが学ばないと思っているのならば大間違いだ! 貴様の動きは既に見切っている!」

「見切っているっていうか全部力任せに押し潰しに来てるだけでしょー!?」

「見切った上で力でねじ伏せる……これ以上の勝利がどこにある!」

「ああもう全く最高の勝ち方ね!! だったら私もそうさせてもらうわよ!」

「ふははははは!! 今まで我慢してきた言葉を今こそ貴様に届けよう! やれるものならやってみろぉおおっ!!」

 

 そしてまた台風的攻防。

 雪蓮の目つきは既に虎のソレだが、それに真正面からぶつかりあっても退くことをしない華雄は、とっくに戦闘方向では化物な位置づけといえる。

 その目にはまだまだ余裕があり、一撃の度に押されかける雪蓮のほうが、楽しそうではあるが時折に苦い顔を見せる。

 

「……母上。あれから何を学べと」

「……ふむ。まずは目を慣らしていけ。早いものを目で追い、それよりも速度が劣るものを見た時には、通常よりも遅く見えるものじゃ。ならば今目にしている暴風を、自分に向けられているものとして想像し、それを避けられる自分に体を追いつかせてみせい」

「なるほど」

 

 言いつつ暴風を見てみる。なるほど、そのままの意味でしかない。

 基本が戦闘大好き人間である二人が全力でぶつかり合う様は、微笑ましいなんて次元を超えている。好敵手の戦いに“おお……”なんて熱い溜め息を漏らすどころではなく、休憩時間にメシをと張り切っていた兵士が足を止め、一合ごとに「ひいっ!?」とか「危なっ!?」とか「うわわ死ぬ死ぬ死ぬ!」とかがたがた震えながら、しかし目を逸らせないような……そんな暴風領域。

 あれを止めることが出来ますかと訊ねられれば、ほぼ全員が首を横に振るだろう。

 武器は確かにレプリカなのに、当たれば骨折確実な状況。

 そこへと割って入って止めるなど、ある意味勇者だ。

 言葉で止めるという方法はそもそも通用するとは思えないので却下。

 言葉で止められるとするならば、三国の統一者くらいだろう。

 もしくは双方が苦手とする相手か、双方が傷つけたくない相手が割って入るか。

 

「母上はあれを止められますか?」

「策殿に拳骨を見舞って、戸惑った華雄に拳骨、といったところか。問題は近づいた時点で策殿が儂まで攻撃するか否かだろうが」

「……目に映るもの全てが敵という勢いです。私は遠慮したいです」

「応。そう思える者が近くに居るというのは案外良いことだ。近くに居る内に慣れてしまえば、賊が現れた時に殺気をぶつけられようが、案外平気で叩きのめせるものよ」

「なるほど、だから慣らしていけ、なのですね」

「難しく考えんでいい。この都にはそれぞれの点で優秀な者が溢れるほど居る。そこから学べるものを学んでゆけばよい。その中で、自分に合ったものを見つけるのも幼子の仕事じゃ」

「……母上。私は仕事で強くなりたいとは思いません。強くなるのなら、自分の意思で強くなりたいのです」

「……うむ」

 

 黄柄の言葉に、ふっとやさしい笑みをこぼして、その頭をわしわしと撫でる。

 思うことは、“儂からこんな可愛げのある子供が産まれるとはのぉ”といったもの。

 何かと向かい合ったら真っ直ぐなのは、どうやら男親の遺伝らしい。

 

「うう……は、母上、恥ずかしいです」

「この程度で照れてどうする。動じない程度に早う大きくなれ。そして、酒の味に目覚めてみせい」

「人に願う前に酒をやめるという努力は放棄ですか」

「応。命の水を自ら放り出す阿呆なぞ儂が潰してくれるわ」

 

 この母は本気だ。本気で言っている。

 見上げる母の肩越しに、めらりと奇妙なオーラが見えた気がした。

 

「あんなものの何が美味しいのか、私にはわかりません。母上が少し経験した程度で文句を言う輩を嫌うのは知っていますから、私も頑張りました。頑張りましたが、気持ち悪くなっただけです。美味しいとも思えませんでした」

「あ、ああ……あの時のこと、じゃな」

 

 正直に物申してみると、何故か黄蓋の方が狼狽え始める。

 バツが悪そうにそっぽを向きつつ、こりこりと頬を掻く姿など黄柄にとっては初めて見る母親の姿だ。

 

「なにかあったのですか?」

「あー、そのことだが。無理に飲ますことはせん。柄も、無理に飲むことはせんでいい。酒の匂いを嗅いで、苦手意識がなくなった時点で再び飲んでみい」

「……母上がそんなことを言うなんて」

「う……そういうこともある、ということじゃ」

 

 弱みを握られない限りはとても珍しい状態と言えばいいのか。

 原因はといえば、母のためにも無理に酒の味を知ろうとした黄柄が、あまりの気持ち悪さに吐いたいつかに戻る。

 そんな姿を偶然発見、事情を知った御遣い様がかつてない激情を以って殴り込みをかけたのである。

 鍛錬の時にも見せたこともないあまりの激怒にさすがに困惑していた彼女に、御遣い様は子供にアルコールを飲ませる危険性とアルコール中毒などによる身体異常などを細かに説明。わかったもういいと言ったところで解放などしてくれなくて、“まるで公瑾にしつこく言葉攻めされているようじゃ……”と頭を痛めた。

 しかもその時ばかりは反論出来るほど自分に正当性がなかったため、言われるがままだった。子を守る親は強いと言うが、まさか片親に思い知らされることになるとは思いもしなかった。

 

「酒は味がわかった時で構わん。その時には付き合ってもらう。それでいい。でないとまたいろいろと言われそうじゃ……。……無理をさせてすまなかったな、柄」

 

 言って、もう一度。今度は労わるように頭を撫でた。

 そんな感触だけを残して母親は去り、残された子供は……ますます興味を抱いていた。

 

「…………」

 

 母親が、周公瑾を苦手としているのは知っている。

 愚痴を聞かされたこともあるし、その時は随分と眉間に皺を寄せていたものだ。

 しかし今日の、子である自分が見上げる母は、困った顔はしていたものの、誰かの成長を見届けたみたいな少し嬉しげな顔をしていた。

 

(察するに、今回の酒のことであの母親に物申したのは公瑾様ではない……)

 

 となると。

 となると、あの母に何かを言える人物、というと。

 

「……やはり父上」

 

 父だ。父しかいない。

 伯符様はわざわざそんなことを叱るよりも、むしろ私に早く味を知ってくれと頼んできそうだし、仲謀様はそこのところは強く言えなさそうな気がする。

 ならば他に誰が? 華佗のおじ……お兄さんかもしれないが、彼相手ならばあの母はきっと引かないに違いない。そうとなればきっと。あの母に自分を産ませてみせた存在しか居ないのでは。

 

「~……」

 

 興味が尽きない。

 早く帰ってきてくれないだろうか。

 父の家出の原因が自分たちにあるなどとは知らず、黄柄はきっと本性は格好いいのであろう父がサムズアップして微笑んでいる幻影を空に映し、自分は胸をノックして笑った。

 

 

 

 ……ちなみに。

 一応、周邵と呂琮に脱出のことを持ちかけてみたのだが。

 

「実行したら拳骨だと言われたので嫌です……!」

 

 とか、

 

「面倒なので嫌です。私の鍛錬を永久的に廃止してくれるのなら行きますが。え? ええはい、私も拳骨だと言われましたが、たった一度の痛みと引き換えに勉強の日々が得られるのなら、私はそちらを選びます。殴られたら盛大に泣きますが」

 

 という、なんとも情けない答えしか返ってこなかったそうな。

 むしろ既に周邵に釘を刺していたことや、釘を刺されても鍛錬が廃止になるなら行こうとする呂琮の強さに感心したという。

 


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