時間は流れ、とっぷりと夜。
皆が寝静まり、兵が見張りをする中、闇に紛れてこそりと移動をする姿が。
「………」
小さな体を動かし、気配を消したつもりで歩く。
夜襲でも仕掛けるかといえばそうではなく、一つの部屋を目指して息を潜めつつ
「劉禅さま、困ります」
「ぴやぁああーっ!?」
……見つかった。
見つけた兵はやれやれといった様相で、問答無用で手を引いて歩き出した。
「み、見逃してください! ととさまが居ない今こそ、ととさまのお部屋で眠るちゃんすなんです!」
「だめです。自分らが見逃すのは王と隊長だけです。一応仕事ですから、見逃したら給金減らされるだけじゃ済まないんですよ」
「じゃああそこ! あそこ見てください! 禅を生贄にととさまの部屋を目指す邵姉さまが!」
「あぅわあぁあーっ!? バラしちゃだめですよ禅ちゃん! で、ではそこです! そこに柄姉さまが!」
「なっ! こらっ! 人がここまでどれだけ苦労してきたと!」
「うなぁっ!? いつの間にこんなところまで!? ちょっ……お前らこっち! 娘様たちがいろいろやばい!」
兵は仲間を呼んだ!
兵B、Cが駆けつけた!
「どうした!? って、こんな時間になにをしているんですか柄さま! 邵さま! 禅さま!」
「問題が起こると最悪、俺達クビになっちゃうんですから!」
「の、割りに随分と砕けた口調ではないか」
じとりと睨みつつ言うと、相手が子供だからかいくらかの緊張は解いて、兵も軽く返事をする。
「隊長があの性格ですからね」
「あの性格? どの性格だ?」
「や、ですから。普段は───」
「お、おいっ!」
「へ? あ、おわっ! 危ねっ! 秘密だった!」
流れに乗せられて喋りそうになったところを、慌てて口を塞ぐ兵。
だが、月の明るさだけが頼りの夜、通路に立つ少女の顔は……話の先を邪魔されたことに怒るどころか、とても嬉しそうだった。
秘密だった。これだけで十分だろう。
やはりあの父はなにかを隠していて、しかもそれが原因で兵から物凄い信頼を得ている。
その事実がたまらなく嬉しい。
……と、そんな嬉しさの
「はっ!? おいっ! 周邵さまが!」
「周邵さま! 発見されている状態で気配を消すのは、気づいてくれと言っているようなものですよ!」
慌てて兵の一人が追う。
その瞬間、黄柄は夜食用にと持っていた小さな果実を、兵の一人に少し高めに投げた。
「おい」
「へっ? って、おわっとと!?」
声を掛けられ、振り向いてみれば果実。
反射的に慌てて両手で受け止めた兵の手から、劉禅の手が解放された。
「あぁっ!? しまっ───」
ニッと笑うと、黄柄はもう走り出していた。
劉禅も当然走り、一気に散った三人を追うため、兵は分散させられた。
子供とはいえ、これでも日々を鍛錬に費やしている三人だ。
氣を使った歩法などはとっくに学んでいるため、歩幅が狭かろうが持久力で負けはない。
加えて、歩幅の狭さを利用してちょこまかと方向転換をするため、それに振り回される兵はまるで、犬の散歩中のダッシュ中に、急に方向転換をされてリードを引っ張られた飼い主的な消耗を強要された。
なので。
「ふぅ、ようやく撒いたよ~」
と劉禅が一刀の部屋の前に辿り着き、
「随分としつこく食い下がってくれたものだ」
と黄柄が一刀の部屋の前に辿り着き、
「でも楽しかったですっ」
と周邵が一刀の部屋の前に辿り着いた時点で、
「それは光栄です。ではお部屋へ案内しますね」
『あれぇっ!?』
兵に捕まった。
目的地がわかっているのなら、そこで待てばいいのだから。
「ええい卑怯な! 堂々と追いついて捕まえるという選択はなかったのか!」
「こういう正当かつ変則的な行動も、隊長の教えの賜物ですから」
「おお! 父の!」
一刀の話題が出た途端、ぱあぁと輝く黄柄の瞳。
対して、兵は頭を掻きながら、口走った兵の頭を兜ごとぽごんと殴った。
「いや……だから、お前なぁ」
「だ、だってよぉ。お前だっていっつも言ってるだろが。隊長が誤解されっぱなしなのは嫌だよなって」
「隊長が黙っててくれって言ったんだから、俺達が言っていいようなことじゃねえって」
「そうそう」
なにやら納得し合ったようだが、次に出た問題はひとつ。
この、見下ろした先の目を輝かせたお子……どうしたものでせう。
そんなところ。
「…………わ、我は右門!」
「へ? ……あ、ああ! そういう方向ね! 我は左門!」
「絶対これ恨まれるだろ……ええいくそ! そして我は正門!」
突然扉を封鎖する三人を前に、子供三人はきょとんとする。
兵の三人はともかく話題を逸らせればと適当なことを言っているだけなのだが、最終目的は三人を見逃さずに部屋へ戻すこと。
こういう時に思うのは誰もが皆同じだろう。
(((ああもう……! なんだって俺が見張りの時に……!!)))
兵らは本当に心の底からそう思ったそうな。
「こ、ここを通りたくば!」
「倒せと! ならば覚悟しろ!」
「違います違います! 待ってください待って待っていやぁああ待ってぇええええっ!!」
拳をぎゅっと握り、しゅごーと氣を込めるお子様に本気で懇願する兵の図。
そのあまりの本気っぷりに、氣を込めていた黄柄も慌てて氣を散らし、兵の様子を見ることに努めた。
「隊長助けて……! 命がいくつあっても足りる気がしません……!」
「俺……今日の見張りが終わったら、故郷のかあちゃんに会いにいくんだ……」
「お前明日も仕事だろ……」
三人は泣きそうな顔で取り繕う言葉を探す。
その後、そういえばと一刀のことを思い出し、隊舎で一刀がしてくれた小話やなぞなぞを連鎖して思い出した。
これだ、これしかないとばかりに頭と口を動かし、「ここを通りたくば我々が出す問題に全て正解してみせよ!」と言った。
「……もう面倒だから眠ってもらおう」
『やめてください!?』
まどろっこしいことは嫌いな黄柄さんがゴシャーと氣を溜めると、兵三人の心がひとつになった。
「だ、大体、どうしてお三方は隊長の部屋へ!? 隊長のことを蹴ったりしていたでしょう! それが何故!?」
「私は父の正体を掴むために調べごとをするだけだ」
「………」
そう言う黄柄を前にして、兵の視線が彼女が持つ枕に集中する。
柔らか素材であり、一刀が職人に作らせたものだ。
「う……な、なんだ! これは深い意味はないんだぞ! 私は夜、枕を持つのがとても好きになるだけだ!」
(いや、言い訳にしたってそれはどうだろう……)
「そ、そうですか。では周邵さまは?」
「へわうっ!? え、えとその。そ、そうっ! 父さまが、気配を消しているはずの私に気づきましたので、その理由を探りにっ!」
胸の前で手を合わせての笑顔の答え。
その可愛らしい言い訳に、思わず兵の心に癒しが舞い降りたが……現状はあまり変わっていないことに気づくと、胃の痛みに襲われた。
「それでその。劉禅さまはー……その」
「ととさまの寝台で眠るためだよー!」
“眩しいなあ……”と、取り繕わずに胸を張る末っ子に、兵はおろか姉妹までもが遠い目をした。
「それで見張りさん。どうすれば入れてもらえるのかな」
「え? だ、だから出す問題に答えられれば……あ、正解しなきゃだめです」
「………」
「いえそんな、あからさまに頬を膨らまされましても」
どうやら“答えれば入れる”という部分を盾に突貫しようとしていたらしい。
目に見えて膨れっ面になっている劉禅は、姉妹から苦笑をもらっていた。
「ではではっ、その問題というものに答えられれば、たとえご自分たちがクビになろうと私たちを入れてくれるとっ」
「いえ周邵さま。命がけで止めに入ります」
「こちらが答える意味が全然ないですっ!?」
「こっちだって生活かかってるんですよっ! というかあなた方になにかがあったら隊長が怖いんです!」
「たとえクビになろうと隊長はきっと俺達を見捨てないだろうけど……その前に三人に怪我でもされたらどうなることか……!」
「なので止めます」
「父さまの部屋はそんなに危険なのですかっ!?」
『深夜に虫の雨が降ったりします。手動で』
「手動で!?」
主に猫耳フード軍師様の手で。
それを知っている劉禅としては、あまり笑えた話じゃない。
「将の方々は隊長の家出はいつものことだと黙っていますが、だからってここの警備を任された我々もいつものことだでは駄目なのですよ。なのでお願いします、退いてください」
「母に曰く。言ってわからんなら拳で理解……!!」
「さっきからそればかりではないですか!!」
三度拳に氣を溜めるお子を見て絶叫する兵B。
ようするに言っても言わなくても結果が同じな気がすると言いたい。
「ふっ……ふふふ……! ですがお三方。我々を甘く見てもらっては困りますよ……!」
「そうか。ならば全力で───!」
「そういう意味ではなくてですね!? ちょ、待って! 待ってくださいお願いします!」
「わわわ我々も仕事とはいえきちんと自分の意思をもってやっていることですからね!? だからそう簡単には引けませんし、引かずに殴られることになろうとも、出来ることがあると言っているんです!」
慌てて叫ぶと黄柄がぴたりと止まる。
はて、兵に出来ること?
甘っちょろい話だが、自分らを殴るなどは出来ないだろうし、無理矢理拘束、という方向もないだろう。ならば一体何が出来るのだろうかと思考を回転させていると、
「ふふっ……無抵抗の、職務を全うしている兵を殴って気絶させて、駄目だと言われている都の主の部屋へ無断で侵入……! ご自分がご無事でいられるとお思いか?」
「………」
なんとも情けない止め方だった。
なのに物凄い効果だ。これは予想以上に困った。
なにせ兵は仕事をしているだけなのだ。それを邪魔だからと殴ったりすれば、今度こそ母の拳骨だけでは済まない。というのが黄柄の心配。
周邵はといえば、縄でぐるぐる巻きにされて自分の悪口を顔いっぱいに書かれる様を想像してガタガタと震えだした。母の前での自分の気配断ちなど幼子の遊戯にも劣る。
劉禅はといえば……母は平気かもと思ったが、その横の愛紗の鬼の形相を思って硬直。あの人は甘くない。
そういった想像を一度でもしてしまえば、勇んで踏み出していた筈の足は次の一歩を踏めなくなる。それは三人が三人、同じ思いだった。
「ふぅ……で、ではもう夜も遅いわけですし、部屋まで……」
「……なるほど、では殴らなければいいと」
「へ?」
言うや、黄柄はぐいぐいと兵を押し退け始めた。
それを見た周邵もポムと胸の前で手を合わせ、笑みさえ浮かべて兵を押し始める。
「え、あ、ちょっ! これってそういう問題なんですか!? 仕事の邪魔をしているのは確かなんですよ!? ちょ、お三方!?」
「殴って気絶させた訳でもないなら、親の部屋にただ入るだけで極刑ということはない筈! ならば一度の苦行よりも一瞬の光を求める! それがこの黄柄の生き様よ!」
「なにこの無駄に格好良いお子様! 理由はとても褒められたものじゃないのに!」
「くぅ! ならばこちらにも考えが! 奥の手を使います! いいのですか!? 退くならば今ですよ!」
「奥の手! いい響きではないか! ならばそれすらも越えて、私は父の部屋へ───」
「大声で叫んであなたの母君を呼びます!」
「───うわわ待て待て私が悪かったぁあああああっ!!」
顔色の表現で、瞬間沸騰というものがある。
しかしこの日、月の明るい夜に、兵である彼が見た少女は、瞬間的に真っ青になったそうだ。
のちの痛みを耐えることで今の幸せを得る……それなら我慢出来るが、今の痛みを耐えても幸せさえ手に入れられないのでは意味がない。
「ひきょっ……卑怯者ぉっ! 恥ずかしくないのかそんな方法!」
「殴らずに押し退けるなんて方法を取った黄柄さまに言われたくはありません」
「うぐっ……くぅう……! いつか大人になったら仕返ししてやるんだからな! 覚えていろこのたわけ!」
「たわけ!? なんで!?」
自分はただ仕事をしているだけなのに……兵Aの悲しみは、両脇に立つBとCだけが理解して肩を叩いてくれた。
「仕方ないから今日は引き下がる……けど、このことは秘密だ。絶対だ。もし母の耳に入ろうものなら、お前の足の小指に全力で机を落下させてやるからな」
「地味に怖い! わ、わかりました言いません!」
「い、いえしかし、仕事であるからには報告しないわけには……ここでの騒ぎを耳にした者も居るでしょうし」
「う……そ、そうなのか。じゃああれだな。お前らは急に騒ぎたくなって、奇声を上げながら通路を走った───」
「別の意味でクビになりますよ!!」
「じゃあもう怪しい誰かが居た気がしたからとかでいいだろ! それか猫でも追ってたとか!」
「お猫様は悪さなどしませんですっ! 怪しくもありません!」
「邵お姉ちゃん、話が逸れるから今は……」
「う、うー! でもですよっ!?」
騒がしい子供達を前に、兵らはそれはもうぐったりだ。
もう金輪際こんなことなど起こらないでほしい。
そう思うものの、そういえばいつか、前に隊長が家出したあとの当番の兵も、随分とげっそりしていたなあ……などということを思い返していた。
ああなるほど……一度や二度じゃない上に、その時も口封じを強要されたんだろうなぁ。
彼らがそれを理解するのに、そう時間は要らなかった。
「お三方。見逃すのは今回きりです。次は問答無用で報告させていただきます」
「これほど頼んでもか!?」
「拳に氣を込めて何を頼むつもりなんですかあなたは!!」
「他の兵はこれで頷いてくれたんだけどな。むう、やはりお前はたわけだ」
「……なぁ。俺、間違ったことしてるかなぁ……」
「いや……お前は強かったよ」
「でも間違った強さだった」
「なんで過去形にするんだよ! やめろよ!」
そして別に間違ってはいない。
むしろ失敗したにも係わらず、黄柄は嬉しそうだった。
「やはりいいな。兵だからとなんでも言うとおりに動く者ばかりだと、どうも寂しい。たわけはたわけだが、良いたわけだな、お前は」
「……?」
『………』
自分を指差すAと、無言で頷くBとC。
訳すと、「たわけって俺?」『らしいぞ』といった感じ。
……Aが遠い目で遠くの月を見上げた。
「兵さん、ととさまの隊の人たち、なんだよね?」
そんなAへと質問を投げる劉禅。
Aはハッとするとすぐに向き直り肯定する。
いろいろあったが、一刀の隊で居られたことを否定する気は一切ない。
なにせあの隊は温かい。
いつも賑やかだし、互いが互いを思いやるといった意味ではあそこほど楽な場所はない。
「やっぱり。ととさまのことを隊長って呼ぶ兵さんは、間違ったこととかはきちんと違うって言ってくれるもん」
「ですねっ。それに街中でも、困っている人を見るとすぐに駆けつけてくれますですっ」
「そうなのか。だから他の者と違い、私にも注意をしたんだな。皆遠慮して遠回しな注意しかしないが、真正面から言ってきたのはお前たちが初めてだ」
「え……は、はあ」
三人の子供は嬉しそうだが、兵は緊張しきりだ。
注意はした。してしまったが、間違っているとは思わない。
互いのダメなところは徹底的に伝え合って改善しよう、というのが隊の在り方なため、黄柄にもするりと言ってしまっただけなのだが……思い返してみれば、随分と偉そうなことを言ってしまったかもしれない。
「そのだな。偉いのは母たちだ。私じゃない。だから……あまり、そうやって怯えてくれるな。私たちが未熟なことなど私たちが一番よく知っている。注意してくれる者が居なければ、痛い目を見るまで直すことさえ出来ないんだ。だから、注意出来ることがあるならいつでもしてほしい」
「うん、私も」
「もちろん私もですっ。……あ、でもあまり大勢で来られると困りますです。今は顔がよく見えないからいいですけど、人の視線は少し苦手でして」
『………』
兵三人は実にしみじみと思った。
“ああ……隊長の子供だなぁ”と。
偉ぶらないところや、他人と仲良くしようと思ったら、たとえ相手が兵でも自分から突っ込んでくるところなどそっくりだ。
「ああそれと」
ああそれと。
「父の過去について、知っていることを教えてくれると嬉しい!!」
「わ、私もっ!」
「私もですっ!」
……何かしらの問題に一つの突破口を見つけると、そこに食いついて別の利益を探すところとかも似ている。
そのお陰で今の三国があるのだから文句はもちろん無いのだが───……このお子様方は、一体何度それは秘密ですと言えば受け取ってくれるのだろうか。
三人は渋い顔をしながらも、「秘密にすることだけ、受け取ります」と頷いた。
時間……時間をください……!
書きたいことばかりが増えて、書く時間が足りない……!