真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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115:IF2/目標のために動ける時間自体がまず大事①

167/きっと到るべきところへ到っても万能には程遠い。だって人間だもの。

 

-_-/孫登

 

 周囲の反応が変わった。

 どう、と訊かれれば説明するのはちょっと難しいかもしれない。

 

「はふ……」

 

 そもそものきっかけ、原因といったものは黄柄、周邵、劉禅にあるようで、三人が兵に“偉いのは親であり私ではない”といったことを言ったところから広まったらしい。

 兵はどういう経緯でそんな言葉を言われたかを話さなかったそうだけど、ともあれそんな言葉は覇王・曹孟徳にまで届けられ、“ならばしばらくは、他人からの必要以上に畏まらない態度というものを経験してみなさい”と……こんなことになったそうだ。

 その結果として、今大変なことを味わっているのは子桓姉さまだろう。

 遠慮を少し消した兵に踏み込んだ物言いをされ、誘われるがままに警備隊に入ったのだと聞いている。

 ……そんな子桓姉さまは今日も街を走り回っている。

 

「………」

 

 私はといえば、自分の身の振り方というものを考えていた。

 場所は中庭の東屋の脇。斜になっている芝生に座りながら、空を見上げての思考。

 子桓姉さまは国を知るために働き出したのだと言っていた……けど、目が泳いでいたから確実に嘘だろう。

 この歳で一人でなんでも出来るなんていうとんでもない姉だけど、嘘をつくのはとても下手だ。顔に出やすすぎるのだ。

 全てが嘘だというんじゃなくて、国を知るためってだけじゃないって意味なんだろうな。嘘だったかもしれないけど、立派だと思う。

 

「………」

 

 じゃあ私は?

 どれをやっても中途半端な私は、いったいなにをやればいいのだろうか。

 そんな心内を母に打ち明けてみた。

 ……なんだかんだと母に甘えている自分が少し嫌になるけど、自分じゃ向かう先の光さえ見えないような状況なのだ。焦りばかりが生まれて、それなのになにをどうすれば自分が良しと思える道を歩けるのかがわからない。

 姉が優秀で、妹達も優秀だと……挟まれる自分は周囲が怖くなってしまうのだ。

 こういう感情は一体誰に打ち明ければ晴れるのだろう。

 母は知も武も努力で手に入れたと言った。当然、それぞれの一番にはなれなかったけれど、自分の武や知が低いとも思わない、と言っていた。

 私もそれを目指せばいいのだろうか。

 ……わからない。

 私はいったいどうしたら───

 

「ふぅ。さてとぉ、次は愛紗のところの書簡の点検と、麗羽の……はぁ。麗羽のは理解するのに時間がかかるからなぁ……」

 

 ───などと思っていた私の耳に届く声。

 ちらりと通路を見てみれば、書簡を抱えて困った表情を浮かべる……公孫伯珪様。

 

「………」

 

 この、“通りすがたっただけ”というとんでもなく普通な出会いが、私を変えることとなった。

 

……。

 

 何に惹かれたのか。白状すると、わからないと答える。

 ただ、本当になんとなくだったのだ。なんとなく、通りすがりなだけのその人に声をかけていた。

 私の声に気づいたその人が歩を止めて、振り向いたところへ私も早歩きさせていた足を止める。きっちりとした出会いは、そんな感じで果たされた。

 

「え? あ、ああ、子高、だったよな。孫子高。知ってる知ってる」

「いえ、私の名前は今はいいです」

「え───いや、名前は大事だろぉ。互いを知るにはまずは名前からだって北ご───あ、いや、誰かさんも言ってたし。あ、ところで何か用なのか? えと、まだ仕事が残ってるから、出来れば手短に済ませてくれるとありがたいんだけど」

 

 どこか男性にも似た喋り方をする人……だが、別にそれは珍しくはない。

 むしろこの都にはそういった人が多すぎる。母だってそうだ。

 

「単刀直入に訊きます」

「う……なんかまた面倒ごとが舞い込む予感……ああ、なんかもうどんとこい。周りが私に容赦無いのなんてもう慣れてる」

「……それは、なんというか、えと、とにかく。……伯珪さま。あなたは、なにか秀でたものはありますか?」

「あっはっはー、ほらみろー! 大して関係が深いわけでもない子供からもこんなに容赦ない言葉が出たー!」

 

 訊ねてみたら泣き笑いされた。

 た……単刀直入すぎたかも。謝ったほうがいいかな。いいかな。

 

「あ、あー、ちょっと待った。謝るとかは無しな。私はちゃんと自覚を持って生きてるんだから、そこで謝られるのは違うし、謝るのも違う」

「え……自覚?」

 

 自覚って……秀でたものがない自覚?

 

「そういうことを訊いてくるってことは、子高は才能とかで悩んでるのか?」

「───」

 

 きょとんとしているところに、一気に核心を衝く一言。

 この人、話しながらでも随分と人を見る人のようだ。

 図星を突かれて軽く肩が跳ねてしまったが最後、伯珪さまは溜め息を吐いて「そっか」と頷いた。

 

「じゃあ、経験者としてはっきり言おう。そんな小さい内から才能がどうのとか……言っている暇があるなら少しでも鍛錬しろ。他がどうした。姉や妹が優秀だったらお前の成長が止まるのか? 違うだろ」

「っ……で、でも」

「でもじゃない。秀でたものがなくて平凡だっていうなら、平凡の中で最高の実力者を目指せばいいだけの話じゃないか。武でも知でも敵わないから諦めるなら、努力の意味なんて最初からないさ。向かう道が違うんだ、当たり前だろ」

「え……」

 

 向かう道? 平凡の中の最高って……?

 

「私もそのことについては随分と悩んだし、お陰で優秀な客将を昔の馴染みに取られたりしたこともあったけどさ。それでも今の自分にはきっちりと満足してるぞ? なにせこれが私なんだからな」

「…………強くなくても、偉くなくても、それでいいって……?」

「ああ。だって、そんなの誰が望んでるっていうんだ。私は望んでないし、他のやつらだって望んでないさ。広く浅くってのがそんなに悪いことなら、優秀なやつだけで国を作ればいい。言っちゃえばそれ、平均的な能力を持つやつは要らないって言っているようなもんだろ」

「あ……それは」

 

 そう、なのだろうか。

 でも、平凡で一つも秀でたものがないよりは、どれかひとつでも秀でていたほうがいいに決まって───

 

「それに、広く浅くっていうのはこれで、結構いいもんなんだぞー? なにせ急に空いた穴を、深くはなくとも手伝える。全てに秀でたものがなくても、全てが悪いってわけじゃないんだからな。だったらその全てを、他の人の平均よりも上げちゃえばいいじゃないか。そうすれば、他の人にはない、秀でたところはなくても限りなく万能に近い自分で居られる」

「───!」

 

 口ごもっていた私は、多分……その言葉で、自分の世界が広がる音を聞いた。

 そうだ、なにも悩む必要なんてなかった。

 秀でたものがないのなら、秀でていないそれら全てを以って自分を誇ればいい。

 

「一番にはどう足掻いたってなれやしない。でもな、私はこれでも、人を支える行動での一番にはなれたつもりだ。支柱がどうとかは抜いておくとして」

「………」

「子供にしてみればこんなありきたりなこと言われたって~とか思うだろうけどな、そういうのを受け取ってみると、案外新しい何かが見つかるもんだ。私も北ご───だ、誰かさんに会ったことでいろいろ変わった。劣等感ばっかりで、自分は目立たない存在だーなんて思ってた自分だったけど、別にそいつと同じくらいの能力が無ければ生きていけないわけじゃない。そうだろ?」

「それは……はい」

「ああ。だったら私は“私の限界”で満足してやらなきゃ、誰も私を褒めてやれないんだ。劣ってるからなんだ。私は私の限界をちゃんと目指せた。頑張って頑張って、壁にぶち当たって、吐くほど鍛錬して、頭が痛くなるほど勉強をして。それでも届かない人が居るからって、自分って存在を自分が否定したら生きる意味までなくなっちゃうだろ」

「でも、それは自分を甘やかす言い訳にしかなりません。自分の限界を自分で決めてしまえば、楽をしてしまうだけです」

「本当の限界にぶつかってもいないやつが“ここが限界だ”なんて言うなら、努力なんて最初から無駄だろ。自分の限界探しなんて、やろうとしたってそうそう出来るもんじゃないし、時の運だって嫌になるくらい働いてくる。上手くいかなかったのが、誰かの何気ない呟きで軽く成功しちまうなんてことだって、本当に嫌になるくらいあるんだ。お前はそんな世界で何を見て、何を限界だ~なんて断言するんだ?」

「あ……」

 

 それは、そうだ。

 人の限界なんて知らないし、自分自身の限界さえ私は知らない。

 だって、私はまだ成長出来る段階だ。

 これから先のことなんてなにも知らないし、今まで出来なかったことが急に出来るようになるのかもしれない。

 

「私の知る誰かさん曰く、“これで終わり”とか“そろそろ終わる”って考えは持たないこと、だそうだ。単純に考えている人ほどよく伸びる。壁にぶつかったからってここまでだって思うんじゃなくて、壁にぶつかったなら、乗り越えられたら自分はもっと自分を高く出来るって考えるんだ」

「自分を……もっと……?」

「そうだ。それが自然と出来るくらいに柔らかい思考を持てるようになれば、自分の限界なんて見えなくなるさ。自分の限界なんて、知らずに生きた方が楽しいぞ。夏侯惇や恋……呂布や、り……張飛を思い出してみろ。難しいことなんて考えないやつはみんな強い」

「…………それは、納得すると自分がひどく惨めになる気がします」

「しちゃえばいいって。それくらい“強さ”ってものに素直なら、才能なんてなくたっていけるところまでいけるんだ。……いいかぁ? 壁にぶつかったらな、まずはいろいろな人に訊いてみろ。頭が痛いことに、この都にはそれぞれの方向に向いた人が呆れるくらいに居る。武のことだからって武官に訊くんじゃなくて、知の方向にも相談してみろ。で、試せること全部を試してみて……」

「は、はい。試してみて……?」

 

 期待を込めた目で見上げる。

 伯珪様は“言ってもいいものか”って顔で少しだけ目を伏せたけど、すぐに“ええい構うか”って顔になって言ってくれた。

 

「……それでも壁を越えられなかったら、“この人には訊いても無駄だ”って思う人だろうが、一度相談してみるんだ。信じられないかもしれないが、そういうことで開ける道っていうのもある」

「無駄だと思うのに……ですか?」

「ああ。いろいろな人の言葉を耳にするっていうのは、それだけ方向性を枝分かれさせるってことだ。軽く試してみただけで進むべき成長の枝を見つけるなんてことは、私たちには出来ない。才能ってものがないんだから当然だよなぁ、ははっ」

 

 自嘲するような言葉だったけど、伯珪様は苦笑だろうと笑っていた。

 あなたはどうだったのかと訊いてみれば、「私はまだ限界を探してる途中だ」と、やっぱり苦笑。……なるほど、今の自分が限界限界言うのは、先人にしてみれば失礼なことなのだろう。

 

「だからまあ、今はがむしゃらに、出来るところまで突っ走ってみればいいって。何を言われても自分の考えを第一に置きたがる癖は、困ったことになかなか消えないだろうけど、受け入れられるようになれば、枝分かれが激しかろうが試せる道はたくさん広がる。まずは人の言葉を耳じゃなく心で受け止められるようになりゃいいさ」

「耳ではなく、心で? あの、言っている意味が少し……」

「あ、あれ? わからないか? え、あ、うー……えっと。つまりさ」

 

 コリ、と頬を掻いたあとに、伯珪様は説明してくれた。

 誰のどんな意見が来ようと、努力してきたヤツっていうのは今までを無駄にしないために、意地でも自分の意見を前に置きたがるものだ。

 けれどそれだけじゃ、自分が成長するための大切ななにかまで無意識に思考の隅から捨ててしまうことにも繋がる。だから、耳で話半分に聞くんじゃなくて、聞いた言葉も自分のものに出来るような自分になれと。だから“心で聞く”。

 それくらいが出来ないようじゃ、その人の言う限界なんてものは小さなものだし、強くなりたいと本気で思ってもいないのだと。本気で思っているのなら手段なんかにこだわってなどいられない。いられないなら、他方からの意見だろうが血肉にできないようでどうする。

 ……そういうことなのだそうだ。

 


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