真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

331 / 454
117:IF2/前向きなのもいいけど、たまには後ろも見よう①

169/強くなってどうするの? いつかに備えるのさ!

 

-_-/甘述

 

 ……さらさら……かたっ。

 

「………」

 

 簡単な勉強を終えて、机を立つ。

 置いた筆を見下ろしたところでなんの感情も湧かない自分にとって、文とはただ片付けるためのものだ。人を幸福に導くとか、そういったことには正直興味がない。

 それよりも力強くありたかった。

 

「……、……」

 

 鍛錬用の衣服に腕を通す時、心が高揚する。

 鍛錬が上手くいくか、自分が上達出来るか以前に体を動かすことが好きなのだ。

 結果はなかなかついてこないが、それは高揚を殺す理由にはならない。

 強くなる。道は決まっているのだから、いちいち回り道をするつもりもない。

 

「すぅ……はぁ……」

 

 呼吸を整えて、丹田に力を。

 自分の中の暖かいなにかを見つけて、それを外に出していく。

 

「う……く」

 

 途端、気持ち悪さに襲われる。

 ……私には才能がない。

 氣も他の姉妹に比べて極端に少なくて、氣を使って走ろうものならすぐに枯渇、昏倒してしまう。

 以前、父を追う子高姉さまを追った時もそうなった。

 私は……皆がやっている鍛錬と同じことすら満足に出来ない。

 

「いや。弱気になるな。私はいつか、母上のように……!」

 

 母上の凜とした姿が好きだ。

 武に長け、立っているだけでも相手を威圧するその迫力に強く憧れた。

 強い人、というのは存在だけでも凄いのだと焦がれた。

 ああなりたいと思った。

 あそこに届きたいと思った。

 けれど私の氣は武に向いてはくれなかった。

 母上は己に合った道をゆけと言うけれど、そんな道を横に置いてもまだ、私は武に強い憧れを抱いた。そうさせてくれたのは他でもない母上なのに。

 

「私は……やはり父の血を濃く受け継いでしまったのだろうか。だからこんな、少し動けば氣が枯渇するような身体で……」

 

 もしそうなら父が恨めしい。

 そう思ったことなど一度や二度ではない。

 けれど、もし、と考えたこともあるのだ。

 それは公嗣に言われたこと。

 

  “もし、ととさまが実力に溢れた人だったら、述姉さまはどうするの?”

 

 怖くなった。

 もしそうだとするなら、私はとんだ勘違いをしている馬鹿者で、自分の無力を親の所為にしているだけの小娘だ。

 けど、ではどうしろというのだ。

 強くなれる道があるのなら進む。険しくたって頑張るつもりだ。

 なのにこの身体はその険しさの一歩目にすら足を止め、二歩目で折れ、三歩目で吐いてしまう。

 何故こんな身体に産んだのだと親の所為にするのは簡単だ。

 でも……生まれ方なんて、親にも子にも選べないのだ。

 私はそんなことを、思ったとしても母上には絶対に言いたくない。

 ……父には言ってもいいだろうか。蹴りに乗せて。

 

「よしっ───んっ!」

 

 頬を手で叩き、気持ちを切り替える。

 出来ないからと悩むよりも、半歩ずつだろうとこの身体を前へと進ませるのだ。

 歩みが遅いからなんだ。知に長けているからなんだ。

 私は武がいい。我が儘だと言われても、限界などたかが知れていると言われても、ならばその限界まで進んでみたい。

 その先があまりにも低くて心が折れてしまっても、自分が目指した場所がそこなら、せめて自分で満足しよう。満足して、皆が言うように知の道を。武で子高姉さまを守れぬと、皆から見ればわからずやな心に刻み込んだなら、今度は知で守れるように。

 

(……きっと、それに気づいたころには……)

 

 子高姉さまの隣に居る人は自分ではない。

 自分よりも知に長け、私が回り道をしている間に知を鍛えた誰かが居るのだろう。

 そんな“先”を想像して、悔しく思わないわけでもない。

 きっと実際にその先へと到ったら、私は泣くほど後悔するのだろう。

 でもだ。

 先に立ってくれる後悔なんてないのだから、今は我が儘な自分を走らせよう。

 泣こうが喚こうが、願った力こそがない者の現在など、望むことへと今出せる全力で手を伸ばすことしか出来ないのだろうから。

 

……。

 

 鍛錬。

 広い中庭にて、一人で氣脈の拡張をする。

 自分の氣脈の狭さに嘆いたことなど一度や二度ではなく、拡張だとか言ったところで毎日やっていてもてんで広がる気配がない。

 それでもと手を伸ばした先で、泣き叫ぶほどの激痛に襲われた過去を思う。

 

「っ……」

 

 途端に恐怖に襲われるけれど、それを飲み込んで集中を続けた。

 ……大丈夫だ。やりすぎなければ、氣が自分を内側から壊すことなんてない。

 むしろ自分には自分を破壊するほどの氣を練ることが出来るんだって、そう思っていればいい。今はまだ制御できなくても、いつかはそんな氣を自在に扱えるようになるんだ。なろう、じゃなくてなる。……そうじゃなきゃ、あまりにも惨めだ。

 

「ふっ、はっ、せいっ」

 

 右拳突き、左拳突き、上段蹴り。

 氣を行使してそれをやっただけで眩暈がする。

 それも、氣が篭っていても大した威力もない三回の行動だけで。

 悔しいと思う。

 でも息を整えて、眩暈から立ち直ると、また拳を振るった。

 諦めなければどんな願いも叶う……そんな、誰かが言った残酷な言葉を信じる。

 叶えばそれはとても幸せなことだろう。

 叶わなければそれまでの時間が全て無駄になってしまう。

 その後に残されるものといったらなんだろうか。私は誰に、なにを残せるのだろう。

 無駄な努力は無駄でしかない、諦めることも肝心だ、なんて胸を張って言わなきゃいけないのだろうか。

 

(……いやだな、そんなの)

 

 そう思えるから、辛くても嫌な顔はしないようにしてきた。

 周りから見れば愚痴も吐かない努力家、のように見えているのだろうか。

 そんな努力がいつかは報われれば……いや、絶対に成功させよう。完成させよう。強い自分っていう完成図まで、弱い組み立て途中の自分を持っていくのだ。

 ……ただ、こんな時。

 愚痴を言っても平気で、蹴っても苦笑だろうと笑顔で受け止めてくれる人が居ないことが、自分の心を余計に腐らせようとしていた。

 吐き出せる相手っていうのは大事だなぁ、なんて。恐らくは子供らしくないことを考えながら。

 

……。

 

 鍛錬を終えると、汗をしっかりと拭いて自分の時間に埋没する。

 自分の時間というのはあれだ。自分を知る時間と言えばいいのか。

 結局のところ武に向いていないというのはよーくわかっている。

 ならば鍛錬をしたあとはどうするのかといえば、結局は勉学になる。

 一日中鍛錬をするわけにもいかず、やりすぎて倒れた時など孫権さまから雷が落ちた。

 “自分の弱さに嘆く気持ちはわかるが、無理をして周りを心配させるな”と。

 

「………」

 

 この都にはそれぞれに長けた人が多すぎる。

 そうでなければ戦場で生き残ることなど出来なかったのだろうけど、自分にはそれらの才が眩しすぎた。

 いずれ自分の限界にこそ打ちのめされて、自分に期待出来なくなり、○○○が居るから自分はなにもしなくても……なんて言い出してしまいそうで怖い。

 そんなのは嫌だと思う。思うのに、この身は届いて欲しいところに届かない。

 武が全てではないと皆は言う。ならば知に手を伸ばせば自分は伸びるのかといったら、実際のところはそんなに甘くはない。

 武を望んでも届かず、知に長けているからといって、学べば全てを理解できるほど長けているわけでもない。結局のところは中途半端なのだ。

 ……私くらいの歳の子を街で見かけると、皆笑顔で走り回っていたりする。

 きっとこんな風に難しく考えることもなく、自分が好むものへと真っ直ぐなのだろう。

 この歳でここまでぐちぐち悩む者などきっと少ないに違いない。

 もっと気楽に考えることが出来たなら、こんな癖もつかなかったろうに。

 

「……、……」

 

 いや、だめだ。暗い方向に飲み込まれるな。

 私は大丈夫、大丈夫だ。

 暗いことなど思い切り吐き出せば、少しは心も晴れるというもの。

 

「はぁっ……」

 

 ぷはぁ、と吐き出すように、気づかずにきゅっと引き締めていた口を開き、息を一気に吐いた。すると身体の中に溜まっていたものが少しだけ抜けた気がする。

 

「私は武には長けていない。知に才があったとしても、それを花開かせるほどの強い才覚かといえばそうでもない。それを自覚した上で、私は───」

 

 ぱんっ、と頬を両手で叩く。情けない顔はここまで。

 キッと書物を見つめ、今の世で知るべきに目を通していく。

 私塾で習うことの全てが知ではないと公瑾さまは仰った。

 ならば、人より努力をしないと“姉妹の普通”にも届かない自分は、もっと努力をしなければ。せめて、子高姉さまを支えていられるように。

 あの人は努力をする人だ。人前で泣こうとはしない。自分の弱さを認めた上で、前を向こうと頑張っている。空回りが多いが、かつてその在り方に憧れた。私は……出来なければ諦めてしまおうとしていたからだ。

 身体を動かすことが苦手で、けれど母上の強さに憧れて、母上の娘なのに強くない自分が嫌で、でも弱くて。自分というものに呆れ、自分を高めるための理由など捨ててしまおうと、人を説得出来る言い訳を考える日々に埋まろうとしていた自分は、不器用ながらも頑張る子高姉さまの姿に救われた。

 出来ない人が自分以外に居たからという気持ちもきっとある。

 けど、それ以上に守って差し上げたいと思ったのだ。

 姉妹の前では涙せず、隠れて涙していたあの人を見つけてしまってから。

 では、自分を見つめる必要性を無くしかけて、周囲のことばかりに目を配っていたために、無駄に大人びているだのと言われるようになった私は、その冷静さを以って、子高姉さまになにをして差し上げられるだろう。

 武にこそ、と鍛錬の時には思うものの、呆れるほどに才がない。

 知こそを磨けと周りは言うが、当然私だってそれを考えなかったわけではない。

 だが、そちらに才があろうが、その才覚にも幅がありすぎることを私は知った。

 

「……はぁ───はっ!? いかんいかんっ」

 

 私の知は、子桓姉さまに及ばない。延姉さまにも。

 武よりも受け止められる時間は多かっただろう。

 現に、学び始めの頃はぐんぐんと知識を吸収出来て、楽しかったほどだ。

 しかしある一定に差し掛かると、その楽しさも勢いを無くした。皆が知の才があると言うから増長していただろう私にとって、それは早すぎる壁だった。

 

(私はきっと、武に逃げているだけなのだろう)

 

 しかし……しかし……ああっ! だめだ!

 

「う、うー! うー!!」

 

 暗くなるなというのに!

 ええい自分の弱い心が鬱陶しい!

 

「父ー! 父上ー!? 何故このような時に限って居ないのだー!!」

 

 ……おかしな話をしよう。

 父は、私が悩み、暗い気分に飲み込まれようとすると、きまってやってくる。

 不思議なものだが、きっと構って欲しいから娘の周りをうろうろしているに違いない。

 だというのに今は居ない。今こそ居てほしいというのに。今こそこの暗い気持ちから抜け出すため、吐き出させてほしいのに。

 

「~……」

 

 もやもやする。

 もはや辛抱たまらんとばかりに、着替えておいた鍛錬用の服をもう一度着込むと部屋を飛び出した。走る足は遅いが、そのまま走って中庭へ。

 そこで自分の中の鬱憤を晴らすように暴れて……少しもしないうちに昏倒。

 鬱憤を晴らすどころか、自分の不甲斐なさに余計にがっくりしてしまった。

 そんな時だ。

 

「よー、なにやってんだー?」

 

 笑顔が似合う、短いうす水色の髪の人が、倒れた私を見下ろして言う。

 誰だっただろう。

 えー、あー、うー…………ぶ、ぶん……文醜?

 

「えっと、あー、……なぁ斗詩ー、こいつの名前、なんだっけ」

「なんだっけ、って……ご主人様の娘様の名前くらいは覚えようよ、文ちゃん……」

「そんなの覚えてる暇あったら斗詩と遊ぶって」

「文ちゃん……」

 

 溜め息がもれる。いい意味の熱い溜め息とかではなく、呆れたような溜め息。

 とにかく私を見下ろすその人の隣には、確か顔良とかいう人が居て……心配そうに私を見つめてきていた。寝転がっているだけと受け取っているらしい文醜と、息を荒くしているからか心配してくれているらしい顔良。

 苦しいのはいつものことだから、私は「平気」とだけ呟いて、視界から二人を消した。

 

「あの、もしかして鍛錬の途中、でしたか?」

 

 顔良がそっと話しかけてくる。

 ああそうだ、その通りだ。他の姉妹はそうそう息を乱して倒れたりなどしないのに、私はこの有様だ。無様だろう滑稽だろう。笑いたければ笑え、私はその笑われた呼吸の数だけ今日を恨み、明日の原動力にしてやるんだ。

 

「鍛錬? あー、なるほどなるほど、そりゃそーか。ていうかなぁ、これってまず段階とか間違えてんじゃねーの? なぁ斗詩ぃ」

 

 ……鬱陶しく思い、無視して鍛錬を続けようと立ち上がった私に、文醜の言葉が届く。

 段階? 間違え? なんのことだ。

 そもそもなにが“そりゃそーか”なんだ。

 

「お前、見るからに筋肉無さそーだもんなぁ。そんな状態で無茶すれば、身体だって動かなくなるぜぇ」

「…………」

 

 身体? ……いや、これは正常だろう。

 だって母上だって痩せていて、素早く動けて。

 無駄な肉なんてついていない方が細かく動けるに違いないのだ、これでいい。

 

「えっと、甘述様? 食事とかは、きちんとされてますか?」

「……普通だ。食べ過ぎたら鍛錬の邪魔になるから、邪魔にならない程度にしか食べない」

「あー……」

「おいおいぃ、アニキの娘だってのになんでそんなに自分の体を大事にしないんだよ。お前さ、身体の鍛え方とかってちゃんと知ってるのか?」

「知っている、当然だ。身体というのは氣で動かせるものだから、氣さえ強くすればいいのだ! そして氣で動かすなら、身体は軽いほうがいい! どーだ! 理想的な身体だろう!」

 

 どーだー! と胸を張ってみる。

 するとどうだろう。突如、文醜が「バブフゥウ!?」と閉じた口から強烈な息を吐き出し、腹を抱えて笑い出した。

 

「な、なにがおかしい! 私はきちんと言いつけ通り、身体を三日くらい休めてだな……!」

「あ、あー、あの……甘述さま? そのやり方だと、身体は弱くなる一方で……」

「え? なっ……なにぃいいいいっ!?」

 

 大驚愕。

 その日、私は自分の愚かさと知の才というものに対し、石を投げつけたくなった。

 


 ▲ページの一番上に飛ぶ