真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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117:IF2/前向きなのもいいけど、たまには後ろも見よう②

 …………で。

 

「うう……つまり……三日休まなければならないのは、氣ではなく筋肉で……?」

「はい。氣はほぼ毎日使っていただいても問題ありません。筋肉はこう……負荷をかける行動を限界まで続けるのを、三度ほど、出来るなら五度ほどでも構いませんから、思い切り使ったのちに三日休めます。腕立て伏せなら素早くやるのではなく、一回を時間をかけて負荷をかける方向で、限界まで。力を抜いて休む時間は長くてはいけません。動かせると思ったならまた再開し、再び限界まで」

「あ、ああ……うん……」

 

 何が悪かったのかをみっちりと説かれている。

 なまじ理解力があったために、ならばこうしたら効率がいいではないかと思ったことを実行、後悔することなどよくあることだが……まさか自分がやらかすとは。

 

「甘述さまの筋肉は今、ただでさえ氣の行使で動かすことを続けていたためにあまり使われていません。急に負荷をかけすぎると傷つけるだけになってしまうので、きちんと“ここまで”という線は引いてください」

「わ……うう……わかった……」

 

 自分の考えが真正面から否定されて、正直どんよりな気分だ。

 これが効率がいいと思っていたのに、自分を弱らせていた原因が自分の知だったなんて。やはり知はだめだ。武しかない。武しか……!

 

「そーそー。で、慣れてきたら背中に重いもん乗っけて、同じことすりゃいーからさ。ろくに筋肉もないのに氣で動かそうとすりゃ、氣の行使に負担がかかるに決まってんじゃんか」

「文ちゃんだって最初の頃はぜぇぜぇ言ってたでしょ」

「乗り越えたあたいに敵は居ねぇのさー! わっはっはっはー!!」

 

 腰に手を当てて豪快に笑う。

 ……不安だったから、その場で腕立て伏せをやってみて、間違っているところがあるかを訊ねた。訊かぬは一生の恥。既に自分の恥を注意してくれた人だ、駄目な部分を徹底的に教えてもらおう。

 

「けどなー、ほんと不思議だぜー。あのアニキが娘がこんなになってるのに気づかずに居るなんてなー」

「へわっ……ちょ、文ちゃんっ……!」

「んあ? どしたー斗詩ー。あ、もしかしてあたいがアニキアニキ言ってるから構ってほしくて」

「そーじゃなくてっ! ほらっ! しー、しーっ!」

「? 厠?」

「……いっぺん殴っていいかな、文ちゃん」

 

 顔良がなにやら口の前に人差し指を構えて騒ぐ。

 文醜は解っていないようだが、私にもなにがなにやら。

 大体、あにきとは誰だ? 娘……というのは私? ……というと父上のことか?

 

「うう……きっと、ご主人様にもご主人様なりの考えがあったんだと思うよ……? それとも言ったところでこの子が聞いてくれなかったとか……」

「さっきから言っているのは父の話か? 父の話などいつも話半分に聞いているが。そういえば会いに来る時は決まって食べ物を持っていたような……」

「アニキごめん……さすがのあたいも同情する」

「親の心、子知らずかぁ……」

「な、なんだ。私が悪かったとでもいうのかっ!?」

『うん悪い』

「なぁっ!?」

 

 わ、私は悪かったのか……!? だって父だぞ!?

 ぐうたらな父のことだから、なんとかして私をぐうたらの道に引きずり込もうと、あらゆる手段を用いて話しかけてきていると思ったのに……!(*あらゆる手段ででも話したかったという意味では間違ってはおりません)

 

「あー……そういえば白蓮さまが言ってたよなー。アニキの子供の中で、一人だけ人の話を聞くには聞くけど、曲解が多くて“これ”と決めたら突っ走る細い元気っ子が居るって。……なるほど、こりゃ細い」

「ほっ……細いほうが素早く動けるんだっ! おおおおおお前らのようにそんなっ……そんなっ……そんなぁああ……!!」

「……あの。胸を指差されて震えられましても」

「羨ましくなんかないっ!」

「誰も羨ましいか~なんて聞いてないって。で、どーすんすかえーと甘述さま? やっぱ自分のやり方でやる? それともあたいが教えたやり方でやる?」

「文ちゃんがなにを教えたっていうの……」

「お前のやり方は───間違っているっ! って、ほら、指摘したじゃん」

「そんな指摘の仕方、してないでしょ」

 

 ともかく、項垂れた。

 まさか自分のやり方が、自分を弱らせるほど駄目なものだとは。

 と、項垂れた先にはぺったんこな胸。……余計項垂れた。

 だっ……大体この都には乳お化けが多すぎるのだ!

 なんだあの大きさは! あんなものをぶらさげて戦いをしていたなど、どうかしているだろう! むしろ弓に長けたお方らが皆あの大きさというのは信じられん! あれでどのように、満足に引き絞って放てたという!?

 ……ああそうか、つまりはこの私の考え方すら間違っているというのか。

 わ、私はただ、悩んでいる暇があったら正解だと思うことに突き進めと母に言われたから……。それがまさか、自分を弱める結果になるとは……。

 

「い、いや。それはきっと私が弱かったからだ。弱くなる方向に突き進めば弱くなるに決まっていた。私のなんというかその、勘とかそういうのが悪かったんだ。母は悪くない。うん」

「お前って子供らしくない喋り方するよなー。えっと、甘述だっけ」

「さっき自分でも呼んでいただろう! どうしてそこで確認するように言う!?」

「いやぁ~……その時はちゃんと聞いてるんだぜ~? でも思い出そうとすると思い出せない……あるよなっ、そういうのっ!」

「ないっ! 私はこれでも記憶力には自信があるんだっ!」

「じゃあアニキが毎度、お前になんて言ってたかとか、そこんとこどーなんだ?」

「………………」

「や、目ぇ逸らすなって」

 

 くぅうっ……! 何故私がこんな思いをしなければならないっ……!

 信じていた道が勘違いだった上に、こんなちょいと前のことをあっさり忘れるような輩に気づかされて、なおかつ説教まがいのことを……! というかそこっ! 顔良! 何故吹き出すっ!? ……がっ………………顔良でよかったよな? そういえば私、最初こいつらの名前、思い出すまで時間がかかって…………き、記憶力が無かったのか私は!!

 

「あれ? おーい? なんで頭抱えてんだー? おい斗詩ぃ、どしたのこいつ。てか、斗詩もどしたの? 急に笑い出して」

「う、ううんっ……!? べつにそんなっ、細かい動きがご主人様みたいとかっ……!」

「ふ、ふふふ……私はだめだ……だめだめなんだ……。きっと知に才の傾きがあるなど母らの慰めでしかなく、こんな記憶力のかけらもない私が子高姉さまの役に立つなど夢のまた夢で……やはり私は父の娘だな……なにをやってもだめだめなのだ……。ならばいっそ父とともに堕落してみるのもいいのではないだろうか……」

「……なんかぶつぶつ言い出したぞ?」

「え、えと。とにかく……甘述様? まずは軽い鍛錬から───」

 

 鍛錬。

 鍛錬ときいて、ぴくりと肩が跳ねた。

 ああ、鍛錬。強くなれると信じてやって、全然強くなれなかった鍛錬。

 もしもだ。今までの間違った鍛錬で弱くなった事実が事実で、しかし本当の鍛錬でも強くなれなかったら、私はどうするんだ?

 そりゃあ、今よりは強くなれるだろう。弱くなる鍛錬ではないのだ、当然だ。

 しかし、しかし……!

 

「いっ……いいっ! わたっ……私はっ! 私は……わ、……」

 

 怖くなった。

 純粋に、才能の無い自分に恐怖した。

 今まではなんだかんだと才能の所為に出来た。

 鍛錬の所為だったのに、才がないからと言えたのは、ひとえにてんで強くなれなかったからだ。

 でも強くなれる鍛錬で強くなれなかったらどうする?

 言い訳もなにも出来ず、ただ辛い現実だけに立ち向かえというのか?

 

「───」

 

 楽な道がある。

 それを知ると、そこへ手を伸ばしたくなった。

 今まで頑張ってきたんだからいいじゃないかと、心のどこかで誰かがささやく。

 少し休むだけだから。休んだら、あのぐうたらな父に教わればいいじゃないか。

 きっと自分ががむしゃらにやっていた鍛錬よりもぬるいものが待っている。

 それをやって、強くならなければ父の所為に出来る。

 それなら、………………それなら───……

 

「私は? ……あ、もしかしてお前、アニキと一緒に鍛錬したいとか?」

「え───」

「あ……そ、そうですよ甘述さまっ! それがいいと思いますっ! ご主人様と一緒に鍛錬をすれば、それはもう───」

「だよなー! それはもう!」

 

 ……目の前の二人までもが推してくる。

 これで、この二人にも進められたと言い訳も出来るように“なってしまった”。

 誘惑が自分を包む。

 楽が出来ると。

 出来ないことを人の所為にして、言葉の影で楽が出来るぞと、自分の黒い部分が動く。

 

「……おい? なあおいー? どうしたんだよ、急に黙っちゃって」

「あの、もしかしてご気分が優れませんか?」

「おいおい斗詩ぃ、さっきから気になってたけど、子供たちには普通に接しなきゃいけないって話だったろー? べつに気分が悪そうには見えないし、いろいろ考えることがあるってだけだろ? ……あたいも昼、なににするか考えてるし」

「文ちゃんと一緒にしちゃだめだよ。それに私たちはこれから、麗羽さまと服を探しにいかなきゃなんだから」

「うあー……麗羽さま、服選び始めると長いんだよなー……行きたくねー……」

 

 心の中で蠢く誘惑。

 自分の内側に手招きされている中でも、二人は好き勝手に会話をしている。

 それはとても楽しそうで、鍛錬ばかりをしていた私にはどこか眩しいもののようにも思えた。

 今なら。

 今なら全てを言い訳で埋め尽くして、手が伸ばせるんじゃないか。

 今までの時間を無駄にしてきてしまった自分を、少しくらい慰めてやってもいいんじゃないか。

 いろいろな、今の自分への甘やかしが頭の中でいっぱいになる。

 それをなんとか抑えようとするのに、この手は勝手に二人への伸ばされ───

 

「───」

 

 私も連れて行ってくれ。

 その言葉を放とうとした口を、塞いだ。

 

「……心配してくれて、すまない。用事があるのなら行ってくれ。私は……」

 

 代わりに放てた言葉は、自分の誘惑を遠ざけるもの。

 甘えは敵。

 いや、それ以前に……木剣を手に、この中庭へとやってきた子高姉さまが視界に入った瞬間、自分の馬鹿な考えは吹き飛んだ。

 甘えよりも努力を選ぼう。

 武の才などなくとも、届くところまでは手を伸ばそう。

 たとえその先の強さで周囲に笑われても、笑わずにいてくれる人だって居るのだから。

 

「私は、私の武を貫きたい」

 

 言って、二人に軽く頭を下げて、子高姉さまのもとへと駆けた。

 傍には……えぇと、なんといったか。なんだか普通っぽい女性が居たが、駆けた。

 一方的に離れることになった二人からは言葉はなかったけれど、なんだか見守られているような気がして、少し足取りが軽くなったのは……べつに語る必要のないことだろう。

 

「子高姉さま!」

「甘述? ど、どうしたの、こんなところで……あ、えと。私は、その」

「鍛錬ですね!? 是非お供を!」

「なんだ、お前も参加するのか? 言っとくけど、することは地味だぞ?」

「なんだ貴様は。私は子高姉さまと話をしているのだ、割って入るな」

「……あー、そうだよなー、私ってやっぱりこういう扱いだよなー……」

 

 とほーと溜め息を吐くそいつ。

 途端、子高姉さまが焦って私を叱りつけてきた。

 はて、こいつはもしや、偉いやつだったのだろうか。

 

「どーせ名前すら覚えてないんだろうから自己紹介からな。姓は公孫、名は賛、字は伯珪。一応、子高の指南役を務めてる者だよ」

「指南役!? なっ、どっ、どういうことですか子高姉さま! いつかの日、皆と同じ方法では強くなれぬと、二人で鍛え方を探った日々をお忘れですか!」

「や、きっぱり言うとお前らの言うやり方じゃ弱くなる一方だからな?」

「そんなことはさっきわかったから知っている!」

「さっきなのか!?」

 

 驚くこーそんとかいう輩を睨むが、その睨みに自分の視線を被せてきた子高姉さまに止められる。

 

「述。この人が言うことは正しいわ。私たちのやり方では誰にも届かない。強くなりたいのなら、方法なんて選んでいる時ではないの。……私は、力が手に入るのなら、努力が報われるのなら、そちらがいいわ」

「しっ…………子高姉さま……」

 

 それは、私だって同じだ。

 しかし、だからといって今までの自分を否定して前に進むのは……間違っていたと認めるのは辛い。

 今までの自分はなんだったのだと泣きたくなってしまう。

 それなのに……それでも……

 

「子高姉さまは、それでも先を目指すのですね。今までの自分を否定してでも、力を望むのですね」

「努力が報われる瞬間が好きなのだから、仕方がないでしょう?」

「───」

 

 ぽかんとする。

 あの子高姉さまが、隠したがっていた自分の浮ついた部分をこうもあっさりと曝したから。しかも、その時の笑顔ときたら、頭の中がとろけてしまいそうなほど美しく───はっ!? い、いやそうではない! ともかく!

 

「───わかりました。子高姉さまがそう願うのであればこの甘述、どこまでも。しかし!」

 

 あっさりと方針変更をおこなった私に「またいろいろと濃いやつだな……」とこぼし、頬を掻いているこーそんとかいうのを見上げる。

 

「こやつが教えを乞うに値するかどうか! まずは私が見定めさせていただく!」

「へ? うわっ!?」

 

 言うや、きええええええと木剣片手に襲い掛かった。

 不意打ち? 好きなように言うがいい! 弱き者にとって、この世は常に乱世よ!

 これしきを防げすして、どうして我らに武を教えることがぁああっ!!

 

 

   ぽごしゃああ…………ふぎゃあああああ…………

 

 

……。

 

 

 ……その日私は、溜め息を吐いている公孫賛にぼこぼこにされた。

 

「ちくしょ~……」

 

 思わずこぼれた言葉は、いつか父がひとりで呟いていた言葉だった。

 哀愁漂う背中が印象的で、なんだか呟きたくなった。

 

「急に襲ってくるやつがあるか、まったく……」

 

 余裕の返り討ち状態だった。

 現在私は彼女の前に正座させられていて、なんというかこうしていると物凄く反省したくなる。どうしてだろう、血にでも刻まれているかのように、悪いことをしてしまったならこうしなければという心が湧いてくる。

 まあ、それ以前に叱りつけられる際にはこんな格好はよくしていたが……今回は条件反射のように、実に綺麗にこの格好へと到っていた気がする。

 

「それで、えっと、甘述? お前も習うってことでいいんだよな?」

「ああ、習う。習って、その武をもって貴様を……」

「そういうことは相手が居ない時に言おうな……!」

 

 ひう!?

 お、おのれ! 自分より強いからといって凄んだってこここ怖くなどないぞ!? 本当だぞ!?

 だが聞けばこやつは子高姉さまが認める存在だとか……無碍には扱えん。

 なので習おう。

 こやつの下で武を磨き、子高姉さまとともに高みに上り、そして、そして……!

 

「ふふふ……! 覚悟するがいい……! 貴様は貴様が教えた武で私に倒されるのだ……!」

「なぁ子高。こいつって普段からこうなのか?」

「……はい。私と親しく接する者には、どういうわけか……。一度“こう”と決めると、それ以外が見えなくなってしまうというか……」

「あーぁ……それで」

 

 なるほどなるほどと目を伏せて溜め息を吐く公孫賛。

 い、いや、そんなことはないぞ? ただ私は他で悩む暇があるのなら、これだと思ったことへと走っているのみであってだな。な、なんだその溜め息は! 合っている時だってあるんだぞ! 勘違いばっかりじゃないんだぞ!

 

「とりあえずお前達二人、まずは北郷の話を聞くことから始めような……事情を聞けば聞くほど泣きたくなるから」

「父? 顔良と文醜も父がどうとか言っていた。……もしや父にはなにか秘密が!?」

「へっ!? あ、あー……いや、秘密がどうこう以前に、もうちょっと構ってやれって意味で。こう何度も家出されるといろいろと問題がなー……」

「居ても仕事などしないだろう。家出したところで何が変わるんだ?」

 

 首を傾げながら訊ねる。と、公孫賛は頭に手を当てて大きな溜め息を吐いた。

 な、なんだ? また私はおかしなことを言ったのか?

 

「あぁもう……いつになったら普通に話せるんだろうなぁ……どこかで自爆でもしてくれないかな、北郷のやつ」

 

 焦っている私をよそに、公孫賛はぶつぶつと言いながらもう一度溜め息。

 それから「それじゃあ」と言うと私と子高姉さまを促し、「鍛錬を始めよう」と言った。よくわからないことばかりだが、ともかく私はやれるだけのことをやっていこうと思う。

 


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