真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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118:IF2/真実を告げる夢(再)①

170/真実を告げる夢(再)

 

 …………。

 

 ……。

 

 さあっ、と風が吹いた時、自分が草の上に立っていることに気づいた。

 見える景色は懐かしいもの。

 もはや伸ばしても触れることすらできない風景を前に、ただ少し、寂しさを抱く。

 

「あらん? ごぉ主人様ったぁ~るぁん、意外と冷静ねぇん?」

「同じ景色を見ることがあったら、絶対に心の準備をしておこうって決めてたし」

 

 無視するわけにもいかず、景色から視線をソレに向けてみれば、忘れもしないいつかのモンゴルマッチョ。

 自称貂蝉で自称踊り子らしい彼が───

 

「彼って誰ぇっ!! 彼って何処ぉおっ!!」

 

 ……人の心を読むなよ……。

 というかそれはなにか? 自分のことは彼女と言えと言いたいのか?

 …………考えている途中で、ものすげぇ笑顔でサムズアップされた。

 なんだろ、訊きたいことがあるのに早速帰りたい。

 

「あー、えと。貂……蝉?」

「きゃんっ、名前を覚えててくれるなんて、さっすがご主人様ねぇん! そう、私は貂蝉。か弱くてしがなくてか弱い踊り子よん」

 

 なんで“か弱い”二回言ったんだろう……。

 ああうん、まあいいや、気になることはそれじゃないし。

 

「また来たってことは、何か伝えることがあるからって考えていいんだよな」

「えぇ~えええその通りよぉん。そっちでどの程度時間が経っているのかは知らないけぇ~れどもぉ……こっちでもいろいろあってねぇん? ちょいと情報交換でもどぉ~ぅかしぃらって、逸る気持ちを抑えきれずに会いに着ちゃったのん」

「わざわざ“ええ”をそんなに伸ばさなくていいから。俺も気になってたことがあるから訊かせてくれ。……あんたが言ってた左慈っていう奴はいつ来るんだ? あれからずっと鍛錬もしてるし準備もしてるつもりだけど、訪れない漠然としたものに備えるのって、正直に言うと……気持ちが悪いんだ」

 

 それは、平和が続けば続くほど。

 だからもしわかるのであれば、教えてほしい。

 そんな期待を込めた言葉はしかし、

 

「もぉ~ちろよぉん? というかそういうのを話すために繋げたんですもにょぉん」

「…………」

 

 エッ!? ……いやあの……エ!?

 もしかしなくても知ってるのか!? このパターンだと大体。実はまだわかってないのとかそういうことを言われると思ってたのに!

 驚きつつも逸る気持ちを抑えきれず、「でっ……で!? いつなんだ!?」と急かしてしまう。貂蝉はそんな俺を落ち着いた風情で見つめたのち、息を吸って語ってくれた。

 

「よぉく聞いてねんご主人様ん。左慈ちゃんがそっちの世界に行くのは……」

「っ……行くのは……!?」

「……そっちの外史が終わる前よん」

「………」

 

 こっちの外史が……終わる、前?

 ちょっと待て、訊いておいてなんだけど、なんだってそんな具体的なんだ?

 ああいや、日時がわからない以上、具体的でもないのか?

 

「それって、俺がなんらかのきっかけでこの外史から消えることになるとしたら、その前ってことか?」

「それはちょっと違うのよぉご主人様。ご主人様は急に消えたりなんかしないの。きちんとその外史の終わりまでを見届けられるから、問題はないはずよん」

「えっ……ってちょっと待て! なんだってそんなことがわかるんだ!?」

「何故ってそりゃあ、踊り子ですもにょん!」

「関係ねぇ!!」

 

 大迫力のサムズアップも発言が謎な所為で意味がなかった。

 

「そうねぇ……そいじゃあまずはそこらへんから徹底的に教えちゃうわん」

 

 ……サムズアップは無視するとして、ゆったりとした動作で息を吐いた貂蝉は、俺の目を見ながらじっくりと話し始めてくれた。

 

「まずご主人様がその世界から弾かれる瞬間についてだけれどもぉ……それは曹操ちゃんが死ぬあたりまでは確実に大丈夫と言っておくわん」

「確実って……いや、本当に一方的に訊いておいて悪いんだけど、なんだってそんなことがわかるんだ?」

「そこが曹操ちゃんが軸の外史で、曹操ちゃんの願いがそういうものだからに決まってるじゃなぁ~ぁい?」

「華琳の……」

 

 じゃあ、あれか?

 やっぱり俺は、華琳に願われたからもう一度この世界に?

 や、でも待て。願っただけで来れるなら、どうしてもっと早くに来れなかったんだ?

 

(……あ、あー……)

 

 口に出して心から願わなかったからだとかそんなところだろうなぁ、なにせ華琳だし。

 

「でもさ、その理屈でいうなら、華琳の願いは叶うものなんだろ? じゃあ俺が天に帰る必要なんてなかったんじゃないか?」

「あらん、それは無理よん。だってその時、まだそっちの外史は曹操ちゃんの外史じゃなかったんだものん」

 

 …………え?

 今……え? 今なんて言った?

 

「いぃ~ぃい? ご主人様ぁん。これからご主人様がそっちの外史で消えた理由と、その外史が消えなかった理由を教えてあげる。もちろん確実だと言える言葉でもないのだけれど、なんというか私たちも納得出来ちゃったわけであるからしてぇ」

「理由か……聞かせてくれるか?」

「……相変わらず些細なところで甘くないんだからん。こちらのいろいろな事情は気にしないで、重要な話はちゃっかり聞き出そうだなんて、ご主人様ったら随分と逞しくなっちゃってぇ~ん」

「いーから、ほら」

 

 呆れつつも促す。

 と、貂蝉は深呼吸したのちに話してくれた。

 

「まず前提。ご主人様が降りたその世界は、最初は曹操ちゃんの外史ではなかったのよ」

「……そうだとして、でも華琳は天下を取ったぞ?」

「ええそうね、天下取っちゃったわん。自分の外史でもないのに、“願われた世界の意味”を捻じ曲げちゃったのよね。……さて、その時に一番動いたのは……どぅぁ~れだったかしらん?」

「………………俺?」

 

 返事の代わりに、モンゴルマッチョがサムズアップする。せんでいい。

 しかし、考えてみた。

 他人が勝つ姿を願われて作られた外史で、全然別の誰かが王となる瞬間を。

 自分ならそれをどう思うだろう。

 自分なら……そうした存在を邪魔だと思う。排除したいと思う。

 それってつまり───

 

「……頭痛とか眩暈とか、自分の存在が消えていくようなあの感覚って……」

「そう。あの外史で曹操ちゃんに天下を取らせようと動くご主人様の存在は、その外史を願った者たちにとっては邪魔な存在でしかなかった。そのために、曹操ちゃんが有利になることをするたびに存在が消えかけた」

「! え……俺が消えかけたこととか、知ってるのか!?」

「そりゃ~そうよ? 伊達に数ある外史を見守ってきたりしていないわぁ? ある時はともに戦ったり、またある時は服屋で働いてみたりと、様々な面で外史というものを見守ってきたの。もちろん、力及ばず戦に負けて、他国に吸収される外史というのも存在していたわけだけど」

「そうなのか……」

 

 服屋……服屋か。

 そういえば服屋でこんな巨漢を見たような見なかったような……!

 あ、あれ? 記憶が美化されてる? “居た”って考えると、格好はアレだけど気の良い人ってイメージが湧いて、“居なかった”って考えると途端に身の危険を感じるような謎の悪寒が走る……!

 そ、そうだよなー! なんか華琳が見つけたら本能的に嫌がりそうな外見してるし、店を構えるなんてことを許したとして、こんな格好でさせるわけがないよなー! ききき気の所為だ気の所為!

 

「曹操ちゃんのもとでご主人様が頑張る外史はいくつかあったけれども、その中で生きるご主人様は大きな物事が起こるたびに頭痛に襲われていたわねん……なんとかしてあげようと駆け寄ったこともあったのだけれども……曹操ちゃんに悲鳴をあげられてからは、近寄ることすら出来なくなったこともあってねん……」

 

 ……想像してみると納得出来てしまうあたり……うん、なんかごめん。

 

「ともかく、今ご主人様が居る外史は曹操ちゃんが天下を統一することが出来た外史。それも、曹操ちゃんが天下を取ることを願われて作られた外史ではない世界よ」

「…………ああ。そうだってことで進めていこう。俺が消えることになったのも、その外史に邪魔者だと認識されたからってことでいいんだよな? けどさ、どうあれ華琳は勝ったわけだろ? 俺が他の誰かに拾われる可能性を考えたとして、あの流れだと華琳以外にはないと思う。アニキさんたちに襲われて、星に助けられて、あの時点で星や風や稟についていくって方法もあっただろうけど、あの時の三人が出会ったばかりの俺を連れていってくれる保証なんてないし」

「近くの街まで連れて行ってくれと頼んで、あとはその道中でいかに三人からの信頼を得るか。それだけでも“歴史が変わる枝分かれ”を望む“願い”だって、呆れるくらいにあるの。“そうであるわけがない”は個人の考えでしかなくて、他が考える“もしも”までもがあるのが、外史というものなのだからねん」

 

 くねりとしなを作りつつ、貂蝉は言う。

 格好はアレだが、目は本気だった。

 

「そうねん。曹操ちゃんに拾われるまでが確定していたとして、ご主人様ん? ぅあ~なたの知る物語というものにはぁ……幸せな結末しか作っちゃいけないという定義なんてものがあったりしたの?」

「───! あ……」

 

 言われて思い出す。

 そうだ。物語はいつもいつもハッピーエンドとは限らない。

 不幸なままで終わるものもあれば、死んで終わりなものもある。

 戦に負けてから始まる物語もあれば、死んだのちに始まる物語だって。

 だから俺が華琳に拾われるまでは突端だったとしても、それが必ず天下統一に繋がるとは限らない。

 俺が降りた外史は確かに華琳の物語だったかもしれないが、俺が頭痛や眩暈に負けて華琳に自分の知る知識を伝えることを怠れば、確かに俺は消えずに華琳が敗北するなんていう“その外史でいう正史”が成立していたかもしれないのだ。

 “魏のお話=彼女の勝利”とは限らない。

 俺が歩いた道も、そういう外史だったのだろう。

 

「最初こそそちらの外史がどんな外史かもわからなかったけれど、お話して知ることが出来れば交換できることも増えてくる……それでも、終わる筈だった外史が意味を持ったことに関しては私も驚いているのよご主人様ぁん」

「意味? ……あ。そっか。そもそも俺が捻じ曲げたことで、華琳が天下を取るって外史になったのが俺が居る場所なら、それはもう元の世界からすれば願われもしない外史ってことになるんだよな。……おかしな質問だけどさ、なんで無事なんだ? 考えれば考えるほど、俺が消えるのと一緒に消えちゃってもいいくらいだろ、この外史」

 

 考えれば不思議なんだよな。

 願われたものとは違う結末に到ったのに消えないなんて。

 期待したものとは違うなら消えちゃってもいいじゃないかって思われても仕方ない。

 ……? 期待? ───って、そうか。

 

「どんな結末で終わっても、その先が見たいって願う人は居るってことか?」

「ぬふん? そうねん、それもそ~うだけれぇど~ぅもぉぅ? 曹操ちゃんが打ち勝つことで、その外史は完全に曹操ちゃんの外史になったのよん。あ、もちろん憶測でしかなぁ~いのだけれどもぉ」

「華琳の外史に? ……そうなったとして、どうなるんだ?」

「強く胸に抱き、口にしたお願いが叶っちゃう~なんてこともあるのよ。そう、そこは曹操ちゃんの世界。曹操ちゃんが死ぬまで続いて、存在する意味が無くなるまでは続く世界。だからご主人様は曹操ちゃんが死ぬまではその世界に居られるし、そこは“あなたの世界”ではないから、歳を取ることもなぁいのよん」

「………」

 

 俺の世界ではないから。

 その言葉を聞いて、歳を取らないと聞いて、なるほどって思うよりも先にストンと落ちるなにかがあった。

 そんな言葉で納得するよりも、もう既に自分が歳を取らずに生きているのだから、確認する必要もなかったというのに……それでも誰かに言ってほしかったのかもしれない。

 

「人は自分が産まれた自分の世界でしか時の流れに乗れない。外史っていうのはそういうものなの。たとえば時の流れが速い世界に降りたところで、自分の時の流れはその世界のものとは違う。流れが速い世界で生まれた人はあっという間に死にゆくけれど、遅い世界で生まれた人はその世界でもゆっくりと死にゆく。それと似たようなもので、この外史というものは別の外史から来た者に時の影響を与えないものなのよ。だから髪も伸びないし歳も取らない。やってきた頃の姿を世界が認識して、傷が出来れば元の状態にしようとするし、髪が切れれば元の状態に戻すために“人の治癒速度”をなぞって“そこまで”は伸びる。けれど、それだけなのよ」

「……仕合の時、髪を切られたときが何度かあったけど……そこまでは戻っても、それ以上は伸びなかったのはそういうことか。でも───」

「そう、でも。……でも、唯一変化するものがある」

「ああ」

 

 そう、きっと唯一。

 筋力は変わらないし髪も伸びない。

 傷は治るけどそれもあくまで“人の治癒力の常識範囲”の問題。

 けど、唯一変わるものもあった。それが───氣だ。

 

「この外史という世界では、氣というのはほぼ誰もが使えるもの。産まれた頃から攻守いずれかの氣を持っていて、武に長けているか知に長けているかも大体はそこで分かれるわねん。そう、つまり、産まれた時点で常識的にあるものなの。“無ければおかしいもの”として、降り立った瞬間に浮かび上がると考えて」

「それって、歳を取るって常識よりも先にくるものなのか?」

「歳を取らない方法なんて、お腹の中に居る内から存在するものよん。とっても残酷で、既に生命としては成り立たないけれども」

「……別の世界に飛ぶっていう、常識を外れたような土台の上にある物語なら、生命にとっての常識なんて忘れろってことか……」

 

 なるほど、それは確かに残酷だ。

 想像したくもない。けど、確かに死んでいれば歳なんてとらない。とる意味も無い。

 けど、そもそもこの世界では氣がなければろくに戦えもしないのだ。

 ある意味ではなによりも優先されるべきものなのかもしれない。

 ……嫌な優先順位だが、自分の世界を生きていないっていうのは、他の世界からすれば死んでいるのと似たようなものなのかもしれない。……いや、この考えはやめよう。死んだように生きているって考えると泣ける。

 

「むふん……ようするにそういった理由で成長はしないの。氣を除いてはねん」

「そっか……まあ、一応……納得しとく。他に納得のための材料がごろごろあるわけでもないし、正直いろいろ立てていた仮説の中にも似たようなものはあったし……」

 

 で、だ。

 

「でもさ。気になったことがあったんだ。あんたはさ、この外史の基点は俺と左慈ってヤツにあるって言ったよな? 俺とそいつが銅鏡を割ったからって。そして、あんたのことも気になってた。わからないことだらけだけど、引っかかったことがあって───」

「きゃんっ、私が気になるだなんて、ご主人様ったら積極的ぃんっ!」

「そっちの意味じゃないよ!? なに急に頬染めてくねくね動き始めてるの!?」

「んもぉ~ぅ照れ屋さんなんだかるぁんっ! でもそんなところもす・て・きっ」

 

 ……だから。ウィンクで風を巻き起こすのはやめろと何度言ったら……。

 

「話、続けるぞ? ……そもそも左慈って何者なんだ? 基点になったってことは元々居た存在ってことだよな? そこに俺が混ざって、外史が枝分かれした。そんなやつを知っている貂蝉と、いろんな外史を見てきたって言葉。これってさ、つまり……その。あんたの言うことが正しければ、あんたも歳をとってないってことで───」

「………」

 

 くねくねと動いていた貂蝉だったが、俺の言葉を聞いてぴたりと止まる。

 真面目な顔で俺の目を真っ直ぐに見つめてきて、目を伏せて息をこぼした。

 


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