真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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118:IF2/真実を告げる夢(再)②

 目を伏せた漢女が語るのは、ただただ単純なこと。

 こちらにとっては想像は出来ても、まさかな、と笑えてしまうようなことだった。

 だというのに───

 

「ええ、そうね。私も、左慈ちゃんも于吉ちゃんも、卑弥呼も。とっくに元の歴史から忘れられた存在、ということになるわん」

「───! っ……」

 

 予想が当たってしまった。

 それも、嫌な方向での予想が。

 

「ど~ぅ語ったものかしらん……そうね、物語ってものがあるとするわねん?」

「あ、ああ……」

「物語を作るのに、まず必要なのは世界と、登場人物。世界は願われて作られ、登場人物も願われて舞い降りた。“こうだったらいいな”が基点となったその世界は元となった世界よりも歪んでいて、常識というものが元のものよりも随分と外れた世界だった」

「………」

 

 黙って耳を傾ける。

 貂蝉はまるで御伽噺を子供に聞かせるかのように喋り、時折懐かしむように空を見上げていた。

 

「願われて作られた世界は、枝分かれを繰り返す世界だった。最初の世界が終わったのは私たちが今の姿になった頃。なにがきっかけで終わったのかなんてとっくに覚えていないけれど、私は続きを願って、左慈ちゃんたちは終わりを願った。それだけね」

「……ん」

「終わるなら終わるでよかったのかもしれないわん。ただ自世界自身が終わりたくなかったってだけで、私たちがどう思おうが世界は続いたの。私たちは願われた世界の数だけ時を生きて、その度に違うことをしては様々な“こうだったらいいな”で作られた世界を叶えてきた。一度目の自分が通った道とは違うことをするのも、これで案外面白かったからねん、ぬふふんっ」

「………」

「ただ……一度や二度で終わると思っていたそれは、永遠に終わらなかった。自分の世界でなくては歳をとれない私たちは、死ぬこともなく氣だけが成長する存在になったわん。最初の頃こそ何度も繰り返せるならなんて、左慈ちゃんも練磨していたのだけれどねん。一定を過ぎた辺りから、目が濁ってしまったの。生きることに疲れたのね、きっと」

「………それは」

 

 それは、想像してみるだけでもうんざりするようなもの。

 願われた道を辿るしかなく、逸れれば頭痛や眩暈に襲われる。

 そして、訊いてみたが……“自分の世界がもう無くなってしまった存在”が、どれだけ“その外史が作られた理由”に逆らっても、苦しむだけで俺の時のように自分の世界に戻されることなどないのだという。

 左慈ってやつは当然それを試して、その果てで……泣いたのだという。

 

「それからの左慈ちゃんは他者に期待することをやめたの。氣だけが成長するのならと、于吉ちゃんとともに時間をかけて道術を成長させて、とある銅鏡を作った。それが───」

「……一番最初の北郷一刀と割ることになった……?」

「そういうことねん。作った時点でその世界への害敵とみなされて、銅鏡もろとも排除された。けれど、誰かが“銅鏡をどうにかして別の物語が出来たら”と願ったのよ」

「……その外史が───!」

「ええ、ご主人様が居た世界。左慈ちゃんはその外史へは生徒として降りて、願いを叶えるために銅鏡を求めた」

 

 それを探して、博物館にあったそれを見つけて奪い、その途中で一番最初の俺と出会って……銅鏡を破壊。新たな外史連鎖が作られてしまい、その左慈ってやつは……───

 

「は、はは……なんだそれ……! 恨まれて当然じゃないか……!」

 

 世界に絶望して、苦労して作った銅鏡を俺に邪魔されて……!?

 連鎖を壊したかったから作ったそれが、もっと外史を作ってしまった、って……!

 

「ご主人様。前にも言ったけれど、自分が持っている譲れない何かがある限り、抵抗することだって当然よん。確かに左慈ちゃんにとってはご主人様は憎むべき相手。けれど、同情に乗っかって壊していいほど、ご主人様にとってのこの外史は軽いものかしらん?」

「───それは違う」

 

 ……それだけは、どれだけ同情しようともはっきり言える。

 自分の帰ることが出来る世界がある自分では、左慈ってやつを説得出来るほどの力もないだろう。けど、だからって壊していいことには繋がらない。

 俺には……この先どうなるかなんてわからないけど、今はまだ“肯定者”だ。

 この外史を否定したくない。

 

「……そっか。どの道、俺はそいつを否定しなきゃいけないんだ。少なくとも、この外史でだけは」

 

 もし繰り返すことになったらわからない。

 そこに自分を知っているみんなが居ないのなら、存在する意味が無いと否定に走るのかもしれないし、自分を知らないとしてもみんなはみんなだと味方をするのかもしれない。

 

「覚悟はぁ……決まったかしらぁん?」

「ああ。俺はやっぱり肯定者だ。先のことなんかわからないけど、今は───……うん?」

「あらん? どぅ~したのぉぅ? ごぉ主人さぁ~まぁん」

「いや……肯定者といえば前の時、お前達は肯定とか否定から“具現化”したって言ってたよな? あれってどういう意味だ? てっきり最初からそういう存在だって思ってたのに」

「ある意味では間違ってなぁ~いわよぅ? だって最初の世界が終わったと同時に消えるはずだったのに、願いによって存在を留まらされたんだもの。友好的だった私は“もっといろいろな話が見たい”という肯定から。左慈ちゃんたちは“続かなくていい、ここで終わってくれ”という否定から。最初の世界から外れた時点で人から外れた意識のほうが強かったのよねん。だから、ある意味では私たちはあの時に“具現化”したの。詳しく言うなら、左慈ちゃんが言った言葉を受け取ってからねん」

「……? 言葉? なんて言ったんだ?」

 

 何気ない質問だった。

 特になにを思ったわけでもなく、ただ、本当になんとなく気になっただけ。

 そうして耳にした言葉がこれだった。

 

  “老いもせず! 人の願いのままに動き! 逆らえば苦しむだけの身で! これが生きていると言えるのか!?”

 

 耳にしてしまえば、もう聞かないフリなんて出来ない。

 帰るべき世界があるだけ、自分はきっと幸せなのだと受け止めてしまった。

 受け止めてしまったら……もう決着をつけなくてはいけないということしか頭に思い浮かべることしかできなかった。

 

「私たちはこれから銅鏡を作るわん。それをいつか、ご主人様か左慈ちゃん、勝った方に渡すつもり。この外史の枝の全ての基点が左慈ちゃんとご主人様なら、決着をつけてから銅鏡を使えば連鎖も終わるはず」

「それって……左慈が願えば否定で、俺が願えば肯定ってことで……?」

「……ええ、そうねん。どちらが願ったとしても、それで終わり。続くか続かないかの問題だけれども……」

「?」

 

 貂蝉は途中で言葉を切ると、ふと俺を見つめ直して……ふっとやさしく微笑んだ。

 

「ご主人様ん? 否定にも肯定にも、いろいろな方法がある。どうかそれを忘れないでいてあげて。願い方ひとつで、広い世界は変わらなくてもあなたの見る世界は変わるかもしれない。そのきっかけを決して取りこぼさずにいてちょーだい」

 

 真面目だけど、やさしい顔だった。最後だけ少しからかうような口調になったけど、その目はどこまでもやさしかった。……まるで、自分の子供を見守る親のように。

 

「それじゃあまた会いましょ。次会うことがあるとしたら、ご~主人様が左慈ちゃんに勝ったあとだろうけれどぉもぉぅ……まあその時にそっちに向かっても、主の居ない外史は壊れるだけだろうからご主人様も元の世界に戻されるだけ。だったらそっちで待っていたほうがいいわねん」

「行く場所なんて選べるのか?」

「その外史が終わった時にだけねん。終わってない外史から別の外史へ飛ぶことは出来ないけれど、こうして氣を辿って話しかけたりは出来るみたいねん。ささやかな贈り物をすることくらいも出来るけれど」

「贈り物? へぇ」

 

 夢の中に出現して抱擁するとかだったら是非勘弁だ。

 けどまあさすがにそんなものは───

 

「そう、贈り物。そうねぇん、例えばぁ……惚れ薬とか大人薬とか子供薬とか」

「あれお前かぁあああああああああっ!!」

 

 おぉおお信じられねぇ! こんなところに犯人が! 民からの献上品とか聞いてたけど変だと思ったんだ! 普通に考えて、あんなのどうやって作れってんだって話しだ!!

 

「お、お、お前っ! あれの所為でこっちがどれだけ大変だったかっ!!」

「えぇんっ!? まさかの不評っ!? それは私としても本意じゃないわぁ……迷惑なら引き取るわよぅ?」

「あ、いえ、年長組に殺されるんで勘弁してください」

 

 ええ、つまりはこの状況も“大変”の内に含まれております。

 とりあえず薬が尽きるまでは若さを楽しんでもらおう。それがいい。

 なにかに混ぜたりしなければ、俺の時のように記憶まで巻き戻ることもないみたいだし。それは誘惑に負けた紫苑が確認してくれた。というか、気を失ったりしないで意識と自分を保っていれば、記憶もそのままなんだと思う。

 俺とみんなとでは作りが違うのだ……薄めたものを飲んだくせにあっさりと気絶した俺よ、ある意味でさすがです。

 

「あ、ところで話は強引に変えるわけだけど、貂蝉はどっち側の氣を持ってるんだ? 左慈ってやつは?」

「帰ろうとする漢女を引き止める質問に、貂蝉ちゃんったら胸板の奥がきゅんきゅんしちゃう……! でもいいわ、答えたげる。……私はいつも恋に燃える漢女。もぉちろん攻の氣よんっ!」

 

 ヴァチームとウィンクされた。物凄い突風が吹いた。

 

「……だからウィンクで風をだな……って、うん、なんか、うん。予想通りだった」

「あぁあ~らぁあ~んっ、やっぱり溢れ出る“恋に燃える心”は隠しきれないものな~のぬぇえぃっ。ご主人様が私のことを漢女と認めてくれたわぁん!」

「あ、ああいや、うん……予想通りだったのは氣の方なんだけどな……」

 

 言ってもきっと都合のいいように受け取られるんだろうと、詳しく否定するのは諦めた。それがいい。それでいい。

 で、だけど……この自称貂蝉さんは俺なんかよりよっぽど生きているわけで。

 その上、どうやら俺の“先輩”ってことになるかもしれないっぽい人なわけで。

 

「それでさ、えっと。参考までに……氣しか強くならない状態で、どれだけ強くなれたのか訊いてもいいか?」

「きゃんっ、ご主人様ったら私に興味津々?」

「や、それは前もやった気がするんだけど」

「そうねぃ、私の力はというとぉぅ……」

「無視!?」

「辺境に居る龍くらいならきゅっと一捻りできちゃう程度の───」

「それもう化物だろ!! あんたどんだけ強いんだよいったい!!」

「どぅぁあああれが龍も指先で殺せる筋肉ゴリモリで頭の中までパワーでいっぱいの化物ですってぇえええんっ!!?」

「まんまお前だぁあっ!! え、だっ……龍だぞ!? りゅっ……龍!? 居るの!?」

 

 噂では聞いたことがあったけど、眉唾ものだと思っていたのですが!?

 ていうかパワーとかそういう言葉、普通に使うんですね。そりゃ使うか。左慈ってやつがフランチェスカの生徒として降りた歴史があるなら、そっちの言葉だって知っていても不思議は無い。

 

「えぇ~ぇえ居るわよん? 別の外史で華佗ちゃんと一緒に倒したものん」

「華佗と!? ……氣の量が異常だとは思ってたけど、龍まで倒せるのかあいつ……」

 

 前略おじいさま。

 身近に居た男の知り合いが龍を倒した経験がありました。

 世界は広いのか狭いのか。

 

「他に質問はないかしらぁん? 無ぁ~いならそろそろぉ、お話も終わりになりそうなのだけれどーもぉ」

「あ、あー……その。左慈ってやつも、龍を倒せるくらい強い、とかは……」

「左慈ちゃんは攻守で言えば守のほうなんだけぇれぇどぉもぉぅ、その身のこなしは思わず目を奪われるくらいでぇ…………ぶっちゃけちゃうと愛紗ちゃんと互角に渡り合えるくらい強いわよん」

 

 はい死んだァアアーッ!!

 互角!? 愛紗と!? 無茶でしょう!?

 そんなヤツ相手に俺にどうしろと!?

 

「あらあらまあまあ、そんなヤツ相手にどうしろとって顔してるわねぇぃ」

「するだろ! 普通するよ!? 愛紗と互角な相手って……! あれから8年、散々鍛錬しても、愛紗にはてんで勝てる気がしないんだぞ!?」

 

 なのにそんな愛紗さんと互角ですか!? 攻撃側の氣じゃないのに!?

 ぬ、ぬう信じられん……! 伊達に長い歴史を生きてはいないということか……!

 

「ご主人様のほうはどうなのん?」

「お、俺? 俺は……一時期は攻守をひとつずつ鍛えて、結構順調だなーって思ってたところに氣の融合をして、また一から鍛え直した感があるかな……氣の使い方もふりだしに戻るみたいに複雑になったし、簡単にはいかないって」

「んまっ、もう氣の結合は済んでるのねんっ? それってばやぁ~っぱり華佗ちゃんのお陰ぇぃ?」

「そうだけど……なんで知って、って……もしかしてそっちにも“俺”って居る?」

「ええ居るわよん? 今目の前に居るご主人さまよりもかなぁ~りひょろっとしているけれどねぃ。でもそこが守ってあげたくなっちゃう感じがしていいのよぬぇえ~ん……! あ、ちなみに目の前のご主人様は守ってもらいたくなるような、そんな暖かさがあるわん」

「そんなこと訊いてないんですが!? ちょ、頬染めるな! しなをつくるな! だからって近寄ってくるなぁああっ!!」

 

 でも、そっか。

 鍛えてない俺なんてそんな風に見えるのか。

 ……一年だけど、必死だったもんな。

 そこにきちんと違いがあると誰かに言ってもらえただけでも、報われた気がする。現在の自分と前の自分なんて、写真かなんかで見比べでもしない限りはよくわからないものだし。

 

「それで、えぇと。そっちの俺ってどんな感じだ? 何処の国に居るんだ?」

 

 やっぱり魏か? なんて思っていたが、ばっさりと否定された。

 

「私たちは今、ある目的のために団結し合っていると・こ・ろぉん♪ こればっかりは、い~くらご主人様が相手でぇもぉぅ、そう簡単に口にするわけにはいかないの。ごぉ~めんなさいねぃ」

「だっ……抱き締めてやるって言ったら?」

「ぬふぅうううんっ!? もぉおう全部話しちゃうわん! だから今すぐ抱き締めてモナムゥウーッ!!」

「ひおぎゃああああああっ!!? 嘘です冗談です言ってみただけです目ぇ光らせながらこっち来んなぁあーっ!!」

 

 ゴカァアアアとか音が鳴りそうなくらいに目から光を放ったマッチョが、両手を広げてズドドドドドと迫ってくるのを逃げながら叫び、止まってもらった。

 相手が女性で“あなたー、お帰りー!”とか言って飛びついてくるならわかる! 新婚さんの嬉し恥ずかしの一場面としてなら有り得ると思うよ!? でも相手が彼で、唇突き出して突進してくるのはさすがに勘弁!

 友情の確認とかでガッチリと抱き合うとかならまだしも、唇突き出してくるのは勘弁! ていうかあの!? 俺抱き締めるって言っただけですよね!?

 やっ……俺だって別に、最初こそこの格好に驚いたし引きもしたぞ!? でも話してみればいい人だし、質問にも答えてくれるし、ふっと微笑む顔はなんていうかやさしい感じだしで嫌う要素は無いよ!? でも唇突き出して抱き締めに来る男に抵抗するなってのは無茶じゃないかなぁ!! いい人なんだろうけどそこのところはなんとかしてほしいなぁ!

 

「とっ……とにかく……! そうやすやすとは話せないってことで……いいんだな……!?」

「抱き締めてくれたら話すって言ってるのにぃん。んもう、ご主人様ったらつれないお・か・た。ぬふんっ♪」

「…………」

 

 もう、ウィンクによる風にはツッコむまい。

 髪を乱暴に撫でていった突風を思いつつ、半眼&疲れた表情でこくりと頷くのが限界だった。

 

「やることは……まあ、わかった。ウン……つまり……愛紗に勝てるくらいじゃなくちゃ、俺には未来がないってことで…………」

 

 ふと、鼻の奥にツンとした刺激。ああ泣きそう。

 だって愛紗だよ? 戦が終わった今でもなお高みを目指して、鈴々と武を磨くあの愛紗さんですよ?

 8年。

 俺が頑張った年月だが、あの世界の武の才がある人と、俺の8年とじゃあ異常かと思えるくらいに意味が違ってくる。

 いつか凪が俺には氣の行使の素質がある的なことを言ってくれた。うん、ほんとね、氣に関してはあったみたいだよ? 毎日頑張って、時に天に召されかけたりもしてようやくここまでってくらいのものだけど!

 そんな俺があの愛紗さんに? 愛紗さんに勝てるほど強くならなきゃいけない試練を受けるハメに!? そりゃ死んだーとか言いたくもなるわぁっ!!


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