真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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119:IF2/擦れ違いの胎動①

171/選ぶ未来に後悔はありませんか?

 

 なにかのきっかけでめっちゃくちゃ強くなれる。

 そんな状況に憧れなかったわけじゃない。

 漫画、小説、アニメ。見ていて“俺だったらこうして”とか“なんでこうしないんだか”とか溜め息を吐くことだってあり、自分が強くなった瞬間っていうのを想像する。

 

  “鍛錬? 必要ねぇよ、だって俺ならすぐ強くなれるし”

 

 そう思う人もきっと居るんだろうなぁとか思う。例外を唱えるのなら───うん、俺は違います。

 

「ふっ……ぐっ……! ぬっ……ぐっ……!! ホアアア……!!」

 

 ぎしり、ぎしりと歩く。

 動くたびに身体は軋み、苦しいから力んでしまい、筋肉が収縮して熱を生み、汗が出る。氣脈の澱みに穴を空けてみればこれですよ。一気に強くなる? そんな都合の良い話があろう筈がございません。

 ていうかね、そんな簡単なパワーアップが出来るなら、まずは筋肉を鍛えたい。さらに言えば一気に強くなったとして、それに自分の脳がついていけるかといえば全力でNOと言いましょう。“地道に得たもの以外”を、身につけた瞬間から完全に信用しろってのは、少なくとも俺には無理だ。無理だけど……こ、この痛みから解放されるなら、ちょっとは信じてみたいカナァ……!

 

(丹田以外にも氣を練れる箇所が増えたのはいい。いいんだけどさ……!)

 

 それら全てを自分の感覚で扱えるようになるには、いったいどれほど時間がかかるやら。氣の総量は増えた……んだと思う。数値が書いてあるわけじゃないし、それを見せられたわけでもない。けど、えーと、点穴っていうのか? 鍛錬はしているものの、氣に関してはそう詳しいわけじゃないから正式名称なんて知らないんだが、ともかく氣を生み出す箇所は増えた。

 それを利用して、自分が生み出せるものの数を増やす土台は出来た……んだと思う。

 知識不足だらけなものの、出来たと信じなければこの痛みが無駄になります。

 ええはい、つまりは無駄だと思いたくないだけです。

 どうかプラスになっていますように……!

 

(はっ……はぁあ……!)

 

 さて、それはそれとしてだ。

 何故こんなぜえぜえ言いつつも行動しているのかといえば、鍛錬というわけでもなく。

 全身を襲う痛みにはあはあと息を荒げて向かう先は、いったいどこかと訊かれると……

 

(……漏れそうなんだ)

 

 厠でございます。

 いやっ、笑ってくれるな! 全身筋肉痛の時に動くのがどれだけキツイか、知っている人は知っているはずだ! それの上位版と考えてくれていい……!

 そして、その時に襲いかかるビッグorスモールほど恐ろしいものはない……!

 

「み、御遣いさま、大丈夫ですかっ?」

「……! ……!」

 

 そしてこんな時に付き添われる時ほど恥ずかしいことはないかと思う……ッッ!

 なんでこの人はついてくるのでせうか!? あれか!? “俺、ちょっと……”とか言って部屋を出たのがまずかったのか!? 華琳じゃないけど察してくれると嬉しかった!

 ふらふらしてるから心配してついてきてるんだろうけど、我慢しながら女の人を連れて厠を目指すとかどんな羞恥プレイでございますか!? このまま厠に辿り着けば“きゃあ! わたしったらいけない人っ!”とか言って済むのだろうが───ってなんか違う! 厠前とかで伝えたほうが絶対にいい!

 ───いや待て、後にすればするほど恥ずかしくなるだけじゃないか!?

 今言ってしまえば───そう、今!

 

「あ、あの、俺これから───」

「あ、あのあのっ、どうして突然、こんなに身体を痛めたのかは知りませんが、噂は聞いていますっ! ななななんでも御遣いさまはとても鍛錬がお好きで、さらに勉学にも強いとかっ! きっとそのお体の状態も鍛錬の結果なんですよねっ!? 中庭でそのっ、はー、とか言ってたのも鍛錬なんですよねっ!? わわわ私っ、みみみ御遣いさまのお役に立つのが夢でっ! 憧れでっ!」

「ヵ……ヮャ───」

 

 言えませぬぅううーっ!!

 真顔に近い笑みを浮かべた口の端から血液が噴き出るほどの衝撃!

 なんで!? なんでこの状況で自分の仕官動機を話したりしますか!? 

 あぁあああでも8年近くも頑張ったんだろうなぁ! その努力と憧れを厠で壊したとして、あなたはまだ微笑んでくれますか!?

 

「ハ、ハハハハ、ソ、ソウナンダ」

「は、はいっ! でも驚きです……鍛錬でそこまでぼろぼろになるなんて……! きっと強くなることに余念がないのですね!」

(憧れの目がイタイッ……! タスケテ……タスケテ誰カ……!!)

 

 死んだ魚のような目で泣きたくなった。

 

 

 

-_-/凪さん

 

 ───ッ!

 

「隊長!?」

「んあ? どしたん凪~」

「……い、いや。なにか、隊長の身によくないことが起きているような……!」

 

 中庭の東屋。

 休みが合わさったことで久しぶりに揃ってくつろごうという時に、妙な直感めいたものが走った。

 というか、隊長が出て行ってからほぼ毎日感じている。

 鍛錬の度にいろいろと危険な目に遭うお方だから、「気にするだけ無駄なのー」という沙和の気持ちもわからないでもないのだが……何故こう、隊長の身の回りには危険が付き纏うのか。

 女性に関しては自業自得だと真桜は言うが、慕われることを自業自得というのは違う。

 

「凪ちゃん、最近いっつもそれなの。それでいっつも何事もなく終わってるんだから、気にしないほうがいいよー?」

「う……その。わかってはいる」

「んまぁ、直感のあとに大体隊長がひどい目遭っとるのは、まぁ間違いあらへんのやけど」

「やややはり今すぐ追って……!」

「や、呉に行った~くらいしかわかっとらんのに何処目指す気なん?」

「隊長のことだから様々を巡って建業に行き着く!」

「……なんやろ、ウチもそう思うわ」

「そんな隊長だからみんなに好かれてるの。前の時だって、サボりはしたけどやる時はやってたし」

 

 そうなのだ。

 サボりはするものの、大切なことはきちんと纏めてくれる人だ。

 もちろんサボられて困る人も居るだろうが……私も散々と困ったりもしたが、埋め合わせもしてくれる人だ。埋め合わせをするくらいならしゃんとしてくださいと何度言ったかは……数えていないが。

 

「それよか凪、今日の昼、何処にする?」

「あ、久しぶりに凪ちゃんの作ったのが食べたいのー!」

「おー! 賛成ー! 楽して金かけずに美味いもん食えるんやったら大歓迎~!」

「……材料は買ってきてもらうぞ」

「よっしゃ、買い物めんどいから適当に済まそ」

「賛成なの」

「お前らは……」

 

 どこまで動きたがらないんだ。

 こういう時、隊長は素直に動くというのに。

 あの人はなんというか、食事のことになるとやたらと動く人だった。

 それは前の時も、戻ってきてくれた今も変わらない。

 興味があるものがあると、買って自分で試したり、力及ばなければ流琉を頼ったりと。その頼る方向でも調理の仕方などを学び、天の知識と合わせて、より美味になるよう努力するお方だ。

 ……味については、不思議なもので普通の域を出ないのだが。

 あれだろうか。天の味付けの仕方でなければ上手くできないとか、そういうことなのだろうか。天は物凄く便利だと聞く。しかし“ここでの味付けは合わさったものではなくて、ひとつひとつでやらないといけないからなぁ”といつかこぼしていたのを思い出す。微妙な調整が難しく、どうしても普通かそれ以下になってしまうのだと聞いた。

 まあ、そうは言っても諦めていないところがさすがは隊長だ。

 ……諦めないだけ、“普通”を作り続けては落ち込んでいる姿は見るに堪えないのだが。

 

「んっ……やっぱり私が隊長に料理を───!」

「買い物の話からなんで隊長の話になっとんねん……」

「凪ちゃんはほんと、隊長のことになると冷静じゃないの」

「そうは言うが……考えてもみろ。もう8年だぞ。隊長に愛してもらいながら、呉の連中が先に子を宿すなど……私の隊長に対する想いはそんなものだったのだろうかと悩む時があって……」

「そら隊長かて毎日毎晩手ぇ出すわけやあらへんもん。前に風がゆーとったやろ、連日アレやっとったらほぼ水みたいなのしかでんよーになったって」

「い、いや……あれは……」

「真桜ちゃん……そういうのは知ってても言うものじゃないの……」

「やっ……ウチやのーて! 風から聞いたことやって!」

 

 慌てる様子に自然と笑みが浮かぶ。

 この二人との付き合いも随分と長い。

 この二人も、私も、いつか隊長との間に子を儲けるのだろうか。

 そうなったらいい。

 そうしたら、子にも三人で頑張ってほしいと思う。

 

「……二人とも」

「んあ? なにー? あ、ちょい待ち、今ちょっと絡繰の大事なとこいじっとるさかい」

「あ、私も待ってほしいのー。今丁度阿蘇阿蘇の気になってたところにきたから」

「……お前らはたまには私の話を優先的に聞くという行動は取れないのか」

 

 あれから八年。

 随分経つというのに、人というのはそうそう根元の部分を変えることは出来ないようだ。

 それが悪いことかといえば……まあ。

 変わらず、隊長を目で追える自分であることに喜びというものを感じている時点で、答えなどはわかりきっていた。

 変わらなくてもいいものもあるのだ。

 変わっているとしたら、より一層目で追っているという事実くらいだろうか。

 む、むしろ隊長との間に、その、目に見える形がほしいというか。呉の連中を羨ましく思ってしまう。

 

(隊長……)

 

 今、どのようなことをしているのですか。

 先ほど奔った嫌な予感は、隊長に対して働いたものなのでしょうか。

 だとするのならば、近くに居られないことがこんなにも───……

 

 

 

-_-/一刀くん

 

 ……結論に到ったのは案外早いうちだった。

 誰かに助けを求めても、人が集まったら余計にヤバイ。恥ずかしい。

 なのでそこに救いはなかった。

 ではどうするか? ……あとでやりたいことがあるからと部屋で準備をしてもらう、というのはどうだろう。

 

「あ、あの、さ。そういえば、あのー……憧れとかで仕官したなら、どうしてまた呉に? 都でもよかったんじゃ」

「乱世を駆けた英雄の皆様の中で、私にどうしろと……」

(キャーッ!?)

 

 そりゃあそうだったァアアーッ!! みんなが都に集まってる時点で、そこで出来る仕事なんて回ってこないよ!

 あ、ああああ! ごめん! なんかごめん! なんかすごくがっくりと陰が差してきてる!

 

「そ、そうだったなっ……えと、じゃあその、そんなきみに頼みたいことがあるんだけどっ……」

「え……わ、私にですかっ!? はいっ! どんなことでもっ!」

 

 信頼と喜びを込めた期待する人の目で見上げられた。

 ……良心がイタイ。

 

「そろそろ鍛冶場からの報告があると思うんだ。来てくれたのに部屋に誰も居ないと困るから、部屋で待っててもらっていいかな」

「あっ……そうでした! その通りです! ではっ!」

 

 姿勢を正して敬礼ひとつ、シュヴァーと駆けていった先で盛大にコケた彼女を見送りつつ、ひとまず安堵。

 それから目をクワッと見開くようにして、なけなしの氣を解放。

 痛みは歯を食いしばって耐え、厠へと疾駆した。

 一部始終を見ていたらしい男の見回り兵が、“やり遂げたな……”って顔で見送ってくれたが、こっちはそれどころじゃなかった……というかフォローくらいしてほしかった。

 

 ───そうして、解放の安堵と痛みによる苦しみにとても微妙な顔をして戻った俺を待っていたのは、ソワソワうろうろと落ち着き無く動き回る先ほどの女官だった。

 手甲製作を頼んでおいた鍛冶職人もそれほど経たずに報告に来てくれて、兵に案内されて現在の俺の自室へと連れてこられた。そこでなんとなくの形と具体的な形とを話し合い、ともかく氣を乗せることに特化した形を頼むことにした。

 知り合いってこともあって、“一刀”、“おっちゃん”って呼び方で気安いやりとりをした途端、女官から殺気が溢れたのでアイコンタクトをして、その場限りの話し方をすることに。

 ……憧れてくれたのは嬉しいけど、堅苦しくなるのはなんとかならないだろうか。

 

「あの、御遣いさま? 思ったのですが、城の、しかも御遣いさまの部屋に鍛冶職人を招くなんて、して大丈夫なのでしょうか」

「呼んだのが俺ならいいんじゃないかな」

 

 こんなことを言い出すし……や、俺が非常識なのかもだけど、雪蓮あたりなら平気でやりそうだぞ? むしろこっちが頼んでるんだから、城に招くくらいはいいと思うんだが。

 そりゃ、冥琳あたりなら別の場所で話し合えとか言いそうだけどさ。

 俺が鍛冶場までいけばよかったんだろうなぁと思う。……けど、ごめん。正直もう動きたくない……! むしろ動けない……!

 なんて思っていると、おやっさんが捻り鉢巻をした頭をこりこりと掻いて、部屋を見渡した。

 

「へぇ、あの。思ったこと、言っちまってもいいですかい、一刀───」

「……まだ御遣いさまを呼び捨てに……!?」

「おわっとと!? そ、そんな怖ぇえ顔で睨まねぇでくれって! ったく、仕官する前からおっかねぇったらねぇなぁおめぇはよぅ! 偏見持たせるために蜀の学校に出したわけじゃねぇだろうによぅ!」

「父と母にはどれだけ感謝しても足りません。無理して学校に出してくれたことは、生涯をかけて恩返しするつもりです。そしてそんな無理が祟って倒れてしまった父と母を治してくれた御遣いさまには、私の全てを以って感謝を返すのです。勉強ばかりでここに帰ってくることさえなかった私が、父と母が病に倒れたと聞いた時、どれほど苦しんだか……! わ、私は……私はっ……!」

「あー……まぁた始まった……。……んで、一刀? どこをどうしてほしいって───」

「……御遣いさまを呼び捨て……!?」

「だからそりゃもういいって言ってんだろがっ!」

 

 やたらと人懐っこい娘だなって思ってたけど、そういう経緯で憧れてたのか。

 そういえばかなり前に蜀の学校で、建業の実家で両親が病気で倒れて……とか書かれた手紙を手に、泣いてた娘に声をかけた覚えが……。

 呉から蜀への道も楽じゃないし、少なくなったとはいえ山賊盗賊から身を守るための兵を雇うのもタダじゃない。そのあたり……まあようするに、金銭の工面でご両親が無理をしたのは想像に容易いし、病気の両親のもとへ戻るために学業を諦めて兵を雇って帰るとなると、さらに金の問題が、という状況だった筈だ。

 

(ああ……)

 

 ……そうだった。丁度片春屠くんに乗ってたから、俺が行くって言ってお節介したんだっけ。華佗は居なかったから俺がやるしかなくて、その時の娘にはきちんと勉強をするようにって言って、俺は呉に突撃して。着いたら着いたで“病気の夫婦は居るかー!”って叫んで、誰が誰だかわからなかった有様で症状のひどい人から氣による触診を始めて、相手の内側を氣を通して覗いて病魔を潰してゆく。

 そうして虱潰しをしたのちに、氣の使いすぎと集中のしすぎでぶっ倒れたことは恥ずかしくて忘れたい過去だ。……だから今さら思い出したってこともあるんだろう。うん、恥ずかしい。

 

「御遣いさまは倒れるほどの治療を続けてもまだ、民を一番に見てくださったんです……! 感動しました……! この人のためならと学業ももっと頑張りました……!」

「で、見事仕官したはいーけど、一刀ん周りにゃ乱世の英雄ばっかが集まって、出る幕がなかったって話だろ、聞き飽きたって」

「みなさんの腕っ節や頭の良さがどうかしているんです! どれだけ頑張っても追いつける気がしませんよ!」

 

 涙目だった。

 うん。あの人たち、ちょっとおかしいってくらい能力が異常だよね。

 正常であったなら、俺もまだ追いつけたんだろうけどさ。

 でもね? 俺ね? そんな中でもとびっきりの人に勝てるくらいまで強くならなきゃいけないんですよ? 目標が高いほうが鍛え甲斐がある……そう思っていた時期が、僕にもありました。───今でも変わってはいないけどね。その道の途中で泣くくらいは許してくださいお願いします。

 

「はぁ……ま、とりあえず口調もきちんとしねぇとこいつがうるせぇから……ん、ごほんっ! あー……御遣いさま?」

「すごい違和感だ」

「そう言わんでくだせぇ、って。じゃねぇとほれ、こいつがものすげぇ睨んでくるんだから。で、ひとつ言いたいことがあるんですがね」

「あ、ああ、うん。きょろきょろしてるあたり、予想はつくけど。どうぞ」

「へぇ、それじゃ。……なんというか、あまり……その。御遣いさまって感じの部屋じゃあねぇですなぁ」

「なっ……! みみみ御遣いさまになんてことを!」

「ああ、いいっていいって。殺風景だって自覚はあるし。ていうか言葉のたびに怒ってたら疲れるだろ、落ち着いて」

 

 実際、都の部屋もここと変わらないもんなぁ。

 ただ勉強用の本とかがあるくらいで、あとはバッグと木刀だけと言っても過言じゃない。大体、ごっちゃりと私物があったところで何が出来るわけでもない。

 なのでこの話題も長くは続かず、図を引いては手甲のことを話し合った。

 

「御遣い様は、なぜ手甲を? 武器は木刀でしたよね」

「最近は体術にもハマっててねー」

「はま……?」

「夢中になってるってこと。でも素手で殴るとやっぱり痛くてさ。衝撃を霧散させちゃうと装填出来ないし、だったら衝撃を受け止める役は手甲に担ってもらおうかと」

 

 なので手甲だ。

 その手始めとして鉛筆……黒鉛と粘土を混ぜて固めたものを手に、白板に図を書くわけだ。絵が下手なのは相変わらずだが、気にしない。

 

「こんな、丸っこい手甲でよろしいんで?」

 

 と、描いているところへおっちゃんが話しかけてきた。

 丸っこい……うん、丸っこいな。

 

「相手の武器を逸らすことも意識してるから、ゴツゴツ尖ったものよりも丸っこいほうがいいんだ。……出来るかな」

「ええ、そりゃもう。むしろごつごつしたものよりも楽でさ。ただ、どれくらい硬くするかで重量も決まってきやすが……」

「えっと、そうだな。愛紗……関羽の攻撃にも耐えられるくらいので」

『無理です』

「即答!?」

 

 しかもハモった。

 ああうん、まあ、そうだよなぁ。華雄の一撃でもレプリカが折れるこの空の下。あの関雲長の一撃に耐えられる材質がございますかと訊かれれば、それはもちろんございませんと唱えましょう。

 だがしかしでございます。なにもまともに受け止める気はないのだ。受け止めたら腕が折れるだろうし、むしろ折れた手甲に圧迫されて複雑骨折しそうだし。つまりは逸らすまでの間を耐えてくれる材質であればいい。それ以上を望むのは欲張りすぎってものだろう。

 

「多少重くなってもいいから、硬さ重視でお願い。一日やそこらで使いこなせるようになるつもりなんてない……というか、つもりがあってもどうせ出来ないだろうから、時間をかけて慣れるつもりなんだ。あとは都の真桜……李典とも相談して、氣を通し易くしてもらうつもりなんだ」

「氣を、ですかい。あっしは氣についてはさっぱりでやすからねぇ……よっしゃ! そんじゃあ形や材質は任されやしたっ! 随分前になりやすが、工作設備について李典様にゃあお世話になりやしたし、その形だけでも立派にしとかにゃあ笑われちまいやさぁ!」

「鉱石とかは?」

「そっちも抜かりなしでさ。それも同時期あたりに玄徳さまが雪蓮ちゃ───げっほごほっ! 孫策さまに教えてくだすった採掘場で取れたやつがありまさぁ!」

「そっか……ああ、あれか。俺が戻ってくる前にやってたっていう」

 

 俺が戻ってくる直前、桃香と雪蓮が良い鉱石が採れる山とかについて話していたんだとか。学校の話が出たのもその頃で……もう随分経ったなぁ。ほんと、何度も思うけど随分と歩いてきたもんだ。

 

(……それにしても)

 

 雪蓮は相変わらず、こういう職人にも真名を許してるんだなぁ。

 民にも真名を許してるほどだ、そりゃあ自身が振るう武具を作る人にも許すか。

 でもな、雪蓮。“ちゃん”はないだろ、“ちゃん”は。

 

(呉はほんと、将も民も会わせて家族って感じだもんな。難しく考えなければ真名を許すのも……雪蓮としては当然なのかもな)

 

 誰もが笑って暮らせる天下。

 そこへ辿り着いた結果は今にあるかは……まだまだわからない。

 あとになって振り返ってみれば、“ああなんだ、みんな笑ってたじゃないか”って苦笑するのかもしれないけれど、現時点でやらなきゃいけないことが多すぎて、ゆっくりと後ろを振り向く時間なんてありゃしない。

 安定してやることが少なくなったとしても、のちに待つ仕事がないかといったらそんなことはないわけで。むしろ各国で頑張っている新兵の皆様や新しく仕官した者たちは、目が回る思いだろう。

 ……慣れるまで、地獄だもんなぁ。適度にサボっていた俺が言うのもなんだけど。

 

「手の大きさなどを測りやす。手、いいですかい?」

「っと、ほいほい」

 

 握手するくらいに気安く手を差し出して、いろいろと測ってゆく。

 メジャー……うん、あるんだ、メジャー。

 もう真桜が居て知識さえあれば、なんだって作れる気がするよ俺。

 鉛筆の案もあっさり受け取って、黒鉛と粘土掘ってくれば混ぜて圧縮してあっさり作っちゃうし、空飛びたいって言えば空飛ぶ絡繰作っちゃうし。軽いドリャーモン状態だ。竹コプターなんて作られたら、もう現代を思って泣くところだ。……空トプター(飛べません)でなかったことだけは感謝しよう。死にたくないし。

 

「なるほどなるほど……」

 

 計ったことを手持ちの黒板に書いていくおっちゃん。

 さすがにまだメモは普及できていないので、消してすぐ書ける薄い黒板が今のところの簡易メモの役割を担っている。

 竹簡でもいいんじゃないかと思うかもだが、いつかのメモ騒動の春蘭を思うと……ね。それに墨を持ち歩くわけにもいかない。書いてすぐ乾くならまだしも、筆だって持っていなければならないのだからそう簡単にはいかないのだ。

 なので黒板。メモがなくても薄い小さな黒板とチョーク(改良型)さえ持っていれば、案外どうとでもなるというもので。重くもないから持ちやすいのだ。……紙と比べればそりゃあ重いのは当然だけどね。

 とまあ、そんな黒板のお話はさておいて、話がある程度纏まると、おやっさんは早速動いた。俺も出来上がる手甲に思いを馳せながら身体を癒すことに集中。女官さんには自分の仕事に戻ってくれと頼んで、穿った氣脈の穴を見守りながらの長い長い休憩が始まった。

 


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