真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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121:IF2/あの日、包まれた暖かさへと零すもの①

173/誤解の日々が反抗期として清算されたのち、ファザコンが生まれた。そんな日々。ただし思いが届くとは限らない。

 

-_-/北郷かずピー

 

 カサモショと音が鳴る。

 なんの音か? 多分、髪とかが擦れる音じゃないか?

 なにと擦れているか? ……紙袋だろ。

 

「あの……ご主人様? それは一体……」

 

 戻ってきた翌日の、御遣いの部屋でのことである。

 昨日は呉で起きたことなどを纏めて華琳に報告、冥琳や朱里や雛里を伴ってのこれからの方針などの相談をして一日が潰れた。……魏方面からは桂花も居たが、俺のことを睨むばっかりでまともに聞いていたかどうか。……聞いてたんだろうなぁ、仕事はきちんとするし。

 で、その翌日の朝。

 何があったのか、朝から我が自室を訪ねてきた紫苑の前に、ソレは居た。

 剣道着、剣道袴を着た上、紙袋を頭に被った男。

 長方形の穴を目元に(あつら)え、額に輝くは校務の二文字。

 動くたびに髪と紙袋がこすれ合い、カサモショと鳴る存在……名を校務仮面といった。

 まあその、なんだ。ノックして了承を得て中に入ってみれば相手がコレなら、紫苑の驚きも当然のものだろう。

 ならば、“それは一体”という質問。どう返すべきだろう。

 

「…………、…………、───!」

 

 しばらくゆらゆら揺れながら思考……そして閃いた。……おまけに奇妙な動きとして、若干紫苑に引かれてた。大丈夫、校務仮面は挫けない。

 

「やあ! 初めましてお嬢さん! 私は校務仮面。学校の整備に命を燃やす、己の中に存在する正義のみの味方さっ!」

「あら、あらあらうふふふふ、ご主人様ったら」

「あれ? や……違うぞ? 俺ご主人様とかそういうのじゃなくて校務仮面で……あの……聞いてないね?」

 

 お嬢さんって言ったあたりから、なんかもう全てを許しますって笑顔を向けられた。

 その顔はまるで、息子の悪戯を“仕方のない子ねぇ”と笑って済ます懐深き親のよう。

 ……あ、あれー? 俺っていつ、悪戯なんかしたっけー……。

 

「それで? どういった結果を求めているのですか?」

「別に。変装でもしてれば、子供たちも蹴るために寄ってこないだろって、そんなとこ」

 

 子離れするなら、元の姿で蹴られる必要もない。

 だったら変装しかないだろう。

 子供たちに校務仮面姿を見せたことなど一度もない。

 だったら、きっと華蝶仮面みたいな不思議な効果でバレやしないに違いない。

 いや、ほんと……あれってなんで、どうしてバレないんだろうな……。

 

「……報告で仰っていたそうですけど……。子供を構うことから離れ、鍛錬に励むと」

「ん、本気だ。詳しくは言えないし、言ってもわかって……もらえるかもだけど、ショック……ああいやいや、衝撃とか大きすぎて、未来に希望が持てなくなりそうだから言えないんだけどさ」

 

 頭を掻こうとしてら紙袋に邪魔された。……気にしません。

 

「……どうしても、やらなきゃいけないことが出来たんだ。だから、そのためには強くならなきゃいけない。幸いなのか不幸なのか、子供たちはとっくに親離れしているみたいだからさ。あとは俺が離れれば済むことだよ」

「それは、どうしてもそうしなければいけないことですか?」

「目指す場所は“どうしても”だ。これだけは譲れない。で、質問に“どうしても”がついているなら、答えは……“精一杯やらなきゃ後悔する”だ。中途半端にやって、もし届かなかったらと思うと、俺はその時の俺を自分で殺したくなる」

 

 なんとかなると思った先で潰れたら、結局俺は手を抜いて、否定を認めたことになるのだろう。力が及ばなかった。ダメだった。それはどうして? 全力を出し切った。ああそうだろうな、その時点での俺は全力を出した。ただしそこに到るまでの時間、俺は全力ではなかった。そこについてくる結果なんて、それに見合ったもの以上などありはしないのだ。仮にそれ以上が手に入っても……きっとそれは、手に余る。

 

「というわけで、朝食食べたら鍛錬だ。もう人目を気にすることなく思いっきりやる。大体不規則な生活の中で鍛錬したって、まともな効果が得られるかっていったら……氣に関しては難しいけど、筋肉側で見れば得られるわけがなかったんだよなー。……筋肉成長しないけどね」

 

 自分をからかうように笑って言葉を放って、それで終わり。

 さて。

 また今日も、一日が始まる。

 せいぜい後悔しないように。後悔すると決まっていても、後悔の幅が……最果ての自分が気づかないくらいに狭いものであれるよう、努力をしよう。

 ……もう、娘の蹴りを気にして振り向くこともないのだから。

 

……。

 

 …………うん。

 蹴りは気にしなかったよな。蹴りは。

 べつに殴られたわけじゃないし、膝かっくんとかの嫌がらせを受けたわけでもない。

 ないんだが……

 

「……! ……!!」

「………」

 

 この、瞳を太陽のように眩しく輝かせているお子めらの身に、いったいなにが起きたのでせうか。

 朝食を食して中庭に出て……鍛錬。そこまではいい。

 しかしそこへやってきたのは孫登と甘述であり、まずは俺を見てから首を傾げ……次いで、この校務仮面の額に刻まれた校務の文字を見て停止。

 ……その停止のあとに、そろりそろりと近づいてきて……急にガッと服を掴んだかと思うと、人を見上げてこの瞳である。登は輝く瞳で、述はじと目だ。……え、なんで?

 

(な、なんだ? いったい何が起こってるんだ!? 俺……なにかしたっけ!? いやいやっ、俺娘たちの前でこんな格好したことない!)

 

 あ、あー! もしかして人違いかなにかか!?

 

「あ、あのっ! ご無礼を承知でお訊ねします! あなた様はもしや……こ、こここ、校務仮面さまでいらっしゃいますのでしょうか……!?」

 

 なんで名前まで知ってるの!? 俺教えた記憶がないんですが!?

 しかし訊かれたのならば答えよう! 校務仮面は紳士なのだ!

 

「校務仮面だ」

 

 だが決して慌ててはならない。丁寧な対応をしましょう。

 校務仮面が焦る瞬間は、正体がバレそうになった時だけでいい。

 などと綺麗な礼をしてみせた瞬間、述が校務仮面の命である紙袋へと手を伸ばしてきた。ええ、もちろん素早く躱しました。

 

「貴様! 礼をするというのにそのおかしな被り物を取らんとは!」

 

 するとムキーと怒ってくる述。

 ……マテ、本当になんだ? 何故娘らに襲われないようにと被った校務仮面が、こうも相手の興味を引いてしまうのだ? ……やはり仮面から滲み出る紳士性の所為だろうか。さすがだな、校務仮面。“俺”ではこうはいかない。

 

「いかん! 校務仮面の正体は絶対に秘密なのだ!」

 

 が、紳士性が素晴らしいからといって、正体を教えるわけにはいかない。

 理由は口にした通りだ。なんで、ではなく、校務仮面だから秘密なのだ。

 他の答えなどない。

 “1+1=”の答えに疑問を持つ子供などいない。理解してしまえば、受け入れてしまえばそれが当然であるように、校務仮面の正体は絶対に秘密なのだ。

 ……なのだけれど、そんな俺の態度にイラッときたのか、述がまるで春蘭のように“なにぃ!? 貴様ぁ!”と言いそうな目でこちらを睨んでくるわけで。やがてその口から似たような言葉が出るかも、と身構えたところで、

 

「述。失礼だろう」

 

 動きを見せようとした述に、登が待ったをかけた。

 途端にしゅんとする述は……なんといえばいいのか。

 いや、今は娘達との会話に時間を割いている暇はないはずだ。もっと頑張らなきゃいけない時なんだ。

 決意を新たに、行動を起こそうとすると、述が俺を睨みながら拳をギリ……と握り締めた。そんな述を再び止める登。

 

「述。なにをするつもりかはわからないでもないが、やめておけ。私達ではどう足掻いても敵わぬ相手だ」

 

 …………あれ? ちょっと待て。何をどう見たらそんな言葉が出るんだ?

 

「校務仮面さまは凄いんだぞっ。雨が降れば空にある曇天を拳から放つ氣で吹き飛ばし、泣く子が居れば一瞬で笑わせて、怪我をした者が居れば一瞬で治してっ!」

 

 まてまてまてまてあなた一体どんな幻想を見ているので!?

 え!? 曇天を氣で!? 泣いた子供や怪我した人をほうっておけないとは思うけど、曇天は無理だろオイ!

 

「なっ……子高姉さま、それは本当なのですか!?」

「ああっ! こう、氣で風を巻き込むようにして、天に昇る渦のような強い氣で雲を吹き飛ばすんだ!」

 

 孫登さん!? あなたにいったいなにが起きたので!?

 出来ないよそんなこと! 氣で冷気とかを作れるようになったならまだ多少は出来るかもだけど、少なくとも人力竜巻とか無理だよ!?

 

「……しょ、少女よ。この校務仮面のこと、誰から聞いたのだ?」

 

 わからないなら訊いてみる。これ、人間の知恵。

 

「は、はいっ! 伯珪さまですっ!」

 

 白蓮さぁあああああん!? あなたいったいこの子になにを吹き込んだので!? 誇張するにしてもやりすぎだろこれ!

 なんかおかしいと思ったら、これって憧れの眼差しってやつだよ! つい最近見たなぁとか思って当然だった! 呉で散々とあの女官にこんな目を向けられたもの!

 

「…………すまないが、校務仮面はこれから鍛錬があるんだ。だから相手をすることは出来ない」

「目で見て盗めということですね!?」

「人の話を聞こう!?」

 

 あああああもうほんとにこの世界の住人だなぁって、すごい実感が湧く返事だよ!

 なんでこうこの地で育まれた生命は、人の話を聞いてくださらんのか!

 あ、あー……いや、なんかもうそれでいいか。相手をしなければ自然と飽きるだろうし。

 

「……くれぐれも、邪魔だけはしてくれるな」

「はいっ!」

「…………ふんっ、どうせそこいらの男らと一緒で、大したことなどないに違いない」

 

 前略おじいさま……娘が、登が、子高が物凄く素直です……!

 憧れの目で、この父めを見てくださいます……!

 でもここで折れてしまえば、自分のことへの集中を外してしまえば、きっと先の未来で後悔することになるのだろうから。

 鬼になれ、一刀。折れずに、未来を目指す無二の刀となれ。

 

……。

 

 そうして、鍛錬は始まった。

 開いた孔から湧き出る氣を、身体に馴染ませるために基本に戻っての城壁ダッシュ。

 

(右左右左右左右左右左右左右左右左……!!)

「へっ!? ふえっ!? は、はや……!?」

「え、え……? ばかな! おとっ、男があんなに速く……!?」

 

 最初は肉体のみのダッシュで一周。次に氣を込めて走ると、景色の流れが一気に加速。

 氣を使っての“普通のダッシュ”で一周を終えると、次は氣での加速ダッシュを実践。

 一歩の度に石畳を蹴る足が氣で弾かれるように持ち上がり、一歩一歩のたびに速度が上昇。

 

「す、すごい……! 凄い凄い! ほらっ、述っ! 校務仮面さまはすごいっ!」

「なななななにかの間違いです! 男が! 男がぁあ!!」

 

 加速ダッシュが終わると、次は氣を使い分けてのダッシュ。

 氣を纏わせた自分の身体を前へと飛ばすイメージと、地面を蹴り弾く足を氣で加速させて、走るというより前方に吹き飛ぶように進む。武器の重さを軽くさせる氣の使い方の応用だ。

 ここまでくると紙袋が鼻とか口を塞いで、かなり苦しいですハイ。

 

「……ふっ!」

「はうっ!? 座ったままの姿勢で跳躍を!?」

「そんな……人はあんなに高く飛べるのか!?」

 

 さらに応用。

 自分の重さを氣で無理矢理軽減させた状態……このまま地面を思い切り蹴って跳ぶと、体が面白いように宙に跳ぶ。

 散々と様々な将に吹き飛ばされながら編み出した、落下ダメージを軽減させる氣の応用がここで役に立った。うん、まあつまりは落ちた時に自分の体重がダメージに繋がらないよう、身体を氣で持ち上げるイメージを……その、増量した氣を以って全力で軽減した先の…………技術って言えるのか? これ。

 人間の体重を軽くするほどの氣となると、結構使うわけだが……まあ放つわけじゃないから消費はない。……けど、疲労がないわけじゃない。

 

(そういえば……)

 

 身体を軽くする氣、軽功っていうのがあったのを思い出す。

 切っ掛けは漫画で、スプリガンってやつだったが……あれは凄かったな。

 人の身体で葉っぱの上に乗っても落ちないとか、そんなのだった気がする。

 それを思い出してから実践をしてみたが、まあ……軽くすることは成功した。

 空を飛ぶなんてことは出来ないが、軽功本来の“身体を軽くする”、“高く跳ねたりする”、“速く走ったりする”ということは成功しているのだ。

 なにかひとつを修めるっていうのは大変なのことだ。

 俺の場合、身体を鍛えられないから氣に集中することが出来たって部分が大きい。

 もひとつ言えば、修めたとはいっても完璧じゃないので、ただ使えるってだけだ。

 応用さえも極められれば、きっともっと……面白いことになりそうだ。

 

(……勝つとか殺すとか、そんな物騒なことじゃなくてさ。結果的にはそうなるにしても、尖った心じゃなくて……)

 

 焦りばかりじゃなくて、どうせこの身体に叩き込むなら、楽しみながら叩き込みたい。

 肯定を目的に進むなら、ギスギスしたのは違うと思うんだ。

 

「ほっ!」

「ふわ……こんな高いところから落ちたのに、普通に走ってる……!」

「……す、すごい……すごいすごいっ! 子高姉さまっ、彼は何者なのですかっ!?」

「もちろん校務仮面さまだっ!」

 

 娘らがなにやら興奮しているが、自分のことに集中しよう。

 城壁から中庭へ飛び降りて、衝撃は化勁で逃がし、そのまま走る。東屋までの距離を走る勢いそのままに地面を蹴って、軽功を使って跳躍。東屋の屋根に一気に飛び乗ると、そこから少し走ってさらに跳躍。強引に木に飛び移ると、さらに跳躍して城壁を蹴ってさらに跳躍、上まで上ることに成功。

 随分前にやった借り物競争の際、思春がやっていたことを思い出してのことだったんだが……出来るようになった自分が嬉しい。やばい、これは表情が緩む。紙袋のお陰でバレることはないから、盛大にニヤケながら続けるわけだが。

 

(よし……いい感じ。集中集中……!)

 

 そうして、準備運動の時間は続いた。

 娘達が慌てて追ってくることに気づいても、心を鬼にして自分のやることに集中して。

 

……。

 

 やがて準備運動が終わる。

 

「すぅ……はぁ……───んっ。よしっ」

「かっ……っ…………ひゅっ……は、ひゅっ……!」

「はー! はー! かはっ……、うぶっ……げっほ! ごほっ! あ、うぅう……!」

 

 汗は掻いても呼吸は乱さない。

 そんな調子で鍛え続けた8年……それは確実に自分の体に染み付いていっていた。

 お陰で紙袋は湿っても、身体はとても元気だ。

 ……娘たちが呼吸困難状態っぽいが……エ、エエト、無理するなとか言うくらい、イイカナ。イイヨネ? ネ!?

 

(い、いやっ! 離れるって決めただろっ! むしろここで俺が手を貸したら、自分が自分で娘達を“俺の鍛錬の時間を邪魔する者”に仕立て上げることになるじゃないか!)

 

 それはダメだ。

 そんなのは言い訳にもなりゃしない。

 だから鬼になれ。

 自分に集中しろ。集中を……!

 

「……、───」

 

 集中。

 自分の氣の動きにのみ思考を働かせるようにして、手甲をつけた両の拳をギュッと握る。まだ爪が生えてきてないから、握り締めるだけでもとんでもなく痛いんだが……それは氣で誤魔化してやっている。

 素直に気絶だけしていればいいのに、どうして寝巻きを引っ掻いたりするかなぁ。お陰で寝る時と起きる時が辛くて。手を氣で保護しながら寝るのって集中力がいるし、集中すると眠りづらいし。朝起きると当然氣なんて纏ってないから起きた瞬間物凄く痛いし。

 さすがに華佗でも爪を瞬時に伸ばすような芸当は無理だろうなぁ…………う、ううん? あれ? 人命蘇生と爪を生やすのって、どっちが凄いんだ? あれ?

 

「………」

 

 疑問に首を傾げると同時に、無駄に入っていた力を抜く。

 痛いからって強く握り締めて誤魔化す、というのもいいかもだが、それで殴れば悪化するだけだろう。なにより“当てるため”に速度を出すなら脱力だ。

 握りこまなければ殴っても意味は無いかもしれないが、硬さは手甲でもう間に合っている。なら、あとは相手に届かす速さがあればそれでいい。

 手は軽く……握るまでいかない程度で。グラップラーなアレのように菩薩の拳をしろとは言わないから、ともかく拳ではなく手甲を当てるつもりで。

 

「、シッ!」

 

 脱力から加速、正拳。

 右が終われば左。左が終われば右。

 関節にかかる負担を氣で受け止め、拳の加速に利用する。

 そうすることで拳を突き出す速さは増してゆき……まあ、あれだ。拳を下げた時に背中の筋や骨にぶつかった際、氣で地面を蹴り弾く要領で拳を前に突き出しているのだ。

 当然、衝撃が蓄積されて、弾く威力が上がるたびに速度は増してゆく。

 ……まあ、次第に筋が耐えられなくなって中断になるのだが……ならばその筋も氣で守ってくれようと、以前より多くの箇所から湧き出る氣を思う様に使い、拳を振り続けた。

 結果。

 

「─────────!!」

 

 パァンッ、と何かが弾けるような音がして、ギャアーッと叫びたくなるほどの激痛が右腕に!

 何事かと言って焦ることでもないのだが……筋は守られていた。衝撃対策はバッチリだ。

 でも衝撃は吸収出来ても、伸縮する肩の皮とか骨は、人体である以上どんだけ気を使ってて痛めてしまうときはあるわけで。つまりは氣を緩衝剤に使っていようが、急に伸びた筋とか皮は痛いです。

 

「……、……、……!」

 

 痛い。が、冷静に癒しの氣を以って鎮めてゆく。

 呉から戻ってくる間、盗賊山賊に遭うこともなくのんびりと休憩できたお陰で、氣脈も随分と癒えてくれた。

 完全とは言わないまでも、親父が“いいからおめぇはたまにはゆっくり休め”と何もさせてくれなかったこともあって、本当に、本当~に久しぶりに何もせず過ごす毎日を生きた。

 “するとどうだろう”って言いたくなるような変化があったのは、つい先日だ。

 どれだけ疲れていたのか、“休んでいいんだ”って意識が身体全体を包んだ途端、すとんと気絶するように眠った俺は、呆れるくらいの時間を眠った。もちろん食事とかの際には親父に起こされて、邑で食べたり適当な川で魚を捕ったりで食べた。けど、それ以外はほぼ眠っていた。

 

「すぅうう…………はぁあああ……」

 

 起きると氣脈に澱みがないか、穿った点穴は塞がっていないかを必ず調べて、おまけに自分の体の中の氣の流れ方を落ち着いて見てみることも続けた。

 軽功とかを頭の中で構想したのもその時だ。

 漫画で見た知識ではあるものの、たかが漫画と侮るなかれ。“そういうことだって出来るかも”は、可能性を広げる大切な鍵だ。なんでも試してみて、本当にダメそうだったら諦めればいい。やらずに諦めるのはもったいないのだ。

 だって、せっかく氣ってものが本当に存在するんだ。やらずに鼻で笑うのは本当に、もったいない。

 

「……、……」

 

 さて。ダッシュはしたものの、体を伸ばすストレッチはしていなかったことを思い出して、柔軟を開始。

 むしろ柔軟からやるべきだった。反省。

 

「……う、うぅうぇぅ……」

「あぁあうぅう……」

 

 少女二人がゾンビのような声を出しながらも、真似ようとのろのろと動き出す。

 声は……やっぱりかけない。

 軽い自己嫌悪めいた気分に襲われてしまうが、歯を食い縛って我慢する。

 そんな俺をよそに、軽い溜め息をつきながらも二人に水を飲ませる姿があった。……白蓮だ。

 

「………」

「───」

 

 白蓮は“不器用なやつだなぁ”なんて目で俺を見たあとに、目が合うと肩をすくめて苦笑。

 俺は感謝の意を込めて軽く頭を下げてから、鍛錬を続行した。

 そして白蓮さん。あとで校務仮面について、いろいろ訊かせてもらいますんで。


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