真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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121:IF2/あの日、包まれた暖かさへと零すもの②

-_-/曹丕

 

 ………………。………………。

 

「…………はっ!? ~……」

 

 呆然としていた頭を振って、もう一度彼の鍛錬する姿を見た。

 柱の影に隠れて、そっと。

 

「………」

 

 妙な紙袋を被っているけど、どこをどう見ても父だった。

 校務仮面とか言っていたけど、どこをどう見ても父だった。

 むしろ気づかない登と述がどうかしている。

 ……もちろん、私も興味が無いままだったら気づこうともしなかったかもしれない。

 

「わぁあ……」

 

 現在、見慣れない服(あとで伯珪に訊いたら、剣道着と剣道袴というらしい)で鍛錬を続ける、紙袋を被った父は……物凄い速度で両の拳を交互に前に突き出している。

 最初の音は凄かった。パンッて鳴った。試しに同じ構えで拳を振るっても、そんな音は鳴らなかった。(あとで伯珪に訊いたら、衣服同士が翻った拍子にぶつかっただけらしい)

 

「………」

 

 幾度か拳を突き出すと、唐突に身体を伸ばす運動を始める、とと……ち、父。

 じっと見つめていると、どうやら伸ばした箇所に氣を集めているらしいことがわかった。

 それがどういう効果があるのかは……鍛錬法にも書いてあったけれど、よくわからない。

 そうするといい、ということしかわからなかったのだ。

 美羽に言われて私もやったことはあるけれど、あれは結構辛い。身体を伸ばすことと氣を使うこと、しかも氣は一箇所に集中しなければいけないし、伸ばす箇所が増えればその分を分けて集中させなければいけない。

 ……ただ、あれを続けていると、氣を切り離して使うことを身体が覚えてくれるから、出来るならやったほうがいいとは思う。……あれ? これがあの鍛錬をする意味なのかな。…………なのかしら。

 

「……あれ?」

 

 しかし、ふと気になったことがある。

 どうして今日は夜中に鍛錬をしなかったのか。

 鍛錬見たさに夜更かししてしまった自分に呆れた上、お陰で少し寝不足だ。

 けれど見たかったのだ、仕方が無い。

 どうして急にそっけなくなってしまったのかはわからないし……ただ、可愛くない子供たちに愛想が尽きただけの話なのかもしれない。知ることが出来るのなら知りたい。知って、そこから仲直りをしたい。

 酷い掌返しだけれど、それでもまた、私は……あの頃の、“楽しい”を知っていた自分に戻りたい。

 具体的に言うと構ってほしい。

 自分から勝手に離れたくせに、どうやら私の中には父親に甘えたいという厄介な心が、あの頃からずっと溜まってしまっていたようだ。

 父の行動の真似をしてみるだけで、頬が緩む。

 

(えと。こうして、こうして……こう)

 

 足を前後に開いて、拳を腰に溜めて、後ろに下げた足の爪先から回転を始める。

 その回転の速度が死なないように足から腰、腰から肩……と連続で回転させて、最後に拳。

 ひゅっ、と突き出した頃には、とんでもなく緊張していたらしい私は……たった一回の突きだけで汗を垂らし、ふっふっと息を弾ませて…………顔をとろけさせた。

 むず痒い。

 あの人は私の父なんだと誰かに言いふらしたいような、妙な気分。

 大事なことをそっちのけで、偉大であった父の姿に足をぱたぱたさせた。こう、素早く足踏みするみたいに。……そんな時、丁度傍を歩く兵に、とろける顔と足のぱたぱたを見られた。

 

「はうぅっ!?」

「あ、や……その。…………し、失礼しました」

 

 ぺこりと頭を下げ、歩いてゆく兵。

 驚いたままの格好で固まり、たぶん真っ赤であろう私。

 ……あ、あれ……? なんだか死にたくなってきた。なんだこれ。

 恥ずかしいとかそういうのではなく、なんかこう…………死にたい。

 

「…………落ち着きなさい、私」

 

 そう、まずは落ち着こう。

 そうよ、まずは大事なこと。

 ……私はまだ、誤解していたことを父に謝れていない。

 いえあの、ごごご誤魔化しとかそんなのじゃなくて、謝れていないのは事実で。ええと。はうぅ。

 

「………」

 

 再びちらりと見る。

 昨日はずっと母さまと話していたようだし、私は全然、まったく、話す機会さえなかった。

 話そうって意味も込めて夜中に待っていたのに、結局鍛錬はしなかったようだし。

 とにかく謝るんだ。謝って、許してもらえるまで何度でも機会を作る。

 ……あの人は、私にどんな暴言を吐かれたって小ばかにされたって、諦めずに語りかけてくれた。

 

(今度は私の番なんだ)

 

 頑張ろう。もちろん仕事優先だけれど。

 誰かひとりにかまけて、大事な仕事を手付かずにする、なんていう尊厳を冒すことはしないわ。

 そう……母と、そして父の娘として高く在れ、曹子桓。

 親と比較され続けるのは、正直に言ってしまえば“重い”。

 自分の中の理想の先を往く曹孟徳という存在は、どれだけ手を伸ばしても届かないという雲の上の存在だ。

 なのに、そんな存在がもう一人だ。

 昨日、構ってもらえなかった時間を使って倉に入り浸った。当然、父さまの書簡竹簡を見るためだ。

 見れば見るほど素晴らしかった。私なんてまだまだ未熟だと知った。

 “大人と呼べる年齢でもない子供に、そこまでを願うべきではないだろう”とは自分でも思う。

 周りも“頑張り過ぎても身に着かない”と言ってくる。それはそうだ。

 けれど、そんな常識を一段飛ばしするような鍛錬をしている人を私は知った。

 私達が教えられた鍛錬法は、実に“子供向け”だ。

 なるほど、確かに随分と伸びが速いと褒められたこともある。子供向けを子供がやったのだから当然だった。

 

「すぅ……」

 

 書簡を読んでからはずっと続けている、“寝る時以外のほぼ全ての時間、氣の集中を続ける”こと。

 自分の現在の氣の総量を正確に把握して、それが一日の終わりに無くなるよう身体に覚えさせる鍛錬。

 続けて行うことで氣の総量も増えるし、氣を使っていない状態からの行使、集中の移行が随分と早くなる。らしい。それから治療の氣。他の書簡に書いてあった“手当て”の要領と同じく、痛んだ部分へ氣を集中させておくと、痛みが引くのが早い。

 手当てというのはあれだ。痛みなどを感じる箇所に手を当てていると、多少なりとも痛みが引くのが早いという話。本当なのかは別として、もっと小さい頃に痛みを和らげてくれた父の手は、とても温かかったのを覚えている。

 あれが氣を使ったものなのか、手当てだったのかはあの頃の私にはわからなかった。わかろうともしなかった。

 その頃の私が理解できたことなど、父はやさしいということだけだったから。

 だからもしかしてを考える。小さな頃、痛みが消えるのが早かったのは、私が痛みに強かったからとか、自然治癒能力がどうとかの話ではなく、もしかして……と。

 

 

「はぁ……」

 

 ともかくこの氣。筋肉痛の身体に満たしてやれば、ほんのちょっとだけ軽くなった感覚を覚える。

 まあ、どれだけ氣の行使が上手くても、またすぐに駆けずり回らなければならないのだけれど。

 

「そろそろ仕事ね……」

 

 時間を知らせるものがあるわけでもないけれど、朝の空気の変化というのは案外わかるものだ。

 そんな感覚が私に“そろそろ仕事だ”と報せるから、溜め息を吐きながらも父の姿をもう一度見て、移動を開始する。……なんだか両手の指から物凄い数の氣の弾を発射してた! なにあれすごい!

 自分の内側から沸き出した好奇心に、後ろ髪を全力で引っ張られながらも……サボるわけにはいかないから歩いた。父のことは知れたのだから、警備隊をやる意味はないと言えるのだけれど……自分から言い出してやり始めたからには、母が望むような成果を出す前にやめるのはいろいろと問題が……。

 ああ……どうして始める前に、倉を調べるなんていう方法に気づけなかったのだろう。

 で、でも、これは父が通った道! 父が築き上げてきた警備隊!

 そんな意味も兼ねて、途中で投げ出さずに何か結果を───!

 

……。

 

 コ~ン……。

 

「もうやだぁ……」

 

 早速心が折れそうだった。

 昼の休憩時間、中庭の東屋まで戻ってきた私は、卓に突っ伏しながら弱音を吐き出していた。

 何故かといえばやはり簡単で、揉め事処理に走った先で会うのが、必ずと言っていいほど将だったからだ。

 正直に言おう。

 私の中で、将と父の立ち位置が完全に逆転した。

 私は内部の顔しか知らなかったんだなと呆れて、現在とても頭が痛い。

 父がぐうたらで、将らは仕事が出来る人というのが前までの認識。

 現在はといえば、父は働き者で、それをひけらかすことはせず、慌しい姿を娘に見せずに笑顔を見せて、遊ぶ時間さえ作ってくれた良き父だ。

 それに比べて……将はあちらこちらで喧嘩はするわ揉め事を起こすわ、暴れた結果、飯店の椅子を壊すわ客足を遠ざけるわ……。なまじ力がある所為でまともに抑えられる人が居ないから、それも揉め事を連続させる結果に繋がっているらしい。

 

「………」

 

 私は今まで何を見て、何を知ったつもりでいたのだろう。

 そんなことを考えたら、寝る時間を削ってまで仕事をして、娘達と遊ぶ時間を作ってくれた父に申し訳なかった。

 ……その、寝る時間を削ってする仕事の中に、騒ぎに対する報告も混ざっていると考えると余計にだ。

 なんとか出来ないだろうか。

 そ、そう。これをきっかけに話をして、ちゃんと謝って……うん。

 

「そうよ、曹子桓。己に自信を持ちなさい。ここで燻っていては出来ることも出来なくなるわ。私は曹孟徳が一子、曹子桓! これしきを乗り越えられないでどうするか! むしろ腕が鳴───ひぃうっ!? …………~!!」

 

 腕どころか腹が鳴った結果、がばっと立ち上がらせた身体をもう一度座らせて……卓に肘をついて頭を抱えた。

 泣いていいですか、ととさま。

 

……。

 

 …………で。

 

「………」

 

 結局一度も声をかけられぬまま、夜である。

 仕事は相変わらず。なんというか最初から最後まで、ほぼが将の尻拭いというか……。

 ええと、これって偶然なのかしら? 私が入った途端に将が暴れているだけ? そうなのだとしたらまだ希望が持てるのだけれど、もし日常的に、以前からずうっと将ばかりが問題を起こしていたなら、いろいろと問題なのではないだろうか。

 むしろそれを母さまが問題なしと見ているとしたら?

 ……だめだ、母を疑うな。あの人は覇王だ。

 将と兵と民で、いろいろな面で差があろうが、民無くして国は成り立たない。

 戦が無い今、そこまでの明らかな差別などない……はずだ。

 騒ぎを起こせば民には罰を、将には忠告を、なんてことにはなっていないはず。

 というよりもそもそも、将が問題を起こすこと自体が問題だ。

 

「すぅ……はぁ……」

 

 溜め息ののち、呼吸を整えて氣を集中。

 疲れ果てた身体を包むようにした……あたりで氣が尽きた。

 これはいけないと、身体を包んだ氣を大事にしながら寝台へと歩み、ぽてりと倒れてそのまま眠った。

 明日こそは謝ろう。そんな思いを胸に。

 


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