コ~ン……
「…………」
「あ、あー……あの、……雪蓮?」
「………」
T-SUWARIをして、人差し指で地面にのの字を書いてらっしゃる……!
いやあの……そんな落ち込まれても……!
「や……だからな? 俺、雪蓮相手のイメージトレーニングは今も続けてるし、華雄と戦ってる雪蓮の動きとかも見てきたからさ……ほら……。俺の戦法が読まれていようが、なんだかんだで動きがわかるっていうか……っ……! ほら……っ!」
ええ、はい……勝てちゃいました……しかも力技で……。
なんでも華雄相手でも力技で負けたそうで、二連敗は辛いと……。
だが校務仮面は言いましょう。きっぱりと届けましょうとも。
「ただ、負けてイジケていいやつは、必死に鍛錬したヤツだけだ。そこからは、立ち上がれるかどうかだろ。鍛錬、しよう? ここで立たなきゃ、前の俺みたいに後悔することになるぞ」
手を差し伸べる。
……と、案外あっさりとその手は掴まれ、俺はその手を引っ張って立ち上がらせる。
「俺みたいに、って?」
「うん?」
「俺みたいに、って。どういうこと?」
え? あ、あー……なんか自然と出てたな。
どういうこともなにも、そういうことなんだが。
「天でね、俺は強い~なんて思って調子に乗ってた馬鹿の話だよ。強いから適当な鍛錬で十分だ~なんて鼻を伸ばしてて、いつか本物に会って挫折したんだ。……って、前に話したよな?」
「そうだっけ? 知らない」
「……まあ、そんなわけでさ。立ち向かわなけりゃ負けないんだから、なんて殻に閉じこもるよりも、立ち向かったほうがいいぞ? 才能なんて当てにしないで、努力しよう」
「自分で言うのもなんだけど、私は才能あると思うけどなー」
「あーそーだな。でも最近じゃあ、才能だけで戦ってるって頭が痛くなるほどわかる。才能と本能で戦ってるから基礎はばらばらだし型も適当だし、だからこそ型にハマった相手とは有利に戦えるんだろうけどさ。俺と同じで、慣れられるとひどく弱い」
「ヴッ……!」
だって、勘頼りなんだもの。
ほら、勘ってその人の本能、潜在的なものだろ?
何度も見てるとさ、その動作の次に何を起こすのかっていうのがわかりやすいんだ。
そこに鍛錬が加われば、勘で取る行動にもバリエーションが増えるんだろうが、生憎とこの元呉王さまは鍛錬なぞしませぬ。なので勝てる。勝ててしまう。
「そんなわけだから、真名のことはいいよな?」
「べつにそれはいいけど……最初から気にしてないし」
「オイ」
思わずズビシとツッコんだ。
じゃあ俺はなんのために頑張りましたか。
行動パターンが手に取るようにわかったって、あなたのような武将と戦うのは相当に辛いのですが? そして今もなお、他の将の皆様が次は私がとか言ってらっしゃるのですが? なんでみんな俺と戦うのがそんなに好きなの!? そ、そんなに俺を空に飛ばしたいのか!?
「はぁ。じゃあ毎度の恒例として、勝者権限を……」
「あ、それって負けたら言うことを聞くってやつよね? じゃあ私、他のコみたいに一刀の子供が欲し───はにゅっ!?」
恥ずかしげもなく躊躇もなく、満面の笑みでそげなことをぬかす元呉王さまの額を指で弾いた。しかし何故か周りの皆様に間違って伝わり……いやもうこれわざとでしょってくらい捻じ曲がって伝わって、俺に勝てたら子供が出来るまでキャッキャウフフってことになったようで、どっからか取り出した大き目の紙にズシャーと線と名前を引く軍師さまと武将さまらの姿が……!
「いやいやいやいやちょっと待ったどうしてそうなる!」
「それは言いっこ無しやで隊長!」
「いい加減、沙和たちも隊長の子供が欲しいのー!」
「た、隊長……! じ、自分も……その……!」
「ウチもまあ子育てとか柄やない思てんけど、一刀の子ぉやったら……なぁ? えっへへへ」
「だから俺今校務仮面でねっ……!? 堂々と一刀とか呼ぶのはだなっ……!」
「むふふー……ちなみに軍師勢はですねー、どの将が勝つかを予想して、その将が勝った場合はともに愛してもらうという方向でー……」
「ともに、って……風さん!? なんかそれもう俺がいろいろと困りそうなんですが!?」
言っている間にもどんどんと賭けられてゆく。
春蘭の名前が無いからか、戦闘非参加者の大体は愛紗に賭けており……愛紗さん、あなたもですか……!
「愛紗……」
「い、いえっ……私はべつに、ご主人様に抱かれたくて参加するのではなく……!」
「……? 勝てば、ご主人様の子供がもらえる……?」
「いえいえー♪ この場合、一刀さんと呂布さんの子供、ですねー♪」
「どっから出てきたそこの出任せ大好き軍師!」
相も変わらずくるくると指を回す軍師にツッコミを。しかし笑顔で聞いちゃいない。
「恋と……一刀の…………………………!」
「へ?」
いつものようなぼーっとした顔で俺を見ていた恋が、急に顔を赤くして愛紗の背に隠れた。
うん、何故か子供のように愛紗の影からちらちらとこちらを見てくる。赤い顔で。
え? な、なに? なにが起きたの? ホワーイ!?
「おーおー♪ 恋もよーやっとそーゆーこと意識出来るようになったんー? ……っちゅーか……恋も、出るん?」
「………」
「恋がそっぽ向いた!?」
顔を真っ赤にした恋にそっぽ向かれたのがショックだったのか、霞はおろおろしつつも宥めにかかる。俺はそんな女性らの横で……必死に考え事をしながら誰が勝つか予想する朱里と雛里を見て、この大陸の行く末を案じたのだった。
……。
で……
「にゃーっ!!」
「はっはっはっは、どうしたどうしたぁっ、その程度では当たらんぞぉっ?」
……本当に始めている将の皆様がおりましたとさ……。
俺は俺で鍛錬。鈴々と星が戦う姿を横目に、一人で鍛錬。
相変わらずイメージトレーニングをして、負けて、ようやく勝てたと思って本人に挑んでみれば負けて、その強さを糧にイメージトレーニング。
そんなことを続けていれば、氣が無くなるのも早いってものなんだけど、回復速度が速いから次の鍛錬に移るのもいつもの倍以上に早かった。
「……ところでさ、蓮華」
「? なに? 一刀」
「だから一刀じゃないと……えぇと、みんな大丈夫なのか? 仕事とか」
「ええ、今日はね。夜に集中したり、仕事がなかったりよ。武官文官も優秀だと、仕事の割り振りの時点で大変だと冥琳がこぼしていたわ」
「あー……なるほど」
そりゃそうだ、と納得した。
で、隣の蓮華さん。
俺の真似をして、体術の鍛錬をしてらっしゃる。
今やっているのはゆっくりと一つの動作をする、というもので、まあ太極拳とかあんな感じのもの。あくまで自然な動きで、流れるように、けれどゆっくりと……全身を使うようにして動く。
筋肉が発達していれば割りと熱を発するのも早いということもあり、話しながらでも蓮華の額には汗が浮かんでいた。
しかし……なんだろう。
蓮華は俺の動きを見ては、そっくりそのまま真似て見せる。
見事なもんだなーと思う反面、なんだか面白い。
なので、
「クォィチィシィンハイシャァ~ィ♪ チンカァリィエンリィェェハァ~♪」
「え? えっ?」
懐かしのCMの真似をしつつ、ゆっくりと身体を動かす。
急な言葉と動作に驚く蓮華だけど、すぐに真似て見せた。
「サィカィサィチュンドゥリィ~ンカァ~ンウェ~ィフォゥンハァ~ィ♪」
「こ、こう……?」
前に出した身体を後ろに戻しつつ、持ち上げた足を地面に落とすとともに……前方に氣光波をどしゅーんと放つ。
「!?」
そしてたまげる蓮華さん。
え!? え!? と自分の手と俺とを見比べて、とりあえず両手を前に突き出してみるけど氣光波は出なかった。
その間にも俺はさらに動作を進め、反対方向を向くと再び、突き出した両手から氣光波。
「ドラゴンボォ~ルカァ~ドゲェ~ェムゥ~♪」
「!? !?」
さらにたまげた蓮華さん。
そんな蓮華さんに向き直り、校務仮面状態ではわかるはずもないが、にっこりと笑う。
ここまでして終了。
「………」
「………」
沈黙が重かった。
「ア、アー……エエト……ホアッ!?」
校務仮面の中でだらだらと汗を流す俺の胴着の袖を、くいくいと引っ張るなにか。
驚いて見てみれば、そこには目を輝かせた孫登が。
「今のっ、今のどうやるんですかっ、校務仮面さまっ……!」
「………」
「………」
そして無言で見つめ合う俺と蓮華。
(一刀……あなた、まだ言っていなかったの……?)
(や、だからさ……どうせ嫌われてるし、子供のことは気にしないためにって……)
(前にも言ったけれど、気にしないって……あなたの子供でしょうっ!?)
(嫌われてるのに構おうとして、さらに嫌われる悪循環なんてもう耐えられないっ! でも子供たちが大好きだ! 出来ることならまだ遊んでやりたいけど、やらなきゃいけないことが出来ちゃったからどうにもならないんだよぅ!)
途中、涙が洪水のように溢れた。
遊んでやりたいというか、構いたいのは今だって変わらない。
でもこうして慕ってくれるのは俺が校務仮面だからであり、これを取ってしまえばきっと孫登は……また俺を蹴るに違いないのだ……!
そうなったら俺もう立ち直れる気がしない。
(まったくあなたという人は……。人との付き合いには無理矢理割り込んでくるのに、どうして自分の子供にはそんなに不器用なの……?)
(俺のほうこそ訊きたいデス……)
悲しいアイコンタクトが完了した。
「しょ、少女ヨ。今のはかめはめ波といって、氣を練って掌から放つ技だよ」
「かめはめは! な、なんだか言いづらい名前ですね!」
(ああまぶしっ……! 笑顔まぶしっ……!)
“俺”の時でもこんな眩しい笑顔が見たい……!
“俺”の時なんて、ずっと俯いた感じで、なのに蹴りいれてきて……うあー、泣きたい。
……既に泣いてました、ごめんなさい。
ともあれ、教えてと目で訴える孫登を前に、しかし教えず、自分の鍛錬に戻った。
人に教える時間はない。目で盗めとばかりに。
動作を再開させるとすぐに蓮華も同じ動作をして、それを孫登が真似る。
ふらふらと頼りない動きだったが、それが蓮華には可笑しかったようで笑った。
……なんだか、かつては届かなかったこそばゆい時間が、確かに存在していた。