175/大人げよりも童心を大事に
で。
「てやぁああああっ!!」
「でやぁああああっ!!」
どががぎごがごぎがごごがかぁんっ、と。
まるで音楽でも奏でているかのような連続した高い音が、中庭の一角に響いていた。
対面する得物は木刀と刀。
相手は明命であり、木刀を振るうのは当然俺だった。
初撃は明命から。接近するや腰に備えた短刀を構え、細かく攻撃。
少し距離が空くか、こちらが怯めば呆れる速度で武器を太刀にスイッチ。
身を低くしての、刀を背負った状態からの抜刀には本当に驚いた。
考えてもみれば、姿勢の問題はあるにせよ、なにも絶対に“鞘を腰に置かなくては抜刀は出来ない”ということはないのだ。
その点で、大人になっても背が低いままの明命は上手い抜刀法を考えていた。
抜刀する瞬間に屈み、足元を狙うもの。
なんか結構前にそんな技を見たなーなんて思ったが、油断するとレプリカでも危険だ。危険というか、くらえばどの道立っていられない。
ぴょんと跳躍すればそれで済むことだが、加速された抜刀ってさ……やられてみればわかるけど、なんの冗談だって思うくらい速いんだ……。やられてわかる、この対処のしづらさ。
特に明命は元々低い姿勢から攻撃をしてくるのが上手い。
油断しているといつもの高さの攻撃だーなんて油断して、抜刀を喰らった足がボチューンと宙を舞う、なんてこともきっとあるのだろう。想像したくない……忘れよう。
『せぇええやぁあっ!!』
互いに一撃をぶつけ、距離が出来るや加速居合い。
氣を纏った得物同士がぶつかり合い、さらにはその衝撃ごと氣を切り離して剣閃として放つと、その二つは眩い光とともに四散。
加速居合いによる剣閃が当たらなかったと見るや、加速をしての納刀。
何百何千と繰り返した型だ、どの位置に得物を納めればいいのかなど、氣で固定済みだ。
それらの工程を一瞬で済ませると、明命は模擬短刀、俺は手甲を武器にぶつかり合う。
短刀というのは中々に難しい。
大きな得物を好む将が多いこの時代、小回りの利く短刀という武器に対し、少々の苦手意識を持っている。体術の方がもっと小回りが利くだろう、なんて言われそうだが、体術と短刀とでは明らかに違うものがある。
それは、触れれば切れるというものだ。
拳は触れて弾けばいいが、短刀はそうはいかない。
模擬刀だからといって、加速を使われれば切れる時は切れるし、拳よりも鋭利であることに変わりはない。それを想定しての戦いともなれば……いや、実際の刃を想定するまでもなく、この世界の将が振るう模擬刀系が実際の刃並みに危険なのはわかりすぎているので、油断は出来ない。
(よく見て……! 刃の腹に手甲を当てるよう、に、して……っと、とわっ!?)
弾く行動には細心の注意を。
常に集中を欠かさずに戦う練習を続け、なんとか捌き終わってみればいつの間にか明命に懐に潜り込まれ───きゅっ、と丹田あたりが冷たくなるのを感じた。なんというか、チェックメイトを身体で感じた瞬間と言えばいいのか?
しかしそこは諦めの悪い北郷です。
短刀連撃を捌ききった結果、短刀を弾き、明命の手から短刀がこぼれたことに歓喜した瞬間に潜り込まれた俺だが。弾ききった格好のまま、一瞬で喜びが霧散した俺だが。両手が完全に広がりきっていて、笑ってしまうくらい無防備な俺だが。
(来る……加速居合い!)
相当に近いというのに、明命が選んだ行動は加速居合い。
背中の太刀に手を伸ばし、居合いで抜き放つといったもの。
後ろに退いても逃げられないだろう。
右も左も同じだ。なら?
上? いや、上に跳躍したところで、明命が空を見上げて居合いをすれば変わらない。
とくれば……前でしょう。
「ビッグバンクラッシュ!」
「ふぴゅっ!?」
ビッグバン・ベイダー謹製、ビッグバンクラッシュが明命の顔面を襲う。
それと同時に太刀を抜き放とうとしていた腕を身体で押さえ込み、ようやく戻せた腕で明命の肘を殴る。
「はぅわあっ!?」
きっとビリッと来たことでしょう。
とても驚いたといった感じの悲鳴をあげる明命から素早く離れて、いざ仕切り直し。
明命は自分の肘と俺とを交互に見て困惑しているようだ。
……不思議な感覚だよなー、あの肘にビリっとくるの。
ロードローラーを殴りまくってた某吸血鬼も、よくもまあああならなかったもんだ。
しかしその距離がいけなかった。仕切り直しとはよく言ったもので、明命に短刀を拾われてしまった。笑顔の裏で、“キャーッ!?”と声にならない悲鳴を上げていたのは内緒だ。
「旦那さま、驚くくらいに強くなっていますですっ!」
「鍛えてますからぁ? っへへぇ~♪」
某ゲームCMのクリリンさんの真似をしつつ、くすぐったい気持ちでぶつかり合う。
素直な明命に褒められると、素直に嬉しいのはいつものこと。
その喜びを一撃に乗せて戦うと、明命も負けじと氣を込めての攻防。
相手の成長を喜んで、ともに歩もうとしてくれる、支えてくれる妻って……いいものですね。8年経っても素直な彼女に、心からの感謝を送りたい。
こういうのもなんだけど、明命に限らず。
「ひゅっ───」
「すぅっ───」
で、明命との攻防。
小回りが利くのと、攻撃の返しが速いのとを考えれば、当然鈍重な得物を振るう皆さんよりも相当に速い決断を迫られる。
得物の動きだけでなく、肩から肘、手首の返しはもちろん、明命の視線の動きからも、どこからどう攻撃が来るかを予測しなければ捌けない状況。
加速居合いは明命の姿勢の高低度合いでまあまあの予測が出来るものの、短刀の加速攻撃は正直怖い。怖すぎる。
傍から見れば呆れる速度で攻防しているなぁ……なんて思われるだろうが、俺は終始必死だ。氣の総量がどれだけ上がろうが、それを使いこなすための技術がまだまだ追いついていない。
言い訳が許されるのなら、今まで使って慣れてきていた絶対量が、いきなり莫大(最終的には7倍あたり?)に膨れ上がったのだから、仕方の無いことだと言いたい。言わせてください。
ここぞという時に出せる一撃の回数が増えたのは、そりゃあいいことだ。いいことだけど……使いこなせなきゃ意味がないんだよなぁ……。
先生……散眼を会得したいです……。
「……つぇいっ!」
「せやぁっ!」
頭の中ではふざけた言葉を割りと本気で唱えつつ、向かい合っては剣閃。
氣同士がぶつかり合って散る様を接近しながら眺めつつ、振るわれる短刀を手甲で逸らしてはこちらも攻撃。そんな拳での攻撃も捌かれては返されての連続。
速度重視の相手に対して、蹴りをするのは非常にまずい。
どんな状況であろうと、迫る危機から逃れるための足だけは確保する。
そんな意識が二人ともにあったからだろう。戦い始めて結構経つのに、蹴りは一度もない。
こんな状態だから蹴りを放てば虚を突けるのでは? なんて考えは全く無い。
逆に相手がそんなことをすれば、その隙を穿つ準備が双方ともに出来ている。
結局は隙の探り合いなのだ。
氣のみで身体を動かして、氣を相手の体内へぶつける。
それだけを目的とした場合、いかに素早く相手に氣を触れさせるかになるわけで、手数が尋常じゃない。それこそ拳の弾幕ともとれるほどの素早さで相手の行動の隙を狙い、その狙った隙を狙われ、狙われた隙を穿つ、といった手数が呆れる速度で繰り返される。
で、こんな速さだけの攻撃なら、一撃喰らおうが殴ったほうがよくないか? なんて考えをしたのち、腹にぶちこまれた氣の塊に胃液をぶちまけながら、敗北を知るのです。
それが氣での攻防。
はっきり言おう。岩を破壊出来る氣なんぞ流し込んだ日には、人は大怪我をします。
「たぁああっ!」
「ぜえぃやぁっ!!」
ただし、人体というのは氣が“巡っている”ものだ。
氣が流れていない岩は直撃を受けるしかないが、巡っているものは多少なりとも全体に受け流せる。その流れに逆らわず、むしろ手伝ってやって逃がし切るのが、俺の化勁のイメージだ。
剣閃ではなく居合い同士がぶつかり合う中、その衝撃を装填、抜刀居合いではなく普通に加速で振るった木刀が、同じく加速で振るわれた明命の太刀とぶつかって、氣の火花を散らす。
結構な衝撃なのに折れず曲がらずのレプリカには本当に感心する。
鍔迫り合いになったらなったで互いが氣で相手を押し退け、距離が出来れば剣閃。
あれがぶつかって消えれば、その影から明命は突出してくるのだろう。
それを予測して、氣を集中。
防御側一切無しで、右手と左手にさらに集中。
摩擦させて火を灯した氣を木刀に装填するようにして。
「天に三宝! 日、月、星! 地に三宝! 火、水、風! 龍炎拳!!」
身体に充ちる氣の全てを火の氣として装填して、加速剣閃。
熱風を振り撒き一直線に飛翔するそれは、ぶつかりあった剣閃が散る先から疾駆してきた明命に動揺を与えた。
え? うん、言葉に意味はない。ただのノリである。
「はうあっ!?」
動揺、と言ったが、明命は相当に驚いたようで、咄嗟に居合い剣閃を放って相殺を狙うも、直撃。威力を殺されたには殺されたものの、こちとら充ちる分での全力なので、総量の結果でなんとか押し切った。
押し切ったんだけど…………
「す……すごいです旦那さまっ! まさか炎の剣閃とはっ!」
「ワー……」
直撃したのに元気です。吹き飛ばされもしたのに、普通に起きてます。
………………俺の氣って……。
い、いや、まあ、破壊目的というよりは、熱風で吹き飛ばすイメージだったしなぁ。
当てるつもりで破壊の剣閃なんてやってたら、本当に岩を破壊するような結果になる。
普通、そこはブレーキが入ってしまうだろう。
自分に呆れつつも、それでよかったと納得することにした。
「だ、大丈夫だったか?」
「いえいえですっ、咄嗟に氣で身を守りましたから、そこまでひどいことにはなっていませんですっ」
「……いい娘……!」
「ふわぅっ!? あ、あの、旦那さま? あの……子供も見ているんですけど……っ……!」
いつかのように頭を撫でる。
皆様綺麗に成長なさる中、一人だけ容姿の変わらぬ俺は、きっとこういう時に取る行動も変わっていないのだろう。
それでもしばらく撫でていると、猫のように目を細めて「えへへぇ~」と微笑む彼女が微笑ましい。
見た目は大人でも撫でられるのが好きなのか、うっとり顔だ。
「───」
「───」
で、そんな俺達を見て、休憩していた華雄さんと凪さんが急に立ち上がったのですが。
な、何事?
「………」
気にしちゃいけない気がした。
ので、息抜きも兼ねて、おずおずと……集まって座り込む子供たちを見てみるのだが。
…………ウワァ、なんか滅茶苦茶見られてる。
孫登と甘述の目が輝いていて、黄柄と周邵の目が期待に満ちていて、劉禅はにっこにこ笑顔。いつの間に来ていたのか、陸延はあらあら~なんて感じで頬に手を当てて笑っていて、木陰で書物を読んでいる呂琮は……半眼めいた目でこちらを見ると、ぱくぱくとクチを動かした。
……なになに? ……頑張って、ください、お手伝い……さん?
(………)
……お手伝いさんって誰?
読み間違えたか?
ま、まあいいや、ともかくそんな感じだ。
で、なんだけど……
「………」
あの。なんか……あの。
曹丕の目がちょっとやばい感じに見えるのですが。
え? なんでそんな、赤い顔してらっしゃるので?
え? なんでそんな目が潤んでらっしゃるの? いつものあの見下した目はいずこへ?
え? …………いやあの…………えっ!?
(…………? ───!!)
まさかと思いつつ、振り向いてみると……俺に頭を撫でられてぽやっとしている明命さん。
……惚れたのか!? 惚れたのか丕よ!!
う、うぬもまた、母と同じくおなごに目をやる女性としての道を歩んでいると!?
(そうか……懸命に戦う明命に惚れてしまったか……。なんというかそれは…………)
遠い目をして空を見上げた。
なんだか視線が突き刺さるような感覚を覚えたものの、それはきっと俺が娘達と明命の間に立っているからなのだろうなと納得しておいた。