真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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123:IF2/バレているのに正体というのか否か②

 さて。

 凪と華雄が裂帛の気合とともに他の将と攻防を繰り広げる中、さすがに疲れた俺は休憩。雪蓮がやっているみたいに木の上に上って、のんびりと風に吹かれていたりする。

 風に撫でられながら、ゆっくりと氣脈の休憩を図り、充ちてくれば癒しに回す。

 そうすることで、まだ完全に治っていない氣脈の痛みも癒えてきて、癒えて馴染むほどに氣の回復速度も上がる。なんというか、いい循環。

 

「また、随分と騒がしくしているな」

「ん? あぁ、や、冥琳」

 

 見下ろしてみれば冥琳さん。

 さすがに見下ろして話す気分にはなれなかったので、ひょいと下りて「休憩?」と訊ねた。

 さっきまでは居なかった筈だし、恐らくは仕事の休憩だろう。

 

「ああ、今段落がついたところだ。随分と騒がしかったから、気になってな」

 

 “来てみればこれだ”とばかりに、辺りを見渡して苦笑。

 これだ、というのは“いつも通り”と受け取るべきなんだろう。実際いつも通りだし。

 

「しかしいい加減、そのよくわからん紙袋はなんとかならないのか?」

「冥琳でもわからないことはあるんだな……仕方ないなぁ、これは校務仮面といって───」

「いや。名称はもう疲れるくらいに聞いたからいい。そういう意味じゃない」

「あ……そ、そう……」

 

 そりゃそうだった。

 でもほら、わからないことがあるんだなって、一度は冥琳に向かって言ってみたいじゃない。

 

「しかし、面白いものだな」

「校務仮面が?」

「それは面白いではなく滑稽だ」

「真正面からひどいなおい……」

「その紙袋ではなく、今の状況がだ」

 

 促され、見てみる。

 改めて見てみれば、目を細めて小さく溜め息を吐く冥琳の気持ちもわかる。

 

「かつては命を奪い合っていた者が、今では笑いながら得物を振るう。己が味方を勝利に導くべき軍師が、他国の将の強さを認め、その者が勝つと笑みとともに唱える。……あの頃では想像もつかん」

「なるほど、それは確かに」

 

 当時にそんなことを堂々と宣言すれば、最悪首が飛びます。

 敵の強さを認めた上での策には必要な理解だけど、それを少しも認めない王だって居たかもしれないのだ。それが、今では一箇所に集って笑っている。……本当に、面白いもんだ。

 

「こうなってしまうと、人柄を信用している、と最初に口にしたのは間違いではなかったわけだ」

「あー……懐かしいなぁ。そうそう、最初は人柄しか信用されてなかったよな」

「いや。今も人柄しか信用はしていない」

「はうぐっ!? え……えぇええっ!? そうなのか!?」

 

 大驚愕!

 今も昔も人柄だけなのかよ俺!

 なんて驚いたが……あーなるほど、そりゃそうだと納得した。

 

「この世界で人柄以上に信用出来るものって、あんまりないよな……」

「お前が持っている金でも信用すれば満足だったか?」

「人柄でじゅーぶん。人柄への信用が増えれば、そりゃあ───」

 

 笑顔も見せてくれるわけだ。そういった考えに思い至り、自然と緩む頬をカリ……と掻いた。紙袋に潜らせた指で。

 まあ、こんなことは口にはできない。

 

「あ、そうだ。じゃあ期待はどうなんだ? 期待はしていないって言われたわけだけど」

「していないな。しない方が頑張りが強いと、これまでで理解したからな」

「……信用を増やすも減らすもお前次第って、結局期待してることにならないか?」

「ふふっ……さてな。好きに受け取ってくれていい」

 

 ふっと笑うと、目を伏せて腕を組み、木に背を預けた。

 毎度毎度思うが、この世界の女性って露出度高い。背が開いた服とかで木に背もたれして、痛くないのだろうか。

 そんなことを訊いてみると、冥琳に笑われた。服によって“するしない”があるから気にするな、だそうだ。そりゃそうだ。今の冥琳の服は普通に整った感じだし、背は開いていない。

 

「それで北郷。いつまでお前はその格好を続ける気だ? まさか子供たちがいい歳になるまで、というわけでもないだろう」

「あー……実はそこのところはよく考えてなかったり。蹴られたりせずに鍛錬に集中出来ればってつけたんだけど……どうしてか懐かれてるんだよな。なんでだ?」

「………」

 

 この世界指折りの軍師様に訊いてみたら、“それは本気で訊いているのか”という呆れた視線を贈られた。いや……この北郷、今日までで乙女心というものを学んできた修羅にござるが、生憎と乙女心は学べても子供心は学べておらぬのだ。

 なのでわかりません。わかっていればこんな紙袋を被ることも、そもそも親子仲が微妙になることもなかったと思うのです。

 

「まあ、それに関しては言ってやれることはないな。一言で済ませるのなら他人事だ」

「わぁ、ひどいけど正論」

「軍師というのはそういうものだ。相手がどれほど親しかろうが、求められる言葉よりも差し出せる事実しか提示出来ない」

「雪蓮の無茶には笑って付き合うのに……」

「なんだ。親身になってほしいのか?」

 

 何気なく話しているものの、冥琳はさっきから微笑がデフォルト状態だ。

 なんというか、微笑ましいものを見ている顔と言えばいいのか。

 ……なんか、親に出された難題を頑張って解こうとして、でも解けなくて、微笑ましく観察されている気分……。ややこしいけど、本当にそんな状態だ。

 

「北郷。親というものになったことがない私が言うのもなんだが、あまり親と子として捉えるな。お前は……これを言うのもいい加減数えるのも面倒だが、お前として在ればいい」

「……言われるのも確かに、いい加減数えるのも面倒だなぁ。俺らしくか。それって……」

 

 親ではなく、なんというか……そういうこと?

 

「娘たちと友達になるつもりでってことか?」

「お前に親、という立ち方は似合わん。他国の兵だろうと民だろうと、将や王が相手でもずかずかと踏み込んでいった図々しさを見せてやればいい。それを、私たちには出来て、娘たちには出来ない理由はなんだ?」

「───」

 

 言われてみて、ああなるほど、だった。

 

「親って立ち方にこだわりすぎてたってことか」

「子供たちにとって、それが幸か不幸かはわからんがな」

「そっか。でもなぁ。たとえそうやって打ち解けるきっかけみたいなのが掴めても、俺、これからやらなきゃいけないことが山積みなんだけど」

「それは、娘達のことを後回しにしなければ出来ないことか?」

「どうしてもやらなきゃいけないことで、失敗すると取り返しがつかない。冗談じゃなく、本当にやり直せないんだ。そうなった場合、俺はきっと娘達のために割いた時間を後悔する。それをしたくないってのが……実は随分でかい」

 

 人の所為にするのは冗談だけにしたい。

 笑い合えない罪の擦り付けを親がするなんて、吐き気さえ覚える。

 俺の場合は家族がああだから、自分の不始末を家族に擦り付けるって考えは持ちたくない。既に剣道のことでがっかりさせてしまった経験があって、自分だけを守るための言い訳を並べ立てまくったいつかを思えば、後悔なんて出来るだけしたくないって思うに決まっている。一度落胆させてしまったっていうのに、もう一度鍛えてくれたじいちゃんに報いるために。

 だからそうしてしまわないためにも、やれることはやっておきたいのだ。

 

「親であろうとすることには失敗した。空回りしすぎだったよなぁ、我ながら。あ、でも育児放棄とかそんなんじゃないぞ? きちんと成長は見守るし、年がら年中鍛錬するわけでもない。で、大人になって、連れて来た恋人には拳を見舞って……───まあ、見守るだけの親がその時に相手を殴れるだけ偉いのかって言ったら、絶対に違うんだろうけどさ」

 

 じゃあどうすれば? ……親であることなんて忘れてしまえばいいのだ。

 責任責任と重く考えるから動けなくなる。

 どうせ嫌われているのなら嫌われているなりに、いろいろと躓くことは多そうではあるが、かつての思春や愛紗や焔耶との仲を思えば、難しいなんてことはないはずだ。

 ……その前の問題として、子供たちと接するか否か、で困っている。

 接することで鍛錬の時間が無くなれば、未来で後悔するかもしれない。

 接することを諦めて、ただ未来を守ることだけを願えば、守るためだけに生きた日々を後悔するかもしれない。

 中間を取ったとして、どちらも中途半端なままに仲良くも出来ず守れもせずで、どちらか以上の後悔を味わうかもしれない。

 

「……どうすればいいのかな」

 

 はっきり言えば、こんな現在なんて望んでいなかった。

 肯定否定の間に挟まれて悩む日々よりも、みんなとの日々をただ生きることに人生を懸ける……そんな日常が続くだけで、きっと満足だったろうに。

 だからぽつりとこぼれてしまった弱音。

 それを拾ってくれる人が、すぐ傍に居た。

 

「失敗すればやり直せない、か。ならば失敗しなければいい」

「え?」

 

 当たり前といえば当たり前のことを、横に立つ軍師は言った。

 まるで、なにを悩む必要があるとばかりに溜め息混じりに。

 

「じゃあやっぱり、子供たちは───」

「子供たちをほったらかしにして別を願えば、お前は子供たちのことを後悔するだろう」

「う……じゃあ失敗したくない未来のことは諦めろって?」

「そうすると子供たちの所為にしそうで怖い。そうだな?」

「……どっちも取れってことか?」

「当たり前だろう」

 

 やっぱり当たり前だ、ということらしい。

 胸の下で腕を組むいつもの立ち方で、冥琳は俺の目をじっと見てくる。

 シリアスでもこっちが紙袋装着だから締まらないものの、その目は真剣だった。

 

「どちらかを切り捨ててどちらかを完璧にこなす。なるほど、判断力に長けた者ならばそうすることこそ最善だろう。だが北郷。お前は判断云々以前にそういうものに向いていない」

「うぐっ……! ……アノ、冥琳サン……。なんか……今の言葉、物凄く突き刺さったんですけど……」

 

 まさか、人として向かないって理由で現在と未来を願うことを否定されるとは……!

 

「お前は一人で何かをすることに、まるで長けていない。代わりに、人とともに何かを為すことに関しては呆れるくらいに力強い。だから、改めて言おう。お前はそういうものに向いていない。一人で悩むくらいならば、遠慮せずに頼ればいい」

「……頼ってもどうしようもないことでもか?」

「ほう? それはどういう理由でだ?」

「………」

 

 言うべきかを一瞬だけ考えた。

 結果が出るのが、きっとみんなが死んだ後か、相当に年老いた後だと言うべきなのか?

 夢で見たものを信じてくれと、そんなことを言われて信じてくれるだろうか。

 一瞬でいろいろと考えた。一瞬だったのは、もう今日まででも散々と考えたからだ。

 答えは……さっきまでなら“言わない”。今は……“頼ってみよう”、に変わった。結局のところ……情けない話、俺一人で頑張ったところで後悔しない未来は見えなかったのだ。

 だから話した。今まで悩んでいたこと、どうすればいいのかもわからないことも含め、様々を。俺の口から放たれる滅茶苦茶な言葉を、冥琳は途中途中で眉を歪めながらも聞いてくれた。

 真剣さを受け取ってくれたからか、現実味がなくても茶化すことはせずに。

 

「……と……まあ。そんなわけでさ」

 

 重い話だったはずだ。

 話し終えても不安が渦巻くままに、少しおどけた調子で言葉を切ってみる。

 冥琳は……顎に軽く折った指を当て、思案していた。

 さっきまでの、どこかほのぼのとした空気なんて……もうどこにもなかった。

 胸を襲うのは極度の緊張と恐怖。

 どうしようもないなんて言われてしまえば、結局は俺が頑張るしかなくて。

 信じようがないと言われても俺が頑張るしかなくて。

 いっそなにもかも忘れて、みんなと最後まで楽しく過ごして、みんなと一緒に否定されてしまったほうがいいのかな、なんてことを考えてしまうくらい、この胸は緊張と恐怖でいっぱいだった。

 

「雰囲気からして余裕がないから、どんな言葉が出てくるかと思えば……」

 

 けれど、そんな思案も溜め息とともに吐き出されてしまった。

 思わず「え?」と言ってしまうほどの態度に、どういうことだと戸惑いながら訊ねてしまう。

 

「北郷」

「え? い、いや、私は校務仮面───」

「……北郷」

「……ハイ」

 

 ギロリと睨まれてしまい、反射的に正座してしまった。

 ……座るつもりはなかったはずなのに、女性の睨みに対してなんと弱いこの体……!

 

「わかっていないようだからはっきりと言ってやろう。ああ、お前ははっきり言った上、畳み掛けるようにわからせてやらないと理解しないだろうな。いいか、これから言う言葉をきちんと受け取れ。理解出来なかったなら、我らが覇王様に足労願うことになる」

「華琳に!? なんで!?」

 

 何故にここで華琳さま!?

 俺はなにか、そんなにまずいことをしたのか!?

 育児放棄!? ……いやいやっ、俺ちゃんと見守るって言ったよな!? 見守る……みまもる……み…………育児してねぇ!

 ハ、ハワワ……!? なんかもう嫌われているのを大前提として考えた結果、見守ることもまた修行だ……じゃなくて、見守ることすら育児みたいに思えてた! いろいろヤバイぞ俺! 親として以前に人としてもこれってどうなんだ!?

 

「北郷。お前は以前、自分の鍛錬を曹操に見られて鍛錬を禁止されたそうだな」

「う……もう8年以上前だけどね……」

「以降はどうだ。似た鍛錬をしているか?」

「いや……体を動かすのはそりゃしてるけど、今はむしろ体よりも氣の鍛錬って言っていいな。疲労もそれほど蓄積されないし、氣の使いすぎでぐったりすることはあっても、体自体はそこまで難しく考える必要はないかな」

「だろうな。さて北郷。お前のことだ、その氣の鍛錬とやら、書簡竹簡を処理しながらでも出来るな?」

「え? あ、なんだ、もしかして俺の鍛錬のことを訊きたかったのか? いっ……いやぁああははははっ!? そ、それならそうと早く言ってくれればよかったのにぃ! じ、実はなっ!? 俺なっ!?」

「違う」

「……あ…………そすカ……」

 

 正座から両手両膝がっくり状態に進化した俺がいた。

 


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