真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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11:呉/波乱の一日【中巻】②

30/勇気をお出し……

 

 周泰の部屋の前に立ち、まずはノック───……返事なし。

 ならば声をかける───……返事なし。

 

「フゥォオオハハハハハ……! 万策尽きたわ……!」

 

 今……全てが終わった。少し老人チックに。

 などと心の中で僅かな救いを求めている場合ではなく……そっか、居ないのか。

 

「そ、それじゃあ仕方ないかー! あっはははははー! なんて言うかばかーっ!」

 

 まずい! 探さないと! 逸る気持ちにばかり背を押され、城を出て城下へ。

 何処に居るのだろうか……何処かで誰かを監視中? いやそもそも仕事がなかったから猫と戯れてたんじゃないのか? ととと年頃の少女の気持ちはきっと繊細! 俺なんかとのキスでショックを受けて、ままままさか自害なんてことは……!!

 いやまず落ち着け俺! 焦るとろくなことにならないって、今まで散々学んできたじゃないか! 冷静に冷静に~……まずは周泰を探して、謝っ……謝る?

 

   事故とはいえっ、接吻してもうしわけないっ!

 

 よし待とうか。それはなんだかいろいろと地雷臭が……。

 少しは学ぼう、北郷一刀。それはなんだか……そう、今まで鍛えてきた我が身と精神が危険だと叫んでいる。

 だったら───そう、むしろ褒めるかたちで。

 

 

   周泰…………キミの唇はまるでお猫様のように温かく。

 

    そして、肉球のように柔らかかった……!

 

 

 って何処のキザ男だぁあっ!! しかも違う! なにか違う! 褒めてるのか笑い者にしたいのかわからないだろこれ!

 

(あ、でも周泰は猫が好きみたいだし、これはこれで褒めに……? いや無理だろ。よし次)

 

 こんなことを考えながら、建業を歩いた。

 時々、というかしょっちゅう声に出ていたらしく、いろいろな人に微笑ましい顔で見られていたということを知るのは……もう少しあとの話だったりする。

 

……。

 

 ……と、散々と歩き回ったりしたわけだが。

 

「居ない」

 

 街を駆けずり回り、城を徘徊し、城壁の一番高い場所でフーアムアイを叫んでみても、周泰は見つからない。

 城に居ない、町に居ないなら……あ、もしかして川か?

 ポムと手を打つ俺は、それなら見つからないはずだと城壁の上で頷いて、再び走り出す。

 石段を降りて石畳を駆けて通路を駆けて庭を駆けて、かつて周々と善々に襲われたと勘違いしたあの場所へ───!

 

「あぁ~、一刀さ~ん」

「!?」

 

 ……と、走っていたのだが。

 突如として聞こえた、どこか間延びした声に構え取りつつ、止まった。

 止まって、確認してみれば……視線の先には陸遜さん。

 

「…………あの~、一刀さん……? 近頃の一刀さん、私と話をするとき、妙に構えていませんかぁ?」

「や……だって」

 

 少し前のことを思い出してみる。

 あれはそう、俺が民と殴り合い、華琳から罰報告が来て、思春と友達になった次の日のこと。冥琳と民との交流についてを話しているときのことだ。

 

 

  魏に操を立てているのなら、穏には気をつけろ。

 

   特に、書物整理など“書物に関すること”を頼まれた際は(ことごと)くを断れ。

 

 

 念を押されて「いいな」と真顔で言われた日には……怖くて近寄れなくもなるってもんだ。

 そりゃあ話し合いの時とかは普通にしていたが、こうしてプライベートの時に会うのはとてもまずいのではなかろうか。

 だって……命令されたら断れないし。

 

「だって、なんですかー?」

「イエナニモ。あー、僕周泰のこと探さなきゃいけないからコレデ、って、な、なにをなさるか! 拙者、急いでいると───!」

 

 そそくさと逃げようとしたら捕まった。

 振り向いた先にある笑顔がとても怖かったです、はい。

 

「むー、用があったから呼びとめたんですよぅ? それなのにそんな、慌てて逃げようとすることないじゃないですかぁ~」

「…………」

 

 むう。たしかに今の態度はない。

 気を付けろと言われたのが書類というか書物系のことであるなら、それ以外のことだったら構える必要などないわけで───よし。

 

「ごめん。それで、呼びとめた理由っていうのは?」

「はい~、実は書物」

「おぉっと急に用事が! じゃ!」

 

 書物と聞いて即座に行動。……捕まった。

 

「待ってください~! 急に何処に行く気ですかぁ~っ!!」

「いやもうほんと離してください! そういえば俺、とてもとても大事な用があったんです! ていうかね、冗談抜きで周泰探さなきゃいけないから! 書物のことは他の誰かにお願いして! ね!?」

 

 さらに逃げ出そうとした俺の腕を、さらにぎゅっと掴んでくる陸遜!

 なんてこった! この人、何気に握力あるぞ! 振り払って逃げられない!

 

「他のことなら聞けるけど書物だけは駄目! 他の人から陸遜が書物関連のことを頼んだら、断固として断れって言われてるんだよ!」

「え……ふえぇえええ~っ!?」

 

 考えてもみよう。誰かが冗談混じりに笑いながら“気をつけろよ~”って言うくらいならいい。まだ“ああ、ちょっと気にかけとくだけでいいか”ってくらいで受け取れる。

 しかし……冥琳だ。あの冥琳が真顔で「悉くを断れ」と言ったのだ。……自殺行為だろどう考えても!

 泣きそうな顔で困惑する陸遜には悪いが、こればっかりは頷けな───あ、あれ? あの、陸遜さん? その笑いはいったい───

 

「だったらいいですよぅ……私も命令、使っちゃいますから……」

「……!!」

 

 血の気が引く音を聞いた気がした。

 体中がニゲロニゲロと信号を発しているのに、ぎゅっと握られた腕が俺の逃走を許してくれない。

 本気を出せば振り払えるんだが、理由はどうあれ助けを求めている人を振り払うことなんて出来そうになかった。

 ……ああ……俺の馬鹿……。

 

……。

 

 そうして辿り着いたのは一つの倉。中々に大きく、そこに書物がごっさりと仕舞われているらしい。

 物置き代わりにしているとは言うが……物置き? この大きさで? ……昔の人ってやっぱりわからない。

 一家に一つあるような物置きとはそもそも規模が違うぞ。そりゃ、国の物置きなんだから当然かもしれないけどさ。

 

「倉に行くのは久しぶりなんですよぉ~。楽しみで楽しみで、どうしましょう~!」

「楽しいって、いいことだよなっ! ジャア僕ハコレデ」

「だめですー! だめですよぅ~!」

 

 逃げ出そうとしたらあっさり捕まった。

 「一緒に倉に来てください」というのが命令だったなら、もう逃げていいはずなんだけど。

 それでも俺の腕を咄嗟に掴んだ陸遜は、心細そうな顔を左右に振るう。

 ……この体でこの子供っぽさ……なんとかなりませんか神様。

 

「それで、俺はなにをすれば? 掃除か?」

「いえ……いえ! 一刀さんはただ、私が正気を保っていられるように止めてくれれば……!」

「正気?」

 

 ハテ。なにやらいっつもぽやんとしている陸遜の目に、燃え盛る意思が見受けられるのですが。

 

「その……実はですね? 私、本が好きなんです」

「本が? へえ、いいことじゃないか。……あ、もしかして正気を保っていられるようにって、本に夢中になりすぎないようにってこと?」

「うう、その……似たようなもの、なんですけど。こ、ここここのたび私、陸伯言はっ……じゃじゃ弱点を克服しようと思いましてっ!」

「おおっ!?」

 

 どーん! と思わず背景あたりに擬音が出そうなくらい、張られた胸の迫力が……ああいやげふっげふんっ!

 

「でで、ですからっ……ンッ……はぁ……一刀さん、にぃ……」

「…………?」

 

 アレ? なんだか陸遜の様子が……ヘン。ヘンだな、うん。

 急に顔を赤くして、もじもじしだして……あ、あれー、なんだろ。背筋のほうからギチギチと寒気にも似たなにかが……!

 逃げろ、逃げないと危険だと叫んでいる……! や、でもな、正気を保っていられるように~って頼まれてるし───あ、そうか。既に正気を保とうと戦ってるから辛そうなんだな?

 

「陸遜、正気を保たせるにはどうすればいいんだ? 叩けば直るか?」

「た、叩くなんてぇ……一刀さんはぁ、そういうのが趣味なんですかぁ~……? きゃぴぃっ!?」

 

 大変失礼なことを言い出したので、遠慮せずに頭頂に手刀を落としておいた。

 

「そーかそーか、俺がそういった趣味の男に見えるかー。大丈夫だぞー陸遜。こう見えても俺は、Sッ気たっぷりの華琳のもとでこの世界を学んだ男だ。陸遜が本の虫から卒業できるまで、いくらでも頭を叩いてやる」

「ふぇえっ!? え、えと、そのー、それは私の頭が保たないんじゃあ……」

「大丈夫! 俺もこの一ヶ月の中、様々な欲望と戦いながら生活してるんだ! こんな痛さがなんだ! 痛い思いをしたくないなら制御すればいいんだ! こんな近くに己の欲求と戦う仲間が居たなんて……! 幸せの蒼い鳥はいつだって近くに居るものなんだな! よし! オーバーマンズブートキャンプへようこそ! そうだ! 我々は出来る!」

「え……ぇえええっ!?」

 

 感動の瞬間であった。

 俺はこれから孤独に欲望と戦っていかなければならないのかと思っていたのに、ここに己の欲望というか欲求を克服するために戦う人が居た。

 あれだ、どこか異郷の地にて、かけがえのない同志を見つけた……そんな心境。実際にちょっと前までは右も左も知らない土地だったわけで、あながち間違いなわけでもなく。さらには自分の弱点を自ら克服しようとする姿に心打たれた。

 誰にも努力するところを見せず、影で努力するのもいいが───こうして自分の弱点を認めて、協力を求めるなんて誰にでも出来ることじゃないだろう。

 ああ、協力しようじゃないか! 俺に出来ることならなんでもしよう! さあ、特訓の始まりだ!

 

……。

 

 と、意気込んだまではよかったんだが。

 

「…………」

「あ、あー……陸遜~……?」

 

 しばらくして、頭から煙を出して机に突っ伏し、動かなくなる陸遜が発見されたという。

 いや、俺が手刀を落としすぎた所為だろうけど。煙だって比喩表現だ。なにも出ちゃいない。

 や、だってさ。弱点っていうか……妙なんだもんな。目をとろんとさせて、艶っぽくなって。

 物置きって言われるだけあっていろいろ置いてある中で、少し古ぼけた机に座らせていたんだが……大好きな本に囲まれて、酔っ払いでもしたんだろうか。次第にとろんとした目、どころではなくガタガタと震え出して、謎の奇声を発したかと思うと俺に飛びかかり───ええと、まあその。日々の鍛錬の賜物か、うっかり放ったカウンターチョップが見事にクリーンヒットし、現在に至る。

 

「………」

「………」

 

 いやしかし、突っ伏して気絶……机で寝ると、目覚めた時には体がぎしりと軋むもんだが、これはなんというか……天然クッション状態?

 大変な主張をなさっておられる双丘様が、陸遜の顔面に机の跡が付かないように守っていらっしゃる。

 ……目に毒だ、精神統一をしよう。

 

「しかしまあ……あれだ」

 

 彼女はここで産まれ変わろうとした。新たなる陸伯言として。

 それはとても素晴らしいことだが、志半ばで気絶。ううむ、起こしてやりたいんだが、生憎と目のやり場に困る状況。なんだかんだで俺も我慢しているだけであって、克服出来ているわけじゃないから。

 

「こうしよう」

 

 毒の中で産まれる、もしくは生まれるモノは、その毒に対して抗体を持っていると聞く。必ずしもそうであるとは限らないが、多少なりとも耐性はあるわけだ。

 ならば大好きな本に囲まれ、その中で目覚めた彼女の中にもきっと、抗体、または耐性が出来ているかもしれない。

 

「グッジョブ素晴らしい。もしまた特訓したくなったら、いつでも呼んでくれ。また次回に会おう」

 

 相手が気絶中でスリーツーワンビクトリーを言えないのは残念だけど、小さく手を振ってから倉を出た。

 

「…………」

 

 ……いい天気だった。

 長い間、陸遜と倉で戦う時間に追われ……空がこんなにも蒼いものだということを忘れ───ってそれはどうでもいい。

 

「……よし」

 

 昼の眩しさを目にしたら、思考が一度リセットされた。

 ならばと走り出して、探すは周泰の姿。

 町にも居ない、城にも居ないなら……まず一番に浮かぶのが離れた場所にある川だ。

 海……あれで河って呼ぶのはウソな気もするが、海兵の皆さんの方には居ないと思った。

 あんなことのあとで、すき好んで人が……それも男が集まる場所には行かないだろう……ってそう思えるんだったらどうして真っ先に川に行かない俺ぇええ……!!

 

……。

 

 流れる水の音が鮮明に聞こえてくる頃には、そこに居る一人の少女を発見できた。

 川を見るわけでもなく、恐らくは半分あたりを地中に埋めているであろう岩に背を預け、膝を抱えるようにして座っていた。

 普段なら気配ですぐに気づかれるんだろうが、周泰の意識は思いの外内側に沈んでいるようで、たとえ俺が隣に立ってみせても、気づく様子を見せなかった。

 

「………」

「………」

 

 そう。気づいた様子もなく、ただ膝の上の先に見える地面を眺める周泰。

 そんな彼女の隣に腰をかけてもまだ、周泰は視線を動かすことなく俯いていた。

 

「はぁ…………」

 

 溜め息。次いで、傍にあった小石をシュパァンッ!と川に投げた。

 “チョヴァアン!”と水に落ちた音とは思えない音が鳴り、少し先の水面に魚が浮かび、流されていった。

 

(………)

 

 偶然なんだろうけど、流れていく魚へと静かに十字を切った。エイメン。

 

「…………はぁ……」

 

 で、再度溜め息。

 十字を切った動作にさえ気づかず、ず~んと重苦しい雰囲気を肩に乗せ、さらにさらにと肩を落とす。

 

「………」

 

 覚えておくのだぞ一刀。見守ることもまた強さよ。……などと、言われたこともないことをじいちゃん的に心の中で囁いてみた。

 ああ、もちろん意味なんてないぞ。意味なんかないが、落ち込んでいる人の傍っていうのはこう、喉が渇くもんだ。それも、原因が自分にあるなら余計だ。

 

「はぁ……」

 

 さらに溜め息を吐いて、もう一度拾った石を川へと投げた。……魚が流れていった。なにか魚に恨みでもあるんじゃなかろうか。というか、石で魚を仕留めるとか、どこの達人だ周泰よ。

 さて、どう声をかけたものか───落ち込んでいる人を励ますのは、正直勇気が要る行為だ。

 原因である俺だから、ってわけじゃない。励まし、背中を押してやるだけなら誰にだって出来るけど、それじゃあただの応援だ。

 言葉を交わし、納得してもらって立ち上がらせるのは、自分の意見や知識を押し付けて納得してもらうものだから。

 全ての人が自分と同じ意見を持っているわけじゃない。同じ意見だって思っていても、深い部分では違うものだ。

 そんな意見をぶつけ合って、譲り合えるか合えないか。そういった行動を、この一ヶ月で何度も民としてきた。

 時には殴られ、時には泣かれ。時には罵声を浴びせられ、それでも手を伸ばし続けて……手を握ってくれた人と、手を払い除けた人。嫌悪を抱く人や、警戒する人……様々だった。

 

「………」

 

 叩かれた手は痛くて、罵声が聞こえるたびに胸が痛くて、泣かれるたびにただただ辛くて。

 自分が目指すものがどれだけ人の心を抉るのか、痛みを思い出させているのかを、ある日に俺は知った。

 自分がそうしたいって思うことばかりに真っ直ぐになって、相手のことを本気で思えてやれていたのかと疑問に思った。

 ……そう。まるで、罵声を浴びせられるたびに、自分が全てを殺してきてしまったと思えるような感覚。

 泣きながら俺へと叫ぶ民を前に、俺はその人の大事な人を自分が殺してしまった、と……そんな風にさえ思ってしまったんだ。

 だって仕方ない。その罵声は、その人の大事な人を殺した誰かではなく、間違い無く俺に向けられていたのだから。

 親父たちに殴られた時ももちろん痛かった。けど、その時はまだ完全にわかっていなかったんだ。人殺しへと向けられる視線、言葉、恨み。それが、どれほど胸を抉るものなのかを。

 戦いだったのだから仕方ない……そんなもの、待っている人には関係がないのだから。

 亡くしてしまえば辛いのは誰だって同じなんだ。

 ───そんなことを、周泰の悲しげな顔を見ていたら思い出した。

 

「……はぁ」

 

 もう一度吐き出された溜め息を耳に、俺も小さく溜め息を吐く。

 ……結局、手を繋げた人と繋げない人は存在して、繋げた人のため、繋げない人のために出来ることを今も探している最中だ。

 国のため民のためと駆け回っては、喜びもされ恨まれもする。

 

  そんなことをしてなにになる

 

 いつか、一人の老人に言われたことだ。戦で息子もその妻も、孫までもを失った老人だという。

 目には世の未来を目指す光もなく、ただ生きていられているから生きている……そんな、希望を持たない老人が俺に向けて言った言葉。

 伸ばした手を掴んでくれた人でもあり、その上で「それは無理だ」と言った人でもある。

 辛いだけの過去に笑顔を……そう思い駆けた俺はその時、“辛いだけの過去”のままにしたい人を初めて見た。

 

 辛い思い出のほうが鮮明に覚えていられるから。こんなおいぼれでも、いつまでも涙を流してやれるからと、その人は言った。

 全ての人を笑顔にするなぞ無理なことであり、それをするならば誰かが笑顔を(かげ)らせなければならない。誰かが幸せになる分、誰かが不幸にならなければならない。世界は平等には出来ておらず、誰かの笑顔の裏には、必ず誰かの涙がある。

 そういった世界だからこそ誰かが勝ち誰かが負け、自分の家族は死に、どこかの家族は生き残った。

 そんな当然のことを、ただ静かに聞かされ───それでも伸ばした手を老人は拒まず、小さく握ってくれた。

 

「無理、か……」

 

 繋がれた手はとてもざらざらしていて、冷たかった。

 終始笑むこともなく怒る様子も見せずに別れた老人は、今なにをしているだろう。そう考えてみて、右の掌で顔を覆う。

 なにもしていない、ただ生きている。そんなことが簡単に想像できてしまった。

 恐らく、何をしても何を言っても彼が笑むことはない。そうも思えてしまった。

 自ら命を絶つことはしない。長生きをしている分、命を大切さを知っているからだ。ただ生きて、ただ死んでゆく。

 そう。いずれ食べる物も無くなり、弱り果て、死んでゆく。それはとても自然なことで、それを助けるならば全てを助ける覚悟をしなければいけない。

 だって、知っているだろう?

 

  “働かざる者食うべからず”

 

 弱るだけで助けてくれる人が居るならば、人は何もしない弱った存在に成り下がっていくだけだ。

 だから働く。生きるために、食べるために。そういったことが出来ない家族の居ない老人は、ただ生きてただ死を待つしかない。

 それを助けるならば、次に現れる、もしくは別の場所に居る弱った存在も助けなければいけない。

 助けなければ、ただ信頼が崩れるだけだ。

 

  “そいつはよくて何故自分は”

 

 人は差別を嫌う。

 誰かが別の誰かを救ってくれるなら、自分も助けてほしいと手を伸ばす。

 そんな伸ばされた手に、俺は果たして自分の手を伸ばさずにいられるだろうか。伸ばした上で、助けきることが出来るのだろうか。

 

「………」

 

 華琳が劉備……桃香に言った言葉を思い出す。

 あなたはやさしすぎる。王になるべきではなかった。

 全てを救おうとする彼女を、華琳はそう言って力で捻じ伏せた。

 だったらこんなことを考えている俺も、いつかは華琳に捻じ伏せられるんだろうか。

 貴方は八方美人すぎるわ。天の御遣いになんかなるべきじゃなかったのよ。ザグシャー、って。

 

「怖っ!!」

「はぅわっ!?」

「ゲェーーーッ!! しまった!!」

 

 シリアスな思考を置き換えてみただけで、あっさりと恐怖に屈してしまった俺の悲鳴で、隣に居た周泰がさすがに気づいた。

 いや、しまったって思うことなんて本当はないはずなんだ、もともと話し掛けるつもりだったんだし、うん。

 

「ふへっ……は、ふっ……!? か、かかかかずとっ……さま……!? ひゃぁうんっ!?」

 

 けどまあとりあえず。暗い気持ちになっていた自分に喝を入れると、逃がさないためにも周泰の手を取り、きゅっと握る。

 それにより周泰が顔を真っ赤にして目を泳がせまくり、さらには呂蒙……亞莎のようにあわあわとどもりまくっていたが、どれも気にしない。

 ……老人はいろいろなことを思い出させてくれた。ただ救いたい、ただ手を繋ぎたいって思うだけじゃあ駄目なこと。善意だけで動いても、それが全ての人のためになるとは限らないこと。本当にいろいろだ。

 

 だからといって、自分がやる行動の根本が変わるのかといえばそうじゃない。

 俺は結局手を伸ばすだろうし、困っている人を見かけたら黙っていられないだろう。それにより誰かに偽善的だと言われようが、それが北郷一刀のやりたいことだというのなら───貫かなきゃウソ……なんだよな。

 この国や魏や蜀、この大陸の全てを笑顔にすることが俺の望みじゃない。国に返すという言葉はその実、ひどく曖昧なものかもしれないけど、返したい感謝や返したい謝罪はきっと、この胸の中に、自分が知っているよりもたくさんある。

 

 それでもいつかは感謝だけを。

 巡りゆく時節の中で同じ夢を描いてきた。そんな過去をいつか振り返って、全てのものにありがとうと言える未来を“今”として迎えられたなら、俺はきっと国に返していけてるんだと思うから。その“今”を、宝物と思えるだろうから。

 だから、今はそれでいい。無理だと言われることも、手が繋がったというのに無力だと実感してしまうことも、全て受け入れる。

 いつか俺がその“今”に辿り着くまで、どこまで自分が頑張れているのか───大切なのはそこなのだから。

 


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