真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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123:IF2/バレているのに正体というのか否か③

 そりゃいきなり大声で照れ出す男なんて気持ち悪いかもだけど、ちょっとくらい聞いてくれたって……。

 と、悲しみを抱きつつ、先を促してみた。

 

「言葉通りはっきり言うが、北郷」

「お、押忍」

「朝から晩まで、氣の鍛錬をする馬鹿などこの大陸にはいない。もっと厳密に言えば、お前と同じ勢いで鍛錬をしていれば、よほどに氣の絶対量が多い者でなければ、結果を出す前に氣が枯渇して倒れる」

「え? や、そりゃないだろ。明命とかだったら軽く出来るって」

 

 なにせ明命だ。祭さんや凪だって、余裕で出来そうじゃないか。

 そんなことを当然のように言ってみたら、軽く遠い目をされた。あ、あれ?

 

「確かに出来る者も居る。ただし、やらない。氣の枯渇などをしたら、緊急時に動けなくなるからだ」

「………」

 

 アー……ソリャソウダー……と思いつつ、本当のやらない理由はそこじゃないような気がした。じっと冥琳を見ていると、なんだか“察することが出来るのに最後まで聞くのか”と目で語られた気がした。

 

「氣を使いすぎると危険なのは、お前も知っているだろう。祭殿の無茶な氣脈拡張の際、死にかけたな?」

「う……つまりは、そういうことなのか?」

「それだけが原因とは言わない。確かに氣を持つものは……特に将となる者は随分と多くの氣を持ってはいるのかもしれないが、北郷。お前のように寝て起きれば回復するほどじゃあない」

「へー…………へ?」

 

 え? 回復が遅い? いや……俺も寝て起きれば回復だーなんて、RPGのMPみたいだとはそりゃ思ったけどさ。……やっぱりあれか? 肉体が成長しない分、唯一左右される氣のほうが存在を保っている、みたいな感じなのか? だとしたら、氣脈拡張の際に死にかけたのも微妙に納得出来るけど……納得したくない自分も居る。本当に苦しかったからなぁ……あれ。

 あぁでも、だったら竹簡とかに鍛錬法を書いたのは失敗だったか?

 娘達にも似たような氣が混ざっているのなら、枯渇で相当苦しむことにな…………待て。そういえば、無理に氣脈を拡張しようとした甘述が、尋常じゃないくらいに苦しんで…………。

 

「北郷?」

「えと。なぁ。普通の人が氣を使いすぎたら、どうなる?」

「うん? ……ああ。動けなくなるな。だが、死ぬほどではない」

「……どうやったら、そんなところまで読めるほど理解が深くなるんだよ」

 

 ようするに俺がやっていた鍛錬はやはり異常で、止めた華琳は正常だった。

 それでも続けた俺も異常だったが、現在でも無事でいられることのほうがよっぽど異常だ。

 ……えと、だがしかしだ。

 

「なぁ冥琳。その話と未来の話と、どう繋がるんだ?」

「………」

 

 訊ねてみたら少し睨まれた。

 無知でごめんと言いたいところだけど、ちょっと理不尽を感じずにはいられない。

 

「お前は妙なところで鋭いのに、そこに自分が係わるとどうしてこうも鈍くなるのか」

「ごめん。それ、俺自身も悩んでいることのひとつ……」

 

 本当にどうしてなのか。

 悩んだところで答えは見つからないから、今もこのままなのだが。

 しかし北郷負けません。これでも女性に訊ね返す際には、絶対に聞こえなかったフリとかはしないと心に誓っている。

 ……もっとも、それを朱里と雛里との会話中にしてしまい、しつこく訊きすぎて顔を真っ赤にした二人を泣かせてしまったことがあるのだが…………まあその、うん。卑猥な妄想をつい口にしてしまって、それをなんて言ったんだってしつこく訊きまくって、幼さの残る天才軍師さまに卑猥な言葉を泣かせながら口にさせるって……最低だよなぁ。

 あの時は本気で謝った。土下座までして謝った。そしたら一層に慌てさせてしまい、泣かれる泣かれる。騒ぎを聞きつけてやってきたメンマさまに妙な状況ばかりを拾われてしまい、からかわれ、俺まで泣いたのは悲しい事実だ。次に慌て出した星の顔は、たぶん一生忘れない。

 じゃなくて。

 

「纏めると……その。俺のやっている鍛錬は既に異常で、それ以上を望むのは無茶で、だから気にせず子供たちに接してやれって……そういうことか?」

 

 言ってみると微笑とともに「そら、わかっているじゃないか」と溜め息を吐かれた。

 笑顔で溜め息はやめてください。すごく絵になって、こっちまで溜め息が出る。

 

「ああもちろん、氣に応用が必要なのはわかる。ただ氣脈を成長させるだけでは意味がないこともだ。しかし北郷。私はそれが、いつかのように三日に一度でもいいと思っている。お前としてはどうだ? 日々を仕事と鍛錬だけで埋めて、お前はきちんと成長出来ているのか? 三日に一度の“集中する鍛錬”と、一日のほぼを潰す毎日の“休息と余裕が無い鍛錬”と。お前はどちらを“効率良し”と唱える」

「………」

 

 言われて振り返ってみた。

 自分の無茶な行動や、自分を心配する周囲の声。

 華琳は珍しく止めることはしなかったが、“目標を目指すことと、自分を壊すことを同じにしないことね”と溜め息を吐きながら言っていた。

 ……その時は愛紗に追いつくんだってことばかりを考えていて、言われてもきょとんとしたものだったのに……冥琳に言われて冷静になって振り返ってみれば、こうも簡単に意味を受け取れた。

 

(………………そっか、余裕なかったか、俺)

 

 きちんとやれているつもりだったのに。

 そうは思っても、子供と接することを諦めている時点で、もっと具体的に言えば、なにかを切り捨てなきゃいけない時点で、余裕なんてものはなかったんだろう。

 

「さて北郷。お前には呉のことや雪蓮のこと、蓮華さまのことで随分と助けられた。その恩人が迷っているとなれば、友としても人としても軍師としても見過ごせん。雪蓮が聞けば笑うのだろうが……いや、私自身も私を笑いたい気持ちでいっぱいだが、不思議と悪い気分ではない」

 

 ところどころで視線をちらちらと逸らしながらも、言葉を続ける冥琳さん。

 いったい何を言われるのやら……と不安ばかりが先行するものの、不安はあっても悪い予感はなかった。そりゃそうだ、友として、なんてこうもきっぱり言われたら、疑うのは失礼ってもんだ。少し照れている様子を見せつつ、髪をファサアアと払う姿は綺麗だが、まあなんというか……顔が赤い所為でどうしても照れ隠しにしか見えなくて、いつしか不安も裸足で逃げていった。

 

「あー……つまり、その、だな」

「うん」

 

 言葉を探してらっしゃる。あの周公瑾殿が。

 とても珍しい光景なはずなのに、ただただ落ち着いて言葉を待てる自分に驚いた。

 

「北郷」

「うん」

「雪蓮が、文台さまが目指した世は、誰もが笑って暮らせる世だ。しかし、その夢は曹操の前に破れた」

「……うん」

「だが、そんな夢も、誰かの待望、悲願に乗せて叶えられると知った。ここからまた目指せばいいと言った者が居た」

「うん」

「……なあ北郷。お前は今、どちらかを手放し、どちらかで後悔する道を選ぼうとしている。お前はその先で、笑っていられると本気で思っているのか? そうではないと知って、雪蓮や蓮華さまが黙っていると、本気で思っているのか?」

「………」

 

 続けて“うん”とは言えなかった。

 その目が俺の目を見つめ、心配してくれているのがとてもよく伝わってきたから。

 そんな目を見たら。そんな目で見られたら、こんな不安は自分だけで抱えてしまおうなんて思っていた自分が、随分と馬鹿馬鹿しく感じた。

 友というのなら頼れと。頼る気がないのなら、もっと隠せるように努めろと。彼女はきっと、そういうことを言いたいのだろうと……いや、俺自身がきっとそう思うんだろうなって。それで、自分のことは棚にあげて相手の心にどかどかと入り込んで…………うわぁ、自分のことながらちょっと頭痛い。

 

「……えっとな。俺さ」

「! ……あ、ああ。なんだ?」

「………」

「?」

 

 冥琳よぅ……そこで安堵したようにホッとされると、すごい罪悪感が……。

 俺、そこまで思いつめた顔してました? ……してたんだろうなぁ。

 なんだかやっぱり自分が馬鹿馬鹿しく思えて、姿勢正しくこちらへと向き直った冥琳の頭をよしよしと撫でた。……もちろん、正座から立ち上がってから。

 途端に顔を真っ赤にする冥琳だったけど……逃げることも払いのけることもせず、顔を真っ赤にして軽く俯きつつも、撫でられるがままになっていた。……子供冥琳は、今も変わらず撫でられたいらしい。

 

「……俺な、実は夢ぇええっひえぇえええっ!!?」

 

 突如、首筋を撫でる感触に悲鳴。

 夢を見てさ、と続ける筈がヘンテコな声が出た。

 慌てて振り向いてみれば、いい汗かいたとばかりに笑顔な星さん。

 目的の話だけではなく、夢の中の全てを話そうとした途端だった。

 

「主よ。せっかく友が戦っているというのに、友をほったらかしにしておなごと妙な雰囲気を作るのはいかがなものか」

「それと首筋を指で撫でるのとなんの関係が!?」

「いやなに、妙な雰囲気だったので、少し割り込みを。邪魔ならば去りましょう」

「……星って、結構表情に出るよね」

「はっはっは、なにを仰る。“いつも飄々としていてわかりにくい”と、愛紗に言われたほどのこの私が」

「………」

「………」

 

 冥琳と二人、どことなーく緊張しているように見える星を見た。

 戦ってたならそのまま続けてたらどうなんだろうか、とも思ったものの、ちらりと見てみれば死屍累々。モシャアアア……と景色が揺れるほどの氣を放つ恋を中心に、様々な武将が倒れておった……。

 

「逃げてきた?」

「逃げたわけではありませぬ。仕合とはいえ、戦いっぱなしだったので休憩を挟んだまで。するとほれ、いつも通り樹の下で休む友であり主の傍で、穏やかに笑う軍師が居るではないか」

「………」

「………」

「いや……その。し、仕合を始める話題の中心となった主を横に、ああも穏やかに談笑をされれば気になりもしましょう」

「談笑というか、こっちも相当大事な話をしてた筈なんだけどなぁ……」

 

 一応自分と子供の今後に関わる重大な話だ。

 下手をすればこの外史そのものに関わるわけだから、簡単に考えすぎるのも戸惑われる。

 まあそんな考えを働かせつつも、気になったので一言。

 星の耳に口を近づけて、ぼそりと。あくまでおどけて、冗談のように。

 

「もしかして、友達を取られると思ったとか」

 

 言ってみて、もしかしてもなにも以前から結構一緒になることは多かったことを思い出す。

 冥琳とも友達だし、星とも友達だ。でも……アレ? なにか引っかかりがあるような。

 なんて思ってたら星の顔がぐぼんと赤くなり、俺の問い掛けにあうあうと言葉を失って、しかしどうしてか俺の道着の端っこをちょいと摘んで俯いてしまい………………あれぇ!?

 

(神様……あるわけないと確信して放った冗談が真実だった場合、言った本人の責任云々はいったいどうなってしまうのでしょうか……!)

 

 まさかの友達関連での嫉妬っぽかった。

 そしてこれだけわたわたしていれば冥琳も気づくというもので、ちらりと俺を挟んだ隣に立つ星を見ると……わあ、なんか雪蓮を追い詰める時の目つきに変わった。

 やめて!? 今さらだけどこの世界、仲間意識はあっても友達意識ってあまりない気がするんだから! というかこれはもしかしてあれなのか!? “私と貴女は友達じゃないけど、私の友達と貴女は友達”的なアタックでギャグマンガな日和なのか!?

 

「と、ところで主よ。メンマのことについて、少々話が……」

「北郷。絵本について、前に出たばかりのものの話が……」

 

 同時に話が始まった。

 聞き分けられた自分をお見事ですと褒めたかったけど、言葉が止まった途端に双方がニッコリ笑顔で互いを見て、その体からは黒いオーラがモシャアアアと!!

 あ、あれぇぇええ!? なんか似たような空気を僅かながらに感じたことがあるような!? でも以前はもっと穏やかだったよ!? なのに“ああ、あの時も恋が一人で無双してたなぁ”とか思い出してしまった時点で、なんかもう逃げられる気がしませんでしたごめんなさい!

 

「メンマも絵本もまた今度なっ!? 確かに大事な話だけど、ごめん! 今回ばっかりは俺の悩みのほうを優先させてくれっ!」

 

 ずぱんっと顔の前で手を合わせての言葉。

 明らかに身の危険を感じたってことも確かだ。

 けれど、今の問題は先送りにしていいことでもないから、勇気を振り絞って話題を元に戻すことに努めた。星はきょとんとしていたが、冥琳がふむと呟いて迫力を引っ込めると、素直に引いてくれた。

 

「ふむ……なんとも珍しい主が見れましたな。なんのかんのと他人に合わせることが多い主が、まさか自分のことを優先させるとは。私も少々、状況というものに慣れすぎていたようでござる」

 

 申し訳なさそうに、主に対してと友に対しての謝罪をしてきた。

 こっちとしては自分を優先させた上に謝られてしまって、慌ててなんとかフォローしようとするんだが……いろいろと事実に詰まって、上手い言葉は出なかった。

 

「いや、お気になされるな。そもそも、主は友だというのに相手に遠慮しすぎだ。こうして時に自分を優先してくださった方が、遠慮の壁も落ち着きを見せるというもの」

「ならばお前もはっきりと言ってやればいい。あまりに受け入れられすぎると、寄りかかり過ぎて自分が保てなくなると」

「なっ!? ……なななにを仰るやらっ!? わわ私は……こほんっ、私は別に、寄りかかりすぎてなど」

「………」

 

 二人の間に立ちつつ、樹に背もたれして聞いているこの北郷めとしましては。

 それってつまり、俺……星に甘えられていた?

 それを前提で考えてみれば、人を見つけるたびににこにこして寄ってきて、他の人には言わないようなことを言ってきたり、たまに膝枕をお願いしてきたり………………さてここで問題です。この星という人物を娘に置き換えて、状況を想像してみましょう。…………思いっきり甘えてらっしゃる! 難しく考える必要もないくらいに心許されてるじゃないか俺!

 ……そしてそんな事実を星自体が気づいてらっしゃらなかったようで、赤い顔であちらこちらに視線を揺らしては、俺の顔を見るとホゥと安心したような笑みを浮かべて……そんな自分に気がついて、真っ赤になって視線を逸らした。……その際、勢いが良すぎて首がゴキリと鳴ったのが聞こえた。……あぁああ震えてる震えてる、痛かったんだろうなぁ今の……!

 

「はぁ」

 

 こんな雰囲気でこれからのことを纏めなさいと言いますか、ゴッドよ。

 なんてことを少しくらい思ったんだけどさ。……困ったことに、“こんな感じだからいいんだよなぁ”って思ってしまった。

 だって、毎度が毎度なんだもの。難しいことばかりで塗り固められた決定なんてほぼ無くて、なんだかんだと笑みと……自分への覚悟とともに、今までを受け入れてきた。

 後悔は後悔だ。後になって悔やむことしか出来ない。これからも何度も何度も後悔を受け入れつつ、“後悔だけじゃなくて、笑みさえ受け入れて歩いていける”って、根拠の無い自信を持てる。後悔して落ち込み続けられるほど、みんながほうっておいてくれないからだ。

 そんなことが想像出来る余裕が、少しでも出来たからだろうか。

 今ここに居るみんなの様々な想いをそのままに、未来のことばかりに気をやって、今を見ずに居る自分にとんでもない違和感を覚えた。

 そりゃ、先を見ようとするのはいいだろう。先の先の先を考えて、そのために鍛錬に溺れて、周りを見ないで一心不乱。べつに悪いことじゃない。……そう思えるけど、それを最果てまで続ける自分を想像してみたら、とんでもない違和感に襲われた。

 気づけばみんな年老いて死んでいて、目の前には左慈が居て。

 結果として勝てて、振り返ってみれば……もう誰も居ない。

 思い出そうとしても鍛錬ばかりが思い出されて、時折に自分を見つめる寂しそうなみんなや子供たちの顔だけが頭に浮かんで。

 ……俺は、そんな未来で満足できるか? みんなが生きた世界を守れたとして、自分が持つ“それまでの過程”がそんなもので、本当に満足できるか?

 

(無理だ)

 

 満足なんて無理だ。そんな未来予想、自分の幸福の何一つも満たせない。

 周囲の笑顔も思い出せないくらいに未来のことばかりを気に掛けて、なのに残った結果が世界を救えたことだけなんて。

 それは……救ったって言えるのか?

 この世界が華琳が望んだ外史だっていうのなら、華琳はそんな世界を望んでくれただろうか。……いやいや望まない、絶対に途中で止めに入る。とびきりの笑顔で、目だけ笑っていないあの鋭い視線をくれて、鍛錬漬けの俺を強引にでも止める筈だ。

 ……あれ? じゃあその……あれ? 遅かれ早かれ、俺って止められる?

 

(普通に考えればそうか)

 

 誰とも交流らしい交流をしなくなって、ひたすらに鍛錬と仕事の化物になる存在を、いったい誰がほうっておこうか。少なくとも俺が知る三国の皆々様は、そんなことを許す人ではございません。

 最初こそ一緒に鍛錬をして、“今日は鍛錬じゃなくて遊びに行くのだー!”ってなって、それでも無理矢理鍛錬をしようものなら……最終手段として、我らが覇王さまが召喚されるのが簡単に想像できた。

 

  そこまで予想してみたら、なんだか笑えた。

 

 どうしようもないなぁ、なんて思ってしまえた。

 華琳のためにとか、華琳の世界を守りたいとか、覇道を支えるだとか……理由を並べりゃキリがない。鍛錬をする理由なんてまさにそれだろう。

 じいちゃんが言うように免許皆伝を得てもまだ、ようやく守れるくらいにまでなれたとして、振り向いてみればもう誰も居なかった、なんて未来は絶対にごめんだって言える。

 そんな風に悶々と悩む俺。想像の中でもぐちぐちと“もしも”を並べていたんだけどさ。

 

「ぶふっ!」

『?』

 

 想像の中の華琳が一言。

 

  “私の世界を守る? あなたにそんな在り方など望んでいないわよ”

 

 つい吹き出してしまって、冥琳と星にきょとんとした目で見られた。

 でも、それで納得してしまったのだ。

 そうだよなぁ。華琳はきっと、そんなものは望まない。

 守りたいと思うのなら一人で突っ走らず、ともに歩める者になれと言うだろう。

 出会ってばかりの頃からは想像出来ないやさしい顔で。

 一人に何かを守らせて自分は笑うなんて、非道な王を目指してなどいない彼女だから。

 それを思えば、“彼女は本当に変わったんだなぁ”なんて、暢気に思うことが出来た。

 

「…………ふんっ!」

『!?』

 

 胸をノック。

 もう“殴る”って言葉が一番合うくらいに、こう……どごんと。

 その痛みであれこれぐだぐだ悩んでいた自分を一瞬だけでも飛ばしてから、次に氣を込めた拳でもう一度ノックをする。

 

(覚悟……完了)

 

 悩む度、躓く度、歩く道を変える頼りない自分でも、辿り着きたい場所はきっと変わらず。

 それを見失うたびにこうして周囲に教えてもらって、知識を深める度に辿り着きたい場所に霧をかけてしまう自分に呆れても、それでもこうして前を向ける今に感謝を。

 

「いきなりだけどさ」

「うん?」

「どうされた?」

 

 氣を込めたノックの所為で、貫通力がある衝撃が心臓を打ち抜いて、少しの間停止した俺の開口一番。まさかのハートブレイクショットに苦笑をもらしつつも、焦る気持ちも一緒に壊されたから、二人の友に感謝を述べた。

 二人は感謝される覚えがないと口を揃えて言って、なのに頭を撫でる手からは逃げようとしなかった。


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