真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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124:IF2/総瞬謳歌①

176/総瞬謳歌-全ての今を謳歌しよう-

 

-_-/ひーちゃん(呼んでいるのは桃香だけ。“丕ーちゃん”と書く)

 

 父さまが近くに来た時から嫌な予感はしていた。

 厳密に言えば、周瑜と話し合っている辺りから、妙な予感があった。

 そのもやもやとしたなにかをなんと呼ぼうか。

 それは恐らく……独占欲。

 自分だけが知っている素晴らしい父であってほしいなんて思いが、心の奥底から溢れ出していた。

 禅は前から知っていたようだけれど、倉で父さまが書いたものは見ていない筈だ。

 今ならきっと私のほうがより多く知っている。そんな確信があったのに。

 父さまがここで全てを明かしてしまえば、きっと妹達は父さまのもとへ殺到する。

 父さまを嫌っていた登や述など特にだろう。なにせ校務仮面と名乗っていた父にべったりだったのだ。憧れていた存在の正体が父だと知れば、今までの印象を塗り潰してでもお釣りがくる。

 

  ……正直に言おう。嫌だった。

 

 父さまは私の父さまだ。散々嫌っておいて今さらなにをと言われてもいい。

 むしろ今まで甘えてこなかった分を、これから手に入れたい思いでいっぱいだ。

 だから嫌だ。

 みんなに知られて、私が傍に居られる時間が無くなるのが嫌だ。

 何を今さらと父さま自身に言われるかもしれない。

 それでも傍に居ようとすれば、最悪嫌われるかもしれない。

 けれど私は、“次は私の番だ”と覚悟を決めたのだから。

 

「……私と、勝負してください」

 

 自分が父だと名乗ってしまえば、きっと父さまは武器を振るってはくれないだろう。

 だからこそ今。

 あの呂奉先を片手の一撃で吹き飛ばした強さ。

 勝てるとは思えない。ただ、父の強さを受け止めてみたかった。

 私はいい娘ではなかっただろう。勝手に誤解して勝手に見下して。

 でも、じゃあ、ここで父さまが正体を曝してしまったらどうなる?

 私はなし崩しに父さまを受け入れて、散々と見下したことを無かったことにして、いつかの頃のように戻るのか?

 

(…………冗談じゃない)

 

 きっと父さまは私を叱らないだろう。……叱れないだろう。

 だから今だ。

 戦って……そう、戦うことで、叱ってもらう。

 手加減は抜きで、思い切り。

 

「て……てっぺん姉? どうしてそうなるんだ? 父はほら、ぐうたらではふむぐっ!? んっ、んーっ!」

「はいはい~、ちょおっと静かにしましょうねぇ柄ちゃ~ん」

「うぇんめぇ!?(訳:延姉ぇ!?)」

 

 柄が“ちょっと待った”とばかりに止めに入るも、延がそれを止めて、無理矢理離れてくれた。ありがたい。それでも暴れる柄だったけれど、そこに琮と禅が加わって押さえつけてくれた。

 

「…………本気か?」

 

 勝負を、と願った途端、父さまの雰囲気は一気に変わった。

 私相手では絶対に見せない、きっと紙袋をつけている今だからこそ感じさせてくれる、圧倒的な威圧感。きっと他の将に比べれば弱いのであろうそれも、まだまだ未熟な私にしてみれば段飛ばしで上の、見えない圧力だった。

 

「本気です。意志としても、出していただく実力としても」

「加減はするなと?」

「されては意味がありません」

 

 ゆっくりと立ち上がり、その過程で氣を充実させる。

 これから父さまと戦うという意思が、強く心臓を締め付けるけれど……もう決めたのだ、後戻りはしない。

 だから、どうか受け取ってほしい。

 ここでなにもないまま許されたなら、私はもう父さまに甘えられない。

 罪悪感で、近くに行くことを自然と拒んでしまう。

 それはとてもとても自分勝手な考えだ。

 もっと私が単純な性格だったなら、こんなに面倒なことにもならなかったのだろう。

 ……やっぱり、私はいい娘ではありませんね。

 ごめんなさいととさま。もっと、素直に甘えていればよかった。

 

「………」

 

 木剣を手にする。

 父さまも静かに息を吐くと、黒い木剣を手に氣を充実させる。

 呂布相手にあれだけの氣を使ったというのに、もう使えるのだろうか。

 本当に、とんでもない人だ。

 ……子供のひどい言い訳になるのだろうけれど、そんな力強い姿を……もっと小さな頃から見ていたかった。

 

『───』

 

 互いに睨み合いながら移動。

 中庭の中心あたりまで辿り着くと歩を止め、そのまま睨み合う。

 と、ここで父さまが口を開いた。

 感じる威圧感はそのままに、「本気で、やるのか」と。

 その問いに頷いて返す。

 父さまはやさしいから、きっと変装をしていたところで娘と戦うことなど良しとしない。

 出来ることならば、こんな状況から逃げてしまいたいに違いない。

 私だってそうだ。

 自分で言っておいてと言われようが、私が欲しいものは威圧感じゃなくて───

 

「……けどな」

 

 父さまが躊躇している。

 けれど、そんな父さまの傍へとゆっくりと歩み寄る姿。

 璃々姉さんの親である、紫苑さまだった。

 紫苑さまは微笑を浮かべながら父さまの耳へと何かを囁いて、といっても紙袋が邪魔をしているけれど、破れた隙間から語りかけているようで……

 

(……ご主人様。本気で、仕合ってあげてください)

(いや、でもさ。嫌われているとはいえ、一応校務仮面な俺にはついてきた丕を、そんな)

(……あの娘は、戦いたいのではありませんよ。自分が悪いことをしたという自覚を持っていて、ご主人様に叱ってほしいんです)

(叱って? なんで?)

(あの娘はもう、全てを知っているからです。ご主人様が隠していたことを全て。その上で自分が、父である人にひどいことをしてしまったと後悔して……でも、ご主人様? ご主人様は今、正体を明かすのと同時に、今までのこと全てを水に流すつもりだったのでしょう?)

(ん……そりゃ、だって。引きずってたら前に進めなさそうだろ?)

(許すばかりが親ではありませんよ。だから───もし、ぎくしゃくしたくないのなら)

(………)

 

 にこりと笑い、父さまから離れる紫苑さま。

 途端、父さまはこちらへと急に向き直る。

 少々戸惑っていたようで、けれど……胸を何度かのっくすると、いつもの自信なさげな気配へ戻った……のに、それも一瞬。一呼吸の後には再び威圧感が溢れ出て、紙袋の奥に見える眼光はより一層に鋭いものとなった。

 そんな、見るだけで人を怯えさせるような、初めて見た瞳のままに一言を呟く。

 

「本気でいく」

 

 それだけ。

 す……と持ち上げられた黒い木剣に目をやり、私もゆっくりと木剣を構えて、いざ……

 

「……いきます」

「───」

 

 それが合図だったのだろう。

 地面を蹴り弾いた、と思った瞬間には目の前に父さま。

 え、なんて声が喉から漏れた途端に振るわれた黒の木剣。

 慌てて自分の木剣を盾にと構えたら弾き飛ばされていて、足が地面から離れることはなかったものの、私のこの足は地面を滑っていた。“人の攻撃を受けて地を滑る”なんてことが初めてだった私は当然驚き、いや、それよりも───受け止めなければ黒の木剣が自分の体を打ち付けていた事実を想像して、怖くなった。

 心のどこかで父さまは自分を傷つけないなんて、生易しい気持ちがあったのだろうか。

 だというのに叱ってほしいなどと笑わせる。

 舌打ちをしたくなったけれど、舌打ちは好きではないので、代わりに思考を回転させた。

 目の前には既に私を追って駆けた父さま。

 

  怖い───

 

 浮かび上がった恐怖に喝を入れて向き合う。

 振るわれる木刀を、自分の小ささを活かして躱す。

 同時に振るった木剣での足払いは軽く予想されていたようで、危なげもなく簡単に躱される。けれど、それでいい。振るった勢いのままに体を回転させて、下から上へと得物を斬り上げる。

 避けられないだろうと思った一撃は、確かに当たった。

 やった、と思うのも束の間、当たったと思ったそれは父さまの左手で受け止められていて、それを見上げて確認したとき、腹部にトンと黒の木剣を握った拳が押し当てられた。

 瞬間、走ったのは体が凍てつくくらいの寒気。

 離れなきゃ! とようやく頭が理解してくれた頃にはズシンと重い衝撃だけがお腹を貫いて、足が力を無くす。

 

「かっは……! ぁ……っ!?」

 

 崩れ落ちそうになる体。

 それをなんとか氣で繋げて、無理矢理立つけれど……足に集中したために、握っていた木剣は地に落ちてしまい……「あ……」と手を伸ばした時。

 頭上から「はぁー……っ」と吐息が聞こえて、お腹の痛みと自分の情けなさも相まって、涙が滲んだ瞳で見上げた先には……手甲を外して、そのままの握り拳に息を吹きかける父さま。

 紙袋から覗く口は、少し戸惑いを含んでいて……けれど。

 

「頑張ったな」

 

 その口がにこりと笑みに変わって、痛くて情けないのに、自分に笑みを向けてくれたことが嬉しくて。ああ、負けるのかなぁ、なんて当然といえば当然のことに涙して、それでも……「はいっ」て、褒めてくれたことにきちんと返事が出来た途端、ごづぅん! って……物凄い衝撃が頭を襲った。

 拳骨。

 黄蓋さまが妹たちによくやっている、“叱る時の一撃”。

 痛い。

 とんでもなく痛い。

 でも……やっと自分は娘として、親に叱ってもらえた。

 そんな時、心の中で……母のようになりたくて走ってきた自分が、怒られてしまった自分を見下したように笑った。

 私は……そんな、威張ってばかりの自分を逆に笑い飛ばしてやった。

 戸惑った自分の顔がおかしくて、でも頭はとんでもなく痛くて、

 

「うっ……えぐっ……ひっ………………ふぅううあぁああああああん……!!」

「へっ? ぃゃっ……ホワァアアアーッ!?」

 

 みんなが見ている中で、みっともなく声を出して泣いた。

 ……その時の父さまの慌てっぷりを、きっと私は忘れない。

 見たこともないくらいに大慌てで、私に何度も何度も呼びかけてくれて、何度も何度も頭を撫でながら氣を送り込んでくれて、痛みはなくなっても涙が止まらない私を見て自分まで泣いて…………そんな時。随分と久しぶりに、見下すでもなく機嫌を伺うでもない視線同士がぶつかって。

 

「………」

「………」

 

 何を言うでもなく、私と父さまは謝った。

 本当に、何かを言ったわけではない。

 けれど謝った。

 ひどい娘でごめんなさい。頼りない父ですまなかった。そんなところだろうか。

 謝ったはずなのに、結局のところどんな感じで謝ったのかを自分自身が知らない謝罪。

 それでも見詰め合ってからは笑むことが出来て、泣き笑いのままに抱き締め合って……そんなことになっても未だに紙袋を被ったままの父さまに、つい笑ってしまって……その笑みの意味に気づいた父さまが紙袋を取ると、登と述が改めて驚愕。

 

「校務仮面の正体は絶対に秘密なんじゃなかったの!?」

「ツッコむところそこなのか!?」

 

 叫ぶ登に、父さまはそんな言葉で返した。

 

「みみみ認めないっ……認めないぞ私は! 校務仮面さまが父などと! もし本当にそうなら、何故今までぐうたらで居た!」

「なんでって。仕事や鍛錬づくめで、娘達と一緒に居るための時間も作れない父親にはなりたくなかったからかなぁ」

「そっ……そんな理由で!?」

「ちなみに仕事なら夜、寝る時間を削ってまでちゃ~んとやってたんだぞ~? そのための“部屋には入るな”って決まりだったんだ」

『なっ…………!!』

 

 登と述、唖然。

 延は特に気にした様子はなく、琮は「お手伝いさん、やはり苦労していたんですね……」としみじみ呟いていた。……お手伝いさんって誰かしら。

 

「ならっ……ならばっ! 私やっ、述がっ……鍛錬の割りに上手くいかないのはっ……! と、父さまの血の所為などではなく……っ……!」

「あー……それなら白蓮からいろいろ聞いてる。だからはっきり言うぞ? 間違った鍛錬方法で望むだけ強くなれれば、誰も苦労はしないよ。……すまなかったな、登、述。これからは鍛錬もちゃんと見るよ。勉強だって教えてやれる。生憎と料理は普通な俺だけど、俺に教えられることならとことんまでに教えてやる。だから───」

 

 ぎゅっ……と。私を抱く父さまの手に、力が篭った。

 それで気づいた。

 ああ……父さまも怖かったのか、って。

 娘達を相手にどう接したらいいのかを、この人も必死で手探りしていたのだと。

 手探りしていたことくらい、書簡を見ればわかったこと。

 でも、それをこんなに怖がっていたなんて知らなかったのだ。

 

「ごめんなぁ……。また……もう一度、俺に“お父さん”をさせてくれないかなぁ……」

 

 どんな言葉が返されるのか、怯えているような……注意していなければ気づかないほどの、震えが混じった声。

 それに引かれるように、自分の嗚咽がもう一度こぼれそうになるけれど、なんとか耐えた。

 今は……そう、今は、きちんと言葉を返してあげなくちゃいけない。

 もう一度と言ったからには、一度手放してしまおうとしたのだ。

 それでも、いい大人が子供に謝ってまで“父”をさせてくれと言った。

 私は───

 

「あらあらぁ~、させてもなにも、お父さんはお父さんですからぁ~。もう一度もなにも、ありませんよぅ?」

 

 ……口を開こうとして、先に延が言う。

 次いで、禅が。

 

「禅は……はうっ!? わ、私はべつに、ととさまのことを嫌ってなんかいないからっ」

 

 二人が言ってしまえば、あとは早かった。

 邵が元気に続き、柄も当然だと胸を張り。

 琮が……こてりと首を傾げて、「父? お手伝いさん……ですよね?」と。だからお手伝いさんって誰よ。

 

「………」

「………」

 

 そして視線は登と述へ。

 父さまに抱き締められている私は、とりあえず後らしい。

 一番最初に言いたかったのだけれど、ここはあれね……空気を読むところよね。

 ……ちょっと涙声だし、落ち着かせるには丁度いい時間だ。

 と、二人の反応を待っていると、

 

「……どうして?」

 

 登が、まず言葉を発した。

 それは謝罪でも和解への言葉でもなく、疑問だった。

 

「どうして、もっと早くに言ってくれなかったの?」

 

 顔を俯かせる。その肩は震えていて、隣に立つ述も、肩を震わせていた。

 

「なにをやっても上手くいかなくて、頑張って勉強しても上手くいかなくて、結果を出そうとしてるのに、みんな期待してたくせに、失敗するとつまらないものを見る目で見てきて……! それでも次こそはって頑張ったのに、上手くいかなくて……! ───ねぇ! どうして!? どうしてもっと早くに教えてくれなかったの!? こんなやり方があったなら、私……っ……みんなの期待に応えられたかもしれないのに! こんなのってないよ! 父さまはっ……私が泣いてるのを見て笑ってたの!?」

「いや、どっちかというと、登に蹴られてたかな」

「はぅう!!? うっ……うあーん!! ごめんなさいいぃ!!」

 

 父さま……結構えげつないんですね……まさかあんな返し方をするなんて……。

 たった一言の反撃が登の胸に突き刺さったようで、身勝手なことを勢いのままに口にしていた登は泣き出してしまった。

 ……ええ、そうね、悔しいのはわかるわ。

 思うようにいかなくて、苦しい時があるのもわかる。

 けれどね、登。恐らくだけど……あなたはその苦しみを、父さまに吐き出さなかった。

 一方的にぶつけるだけで、蹴るだけ蹴れば追い払う。

 そんなことしかしなかったのでしょう? それでは何も届かないのよ。

 それで全てをわかってほしいなどと、思うだけでも苦しいものよ。

 ……ええ。本当に……よくわかる。

 理解してからの罪悪感というのは、拭おうにも拭いきれないから。

 

「あ、あー……! ごめんっ、泣かせるつもりはっ……! よ、よしっ、これからはととさまがみっちり教えてやるからっ! なっ!? ほら、おいでおいでっ!」

「ふぅうう゛う゛う゛ぅぅ~……!!」

 

 泣いているのに、手招きされると大人しくてこてこ歩いてくる。

 やってきて早々に頭を撫でられる登は、なんだか可愛い。

 そんな登が父さまを見上げ、泣きながら頭を下げた。

 

「いっぱい、いっぱい蹴って……ごめんなさい……っ……」

「とっ……、───っ!」

 

 その言葉に、父さまが泣いた。

 泣いて、頭を撫でていた手で登を抱き締めて、「俺も、ごめんな」と言って。

 そんな光景を目に呆然とするのは……述だった。

 登とともに父さまを嫌っていた妹は、それまでの経験や得た知識の所為で、前に進めない。

 ぐうたらだったのだからと決めてしまっていたのだから、進めずに居た。

 掌返しが苦手というところと、これと決めたら頑固なところは、きっと私に似たのだろう。

 そんな彼女を知るからこそ、私は父さまの手から離れて……述の前に立った。

 

「あ、う……」

 

 目が合うと、怯えたような反応。

 これも仕方が無い。

 私は強くあろうとするあまり、妹たちとの交流を積極的にしようとはしなかった。

 いい娘どころか、いい姉でもなかったのだろう。

 だから……ここから。ここが、私の……すたーとらいん。

 父さまの書簡に書いてあった“かたかな”の、出発点、といった意味の言葉、らしい。

 私はここから、今日この場から娘も姉も始めようと思う。

 だから。

 

「述。私が言えたものではないけれど……素直になりなさい。父さまは立派な方だった。私は異常なくらいに誤解をしてしまって、とても後悔したけれど……それでもそんな父さまをまた、父と呼べる。それが嬉しい」

「……私は…………ですが、私はっ……! 自分の才の無さを、他人の所為にしてっ……! だというのに、父と呼べというのですか!? 娘だからという、それだけの理由で許されろというのですか!?」

「ええ言うわ。当たり前じゃない」

「えっ……」

 

 私の平然とした答えが意外だったのか、ぽかんとする述。

 そんな妹の頭を、父さまがそうするようにやさしく撫でる。

 

「許されないことだと思うのなら、父さまが願うような娘になりなさい。償いたいと思うのなら、少しでも父さまへ返せる何かを探しなさい。一方的な誤解で父さまを散々と傷つけた私たちに出来ることなど、きっとソレくらい───」

「いいや? 北郷だったら、きっと前のように“ととさま”と呼んでやるだけで許すだろうのぅ」

「えぇえっ!?」

 

 真剣に説いている途中で、黄蓋さまがそんなことを仰った。

 ……ちらりと見れば、声が聞こえたのか……何かを期待するような目の父さま。

 

「………」

「………」

 

 述と二人、目を合わせて……言ってみた。

 

『と……とと、さま?』

「許す!」

 

 許された!? しかも眩しいくらいの笑顔で親指を立てたまま!?

 あ……あぁああ……忘れていた……私の父は、娘にとんでもなく甘かったんだった……!

 そうでなければ、眠る時間を削ってまで娘達と遊ぶ時間を作ったり、嫌われてもなお構おうとするわけがない……!

 

「でも、ケジメはケジメだ。……述。自分が悪いことをしたと思ったら?」

「あ…………ご、ごめんなさい」

「ん、よろしい」

 

 言って、てこてこと歩いてきた述の頭をごつんと殴った。

 あまり勢いは無かったものの、これはやられた者だけがわかること。

 今まで殴られることはおろか、手を上げる姿さえろくに見なかった父さまに殴られたという事実が、実はかなり胸にくる。

 なんとなく予想して、ちらりと述の顔を見てみれば……殴られた頭ではなく、胸を押さえてぽろぽろと涙していた。

 ……ええ、そうね、胸にくるわよね。なにせ父さまは何一つ悪いことをしていなかったのだ。国のためにもずっと働いていたし、仕事にかまけて娘をほったらかしにすることもしなかった。そういった“父として”の努力をずぅっとしていたというのに、私たちが勝手に誤解をして突き放した。

 誘いを断ったり見下したりをしていた私でさえ、泣いてしまうほどの罪悪感。

 誘いを断り、見下し、蹴るまでをしていた述にしてみれば、父さまが偉大な存在だったという事実は……皮肉なことに、とても辛い事実として胸を襲ったことだろう。

 目を伏せ、顔を歪ませて、胸を両手で押さえたままに涙して、何度も何度も「ごめんなさい」を繰り返している。

 穏やかな笑みを浮かべながら述の頭を撫でる父さまだったけれど、泣き止まずに謝り続ける述を前に、笑みのままに汗をだらだらと流し始め、ついには慌て出し、慰めだした。

 なにやら「ごめんなさいの連呼はだめだぁああっ!! 空鍋様が! 空鍋様の祟りがぁあああっ!」なんて言っている。なんのことだろう。

 ともあれ、散々撫でられて抱き締められて高い高いを今さらされたあたりで、恥ずかしさからか、あっさりと泣き止む述。しかし恥ずかしいとは言わず、もうどれほどもされていないのかもわからない高い高いを堪能しているようだった。……恥ずかしいのはもちろんだけれど。

 

「………」

 

 そんな述を、羨ましそうに見つめるのは呂布様。

 一家団欒(?)の空気を読んでか、距離を取っていたものの、その視線は高い高いされる述に釘付けだ。

 

「その歳にもなって、高い高いもないだろうに」

「わかってないなぁ祭さん。いつになっても、人に認められて褒められるのは嬉しいもんだよ。高い高いは俺なりのそういったもののつもりでやってるし、嫌いな人にはやったりしないって。むしろ下ろせと言われればすぐにでも下ろすよ」

「ほほう? ならばどれ、儂にやってみせいと言ったらお主はやるか?」

「いいのっ!?」

「うっ……!? い、いやっ……今のは軽い冗談でな……! お、おい? なにをそんな、目を輝かせてっ、お、おいっ、ぬわーっ!! ややややめろ! こらっ! やめっ───」

 

 ……私はきっと、歴史的な瞬間を見たのだと思う。

 ソッと述を下ろした父さまは、父さまの瞳に本気の色を見て戸惑う黄蓋様へと一気に疾駆。構えるより動揺が先に走ってしまった黄蓋様は珍しくもあっさりと捕らえられてしまい、腋の下に手を添えられて……

 

「やめっ───」

「たかいたかーい!!」

 

 ……瞬間、ここから見える世界は止まったのだと思う。

 どれくらいの停止だったのかは、良く思い出せない。

 ただ……離れた位置から何かが吹き出る音がして、思わず振り向いてみれば……口を押さえて俯き、肩を震わす周公瑾。

 

 

  ───そうして動き出した時の中で。

 

 

  父さまは、顔を真っ赤に染めた黄蓋様にぼこぼこにされたのでした。


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