-_-/黄柄
とある日の昼下がり。
私は姉妹とともに、一人の男を囲んでいた。
そう、この……最近急に現れた校務仮面とやらの正体を見るためだ。
甘述、周邵とともに円の動きで校務仮面を囲み、隙あらば襲い掛かる。
しかしこれがまたつわもので、同時に襲い掛かったというのにあっさりと吹き飛ばされてしまう。
まずは邵の腹に掌底。甘述の腹にも掌底。残った私は氣弾という、呆れた弾き方。
どうやら足から放ったらしく、下からくる攻撃に気づけなかったのは反省点だ。
「くっ……やるな、校務仮面とやら……! ますます正体が知りたくなった! 覚悟しろ!」
などと指を差して言い放った次の瞬間、校務仮面の頭部に一本の矢が突き刺さ───らなかった。
矢、といっても厳密に言うと、鏃を潰した鍛錬用の矢だが、それが校務仮面の手でバシィと掴まれ、止まったのだ。
「馬鹿なっ!!」
矢は、城壁の上で読書していた呂琮が射たものだが、そんなまさか……! 普段から鍛錬をサボリがちとはいえ、弓の実力なら私たちより上であり、武側の能力を使わせるのに苦労した琮の射が、ああも簡単に……!?
「なんという隙のない動き……! やはり校務仮面様は強い……!」
「言っている場合か述姉! 奥の手が封じられたんだぞ!」
校務仮面は、よくわからない構えを取ったまま動かない。
同じく不意打ちをする筈だった登姉は、矢を掴んで捨ててみせた校務仮面をきらきらした目で見つめているし……! なんか「あれが“てんちまとーのかまえ”……!」とか言って、構えを真似てみたり……って今だ登姉! 校務仮面がなにやら動揺してる!
今攻撃を! 登姉!? 登姉ー!!
「ちぃっ!」
ならばと私が出る。
音を立てないように、けれど最速で駆け、速度が乗ったら跳躍。その紙袋目掛けて手を伸ばし、その手が逆に掴まれ、跳躍の勢いを殺さないままにポーンと校務仮面の後方へと投げられ───うわわわわわー!?
「へぶっ!?」
上手く着地も出来ないまま、尻から落下した。
これはよろしくない。
すぐに後ろを向いて、校務仮面……敵を視界に入れた時、邵と述姉が飛び掛かり、同じく投げられていた。
邵は綺麗に着地、述姉はなんとか、といった感じで着地したが……困ったぞ母よ……! あの紙袋仮面、思ったよりも強敵だ……!
あれが父であるのなら大変嬉しいが、そうでないのならば貴重な“男”の強者。
紙袋の下は気になるが、ここはいっそ鍛えてもらうつもりで突っ込むのはどうか。
そう考えていると、邵もわくわくしたような目で校務仮面を見て、述姉ももはや強者への憧れのような目で校務仮面を見つめていて───
「───」
私は琮に目で合図を送ると、ようやくハッとした登姉とともに、今度は姉妹全員で一気に仕掛けることを企てた。
何故って、強いのは構わない。ああそれでいいだろう。けれど気になるのはその中身で、やはり父であってほしいと願ってしまっているからだ。
父でないのであればそれもいい。父であるならばそれでいい。
どちらにしても、あれの正体が気になっているのは確かだ。
仮に奴が父でなくとも、父がぐうたらかどうかはいずれ調べる。
それが後になるか否かの話なのだから───!
「いくぞ校務仮面!」
私が先陣を切って、あとに述姉と邵が続く。
拍子を置いて登姉が走り、私たち四人に意識が向き、琮からは外れたところで───再び、本を読んでいた琮が弓を引き絞り、矢を放つ。
飛び掛かった私へはやはり掌底───それを待っていたとばかりに拳を緩め、突き出された手にしがみつく。
同じく述姉へも掌底が放たれていたが、その掌底にも述姉がしがみつき、これで手は封じ───ごいんっ!!
『はぷぅっ!?』
頭部に衝撃!
な、なんと……この紙袋め! しがみついた私たちで、邵と登姉の攻撃を受け止めおたわ! けれどこれで詰みだ! 意地でも手は離さん! これで琮の矢は止められま───あれ? これって今と同じように、私たちを盾にされたら…………うわわわわ待て待て! なんで私がしがみついている手を持ち上げるんだ! 私じゃなくて述姉に───あ、普通に避けた。
「え、えぇと」
「あの」
「───」
そして残される、腹に掌底をくらったまま手首を掴んで、しがみついている私と述姉。
校務仮面はそんな私たちをふぅうう……と息を吐きながら見下ろし、ちらりと邵と登姉を見つめ───あ。い、いやちょ待───!
「うわわわわやめろぉ! 私は手甲じゃ───へぶぅっ!?」
「子高姉さま避けてくだぶっふ!?」
なんと私たちを手甲や盾のように振るい、邵と登姉へ攻撃を仕掛けたのだ───!
ここここいつ本当に強いぞ! だがいい、それでいい、今はそうして強者の余裕に溺れているがいい……! 今に琮が、第三第四の射を……! …………あ、あれ? 琮? 琮ー!? 射は!? もはや気づかれているのだから、今こそ数を……琮!? 琮ー!!
「くうっ! 自分で仕掛けておきながら、手から逃れられん……! 述姉! そっちは───述姉ー!?」
「あぅあぅあぅあぅあぅ……!」
なんと! 左手に捕まっている述姉が、早くも目を回していた!
こちらも振り回されている所為で目が……!
「校務仮面様! 胸をお借りします! てやぁああああっ!!」
登姉! わざわざそんなこと言って仕掛けなくていいから!
今はとにかくこの男の手を封じることこそが───え?
『あ』
述姉と一緒に、呆れたような声をこぼした。
何故って、向かってこようとした登姉目掛け、私と述姉は軽く、本当になんでもない動作でポイと投げ渡されたから。
「え? ふわぁっ!?」
慌てて私たちを受け止めようとする登姉だけど、私は咄嗟に体制を立て直して着地。
目で伝えておいたので、登姉は述姉を受け止めるだけで済んだんだが……結果としてこうして、三人纏ってしまったところを狙われた。
「覇王翔吼拳!!」
背を曲げ、胸の前で腕を十字にさせ、背を伸ばし広げた腕を前に突き出す。
そんな動作と同時に、巨大な氣の塊が私たち目掛けてふぉおああああっ!?
「くぅっ!」
「ぇ、あぷわぁっ!?」
咄嗟に避けた……けど、登姉と述姉はそうはいかなかった。
人一人を受け止めた登姉が避けられるわけもなく、氣の塊をまともに受けて、吹き飛んでしまった。
「…………!」
な、なんということだ……この男、氣を放てるぞ! しかもあんな大きいの!
どどどどうやるんだろうか! はおーしょーこーけんとか言っていたが、あれは氣の奥義かなにかなのか!? すごいな! すごいぞ!
とか、私が驚いたりわくわくしていた頃には、奴はもう行動していた。
「っ───!」
周邵である。
校務仮面の氣の行使に合わせて気配を断っていたのか、後方へ回っていた邵が音もなく跳躍し、今こそ校務仮面の紙袋を───!
「うおおおおおおおおー!!」
だが、そんな行動も弾かれる。
校務仮面が両手を天に掲げるようにして伸ばした途端、奴の体から奴の身を守るように、凄まじい氣の壁が放出された。
邵はそれに弾かれてしまい、校務仮面は静かに「わからんのか、このたわけが」と言ってみせたのだ。
うぬぬぬぬぬ……! わかるものか! こう見えても諦めは悪い方だ!
たわけと言われようが好奇心が向く内は決して諦めたりなどせんのだ!
……でもあの“はおーしょーこーけん”とか“てんちまとーのかまえ”とか、あの氣の壁のようなものはあとで母にやり方を訊いてみよう……! 私も使ってみたい……!
「みんなまだ平気か!? 休まず仕掛けるぞ!」
「はいです!」
「っつつ……! 加減、された……? あんなに大きな氣がぶつかってもこの程度なんて……」
「いたたたた……! し、子高姉さま、申し訳ありませんっ、無事ですかっ!?」
「……ええ。いくわよ述。学べることはきっと多いわ」
「はいっ!」
今こそ姉妹の力を一つに……! 校務仮面の正体を、今こそ───!
とか思っていると、そこにてっぺん姉と禅が加わる。
え? と戸惑っていると、てっぺん姉は「気が向いただけ。鍛錬がてら……そう、鍛錬よ、鍛錬」なんてそっぽを向きつつ言って、禅は「えーと……たぶん、取っちゃったほうが今後のためになるかなー……って」と。
まあいい、今は戦力が増えることがありがたい。
延姉は居ないが、これぞ姉妹の団結力……! 一人の強敵を前に手を組む姉妹……いいなっ!
……。
死ゅううう……!
『………』
でも現実はぼっこぼこだった。
なんだこいつ強すぎる。
見れば、私も含めた姉妹全員が中庭の芝生に倒れ、頼みの綱の琮の矢は「危険ですので」と兵に取られてしまい……琮は今ぞとばかりに読書へ戻ってしまった……!
そ、それでいいのか琮! もうちょっとかもしれないんだぞ琮!
「くぅっ……」
倒れながら、校務仮面を見上げてみる。
紙袋に空けられた角ばった穴から光が漏れ、目が光っているように見えるそいつは、腕から氣による残像を浮かばせながらゆ~っくりと腕を円の動きで回転させ、隙のない構えで一歩も動かずそこに立っていた。
まわしうけ、とかいう技で攻撃を弾かれ、驚いた拍子に氣の乗った掌底で吹き飛ばされ(ほんとに吹き飛んだ。びっくりした)、互いの隙を巧みに潰して連撃を重ねていたてっぺん姉と禅も、真正面から堂々と潰され、ぐったりしている。
二人分の攻撃に堂々と対応して潰すとか、何者なんだあの男は! ……校務仮面か!
「くっ……認めよう……! 貴様は強い……!」
ともかくだ。油断させるために戦いは終わったのだと思わせるような態度で接し、その油断の時こそ……!
「だが───」
よろよろと立ち上がり、ふらふらになりながら近づく。
拳を構え、へろへろと突き出して……ぽすんと腰に一撃を食らわして。
校務仮面はよけるまでもないと思ったのか、わざわざ当たってくれて───私の目は、この時にこそ輝いた。
「!?」
校務仮面の腰に、がばしと抱きついたのだ。
途端、それを見ていた姉妹が一斉に動き、攻撃ではなく封じるために行動し、述姉と登姉が左腕を、てっぺん姉と禅が右腕を、邵が校務仮面の首へとぶら下がった瞬間、
「───捉えました。そこです」
兵から弓矢を奪取した琮が、その紙袋へと矢を放った───!!
「───!!」
───それは。
その矢は見事、紙袋をあっさりと貫通し、そのままの勢いでズボリと紙袋のみを奪い、地面にぶつかって折れた。
「ぃよぉおおしっ! よくやったぞ呂琮!」
そう、これは作戦だったのだ。
私達が注意を引き、離れた位置からの呂琮による射。むしろ兵が弓矢を取り上げたのでさえ、「あまりにも避けられるようだったら」と、琮と話し合って決めた作戦。
校務仮面の奴が手強すぎたら、琮から一時、弓矢を取り上げてくれと兵に頼んでおいた。何故でしょう、と渋る兵に、校務仮面の正体を見るためだと言ったら二つ返事で頷かれた。……その、なんだ。頼んでおいてなんだが、いいのかそれで。
「上手くすればこれで……!」とか言っていたが、正体を見ることでなにかあるんだろうか。……まあいい、これで正体もわかるというものだ───!
琮のやつを動かすためにいろいろと条件が必要だったのは言うまでもないが、今は目の前の楽しみをこの目に焼き付ける!
さあ、どんな顔をして───………
「………」
「………」
「………」
なんか。
ちょっぴり黒い顔の……呉側の皆のように、肌が黒い……いや、我らよりももっと黒い顔の、男がいた。
そいつは何故か笑んでいて、私たちを見下ろすと、こう言ったのだ。
「…………Yes! We! Can!!」
『ほぎゃああああああああああああっ!!』
……そう、眩しいくらいの笑顔がそこにあった。
けれどその顔は期待していたものとは違い、てっきり父かと思った私はそれはもう心の底から絶叫。
姉妹全員が大変驚いたらしく、述なんて目の端に涙を滲ませてまで叫んでいた。
全員が全員手を離し、一目散に奴から離れ、様子を見る。
「き、貴様……何者だ!」
道着と剣道袴、とやらを着た、黒い男に訊ねてみると、そいつは目から金色の光をこぼし、言ったのだ───!
「我が名はオジマ……! 新たなる責任の時代の求道者……!」
「お、おじま……!」
物凄い迫力だ……! 吹き飛んだ紙袋……あれはきっと、本来の力を隠すための何かだったに違いない……!
なにせこうして凄まじい氣を放出しながらも、奴はずぅっと笑顔なのだ……!
いや、負けるな! 叔父だか叔母だか、どう書くのかは知らないが、父でなかったのなら───こいつから得られる技術を全て覚えて、より強者へと到るのみ!
さあ行こうてっぺん姉! 今こそ我ら姉妹の……あ、あれ? てっぺん姉? なんでそんな絶望した目で校務仮面……もとい、おじまを? てっぺん姉!? なんか目から光が無くなっていってるぞ!? てっぺん姉!? てっぺん姉ー!!
「立つんだてっぺん姉! どうっ……いや本当にどうしたのだてっぺん姉!?」
「嘘……嘘よ……あ、あの、あの人はととさまで……でも違くて、黒くて、え、え? あれ? ととさまは……?」
「てっぺん姉ー!?」
お、おのれ、よくわからんが恐らく、てっぺん姉は奴の妖術かなにかにやられたんだ……!
なんという周到なる行動……! 目を光らせ、その光に動揺した時にでも仕掛けてきたに違いない……!
でなければあのてっぺん姉がこんなになるわけが───と思っていたら、禅がてっぺん姉にぽそぽそと何かを離して───「───!」あっさり、てっぺん姉は復活した。
「……柄、続きなさい。化けの皮を剥ぐわ。絶対に。何が何でもよ」
「え? あ、その……てっぺん姉?」
「や・る・の・よ……!! いいわね……!?」
「しひぃっ!? わ、わかった! やる!」
おぉおお……なんと恐ろしい顔で言うのか……! なにがてっぺん姉をあそこまで駆り立てる……!?
いや、どうあれ突っ込まなくては始まらない。
こうして我ら姉妹は再び団結し、共通の敵(?)へと向かうことで、少しずつだが絆を深めていった。
結果? 結果は……ぼっこぼこだった。
───……。
……。
と。
「いう夢を見たんだが」
「長いよ!?」
ある昼下がり。
鍛錬をする前に捕まえた禅へと、そんな話をした。
長いと言われても、それほどでもないと思うのだが。
「なんにせよ、今日も校務仮面は来るんだろう。今日こそは奴の正体を暴いてやるぞ」
「あんまり無茶しちゃだめだよ? きっと隠したくて隠してるわけじゃないと思うから」
「うん? なんだ、なにか知ってるみたいな口ぶりだな、禅」
「むぅ……言ってみただけだから」
「む、そうか」
言いつつ、歩き出した。
今日もまた校務仮面に纏わりつきつつの鍛錬。
しかしそんな日常のきっかけが奴の正体を知る日となり、父を尊敬する日となったのは……もうちょっとあとの話だ。