真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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125:IF2/団欒風景①

177/“これ”すら出来なかった日々が消えた

 

-_-/一刀くん

 

 ───朝。それは新たなる日々の始まり。

 寝て起きることが重要であり、徹夜で迎える朝には……新たなるという言葉は合わない。

 そんな朝。

 

……フゥ~~……

 

 長く息を吐きながら窓を開ける。

 途端に流れてくる朝の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、言うのだ。

 

スゲーッ爽やかな気分だぜ。新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝のよーによォ~~~~~~~~ッ

 

 少し体勢を斜めに、首も微妙に傾げながら言う。

 何故こんな気分なのかといえば……そう。

 

「娘たちとの誤解が解けた。これからはきちんと父親をやれる……」

 

 これだ。

 これだけだと言われればこれだけの、けれどとても大事なこと。

 夢にまで見た料理を作る娘や、子供とのキャッチボールだって出来るのだ。

 キャッチボール……黄柄なら喜んでやってくれそうだ。

 料理は丕が……でもな、俺の料理って普通だし、普通の料理なんか今さら教わりたくないだろうしなぁ。いや待て? 華琳……母から料理を教わる娘を後ろから見守る父親! ……いいじゃないか。

 

「……ふふへへへ───ハッ!?」

 

 いかんいかん、顔が物凄く緩みきっていた!

 けど、本当に嬉しいのだ。まさかこんな日が来るだなんて思いもしなかった! ……夢にまでは見て、枕を濡らしたけど。

 でも今日から俺はその夢の先へと歩んでゆく。

 さようなら、悲しみに溢れていた昨日までの俺。

 そしてこれからの俺よ、ともにゆこう。

 

「さあ、いざ───!」

 

 俺達の戦いは始まったばかりだとばかりに歩きだし、扉を開けて部屋を出た。

 会ったらどんな話をしよう。

 世話話? よりも先に、まずはおはようだよな。

 ああ、家族らしい会話じゃないか、嬉しい。

 神様ありがとう、俺、これから少しでも神って存在のことを思うようにするよ。

 なんて思っていたら通路の角で、丕とばったり。

 

「お、あ───お、おは───」

「朝から腑抜けた顔を見せないで頂戴」

「よ、う…………?」

 

 ………………。

 一息で言って、丕はふらふらと歩いていってしまった。

 

「………」

 

 …………さて。

 チェーンソーはどこだっけ。

 神の野郎をコロがす旅に出なければ。

 ありがとう神、俺はいつでもキミを思うようにしているよ。憎悪側の感情で。

 

  ───そこまでが限界でした。

 

 足に氣を込め全力疾走。

 華琳の部屋の前まで来るとノックンロール(ノック乱打)。

 そして「静かにしなさい」と部屋の内側からぴしゃりと叱られ、しょんぼりする父の図。

 大した間も置かずに入室を許可されて、テンションを復活させて部屋に入る。

 

「朝から随分と騒がしいわね。なにかしら? まあ、大方子供たちとの悶着の結果報告といったとこ───ふやぁあっ!?」

 

 言葉の途中、ずかずかと近づいて抱き締めた。

 急なことに驚く華琳へと、娘へとぶつけるつもりだった親の愛をたっぷりとぶつけ、頭を撫でたり軽く頬擦りしたりやっぱり頭を撫でたりいいこいいこしたり高い高いしたり、絶で刺されたりギャアーッ!?

 

「いだぁああああっ!? だだだだから華琳!? いつもいつもその絶いったいどこから出してるの!? ていうか普通に手に刺すとかやめよう!?」

「うるさいわね黙りなさい!! あしゃっ……こほんっ! 朝からいきなりなにをしてくれるのよ!」

「だ、だって丕が! 丕がさぁ!」

「丕が? ……どうしたというのよ」

 

 片方の眉を持ち上げ、訝しんで訊いてくる華琳さん。

 そんな彼女に、刺された手を癒しつつも昨日の報告と先ほどのこととを聞かせた。……痛くても彼女を放さない俺は異常でしょうか。

 ともかく説明した。もちろん僕は普通でしたとも、と……自分は怪しくなかったことをアピールしつつ。顔がにやけている以外は普通だったさ! ……ほ、ほんとだよ!? 自分じゃ気づかないくらい気持ち悪いニヤケ方だったとかじゃない限り、大丈夫だって!

 

「………」

「か、華琳?」

「……そう。そうね、あなたもまあ、そこは仕方が無いと受け入れなさい」

「やっぱり顔が緩んでたのが悪かったのか!? ……わ、わかった。俺これから、世紀末覇者拳王もびっくりなほど眉間に皺を寄せたゴツ顔を目指すよ……! ───ハッ!? ぬうぅ……! そうであるならば口調すらも改めねばなるまい……! 同時に、うぬに感謝せねばなるまい……! 我に気づかせる言を投げて寄越したことに……!」

 

 全力で、ビキミキと眉間に皺を寄せ、喉の奥から搾り出したような声でジョイヤー、もとい話してみる。……以外と疲れることを知った。

 

「よくわからないけれどこういう時のあなたの提案はろくな結果にならないからやめなさい」

「一息でなんてひどい!」

 

 でもわかる気がして反論が見つからない俺って……。

 

「丕があなたのことを知らなかったように、あなたも今の丕を知らなかったというだけのことよ。まあ、そうね。一言で言うとあの子、朝に弱いのよ」

「朝に? ……そういえばもっと小さい頃、寝起きは随分とだらしなかったような」

「それは単に小さかっただけの話よ。朝に辛さを見せるようになったのは、警備隊の仕事を継続するようになってからだもの」

「いやそれ、俺が知らなくても当然じゃ……俺が呉に行ってる間に始めたんだろ?」

「あら。呉から帰ってきてからでも知る努力は出来たでしょう? あなたがどこでどう覚悟を決めようが、それを知らない丕がどこで何を始めようと、知ろうとするかしないかの問題じゃない」

「うぐっ……」

 

 知る努力、大事ですね。

 でも俺も、未来を目指すっていう重大な覚悟を決めたばっかりだったんだよぅ。

 その時はそれが正しいって本気で、心の底から思っていたんだ。

 周りに相談出来るようなことでもなかったし、“夢を見たんだ、信じてくれ”なんて言えなかったんだ。

 そりゃ、みんなきっと信じてくれたと思う。苦笑だろうと爆笑だろうとしたあとに、きっと信じてくれた。信じた上で、“みんなが死んだあとに起こること”を話して聞かせなきゃいけなかったんだ。

 死んだあとだ、出来ることなんてきっとない。

 だったら、何も知らずにそのまま穏やかに生涯を過ごしてほしいって思う。

 そう……“今度は俺が守るから”って。

 

「………」

 

 そんなこと言ったって、きっとみんな受け取らない。

 死ぬ間際まで、俺なんかに守られてたまるかとか言いそうだ。

 ……今ならそれでいいんだと思えるし、そのあとのことは……自分でなんとかしようって思える。その時に傍に居るみんなで、出来ることなら……覇道の果てを守りたい。

 

「あ、あー……でもさ、丕はなんだかんだで華琳に似てるよな。仕草とか口調とか……」

「? なによ急に。……まあ、そうね。似たというか、似せたのでしょうけれど。……おまけに頭痛持ちも遺伝したのか、頭が痛いと相談することもあったわね」

「いや、それは多分あの将ら───」

「? なによ」

「ア、イヤー……」

 

 それは多分、あの将らに囲まれてる所為だと思う。

 そう喋りそうになった口はしかし、途中で止まってくれた。

 ……言ったら大変なことになる、落ち着け俺。そう思った時には、固まっていた思考も少しは柔らかくなってくれて、余裕が持てた。

 

(……ん)

 

 でもまあ。

 そう。でもね? わかるんだよ? 俺もよく“頭いたい……”ってなるし。

 だからそこは大丈夫。きっと大丈夫。むしろ重要なのは頭痛よりも、“寝起きだから”と平気であんなことを言ってしまう丕がだな……!

 などと頭の中で相談ごとを組み立てていると、部屋の扉が再びノックされる。結構荒々しい。

 

「はあ。まずはそこで用件を言いなさい。というか、静かになさい、丕」

「!?」

 

 丕!? 丕ですって!?

 ……母はすごいですね、おじいさま。よもやノックの仕方で相手がわかるなど。

 

「かっ……かかか母さま! わたっ……わたしっ! せっかく父さまが朝の挨拶してくださったのに、寝惚けたままでとんでもないことをっ!! ち、知恵をっ……こんな時、父さまはどんなことをすれば機嫌を直してくれましたか!?」

 

 ……なんか心がほっこりしました。

 前略神様、チェーンソーが見つからなかったから、見つかった時にまた挨拶にいきます。

 心が暖かくなって、無意識に右手で心臓の上あたりに触れて、天井ともとれないどこかを見上げていた俺を、苦笑をこぼしながら見ていた華琳が、「たった一言で随分と賑やかになれるのね、あなたたちは」と一言。

 

「そうね、なら……丕。今から厨房へ行くわよ。料理を教えてあげるから、一刀に料理を振る舞ってあげなさい」

「!?」

「りょっ……料理を!? 母さまが!? ───あ、あはっ……! はいっ! 頑張りますっ!」

 

 嬉しそうな丕の声と、驚愕のあまりに驚いた顔のままで固まる俺。

 そして思い出すのだ。

 産後、動けない華琳の傍で、娘としたいことやりたいことをごちゃごちゃと言いまくっていた頃のことを。……ああいや、動けるようになってからでも平気で言ってましたね、ごめんなさい。

 ともかくその中には当然、母と娘が料理を作るところを見たいというものもあって……。

 えっとその、つまり……。

 

(おっ……覚えてて……くれた……!?)

 

 普通“こういう反応”って男女逆ではなかろうか、なんて思うのはヤボですか?

 でもやばい、これはやばい、嬉しい。

 驚きの顔から喜びの顔へと変わる過程をじいっと見ていた華琳は、片目を閉じつつ照れた顔で「な、なによ」なんて言っている。腕を組んでそっぽを向きそうなところを、自分から目を逸らすのは気に入らないとかなのか、必死に耐えている。なにと戦ってらっしゃるんだ覇王さま。

 でも未だ抱き締めたままなので、顔は逸らせても逃げられはしません。

 むしろありがとうが溢れ出て、一層に頭を撫でてしま───やめて絶怖い! 抱き締めた視界の隅でギラリと光る鎌とか怖い!

 

「うぅう……華琳? 感謝くらい素直に受け取ってくれよ……」

「あなたの感謝はいちいち大げさすぎるのよ。感謝を表したいのなら言葉で伝えなさい」

「……自分は察しなさいで済ませるくせに」

「ぐっ……! あなた、本当に言うようになったわね……!」

 

 どれだけあなたがたに囲まれているとお思いか。

 多少の反撃くらいは出来るようになりましたさ……そして多くの場合、倍にして返されるのです。けれど、それを受け止めるのも男の甲斐性というものでしょう。女性って案外言葉を選ばずストレートに来る時が多いので、突き刺さる場合もまた多いのですが。

 そんな人たちに遠慮もなく囲まれて生きた8年。

 ……そりゃ、この北郷とて多少は成長もいたしましょう。

 

……。

 

 笑顔のままに卓へと着く。

 釜戸の前に立つは母と娘。

 その後姿を見守るは父ことこの北郷。

 部屋に俺が居たことに大層驚いた丕だったが、素直に頭を下げられたのでサワヤカな口調でこう……「大丈夫だ、問題ない」と返した。

 すぐにおどけた様相を見せた俺に緊張を解いたのか、なんだか久方ぶりにぱあっと微笑んでくれまして。……もうそれだけで泣きそうになった。一瞬、世紀末覇者拳王口調でいこうかどうかを悩んだが、イーノッ○でいってよかった。

 人生……まだまだ捨てたもんじゃないなぁ。人生を捨てるつもりはなかったけど、青春を捨てる気ではあったから危なかったよ。

 

「はあ……」

 

 さて、そんな俺ですが。

 並んで歩く母と娘を後ろから見守りつつ歩き、通路を見回りで歩いていた兵に驚かれた。

 なんでも相当なえびす顔をしていたらしい。目尻が下がりすぎていて、顔だけ見たら俺であることさえ認識できなかったと真顔で言われた。

 少し自分というものを考えつつ、今はこうして卓について、キリっと見守っているわけだ。

 

「…………ふ……ふふっ、ふへへ……」

 

 多分、今の俺ほどキリっとした父などそう居ない。

 いや、親ばかみたいに言うんじゃなくて、そんな根拠のない自信が溢れ出て仕方ない。

 で、自分で思う場合、俺は特にそうでないことが多いとは華琳の言葉。

 きっとでれでれに違いない。

 

「母さま、これはこの時に?」

「それはもう少し火が通ってからになさい。先にこっちよ」

「はい」

 

 親子がエプロンをつけてのお料理教室。

 親から子へ受け継がれる料理……! これだよ、これですよ……!

 そ、そしてここでこう! これだ!

 

「あ、あー……その。なにか手伝おうかー……?」

『黙って座っていなさい』

「……~……!」

 

 丕は反射的に言ったようだけど、華琳は素で仰った。

 そしてそんな突き放される言葉に感動する俺。

 い、いい! いいね! こんな瞬間を夢見ていた! 実際手持ち無沙汰だけど!

 ああいや落ち着こうな俺。テンションが高すぎて引かれてもアレだ。

 しかし反射で言った言葉を気にしてか、ちらちらとこちらを伺う丕が可愛い。

 そんな娘を見て顔が緩みっぱなしになりそうな俺は気持ち悪い。

 だが、それがどうして悪いことだと言えましょう。

 ようやく訪れた家族団欒の瞬間……俺はそれを胸いっぱいに受け止めることができた。

 それが勝利なんだ。

 それでいいジョルノ……それで。いやジョルノじゃなくて。

 

「?」

 

 ところどころで丕の動きがぎこちないなーと感じる。

 ハテ、と思考にフケるとすぐに答え。緊張とかもそうだろうけど、筋肉痛だろう。

 いくらなんでも昨日だけで無茶をさせすぎてしまった。反省。

 

「………」

 

 それでもついてきた彼女は、ただひたすらに俺に謝りたかったのだろうか。

 ありがとう。お陰で今、いろいろと噛み締められております。

 おりますが……ひとつだけ言わなきゃいけないことがある。訊かなきゃいけないことがある。

 それを思うと気が重いけど、訊かないとマズイ。

 俺はそれを父として男として、どうしてやればいいのだろう。

 緩んだ頬はふとした瞬間に真顔に戻って、ちらちらとこちらを見ていた丕がそんな俺に気づいて、どこかおろおろとした風情で、話しかけようかどうしようかを迷っているようだった。

 それに苦笑を返して……また考える。

 別に料理への不安を思っているわけではない。

 どんなものが来ようとも食べるし、春蘭や愛紗に比べれば食べられるものだという確信もある。……それ以上だろうと“食べきってみせる”という凄みが今のこの北郷にはあるッッ! …………まあ、凄みだけで何事もクリアできたら誰も苦労はしないよなぁ。

 

(なんとかなるといいな)

 

 何もかもを否定する気は無い。

 せっかく理解を得られた家族なんだ、“もう一度ここから”をなにも、一日で潰すことはないのだ。だから俺は歩み寄ることを考える。どんなものだって、歩み寄って理解を得られれば、ともに頷けるものだってあるはずだから。


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