真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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126:IF2/想いは言葉に乗せて①

178/ようやく言えた、彼女の本音

 

-_-/曹丕さん

 

 私の父さまはばかである。

 ある日、霞さ……霞にそう言われた。

 笑いながら、顔を赤くして。

 ……今さらになるけれど、覇王の娘だからって真名を呼び捨てにしろというのは、繰り返すけれど今さらながらに物凄い抵抗を感じる。春蘭には遠慮なく言えるのだけれど。なにせそうしないと泣きそうな顔で見られるから。

 ええと、まあそれは置いておくとして、霞さま……霞、のこと。

 なにがあったのかを訊いたら、髪を下ろしていたところを見られ、似合ってるねと言われたとか。べつに今さらだろうにと霞さま自身は思ったらしいけど、顔は赤くなって、自分でも意外なくらいに嬉しかったらしい。

 どうしてそれで父さまがばかになるのかを訊ねてみた。いや、ばかだけど。

 人の悩みの矛先を周泰さまに向けるほど、ばかだけど。

 

「はふ」

 

 曇天の下、中庭が見える通路の欄干に両腕を寝かせ、顎を乗せて景色を眺める。

 出たのは溜め息なのか、ただの吐息か。

 私が父さまをひっぱたいて、はや一週間。

 今日も都は賑やかで、私は久しぶりの何も無い一日を堪能しているところ。

 “休みの日に思い切り休むのも、仕事をする者の務めだ”とは父さまと母さま、両者の言葉だ。

 ああいや、それはともかく、霞さまへの答えだ。

 

「贅沢な悩みよね」

 

 “人んこと真っ直ぐ見てあないなことゆぅてくんの、反則やん”、なんて。

 私なんて、引っ叩いてしまった罪悪感で、まともに話せていないというのに。

 ああそれは言い訳か。

 罪悪感というか、叩いてしまったことと怒ってしまった手前、謝られるまで許してあげないみたいな態度を取ってしまっている。

 ……や、もう、その。父さまにはとんでもない速さで謝られてしまったのだけれど。

 むしろ私自身が叩いたことにびっくりして、慌てて謝ろうとした瞬間には謝られていた。

 なんで? と訊こうとしたら、“娘の恋路に首を突っ込むなんて、俺は父親失格だー!”……ですって。いつの間にか私は周泰さまに恋をしていたらしいわ。ええもう本当に、“どうしてくれようかしら、この父親”って思ったわね。その時は。ええその時は。

 

 あとになって冷静に考えて……いえ、あとになってというのが、父さまが母さまに耳を引っ張られて厨房をあとにして、怒られてからのことになるのだけれど、そこから冷静になって考えて……結局私は嬉しかったのだ。自分のことに関して首を突っ込まれて、嬉しかった。

 だから誤解だと言いたくても既に父の姿はなく、私は少し寂しい気持ちを味わいながら、食器を片付けた。謝る機会も完全に失った。勘違いをしている相手に会いにいって、まず自分から謝らなければいけないというのは……これでかなり勇気が要るのだ。だって、周泰さまに恋などしていないのに、そんな誤解をばか正直にしてしまっている人に頭を下げるのだ。……出来ないでしょう。普通に考えて。

 しかも“それならば支柱を叩いた罰を受けよう”と覚悟を決めて、会いにいってみれば……父さまは“え? いや、柄も蹴ってくるし、それとあまり変わらないんじゃないか? 氣が篭ってない分、耳の近くとはいえ威力は柄のものより痛くはなかったし”……ですって。

 そういう問題ではないのに。私が父さまを叩いてしまったという事実が問題なのに。

 でも結局はけじめとして、この一週間は仕事が激務と化した。

 遠慮無用にあちこち走り回されて、最初は出来たけれど、途中からは夜の氣の鍛錬をやる余裕すら無くなっていた。父さまが考案した鍛錬法なのに、怠ってしまうとは情けな……あれ?

 

(……………………あれ?)

 

 ……待て。何故私は父さまに罰のことを訊きにいった時、一緒に謝ってしまわなかった。

 またか! またやらかしてしまったのか!

 

「あぁもう……!」

 

 ……それから数日。

 父さまはすっかり見守る者だ。

 なにかにつけて周泰さまと私を会わせようとして、周泰さまに首を傾げられている。

 そうして見守る者なのに、ふとした瞬間に居なくなっていて、しっかりと仕事をしている。

 街中で子供たちに纏わりつかれて、二の腕に子供をぶらさげつつ“はっはっは”と笑う父を見て、子供たちに襲い掛かりそうになった私は悪くない。と思いたい。

 ……えと。それ、私のです。触らないでください。じゃなかった、私の父さまです。

 どうにもこうにも独占欲が強い。

 そのくせ、父さまが褒められると自分が褒められるよりも嬉しい。

 

「べつに……」

 

 べつに、既に好き合っている三国の皆様とどうしていようが構わない。

 逆に、私と同年代あたりの子らがじゃれつくのを見ていると……こう、もやりと。

 

「うぅ……」

 

 もう一度言おう。私は独占欲が大きい。

 “母に似たんだ”とは父さまの……いいえ? むしろ三国全員の言葉だ。

 母さまは否定もしないで胸を張って、“あら。独占出来ずして、なにが王よ”と笑った。

 手中に収めた上で、皆にも分け与える。それが母の言う独占らしい。

 ものの価値は、自分の手元に置いておくだけでは輝かないものが大半なのだそうだ。

 だから、一度手にしてみても、手からこぼしてみなければわからない価値もあるのだと。

 それを父さまから学んだ、と……遠い目をして言っていた。

 多くの場合、手からこぼしたものは戻ってきはしない。

 だから“ものを見る目”を鍛えなさいと言われた。

 そういうものに出会った時、またはそうであると気づけた時にこそ、口に出てしまうこととは真逆のことをしてみなさいと。

 なんですかそれ、と返すと、母は笑って“ただの体験談よ”と言った。

 

(“泣きたくなかったら”……かぁ)

 

 言われた言葉を思い出す。母は泣いたのだろうか。よくわからない。

 あの母さまが泣くなんて、有り得ないんじゃないかなぁ。

 でも、人であるのなら泣くのだろう。なにがきっかけでそうなるかはわからずとも、きっかけがあればきっと。強くあろうと頑張っていた自分でも、たったひとつのきっかけで、涙腺がもろくなってしまったのと同じように。

 

「うん」

 

 さて。そろそろ自分に戻ろう。欄干に置いた腕から顔を持ち上げて、曇天を見上げた。

 いい加減、私の中でいろいろと答えを出してみようと思う。

 一週間経った。

 父さまが遠巻きに見てくるのは、なんというか寂しい。

 周泰さまが首を傾げながらもいろいろと話してくれるのは楽しい。

 周邵と一緒にお猫様すぽっとなる場所へ行った。猫々しかった。

 妹たちとも随分と話すようになった。

 

 登は、なんのかんのと父さまの後を追うようになった。蹴りもない。三日ごとになった鍛錬の日には、父さまを追っては道着の端をちょこんと摘む。

 ……まあ、お姉さまは寛大なのだ。べつに端を摘むくらい目を瞑る。妹は大事にするものだ。

 いや、家族は大事にするものだ。

 ろくに友達が居ない私だ、家族にはやさしくありたい。

 

 延は、なんというかその、自分の空間をとても大事にする子で、本人はぽやぽやしているのに近寄りづらい空気を持っている。

 父さまとの関係は、本当に親娘というだけ。

 立派であろうとぐうたらであろうと父は父だ、という気持ちは変わらないらしい。けど、父だから絶対に見捨てないし、見捨てることも許さないといった意志があるようだ。

 “見守る側に徹しているのよ。いざとなったら自分が泥を被ってでも仲を取り持てるようにね”、と母さまは言う。……私、もっと頑張ろう。

 

 述は、登とよく似ている。

 父さまのあとを追っては、いろいろな技術を教えてくれる父さまに随分とべったりだ。

 何日か前に甘寧母さまに“話が違う”と想いをぶつけに行ったとか。結果は、まあその、顔を赤くして照れつつ、夫の良いところを余すことなく暴露される、という事態に見舞われたとか。

 相思相愛のもとに生まれたことに、述が安堵して泣いてしまうくらいに幸せそうだったそうだ。もっと早く教えてあげればよかったのに。

 ……当然述も文句を飛ばしたらしいけれど、“秘密が漏れることは言うなと言われていた。約束は守るものだ”と、それが当然といった顔で言われたらしい。

 

 柄は、隙あらば父さまに飛び蹴りをしている。

 けれど、今まで当たっていたそれはあっさりと受け止められ、威力を殺され、抱き締められ、高い高いや振り回しに移行。

 散々撫で回されたのちに解放されて、柄は妙につやつやした顔で戻ってくる。彼女なりの甘えなのだろう。

 そんな柄は言う。“蹴り込んではみているが、勝てる気は全然しないなぁ!”と、随分と嬉しそうに。

 平和でなによりだった。

 

 邵は、こちらも隙あらば……父さまの首に抱きついて、ぶらさがることを狙っている。

 なんでも今まで相当我慢していたようで、首に抱きついてぶらさがるのがとても楽しく、また、嬉しいらしい。

 今度私もやってみようかしらと言ったら、“ぜ、絶好のお猫様すぽっとを教えるので、それだけは……!”と必死な顔で頼まれた。

 なるほど姉妹だ。そういうところでは独占欲が強いらしい。

 思うに、様々な部分で父さまに“自分だけの何か”を望んでいるのだと思う。

 

 琮は、相変わらず。父さまをお手伝いさんと呼んで、遠くから監視をしている。

 監視……観察ね。もっぱらの興味の対象が、勉強と父さまになったようだ。父さまをお手伝いさんと呼ぶ理由は変わらず“偉大なる父は死んだ”ということになっているようで、説いてみたって聞きやしないわ。

 調子の悪い絡繰は叩けば直ると真桜が言っていたけれど、一度殴ってみていいかしら。

 思っていたことを口にするように“お手伝いさんって誰よ”と訊いてみても、“お手伝いさんはお手伝いさんですよ?”とお決まりの返事しかくれない。

 いや……だから、わかっているわよ。そうではなくて、父さまをそう呼ぶのはどうしてかと……。

 いい加減受け入れて、父さまを父さまと呼びなさい。

 

 禅は、……禅も相変わらずね。いろいろと理解を深めても、特に態度は変わらない。

 ただようやくととさまのことを話せますと、随分と嬉しそうだ。

 父さまとの接触は逆に少なくなったものの、代わりに鍛錬に夢中になっている感じ。

 何故かを訊いてみると、武で登や述に負けたくないから、だそうだ。

 父さまには自分が先に習ったのだから、という気持ちが強いらしい。

 なるほど、独占欲だ。

 

 ああ、そうそう。嬉しそうといえば、町人も兵もだ。正式に父さまのことが私たち子供にバレたと知れ渡るや、行く先々でそれはもう自分の自慢話のように話題を振ってくる。その顔は例外なく楽しそう。……どれほど信頼されているのだろう、宅の父は。

 

「んん……」

 

 纏める。

 つまり、みんな元気。……じゃなくて。いえ、元気だけれど。

 ……結局はこれなのだ。

 私、父さまと満足に話せていない。

 そもそも私はいつ誤解されたのか。

 そして誤解だと言ってもてんで聞いてくれないのは何故か。

 いろいろと考えてはみるのだけれど、ここでひとつわかってしまったことがある。

 私、他人のことには頭は回るけれど、自分のことに関しては随分と駄目だ。

 それは述も同じようで、妙なところで話が合ったりする。周りを見る目が発達しているから妙に冷静になれる部分があるくせに、自分のこととなると途端に弱い。狼狽えることが多いのだ。

 なので一人反省会。

 ぱらぱらと降ってきた雨を見て、雨に澄まされてゆく空気を吸っては吐き出した。

 

「…………」

 

 無意味に、欄干に乗せた手を捏ねる。無意味と称したからには意味はない。

 さてどうしよう。

 せっかく仲直りをして、遠慮なく話せるようになった矢先にこの有様。

 そんな日々を一週間過ごして、私は随分と悶々としていた。

 なぜって、それは。

 

「恋? こい……ね」

 

 父さまに言われたことをよーく思い返していた所為だ。

 父さまはこれが恋だと言う。

 父さまは母さまを見ていると、こんな気持ちになるのだという。

 恋というのはどうにも、理解が追いつかないものだ。

 独占欲とは違うのかしら。

 傍に居てほしくて、自分を優先してほしくて、他の人に笑ってほしくなくて、構ってほしくて、でもたまには叱られたくて、自分にはもっといろいろな顔を見せてほしくて、笑顔を見ると胸が温かくて、そのまま頭を撫でられたり抱き締められたりすると、もう息が詰まるほど嬉しくて…………これが恋?

 

「違うわね。たまたま幾つかが一致しただけよ。数多くを照らし合わせてみれば、すぐに違うことがわかるわ」

 

 恋は授業では習わない。

 けれど、大体の人に訊いてみれば“両親は好き”との答えが返ってくる。

 それはそうだ、私だって大好きだ。

 きっと、他の子供に負けないくらいに両親が好き。

 そうね、ええそう。べつに父さまに限ったことではないじゃない。

 私は母さまだって好き。当然じゃない。

 ただ少し、父さまを見ていると頬が熱くなって、思考が鈍くなるだけ。

 それだけの差など、べつに普通でしょう。

 妹たちはその時の私を見て、目が潤んでぽーっとしている、と言う。

 潤んでると言われても、べつに泣いた覚えはないのだけれど。どういうことかしら。

 

「なんにせよ、憂鬱なものね……。せっかくの休みに雨が降るなんて」

 

 せっかくの休日だったのに。

 出来れば父さまと一緒に、都巡りか……それとも片春屠くんに乗って魏に行きたかった。

 そこで父さまのかつてを知るのだ。

 もう、兵や民から呆れるくらいのことを教えてもらったけれど、それでも足りない。

 兵によって誇張されているのならされているで望むところだ。

 それでももっともっとと願ってしまう理由は、自分でもよくわからない。ただの独占欲だろうか。

 ただその、父さまのことは少しでも多く、誰よりも自分が知っていたいとは思っている。

 それは随分と自然に、私の行動理由となっていた。

 だから私は現状を嫌う。

 父さまが私を見守り、それだけならまだしも、周泰さまに会わせ続ける現状を嫌う。

 あれか。

 私が告白して断られでもすれば満足するのか。

 だとしたら、とても残酷なことだ。

 もはや男を見下していた頃の私とは違う。女性となんて有り得ない。

 だというのに、他でもない父さまがそれを望んでいるというのなら、私は今こそ目を潤ませて泣くのだろう。

 

「………」

 

 今日も今日とてそんな日々の一端。

 少し困り顔の周泰さまが、いつの間にか隣に居た。

 どうせ父さまの差し金だ。

 

「生憎の雨ですねー。お猫様たち、濡れていないといいのですが」

「…………」

 

 ぼう、っと、特になにも考えずにそんな言葉を聞き流した。

 どうしよう。どうすれば、父さまは満足して私に話しかけてきてくれるのだろう。

 やっぱり私が謝るしかないのかな。

 謝って、もし駄目だったらみっともないな。

 どうしよう、どうしよう。

 

「あ、あぅあぅあ……そ、そのっ……い、いい天気っ……では、ないですよね……!」

 

 困っている。

 私が何も言わないので、あたふたと。

 けれど私も困っている。

 どう返せばいいのか、どう話せばこんな誤解は解けるのか。

 どうすれば? …………そもそも父さまは勘違いをしているのだから、それを正すことは悪いことではない筈だ。誤解され続ける日々は私にとっては苦痛だし、そもそもせっかくの娘の休日なのに、以前の誤解は解けたのに、前のように遊ぼうとも言ってくれないとはどういう了見だ。

 ええそうよ! もう八つ当たりだってわかっているわよ! でも仕方がないじゃない! 誤解されっぱなしで一週間! 好きな人(らしい)父さまに自分の気持ちを伝えようとすれば“周泰さまに”なんて言われて、引っ叩いてしまって謝ろうとすれば勘違いを継続のまま逆に謝られるし、その後はずうっと娘を監視とか!

 

「───」

 

 ぷつり。

 私の中で何かが切れた気がした。

 そう。そうじゃない。私は良い娘ではなかったのだから、こんなことは今さらだ。

 だから自分が思っていることは真正面からぶつける。

 むしろ思っていることすら言えないことを、覇王の娘であることの恥と知りなさい!!


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