真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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126:IF2/想いは言葉に乗せて③

 

 

 どこへ行こう。

 ここ最近では珍しくも、父さまの視線が外れた。そのことを意識すると、何故か逆に緊張する自分。べつに自然に出来ていたとかそういうことではなく、見つめられていて安心できたというだけ。

 ……おかしなことではないわよね? 子は親の傍では安心出来るというし。

 うん、自然だ。きっと自然。

 

「休日だし、休むと決めたからには揉め事は見たくはないわね。なら───」

 

 人があまり居ない場所。

 そうだ、あの部屋へ行って、二胡の練習をするのはどうだろう。

 あそこなら穏やかに過ごせそうだ。

 

「それに……今ならいい音が」

 

 出せそう。

 そう、頭の中に浮かんだ言葉を口にして噛み締めようとした途端、どこからか聞こえる騒音。次いで、父さまの声で「おぉわああああーっ!?」と。

 最近やたらと父さま関連に敏感な自分は、意識するよりも先に走り出して、そのまま母さまの部屋へ。というより、未だ続いている騒音、喧噪の発生源がここだったというだけ。

 辿り着いたそこでは、…………え?

 

「こんのっ……ばかぁっ!! そういうことはもっと早くに言いなさい! 散々と悩んだ私が馬鹿みたいじゃないの!! 苦悩した時間を返しなさいこの能天気御遣い馬鹿!!」

「能天気御遣い馬鹿!? って、そんなこと言ったって俺だっていろいろ悩んでたんだって!」

「悩むくらいなら相談くらいしなさい! 大体、前に呉であったことに関してを話し合ったでしょう! 冥琳や朱里や雛里が一緒だったとはいえ、そのあとでいくらでも話せたことではないの!?」

「一人で考える時間くらいください!? 駄目だったらちゃんと話すから!」

「……ふぅん? あなたがそれを言うの? それで勝手に覚悟を決めて、冥琳に余裕がないと言われていろいろと考えを改めたと、たった今言ったあなたが?」

「ぐっ……た、たしかにそれはその……!」

 

 ……喧嘩しているようです。

 父さまと母さまが喧嘩なんて、初めてかもしれない。

 やったことはあるのかもしれないけれど、私は……見るのは初めてだと思う。

 軽い言い合いを見たことはある。でもあれはじゃれあいだと、傍から見てもわかるものだ。

 けれどこれは違う。明らかに母さまが怒っている。

 

「そもそもの問題点として、あなたは考え始めると周りが見えなくなるのだから、一人で考えるのはやめなさいと言っておいたでしょう!? だというのに懲りもせずに一人で考えて───!」

「やっ……夢のことじゃないけど、相談ならしただろ!? “目標を目指すことと自分を壊すことを同じにしないことね”って言ってたじゃないか!」

「だから何故その時に夢のことも言わなかったのかを言っているのよ!」

「余計な心配をかけたくなかったからに決まってるだろ!? せっかくこうしてみんなが落ち着いたり笑っていられる世界まで辿り着いたのに、死後のことにまで思い悩んでいたら素直に笑っていられないかもしれないじゃないか!」

「誰がそれを余計だなんて言ったのよ! 余計なんかじゃないわよ! あなたのことでしょう!?」

「言わなくたって察しろっていうのが華琳の───…………へ?」

「……? なに───……っ……ひうっ……!?」

 

 言い争いが急に止まって、父さまがきょとんと。

 次いで、釣られるようにきょとんとした母さまが沸騰した。

 ……前略、黄蓋様。こういう時はこう言うのでしたね。

 

「……ごちそうさまでした」

『丕!? いつからそこに!?』

 

 ええっと、なんでしょう。

 馬鹿馬鹿しいと言ったらいいのでしょうか。

 相思相愛の両親というのはとてもいいものですね。

 今なら口から甘い汁とか吐けそうです。ほんと、なんでしょうね、この気持ち。

 

「あ、あぁああすまん、丕、今は…………。で、華琳。今の……」

「く、ぅうう……!! ええそうよ! あなたのことよ! 余計なわけがないでしょう!? 察しなさいとは言ったけれど、好意を好意と受け取るのは勝手だと言ったつもりであって、全てを勝手に受け取れなんて誰が言ったのよ!」

「………」

「? あ」

 

 父さまが、母さまに叫ばれながらも部屋の扉を後ろ指で差す。

 私はそれを静かにぱたむと締めて、鍵をかけた。

 その間も続いている母さまの叫びは、どれもこれも父さまを思っての強い気持ちだった。

 聞いていて顔が熱くなるくらいの想い。

 想いってすごいな、恋ってすごいな、って、本当にそう思うくらい。

 なんて感動すら覚えた瞬間、扉がどんどんどんどんと殴られた。

 

「華琳さま! 華琳さまーっ!! なにやら騒音が! もしや賊が!?」

 

 春蘭だった。

 春蘭だったけれど……そういえばと考えて、驚いた。

 あの誰よりも母さまを優先させる春蘭が、私より遅く来るなんて───

 

「華琳さま! いったいなにが───ってあなたなんて格好してるのよ!」

「ん? なんだ桂花か。なんて、と言われても、見たままだが」

「なんでほぼ裸でここに居るのかって訊いてるのよ! とうとう頭でも狂ったの!? ……ああ、狂ってたわね、だからこうなったのよね」

「なんだとぅ!? 誰が筋肉ばかりが発達して頭が発達しない戦闘狂だ!」

「誰がそこまでっ………………言えるわね。で? あなた今までどこに居たのよ。その格好で今まで騒がれていなかったってことは、倉に居た私よりちょっと前に来たんでしょう?」

「んん? ああ、先ほどまで華琳さまに言われていた日課を済ませていた。以前街中で趙雲と胸のことに関して語っていたんだが、その褒美にと天に伝わる心を引き締める儀式とやらを、他の皆には内緒で伝授してくださったのだ!」

「…………やり方は?」

「薄着になって冷水を浴びるのだ! 冷たければ冷たいほどいいらしい! ふはははは! 浴びるたびに身がみしみしと引き締められていくのを感じるぞ! どうだ! 貴様もやってみるか!」

「やらないわよ! いいから服を着なさいよ!」

 

 ああ……あの時の罰、まだ続いていたのね……。

 ともあれそんな外の騒がしさも、秋蘭が辿り着いてくれたようで一応の治まりをみせたようだ。なによりも「ふ、服を着てくれ、姉者……!」という切実な声が、妙に人を黙らせるほどの力を持っていた。

 誰が悪いわけでもないのに、外に気まずい空気が流れているのがこちらにも伝わってくる。勘弁してほしい。こちらも結構大変なのに。───と、視線を向けてみれば、いつの間にか抱き締め合っている両親。

 ひぅ、と小さな悲鳴が漏れて、慌てて手で目を隠した。……隙間から覗いているのは内緒だ。

 

「……あなたね。なんでもかんでも抱き締めればいいとか思っていないわよね?」

「届かせるなら、すぐ近くじゃなきゃ。大体、華琳だってなんでもかんでも溜め込んで、こういうことが起こって、勢いがつきでもしなきゃ全然口にしないじゃないか。 “非道な王にはならない”って、ちょっと気にしすぎじゃないか?」

「う……、……そうね。それは、あるわ。これでも気を張っているもの。言動のひとつひとつに気を使わなければならないもの。なってみて、こうして平和を生きて、改めて思うわ。覇王というのは“楽しく”はあっても“楽”ではないわね」

 

 言いながら、母さまは父さまの背に回した手で服を掴み、父さまは胸に抱いた母さまの頭をやさしく撫でている。

 そして私はさながら空気だ。

 ……そ、外に出ていたほうがいいのかしら。というか先ほどの父さまの合図、あれってもしかして扉を閉めろ、ではなくて“今は二人にしておいてくれ”っていう退室の合図だったのかしらと今さら苦悩。またやらかしてしまったのかもしれない。

 いえ、これも恋の勉強になる。きっとなる。なるはずだ。してみせる。だから居る。うん。

 とりあえず出来るだけ気配を消して……ああいやいや、急に気配が消えたら気づかれる。

 特に父さまはそういうのに敏感な筈だ。

 だからこのまま、息を殺す。

 外からは相変わらず、どんどんとのっく。

 静かになさいと叫びたいのを我慢して、もはや騒音など茶飯事なのか、特に気にせず二人の世界に居る両親を前に、苦笑を浮かべた。

 

「……本当、なのね? 私が死ぬまで、あなたはここに居るのね?」

「貂蝉の言葉が正しいなら。むしろ正しくなければあんな夢、全部覚えていられないよな。夢なんて、覚めれば大体忘れるものだし」

「……そう。それは………………ええ、それは」

「それはって。えと、言いづらいことか?」

「うぅ……」

 

 母さまがこしこしと、父さまの胸に自分の匂いをつけるように顔を押し付ける。

 う、うあああ……あの母さまがあんな……! 熱い、顔熱い……!

 

「その。……居るのよね? 一刀が何かしらに満足したからといって、突然消えたりとかは……私が満足したから、とかは……」

「ん、ない。死ぬまで一緒に居る。死んでも一緒に居る。ていうか……な。この世界に俺が居る理由が無くなるまで、同じ覇道を歩かせてくれ。終わりじゃないって思えればいつまでだって続くだろうしさ。俺はそんな道を、悔いが残らないように歩きたい」

「…………~っ……」

「お、おぅっ……!? ……ははっ……」

 

 強く強く抱き締める。

 母さまの顔は、胸に埋まって見えはしない。

 けれどきっと、なんとも言えないような嬉しい顔をしているのだろう。

 だって、私だったらあんなこと言われてしまったら、自分でも見たことがないほどに顔が緩むだろうから。

 

「……ずっと、ついてきなさい」

「おおせのままに、我が王」

「ずっと、傍に居なさい」

「もちろんだ、パートナー……相棒さん」

「ずっと、好きでいなさい」

「言われるまでもないって、華琳」

「それから……それから」

「ん、なんだ? ……っとと」

 

 さらに、強く抱き締める。

 服を握る手にも余計に力が入ったようで、いったい母さまはこれからなにを───

 

 

 

  「……好きよ、一刀。あなたを愛している」

 

 

 

 ───なにを、どころじゃなかった。

 停止した。

 思考も、体の動きも、いっそ外から聞こえる扉を叩く音さえも、自分の耳は受け入れようとしなかった。

 ただ、母さまが放った言葉だけを確実に耳が受け止め、その事実を受け止め、やがて……それらの意味を理解したのちに、ようやく静かに、鼓動の音を聴覚が拾った。

 

「え───か、かり……? 今……、す、好……?」

「………」

 

 胸から離れ、父さまを見上げる母さまの顔は真っ赤だ。

 そんな母さまを見ていたら、私も自然と顔が熱くなった。さっきから熱かったけど、余計に。

 目が潤んでいる……あんな母さまを見るのはやっぱり初めてだ。

 私も潤んでいる時はあんな顔なのだろうか。

 そんな母さまが悪戯っぽく笑う。笑って、言うのだ。

 

「あら。返事は聞かせてもらえないのかしら?」

 

 と。

 途端、大慌てで返事をしようと口を開いた父さまに、背伸びをしての不意打ちの接吻が炸裂……えぇえええええーっ!?

 ひっ、ひうぅっ!? かかさま大胆っ……かかっ……か、母さま! 母さま大胆!

 

(う、うぅう……! 恥ずかしい……! 父さまと母さまが好き合っているって知れたのは嬉しいけれど、これは……!)

 

 生き地獄とでも言えばいいのかしら。

 いえ、嬉しいのよ。本当に嬉しいのだけれど、逃げられもしない上に、目を逸らすのもなんだかおかしな気分で、実の親の接吻現場をこうして見せられて、しかもそれが……すぐ終わるかと思ったら随分と長くいたしてらっしゃって、もう丕は、丕はどうしていいのか……!

 そう。すぐに済むと思ったそれはしかし、本当に随分長く続き……私が真っ赤になってあうあうと戸惑い、目が回ってきたところでようやく終わってくれた。

 ほう、と息を吐くのも束の間、

 

「だ、だから……あなたねぇ。なにも泣くことないじゃない」

 

 どうやら父さまが泣いたらしい。背中しか見えないからわからないけれど……えと。父さまって割と泣いている気がして、泣いたと聞いてもあまり、こう……なんて言えばいいのか、言葉が思い浮かばないわ。こういう時ってもどかしい。

 そ、そうね、もう十分に勉強したのだし、父さまの涙をそんな、じいっと見つめたいなんてきっといけないことよね。出ましょう。そっと出て、春蘭たちにも事情を話せばいいのよ。

 そう、ここは速やかに───

 

「姉者っ、あまり強く殴りつけると華琳さまのお部屋の扉がっ……!」

「大丈夫だ! 鍵というのは強く締めれば勝手に閉じて、思い切り殴れば勝手に開く! つまりは思い切り殴ればここも開く!」

「いいからその前に服を着なさいって───あ、あーっ!!」

「ふんっ!!」

 

 どごぉん。

 強い音だった。

 頭の中で奏でた音のなんと可愛いこと、なんて思えるくらいに大きな音。

 苦笑を漏らしながら取っ手に手を伸ばしていた私は、その苦笑のままに固まった。

 ……鍵が今の衝撃で変形して、妙に絡まって……扉、あかない。

 え……え? 嘘でしょう!? だって、今後ろでは父さまが泣いてっ……かかか母さまが父さまを屈ませて、頭を胸に抱いて……! 母さまが見たこともないようなやさしい顔で頭を撫でて! あ、あう! あうーっ!!

 だめ! なんだかこの先は見てはいけない気がする!

 娘としての私の中で何かが大きく変わってしまいそうな気がする!

 ちょっ……開いて!? なんで開いてくれないの!? 鍵っ……ちょっ、壊れて!? どうせ変形して固まるくらいならいっそ壊れて頂戴!!

 あ、ぁあああ……! さっきまでのが二人の世界だなんて勘違いもいいところよ!

 これが……今この時こそが二人の……! だ、だってあんな母さま見たことないもん!

 フッと笑うことはあっても、あんなに穏やかな顔なんて!

 

「こ、のっ……! いいから開きなさいと───!」

「んん? なにやら引っかかっているな……なに、ならばもう一発だ!」

『せぇのぉっ───!!』

 

 氣を込めた全力の一撃と、遠慮を忘れた、する気もなかったらしい一撃が、外と中から見舞われた。結果、余計に鍵は捻れ、金具が扉や縁に突き刺さったりめり込んだりして、余計に開かなくなった。

 こうして私は脱出できなくなり……深く愛を確かめる親を背に、頭を抱えて時が過ぎるのを待ったのでした。

 

 

 

  …………なお。

 

  考えてもみれば窓から逃げればよかったことに気がついたのは……

 

  やらかしてしまったというべきか、相当あとになってからだった。

 


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