真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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127:IF2/目指してみよう、万能の二番手②

 到着した川は静かなものだった。

 ちゃぷちゃぷと絶え間なく聞こえる水の流れる音は、聞いているだけでも心が落ち着く。

 溺れたりしたら逆に怖くなるかもだけど、落ち着く。

 落ち着く必要があるのだ、なにせ今、隣には……

 

「まったく、少しはこちらの都合というものを考えて欲しいわ」

「えと。誘わないほうがよかったか?」

「あ、う、そういうわけではなくて」

 

 ……母さまがいらっしゃるから。

 想定外だ。

 まさか母さまが一緒に来るなんて。

 “どうせだから蓮華も”なんて言った父さまが母さまの部屋へと消えて数分。

 絶対に断るに違いないと楽観視していた私の期待は,かなり呆気なく見事に粉砕。

 今、視線をあちらこちらに向けながらぶちぶちとこぼしている我が母は、……なんだか初めて見るほど綺麗におめかしをしております。

 ……綺麗。

 綺麗なのに、顔はふてくされたような、なんだか落ち着かない感じです。

 むうっ……嫌なら来なければよかったのに、なんて思ってしまう私はいけない子でしょうか。

 

「母さま、その服は───」

「えっ、やっ、これは違う、違うのよ、登。これは───」

「ああ、俺が意匠をこらして作ってもらった特注の服。細かいところまで手が込んだ世界に一つだけの服でございます」

「一刀っ!」

「え? なに?」

 

 にっこり笑顔で服の説明をしてくれる父さまに、何故か真っ赤になって怒鳴る母さま。

 ……もしかして知られたくなかったのでしょうか。

 でも私でさえそんなふうに予想が立てられるのに、“え? なに?”と普通に返せる父さまってすごい。私は無理そうだ。怒られるのは怖い。

 

「……ま、まさか今さら意匠が気に入らなかったとか……!」

「そっ……~……そういうことを言いたいわけではなくて……! 大体、あなたからもらったものが気に入らないなんて───あ」

「………」

 

 ……述。あなたは今どこで何をしているのでしょうか。

 元気でいてくれると勝手に思っておくことにします。

 ところでですが、姉はひとつ賢くなりました。

 ……私が怖いと思っていた母が、実は世に言う“可愛い人”だったのです。

 父さまに訊いてみたところ、二人きりの時は甘えられたりもするんだぞ、とのことです。

 訊いておいてなんですが、父さまは私に母さまのことでなにかを隠すつもりがないのでしょうか。ほら、母さま、顔を真っ赤にして怒ってる。

 普段は凛々しく、いつも鋭い刃物のような雰囲気だった母さまが……父さまの前ではなんと無防備な。これも校務仮面さまの為せる業、というものなのか。

 ああいえ、いい加減今に戻りましょう。

 

「あの、父さま。ここで鍛錬とは、いったいどういったものを?」

「え? ああ、じゃあ水を感じるところから始めようか」

「水?」

 

 首を傾げる。

 水を感じる? ……べつに、触れば水は水ですが。

 なんて思っているうちに父さまは靴と靴下を脱いで、ちゃぽりと川へと入ってゆく。当然、下の衣服はまくってある。“けんどうばかま”といいましたっけ。まくりづらそうだ。

 

「ほら、登も」

「? は、はぁ……」

 

 ほらと言われても少し困る。

 そんな気持ちを表情に出しながら、同じようにして靴を脱いで靴下を脱いで、ちゃぽり。

 ……ああ、冷たい。夏の暑さにこれは気持ちいい。

 濡れてもいい服があれば、いっそ潜りたい気分です。

 

「冷たいよな」

「冷たいです」

「よし。じゃあその水に沈んでる部分に氣を集中させる。イメージ……想像としては、沈んでいる部分が水と一体化しているみたいな感じだ」

「いめーじ……」

 

 天の言葉は難しい。

 勉強をしてみても、わからない言葉が多いくらいだ。

 でもお水気持ちいい。ああいや関係なかった。えと、水、水~……。

 なんて、強く意識もせずに、気安く、軽ぅく促されたことに意識を委ねた時。

 

「ひゃうんっ!? へっ、はっ、へっ!? な、なになになにっ!?」

 

 急に足に妙な感触を覚え、ばしゃばしゃと暴れてしまう。

 ……と、ぴうと逃げてゆく……魚。

 あれ? 今、魚につつかれた?

 

「あっはっはっはっは! やったやった、俺もやったよそれ!」

 

 父さまはなんだか面白そうに笑っている。

 つまらなそうに笑われるよりはいいかもしれないけど、なんか複雑です。

 

「ん、最初から魚につつかれるくらいなら十分だよ。あとは勘違いさえしなければ、俺よりよっぽど早く順応できる」

「順応……ですか? 水に?」

「……懐かしいわね。思春に教えてもらって以来になるかしら」

「え……母さま?」

 

 父さまの話を聞く中、背後からちゃぷりという音。

 振り向いてみれば、母さまも素足を川に沈めて……自然な感じで微笑んでいました。

 ……川、やりますね。私でさえ中々微笑ませることの出来ない母さまを、いとも容易く……! ではなくて。

 

「思春? 思春が教えてくれたものなのですか?」

「ああ。……教えてもらえるようになるまで、長かったけどなー……」

「思春は内側の人以外には容赦がないから。その点、一刀は随分と簡単に内側に入っていったわ」

「え……そうなのか? ……とてもじゃないけどそうは思えないなぁ」

「そもそも、他国の相手だというのに傍に居ようとしている時点で凄いのよ。一刀も知っているだろうけど、呉は……ほら。身内以外には厳しいところがあったから」

「思春のことだけで言えたことじゃないってことじゃないか」

「ふふっ、ええそう。もう“身内”なんだから、遠慮なんていらないでしょ?」

「…………はぁ。まったく、蓮華は」

 

 いたずらっぽく笑う母さまに、苦笑して返す父さま。

 なんだかとても眩しいものを見ている気がする。

 何故って、顔が赤くなって、なんだかとても目を逸らしたい気分だから。

 

「そ、それでその。これからどうすれば?」

「おっと。じゃあ続きだな。足に集中させた氣を、今度は全身に行き渡らせる。もちろん、水のイメ……想像は消さないまま」

「えと。この冷たさを全身に行き渡らせる感覚で平気でしょうか」

「そうだな、自分がやりやすそうなやり方でいい。ただ、想像はずっと意識しておくこと」

「はい」

 

 やってみる。

 母さまもやっているようで、微笑みながら目を伏せて、水の流れに身を任せるみたいな自然体で、そこに居た。

 

「? ?」

 

 けれど私は上手くいかない。

 才能ってものは、こんな小さな挑戦にまで割り込んでくるから嫌いだ。

 せっかくの両親との穏やかな時間を、才能なんてものに邪魔される気分は……可笑しく思える今でも、正直に言えば嫌いだ。

 軽くやってみた時は出来たのに、“やろう”と意識してしまうと全然出来ない、出来の悪い自分も……嫌いだ。

 

「登、こうよ」

「ひゃうわっ!?」

 

 と。黒いなにかがじわじわと自分の中に生まれ始めてきた時、母さまが私を後ろから抱き締めて言う。突然のことに声が裏返ってしまったけれど、そんなことも微笑みで受け止めながら……やさしい母さまは私にやり方を教えてくれる。

 ……なんだろう、とてもくすぐったい。

 ずっとこんな母さまだったらな、なんて思ってしまう自分がいる。

 無理だろうな。わかってる。

 きっと父さまと一緒じゃなきゃ、こんなにも隙だらけになったりなどしないんだ。

 

「………」

 

 それでも母さまの氣に引かれるように、足に溜めた氣を全身に行き渡らせる。

 冷たさがひんやりと広がってゆく。

 けれどもその冷たさが、まるで自分が川の一部にでもなったような気にさせてくれて、面白い。

 川になった自分は、そっと水に目を向ける。

 次々と流れてくる水の感触は、もう感じない。

 ただ、自分に近づいてくるなにかの気配がとても身近に感じられて、それに感覚を委ねるように……水に手を入れて、水の流れに逆らわずに……魚に触れ、掴んだ。

 

「え? ひゃうっ!?」

 

 初めて掴んだ、生きた魚の感触にびっくりする。

 と、魚がもがいて、再びぴうと逃げていってしまった。

 

「………」

 

 でも、手に感触が残っている。

 すごい。掴んじゃった。

 水の中の魚がいかに素早いかくらい、私だって知っている。

 それを、まさか掴めてしまうなんて。

 

「と、父さま、母さまっ! 今のでよかっ───……父さま? 母さま?」

「………」

「………」

 

 私を見る二人の目が、どこか遠い目をしていた。

 え? え? なに? 私はなにか、悪いことをしてしまったのでしょうか。

 

「俺……掴めるようになるまで……どれくらいだったかな……」

「言わないで一刀……私だってどれほど苦労したか……」

「?」

 

 母さまにぎゅっと抱き締められて、父さまに頭を撫でられた。

 わ、わあぁ……! よくわからないけど、嬉しい……!

 

「まあ、ともかく。今の感覚を忘れないようにもう一度試してみよう」

「はいっ」

 

 言われて、また意識する。

 怖いな、と恐怖したことさえある母さまに抱き締められて安心するなんて、私もまだまだ子供だなぁなんて思う。けど、言わせてもらえるのなら、姉が異常すぎるのだ。

 姉が動揺するところはあまり見たことがない。見たのも、ここ最近くらいだ。

 いろいろなことに興味を示して、始めてしまえばほぼなんでも出来て。

 その下の妹である私は、お陰で随分と期待と落胆の視線を味わったものだ。

 “けど”。“でも”。

 私はやっぱりこの二つの言葉を何度でも使おう。

 姉は、曹丕姉さまは完璧ではなかった。

 父さまの前では結構慌てるし、自信満々でやったことが凄まじい間違いであったことに気づいて慌てたりしていたし、ここ最近の妹たちの父さまへの甘える姿を見ては、羨ましそうに見てくることもあった。

 私たちはまだまだ子供だ。

 独占欲だって強いし、大人になりたがっているくせに、子供のままで頭を撫でられていたいとも願っている。

 周りが立派な人ばかりの所為か、次から次へと叩き込まれる知識に押し上げられるように、大人へ大人へと向かわされている現状。才の無さは逆に、私や述に“周囲を見る目”を与えた。お陰で人の感情には敏感になれたし。

 

「………」

 

 そんな自分だからだろうか。

 才能はないだろうけど、“人が目を向けない場所”を知るのは早かった。

 目を向けられれば期待と落胆も向けられるって知っていたから、私と述は人の意識の外を目指した。自分を探している人には簡単に見つけられてしまうけれど、それ以外の人には見つからない。そんな、自分たちの情けなさが生んだ特技。

 期待を嬉しいと思えた日々はもう遠い。

 落胆を向けられる日々ももう遠く、あるのは諦めばかりになった。

 だったらそんな諦めから脱出する方法を教えてみせろと、何度口にしたかったことか。

 言った時点で親に迷惑をかけることなんてわかりきっていたから、当然言えもしなかった。

 ……そんな自分を、蹴られつつも受け止めてくれていた父さまは、本当に……───

 

「…………」

 

 考え事をしながらも集中。

 ゆっくりと身体が動くままに手を水の中に沈めて、泳ぐ小魚をぱしゃりと軽く救い上げた。

 両手で持ち上げた水の中には小魚が泳いでいて、あっさりと成功したことに喜びが沸きあがった途端、魚は暴れて、こぼれる水の端から飛び出してしまった。

 ぽちゃん、と。捕まえた時のようにあっさり逃げられる。

 残念な気持ちを抱きながらも、やっぱりどこか楽しいのは……やろうとしたことが上手くいく喜びを、久しぶりに味わっているからなのだろう。

 

「よし、じゃあ今日の昼食は魚と山菜にしようか」

「ええ……ふふっ、やっぱり懐かしいわ。一刀と思春とともに、よくやったわね」

「あの時は蓮華が一緒にやるとは思わなかったけどね」

「二人でこそこそ居なくなるのを何度も目撃すれば、気になるのは当然よ」

「ただ思春に川での魚の捕まえ方とか訊いてただけなんだけどなぁ。自分でやれるところまではやったから、それ以外のコツを、って」

 

 初めて聞いた父さまと母さまの話。

 興味が沸いたので、二人が休むことなく話すのを耳に、私も魚を捕まえることを頑張ってみた。

 

「でも……ねぇ一刀? 私が混ざってから、思春がやたらと攻撃的じゃなかった?」

「そうかな。あ、でも蓮華との組み手の時の猛攻は凄かったよなぁ」

「…………気の所為じゃなかったのね」

 

 取れた魚は、父さまが石を積んで作った……いけす? に入れる。

 これから料理してしまう生き物を自分の手で捕る、というのは結構怖い。

 でも魚だって好んで食べていた私だ。他人が捕った命なら食べられる、なんて言うつもりはない。というか言いたくない。

 

「あの、父さま。味付けは?」

「塩ならあるぞ?」

 

 と言って、また竹筒を出す父さま。水が入っていたそれよりも小さなそれには、なるほど、塩が入っていた。

 

「呉も魏も蜀も、塩を得る機会には恵まれているのよ。以前はもっと、塩を塩をと荒れたものなのに」

「魏は解池(かいち)から、呉は普通に海塩が取れるし、蜀は岩塩と井塩(せいえん)。今のところ、塩を作る“速度”では呉が一番かな? 代わりに火をいっぱい使うから、燃料的な意味では心配はあるけど」

「お陰で呉では豆腐が溢れかえっているわよ。塩を作るとにがりも出来るし、豆の収穫数も安定しているし、食べ物も随分と増えてきたわね」

「こうなると、米一粒のために命を……って頃に頭が下がるよ」

「……ああ、本当に。もっと早くにこう出来ていればと思わずにはいられない」

 

 母さまが真面目な口調に戻った。

 その顔は……悲しそうだ。

 

「“ここまで来れた”って言えるところまでは……これたかな。じゃあ、もうこれ以下はないって頑張らなきゃな」

「ああ。……というか、最近は全体的に味が濃い店が増えた気がするんだが」

「蓮華、口調」

「え? あっ……こ、こほんっ! ……増えた気がするわ」

「ははっ、まあ、うん。調味料も段々と数が増えてきたから」

 

 塩、味噌、しょーゆ。

 そういったものを作る技術が簡略化できるようになってから、食事の事情は随分と安定したらしい。

 どうしてか曹丕姉さまが得意顔で説明してくれた。

 多分、父さまの知識からのことだろう。じゃなきゃ、姉さまが胸を張って説くことなんてあまりない。……少し前の姉さまからでは考えられないけど。

 

「これで、呉に昆布があればなぁああ……!!」

「もう、また? 無いものをねだったって仕方ないでしょ?」

「磯の香りはするのに昆布がないとかおかしいって! 正しくは河だとか言われても、磯の香りがするなら昆布だってあったっていいじゃないか!」

 

 父さまはなにか、“やっぱりまこんぶを何処かで……”とか言ってる。

 まこんぶってなんだろう。

 

「んん……土地柄、昆布が自生しないとかどっかで見た記憶もあるし……真昆布が採れたとして、養殖は難しい……のか? でも中国は昆布生産量がハンパじゃなかったはずだし……うーん」

「と、父さま?」

「ほうっておけばいいわ、登。一刀は“こんぶ”のことになると、いつもこうだから」

「こんぶ……」

 

 昆布。父さまをこうまで魅了するそれは、いったいどんなものなのだろう。

 考えてみても、答えらしい答えは出てこなかった。


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