真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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127:IF2/目指してみよう、万能の二番手③

 

 なんだかいろいろと考えていた父さまがハッとして、誤魔化すように笑いながら頭を掻いていたのが少し前。照れ隠しする人みたいに“サササ山菜採ってくるー!”って言って、走っていってしまった。

 ……姉さまが言うには、あれで父さまは私たちが知らないところではどっしりとした落ち着いた雰囲気を持っているらしい。……信じられない。

 でも、校務仮面さまの時の父さまを思えば……ああ、って思えることもあるわけで。

 

「~♪」

 

 料理は父さまが担当。

 母さまも手伝うけれど、山菜やお魚を使った料理はあまりしないみたいで、行動のひとつひとつで父さまに“これはどうするの?”と訊ねている。

 訊けば、思春と一緒にやっていた頃は断固として、思春が調理をさせてくれなかったらしい。

 ……でも、母さまの刃物の扱いは実に見事だ。

 刃物といっても、そこらにあった長い石を割って、岩で削って形を整えたもの。

 それでも魚は捌けるらしく、器用に内臓を取ってゆく。

 ……内臓を取ってるのは父さまだけど。

 母さまは主に、その後の処理。内臓を抜き取った魚を川の水で洗ったり、木の枝の串で刺したり。

 鱗は父さまがヂャッヂャッヂャッと取っちゃった。早かった。

 

「で、山菜と木の実を砕いて粉を溶いたものを、こうして熱した石の上に……あ、あー、そうだそうだ、あの頃もやったなー、これ」

「あの頃?」

「蜀から魏に向かってた時にさ、思春と一緒に野宿してこれと同じのを作ったんだよ」

 

 焚き火の周りに大き目の石を置いていって、それを支えにするように平らで大きな石……岩? が、置かれた。その上で焼かれた謎の液体は、しゅじゃー、って妙な音を立てながら……固まっていく。

 これなに? って訊いたら“お好み焼きもどきだ”って言われた。“いや、むしろナンか?”とも言われた。“なん”ってなんだろう。

 焼ける香りはなんだか美味しそう。見知らぬ料理に、興味が引かれてばかりだ。

 

「わあ……」

 

 じううと焼ける……“なん”は、焦げ目がついた頃からとても美味しそうな香りを放ち始めた。父さまはそれをひっくり返したりして両方に軽く焦げ目をつけていく。

 端っこで焼いた小さいやつを「食べてみるか?」と差し出されたので、迷わず食べてみた。

 ぱりっとした食感。

 ぱりっとしていて、かりっとしていて、だけど中は……えと、なんだろ。も、もっちり?

 なんだか弾力がある感じ。香ばしさと木の実独特の味と、塩だけでつけられた味なのに、なんだかとっても美味しく感じる。

 

「美味しいだろー。キャンプ……ああいや、野宿……でもないか。こういう外で作る料理には、不思議と美味しさが増すなにかがあるんだ」

 

 そうなんだ、驚いた。

 でも実際に美味しい。なにがどう美味しいかと訊かれたら困るけど、美味しい。

 魚も枝に刺したものを地面に刺して、火の傍で炙っただけのものだけど……塩をかけただけなのにとても美味しく感じられた。

 普段だったらこんな食べ方、怒られると思う。

 でも母さまは笑っている。父さまも笑っている。私も笑って、食事を続けた。

 すると、今まで窮屈に感じていた世界が広がったような気がして……少しだけ、食べているお魚のしょっぱさも、増した気がした。

 

「っと……」

 

 そんな時、父さまが何かに気づいたような表情で焼き物を見ていた視線を上げる。

 母さまも何かに気づいたようで、目つきを鋭くしていた。

 なんだろう、と思ってから私もハッとして、すぐに周囲の気配に集中する。

 するとどうだろう。

 さっきまでと同じような森の空気があるだけの筈なのに、その森の気配に何かが混ざっているような……

 

「いい匂いがするにゃ!」

「するのにゃー!」

「にゃー!」

「にゃう……」

 

 …………混ざるどころじゃなかったです。

 

「美以!?」

「おー!? 兄なのにゃ! いい匂いの正体は兄ぃだったのにゃー!」

「へ!? やっ、普通違うだろ! お前には目の前の料理が目に入ギャアーッ!?」

「!?」

 

 ひゃうう!? 父さまが噛まれた!?

 え、あ、あれ? あの人、孟獲さまだよね? 蜀の人で、なんばんのだいおーとか言ってた人だよね? え? なんで父さまに噛み付いて───

 

「とっ……父さまから離れろぉおおおおっ!!」

 

 いろいろなことが頭の中でぐるぐると回った結果、私はとにかく孟獲……さま、を父さまから離すことを優先させた。

 噛まれているのだ。ぎゃーと叫んだのだ。助けなきゃと思うのは当然だ。

 あれ? じゃあ母さまはなにを───と思ったら、母さまはいつの間にか孟獲さまの連れの人たちに囲まれて、

 

「こ、こらっ! 離せっ! しがみつくな! 抱きつくなぁっ! ───! かかか顔を舐めようともするなぁっ! そういうことをしていいのはかずっ───ごほごほんっ! とにかく離れろぉおっ!!」

 

 男らしい口調の母さまが慌てつつも怒っていた。

 でも少し可愛らしいと思ってしまったのは、娘としておかしいでしょうか。

 

……。

 

 結局。

 三人の静かなだけど楽しい時間は、なんばんだいおーによって終わりを告げた。

 とはいっても食べ物を食べたら山に行ってしまい、私も父さまも母さまも呆然とするしかなかったわけですが。

 

「一刀……あなたの匂いというのはなんとかならないの?」

「え゛っ……いやそれ、俺が臭いって言われてるみたいで微妙なんだけど……」

「えっ? ち、違うわっ! 私だってあなたの匂いは好きで───、っ……」

「え……れ、蓮華……?」

「~……」

 

 で……少ししょんぼりな空気だったのが、まさか喧嘩になるのではと思いきや、甘い空間になりました。

 私はどうしたらいいのでしょう。

 口から砂糖でも吐けばいいのでしょうか。

 でも仲が良いのはいいことです。

 

「………」

「………」

 

 さりげない動作、さりげない行動ののちに、とすんと父さまが母さまの隣に座る。

 すると母さまは父さまの服の端を掴んで、顔を真っ赤にしました。

 ……そして私はどうすればいいんでしょう。

 これはあれですか? 母さまとは反対の父さまの隣に座って、同じようにするべきなのでしょうか。

 ……で、ですよね、そうですよね、せっかく家族でこうしているんだから。

 

「………」

 

 なのでそっと。

 あくまでそっと、父さまの隣に座って服を摘んだ。

 それだけで、それだけなのにとっても恥ずかしい。

 恥ずかしいんだけど、嫌じゃない。なんだろうこれ、よくわからない。

 

(……私って、だめだなぁ)

 

 でも。

 わからないなりに、思うことはあるのだ。

 父が立派だったからって掌を返す。掌返しは姉さまが嫌いだし、私だって好きじゃない。

 なのに、こうして甘えることに喜びを感じる自分が嫌になる。

 じゃあ嫌えばいいのかといえば、それも嫌だった。

 

(自分のことなのに、わからないことだらけだ。やだなぁ)

 

 ぱっと手を離した。

 見つめるのは空。綺麗な青がそこにある。

 

「………」

 

 来た時と同じように、そっと父さまの隣から離れひゃうあぁあーっ!?

 

「登~? 離れるなら、もっと楽しそうな顔をしながら離れなさい」

 

 そっと動いただけなのに父さまに捕まった。

 両腕で、背中からこう……鎖骨の下を抱くようにして、抱き寄せられた。

 

「で、でも」

「ん。でも、なんだ? なにか心配なことがあるなら父に相談しなさい。ああ、誰か男に尾行されて困ってるとかだったら包み隠さずだ」

「……そんな人、居ません。一番になれない子なんて、誰も見向きもしませんよ」

「よしっ、見る目がない目なんて必要ないよなっ」

「待って一刀! あなたなにをするつもり!?」

 

 眩しい笑顔とは裏腹に、父さまの背後に氣で練られた“滅”の文字が浮かびました。

 わあ、すごい。どうやるんだろう、あれ。

 そんな父さまだけど、母さまに腕を掴まれ……というか抱きつかれて引き止められて、落ち着いてくれたみたいだ。

 

「ご、ごめん蓮華、ちょっと混乱した」

(……ちょっとなんだ)

 

 本気で混乱したらきっとすごいんだろうなぁ。

 校務仮面さまの姿を思い浮かべつつ、素直な感想を胸に抱いた。

 

「で、登? 本当にどうしたんだ? 父は権力を振り翳さず、一人の男として相手の男と戦う覚悟は出来てるぞ?」

「だから、居ませんっ! ~……姉さまも言ってたと思いますけど、私たちに話しかけてくる子なんて……居ません。王の子のくせに俺より頭悪い~、なんて言う嫌な子なら───」

「思春! 合戦の準備だ! 打って出る!」

「蓮華さん!? 落ち着いて!?」

「はっ、蓮華さま」

「思春さん!? 居たの!?」

 

 そして今度は父さまが二人を止める番でした。

 止めてる最中なのに、父さまのこめかみがみきみきと躍動していましたけど、きっと気の所為。

 

「一刀! あなたはっ! 登の努力が馬鹿にされて悔しくないのか!!」

「悔しいけど合戦は行きすぎだ! とりあえず落ち着こう! 言えた義理じゃないけど! ほ、ほらっ、思春も止めて!」

「子高さまを馬鹿にする発言は、ともに歩んだ述を馬鹿にしたも同然だ。……北郷貴様、まさか悔しくないとでも……?」

「刃物突きつけて言う言葉じゃないよねそれ! 落ち着いて!? 言われるまでもなく悔しいから落ち着いて!?」

 

 なんだか大変なことになっている。

 父さまがしきりに私の目を見てくるけど……え? 私にどうにかしろってことかな。

 そ、そうだよね、私がこんな話をしたから……なんて思って、父さまの真似をして頬を掻こうとした。すると……そこにつく、水滴。

 なにかなと見てみようとした瞬間、視界が滲んでいることに気がついた。

 ……ああ、そっか。私、また泣いたのか。

 

(弱いなぁ、私)

 

 思い出して泣くなんて、こんな娘じゃ父さまも母さまも嫌だよね。

 ごめんなさい、登は弱い子です。

 こんな状況で、どうやれば母さまと思春が止まってくれるかもわからな───

 

「王より頭のいい存在などいくらでも居る! けれどそれを盾に王を侮辱するのは許せることではないわ!」

「蓮華さんなんかごめん! その理屈だときみたち美羽にいっぱい謝らないといけない気がする!」

『───』

 

 ───一発で止まりました。

 え、え? 美羽ねーさま? 美羽ねーさまがどうしたの?

 名前が出た途端、母さまと思春がなんとも言えない表情で目を逸らして……え?

 

「た……確かに、少し熱くなりすぎていた───わ、ね……ええ」

「……すまない。私も少し動揺していた」

「思春が謝った!? だだだ誰だ貴様ヒィごめんなさい!?」

 

 微妙な顔をした二人が謝った途端に父さまが驚いて、次の瞬間には喉に刃物を突きつけられて謝っていた。

 ……姉さま。あれで落ち着きがあるというのは無理があると思います。

 それでも苦笑している父さまを見ると、“もしかして、場を和ませるための冗談だったのかな”って思える。本当に、父さまは不思議な人だ。

 

「はぁ。いいわ、ごめんなさい思春、急に呼んでしまって」

「いえ。呼んでくださればいつでも」

「あのー、ていうかさ、思春。なんだってこんな川の傍まで? 今日仕事なかったっけ」

「都の主の護衛だ」

「そうだったのか!? ……あ、あー……そういえば報告書にもそういったことが書かれてて……え? 姿が見えなかった日もあったけど、もしかして今みたいに気配を消して?」

「………」

「そこで目を逸らされると怖いって! たまに俺、部屋の中で一人で妙な行動とか取ってたから、それ見られ───」

「ああ。姿見の前で妙な姿勢を取って笑っていたな。一人で」

「いやぁあああああっ!! ポージング見られてたぁあああああっ!!」

 

 顔を真っ赤にして頭を抱える父さまの図。

 不思議なもので、訊ねてみたら顔を真っ赤にしながらも話してくれた。

 なんでも「おっ……男ってやつはね……? 体は成長しなくても、鍛錬してると鏡の前で自分の成長を見てみたくなるものなんだ……」と教えてくれた。

 男の人って大変らしい。

 

「………」

 

 でも。

 私は、そんな父さまのほうがいいな。

 凛々しくて仕事が出来て立派な人より、楽しくて面白い人のほうが嬉しい。

 たぶんそれは、私がいろいろなことを上手く出来ないからだろうけど、嬉しいと思う気持ちは変わらない。

 仕事が大変でも笑ってくれる父さまがいい。

 いろいろあっても母さまと仲が良い父さまがいい。

 刃を突きつけられても、次の瞬間には笑っている父さまがいい。

 

「?」

 

 そんなふうに考えて、ちょっと思ったことを訊いてみる。

 父さまと母さまには気づかれないように、ちょいちょいと思春の服を引いて。

 ……そういえば思春はどうして、庶人服みたいなものをずっと着てるんだろう。

 顔はキリっとしているのに、服はどこか綺麗な感じだ。

 それをまず、そっと訊いてみたら……顔が赤くなって、過去のことを忘れないためです、と言われた。過去というのがなんなのかは知らないし教えてくれないんだろうけど、とりあえず庶人服は父さまに買ってもらったものらしいです。

 じゃあ本題。

 続いて思春にそっと言う。

 

「あの。思春が父さまに刃を向けるのって、自分の、えーと……ぼうきょ? を、許してくれるから?」

「!?」

 

 言ってみたらすごく驚いていた。

 その驚きっぷりに、声は出していないのに父さまと母さまが驚くくらい。

 

「父さま、やさしいもんね。私知ってるよ? 桂花さまの私塾に来る子の中にも、気になる子をわざといじめて構ってもらおうとふむぐっ!?」

 

 やっぱりぽそぽそと喋っていたけれど、真っ赤な顔の思春に口を塞がれた。

 珍しい。とても珍しい。というか、思春に口を塞がれるなんて初めてだ。

 いつもは……なんというか、触れてはいけないものみたいに認識されてるんだって思っちゃうくらい、触れてこないのに。

 

「あ、ち、ちがい、ます。ちがっ……わわわ私はべつに北郷のことは……!」

 

 そして、こんなにも真っ赤で呂律が回らない思春も初めてだ。

 父さまと母さまからは背中しか見えないだろうけど、これは珍しい。

 

「思春、今呼んだ?」

「呼んでない言ってない今すぐ離れろこちらへ来るな!」

「ひょわいっ!? え、えぇえええ……!?」

 

 急に怒鳴られた父さまが、疑問を顔に浮かべながら離れていく。

 その際、一緒に離れた母さまが、見守るような優しい笑みで思春を見つめていたのは……どういう意味があったのかな。

 そう思いながら思春に視線を戻すと、……もうどっちが子供なんだろうって顔で私を見つめていた。塞いでいた手も「申し訳ありません、動揺しました」って離してくれて、でも真っ赤なのと少し涙目なのは変わらない。

 

「思春は父さまのことが好きなんだね」

「いえそれは違います私はあの男が支柱であり蓮華さまに連れ添う者であり孫呉に未来を残せるものだからこそ」

「わ、わっ……!? 落ち着いて思春! 一息でどこまで早口するの!?」

「い、いえ。大丈夫です、動揺はしていません」

 

 してると思う。すっごくしてると思う。……してますよね?

 

「とにかく。私が北郷のことを好きなどということは、決して───」

「?」

 

 後ろを向いてまで、父さまの顔をちら見する。

 それってもう、ちら見じゃない気がするけど……それにしても、さっきはびっくりしてたのに、もうきょとんとした顔で返せる父さまの胆力ってどうなってるんだろう。

 そんな父さまが遠ざかる。厳密には、思春が私に「失礼します」と言って私を持ち上げ、父さまたちから離れたからだけど。そういうわけで少し離れた場所ですとんと下ろされて、そこで真正面からとんでもないことを言われた。

 

「……ええ。好きではありません」

「えぇっ!? そうなの!? な、なななん───」

「愛しています」

「───」

 

 言葉に出来ない熱さが、胸を貫きました。

 顔は赤いけど真剣な顔と、嘘を全く含まない声。

 凄いな、こんなふうに言えるんだ。愛って凄い。

 というか、話すと長くなるほどに……ここからいろいろな話をされました。

 呉に来た時はああだったとか、一緒に移動することになってからはこうだったとか、振り返ってみて、なんだかんだで支えていた自分に気づいたら死にたくなったとか、いつから父さまのことを好きであったかを自覚したら自分というものがわからなくなったとか。

 ならばわからないなりに、時には流れに身を任せてみるのもいいかもしれないと思ったこととか、任せたら任せたでいつの間にか父さまを異常なほどに大切に思っていたこととか、それが行き過ぎて怒られたこととか。

 そんな時に毒見で食べた辛い料理は、密かに思春の思い出の食事らしいです。ひぃひぃ言いながら料理を食べる父さまを見ていて、余計に守ってやりたいと思ったとか…………う、うぅん、ちょっと想像出来ません。

 

「あ、愛って……どんな感じなんでしょうか。好きとは違うんですか?」

 

 自分の知らないことを胸を張って語る思春に、しなくてもよろしいですと言われていた敬語を使ってしまう。対する思春は……愛についてを語ってくれた。

 私の知らない言葉とかたくさん出てきたから、理解するのは難しかったけれど、ともかく……傍に居ると安心、微笑まれると胸がうるさい、頼られると舞い上がる、守ってやりたくなる、しかし守られるのも嬉しい、寄りかかりたくなった時に受け止められると全てを委ねたくなる、などなど。

 最初はわくわく顔だった私も途中から顔が痛いくらいに熱くなって、目がぐるぐる回ってきた。思春ももう自分が何を言っているのか正しく認識できていないんじゃないかなぁ。だって凄い真っ赤っかだ。

 けれど聞いた。聞きました。姉さまが“好き”についてを思い悩んでいるようだったから、聞く姿勢は解かずにそうしていた。

 

……。

 

 …………前略、曹丕姉さま。

 孫登は、今日というこの日だけで随分と大人の世界を知った気がします。

 

「しししし思春! ああいうことを登に話して聞かせるなんて───!」

「し、失礼しました蓮華さま。語っているうち、私も何を語っているのかを見失ってしまい……」

 

 現在、様子を見にきた父さまと母さまがここに居て、珍しいことに母さまが思春に説教をしています。相当に混乱していたのか、これもまた珍しく母さまと父さまが近づいてきたことに気がつかなかった思春は、母さまと父さまが居るにも関わらず話を続行。もちろんそれからのことをきっちりと聞かれてしまって……今に至ります。

 

「父さま……男女って奥が深いのですね……」

「まあ、その。忘れろとは言わないけど、あんまり口外するようなことでもないから、気をつけような」

「述には話てしまってもいいでしょうか」

「ややこしくなるからやめてください」

 

 泣きそうな声で言われてしまいました。

 そして理解します。

 様々な人に想われるというのも、きっと物凄く大変なことなんだろうなぁと。

 

「一刀っ! 大体あなたが!」

「やっぱきたぁあーっ!!」

 

 そして飛び火。

 顔を真っ赤にさせた母さまが父さまを指差して説教を始めます。

 父さまは正論を以って、少しずつ宥めようとしますが……正論って人をよく傷つけます。それが母さまの胸に突き刺さって、怒り出す。

 そこからの母さまは今の状況とは関係のないことまで口にしだして、思春がそれを止めようとするけれど父さまがそれを静かに止めて。やがて様々なことを叫ぶように言い放って、落ち着きを取り戻したところで……父さまは母さまを抱き締めて頭を撫でました。

 ……それで終わり。

 あ、あれぇ!? なんて戸惑ってしまうような状況だけれど、本当に終わった。

 父さま曰く、なかなか自分の内側を吐き出せない人は、怒らせてでも吐き出させてやったほうがいい、とのこと。だから思春を止めたんだって気づいた時には、女性に囲まれた支柱生活を続けられている父さまこそを、素直に尊敬しました。

 きっと、たくさんの苦労を知っているんだろうなぁ。

 男性なら羨ましいって思うのかな。ちょっと想像してみる。

 

  ……自分より強い女性ばかりに囲まれて、三人の王と各国の将と過ごす日々。

 

  都では騒ぎが絶えず、警備隊隊長として過ごした彼は日々を駆けていた。

 

  将の皆様に振り回され、王の皆様に振り回され、けれど仕事と鍛錬は真面目に。

 

  仕事で疲れて部屋に戻ると、女性が待っていて……えぇと、その。

 

  …………。

 

 一言。

 よく過労で死にませんでしたね、父さま。

 兵というか、男性に尊敬されている理由がよぉお~っくわかった瞬間だった。

 そうなのだ。父さまは男性の方に人気がある。

 その理由がよくわかっていなかったけれど、今ならわかる……気がする。

 私は男性じゃないから、全てを理解するのは不可能だ。

 女性と仕事に囲まれた忙しさの中にあって、それでも父であろうとした父さまは、本当に忍耐の人です。

 私は、そんな父の在り方に負けない自分になりたいと思う。

 出来ればそんな父を、いろんなことで支えられる人になりたい。

 そう思うと、一番にはなれなくてもいろんなものが苦手なわけではない自分が大好きになれそうな気がした。

 好きになれそうだったから、白蓮さまのところへ向かうことが増えたのは、言うまでもない。出来ない者の苦悩を打ち明けあったあの日から、今までいろいろあって、真名はもう預けてもらってあったりする。

 

「教わることは恥ずかしいことじゃない……名言です」

 

 ───そんなわけで。川から戻ったあとは、早速白蓮さまのもとへ。

 仕事をしていたけれど、笑顔で迎えてくれた。

 

「苦労したやつには幸せになってほしい。北郷も娘達のことで苦労した分、こうして思われてるんだから報われてるよなぁ」

 

 笑顔のままにそんなことを言っている。

 本当に、気安い人だ。

 ただいい人すぎて、いつか騙されてしまわないか不安。

 ……と思ったら、既に騙されたことがあるらしい。

 「それでもこんな感じなのは、もはや性分だよ」とやっぱり笑う。いい人だ。

 

「はふ……」

 

 日々は平穏。

 私には愛だの恋だのはまだまだわからないけれど、せめて人を平気で騙すような人にはならないようにと心掛けることにする。

 教えてもらう時間の中で出た欠伸に笑みを浮かべ、伸びない自分に溜め息ばかりを吐いていた日々にさようならを。

 じゃあ、頑張ろう。

 周りには優秀な人が多すぎるんだから、私は一番でなくてもいい。

 ただ、誰かが困っていたら多少だろうと手伝える自分で居られるように。

 

「………」

 

 これも父さまのためになるのかな。

 今までひどいことをしていた分、恩返しみたいなのが出来ればって思っている。

 けど、面と向かって父さまに“これって恩返しになりますか”と訊けるわけもない。

 なので、これでいい。

 なんでも出来るようになることが悪いことに繋がるかどうかなんて、きっと自分の意思によるものに違いないのだ。

 曲がらないようにしよう。

 愛だ恋だはまるでわからなくても、人が悲しむ姿を見たいとは思わないから。

 


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