真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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128:IF2/彼が自分を認めたら、きっと彼自身が紹介される①

180/己を犠牲にしてまで相手を立てようとする人にありがち、らしい

 

-_-/陸延

 

 とある日の夜のことでした。

 突如としてお父さんが私に言いました。

 

「延。生活サイクルを変えよう」

 

 何を言われたのか、わかりませんでした。

 さいくる? 細工かなにかのことでしょうかねぇ。

 

「旦那さまぁ? 私たちのお部屋に訪ねてくれるのは嬉しいんですけど、天の言葉で言われてもまだわからないことのほうが多くて、わかりづらいですよぅ?」

「あ、っと。俺もいい加減慣れないといけないのにな……あ、あー……サイクルってなんだっけ? ……まあ、一日の過ごし方を纏めたものとかそういうのって認識でいこう」

 

 はぁ、なんて言ったお母さんがきょとんとする。

 当然ながら、私にもわからない言葉。

 はぅ……知識欲を刺激されますねぇ~……! 質問攻めにしても怒られませんかねぇ。

 

「昼に寝て夜に起きて行動、じゃあ身体によろしくないと思うんだ」

 

 と思ったら、そんなところに落ち着いてしまうらしい。

 むぅ、べつに延の身体はどこもおかしくないですよ?

 

「延はいたって健康ですよぅ? 発育だって、子供とは思えないと近所でも有名ですしぃ」

「近所には王と将しか居ないんだが」

 

 つっこまれてしまいました。

 お父さんのこういうところは、なんというか嫌いじゃないですね~。

 

「それでぇ、旦那さまぁ? 具体的にはどういったことをするのでしょう」

「夜に寝る努力、昼に起きる努力をしてもらおうかなって」

「嫌です無理です眠気を我慢するなんて人体に対する冒涜で───」

「欲しい本を一冊買ってあげるぞー」

「うわはぁ~いっ! 延、頑張っちゃいますよぅ!?」

「我が娘ながらちょろいなオイ……」

 

 お父さんが溜め息を吐きながら頭を抱えました。

 隣ではお母さんがあらあら~なんて言って笑っています。

 なんだか面倒なことを引き受けちゃいましたけど、本のためです。頑張りましょう。

 

 

 

 

=_=/一日目

 

 うじゅー、うじゅー、ってなにかに頭を引っ張られるような感覚でした。

 延は正直な気持ちをここに述べます。

 眠いです。

 

「延~、寝たら本の話は無しだからな~」

「起きてますよぅっ!? こ、こう見えても延は、忍耐力の達人なのです!」

「忍耐力の達人ってなに!?」

 

 暑い日、中庭の東屋にある円卓に座りながらの癒しの氣の勉強は続く。

 隣のお母さんは……自分の胸を枕にするように寝ています。

 自分も将来あんなおっぱいお化けになるのではと考えると、かなり怖いです。

 ……何事も適度、ですよねぇ。

 

「それにしても、よくお母さんは眠れますねぇ……延は暑いのは苦手です……」

「身体がだるくなるほどの暑さが得意な人は、そうそう居ないだろうなぁ。はい、竹筒」

「これはこれはご丁寧に~」

 

 お父さんがくれた竹筒の栓を抜いて、中の水を飲む。

 相変わらず飲みやすい温度ですねぇ。……ですけど身体はわがままさんで、まるで冷たいのを飲みたいと叫んでいるようです。

 しかしわがままは言いません。

 私は全てに一定でありたいと思っています。

 お父さんはどうなってもお父さんですし、お母さんももちろんそうです。

 わがままを言えばお父さんはそれを叶えるでしょうが、それは私の願う親子とは違います。

 何事も一定。何事も適度です。

 それこそが干渉しすぎず干渉されすぎない付き合いというものだと思うのです。

 そうして出来た時間に、延はのんびりと夢の世界へえへへへへへぇ……!!

 

「本一冊で在り方捻じ曲げてる時点で、なんかもういろいろと一定じゃないだろ」

「口に出てましたかぁ!?」

「……ああ、もう……俺の子だなぁ」

 

 お父さんが照れくさそうに笑っています。

 普段から努めて冷静に、乱れない自分でと心に決めている私ですが、眠気の所為で意識が緩んでしまっているようです。

 お父さんが伸ばした手の意味を理解できず、気づけば頭を撫でられていました。

 驚いてその手から逃げた頃には、もうたっぷりと頭を撫でられていたのです。

 うぅん、やりますねぇお父さん。この手でいったい何人の女性をとろけさせてきたのでしょうねぇ。

 

「んんー……それにしても、お母さんは暑くないのでしょうか……自分の胸を枕になんて」

「よく泡立てた石鹸で肌を撫でるように洗って、冷水で流すと、少しだけひんやりとした感覚を味わえるぞ。……穏がそれをやったかは別として」

「……見るからに暑苦しそうですねぇ」

 

 暑くないんでしょうかと言ってはみたが、ちらりと見たお母さんは暑さにうんうんと魘されていた。そんなお母さんの額に張り付いた髪を指ですくうようにどかしてあげるお父さんは、なんだかとっても優しい顔をしています。

 それから氣を操って風みたいなのを作って、お母さんの顔に吹きかけている。

 ……次第にとろけてゆくお母さんの顔。

 けど、少ししたら氣が枯渇したのか「ぐはっ」と言ってお父さんが昏倒。

 …………えぇっとー……これ、延にどうしろというんでしょう。

 眠っちゃっていいですかー……? いいですよねー……? 見張りであるお父さんも突っ伏しちゃってますしー……。

 

「それではおやす───」

「早くも脱落か。北郷には報告させてもらうが、いいな?」

「おきてますはいーっ!!」

 

 びっくりしました! 突然声が聞こえたと思って振り返ってみれば、思春さまが!!

 え? えぅう!? さっきまで居ませんでしたよねぇ!?

 なんで! いつの間にぃい!?

 

「都の主の護衛だ」

「え、えぇえええ~……!?」

 

 お父さんが近くに居る限り、お昼寝が出来ないことが確定した瞬間でした。

 

……。

 

 夕方。

 

「ああ……陽が落ちていきますよぅ延……。まだ眠っていないのに、夕陽のやつが落ちていきますよぅ延……」

「お前はどっかの全身黒タイツのサンタか」

 

 落ちてゆく陽を見送ったのなどいつ以来でしょう。

 懐かしいというよりは新鮮に感じてしまうあたり、延はもういろいろとあれなのかもしれません。

 

「なんですかぁ……? ぜんしんくろたいつ、ってぇ……」

「語尾がもうとろけてるな……ああ、うん。ようするに夜中にあのー……ソリに乗って、子度たちに何かするオッサンだ」

「変人ですか」

「いや、夢を与えてるんだよ。片足どころか全身泥まみれっぽいけど与えるほうなんだよ。誰かに見つかったら即通報されそうだけど、剣玉かついで子供たちに夢与えてるんだよ」

「けんだま?」

「……サンタはスルーで剣玉に食いつくのな……」

 

 お父さんが“めも”を取り出して、そこに絵を描いてくれます。

 ………………蝶の頭が鋭く突き出して、足が一本しかない化物がそこに描かれました。

 

「お父さぁん……けんだまって化物の一種だったんですねー……」

「え? ………………はっ!? い、いや違うぞ!? これが剣玉だ! ばけっ……化物!? え!? 化物に見えるか!?」

 

 お父さんは絵が下手です。いったい何を描きたかったのでしょうと思うほど下手です。

 けんだまというのを描きたかったのでしょうけど、私の中では既に“けんだま”は化物の一種でしかありませんでした。

 

「……鍛錬ばっかじゃなくて、絵心も磨かなきゃだな……はぁあ」

 

 言いながら、さらさらと何かを描き始めます。

 卓の上に置いて描いているから私からも見えますが…………えと。なんでしょうね、あれ。

 待ってください。今私の頭の中から、お父さんの絵の下手さを考慮した答えを導き出します。こう見えても私、武も中々で頭も中々という自負が───

 

「………」

 

 自負が…………

 

「……、……」

 

 …………。

 

「……お父さん、それ、何を描いているんですかぁ?」

「ん? 猫」

「ふぇええっ!? 新しい、棘のついた拳用武器じゃなかったんですかぁ!?」

「棘!? 耳だぞこれ!!」

 

 本気で驚いているお父さんと私。

 どう見ても猫には見えません。

 やがて私と“猫?”とを見比べて、頭を抱えて落ち込み出すお父さん。

 ……やっぱりお父さんは不思議な方です。

 偉い筈なのに苦手なものが多くて、出来ることも多い筈なのに簡単だと思うことで失敗する。不思議です。

 

 

 

=_=/その後

 

 その後も……

 

「父道大原則ひとーつ! 父たる者、家庭でも役立つ者でなくてはならない! おお、見よ……この華麗なる針のワザマエ……ギャアーッ!!」

 

 服の(つくろ)いをすると言い出して、盛大に指を針で刺したり。

 

「父道大原則ひとーつ! 父たる者、家庭を、家族を守れる者でなくてはならない! いくぞ華雄! うおぉおおおおおギャアーッ!!」

 

 華雄さんに挑んではみたものの、一瞬の隙を突かれて空を飛んだり。

 

「父道大原則ひとーつ! 父たる者、料理だろうと常に全力で───あ。指ィイイーッ!?」

 

 叫びながら包丁を下ろした先で指を切ったり。

 

「父道大原則ひとーつ! 父っ……カハッ」

「隊長ーっ!」

 

 挙句、張り切り過ぎて倒れました。

 過労だそうです。

 命に別状はなかったものの、皆々様からこれでもかというくらいに怒られたそうで。

 “何故こんなになるまで”という、お医者様からのありがたいお言葉に、お父さんは正直に答えました。

 

「みんながっ……! ~……みんがっ! 寝かせてくれなかったんじゃないかぁあーっ!!」

 

 ……あの時ほどの息の詰まる静かな瞬間を、延は知りません。

 父道大原則とやらを叫び出した時には、既に相当頭の中が大変なことになっていたらしく……寝不足と疲れで暴走を起こしてああなったんだろうというのが華佗さんの言葉。

 身体にいいものをゆっくり食べさせて、ゆっくり休ませてやってほしいという言葉に反応した皆々様方が一挙に行動を開始、あくまで全員が“少しずつ”の言葉を守ったものの、全員が作れば異常な量になるわけで。

 皆様当然立入禁止。

 当たり前のように抗議の言葉があがったものの、華佗さんに“子供が欲しいのはわからないでもないが、休ませてやれ”と正論でぴしゃりと返されて……現在。

 

「……それでも全部、食べるんですねぇ」

「うっぷ……っ……みんな良かれって作ってくれたんだから……うぶっ……」

 

 寝台の上、皆様が作った“少しずつ”を休みながら食べるお父さんの姿。

 他の方はいらっしゃいません。私だけがぽつんと残されました。

 何故かといえば、私だけが公平な判断が出来そうだからだそうで。女性として狙うわけでも、娘として甘えるわけでも、迷惑をかけるわけでもないからと、看病を任されました。五斗米道の修練の意味も兼ねているのでしょうねぇ。

 女性として狙わないという意味で筍彧さまの名前も出ましたが、出た途端に華佗さんが“医者としてそれは認めるわけにはっ”と、はっきりと言ってくれました。

 なるほど、華佗さんも認めるほどに、やはり筍彧さまはお父さんが嫌いですか。

 まあ、ともかくです。

 食べ続けるお父さんの横で、こうして医者としての経験を積んでいるわけです。

 五斗米道継承者として望まれているという意味でも、病人と一緒に居る時間は経験しておいたほうがいいですし、血相を変えてあれをするこれをすると口にしては、明らかな暴走をする皆様にこれ以上をお任せするのは、少しどころかかなりの抵抗がありました。はい、正直な気持ちです。

 

「今は食べるよりも眠ることを優先したいのですが~……」

「はっ……はぁーっ! はぁーっ! はっ……ハァーッ! はぁあああ……!!」

「お父さん!? それは食べてはいけませんよぅ!」

 

 一呼吸ののち、きっぱりと今後の療養についてを説こうとしたあたりで、お父さんが小さく盛られた魚の頭が飛び出している炒飯を前に、大漁の汗を流しながら息を荒くしていた。

 作ってくれたものだからって、泣くほど怖いものを匙子(ちーず)で掬い、口の前に構えて震える父の姿はとてもではありませんが見れたものではありません。

 

「───」

「お、お父さん?」

「いや」

「いや……?」

「みんなには黙ってたけど、俺……」

「俺……?」

「強いんだ」

「!?」

 

 突如、何故かこちらを見てにこり。

 慌てて止めるも、

 

「ホービバム・ビ・バァーッ!!」

 

 と訳のわからないことを叫んだかと思うとおもむろに炒飯を口に。

 その際、鼻呼吸を止めて、舌を出来るだけ奥まで引っ込めて、素早く咀嚼したようですけど……耐え切れず呼吸をした時点で“ぼぶしゅうっ!”と咳き込んで……少しするとぼてりと後方に倒れ、寝台に気絶しました。

 

「…………」

 

 黙しながらも匙子と炒飯が乗った皿を取り、匂いを嗅いでみる。

 ……匂いはしなかった。その事実が逆に怖いです。炒飯ですよ? 香ばしい香りはしようとも、香りがしないなんて……いったいどのような危険物なのか。

 もしかしたら鼻が香りを受け入れることを拒絶しているのではとか思ってしまう。

 失礼な行動だろうとはわかっていたものの、目の前で口にした父が気絶する威力。……ごくりと喉を鳴らして、一粒だけを取って口にしてみた。

 

  ───頭の奥で、“どごぉおーん!”って物凄い音が鳴った。

 

 途端に世界が滲み出して、歪んで、ぼやけて、立っていられなくなって座る。

 偏りの無い普通を好む私にとって、この味は衝撃でした。

 あまりに未知のものすぎて、頭が知識を望むよりも先に“知らないほうが幸せなものもあるのだ”と心が理解した。

 たった一粒でこれだ。

 ひと掬い(匙子山盛り)を一気に食べたお父さんは、さぞかし辛かったろう。

 父という存在の普段の弱さと、無駄に強くあろうとする姿に、妙に感心した日でした。

 

「……はっ! 延は閃いてしまいました……! この料理の効果を大義名分に、気絶するように眠ってしまえば───!」

「眠るのか。構わんが、北郷が起きた時には報告させてもらうぞ」

「起きてますごめんなさいぃっ!!」

 

 ……そして。

 人の小さな閃きの行く末など、こんなものですよねと、妙に悟った日でもありました。

 うう……気配を殺して傍に居るなんて、卑怯ですよぅ。

 ……むしろやっぱり居たと納得するべきなのでしょうか。

 いっそ興覇お母さんに看病を任せたほうがよかったんじゃないですかねぇ……。


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