真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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129:IF2/“迷わず進め”は難題か否か①

181/人それぞれの“勝手”の先

 

-_-/甘述

 

 朝である。

 

「………」

 

 本日快晴、素晴らしき朝である。

 

「きつっねっ色っに~な~る~まで~♪ お~待~ち~な~さい~♪」

 

 素晴らしき朝、という言葉については父の判断だ。

 私はどんな朝が素晴らしいのかは……判断に悩む。

 暑い日は涼しくあってほしいし、寒い日には暖かくあってほしい。

 わがままだが素直な気持ちを抱き、今日も父を観察している。

 数日前に父が倒れ、看病騒ぎで悪化し、それから復活までに数日必要となり……とうに復活してしばらく経った現在。

 父は元気に朝食を作ってくれていて、私と母はその完成を卓で待っていた。

 いた……のだが。

 

「あ、んんっ。……北郷、それは私が───」

「いいから、今日は俺に任せてくれって」

 

 母の挙動が数日前からおかしい。

 ちらちらと父を見てはそわそわとして、ぐっとなにかしらの覚悟を決めたと思えば、震えた言葉で父に語りかける。

 その内容の多くは“なにかを手伝う”というものなのだが、父はそれをやんわりと断って作業を続行。

 しゅんとする母には驚いたが、その驚きは必死に外には出さないように努め、私は状況を見守っていた。

 

  と、いうかだ。

 

 なにがあったらあの母がこんなになってしまうのだろう。

 数日前のことを考えてみれば、いつも通り父の警護をしていたはずなのだが……ある日部屋に戻ってくるなり、私が恐れおののくほどの奇妙な顔で帰還を口にした。

 ……結果、私はなにも悪いことをしていないのに気づけば謝罪していた。

 “罪を謝ると書いて謝罪”と習ったというのに、必死になって許しを乞うていた。

 その様は、一応笑顔のつもりだったらしい形相の母が驚くほど必死だったらしい。

 

(あれが笑顔だったと聞いた時ほど、母が不器用だったと知った日はなかった……)

 

 原因は父にあるのだろうけど、母は当然なにがあったのかを話してはくれない。

 父に訊こうにもどう訊いたらいいものか。

 母のことだから気配は完全に消して警護しているのだろうし、その時のことを訊くのも……見えない誰かのことを当然のことのように訊くとなると、嫌な気分になるかもしれない。

 ……なんというか、誇っていい仕事な筈なのに、母も大変な仕事をしているものだ。

 

「ところで、その。父よ……ではなくて、父上。今日はなにか良いことでもあったのか? 急に料理を振舞いたいなどと」

 

 落ち着きが無い母に代わり、語りかけてみる。口調はちょっとおかしなまま。それでいいとは父の談。

 父が相当な存在だと知って、拳骨を貰ってからというもの、どうにも自分の心に落ち着きがない。それは驚きと感激を混ぜ合わせたような感情で、当然それを感じるまで抱いていた“軽蔑にも似た感情”への後悔も混ざっていて、どうにもはっきりとしない。

 ただ、別に話しかけづらいなどといったこともなく、むしろ以前よりは話せているくらいだ。

 

「別になにがどうなったとか、記念だとかそういうことでもないぞ? ただ今日はみんなに料理を! ……って思ったら、他のみんなは予定が入ってたんだとさ」

「ああ……なるほど」

 

 だからか。

 曹丕姉様が「また……? またなの……? “朝から仕事を頑張る娘”って褒めてもらいたくて、仕事を入れたのに……」と頭を抱えていたのは。

 仕事といってもそうそう目立つものがあるわけではないものの、探してみれば細かいものは結構ある。それは手が空いている者が率先して行ない、報告と結果を以って給金と成る。天でいうところの“あるばいと”とかいうものらしい。働いたその日に給金が貰える“しすてむ”らしく、すぐにお金が欲しい将の間では結構人気がある。

 ただし、受けたからには途中で止めるなんてことは許されず、もしどうしても都合が悪いのであれば、代わりの誰かを紹介しなくてはいけない。……もちろん誰でもいいわけではなくて、力仕事だけなら力がある人だけが居ればいいというわけでもなく……効率を考えるなら、力もあって知識もある人が一番だ。

 その点では関羽将軍はとても優れている。母も中々で、父の護衛が無い日、時間が空けば仕事を探したりしている。大体が街の中のことで、なにも将でなくてはいけないということもないから、力に自信のある兵なども小銭稼ぎに駆け回ったりしている。一人で不安な場合は二人で受けて、給金を山分け、などという方法を取っている人が大体だ。

 ……って、今はそんな話はよくて。

 曹丕姉様にしてみればよくはないだろうけれど、いいってことにしよう。うん。

 

「まあ記念とは違うけど、真桜に頼んであった手甲がようやく完成したんだ」

「手甲? ……あの父上がつけていた?」

「そう。呉で鍛冶職人の親父たちに作ってもらったやつなんだけど、あのままじゃまだ氣の通し具合が完璧じゃなかったから。その道を極めんとする真桜に頼んでたってわけだ。で、それがとうとう完成した。……完成するまでに随分無茶させただろって、怒られたけどな」

 

 たはは、なんて苦笑しながら、父は頬を掻いた。

 見せてもらおうと思ったけれど、さすがに厨房に手甲は持ち込んだりは───

 

「で、これがその手甲だー!」

 

 ……父は偉大だが馬鹿だ。間違い無い。そう思った、とてもさわやかな朝だった。

 ほら、母も呆然としている。

 

「……父よ。厨房に手甲を持ってくるのはどうかと……」

「あれ? 呼び方が父上からランクダウンした? ああまあいいや、話しかけられなかった頃から比べれば、痛くも痒くもない。ああっと、話を戻して。けどなぁ述。お前もきっといつかわかるぞ? 待ち望んでいたものが完成した時は、しばらくは肌身離さず持っていたいもんだって」

「そうだろうか。私にはわからない」

「いや絶対わかる。それが国の金じゃなくて、ちゃんと自分の金から出して作ってもらったものなら絶対。……速く走るためとか空を飛ぶためとか、いろいろなものに金を使ってる俺だけどな、これはもう喜ぶなってほうが無理だぞ」

 

 父の話を聞くに、父の木刀は父の祖父から渡されたものらしい。

 それ以外を武器に使うつもりはないと、ずっとそれで鍛錬を続けている。

 ではその手甲は? と訊ねてみれば、これは相手の武器を逸らすこと前提のものだ、らしい。

 武器は木刀だけでいい。だから剣を作らずに手甲に金を注いだと。

 ……お陰で金欠なのは、まあいつものことだと微妙な顔で胸を張っていた。

 やっぱり馬鹿だ。でも、なんだか可笑しくて笑いそうになってしまう。

 

「真桜にいろいろ調整してもらったから、氣が通りやすくなってるんだ。お陰で氣をクッションにすることで、相手から受ける衝撃を緩和しつつ逸らすことも可能に! なんだろうなぁ、ファンタジーもので戦士が武具に金をかける時の気持ちって、きっとこんな感じなんだろうなぁ」

「ふぁんた?」

「? 父さんはグレープ派だ」

「ぐれ……?」

 

 時々本当に、言葉の意味がわからない父である。

 ただ、“ふぁんた”というものには派閥が存在するらしいということはわかった。

 

「まあま、ともかく食べてごろうじろ。今日は気合を込めて作ったから、普通の味だぞ~」

「……父上。それではいつもと変わらないのでは」

「普通の中でも最上級の味わい。超一流のB級の味……ごらん、あれ」

 

 おどけた調子の言い回しをする父は、どこかやけくそ気味だった。

 

「もうな、父さんいろいろと悟った。普通の最高を目指して、その上にはなかなかいけないなら、きっと俺には何かが足りない。じゃあそのなにかってなんだろう」

「時間では?」

「………」

 

 言おうと思っていたことを言われて、寂しい顔をする子供のような目で見られてしまった。

 

「いや……いやっ、時間を言い訳にするには、我らが覇王さまが規格外すぎてさ……」

「父上は孟徳母さまよりも時間が無いだろう。娘が鍛錬といえば付き合い、呼ばれれば喜んでと走り、警邏も手伝い、夜には自分の仕事もして、朝も早い。……どこに料理の腕を上げる時間があると?」

「……あれ?」

 

 ……え? いや待て。まさか自分で気づいていなかったのか?

 誰がどう考えたって異常だろう。

 父の在り方を理解してから、その生活を母から聞いて驚いたものだが……なるほど、“国に返す”という行為は楽ではないのだ。

 というか、母よ。なにか喋ってほしい。そしてその顔面の痙攣は笑おうとしているのか。怖いから勘弁してくださいお願いします。

 

「や、華琳だって相当仕事してるだろ。俺以下ってのはないと思うぞ? 俺から見ても、“うへぇ……”って思うくらいだし」

「孟徳母さまの仕事に、娘“達”とのなにかは含まれているか?」

「あるだろ。丕に勉強教えたり、丕に王としてのあれこれを教えたり、丕に……あ」

「……いや、むう……そういうことだ。私たちの父は父上だけだが、母は別だ。加えて、父上は他の将の皆様との時間もあり、街を歩けば民に、城を歩けば兵にと、時間などいくらあっても足りない状況だ」

「ウーワー、改まって言われると、笑いながらそれだけのことをこなしてきた自分が実に化物みたいだ。そうだなぁ、そりゃ倒れるよなぁ」

 

 まるで他人事のように苦笑いをこぼしながら、頬ではなく後ろ頭を掻く。

 よくもまあこれだけ振り回されて、怒りのひとつも落とさないものだ。

 

「父上、質問をひとつ。その、天では人は怒らないのか?」

「いや、0,1秒のうち100人以上は怒ってると思うぞ」

「そんなに!?」

「怒らない人なんて居ない居ない。心の中で平和を願う存在でも、誰かに苛立ってるもんだって。で、いい加減怒り方も忘れた人だけがついには心を病ませて、真っ白な世界に……」

「それはよくわからないのだが……つまり天でも怒る人は怒ると」

「うん……ていうか、なんでそんなことを? 天のことと怒ることと、なにか関係あったか?」

「ああその……。父上は怒らないから」

「?」

 

 言ってみれば、首を傾げられた。

 そして言う。「怒ったじゃないか」と。

 いつだろう。

 

「娘に拳骨なんて、って随分と怖かったもんだなぁ……痛くなかったか?」

「あれで怒っていたと!?」

 

 いつのことかと考えてみれば、和解をした日の拳骨の瞬間だったらしい。

 あれは……怒るではなく叱るではないだろうか。

 

「父上……あれは叱るというだけで、怒るのとは違うと思う……」

「え? そうなの?」

 

 きょとんとした顔で言われた。

 ……この人が本気で怒ったら、いったいどうなるのか。

 子供の相手をしている時でさえ、こんな威厳もないような返事をする父だ。

 きっと怒る時も“こらこらぁ~”とか、“だめだぞ~”とか、気の抜けた感じなのだろう。

 

「……? あ、こら述。食べ物を弄びながら考え事をしない。摘んだら食べる」

「え? あ、ああ……ごめんなさい」

 

 ……謝りつつも、やっぱりこんなものなんだろうなぁ、なんて思った。

 思いながらも、やっぱり考え事をしていた私は、父からの言葉もつい適当に聞き流してしまい───

 

「っと、その串、ちょっと尖ってるから気をつけるんだぞ。って、まあふざけてない限りは刺さることなんか───」

「っ、いたっ……!?」

「ハ───」

 

 ───その日。

 私は父の大激怒という姿を、初めて見た。


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