真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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129:IF2/“迷わず進め”は難題か否か②

-_-/一刀くん

 

 こ~ん……。

 

「で……何故あなたは人の部屋に来てまで、部屋の隅で蹲っているのかしら?」

「フフフ……ワイは男やない……鬼や……馬鹿鬼や……っ……!」

 

 華琳の部屋の隅にて、T-SUWARIで涙する男がおる。

 誰かもなにも確認する必要もなく、この北郷めにございます。

 どうぞ気軽に“泣いた馬鹿鬼”とでも呼んでくださいますよう……。

 

「その様子からするに、なに? また誰かに向けて怒りでもしたの? 美羽以来かしら」

「や……述がさ、食事中にふざけて、串で指切ってさ……。注意もしたのに右から左へだったみたいで……その……」

「……はぁ。どこまで予想通りなのあなたは……。相手のこと以外で怒れないの?」

「? や、自分自身のことで怒ることなんて、今さらあるか? みんなには迷惑ばっかりかけるし、もっと頑張らないといけないんだから、怒る前にやることがあるだろ」

「……言い方が悪かったわ。怒る理由はないの? 何かに対しての怒りは感じないの?」

「って、言われてもなぁ。べつに怒らなきゃいけないこともないし、仕事も楽しんでやれてるし、みんなとの時間も楽しいし、目指す場所に向けての鍛錬も出来てるし、娘たちとの時間も取れてるし……」

「睡眠時間は?」

「ほぼ無いほべぇあ!」

 

 顔面を前蹴りされた。そして黒でした。

 

「いがががが……! ひ、人が体育座りしてるからって、普通前蹴りするか……!?」

「黙りなさい。つい最近過労で倒れたくせに、睡眠時間を削ってまで何をしているのよ」

「青春謳歌! ───痛い!」

 

 言った瞬間に顔面を伝説のピーカブーブロック! しかし頭頂を叩かれた。

 ふ、ふふふ……さすがの強さよ、覇王孟徳……! 見事にこの北郷の一手先を歩みおったわ……!

 

「つくづく奇妙なところで人の希望の裏を歩くわね……。たまには予想通りに歩みなさい」

「そうしたらそうしたで、“それだと面白くない”とかはっきり言いそうな気がするんだけど」

「ええ言うわね」

「どうしろと!?」

 

 鼻と頭を同時に撫でるという奇妙なポーズをしつつ、見上げた孟徳さんは片手を腰に当てて溜め息。

 あー……これはまた無茶が走るパターンですか?

 なんだか華琳が溜め息を吐くと、なにかしらを強制的に決定される前兆だって思ってしまっているのは……もう長年の付き合いから得ている直感的な……何か?

 

「で……今回は何を仰るのでしょう」

(そんなところばかり察しを良くしていないで、女心を察しなさいよ、まったく……)

「華琳、聞こえなかったから聞こえるまで何度も」

「なっ……普通、そういうのは“もう一度”と言うでしょう!? なによ“何度も”って!」

「むしろそれだけ大きくはっきりとものが言えるのに、どうして毎度毎度小声でぼそりと言うんだよ! それで聞こえなかったら男の所為になる不条理こそをなんとかしてほしいんだけど!? で、なに?」

「……普通に話を戻すのね」

「人間ってね、順応出来る生き物なんだ……」

(かげ)りいっぱいの、“人生に疲れた顔”で言われても対応に困るのだけれど?」

 

 そうは言うけど覇王様。

 僕もうなんかいろいろ振り回されすぎて、人に向けて怒るとかそういうことをする自分を忘れていたのです。

 ほら、こう、学生していた頃より、怒ってしまう最低ラインが遥か高みにいってしまったというか。そのくせ力は思うようについてくれません。

 や、でもさ、考えてもみてくれ。周囲には自分より優れたお方しか居なくて、力でも知識でも勝てなくて、なのにやたらと振り回されて、愚痴をこぼせる相手はオヤジの店の人々だけで、でもここ数年は子供のこともあって滅多にいけなくなって…………ほら。こうなったらもう、自分の中のいろいろなラインを高めたり下げたりするしかないじゃないですか。

 このまま自分を殺していけば、なんだか座禅組みながら空だって飛べる気がするよ。

 ……そんな北郷が本日、娘に向けて雷を落としてしまいました。

 

(人って……誰かの危機に、あれだけ怒れるんだなぁ……)

 

 華琳の時には……手は出たけど撤退を優先させる意識のほうが強かった。熱くなった頭を冷やすって名目だったし、仕方ないって部分が強くて。

 美羽の時にはそれこそ爆発。血が出たってだけでブチーンとなにかが切れましたよ。

 その時は落下からなんとか守れたけど、述のはアレだ。注意しておいたのにボーっとして、ブスリといった瞬間にブチーンだった。別に全ての話を聞けとは言いません。今まで無視とかされてたし、それはむしろ平気だ。

 けど、注意くらいはきちんと聞いていてほしかった。

 

(気づけば“なにやってんだこの馬鹿!!”……だもんなぁ……)

 

 穴があったら入りたい。

 痛い思いをしたのに、その上で怒鳴りつけられる心細さ、知っている筈だったのになぁ。

 

「はぁ……」

 

 子供ってのはやんちゃだ。当然俺もそうだったし、剣道を始める前でもあとでも、そんなことは何度もあった。

 格好のいい剣士になったつもりで、家の中で竹刀を振り回していたことがある。

 当時、漫画やアニメなどで出ていたキャラの真似をして振ったそれは、戸棚のガラスを破壊した。割れたのは下方の隅の部分。当然めちゃくちゃ怒られて、じいちゃんからは拳骨までもらった。

 業者を呼んで直してもらうことになったけど、それまではセロテープで止めていたっけ。

 丁度人手がなかった業者はその日には来なくて、で、俺はいつもの調子で水を飲むコップを取るために戸棚を空けた。

 セロテープは頑張ってくれたんだろうが、乱暴に開けられたソレからはガラスは簡単に落ちて……俺の足の甲に縦にぐっさりと刺さった。

 

(あれは痛かったな……)

 

 叫ぶなんて選択肢も出ないくらい、ただただ驚いて固まった。

 そんな俺に気づいた母さんに“なにやってるの!”と怒鳴られて、泣きながら大きな破片を引き抜かれた。

 父さんには拳骨をもらい、じいちゃんにも拳骨。そののちに日を跨ぐほどの説教。

 仕事が速く終わったらしくて駆けつけてくれた業者さんの横で、がみがみと怒られた。

 あの心細さは異常だった。

 悪いことをしたのは確かに自分だったけど、硝子が降ってくるなんて思わなかったし、驚いたのも痛かったのも自分だった筈なのだ。

 なのに母を泣かせてしまい、拳骨をくらい、さらに拳骨をくらって、説教までされた。

 今ならただただ心配してくれたんだというのもわかる。

 わかるけど、わかるまであの心細さだけを教訓にするのは辛いと思う。

 

「そんなわけで華琳。俺、述を慰めてくるよ」

「怒鳴ったというのに? せっかく反省に向かっていた心が、甘やかされるわよ?」

「鞭は拳骨の痛みだけで十分だよ。俺は、誰かが辛い思いをしてるなら、飴をあげられる人になりたい。……俺も、随分と殴られて育ったからさ」

「それが今のあなたを作っているのなら、益々ほうっておくべきだと私は思うのだけれど」

「俺から言わせてもらえば、俺のようになっちゃだめだよ。なんでもかんでも中途半端で、自分が持ってた夢まで腐らせるようなヤツにはなっちゃいけない。だから鞭は他のみんなに任せて、俺は飴をあげたいんだよ」

 

 自分の気持ちを真っ直ぐに言ってみれば、華琳は……やっぱり少し呆れたような顔で目を伏せての溜め息。

 けれど少ししてふっと笑った。

 

「まあ、そういうところがあなたらしいとは思うけれど。あなたの場合、あげる飴を間違えて怒られそうね」

 

 そんな、とても胸に突き刺さって否定し辛いことを仰った。

 むしろ“やべぇ……やりそうだ……”と素で思ってしまった。

 こう、無意識に“開いた口の傍の虚空に手を持ってくるあの姿勢”を知らずに取っていたほど。一度こんなポーズを自然にしてみたいと思ったことはあったが、まさかこんな場面でやることになろうとは。

 

「なによ。自信がないの?」

「いや、あるよ───ってどっちの自信? 飴を間違えるほう? それとも───」

「あら。間違えるほうに決まっているじゃない」

「ないよそんな自信!! まっ……、……ままま間違えるもんか! 俺はいつでも娘に対しては正解の道を! 正解のっ……せ………………はうっ!?」

「ふうん? “正解”ね。……なら一刀。あなたがここで落ち込んでいる理由はなんだったかしら」

「…………」

 

 思いっきり間違えてました。

 自信もへったくれもございません。

 むしろ間違えていなかったら、そもそもの問題として嫌われたり“ぐうたらだ”とか思われたりもしなかったのだ。

 アー、ナンダー、最初から間違えまくりじゃないかー。

 

「い、いや。悩むことはたっぷりしたんだし、今は落ち込むよりも行動! ってわけで行ってくる!」

「あ、ちょ、ちょっと待ちなさいっ」

「んがぁっご!?」

 

 立ち上がると同時に、その勢いを疾駆に転じた瞬間、襟を掴まれて喉を詰まらせた。

 く、首から妙な音が鳴ったけど、大丈夫? 大丈夫だよね?

 

「げぇっほごほっ! あ、あの……華琳? 段々俺の扱い、雑になってきてない……?」

 

 自分の心配もほどほどに振り向いてみれば、なんだかしゅんとしている華琳さん。

 …………エ? 華琳が、あの華琳さんが、しゅんと……!?

 

「え、ちがっ……こほんっ。……ざ、雑にしているつもりはないわよ」

 

 と思ったらハッとして、雑ではないと申してくれました。

 …………なにが起きた。え? このおろおろしている可愛い物体、華琳さん?

 

「……その。大体? 人の部屋に無断で入って、することが隅で落ち込むだけなの? 仮にもどころか、正真正銘の覇王の部屋まで来て、することが落ち込む? 良い度胸ね」

 

 ……ちらちらこちらを見ながらも、言葉を選んで仰っているようで……あ、あれー? 華琳ってもっと、考えが纏まってからズバズバ来る人じゃ……いや本当になにが起きた? ───もしや影武者!?

 いやいやいやいや落ち着け! 前にもこんな考え方で思春に怒られたじゃないか!

 ここはっ……えと、ここはっ、そうっ、まずはそのー……状況を纏めるべきだ……よな?

 

(俺、落ち込む。華琳の部屋で。……待て、なんで俺は華琳の部屋で落ち込んだ)

 

 二歩目から早速躓いていた。

 そりゃあ華琳に相談すれば解決するんじゃないかとは思いはした。

 だからって無断で入って隅でメソメソって、もはや怪奇のレベルでは?

 ……ああ、なんだか物凄く“なるほど”がやってきた。納得出来なきゃ嘘だよこれ。

 することが隅で落ち込むだけで、勝手にやってきて勝手に走り去るんじゃそりゃあ怖い。

 つまり俺が取るべき行動は───!

 

「仕事、なにか手伝おう! うごっ!」

 

 前蹴りが腰に決まった。

 

「手伝ってもらうほど困っていないから結構。……はぁ。一刀……あなた、少しは良くなったと思っても、結局は一刀なのね……」

「俺が俺じゃなかったら、なんだと……」

「人の話に踏み込んでくるようになったし、知ろうとする覚悟もあるのに、どうして肝心なところは一刀のままなのよ……」

「やっ! だから俺が俺じゃなかったら何になるんだ!?」

 

 まさか本当にメタモルフォーゼ!?

 たまになんでもありなのがこの世界だから逆に怖いよ!?

 

「え、や、ええとそのぅ、俺今の自分嫌いじゃないし、得体の知れないなにかになるのだけは勘弁というか……その、本当に俺、どうしたら……?」

「いいから少しゆっくりしていきなさいっ!」

「ぎょ、御意」

 

 結局言われるままに腰を落ち着けることに。

 そう。仕事をする大きな机の横の円卓の椅子に、文字通り腰を落ち着けた。

 そこで少々真面目に深く考えてみる。

 

(ぬう。こんなふうに華琳が俺を呼び止めるなんて、もしかしてなにか異常事態が……?)

 

 いつもだったらなんでもないふうに的確なアドバイスをくれたりして、出て行く時にも軽口で送り出してくれるのに……今日ってなにかあったっけ?

 もしかして何かの記念日を俺が忘れているとか………………思い当たらない。

 ええっと、一年前とかになにかした? ケータイは……なんかもうそろそろ危険な感じがしてならない。電波を拾おうといつでも頑張りすぎてるから、そろそろ天に召されるかもしれない。

 これとももう長い付き合いだな……よくぞこの世界で壊れず、今までを供に在ってくれました。

 ……言った途端に破壊フラグでも立ったんじゃないかと不安に思うも、まあ……多分大丈夫、と思いたい。

 そしてケータイのカレンダーにはこれといったことは書かれていなかった。

 

(……普通に考えてみよう)

 

 いつもこういう時に大げさに取ってしまうのは俺の悪い癖だ。

 なので普通に。

 ………………? えと、俺と普通に話がしたかった……とか?

 いやむしろ、まずそっちを考えるべきだろ俺。

 どこまで非日常的なものに慣れれば、一番最初にそっちの考え方を放棄できるんだよ。

 

  結論。話をしよう。

 

「あれは今から36万───いや、数十分前の出来事だ」

「桁がおかしいわよ」

 

 まったくです。

 そんなわけで、先ほど起きた出来事を事細かに、時に雑談を混ぜつつ話すのでした。

 どっしりと腰を落ち着かせた途端、華琳から放たれる覇気ともとれる威圧感が無くなったことに関して、この北郷……決して突っ込みませぬ。経験が叫んでおるのよ、それは地雷だと。

 ……もっと常日頃から寄りかかってほしいなぁ。そうであったなら、そもそも首が絞まることもなかっただろうに。


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