真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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129:IF2/“迷わず進め”は難題か否か③

 さて。

 華琳にいろいろと話を聞いてもらい、例の如く盛大に溜め息を吐かれ、助言を頂いた現在。

 中庭の、その城壁の上にて。

 

「………」

「いや……あのなぁ」

 

 思えば本気の本気で怒鳴ったことなど随分と久しぶり。

 そもそも子供に向けてはやったことなどなかった筈である“それ”をまともに受けた述さんは、城壁の上の隅で泣いてらっしゃった。

 探しているところを兵の一人が教えてくれて、辿り着いてみれば震える娘。

 精神的に打たれ弱いんじゃ……とは予想したものの、ここまで弱いとは思わなかった。

 ……いや、そりゃ弱いか。いくら天の子供よりも大人びていると感じても、まだまだ子供なんだ。

 子供───……子供なのになぁ。

 大体にして英才教育が行き過ぎてるんだよな。武も知も“やりすぎじゃないか”と思うくらいにやってるし、それだって俺がこの時代に慣れているにも関わらず、そう感じるほどの量だ。

 学ぶことの“種類”への文句は述べど、学ぶことに文句はないっていう、天の子供が見たら“ガリ勉”とかあだ名がつけられそうなレベル。

 で、注意されることはあっても怒鳴られることなどなかったに違いありませぬ。

 

(───)

 

 思考の回転を試みる。

 こんな時、どんな言葉をかけるべきでしょう。

 美羽の時と似たようなこと? でもあれって俺が積極的に動いたわけじゃないし。

 え? じゃあまた時間で解決? ───いやっ、あの時は相手は美羽で、今回は娘だぞ!? 時間時間で先延ばしにしていいわけがないっ!

 

「述」

「ひうっ」

 

 声をかけたら返事が“ひう”だった!

 ……ひうってなに!? 恐怖の表れ!? 恐怖言語!?

 

「あのな、」

「ご、ごめんなさいすいませんお父様! 私が悪かったのですごめんなさい!」

「へぁあっ!?」

 

 まずはきちんと話し合いの姿勢をと思ったら、物凄い速度で謝られた。

 などと考えている間も謝られている。

 まずい、これってアレだ、自分で考えすぎて自分を追い込んで自分で立ち直れないタイプの謝り方だ。

 思わず伝説の超野菜人的な悲鳴が口から漏れたが、俺はもはや子供から退くことを良しとは取れなくなっていた。退いた先でぐうたらだなんて誤解をされたんだ、今さら退くことなど出来ぬゥウウウ!!

 

「待て待て待てっ! 急に謝るな! 自分が悪いと決め付けるなっ! まずは話を───」

「私なぞが偉そうに母の真似をしてお父様に気安い言葉を投げることも! せっかくのありがたいご忠告を受け取ったにも関わらずモノにも出来ずに怪我をしたことも───!」

「いや、だから───」

「そもそも私のような出来そこないの未熟者がっ! 素晴らしき両親から産まれてきたこと自体が間違い───」

「待てコラ」

「だっぱぼ!?」

 

 たわけたことを言い始めた述の両の頬にソッと手を添え、メゴキャアと捻った。

 ある意味で合掌捻り。合掌して捻りました。

 そして……“だったのです”とでも続けようとした彼女の口からは、“だっぱぼ”という謎な言葉が飛び出し……この大きく広い青の下の虚空へと……消えた。

 などと少しサワヤカに纏めてないで。

 うん……こりゃあれだ。多少乱暴だろうときっちり言ってやらんと駄目だ。

 俺の精神テンションは今! 学生時代に戻っているッ! 竹刀を手に、剣道で挫折を味わったあの時にだッ! 未熟! 脆弱! あの俺がお前を叱るぜ!

 ……はっきり言って、そのくらいの自分のほうが察してやれる気がしたから。

 

「は、はだだだだ……!?」

「述。正座」

「は……?」

「せ・い・ざ」

「え、あ、は、はい……!」

 

 首を押さえつつ涙目で俺を見つめる娘に、城壁の硬い石畳をちょいちょいと指差して座らせる。

 え? 座布団的ななにかを? はっはっは、なにを仰る! ……たとえそこが何処であろうが、説教が始まるのがこの世界でございますよ? 説教ときたら正座じゃないですか。大丈夫、石畳の上など俺が何年も前に通過した場所だ。

 

「そ、の……。説教……ですか?」

「ああ。説いて教える。ガミガミ言うつもりはないから、言われて納得できたら受け入れること。認められない、受け入れられないっていうならそれでいい。それでいいから、湧き出す苛立ちに任せて、言われた言葉に反発するだけの人にはなるな」

「……難しいです」

「そっかじゃあ説教始めよう」

「返事が適当すぎませんかっ!?」

 

 あんまりな反応に、涙を散らしながら言われてしまった。

 だがこの北郷、もはや間違わん。

 可愛い娘だからと遠慮はしない。むしろ隣に立つつもりで押しまくる。

 

「大事なことだからよーく聞くように。お前は産まれてこなければよかったなんて言おうとしてたけど、一度怒鳴られたくらいで生まれた意味ごと捨てるな馬鹿たれ」

「ば、ばばばばかたれっ……!?」

「お前の人生は怒声一発程度の価値しかないのか? お前がもし産まれずに流産してたら俺は泣いてたぞ」

「そんなの……お父様の勝手です」

「お前の意見も勝手だしなぁ……そか。じゃあお前も勝手に産まれたんだから、それで良し。次行こう」

「えぇえっ!?」

 

 そしてあっさりと次の説教へ。

 こういう場合、自分の意見ばかりを押し付けたって相手はなにも受け取らない。

 だから冗談や軽口でも混ぜながら、重要なことは少しでも強調して教える。

 説いて教えるのだ。怒鳴ってわからせるのとは違う。

 

「お父様! いくら私が嫌いでも、突き放すにしてもそれはあんまり───っ」

「ん? ……ああ、うん。それで良し、じゃあ届かないよなぁ。じゃあ……ん、んんっ。あー……述」

「……な、なんですか」

 

 適当な対応に怯えも多少は飛んだのか、述は少し睨むような目で俺を見る。

 そんな述の目を真っ直ぐに見ながら、心を込めて言葉を届ける。

 

「……産まれてきてくれてありがとう。俺は、お前のことをとても大切に思ってるよ」

 

 だから産まれてこなければなんて言うな。そう言って、正座している述の頭をやさしく……撫でようとしたんだが、恥ずかしくなって乱暴に撫でた。

 対する述は、完全にポカーンとした顔だった。

 ……待ちなさい述さん。あなた、一度怒鳴られただけで本気の本気で“産まれたことが間違いだった”と……? ……いや、考えるか。自分にコンプレックスを抱いている人なら、タイミングってものが重なるとどんな些細なことでも“最悪”として受け取ってしまう。

 実際俺もヘコんだもんなぁ……鼻っ柱を折られた時なんかひどいもんだった。

 

「な、述。大人からの言葉って、受け止めづらいだろ」

「え、そ、そんなことは」

「視線を泳がせながら、どもって言っても説得力がないぞー」

「うぅ……」

「で、自分なりに頑張ってみてるのに、大人は自分が教えた通りじゃないと文句を飛ばしてくる」

「っ……、それは、その」

「だから言われた通りのことを頑張ってやってみたら、大人が教えてくれたやり方自体がいつの間にか変わってて、ま~た怒られるわけだ」

「…………」

「悪いのは自分が教えたやり方を忘れた大人なのに、結局子供が怒られる。そのことを指摘してみれば、忘れたことさえ忘れてるから、その指摘すらが相手の怒るための材料になるわけだ」

「………ぅ……ん……」

「俺もな、祖父に随分と怒られたよ。母にも父にも怒られた。当時の父さんはな? 今みたいじゃなくてな……その。“受け入れるより反発できる俺、すげぇ”とか思ってたから、ろくに助言も聞かずに粋がってたんだよ。なもんだから、俺から見た親や祖父なんて、なにかといえば怒鳴って、気に入らなければ拳骨。そんな印象ばっかりで……子供の頃はそれが酷く嫌だった」

「ぁ……ぅ、うん……」

 

 小さく。

 自分が持っている弱さを吐き出してみれば、共感できるところがあったのか、述は少しずつだが聞く姿勢を固めていった。

 そう、まずは聞いてもらうことが大事。

 怒鳴るだけなら誰にでも出来る。ただ、それじゃあ説教じゃなくて、文字通り怒鳴っているだけだ。

 最初から怒鳴る気満々でぶつかれば、相手だって嫌な気しかしない。つか、そんな状態じゃあ受け取ってほしいものも受け取ってもらえない。

 怒るのと説教とは違うのだ。叱るのともやはり違う。

 “説く”とは、わかりやすく伝えること。

 怒声では成り立たないし、そればかりが続けば説教以前にその人自身を嫌いになってしまう。

 

「じゃ、俺の恥ずかしい過去を話したところで本題だ」

「! ごごごめんなさ───謝りませんごめんなさいっ!」

「や、謝ってるから」

 

 またごめんなさいを言おうとした述の両頬に、手を添えた───途端、また謝られた。

 なんというか、慌て方が実に鏡を見ているようで恥ずかしい。

 

「実はな。父さんも、自分で自分を傷つけて、母に泣きながら怒られたことがある」

「え───お父様も!?」

「ああ……ていうかそのお父様やめない? べつに“父よ”でもいいんだけど」

「嫌です」

 

 即答だった。里村さんもびっくりの速度だ。

 

「はぁ……まあ、それはまたあとで。それでな、述。本題っていうのは俺が怒ったことだけど」

「ごごごごごごごごめんなさい……! わ、わたし、私……お父様が怒鳴るほどの間違いをしてしまって……! ごめっ……ごめんなさっ……!」

「アレーッ!?」

 

 なんだか怯え方が異常でした。

 なにこれどうなってるの!? とばかりに近くに控えていた兵士さん二人に視線を送ってみれば、「あー……そうですよねぇ、そりゃそうですよねぇ」なんて頷き合っている

 み、妙ぞ。こはいかなること……!?

 などと戸惑っていたら、兵の一人がソッと近づいてきて囁いてくれた。

 

(隊長……! 隊長はもっと自分の在り方ってやつを客観的に見たほうがいいですよっ……!)

(客観的って言ったって。俺にどうしろと……?)

(ふざけたり、“つっこみ”で叫ぶことはあっても、怒る意味で怒鳴ったことなんてなかったじゃないですか……! そりゃ、子供はすごく怖く感じますよ……!)

(え? そうなの?)

 

 そうだっけ? ………………そうだった。たぶん一番最初の相手は華琳。蜀の戦いの時、撤退を受け入れない彼女を叩いた時で、次は美羽か。

 ああ……普段から周りに振り回されて泣いたり叫んだりだから、なんかもうあんまり違和感がなかった! でもそこに怒りを混ぜるだけでもう違和感スッゴーイ!

 な、なるほど! これは怯える! 俺だって急に春蘭が勉強家になってたら……! しかも知性溢れる叱られ方でもされたなら、部屋の隅で怯える自信がありすぎる!

 そうか……俺はそれと同等のことを娘にしてしまっていたのか……。

 同等…………ど、同等……!?

 

(……そこまで悪くないよね?)

(? なにがですか?)

 

 ぽそりと兵に言ってみたが、満足できる返事はなかった。そりゃそうだ。

 というわけで……春蘭が華琳を超える知性を振り翳す姿を想像してみたら、それ以上のショックなどそうそうないだろうという結論に到った。

 それを考えれば、俺が怒るなんてことくらいではとてもとても……。

 

「大変失礼しました……!」

「ひぃうっ!? どっ……どうして急にそんな低姿勢なのですか!?」

 

 なので、述の正面に座って深々と頭を下げたら、とてもとても驚かれました。

 だってさ、考えてみたらわかりそうなことだけど、述にしてみれば俺が考える春蘭との差なんてどうでもいいんだもの。彼女にとって、存在するのは“普段から怒らない俺に怒鳴られた”って事実だけ。

 そこで春蘭のことを引き合いに出したって、ただの言い訳以外のなにものでもないのだ。

 悪いことをしたならきちんと謝る。これ、大事。相手が大人だろうと子供だろうと、悪いことをしたと思ったなら謝る。たとえ奇妙な躊躇に襲われようと、タイミングを逃したと思おうと。むしろ心にひとつの芯を通そう。悪いと思って、それを謝ることに“タイミング”なんてものは存在しないのだ。

 このタイミングで言ったんじゃ許してもらえない? 違う。

 許してもらうことを前提で謝るのは、償う気が全く無いのと同じだ。

 むしろ怒られて当然って状況に飛び込もう。そして存分に怒られるのだ。

 そこから始まるのは説教か? 関係ないことに派生しやすいただの怒り任せの罵倒か?

 それら全てを受け入れる覚悟を以って聞く姿勢に立った時、少なからず知識を受け取ることは出来るだろう。

 少なくとも、多少の“もう怒らせないようにする努力”くらいは出来る筈だ。

 あくまで多少。全然怒らせないようにっていうのは、思っているよりも難しいのだ。

 ……その怒らせないようにするって雰囲気だけで怒る人、結構居るから。

 

「話し合おうか。じっくりたっぷり。今日も仕事があるけど……うん、久しぶりにサボろう」

「え……そんな、いけません! お父様はご自分がどういった立場か、理解して───」

「仕事仕事で家族をないがしろにして、立派な父と言えるもんか。悩んでる時は素直に相談! 解決策が見つからないなら話し合うしかないだろ。このままじゃどっちか一方の意見を無理矢理押し付けることになりそうだし」

「あ……ぅ……」

 

 むしろその一方というのが俺の意見で、述は無理矢理自分を押し込めてしまいそうだ。

 だから会話。お互いの気持ちをぶつけまくって、いっそ今の関係さえぶち壊すつもりで洗い浚い話してもらう。

 今の状況が壊れるのは怖いっていうのは、誰もが持っている気持ちだろう。ええはい、俺も実際怖いです。また嫌われたらと思うと、心臓がバクバクうるさいくらいです。

 しかしながら、このタイプは本当に溜め込みまくって潰れてしまうから。

 ならば、自分が嫌われようとも吐き出させるしかないでしょう。

 以前は俺っていう“ぶつけどころ”があったからまだいい。

 けど、今の述にはそれをぶつける相手すら居ないのだ。

 

「………」

 

 でも待とう。ただぶつけ合うだけというのもアレなので───

 


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