真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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130:IF2/親と子の迷いが交わる場所②

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 ある晴れた東屋の団欒。

 

「やあ思春。今日は僕が昼食を作ったんだ。一緒に食べよう」

「蓮華さまは何処だ。蓮華さまを出せ」

「いやいやまあまあそう言わず。はい、あ~ん」

「待て、私が先だ」

「え? 思春がしてくれるの? えと、じゃあ、」

「ああ、大きく口を開けろ。もっと、もっとだ」

「あはは、大丈夫さ。箸で摘めるもので、そんなに大きなものなんて───……あの。その箸でつまんでいるものはなんデスか?」

「鈴音だ」

「食えないよ!? ていうか箸でよく持ち上げられるね!? すげぇ! 指筋すげぇ!」

「さあ、食え。大丈夫なんだろう?」

「いやいやいやいや無理だから無理だって無理無理むおぎょろヴァアアアーッ!!」

 

 …………。

 

 

 

-_-/かずピー

 

 …………。

 

「……空が青いヤー……」

 

 軽い現実逃避をしました。

 そして既に突きつけられている鈴音。

 フ、フフフ……もはやこの北郷、こんな状況にも慣れたわ。

 突きつけられるまでが怖いのは、きっと注射と同じなのさ。

 引いたり押し付けられなきゃ斬れないんだもの、きっと平気。平気平気平気……!

 そんなわけですので考えましょう。

 述が心配そうな顔でこちらを見ているけど、考えましょう。

 述には“こうしなさい”とアドバイスを飛ばしながら、あくまで笑顔で。

 ……笑顔? そうそう、笑顔だ。

 焦りながらも考えていたことにもたびたび上がった笑顔。

 もし本当に笑顔を作ろうとしていただけだとしたら、つまりはこちらの思春さんは……。

 

(あ)

 

 “お父さんとお母さんは、仲良しさんですねぇ”

 “ん……そりゃあ、まあ。むすっとしているよりは、こういう感じのほうがいいだろ?”

 

(ア、アアーッ!!)

 

 ハッと思い出したことがあって、意識せずに何故か肉チック(キン肉マンチック)に驚いてしまった。

 そ、そう! そうだ! その後に息を飲む気配がして……!

 え、あ、じゃあなんだ? つまり、思春は“むすっとしている”自分をなんとかしたくて、手伝いをしようとしたり笑顔でいようとしたり?

 

(あらやだ可愛い……! じゃなくて)

 

 はい俺、今の状況を冷静に分析してみましょうね。

 今、可愛いと思った相手に、刃物突きつけられてますからね?

 よし落ち着いた。物凄い速さで落ち着いた。

 さてここで問題だ。俺は何をするべきか?

 

1:ほっほっほ、愛いヤツめ、とおでこをツンッとつついてみる。

 

2:にっこり笑顔で返して抱き締める。(前進したら首が飛びます)

 

3:刃を持って、指で少しずつ折る。(地上最強でなければ無理です)

 

4:無視して述のところへ行く。(バッドエンド)

 

5:恥ずかしさの限界を超える。(俺に幸有れ)

 

結論:……5

 

 ……よし。覚悟を決めろ、俺。

 般若顔だったけど、頑張って笑顔になろうとしたり、料理を手伝おうと団欒を目指してくれた女性に、せめてそれくらいを返せなくてどうする。

 

「思春」

「なっ……なんだ」

「いつも護衛、ありがとう。思春が一緒に居てくれるから、いつも安心して無茶が出来る」

「う、なっ……!? な、なにを急に、貴様っ……」

 

 素直に感謝をするというのは難しい。

 が、出来ないことじゃあないのだ。やれないじゃなくてやらないだけ。

 そんな時に感じる一時の恥ずかしさよりも、今この時に伝える感謝こそを前へ。

 

「え、えーと。俺は、思春の笑顔が好きです。たまに見せてくれる、無理のない自然な笑顔が。大体が蓮華を見ている時に浮かびやすいけど、最近じゃあ述を見ている時にも見せてくれて、そんな笑顔が好きです」

「え、な、なっ……!?」

「だから、これだけは覚えていてほしい。“むすっとしているよりは”って言ったけど、嫌いなわけじゃないんだ。だから、どうか無理だけはしないでほしい」

 

 ……言った。

 言った……けど、顔を真っ赤にして「なっ」ばっかりを口にしてあわあわ状態の思春を前にすると、やっぱり恥ずかしいことを言ったと強く自覚してしまい……つい、こう、誤魔化しみたいな行動を取ってしまい───

 

「っ───」

 

 なぁんてなっ! と言いそうになった口を強引に止める。

 それだけは、それだけはやっちゃあなりません。

 全ての恋に生きる猛者どもが歩んだ道の中、これをやって成功した例は極僅かである。

 こと恋愛に関して言えば皆無と言っていい。これは言ってはならぬこと。

 なので、乙女心とやらへの仕返しだとばかりに───

 

「みんな乙女心とか言うけど、たまには男心も理解してくれな。俺、ちゃんと思春のこと、大切に思ってるから」

 

 自分で言ってて顔が灼熱する言葉とともに、ツンと思春の額をつついてみた。こう……“こぉいつぅっ♪”とか馬鹿ップルがやりそうな感じに。

 ええ、その。誤魔化しを口にしない分、突きつけられているものへのせめてもの反抗としてやったのですが。

 

  ───ばたーん。

 

 ……思春さん、それだけでそのままの姿勢で倒れてしまいました。

 

「ホワァアアーッ!? 思春!? 思春ーっ!!」

「はっ……母上ぇええーっ!?」

 

 顔は真っ赤。高熱でも出したかのように真っ赤。

 目はうつろどころか閉ざされていて……気絶してらっしゃる!?

 馬鹿な……! あの思春がこうもあっさり気絶しようとは……!

 そんな思春を、慌てて駆け寄ってきた述とともに介抱するわけだが……

 

「ち、父上……一体何を……!? 母を指一本で気絶させるなんて……!」

「エ?」

 

 こんな場面で生まれる盛大なる勘違いに冷や汗がボシャーと溢れ出た。

 いや違うんだよ述さん! 俺べつに思春を倒すつもりなんて!

 ていうかやめて!? 驚きの中に尊敬を混ぜたような目で見ないで!?

 これ実力とかそんなんじゃないから! 奇妙な擦れ違いの果ての結果みたいなものだから!

 ああいやいやそれこそ違う! 今心配すべきは思春だ! ストレートに倒れたし、どこかヤバいところを打ったりしてないか……!?

 などと、焦りつつも冷静な自分をなんとか組み立てて、思春を横抱きにして樹の下へ。

 持ち上げた時点で呼吸も確認したし、別に呼吸が異常ってこともなかった。

 ただ赤い。めっちゃ赤い。

 

「ちちちちち父上、わわ私はどうすれば……!」

「まず落ち着こうな」

 

 自分よりも慌てる人を見ると、人は冷静になれるといいます。

 ……実際その通りなようで、驚いたり尊敬したり心配したりで頭の中がしっちゃかめっちゃかな述を見ていたら、妙に冷静になれた。

 なので、齧った医療知識を糧に思春の様子を改めて見てみるも、やっぱり気を失っている以外に特におかしなところは見られない。

 

「父上! 私と勝負してください!」

「いきなりどうしてそうなる!?」

 

 で、確認が終わったら終わったで、焦った様子の述さん暴走。

 訊けば「私の目標は母上ですのでその母上を指先一つで倒してみせた父上に勝てれば私は───っほげっほごほっ! わ、私の夢は叶うのです!」……だそうで。とりあえず一息で喋ろうとするのはやめような。

 コマンドどうする?

 

1:たたかう

 

2:ぼうぎょ

 

3:じゅもん

 

4:どうぐ

 

5:トルネードフィッシャーマンズスープレックス

 

結論:1

 

 おい5。にげるはどうした。

 でもとりあえず戦う。

 娘の要望には応えましょう! そう……全力で!

 じゃないと下手すると負けるし。大人げない? 何をのどかな。

 この世界の人、子供でも恐ろしい。なので全力。

 

「述! 全力でいくぞ!」

「はい父上! ぜんりょ全力!?」

 

 けれどそんな僕のやる気とは別に、述さんがとても驚いてらっしゃった。

 ハテ、こういう時って相手は“全力で来ないと許さんぞ”とか言う筈なのに。特に春蘭とか華雄とか焔耶とか祭さんとか───……キリがないからやめよう。

 

「あ、あの父上……? その、出来れば最初は練習ということで……その」

「………」

 

 自分の娘だなぁと思った瞬間でした。

 そしてもちろん、勝負の話は無くなった。

 

……。

 

 そんなこんなで。

 

「はい腹!」

「はいっ!」

 

 述の腹に向けて掌底を繰り出す。背が低いので、腰をどすんと落とした体勢で。

 その際、震脚も利用して攻撃にプラスさせると、威力があがります。

 それを実の娘の腹にめり込ませたわけですが、述はそれを少ない氣で受け止め、威力を分散させてみせた。

 

「~っ……ぷっはっ! う、けほっ! こほっ!」

 

 とはいってもあくまで分散。殺しきれるわけではないので、多少の痛みは残る。

 以前から比べれば氣の総量も上がってはいるものの、述はこれでは満足できないらしい。その気持ちはよーくわかる。うんわかる。なにせこちらも氣しか頼れるものがない。

 氣だけで成長して、氣だけであの関雲長を越えろと貂蝉さんは仰います。

 ……勘弁してくれ。ほんと、本気で。

 

「うぅ……一回受け止めただけで、もう……」

 

 俺の話は置いておいても、述の氣は本当に少なく、その落ち込み方も相当だ。

 出来る限り支えながら、経験したことを教えて、自分の時より効率的に出来るようにと支えているものの、伸びのほうはイマイチ。

 それでも述は武がいいと言う。

 文の方では申し分ないというのに、なんというかもったいない……とは周囲の勝手な考えだ。才能を殺してしまうのはもったいないという言葉も当然あるが、本人がやりたいと言っているのならできるだけやらせたいと思うのだ。

 これって親ばかかな。

 ……親ばかだろうなぁ。

 

「父上……私も父上が仰るように、“お迎え”が来るほど拡張したほうがいいのでしょうか」

「やめなさい」

 

 真顔で即答。

 悩み多き娘に最短を教えてやれないのは心苦しいが、その最短は本当に危険だ。

 

「ですが、父上はまだまだ氣の総量が上がっているのでしょう……? なのに私は……」

「地道でいいんだって。俺なんて氣を見つけるところから始めて、これが氣だ……! なんて浮かれてたら全く違ってて、こうすればきっと上手くなるとか思いながらやってたことが見当外れすぎたり……勘違いばっかりで………………」

 

 思い返していたら悲しくなった。

 思えば……いろいろあったなぁ。本当にいろいろ。

 

「なぁ述。お前は頭がいいんだし、」

「いやです」

 

 即答だった。

 

「ちゃんと最後まで聞きなさい。頭がいいんだし、むしろ自分の中を頭で分析しきっちゃったらどうだ?」

「自分を分析……ですか?」

「そう。自分にはこれがここまで出来て、こうなった時はこれが出来るって、割り切っちゃうんだ。予想外のことが起きたらそれを勉強して、次に活かす」

「それ、ただの鍛錬と何が違うのでしょうか……」

「考え方の問題が、だな。ただの鍛錬じゃなくて、自分が出来ることをきちんと学ぶんだ。自分を勉強し尽くす。もちろん成長するたびに勉強する箇所は増えるんだから、成長する限りは退屈はしないと思うぞ」

「そっ……そうすれば、私も強くなれますか!?」

「そりゃ、今よりは確実に」

「~っ……!」

 

 “確実に”という言葉が嬉しかったのだろうか。

 述は表情をぱああと輝かせたのち、「はい、はいっ!」と二度三度と頷いた。

 

「で、ではまず何をするべきでしょうか!」

「心にもどかしいカタルシス?」

「……なんです? それ」

 

 なんでもない。

 さてなにを。なにをと来たか。

 

「じゃあ総量分析から始めるか。はい述、手ぇ出してー」

「はいっ」

 

 素直だ。

 さっと出された手をきゅむと掴んで、述を包むように氣を作る。

 以前よりは明らかに気脈は大きくなっていて、けれどそれでもまだ細い。

 いっそ本当に気絶するほど拡張してみたほうが……とは思ったが、あくまでそれは最終手段だろう。むしろやらせたくない。

 じゃあどこぞの点穴でも穿つ? ……子供の頃にあの激痛は、やっぱりダメだ。

 むしろ一気に開いた俺が馬鹿でした。よく生きてたよなぁ俺……。

 

「氣を練る速度は……ちょっと低いか」

「うぅ……頑張ります」

「ん、頑張ろう。ところで口調」

「いやです」

 

 即答だった。

 あまり堅苦しすぎるのって苦手なんだけどなぁ。

 親子なのに丁寧すぎると、なんというかこう……なぁ?

 丕も登もそこらへん、てんで聞いてくれないし。……延は元が元だから気にならなかったけど。

 そもそも述さん。俺に尊敬出来るところがあるかどうか、見ればわかるだろうに。

 強き将、賢しき将、そしてそれらが慕う王が居る中、俺だけがどれをとっても中途半端なのだ。貂蝉の発言によって、“氣が無ければ大したことも出来ない”と確信出来てしまった悲しき雄よ。

 

「……? あの、何故頭を撫でるのでしょう……」

「なんとなく」

 

 なのでなにを落ち込む必要がありましょう。

 大人になれば、きっとキミは知識で俺を上回ろう。

 大人になれば、きっとキミは俺以上の努力を覚えよう。

 なにも今のみを嘆く必要はない。今は今出来る何かを磨き、先のことなどそれまでを積み重ねた自分に任せてしまえ。

 それまでの準備が万全だったなら、きっとキミはいつか満足する。

 それはキミが望む“満たし”ではないかもしれないが、誰かが望んだ満たしの先かもしれない。だったら何を嘆く必要がありましょう。

 たとえ満たされず後悔だらけの自分に悲しもうが、だったらそこから到れる何かを探してみよう。どうせ歳を取らない馬鹿な親が、いつまでだって一緒に居るのだから。

 その到った場所が既に老いた世界だろうが、何かを探すのはきっと楽しいから。

 ……まあ、その時まで華琳が生きていて、世界が終わっていなければ、だけど。

 

「なあ述」

「? はい、なんですか、父上」

「お前が今見ている世界は、昨日よりも輝いてるか?」

 

 なんとなくクサいことを訊いてみる。

 言葉はアレだけど、思っていることそのままの質問だ。

 それに対しての述の反応はといえば……

 

「誰かに勝てる自分を知れました。もちろんですっ!」

 

 ちっちゃな思春の容姿そのままで、胸を張って笑顔で言ってみせた。

 俺はそんな笑顔に笑顔で返して───途端に冷静になって、“あれが、大人になると般若になるんだぜ……信じられるか……?”と孟徳さんに語りかけていた。

 

(敵ながら見事な働きよ。斬るには惜しいが、生かしてはおけん!)

(孟徳さん!?)

 

 いやいや斬っちゃだめだからね!? 見事とか言いながらなにその切り替えの速さ! むしろ敵なの!?

 ああ、でも……いい笑顔だ。

 娘のこんな笑顔が、こんなに近くで見られる……やっぱり誤解、解けてよかった。

 出来ればこんな笑顔が般若に変わってしまわないよう、これからも笑顔を引き出せる父親でありたいと思う。

 

(いい父親になろう。丕と登と延は、なんか俺を見る目が怖いけど)

 

 述は……なんだろう、三人とは違う何かがある気がするのだ。

 それこそ俺が8年以上も前から感じていた、将や王のみんなから向けられる“何か”が無いような……。

 なんとなく思うことがある。

 あくまで、本当になんとなくなんだけど、この“何か”を知ることが出来たら、きっと俺は乙女心というもののなんたるかを理解できるんじゃないかなぁと。

 でも心が叫ぶわけです。“それを知ったら終わりです”と。

 だから父は踏み込みすぎず、しかし危機には駆けつけられる父でありたいと常に思っているのですよ、述さん。

 

(こう……た、頼りがいのある父さまスゴイ! みたいに思われたい)

 

 思いたいだけで、果たして自分にソレがあるかは謎なまま、なわけですが。

 周りが優秀すぎるのが悩みって、贅沢かもだけど悩みは悩みだもんなぁ。

 そりゃ、永遠の二番手が嫌だって人は悩むだろう。登の気持ちは身に沁みて感じることが出来るほどだ。

 登と一緒に悩んだ述だって、何度もそれで苦しんだんだろう。

 問題なのはそこでどう切り替えられるかだ。

 絶対に一番じゃなければ気が済まないのか、順位なんぞにこだわらないか、二番だろうが自分の中で最高に輝ければそれでいいか。

 

(華琳は……一番で居たいのかな)

 

 俺は……“一番で居たい”って鼻を折られて、一番を目指す人の夢を追って、今この場で……全員が作っている賑やかさの中に居る。

 “目指した全員”で辿り着けなかったのは悲しいことだ。それは変わらない。

 たまに夢を見て、死んでいった人に“自分ばかりが幸せでごめん”と謝っている自分が居て、目を覚ますと泣いていた。

 都合のいいことに、夢の最後で“死んでいった彼ら”は笑っていた。隊の見習いの頃から一緒だった彼は、俺の首に腕を回して“いい世界にしてくれ”と言う。

 仕事をサボって一緒に桃を食べた彼は、“みんなが苦労せずに物を食べられる世界にしてください”と笑う。

 戦いが終わってみれば帰ってこなかった彼は、“人を潰すためのものなんて無い世界を頼む”と俺の胸をノックした。

 本当に、自分勝手で……それが本当に頼まれたことなのかも、自分がそう思いたいだけなのかもわからない夢。

 そのたびに頑張ろうと勝手に思って、勝手に頑張って、勝手に落ち込む。

 

「あ、あの、父上?」

 

 夢の通りに受け取っていいのだろうか……なんてことを、よく思ってしまう。

 死んでしまった人たちの分まで、なんてよく聞く言葉だ。

 それが死んでしまった人たちが望んだことなのかも知らないままに、口のない人の希望を勝手に決めて勝手に進む。

 本当は“同じように死んでくれ”、なんて言う人だって居たかもしれない。

 “お前だけどうして”なんて思う人だって居たかもしれない。

 上に立つのなら、誰かの希望を背負って立たないでどうする、なんて言われもするだろう。

 

  ───支柱ってものになった。

 

 国に返すために、出来ることを出来るだけやってきた。

 笑顔はきっと増えてくれて、けれど……その影にある不満も、増えたのだと思う。

 

「父上!」

 

 何かを為したあとに、“本当にこれでよかったのか”と不安を抱くのはいつものこと。

 むしろ抱かなかったことなど無かった。

 笑顔で何かを為した時ほど、心の中は不安でいっぱいだった。

 誰が導いてくれたって不安は不安だ。

 自分が絶対だと信じている人だって、些細なポカなど平気でする。

 やらなければいけないことのハードルが上がるたび、自分がしたことで人の生活が終わる可能性までを考えると、恐怖でひどく喉が乾いた。

 助けて、と唱えれば、誰かが助けてくれるだろうか。

 助けてくれるのだろう。一緒に考えてくれるのだろう。

 でも……じゃあ、その果ては?

 誰も居なくなった先で、俺一人だけ老いずに生きて、その先でそれを口にして、誰が助けてくれるのだろう。

 

  “───一刀。あなたが居た天で、“かつての王ら”に感謝する者は居た? それとも、そこに居たのはただ伝承を素晴らしいと謳う者だけ?”

 

 いつか、華琳にそう言われた。

 そうだ……天で、過去の英雄に感謝している人は居たか?

 たとえ俺が戦の世界を見て、その世界を生きたとして、その後に産まれた人は過去の戦を生き抜いた人に深い感謝を抱けるか?

 それは、たぶん違う。

 若い頃のじいちゃんが戦争の中を戦って生き残ったとして、俺はそのことに関して感謝なんて抱けない。

 その戦の辛さも、内容も、聞いたり見たりしただけで、その場にあった血の匂いさえも、簡単に零れ落ちてしまう命の軽ささえも目にしないで、生き残ったことへの強い感謝など抱けはしない。

 華琳が死んだ先のこの世界に降りる“否定”と向き合う自分の隣。

 そこに、自分を肯定してくれる人はどれほど居るのだろう。

 そこに、米の一粒の大切さを知る人は、何人居てくれるのだろう。

 いざとなったら孫に、なんて思っていたこともある。

 でも……もし、自分しか居なかったら。

 肯定する人が、自分しか居なかったら。

 俺は……。

 


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