「我が子よ……よくお聞きなさい。これからあなたに話すことは、とても大切なこと。私たちが、ここから始める……親から子へと、絶え間なく伝えてゆく……長い長い……旅のお話なのですよ」
「いったいなにを話すつもりだ父! 真顔にしようとするのと笑いをこらえるのとで、表情がおかしなものになっているぞ!?」
真面目なことを伝えるつもりでも、堅苦しいのは似合わない。
述といろいろ話し合って、肩の力を抜いていこうって決めたのだ。
だから、重くならない程度に伝える。
自分の武は守るためのものだし、無闇に人に挑んだりするためのものではないと。
打倒愛紗はあくまでも目標だ。
鍛錬中なら立ち合いを挑むこともあるけど、それは鍛錬の延長だからだ。
などなど、自分が立っている状況に冗談を混ぜつつ、のんびりと話していった。
「………」
柄は黙って聞いていた。
途中、寝台に座る俺の足の間へと座って、続く言葉を待っていた。
そんな柄の頭を撫でながらも話は進んで……なるほど、と頷いたのち、柄は言う。
「うん、わかった。なんというか、父はやはり父だった。私が期待していた通りの偉大な父だ。おかしなところで面白い父でもあって、それはとても素晴らしいことだ」
「むしろ俺は、お前が俺にどんな父を求めていたのかが不安になったよ」
散々と情けない部分を見せてもまだ、期待通りと言いますか。
宅の娘の精神は意外とタフらしい。弱い父を見せても笑えるほどにタフです。
その笑いが軽蔑とかではなくて、丕を喩えた時にも言ったような“人間らしさ”を認めた上で浮かべる笑みなのだから、本当に……子供っていうのは、親が思うよりも見ているものなんだなって思った。
「なんというか……はは。子供に教えられることって、本当にいっぱいあるんだなぁ」
「何を言うんだ父。父とて童心は大事にといつも言っているではないか。子から学ぶことがあるのなら、童心を大事にしている父が日々から学ぶことばかりなのは当然だろう」
「………」
言葉ののち、俺の胸に背を預けながらも俺を見上げる顔が、“どーだ”って顔になる。
言い負かしてやったぞー、とでも言いたいのだろう。
ニィッと持ち上げた口角、その口の隙間から見えた軽く食い縛った歯が、なんというか性格を現していて面白かった。
でもちょっと悔しかったので、その頬を軽く引っ張ったり戻したりして遊んだ。
「なにをするー!」などという声も右から左へ。
腕を掴まれて抵抗されるも、そんな抵抗を……抵抗に……て、ていこっ……ぬ、ぬおお……!
あれぇ!? なんかもう普通の腕力じゃどっこいどっこいくらいなんですが!? いやむしろ負けてそう!?
ならばと軽く氣を行使して抗い、少し焦ったじゃれ合いを続けた。
「なぁ父~」
「んー? どうしたー、柄~」
しばらくして、柄が強引に俺の腕を自分胸の前でクロスさせ、押さえつける。
笑っている彼女はそれはもう楽しそうに、しかし気安い感じで俺を見上げながら言った。
「今度これを丕ぃ姉にやってみてくれ。きっと真っ赤になって固まるから」
「お前は姉を尊敬しているのかおもちゃにしているのか……」
そして俺は、そんな娘の在り方に、軽く遠い目をするのでした。
「丕ぃ姉は、なんだかいつも気を張っていた気がするからな。家族に息が詰まる思いをさせるのは嫌なんだ。だから、その張り詰めたなにかを、とりあえず破裂させてやらないと……丕ぃ姉、いつかいろいろ諦めちゃいそうでさ」
「………」
ぽろりとこぼれた言葉。
その最後は、星などの影響を受けた言葉ではなくて、柄の言葉そのものだった。
驚いて見下ろす柄の顔に、さっきまでの笑顔はない。
ただ心配そうに、不安そうに俺を見上げる顔があるだけだ。
……だけ、なんだが。
「悲しそうな顔で破裂とか、考えることが物騒だなぁ」
「あの母にしてこの子あり、とかいうやつだな」
「自分で言わない」
「おお、ならば父が言ったことにして、母に報告でも」
「やめて!?」
軽い騒ぎと、途端に溢れる笑顔。
女ってコワイ。けど、まあ。
あんな顔をずっとされるよりはいいって思えたから。
「父。私は父の、国に返すって言葉が好きだ。だから、私は私のやりたいことを言って、父に全力で応えてもらいたい」
「ん。そか。じゃあ、柄がしたいことってなんだ?」
さっき言って、結局置いておかれたことを聞く。
さあ、と軽く構えていると、柄はクロスさせていた俺の腕を離して、ととんっと立ち上がると向き直り、
「武と知、そして愛の溢れる国造りをしよう!」
むんっと胸を張って、そう言った。
「今でも三国が手を取って都を支える、もしくは都が全体を支える状態のこの大陸に、もっと武と知と愛を広めたい! 大陸がどれだけ平和でも、過去には別のところに襲われた歴史もあるそうではないか! ならばそれらに負けない武と知をいつまでも磨き、それらを絶やさぬために愛を広げる! ……具体的には大陸に住まう者全てを父の家族にする勢いが欲しい」
「感動や衝撃が最後の一言でぶち壊されたんだが」
「この意志を皆に伝え切るには、王や将だけが家族では足りない気がするじゃないか。こう……なんというか。そもそも父は、私たちが適当な男と一緒になるのを嫌っているだろう? もし私が民の一人と一緒になりたいと言ったとして───」
「───」
「ひえいっ!? ちっ……父……!? 一瞬にして、空気が凍りついたのだが……?」
「いや、うん。わかってはいるんだけど」
落ち着きなさい北郷一刀。
もしもの話にまでいちいち反応しない。
「ええと、ともかく。民と一緒になりたいと言ったとして、今のように父は反対すると思う。だったらもう、民が願うなら、娘を父に嫁がせるとかそういう制度を」
「ワー……」
なんちゅうこと言いはらすばいこんお子め。
そして聞いた俺になんと言えと?
「そしてゆくゆくは大陸全土を制圧し、大陸という国の名を北郷に───!」
「落ち着きなさい娘さん」
そこまでいくと流石に笑えません。いえ、ほんと、本気で。
「むうっ……何故だ? 将だって元々は民から登用された者だろう? 現在は学校での経験を経て、文官見習いとして蜀で働く者も居ると聞いたぞ?」
その言葉で、呉で会った文官を思い出した。
ああ、うん……憧れを口にされたら、いろいろ言えなくなったなぁ……。
そんな理由で、いずれは娘達に好意を寄せる武官文官も現れるのだろう。
…………あくまで、男が武か知で強くあれば。
「だからつまり、そういったことを続けていれば、いずれ全ての家系が繋がることになり、家系図のあらゆるところに父の名が記されることに───!」
「だから落ち着いて!? お願い!」
大体待とう!? そもそもいくらああいった文官のような、俺に憧れるなんて特殊な例があったとして、俺と一緒になるかどうかなんてわからないだろ!
そもそもそれらをみんなが認めるかどうか……!
……といったことを、焦りながら言ってみた。
「母は笑いながら了承すると思うぞ?」
「ウワァイ俺も素直にそう思っちゃったよちくしょぉおーっ!!」
からから笑いながら、それでこそ男よとか言ってそう!
でも待って!? 面白そうとかじゃなくて、こちらの愛というものも考えて!?
「えーと、柄? もしかしてだけど、俺のことを相手が女なら誰にでも手を伸ばす男だとか思ってない?」
「筍彧様著、北郷の生態にはそれが然と書いてあるが」
「捨てなさいそんな書物! ていうかなんでそんなの書いてるのあの軍師様!! もっと他に書き残すこととかあるだろ! こんなのもし1800年後まで残されたら俺恥ずかしさのあまり首吊る自信あるよ!?」
「1800……あ、そういえば丕ぃ姉が言っていたな。父は1800年後から降りた天の御遣いだと。こう、得意顔で」
「───」
驚いた。
あの夕暮れの日……丕が俺のことを避ける切っ掛けになった日のことを、覚えていたなんて。
俺が丕に、1800年後のことを話したのなんて、あの日以外にはなかった筈だ。
……あの日のことを思えば、正直辛さばかりが前に出る。
隠し事なんてしなければよかったと。
もっときちんと話を聞いてやればよかったと。
けれども今のこうした関係をやり直したいとも思わないあたり、世の中にはまだまだ……多少なりとも救いってものはあるのだろう。
「それは本当なのだろうか。私にはいまいちわからないが、本当なら面白い」
「信じるのか?」
「その方が面白いではないか。疑う理由こそ聞きたい。別に損をするわけでもあるまいに」
「なるほど、そりゃそうだ」
みんながみんな、こんなふうに砕けた性格なら、こっちも即興昔話とかをしやすいのだが。
あ……即興昔話といえば、最近は美羽もここに来なくなったよな。
以前まではほぼ毎日、ここに寝に来ていたのに。
やっぱりあれか。自分より年下の存在にしっかりした自分を見せたいとかか。
……結構ポカやっているところを見られても、そういう在り方って大事だよな。
「まあ、とりあえず本当だ。今から1800年ほど先の未来で俺は産まれた。いろいろ事情が重なって、こうして1800年前に降りたけど、俺がいろいろ知っているのはつまり、それが理由だ」
「おおー……つまりそのけーたいとかいうのも未来の絡繰なわけか! なるほど、曼成さまが真似できないわけだ!」
「カメラ作れれば十分だよもう……」
真桜はあれ以上どこへ行くというのだろう。
頼んでおいてなんだけど、まさかバイクもどきや飛行絡繰まで作れるとは思ってもみなかった。
そうして軽く、知っている人物の超人的な技術に尊敬と呆れを混ぜたものを抱いていると、部屋に響くノック。
「北郷、儂じゃ」
「祭さん?」
祭さんだった。
どうぞと言うと入ってきた祭さんは、俺と柄を見ると「おう」と言って笑う。
続く言葉は「予想通り、まだここにおったか」だった。
「母、どうかしたのか? もしや父を酒に誘いに!? だだだだめだぞ! あんなものを父に飲ませたら臭いではないか!」
「……まったく。いつになったらお前は酒を好くようになる……」
「はっはっは、私が酒を好きに? ありえませんな。はっはっは」
「北郷。嫌いなものを好きにさせる方法はないのか。お主の天の知識が輝く時じゃぞ」
「成長以外にそういうものは無いよ。もしくは少量ずつ飲ませて慣れさせるか」
「よぅし柄よ、今すぐ寝ろ。寝ている隙に少しずつ飲ませてくれよう」
「宣言されて誰が眠るものか!」
当然の返答だった。
祭さんもただからかっただけなのか、笑いながら「なんじゃつまらん」と呟いた。いや、笑ってますからね? 顔が思いっきり笑ってますから。
「まああれじゃ。用事というほどのものでもないがな、どうせこやつのことじゃ。北郷のところに入り浸り、お主の睡眠時間を削ろうとしているのではと思ってな」
「な、なにを言う母。私はそんなことはしないぞ。精々で父に即興昔話をしてもらい、ここで眠るだけだ」
「お前は話が終わるまで聞いているじゃろうが。わくわくして眠たくもならん話を続けて、いつ北郷が眠れる」
「………………私が眠気に耐えられなくなった時?」
「よぅしよくぞ言うたわ。これで遠慮なく連れていける」
「うわぁああーっ!! い、いやだ! 母と一緒は嫌だぁあーっ! 一緒に寝かせるならせめて眠る前の酒はやめてくれ母よぉおおーっ!!」
「だめじゃ」
「即答!? た、助けてくれ父! 寝るたび起きるたび、酒の匂いに迎えられるのは嫌なんだーっ!!」
ちょ……柄さんっ!? ここで助けを求めるとかっ……!
これじゃあ助けなきゃ本気で薄情者として認識されるじゃないか!
「あ、あのさっ、祭さ───」
「おう北郷。覇王さまから直々の伝達じゃ。徹夜の一切を禁ずる。さっさと寝なさい、だそうじゃぞ」
「ん───……ハイ」
「父ーっ!?」
無理、無理なのだ娘よ……! 覇王には逆らえぬ……!
むしろ祭さん、って呼び止めようとして、“さ”で止まって“ん”から始まり、次ぐ言葉が納得以外なかった父さんの悲しみも理解してくれ。
「柄……家族を愛するなら、家族の趣向も───」
「家族は好きだが酒は嫌いだ!」
「……お前は揺れんのぅ。誰に似たんじゃ、まったく」
「………」
「………」
「なんじゃ、二人して儂を見て」
軽く半目、軽く口を尖らせた祭さんが、俺と柄を交互に睨んだ。
いえまあ、頑固なところなんて祭さんに似たんじゃないのかなぁ。
柄の目はむしろ、母に言われたくないといった意味での視線だろう。
「ふむ、まあよいわ。……北郷」
「ん? なに? 祭さん」
改まって声をかけられて、きょとん。
柄の襟首を掴みながら俺に向き直った祭さんは、「んん……」と目を伏せつつ頭を掻いたのち、
「まあ、なんじゃ。挫けるでないぞ」
「?」
よくわからないことを口にした。
挫ける? いや、俺はもういろいろと未来へ懸ける想いがあるから、挫けるなんてことは無い……つもりなんだけど。
なんかあったっけ? もしかして何かが動き始めているアレコレに、祭さんも関係がある?
「えと、祭さん。最近なんか食事の事情とか、みんなの態度とかがおかしい気がするんだけど……なにか知ってる?」
「む……まあのう。ちと呼び止められ、相談されてな。じゃが言うつもりはないぞ? 言ってしまってはつまらんからのお」
「うわー、楽しそうな顔。……あれ? じゃあなんでちょっと口ごもったりなんかしたの?」
「面白そうなのと、お主の苦労と……まあ、いろいろとあるということじゃ」
「………」
ますますわからなかった。
祭さんも俺が困惑している内に適当に言葉を残し、部屋から出ていってしまう。
「…………」
とりあえず、何かが起こっているということは、正しく確信へと到った。
俺に関係していて、挫けないで頑張らなきゃいけないこと……らしい。
「まあ、教えてくれないってことは言う必要がないってことだもんな」
いずれわかることなんだろう。わからないのは兄さんが満たされているからだよ。
つまり困り事が出来たなら、その時に全力で対処すればいいんだ。
よし、そのためにもまずは休憩。もういい時間だし、ゆっくりと眠ろう。
「あ」
と、着替えて寝台へ……というところで、ふと。
そういえばここしばらく、夜のお誘いとかがないな……と、そんなことを考えた。
「疲れてるようだったから、とかで料理を用意してくれてるんだし……休ませてくれてるのかも」
だったら遠慮なく休もう。
徹夜禁止も言い渡されたし、遠慮なくだ。
でも……
(覇王直々にっていうくらいなら、部屋に来てくれてもよかったのになぁ)
そんな、小さな……少々乙女チック? な感情を抱きつつ、着替えも終えて布団へ潜り込んだ。
さて。明日はどんな日になるのか。
柄のこともあるし、なにか家族孝行のようなものが出来ればいいな、なんて思いながら目を閉じて、やがて訪れる心地良い眠気に身を委ねて、眠りについた。