真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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136:IF2/お猫物語③

 ……するとどうだろう。父さまはとんでもなくやさしい笑顔をして、だというのにそこに陰を見せるようなとても言葉では言い表せない表情で呟いた。

 

「柄……代わりに聞いてあげて……。俺……俺な? 体は元気なのに……なんだか心がいろいろ辛いんだ……」

 

 なんだか聞くことを拒否されてしまったようです!?

 え、え!? 何故ですか父さま! 私は今、こんなにも前向きに───!

 

「と、父さ───」

「なにを言うんだ父! こんな時こそ娘を受け止めるのが父だろう!」

 

 戸惑いを口にしようと心の準備をするほんの数瞬。私よりも先に、柄姉さまが父さまへと物申しました。

 ……柄姉さまはやっぱり、根っこは優しい人です。

 感謝の気持ちがじんわりと胸に広がってゆきます。

 そんな衝動が、きっと父さまにも広がってくれていることを願いつつ、柄姉さまに向けていた視線を父さまに向け……た、ら……さっきと変わらぬやさしい陰りを孕んだ笑顔のままに言いました。

 

「普段は大人しく……自分の意見を前に出せない娘が、こうして積極的になってくれて嬉しい…………嬉しいよ? なのに、その対象が猫ってだけじゃなくて美以とかって、俺にどうしろっていうんだ……」

 

 えぇ!? もしかしていけないことだったのですか!?

 お猫様への愛は穢れ無き衝動だと母さまも教えてくださったのに!

 

「お……おおう……!? なんだか改めて聞くと、父の苦悩が突き刺さるような……! あれか、娘の成長は嬉しいけど、それを喜び放置すれば、女性を追いかけ捕まえて、その腹に顔をうずめてはあはあ言うような娘の在り方を“成長”、と呼ばなければいけないという───」

「そういう事細かなことまで言わなくていいから! 星じゃあるまいしどうしてそういうことばっかりぽんぽん口に出すのかなぁお前は!」

「時々自分でも怖いんだ、助けてくれ父」

「………」

「………」

 

 ……どちらともなく、静かに、しんみりと握手をする姉と父の姿がそこにありました。

 あ、あれ? あの、この状況はどうしたことなのでしょう。

 私はただ、お猫様と父さまを……あれ?

 なんだか私、孤立してますですか!?

 ……と思ったら、父さまがちょいちょいと手招きをします。

 なんだか不安を抱きつつも、促されるままに……繋がれた父さまと柄姉さまの手の上に自分の手を重ねる。……と、そこにお猫様も手を乗せてきました。

 

「え、え? あの? 父さま? お猫様も……」

「そんなわけだから邵。まずは知り合いから。次に友達になって、親友になりなさい。美以へのもふもふは親友になってからじゃなきゃ叶わないって受け取れば、なにも嫌がる美以を追い続けることもないんだから」

「お知り合い……」

「そうにゃ。まずはみぃに認められるようになったら、“しれん”をおまえに与えるにゃ!」

「試練ですか! いったいどのような……!?」

「みぃのふるさとでしばらく暮らしてもらうのにゃ! もちろんみぃが認めるまで、途中で抜け出すのは許さないにゃ! それはそれはとても恐ろしい試練だじょ!」

「お猫様の故郷……!」

 

 ああ、見えます……! 頭に浮かんだお猫様だらけの楽園……!

 きっとふにふにのもふもふで、毎日が幸せです……!

 

「ウワー、なんだろうなぁ柄~……俺、邵がどんな勘違いしてるのかが目に浮かぶよー……」

「む? 猫だらけの楽園ではないのか?」

「どっちかっていうと猪だらけの湿地帯」

「うむ! 全力で行きたくないな!」

「ちなみに兄は、そこで何日も何日も過ごして野生に目覚めたのにゃ!」

「本当か父!」

「本当ですか父さま!」

「なぁ美以……。同じ話をしていたはずなのに、驚いて見上げてくる娘の表情の方向性が全く違うって、どういうことなんだろうなぁ……」

「おなじ視線なんて面白くないにゃ。違いがあればこそにゃ」

「美以、それ適当に言ってるだけだろ……」

「兄にむずかしーことを言われたら、とりあえずこういえと“みう”の仲間の女に言われたのにゃ」

「七乃さん……あんたって人は……」

 

 都には俺をからかおうとする人が多すぎる……そう言って、父さまが遠い空を見つめます。

 私はともかく、お猫様が父さまの肩から下りたのを再度確認すると、父さまの首に抱きついてその暖かさに頬を緩めます。

 

「あ、こら! それはだいおーたるみぃの場所にゃ!」

 

 するとどうでしょう。

 あれほど私から逃げ回っていたお猫様が、私の体を掴んで下ろそうとしてくるのです。

 その際に当たった肉球がふにふにと……! はっ……はぅあぁああーっ!!

 

「ちなみに父。孟獲様との出会いはどういったものだったのだ? 随分と懐いているように見えるが」

「餌と間違われた」

「餌!? ……お、おお……なるほど、なぁ……。確かに父は良い匂いがする。美味いのだろうか」

「やっぱり祭さん呼んでいい?」

「ななななな何故だ!? 父の香りは都では秘密な話だったりしたのか!?」

「娘に味見されそうだなんて状況で暢気に話なんて出来るもんかぁあっ!!」

 

 父さまの叫び。

 それは相当慌てていたようで、普段ではあまり聞かないような大きさでした。

 よく通る声は中庭に響き渡り……その声に、丁度書簡の幾つかを手に通路を歩いていた……猫耳ふぅどとやらを着た軍師様が、ぴたりと歩を止めた。

 

「───ハッ!?」

「…………」

 

 父さまの短い悲鳴も特に気にすることもなく。

 ただ、筍彧様は害虫でも見るかのような表情をすると、同じ速度で歩いてゆくのでした。

 

「だぁーっ!! 絶対に誤解されたぁああーっ!! ちょっ、ちょちょちょちょ桂花!? 桂花ーっ!! 娘に味見とかそういう意味じゃない! 待ってくれちょっと! 待ってぇえーっ!!」

 

 慌てて走る父さま。

 私も流石に状況を理解して、父さまの首から降りました。

 柄姉さまは「なんだか面白そうだ!」と言うと父さまを追いかけていき…………そして、私とお猫様だけが残されました。

 

「……!」

「なぜつばを飲むにゃ!?」

「はうあ!? いえいえいえ! 特に深い意味は! それよりおねっ……孟獲さま! お話をしましょう! 何も知らない知り合い同士は、まず話し合うことだと教わりました!」

「…………」

「警戒しないでくださいですっ!? だだ大丈夫です、もう追いかけたりはしませ───というかあれは鍛錬であって、捕まえてどうこうするつもりはっ!」

「……ほんとにゃ?」

「ほっ……ほんとですっ!」

「どもったにゃ! やっぱり怪しいのにゃ!」

「はうあぁあっ!? あ、あのっ、これはちがっ───ちが、違うんです……!」

 

 勢いで喋っていたものの、肝心なところで詰まってしまった。

 途端にむき出しにされる警戒心に、さすがに心の疲労が浮き出てしまいました。

 私はいつもこうです。

 言わなきゃいけないことだって勢いに任せてでなければ言えないし、ここぞという時にこそ強く言えません。

 

「にゃ? なにかじじょーがあるにゃ? 兄にはまず人の話を聞くよーにと言われているにゃ。めんどーだけど、これも同じ食べ物で結んだ絆だじょ。さあみんめーの娘、話してみるがよいのにゃ! みぃはだいおーだから、どんなそーだんにものってみせるのにゃ!」

 

 落ち込んでいる私に、お猫様はそう仰ってくださいました。

 なんとおやさしいのでしょう……やはり長生きをした“ねこまた様”は、一歩も二歩もお猫様の先を歩んでいるのでしょう! 素晴らしいです!

 

「あ、あの……では、私も……まずは自己紹介から、その……したいと思いますです」

「じこしょーかい? おお、ならみぃもするのにゃ! ───みぃこそ! あの南蛮を誕生の基とするだいおー! 南蛮王の孟獲なのにゃーっ!!」

 

 両手を空に突き上げて、がおー、とでも言わんばかりの迫力(?)で叫ぶお猫様。

 その在り方も可愛らしく、先ほどから抱き締めてもふもふしたい衝動にかられっぱなしです。

 

「それでお前はなににゃ? みんめーの娘というのは知ってるじょ? でもそれだけにゃ」

「か、母さまのことは知っているのですね……」

「みんめーは“しんゆう”にゃ。ともに地を駆け、ともに食をはみ、ともにこーきんに怒られた仲なのにゃ」

「…………怒られたんですか」

「…………おこられたにゃ」

 

 でもでも、ともになにかを食べるというのはいいことですよね。

 いかにも親友というか、親しい者って感じです。

 私には…………私たちには、そういった相手が居ませんから、羨ましいです。

 

(あ)

 

 ちなみに“食む”とは食べることで、または“はみ出す”という言葉も“食み出す”と書くのだそうです。食べてるときに口から出てるから、“食み”から“出す”と書くのかもしれない、とは……天の授業の中で習ったことです。

 国語と天の授業とを両立するのは難しいものですが、慣れてくると面白いです。

 ……などということを話題作りのために話してみたのですが、

 

「むつかしーことはどうでもいいにゃ」

 

 あっさりと流されてしまいました。

 

「え、あ、えと……ではその……先ほどの事情を……」

「どーんと話してみるがよいのにゃ!」

 

 待ってましたとばかりに頷かれる。

 元気ですね、本当に。

 話す私は、少し心苦しいのですが……。

 けれど話さないわけにもいかないので、私は私の“ここぞという時に上手く喋れないところ”や、“真面目に返したい時ほど失敗すること”を話すことにしました。

 

 

 

 

-_-/かずぴー

 

 ……柄の協力もあって、なんとか桂花の誤解を解けた現在。

 

「すっかり暗くなってしまったな、父……」

「まさかここまで誤解を引きずられるとは思ってもみなかったよ……」

 

 現在とはいっても、空はすっかり暗かったりする。

 どこまで人を誤解していたいんだよあの猫耳フード軍師様は……。

 

「なぁ父。置いていくかたちになってしまったが、邵はどうしているだろうか」

「さすがにもう部屋に戻ってるんじゃないか? 戻ってなかったら明命が探しに行くだろうし」

「周泰母さまか……怖いな。普段はにこにこしているのに、我が儘が過ぎると捕まって顔にいたずら書きされるからなぁ……」

「慣れてる俺でも、完全に捉えるのは難しいんだよ……思春も明命も、気配の断ち方が上手すぎる」

 

 ずっと一緒に居て、それでも“あ、そこに居るかも”と思える程度。

 本気の本気を出されれば、“あ、”の時点で拘束される自信がある。嫌な方向の自信だが、困ったことに事実だ。

 

「まあとにかく、柄ももう寝なさい。俺もこのまま部屋に戻って寝るから」

「呉の屋敷まで戻るのが面倒だ。父のところで寝ていいだろうか」

「祭さんが迎えにくるぞ」

「い、居ないと言ってほしい」

「だめだ」

「たまには私の我が儘も聞いてくれ父!!」

 

 世紀末愛戦士のようにきっぱり言ったら腕を掴まれてぶんぶんと振るわれた。

 いや、わがままなら十分聞いていると思うんだが……確かに柄相手だと妙な遠慮をしないから、他の娘よりは厳し目かもしれない。

 

「じゃあ俺が祭さんのところに行って、事情を話してくるよ。お前はこのまま俺の部屋に───」

「それはだめだ」

『うぅわぁあっ!?』

 

 突然の声に、俺と柄はそれはもう驚いた。

 完全に二人だけだと思っていたら、なんとすぐ後ろに思春が……!

 

「思春!? 声をかけるならまず気配を少しずつ感じさせてからって、前に言ったじゃないか!」

「そんなことは知らん。完全に捉えられないまでも、少しも気づかなかった貴様が悪い」

「いや、そりゃそうだけ───……あれ? なんか拗ねてる?」

「黙れ」

 

 だまっ……!?

 だ、だだ黙れと言われてしまった……。

 でも拗ねてるように見えるんだけどな。

 ……これだけ長い時間を傍に居るのに、気配に気づけないのが腹立たしいとか?

 …………いやいやいやあっはっはっは、まさかね、思春だもんなぁ!

 

「………」

「………」

 

 違うよね?

 なにやらじっと見つめ合ってしまったが、それはともあれ駄目な理由を訊かないと。

 

「あの、思春? 駄目って……なんで?」

 

 おそるおそる訊いてしまうのは、ここでの生活で慣れたことのひとつと言えましょう。

 だって容赦無い時は本当に容赦のない思春さんです、つい一歩距離を取ろうとしてしまうのは仕方なきことかと。

 もちろん本気で怯えているわけじゃないんだけどさ。

 

「夜はきちんと部屋に居るようにとの、雪蓮様のお達しだ」

「……ウソでも伝達が雪蓮からじゃなければ、まだ普通に受け取れた気がするよ」

 

 ま~た何か、自分が面白いと思うことでも企んでらっしゃるのでしょう。

 慣れていても嫌な予感しかしない。なのに待たなければ地獄が待っていて、待っていても地獄が待っているかもしれないこの支柱の悲しさよ。

 アゥハハハハァ、ヘイボブ、…………平和ってなんだっけ。

 

「雪蓮から何か聞いてる?」

「いいや、聞いてはいない。だが、こう言うのもなんだが……なにかを企んでいる、と見ていいだろう」

「……思春も言うようになったね」

「忘れたか。元呉将だが、今は貴様に就いている。貴様というよりは三国にだが。内容がどうあれ、危険だと思うことから貴様を守るのが私の仕事だ」

「……ん、ありがと、思春」

 

 でもそれなら“貴様”はやめてくれると嬉しいです。

 あとこの場合、雪蓮が危険なことを考えているのなら守ってくれるのでしょうか。

 

「柄は私が連れていこう。貴様は部屋に戻ってそこから出るな」

「出るなとまで言う!? やっ……そりゃ出る用事もないからいいけどさ……」

「いくぞ、柄」

「は、はい」

 

 さすがの柄も、思春の前では普通に敬語だった。

 まあ……印象からして、攻撃的な言葉で話せる相手じゃないもんなぁ。

 そんなわけで、柄を連れて思春が歩いていったわけだが……

 

「………」

 

 一人で夜の通路に立つっていうのも、結構不気味なものがある。

 意識するからそう感じるんだが、意識してしまうと中々に奇妙な……奇妙な、ええと……迫力、とも違うんだけど、何かがあるわけで。

 結構抜け出したりしているくせに、こうして改まってみると……うん、やぱり雰囲気あるよなぁ、夜の通路。

 

「戻るか」

 

 何があるわけでもない。

 たははと苦笑しながら通路を歩いて、自室の扉を開けた。

 一応気配を探るためにも気を引き締めていたが、やっぱりなにも───

 

『あ』

「あ」

 

 入った自室。───の、寝台。───の、上。

 そこに、はぁはぁ言いながら美以に覆いかぶさる邵と、その下で涙目でもがいている美以が───!

 

「あ、あぁあああ……!? ごごごごめんなさいねぇいつまで経っても気が利かないお父さんで……! すすすすぐに出ていくからね……!? ごっ……~……ごごごゆっくりぃいいっ!!」

「兄待つにゃ! 兄! よくわからないけど違うにゃ待つにゃ待ってほしいにゃあああっ!!!」

 

 息子or娘の愛の劇場を目の当たりにしてしまった“おかあさん”が如く、そそくさと部屋を出ようとした俺へと届く、美以の必死の絶叫。

 部屋を出ようとした体勢から思わず振り返ってみれば……なんのことはない、美以のもふもふ加減に暴走した邵が、美以のお腹に頬擦りしたり肉球ふにふにしたり、美以の南蛮装備のふさふさの部分に顔を埋めてとろけているだけだった。

 ……うん。次代を担う子供がこれで、大丈夫なんだろうか……都の未来。

 しみじみとそう思ってしまった、とある夜の出来事でした。


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