190/求めるは愛の結晶。でも必要ないものは勘弁してください。
しゅうううう……。
「で、邵。なにか言うことは?」
「も、もふもふ最高でしたっ!!」
「ああもう児童相談所とか欲しいぃーぃ!!」
相談したところで苦笑されそうですが。
ふと、“本当は怖い、児童相談所!”とかそんなタイトルが頭に浮かんだけど、なんだろう。逆に相談所のほうが滅びそうな気がする。
ともかく、ゲンコツを落とされて頭から煙を出している子の言う言葉じゃないよね。
「いいですか邵さん。いくら合意の上とはいえ、もふる時は愛とともに理性を持ってください。欲望だけを振り翳すのは、それは愛ではなく己の欲望だけです。当たり前だけど」
「はうっ!?」
心当たりがあったのか、正座をしていた邵が胸を押さえて苦しそうな顔をする。
寝台の上に座る美以はといえば……なんだか挙動がおかしかったりする。
「美以も……ていうか、まずは知り合いからじゃなかったっけ?」
「話していたら、意外に気が合ったのにゃ……。で、そのままずるずると押し切られるままに……ご、強引に迫られたのにゃ? みみみんめーの娘、恐ろしいのにゃ……?」
そう言われて、床に転がったねこじゃらしを見下ろす。
……ああ、うん、そうだね、恐ろしいね。押し切られ方が。
押し切られるにしても、もう少し別の方向で頑張りましょうね、美以さん。
俺の視線を追ってか、散乱したねこじゃらしに気づいた美以が大慌てで言い訳を口にする。
俺はといえば……そんな大慌てな猫チックだいおーの口からこぼれる言葉の様々を自愛に満ちた笑顔で受け止め、ねこじゃらしの一つを拾い……振るってみた。
「にゃああ~んっ♪」
……物凄い飛びつき様だった。
肉球ふにふにの手で器用にハッシとねこじゃらしを捕まえると、小さく開かれた猫口でハミハミハミハミと小刻みに噛んで……そんな状態で俺の視線にハッとして、硬直。目が見開かれた猫目のようだ。
……猫だ。うん猫だ。
「ええっと、美以さん? なにが強引だったんだっけ?」
「…………」
硬直したまま汗を垂らすお猫様。
そんな猫っぽい動作に、早くも顔が緩んでらっしゃる我が娘。
……ねぇ思春。やっぱり俺、自分で柄を送りたかったかも。この場をキミに任せてさ……。
「さすが父さまです……! 私ではあんなにも警戒していたお猫様が、たったひと振りで……!」
そして娘におかしな方向で羨望の眼差しを向けられる自分を、どこか客観的に遠い目で見る自分が居た。
「ところで兄」
「うん?」
しばらく遠い目をしていると、ふと美以が声をかけてくる。
ねこじゃらしにとびつき、軽く暴れたためか、自然と腹を見せている仰向け状態のまま。……ねこじゃらしは強く強く掴んだままで。
「兄はつよい女は好きにゃ?」
「いきなりだなぁ……」
ていうか娘の前でそういうのは勘弁してほしい。
なんて言ってもきっと無駄なのでしょうね。ここ数年でもう、無駄に悟った事実にございます。だからってなんでも受け取るわけじゃないが。
「兄はつよいやつって、どんなやつだと思うにゃ?」
「質問の意図がまるっきりわからないんだが……ああ、本当に強いやつが好きかってことか? んん、そうだなぁ」
強さっていうのにもいろいろあると思う。
戦う強さはもちろんだけど、意志の強さや心の強さ、曲がらない思いに消えない想い。
純粋な武力とかで言うなら、そりゃもちろん圧倒的であるに越したことは無いんだろうけど……
「力とかで言うなら、十回戦って十回とも勝ってみせるとかが強さかな。心で言うなら、なんでも受け止めて、その上でどうするか考えられて……今は無理でもいつかは解決出来る。そんな諦めない、折れない心を持った存在……とか?」
俺もそうなりたいって思うことを素直に言ってみる。
するとどうだろう、美以の顔がぱああと輝き、起き上がるや───
「そうにゃ! 強い男はそうでなきゃいけないのにゃ!」
再びがおーと両手を天に、しかし顔は嬉しそうにしている。
…………ハテ、なにやら物凄く嫌な予感がするのですが。
「ということで兄!」
「う、うん? なんだ?」
元気いっぱいに声をかけられた。笑顔だ。なのに何故か足が一歩後ろに下がる。
「みぃもみんなのお祭りに参加するにゃ! 参加して、力を残すにゃ!(遺伝子的な意味で)」
「え? え、え?」
祭り? 参加? なんのこと? 力?
美以の話は中々に理解しづらいのは今に始まったことじゃないにしろ、今回のはまるで謎だった。
何を以って祭りと仰るのか。
参加して力を残すとはいったい?
「なぁ美以。祭りって、どんなものなんだ?」
しかしなにもピンとこないわけでもない。
美以がこれだけわくわくしたような顔をしているのなら、それは楽しいものなのだろう。きっと食事関連が充実しているに違いない。
……ん? それだと、どうして今まで参加しようとしなかったんだ?
わあ、なんだか嫌な予感が加速してやってきたぞ。人の心を襲うこの予感は、いつだって土足で入ってくるのだ。お茶を出すから靴を脱いでくれ。そしてくつろいでくれ。キミが慌しいと、こっちの心がいつまで経っても落ち着かないんだ。
「みんなで集まって“かいぎ”をしたにゃ! よくわからなかったけど、ともかく周期が来ればみぃも黙っていないのにゃ!」
「周期?」
周期って。……あ、華雄が言ってたあれか?
(みんなで会議……あ、うん、そうだよな、秋季になると強くなるとか、そんなわけないもんなぁ。あはははは───マテ。じゃああの会話ってなんだったんだ?)
嫌な予感が加速どころかニトロで爆死というか……どうしようほんと。
いやぁ……いやいやぁ? こういう時こそ単なる俺の勘違い~とか、嫌な予感なんて最初から気の所為だったんじゃよとか、そんな風にだねぇ。
だから、ね? スマイルスマイル。にっこり笑って質問を続けようじゃないか。
「ちなみにその“しゅうき”って───」
「はつじょうきにゃ!!」
(ギャアーッ!!)
笑顔のままに心で叫んだ。ニコォと横に伸ばした口角の端から、ブシィと動揺が漏れるほどに。
え!? なに!? え!? 発情期!?
みんなで会議って、みんな揃って発情期の話をしてたの!?
じゃあ華雄も!? “しゅうき”って───周期かァァァァ!!
うゎややややや……!? じゃあなんだ……!?
最近やけに料理が健康を考えたものなのも、夜にあっち関係の用事で誰かが訪れることがなくなったのも、周期……いわゆる排卵期じゃないからとか……!?
「ち……ちなみにそのー……美以? 強い相手のことを訊いてきた理由って───」
「? 弱い男の子を産むなんて、だいおーの名折れにゃ! だから兄が強ければみぃはなんのもんだいもないのにゃ!」
「いやいやいやいや俺なんてまだまだ弱いだ───」
「恋に勝ってるのにゃ」
(ギャアアーッ!!)
ずびしと指さされ、そしてまた心で絶叫。
ハッとして邵に視線を移せば、
「発情期ですか! とととっととと父さま! ねねねねこまた様の子供はどんな感じなのでしょう!」
(こっちはこっちで暴走してらっしゃるーっ!!)
盛大に暴走してらっしゃった。
興奮するのも大概にしてほしいってくらい、爛々と目を輝かせて。……わあ。輝いている割に、目は渦巻き状だ。
「お子さんが生まれましたら是非見せてほしいです!」
「まっかせるのにゃ! 次のなんばんだいおーにふさわしい、つよい子供を産んでみせるじょ!」
「はいっ!」
ぽんっ、と胸の前で手を合わせる邵の動作。
その、ぽん、という音が……随分とまあ遠くに聞こえた。
つまりそのー……うん、まあ、そういうわけなのか。
最近の妙な張り詰めた空気も、祭さんの様子がおかしかったのも、けれど他の人……子を持つ人たちの様子はなにも変わらなかったのも。
(───マズイ)
なにがまずいって、彼女らがそういった方向に本気になったことがまずい。
彼女らの本気はどの方向に向かっても、一般的なものよりも強烈なのだ。
料理のことを考えればわかりやすいってものだけど、遠慮がないのだ。全力なのだ。
そんな彼女らが本気で子が欲しいとなったら……!
「あっははは、そっか~。美以~? 詳しい説明をしたのは朱里と雛里だよな~?」
「もちろんなのにゃっ」
(オィイイイイイイッ!!)
軽いノリで訊いてみればやっぱりだよあの二人!!
ちょっとお二人さん!? 盟友のお二人さん!?
互いを信頼し、よほどのことでない限り隠し事も禁ずって! 結盟者の危機には手助けするものとす、って!
あ、あれぇ!? これを守れなきゃ辛い罰を与えるって誓いじゃございませんでしたっけ!?
「邵」
「ここに」
キリッと本気声で、低く低く唱えると、邵がザッと跪いて俺を見上げた。
いや、ここにもなにもさっきから居たでしょ。誰からどんな影響受けてるのさキミ。
しかしながらそんなことをツッコんでいる余裕もない俺は、そんな愉快な娘さんに事情を話して結盟者のもとへと急ぐ旨を伝えた。
「ハッ! お気をつけて! というわけでお猫様二人きりですっ!」
「はっ!? ま、待つにゃ兄! 行くならみぃもふぎゃぎゃーっ!!? ぎゃにゃああっ! よすにゃやめるにゃ! 兄! 兄ぃいーっ!! 待つにゃ閉めちゃだめにゃ置いてっちゃいやにゃああーっ!!」
無情。
邵に飛びつかれた美以の声を聞かなかったことにして、ソッと後ろ手で扉を閉めた。
……。
部屋を出ればあとは早い。
キッと俯かせていた顔を持ち上げ、蜀側の屋敷を目指して駆ける。
廊下を駆けて城庭という名の中庭に目を向けつつ駆ける。
さすがに夜ってこともあって、誰かが鍛錬をしているということもない……わけでもなかった。
禅が松明の光の下、模擬刀を振るっていた。
そういえば最近はあまり付き合ってやれてなかった……が、すまない、今日は……っ! 今日は勘弁してくれ……! 今度、時間が取れたら全力で手伝うからっ……!
そうして駆ける途中、屋敷の門の警備をしている兵に呼び止められた。
「あ、北郷隊長? こんな時間に何処に───」
「男としての危機を解放しに!」
「………………」
静かな敬礼だった。
静かで、けれど……とても誇らしげで、凛々しくて、温かい。
そんな……綺麗な敬礼だった。
(なんか誤解されてない!?)
そうは思うが立ち止まってもいられない。
なんか後ろから「大勢の女性に好かれるかぁ……いいことばっかじゃないよなぁ……」なんて聞こえたけど気の所為だ!
そんなことを考えている暇があるなら走れ! 走るんだ! 走って、そして軍師様と話をして、それで───それで……!
様々な思考が回転している中、門を抜けて蜀側の屋敷が存在する場所までを駆ける。
大丈夫、朱里と雛里が居る部屋は記憶している。
今日は部屋を交換しましょう、なんてことが無ければそこに居る筈。
そこでなんとか説き伏せて───
「貴様何処へ行く。止まれ」
「キャーッ!?」
音も無しに隣に現れ併走する気配に絶叫した。
貴様って時点でもう誰だかわかるものの、だからって驚かないわけじゃないんだから勘弁してほしい。
でも止まらない。
止まらない、事情も説明しないと知るや、彼女は実力行使に───って速ァッ!!? もうちょっと時間かけません!? 三回は訊ねてみるとかさ! キミ仮にもさっきは俺を守るとか言ってた人じゃないですか!
「───」
手が伸びる。
俺の腕を極め、力ずくで止めるつもりなのだろう。
なんかもうこんな状況に慣れきってる自分が怖いが、そう……慣れてるからこそ。
「悪いけど本気だっ!」
「っ!?」
俺を捕らえようとする手を逆に掴む。
すると咄嗟に───反射的に手を自由にしようと、人は手を引っ込めようとする。
その動作に意識が集中した瞬間、体では走る動作を、氣では足払いを行使して、意識の外から思春の足を払う。
手を引っ込める方向へと、体を流すのを手伝うように。
ついでに掴んだ手から思春の氣と自分の氣を同調させて、氣の方向も無理矢理変えてやると、思春の体が肩を軸にするようにぐるりと勢いよく回転する。
「これは───!? くぅっ!」
驚くくらいに綺麗な回転。
驚くくらいに、というか驚いた。
漫画であるような合気の投げは大げさだなんて思ってたけど、氣が合わさると本当にこんなに───あ。
「気を緩めたな」
「いや違───いだぁああーっ!?」
宙に投げ出されたと思った思春さん。
俺の手を逆にギュリィと両手で掴んで、首に足を絡めてきて地面に叩きつけてきました。
膝が顔面に当たってたら、とんだ虎王でございます。
ええつまり、腕……極められちゃってます。
「さあ言え。さっさと言え。貴様、何処へ行くつもりだった。部屋に居ろと言った筈だが?」
「いだだいだだだだ!! ちょっと待った痛い! でもやわらか───いだぁあーだだだだだー!?」
うつ伏せ状態で右腕を天に翳すように捻られ、首には足が絡まって……苦しいけど太腿がすべすべしててってだから違う!
なんでふんどしなんですか思春さん! 最近は夜は庶人服だったじゃないですか! なんで───はうあそうだった柄を部屋に戻してたから着替える時間なかったんですねごめんなさい!
「え、えと……! 最近みんなの様子がおかしい理由がわかって、その大元である人物と話をしにいこうとしてたんだっ! おかしなことをするつもりはないからとりあえず手を離してくれると嬉しいなぁ!」
「……だったら先にそう言えばいいだろう。私は止まれと言ったはずだが?」
「それだけ急いでたんだってば! ちょっ……わかった、全部話す! お願いだ本気で急いでるんだ! 離してくれ思春!」
「うっ……? な、なんだという……」
戸惑った声。
けれど、離してくれた。
…………あれ? 背中からはどいてくれないんですか?
ええい構うか負ぶってでも前へ進む!
「ふわっ!?」
「おんぶ完了……! いくぞ思春! これは孔明の罠だ!」
「な、なんだとっ!?」
驚く彼女を背に、手は膝裏を抱えるようにして走る!
漫画とかではよくお尻を持つようなおんぶを見るが、気をつけろ! あれは主に子供を負ぶるやり方だ! 女性にやれば殴られても文句は言えない! ていうかそんなことやってまともに負ぶれるもんか!
「北郷……罠とはどういうことだ」
本気声が耳元で放たれる。
俺はそれにごくりと喉を鳴らしてから、確信に到るまでのことを走りながら説明した。
そしたら
「待て」
「あぽろ!?」
ごきゅりと首を捻られました。
さすがに止まらざるをえず、止まった瞬間に思春は俺の背からするりと降りた。
そして一言。
「馬鹿か貴様はいや馬鹿か」
「間くらい置いて!? 繋げて二度馬鹿とかやめて!?」
「北郷。貴様の仕事はなんだ」
「支柱です」
「そうだ。同盟の証であり、さらには次代を担う子を育むための種でもある。それが、よもやその行為を断るとでも言う気か?」
「………」
それは、そうだ。種馬~とか言われてはいたが、今現在の自分はまさにそれ。
いや、いい。それはいいんだ、それはもう覚悟の内に入ってる。
でもね、思春さん。俺が止めたいのはそういうことじゃなくてね?
「あ、あーその……思春はその……賛成?」
「当然だ」
「本当の本当に?」
「くどい」
「……将の数だけ子供が一気に出来ても?」
「くどっ───………………と、当然だ」
「今でさえ街を歩けば将ばかりが騒ぎを起こしてるのに?」
「うぐっ……!? ………………と、…………ぐぅ……」
「いや、うん。俺もね、子供を作るのは……その、恥ずかしいけどさ、いいと思う。国が国として歩んでいくためには必要だし、そもそもそのことに関しては、もう胸に覚悟として刻んであるからさ。それはいいんだ」
「なに? では何故あんなにも焦っていた」
「あー……」
それはその、と、頬を掻く。
どう説明したものか。
「女性だもんな、そりゃ……若い内に子供が欲しいよな。もう8年だもんな……不安になるの、わかるよ。子供たちも元気に成長してるし、そんな子供を見てたら自分もって思うのもわかる」
「ああ」
「述なんか自分の得意分野を見つけたって、すっごい笑顔を見せてくれるようになってさ。嬉しかったなぁ、ほんとに」
「う、うむ。そうだな。うむ」
述の話が出てきたら、なんだかちょっとだけ思春の胸が前に出た気がした。
胸を張っているんだろうか。
「言った通り、それはいいんだ。なんだかんだで俺も子供は可愛いし、そんな子たちと一緒に生きていけるのって、楽しいって思える。まあ……会話が出来るまでは正直長いし辛かったりもしたけどさ」
もう一度頬を掻いて、少し溜め息。
それを話題を切り替える溜めとして……じゃあ、本題を。
「俺が止めたかったのは子作りじゃないんだ。……朱里と雛里が見てた、房中術に関してのことだ」
「───…………?」
ぽかんとした顔で見られた。
わかる、うん……わかるよー、思春さん。
子作りの話じゃないのになんで房中術の話になるんだーってことだよね?
「えっとな、朱里や雛里は……って、ここで言ったら結盟契約違反に……マテ、既に盛大に隠し事されてるぞ俺。これがよっぽどのことって条件なんだとしても、俺も関わってる時点で教えて貰わないと困るわけだし───よし」
トンと胸をノック。
すまん朱里、雛里……これも今後のためと思って目を瞑ってくれ。
俺も目を瞑るから。
「えっとな……」