真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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137:IF2/嗚呼、愛といふものよ②

 それから場所を移動して……城門の傍……松明の下での、女性に房中術についての話をするという、なんともこっぱずかしい時間が始まった。

 近くに居る門番は、なんというか“いつもいつもご愁傷様です”って感じで目頭をぐっぐっと押さえている。いや、せめてご苦労さまですって言って!? いつもいつもご愁傷さまってなに!?

 

「……なに……? 読んでいる書物が、そもそもおかしい……?」

「そうなんだよ。や、そりゃあ書いてあること自体にそうそう間違いは無いと思うよ? でもさ、ちょっと進みすぎてるんだ。進みっていうのは過激って意味でのことで、その……なんというか」

「なんだ。はっきりと言え」

「縄で縛るとか蝋燭を垂らすとか平気で書いてまおぶぅっふぇえっ!?」

 

 キリッとした表情できっぱり、と言った途端にボディに突き刺さる拳。

 見れば、真っ赤な顔した思春さんが俺にボディブローをおごごごご……!!

 

「な、なな縄……!? 蝋燭……!? それが何故房中術になる!」

「わっ、わー! わーっ! しーっ! 思春っ、静かにっ……! そんな大声で房中術とかっ……!」

「!? …………」

「!! あ、う、ご、ごほんっ! じょ、城門、異常なーし!」

「…………~……!」

 

 あ。頭抱えた。

 門番のささやかなスルーが余計に心を抉ったらしい。

 

「つ、つまり……!? 貴様が朱里様や雛里様を止めたかったのは……!」

「そう……そんな行為が“普通である”なんて知識がみんなに植え込まれてたとしたら、俺……子供を作るどころか───」

 

 新たな世界の扉を開いて、もう帰ってこれなくなるかもしれません。

 遠い目をしてそう呟いた。

 思春は「必ずしもそうであるとは限らんだろう」と言ってはくれるが、

 

「蜀の有名軍師が事細かに説明して、しかも自信満々だったら?」

「う……」

「そうだと教え込まれて頷いたのが、春蘭や華雄だったら?」

「うぐぅっ!?」

 

 折れた。

 陰の差した表情でどんよりとして、けれど俺を真っ直ぐに見ると、何故かぽむと肩に手を置いてきた。

 そうしてから、すぅ……と息を吸うと、キリッとした顔になって俺に言ってくれた。

 

「急ぐぞ。まだ間に合う筈だ」

 

 ぺっぺらぺー! 思春 が 仲間になった!

 ……どうしようどうしようと思っていた心に、ファンファーレが鳴った。冗談抜きで、架空だろうと鳴った。

 

「え……て、手伝ってくれる……のか?」

「忘れたか。私はお前に就いている」

(憑いているの間違いじゃないよな……)

 

 無言で通せばいきなり掴みかかってくる憑依霊なんて勘弁です。けど、まるではぐれメタルが仲間になる瞬間を迎えた気分でした。

 彼女が居れば……そう、相手は二人なのだ。二人で向かってこそだ!

 

「うん? ……いや待て、お前は部屋へ戻っていろ。雪蓮様のご命令だ」

「あれぇ!? そこには反逆しないの!?」

「雪蓮様の行動とお前の言うことが関係性を持っているかなどわからん。もし違っていたとしたら、どう言い訳をするつもりだ」

「ウワァアァァ……!!」

 

 確かにそうだった。

 だってあの雪蓮だ。

 話を聞いていたのに居なかったとなれば、それを理由にどんなことを要求されるか……!

 

「お前は部屋へ行け。朱里様と雛里様の下へは私が行く」

「え……思春、お前……」

「勘違いをするな。お前にはまだまだ述の親として、やってもらわねばならんことがある。行為の果てに死んだなど笑い話にもならん上、仮に生きていられたとして、習った房中術で片親が死に掛けたなど、とんだ笑い話だ」

「わあ」

 

 まるで男のツンデレさんだ。

 まさかこんな状況での“勘違いをするな”をこの目で見られるとは。

 でもそっか。……そっかぁ。

 ちゃんと親として見てもらえてたんだなぁ。

 片親……片親かぁ。

 

「……なにを笑っている」

「いや、なんでも。じゃあ、任せる」

「言われるまでもない」

 

 言って、思春は駆けていった。

 途中から呼び方が“貴様”から“お前”になってたの、気づいてたかな。

 まあ、いいか。どっちでも。

 

「がんばれ、かーさん」

 

 にかっと笑って、状況にくすぐったくなりながら、張り上げるでもなく普通に言った。

 ……するとドグシャアとズッコケる思春さん。

 あれ? 聞こえた。

 もう結構離れてるのに、耳いいなぁ……とか考えてたら、庭の松明の下、ふるふると肩を震わせていた彼女は……立ち上がる途中も立ち上がったあともこちらを見ず、そのままゴシャーと逃げるように走っていった。

 ……ああ、うん……聞こえてたねアレ……絶対に。

 べつに、なんかこう、いっつもキリッとした顔なのにちゃんと母親やってて、こうやって俺のことでも真剣になってくれる姿を見て、軽く……そう、ほんと軽く。

 家族って、妻って、母親って、こんな感じなのかなって思ったから、ついぽろっと口からこぼれた言葉。

 思春は振り向かなかったけど、そっか。ズッコケるほど驚いたのか。

 苦笑しながら門番の兵を見ると、彼も困った顔をしていた。

 

「なんというか……俺って、つくづくそういう言葉を言ってないんだなぁ……」

「北郷隊長……それは人数的にも仕方ないかと」

「うぐ……ありがと、そう言ってくれると少し救われる……」

 

 門番と顔を見合わせて、とほーと息を吐いた。

 好きだとか愛してるとか、最後に言ったのは絡繰で空を飛んだ時だったっけ。

 そんな頻度でしか言ってないんじゃ、そりゃあ急に言われればびっくりするよなぁ。

 それも、好きだとかじゃなくて“かーさん”。正式な妻という括りがないくせにそんな言い方をされれば、なぁ……。

 

「今度、隊のみんなでメシでも食いにいこうか。俺の奢りで」

「え……いいんですか?」

「うん……俺が無事だったら」

「なんというか……頑張ってください」

 

 やがて歩く。

 会議があったと美以は言った。あった。過去形なのだ。

 既に事細かに説明がなされて、ただただ疑問符がつく平和が続いたと考えるべき。

 その平和の裏で、いったいどんな房中術が磨かれたのかは……考えたくない。大体なんであの艶本は異様にマニアックなことしか書いてないんだよ!

 もしかして著者の趣味ですか!? 勘弁してくださいあんなのを本気で実行された日には、春蘭とか華雄に絞殺されてしまいます!

 

(“痛みを伴うが慣れればそれも快感に”とか、痛みをぶつけてくる相手の腕力もちったぁ考えて書けちくしょうめぇええっ!!)

 

 やばい、本気でやばい。

 子供がどうとか以前に本気で死ぬかもしれない。

 相手は本気で子供を欲しがっている。会議をするほどだ。みんなと言ったからには本当にみんななのだろう。

 それはいい。子供はいいです。

 でも参考にする本がヤバイ。

 互いに興奮を高めましょうなんて時に、じゃあSMで、なんて来てみろ……! あのみなさまの惜しみない腕力がこの身に降り注ぐ……! それも相手に興奮してもらいたくてという善意で……!

 

「ア、アレ……? 視界が滲んでる……なんでだろ……。なんで今さら、毎晩くたくたになるほど励んでいた頃を思い出すんだろ……。辛いと思ったこともあった筈なのに、懐かしいのはなんで……?」

 

 風に水っぽいとか言われたことさえ遠い日に感じる。

 今……部屋に戻ったら何が待っているのだろう。

 そんな心をあざ笑うかのように、自分の部屋たる建物が見えてきた。

 

「………」

 

 ゴ、ゴクッと喉が鳴る。

 怖い。

 足が竦んで歩けない。

 そう離れていない中庭では、今も禅が鍛錬をしているのに。

 

「………」

 

 ひたむきに剣を振るう姿は、親の贔屓目で見ても綺麗なものだ。

 そんな娘に情けない親だと思われたくない。

 だから……今こそ勇気を。

 絶対に死ねない。絶対に死なない。

 必ず生きて、この大陸の先を見届けるんだ。

 

(部屋に戻るだけなのに、どうしてこんなにいろいろなものが愛しく感じるんだろうなぁ)

 

 さあ行こう。

 この恐怖もいずれは慣れる。

 案外俺の勘違いで、いつも通りの未来が待っているのかもしれないのだから。

 

(なに一刀? 愛の先に命を刈り取られるかもしれないのが怖い? 一刀、それは奪われると思うからだよ。逆に考えるんだ。“差し出しちゃっていいさ”と考えるんだ)

(も、孟徳さ───誰!? いやちょっ……誰!? ジョースター卿!?)

 

 脳内孟徳さんも絶賛混乱中らしかった。

 でもそっか、この身は魏に捧げた。

 それから三国に捧げ、今、ここに支柱として立っている。

 ならば───

 

「殺されて本望!」

 

 今こそ命を賭そう。

 生命を創るというのなら、それ相応の代償を以ってこれを為す!

 さあいくぞ元呉王……こちらの覚悟は───今決まった!

 

……。

 

 で。

 

「あ、一刀っ、何処行ってたのよもう! って、あぁいいわ、とにかくちょっと手伝って! 述に挑まれて遊んだんだけど、これが面白いくらいに勝てなくてね~! 悔しいから今度はこっちからいたぁあーっ!?」

 

 部屋に戻り、雪蓮を確認。

 用件を聞くなり彼女が持ってきていたハリセンで頭をぶっ叩きました。

 邵と美以は……居ないな。あれから美以が逃げて邵が追った……とかかな。

 

「ちょっとー! なにするのよ一刀ー!」

「お黙れ」

「お黙れ!?」

 

 ええはいもうなんて言ったらいいんだろうなぁこんちくしょう……! 人が散々っぱら悩んで答えを出して、覚悟まで決めてやってきたというのに……!

 

「雪蓮さん。部屋に居ろって、これをするため?」

「? 他になにがあるのよ」

「企みごとの件は?」

「企み? んふふー? なんのことかしらねー♪」

 

 にこー、と笑ってとぼける雪蓮さん。

 そんな彼女に向けて、ぼそりと「子供」と言うと、

 

「! ……誰かが漏らしたのね。やるわね一刀、準備が整うまでバレない筈だったのに……!」

 

 飄々とした表情が一変する。

 いつもの胡散臭いにっこり笑顔ではなく、瞳孔が虎のそれへとギュンと細められるような、そんな鋭さを持った。

 

「雪蓮。質問、いいかな」

「……答えられないこと以外なら、ね」

 

 ニヤリと笑う雪蓮は、この状況を楽しんでいるようだった。

 まあ雰囲気は出てるけど、別に扉開けてさっさと去ってしまえばそれで終わる状況だもんなぁ。

 

「そか。じゃあ……朱里と雛里から、艶本を糧に得た知識を聞いたね?」

「もっちろん。一刀にあんな趣味があったなんて知らなかったわー」

「やっぱり盛大に誤解してるよドチクショウ! 雪蓮さんちょっとそこへ直りなさい! 今から全部説明するから!」

 

 どうしてこうこの人は自分が面白いと思ったことに全速力で突っ走るかなぁ! わかる部分もあるけど、相手の迷惑もたまには考えて!? 巻き込まれても結局最後が楽しかったりするから余計に性質が悪いのかありがとうなのかああもう!

 

「えー? もう一刀の趣味ってことでいーじゃない。その方が面白いし。あ、もちろん私はそんなこと信じてないわよ? 一刀の趣味だーとか言い出したのって春蘭だし」

「一度だってそんなことなかったのになんでそんな受け取り方してんのあの人!!」

「あぁほら、あれじゃない? 春蘭自身が華琳に焦らされたり苛められたりするのが好きそうだから、そういうところから考えが枝分かれした~とか」

「───」

 

 一発で納得してしまった。

 そこに桂花が居たら、それはもう盛大にヤバイことに……あれ?

 

「会議を開いたって聞いたけど、桂花は居なかったのか?」

「そりゃ居ないわよ。子供が欲しい者の集いだったんだし」

「あー……」

 

 あの猫耳フードさんがそれを望むわけもないか。

 

「……じゃあ、えっと。こう、言い出すのって非常に難しいんだけど、あ、あー……よし、言う、言うぞ?」

「? え? なになに? 面白いこと?」

「雪蓮、キミね……。人が恥ずかしがってるのに、最初に出てくるのが面白いことかどうかの確認って……」

「面白いじゃない。特に華琳とか愛紗とか。恥ずかしがってる華琳をからかうのが面白くないなんて、言わせないわよ?」

「うん、あれはいい」

 

 力強く頷いた。……じゃなくて。

 代わりに手酷いしっぺ返しが待っているものの、言葉に詰まったり顔を真っ赤にして狼狽える華琳は……って、そうじゃないってば。

 ……いいものだとは思うけど。

 

「はぁ、いい感じに力が抜けたよ。じゃあもう気にせず訊くけどさ」

「うん、なになに? あ、べつに私、まだ周期じゃないわよ?」

「うわーい力が余計に抜けたー」

 

 こういうことって、女性本人の方が簡単に言えるものなのでしょうか。

 女同士ならわかるけど、男相手にそんな、挨拶のついででモノを言うみたいに……。

 

「え? なに? 訊きたかったのってそれなの?」

「まあ……そうなんだけど、まさか本当にただ遊びに来ただけとは思わなかったよ……」

「いーじゃない、娯楽があるなら手を出すべきよー? じゃないと冥琳みたいに眉間に皺を寄せて生活するはめになるんだから。息抜きは必要でしょ?」

「冥琳の眉間の皺の原因の大元が何言ってやがりますか」

「あっははっ? いいのいいの、冥琳は無茶を言われてやる気を出す性格なんだから。振り回されてもきちんと纏められるから、呉で軍師なんてしていられるんだから」

「それ、絶対に蓮華に言わないほうがいいぞ……」

「言ったわよ? 激怒されたけど」

「想像の先を行き過ぎるのも大概にしようね!? どうせならいい方に行き過ぎてよもう!」

 

 酒の匂いはしないのに、酒が入った時くらいに上機嫌な元呉王さま。

 遊びに来ただけっていうならそれはそれでいいんだけど……まあ、いいって思えるならいいか。

 

「はぁ。じゃあ、思いっきり遊ぶか」

「んふふー……一刀ってなんだかんだ言っても付き合ってくれるからいいわよねー。冥琳は付き合ってはくれないからねー」

「雪蓮のことだから、誘ってもノってこない冥琳の頭にハリセン落とすとか普通に……ああ、もうやったパターンだなこれ」

「ぱたーんってのはよくわからないけど、やったわよ? この遊びに誘う時はこうするんだー、って一刀が言ってたって理屈で」

「なにしてくれちゃってんのちょっとぉおおおおおおっ!!!」

 

 ああああもう本当に人の平穏に刺激を流し込むのが好きな元王だなぁ! ならばもはや遠慮は要らぬ!

 現代日本男児として! うぬのその遊び心……存分に叩き折ってくれるわぁあーっ!!

 


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