───……お手伝いさんがぜひーぜひーと、それはもう全力で息をしている。体全体で息をするって言葉があるなら、きっとあんな感じ。
対する奉先さま。
もう、何回吹き飛ばされたり木刀を突きつけられたのか……数えていませんでしたが、なんだか目がすごく爛々と輝いています。
でもやっぱり……氣、ですよね? 内側に衝撃をぶつけられ続けたのが効いたのか、少し息を荒くしています。
「あぅあぁあああ……!! い、いつまでやるのでしょう……! もう見ているだけでも怖くて、邵は、邵はぁあ……!!」
(…………お手伝いさん、がんばれ!)
まだまだ戦えるといった感じの奉先さまに対し、ぼろぼろのお手伝いさん。
なんのかんのと仕切り直しみたいな感じのことをやって、えーと……なんていうのでしょう。なんぼんしょーぶ? 先に何回勝ったら勝ち、とかそういうものをやっているのでしょうか……お手伝いさんが奉先さまの頭を何回木刀でポコリと叩こうが、首に木刀を突きつけようが、奉先さまは向かっていきます。
「……でも、父さま上手いです。奉先さまの力が武器に乗り切る前に衝撃を吸収して、少ない氣の消費で奉先さまを吹き飛ばしています」
「それも何回でしたっけ……」
「ついさっきので6回目。木刀を突きつけた回数は3回。次勝てば丁度10回ですね。負け無しでここまでなんて、偶然でもすごいですっ!」
「奉先さまの強さは私でも知ってますが……お手伝いさん、一体何者なのでしょう……!」
「いえ、ですから父さまですよ」
「偉大なる父は死にました」
「死んでません!」
……でも。ああいえ、偉大なる父のことではなくて。
でも、奉先さま……きっとなんだかんだで手加減はしているのでしょう。
さすがに本気で潰しにはかからない……と思います。
けれどどうしてでしょう。お手伝いさんの勝ちが重なるたびに奉先さまの目が輝いていって、まるで何かを熱望するかのように、やがて鋭く、目で見えるほどの何かが溢れ出してってキャーッ!?
「な、なななななんですかこれは邵姉さん! 奉先さまから赤黒いモヤのようなものがー!」
「ぬ、ぬうこれは……」
「し、知っているのか雷電……」
「はい。父さまが言っていた過去のお話に、こんなものがありました……。なんでも奉先さまはとある大会で、氣で巨大な武器を作り上げたことがあるとか……!」
「……え? いえあの、それを……ここで?」
「………」
「………」
「だ、大丈夫です! お手伝いさんなら……お手伝いさんならきっとなんとかしてくださいます!」
「その父さまが今、奉先さまの目の前で悲鳴を上げているんですが!?」
「えぇええええっ!!?」
見れば確かに大慌て。「キャーッ!?」と全力で叫ぶお手伝いさんは、誰の目から見ても泣いています。
ああ……わかりますよお手伝いさん。離れている私たちでもこうなのに、目の前のお手伝いさんはもっと怖いことでしょう。
ですが私はお手伝いさんを信じます。勝手に。
「どどどどうしたというんですか奉先さま……! 急に戦って、それも急に全力でなんて……!」
「お手伝いさんが何かをやらかしてしまったのでしょうか……」
「最近は一緒に居ましたけど特に奉先さまと何かがということはありませんでしたよ!? むしろ散歩の途中で気絶してしまってからは、会うことすらなかった筈ですし!」
だったら別の何かがあったということでしょうか。
……と、原因を考えていると、ぞろぞろと集まってくる人、人、人。
戦いの最中にもちらほらと来てはいましたが、この氣の放出に軍師の皆様までもが集まったようで。
「こ、こら! 恋ーっ! いったいなにをしているのだぁっ!!」
雲長さまが叫ぶ。けれど爛々な瞳の奉先さまには届かない。
やがて奉先さまが持つ、ほうてんなんとかに赤黒いもやが集まっていって……鈍く輝いた。なんだろう、特になにがあるわけでもないし、もやも消えてくれたのならって思うのに、あの武器に触れただけで指が吹き飛びそうなくらいの危うさを感じます。
対するお手伝いさん。
途中で悲鳴を上げなくなって、どうしたのかなと見てみると……深呼吸を続けて、胸を何度も拳で叩いている。
あと、なんだか……溢れ散って漂っていた奉先さまのモヤ……氣? が、少しずつだけどお手伝いさんの体に流れていっている。
「あ……集氣……外氣功」
「しゅうき? がいき? なんですかそれ」
「……やっぱり琮は武術の勉強もするべきですよ。えっとですね、氣功には内氣功と外氣功というものがありまして」
周邵姉さんが説明してくれている間にも事態は進む。
「自分の内側に存在する自分の氣、つまりこれが内氣で、体外に存在する良い氣、または自分以外の氣を自分の氣として吸収、力にするのが外氣功で───」
奉先さまが構えて、少し屈むみたいにする。
お手伝いさんはそれを見てすぐに構えを取ると───もう呼吸も乱れてない、肩も上下していない様子のままに、自分も奉先さま目掛けて弾かれるように走りました。
響く両者の咆哮。
説明中の周邵姉さんもびくっとなって声を詰まらせるほどの迫力同士が、中庭でぶつかり合った。
もはやどうなろうと構わんって感じで衝突する武器と武器。
お手伝いさんが持つ木剣からは金色の輝きが溢れて、奉先さまが持つ模擬の武器からは赤黒く鈍い輝き。
それらが轟音を立てた時、同時に何かが砕ける音も響いた。
途端に突風。
中庭から全方面へと、何かが爆発したみたいに解放されたそれは…………
「………」
「……、……」
奉先さまが持っていたほうてんなんたらが砕け、中から漏れた氣だったのだと……のちに、周邵姉さんが教えてくれました。
直後に場を埋めつくす歓声。……と、怒声。
怒っているのはもちろん雲長さまだったけど、それ以外のほぼは安堵と歓声ばかりだった。
将のみなさんがお手伝いさんへと駆け寄る中、お手伝いさんは立っているのも辛いってくらいのふらふら状態で、けれど……そんな状態のままに軽く手を上げて……奉先さまの頭に、ぽこりと手刀。
自分の砕けた武器を見下ろして呆然としていた奉先さまは、一度頭を両手で触ったのち……ぱあっと目を輝かせると、お手伝いさんに抱きついて───はぁああわわわわわ!?
「え、あ、えっ!? な、舐めっ……!?」
「あぁうあぁあああああっ!? ほほほほ奉先さま、大胆ですっ!」
押し倒される形になったお手伝いさんは、抵抗する力も残っていないのか舐められるがまま。周りの将のみなさんが剥がしにかかるけど、離れません。
まるで自分のものに匂いを付けるのに一生懸命な動物さんみたいです。
……と、ここでふと気づく。
今、お手伝いさん……右手で手刀しましたよね。
あれ? 木剣はどこに───
「うひぃえぁあぁああああっ!?」
「はうぁああっ!?」
───直後、空からびゅおんびゅおんと回転した木剣が落ちてきました。
とんでもなくびっくりです。
けれどそれがお手伝いさんの木剣だと気づくと、屋根から落下してしまう前に慌てて掴みます。
「わ、あ、熱い、です……」
掴んでみれば熱かった。
しかもあれだけの轟音と衝突だったのに、折れてもいない。
「どんな作りをしているんでしょうね……模擬の武器を砕いたというのに」
「あ、あはは……いえいえ琮、あれはちょっと違うんですよ」
「違う? とは?」
「砕いたというか、砕けたのだと思いますです。普通の奉先さま愛用の方天画戟ならまだしも、あれは模造の、鍛錬や仕合用の武器ですから。形だけを似せた適当な素材で出来たものに、奉先さまの氣を凝縮して詰めれば……しかもあれだけ思い切りぶつかれば、爆発しちゃいます」
「……え? それでは、お手伝いさんが勝てたのは……」
「言ってはなんですけど……運ですね。氣を込めずに向かってきていたら、きっと父さまは負けてましたです」
「………」
勝負は時の運、という言葉くらいは知っていますが、やっぱり努力だけでなんとかなる世界ではないのでしょう。
……あ、引き剥がされそうになった奉先さまから、また赤黒いもやが……。
「うひゃわああああっ!! 恋ちゃんが怒ったーっ!」
「恋っ! 桃香さまに氣を向けるんじゃない! というか暴れるなぁああっ!!」
「うわわわわ恋落ち着きぃ!! あーもうねねはどこやー!!」
「ねねなら璃々と買い物に出てるわよ! それより恋! 落ち着きなさい! 月もいるんだから暴れない!」
「うわわ兄ちゃんぼろぼろだ……! 流琉、ボクちょっと華佗のおっちゃん呼んでく───」
「おっちゃんではない! お・に・い・さん! だぁーッ!!」
「うわぁっ!? おっちゃん居たの!?」
「だから俺はまだおっちゃんではないと! ……しかしなるほど、これはまた随分と強引に錬氣をしたな、一刀」
「相手が全力でくるなら全力で……って、下手すりゃ死んでたけどね。恋も気が済んだみたいだし……はぁ、流石にもう無理動けな痛ッツァアアアアーッ!?」
「ははは、それだけ叫べればまだまだ元気だ。が、あまりこういった無茶は、医者としてはお奨めできないな。だから必治癒は無しだ。少しは懲りろとの、覇王さまのお達しだ」
「俺だってどうしてこんな大バトルになったのか教えてほしいくらいなんですが!? なんとか七回ずつ全力錬氣で吹き飛ばせたけど、これ以上続けられたら───……あ、あれ? 勝ったの十回? 十? 十回連続……───ぁ……美以ぃいいいいっ!! 恋にへんなこと吹き込んだのお前かぁあああっ!!」
眼下に広がる世界はとても賑やかだ。
わいわい騒いではどこかから悲鳴が聞こえて、聞こえたと思ったら笑い声に変わって。
「十回連続? ……あ」
そんな眼下をよそに木剣を眺める私の隣で、周邵姉さんが妙に納得いった、といった感じの声をあげる。訊ねてみると、なんでも奉先さまはお手伝いさんに“強者”であってほしかったとかなんとか……なんのことでしょう。
一回勝てるだけでも十分に強いと思うんですが。
「ますます産まれるお子さまが楽しみですっ!」
「? 産まれるんですか? まあ……はい、そう……ですね。その通りです」
「琮っ、これからもっともっと都は賑やかになりますよっ!」
「はい、思い浮かべるだけで、賑やかというかやかましそうです」
「次に産まれる子たちに負けぬよう、鍛錬鍛錬ですっ!」
「え? 嫌ですよ鍛錬なんか」
「ここは素直にのってきてくださいぃっ!!」
お手伝いさんの木刀を、強く強く握ってみる。
偉大なる父も木剣使いだと偉大なる母に聞いた。
感じるこの温かさは、父に近しいモノを握っているからでしょうか。
……普通にお手伝いさんの氣の残りの所為ですよね。
「………」
温かい氣です。
氣でいいんですよね? この温かさは。
触れていると、まるで守られているような気分になって、少しだけ楽しい気分になってくる。
「あっと、それは父さまに返さなければいけませんね」
「はい」
軽くひゅんひゅんと振るってみる。
……が、重い。拾った時にも思ったけれど、この木剣……重いです。
この黒さが重みの秘密だったりするのでしょうか……私とて木剣を持ったことはありますが、こんなに重いものは持ったことが……!
「おおお……これをあんなに簡単に振るうなんて……。お手伝いさん、やはり只者では……! ───あ」
「だから父さまだと───あ」
重々しくのろりのろりと振るっていた木剣がすっぽ抜けた。
途端、さああっ、と血の気が引く。
あれはお手伝いさんが大事にしているものだ。
中庭に来る時は大体持っていて、休憩しようという時でもそこらに投げ捨てて休憩、なんてことをせず、わざわざ長い布袋に入れてそっと傍に置くくらい。
それを落下させてしまった。いや、まだ落ちきってない。
「……くぅっ!!」
「えっ!? あっ、琮っ!? だめっ!」
駆けた。駆けて、飛んだ。
城内で一番高い場所から、屋根を蹴って。
その勢いの分だけ、黒い木剣には近づけた───けれど、今さら余計に血の気が引く。
木剣と自分の落下地点を考えれば、落ち切る前に掴めはする。するけれど……痛いで済めばいいなぁ。
ああ偉大な父……あなたもこうして、なにか大切なもののために命を賭したのでしょう。心血注いで民のためにと駆けたのでしょう。
たった一本の武器のために、もしやすれば命さえ失いかねないことをする私は、あなたの娘として己を誇るべきですか? それとも無謀だと笑われるべきでしょうか。
……笑われるのでしょうね。
皆が望むことをしようともしない私は一人です。
結局、自分が目指したいものも周囲には認められず、あれをやれこれをやれと言われるだけで、誰に褒められることも誇られることもなく死ぬのでしょう。
それが……今はとても悲しいです。寂しいです。
出来ることなら───もしこの先で死ぬのだとしても、次は誰かに褒められて、誇ってもらえるような自分になりたいな。
木剣を掴む。
さあ、あとは落ちるだけ。
されどこの木剣は意地でも守りましょう。
どれだけ痛いのだろう。
目を瞑れば痛くないかな。
そう思って目を閉じる刹那、仰向けに倒れたままのお手伝いさんと目が合った。
「ぅぁっ!? 亞莎!!」
途端、ぼろぼろの体を起こして、傍に居た母の名を呼ぶ。
見上げた母の目つきが瞬時に鋭いものへと変わって、即座に振るわれた長い袖から暗器が飛び出してうひゃわぁあああああっ!?
「旦那さま! いきます!」
「こいっ!」
飛び出した暗器……鎖のようなものが私の体に巻きついて、一気に引かれる。
落下を待っていた体は横へと流れ、けれどこのままだと地面を滑るか母に激突してしまう……なんて思っていた私が玩具のように振るわれて、地面にぶつかるどころかそのまま鎖から解放されて、飛んだ先には……ぼろぼろの体なのに、私を抱きとめてくれる……お手伝いさん。
「いぃっつ……!! くはっ……!! だっ…………~……だ、大丈夫か……? 琮……!」
痛いだろうに、心配をかけまいと無理矢理普通の顔をしようとして……失敗している。面白い顔だった。
……ああ、やっぱりこの人はいい人。
これで一番最初にくるのが怒声だったら、少し泣いてました。
いえ、目尻にあるのは涙ではなくて謎の汁ですよ? 驚くと分泌されるのです。涙ではありません。
などと誰に言い訳をしているのかも解らない状況の中、お手伝いさんがどすんと尻餅をついてしまう。やっぱり無理をしてくれたようだった。
将のみんながすぐに駆け寄ってくれる。
振り回される私の軌道上から見事に避けてくれていました。なんというか、さすがです。
「お、お手伝いさん……」
「ああ、ははっ……だ、大丈夫大丈夫……! 娘がハンマー投げの要領で振り回される貴重な場面を見れた代償だって思えば……!」
はんまーなげってなんでしょう。
あれですか? 許緒さまのいわだむはんまを投げるといった感じの意味ですか? …………ああ、確かにそうかもです。
「で、どーして急に空から…………って、なるほど」
はふぅ、と溜め息を吐きながら訊いてくるけれど、私が胸に抱いた木剣を見て、大体のことは納得してくれたみたいです。
さすがお手伝いさん……私の行動などお見通しですか。
「ありがとう。大切なものなんだ、守ってくれて本当にありがとう」
「あぅ……」
やさしく頭を撫でられる。
この人は、この気安さがいい。
踏み込む時は遠慮が皆無というくらいに踏み込む───それは上から見ていたので知っていますが、それ以外は距離というものを知っています。
相手が望む距離を保ってくれるので、とても心地がいい。
「で~もっ」
「はうっ!?」
おでこに軽い衝撃。
それでも木剣を離さない私にお手伝いさんは苦笑して、
「木刀は壊れても、まあ……思い出は砕けるけど、忘れるわけじゃない。でもな、琮が死んじゃったら代わりは居ないんだぞ? 守ってくれてありがとう。でも、無茶をしたのは怒ります。今のデコピンは、その分ってことで」
「………」
ぽかんとしてしまう。
そんな中、お手伝いさんは「っていうか、今せいぜいでデコピンが限界なだけなんだけどね……」と苦笑を崩して痛がっている。
そんなお手伝いさんを見て将のみんなは笑って、……ハッと何かの気配に気づいた時。
「…………」
「はぅがっ!? はっ……はああ……!!」
傍らに立つ、笑顔なのに怖い偉大なる母の姿に、私の体は固まった。