……で、だけど。
「えっと、悪い。子高、そろそろ亞莎を止めてやってくれないか? 琮が……」
「え? 琮? ───えぅっ!? 琮が大泣きしてる!? 何事ですか父さま!」
「落ち着くんだ登姉! ───ぬ、ぬうあれは……
「し、知っているの!? 柄!」
「う、うむ……私も父から聞いただけで、この目で見るとは思ってもみなかったが……!」
「……柄。その反応、無理にしなくてもいいと父上が仰っていたぞ」
「述姉! 今いいところだからそっとしておいてくれ!」
いや、きみたちね。
そういう問答はいいから助けてあげなさい。
と言ってみれば、子高が琮と亞莎を見て首を横に振るう。
「あ、いえ、父さま。あれはあれで、琮にもいい薬みたいです。亞莎はさすがね……叩きながらも愛があります」
「あ、本当ですね。何気に鍛錬もするようにと言い聞かせようとしています。さすが登姉さま、ものの見方もお見事です」
「あら~、またお尻叩かれちゃいましたね~」
「……なぁ父。あそこで“鍛錬? 嫌です”と言える琮は、どれだけ根性があるんだ」
「いや……あれって根性って言えるのか?」
というか本当に助けてあげてください。
あれじゃあ椅子にも座れなくなってしまう。
……あ、明命が止めに入ってくれた。……ハテ、なにやら明命がこっちを指差して……亞莎が俺を見て、わあ、顔真っ赤。
「おお……すごいな父。眼光ひとつで子明母さまが真っ赤だ……!」
「亞莎のことだし、過剰に怒りすぎたところを見られて恥ずかしがっているだけじゃない?」
「むう。登姉はいいなぁ。私も早く皆に認められ、真名を許されたい」
「……べつに特別なことではないわ。特別なのは、王の子という肩書きだけだもの。真名を許された理由なんて、それ以外には存在しないわ」
「登姉さま……」
「……はぁ。ほら、子高」
少し悲しそうに言う登の腕を掴み、驚く顔をそのままに引っ張って抱き寄せる。丁度、丕の隣に座らせるように。
「そういうことは気にしない。肩書きがどうのがあっても、認められない人は認められないんだから」
「うぅ……」
わしわしと頭を撫でると、結果として俺の足に座るかたちになっていて、立とう立とうとしていた足から力が抜けて……とすんと体を預けてくる。
……ハテ、丕さんのほうもなにやら思い切り寄りかかってきた気が……気の所為?
「で……王の子、で思い出したんだけど。禅は?」
「禅? 禅ならほれ、あっちだ父」
促された方を見てみる。
……季衣、鈴々、美以たちとともに、暴れる恋を押さえつけていた。というかしがみついていた。
「ところで奉先さまはどうして暴れているのだ? どうにも父を見ているように見えるのだが」
「あ、それは私も気になっていました。父上、結局のところここで一体なにが?」
「きっとあれですよぅ? 以前のようにお父さんに負けてしまった奉先さまが、目を輝かせてお父さんに抱きつこうとしたところ、誰かに邪魔されてしまったので……暴れるというよりはこちらに来ようとしているだけなのかもしれませんねぇ~」
「……だけ、と言うのは少し力が篭りすぎている気がするのだけれど」
と、これまでぐすぐすと鼻をすすっていた丕が、素直な意見をここに。そして俺も同じ意見です。
でも実際顔を舐められたし……本当にただこっちに来たいだけなのか?
「はぁ。愛されているわね、一刀」
「へ? あ、華琳……いいのか? あれ」
「いいのよ。罰だもの」
あれ、というのはもちろん恋を止めようとしている季衣と鈴々と美以だ。三国無双相手に素手で掴みかかり───わあい、振り回されてるー。って相変わらず滅茶苦茶です三国無双さん! やっぱり物凄く手加減してくれてたんですね!?
「今までは単に懐きの延長上のものだったのでしょうけれど……ふふっ、火のついた三国無双がどれほどなのか、見ものね」
「火のついた、って……今の恋?」
「他に誰が居るのよ」
や、まあ、現在こちらに来ようとずりずり近づいてきておりますが。
みんなに押さえられてるから来れないようだけど、それでもずりずり近づいてきてる。ハテ、そういえばどうして押さえてるんだろうか。べつにそんなに怖いものでも───
「おおお……冷静じゃないな、奉先さま。父よ、私たちも禅のように押さえるのを手伝うべきか?」
「禅だけでは心許な───あぁああ振り回されているわ! と、父さまっ! 私行きます! 曹丕姉さまも!」
「言われるまでもないわよ! 邵! 近くに居るわね!? 手伝いなさい!」
「は、はいぃっ! って、あうぁああーっ!? 前にして見ると余計に怖いですーっ!」
「うう~ん、確かにそうですねぇ。なんだかこのままお父さんに抱きついて、興奮のあまり力加減を忘れて骨まで折りそうなほどの勢いを感じますねぇ~……」
みんな押さえてくれてありがとう本当にもうありがとう! それしか言う言葉が見つからない!
でも確かにちょっと目が怖い! 普段は大人しい感じの目が物凄く鋭い! まるで同じ雌を取り合う雄の猛獣のような熱さと鋭さを───あれぇ!? 俺が雌なの!? 普通逆じゃない!?
「で? どうするのよ一刀。皆が止めに入っているけれど、止められるのはきっとあなただけよ?」
「それがわかってて向かわせるのって、普通に非道じゃないか……?」
「なんでもかんでも非道を引き合いに出されては何も出来ないじゃない。罰を与えることが非道に当たるなら、桃香を覇王として仰いでいなさい。……本当にそうしたら蹴るけれど」
蹴るらしい。
けど、そっか。考えてみればあの暴走、天下一品武道会の時と似ている。
じゃああれか、なにかパンク寸前の興奮を抜けるような何かを届けてあげられれば。
「えっと……恋~! なにかひとつ言うこと聞くから、暴れるのやめなさ~い!」
「……ん、やめる」
『えぇええええっ!?』
走り出した娘達が心底驚いた。
そして俺はといえば……何故か華琳さんに頬を抓られた。
え? な、ちょ、痛い! なになに!? えっ!?
あ、もしかして華琳もなにかしてほしいとか!? やっ、それならいつだって言ってくれればっ! 俺が誰を恋しく想って今日まで頑張ってきたかぃぁああーだだだだだ!? だだだだからなんで抓るんだよ! 違うのか!? 違うんだったら───あ。もしかして“言うことを聞く”ってところが気に入らなかったとかぁああいだだだだだぁーっ!?
……。
さて。
そんなことがあってから時間は流れ、とっぷりと夜。
周期ながら、恥ずかしいから一日置いてほしいという春蘭の言伝が秋蘭から届けられ、ほっとしたような、妙な気分を抱きつつ寝台に沈んだ。
今日はなんだかいろいろあった。
今頃朱里と雛里はみんなを集めて会議中だろう。
その中には春蘭と秋蘭も居るのだろうか。言伝と参加とを考えれば、秋蘭も大分忙しい。
なんにせよこれでSM的房中術の心配もなくなるわけだ。
今さらそのこと以上に怖いことなど滅多にないだろう。
……なんて、思ってしまったのがまずかったのかもしれない。
突如としてがちゃりと扉が開いて、布団に沈んだままに、閉じていた目を開いてちらりと見ると……そこに、何故か蝶々型のマスク……マスク? 眼鏡? のようなものをつけて、縄と蝋燭を持った……三国無双ォオオオオオッ!?
ギャアア魏武の大剣の上が来たァアアアアアッ!!
えあぁあああアバババババなになになにごと!? 何事かァアアアッ!!
ズバァと思わず立ち上がり、寝台の上で身構えた。
……すると、三国無双はこてりと首を傾げて手に持った縄をくねくねと動かし、遊んでいた。
「………」
「………?」
あの。もしかしてよく解らず、縄と蝋燭を持ってきた?
テイウカアノー、今日会議ある筈だよね? 何故にここに?
「れ、恋……? 今日、会議が……」
「ん……必要ない。勉強した」
言いつつ、たるませていた縄を引っ張る恋。
“じぱぁんっ!”って音と一緒に今あのー……衝撃波、出てませんでした? は、ははっ!? 気の所為だよね!? この後の俺の運命が、サブタイ:『悲運、音速拳』的なことになったりしませんよね!?
「……恋。冷静に、行動に移る前に聞いてほしいことがある」
「大丈夫。ご主人様……、ん……天井? の……しみ? を、数えているだけで……いい」
「どこで習ったのそんなこと! むしろ艶本の作者なに考えてるの!? そして多分それ言うほうが逆!」
「? ご主人様が言う……? ………………じゃあ、これもご主人様が、使う……?」
言って、縄と蝋燭をサムと差し出してくる恋さん。
「使いません! いいからちょっとこっち来なさい!」
「ん……」
頷いて、近づいてくる恋。そんな彼女からとりあえず……これ、柄も持ってる華蝶仮面でいいんだよな? を、スッと取って寝台の上に置く。
うん、やっぱり恋は春蘭よりもよっぽど聞き分けがいい。
昨日の春蘭はそれはもう説得に時間がかかったもんなぁ。
今の恋みたいに、寝台にきしりと上ってきて、ちょこんと座りつつも俺の両手を縄で縛ったりなんかオォオオオオオオーッ!?
「恋!? いいから! 縛らなくていいから!!」
「? 朱里と雛里が……こうするって……」
「それ間違った知識だから! 今日の会議で間違いだったことを説明する筈だったの!」
「…………残念」
「残念なの!?」
一応わかってくれたみたいで、縄と蝋燭がポイスとそこらに捨てられる。
それに安堵した俺は恋と向き合うかたちで寝台に胡坐をかくと───なぜか恋が俺に抱きついてきた。
驚いてべりゃあと剥がすと、こてりと首を傾げたのちにまた抱き付く。剥がす。抱きつく。剥がす。抱き付く。剥が……っ……ハガァーッ!!
なんか剥がすたびに力が上がってらっしゃる! まずいこれまずい! あまり剥がしすぎると、それこそ俺の背骨が“バキボキグラビッ!”ってことに……!
……仕方ないので抱き締められるままになっていると、今度は犬のように顔を舐めてくる。あの……これも抵抗したら噛まれたりするんでしょうか。
「ん、んんっ。恋、どうかしたのか? 仕合が終わってからちょっと変だぞ?」
赤くなっていく顔を自覚しつつ、咳払いをしてから訊いてみる。
対する恋は特に気にしたふうでもなく俺に頬擦りをしてきて、時折かぷかぷと首を噛んでくる。……で、この行為で美以を思い出したわけでして。
「そのー……まさかとは思うけど。美以が言ってた強い男がどうのってことと……関係ある?」
「ん……美以が言ってた。強い女は、強い男の子供、産む……って」
「子供って……! いや、恋? そういうのは言われたから残すんじゃなくて……」
「言われたからじゃない。恋は、残したいから残す。ご主人様と恋の子供……きっと強い。強いから……」
「え……強いから?」
内心は戸惑いのまま。
けれどきちんと聞く耳は持っておくよう努め、恋の言葉の先を促す。
恋がこれだけきっぱり言うんだ、半端な気持ちじゃないとは思うけど───
「恋より強くなってほしい。そうしたら戦う。全力で戦う」
「………」
───なんか“この人どこかから範馬の血でも受け継いだんじゃないか”って軽く考えてしまった。
一瞬、もし子供が産まれて息子だったら、刃牙とか名前つけますかと訊ねそうになる。もちろんしない。
「恋……それでも、やめておいたほうが───」
「平気」
「や、けどな?」
「平気」
「う……あ、じゃあさ、ええっと、こんな話があるんだが───」
話をする。とにかく、遠回しだろうが近回しだろうが恋が諦めそうな例え話を。子供が産まれたらこういうことが大変なんだぞー、とか、さりげなく。
「平気」
「───」
しかし何も変わらなかった。
「恋、あのな?」
「……ひとつ、言うことを聞く。……ご主人様が言った」
「───」
そしてまた俺は後悔するのでした。
ああ、わかってる。願われることなどわかってるんだ。もうさすがにわからないとか言わないよ。悲しい方向に成長したもんだなぁ……俺。
「恋、待った。わかったから、願いごとで子供を作るとかやめてくれ。それは、子供が可哀相だ」
「ん……でも、んゆ……」
「わかったから」
言葉を繋ごうとする恋の頭を、前髪から後ろへと滑らせるように、けれどゆっくり撫でる。こう、一度無理矢理にでも目を瞑らせて、見ているものをリセットさせるために。
……なんでも言うことを聞く、という約束で子供を作るわけにはいかない。
かといって説得でどうこうなるようにも見えない。だったらどうするか?
「……恋。後悔しない?」
「平気 」
「ほんとのほんとに?」
「平気 」
「子作りって、なにをするか知ってるよな?」
「セキトもやってた。大丈夫……わかってる」
「…………」
思わぬところでセキトの情事を知ってしまった。
顔が熱いのは気にしちゃいけないことだろう。
「じゃあその、重要なことを訊くな?」
「?」
「えぇっと……その。恋は、俺のこと……好きか? もし好きとかじゃなく、美以に言われた条件上の男だからって理由でなら、俺は───」
「……? よくわからない」
「あ、あー……そか。じゃあ、そうだな。ほら、さっき俺の顔舐めただろ? ああいうこと、兵にしたいとか───」
「!? ……嫌」
「え? あ……恋?」
「嫌」
「あ、や、嫌ならそれでい───」
「嫌……!」
「うう……」
警戒心が上がった。
珍しくも怒った様子で俺を睨んでくる。
「じゃあ質問を変えるけど……俺だったら?」
「………」
「わっと」
抱き付かれた。その上で、俺の匂いを自分につけるようにより密着して、胸にこしこしと顔を擦り付けてくる。
…………質問の答えは、こういうことらしい。
好きとか嫌いとかは深く自覚はないまでも、自分との間に残したいものがある。そう言ってくれているようだった。
「───」
苦笑、小さな溜め息。
それをいっぺんにやった辺りで、こちらの覚悟も決まった。
(知られたら、ねねに蹴り回されそうだなぁ……はは)
どつき回すのではなく蹴り回す。そんなことを想像するあたり、やっぱり苦笑は漏れたけど……それも恋に口を塞がれたあたりで止まった。
塞がれたというよりは、顔の時と同じように舐められたというもの。
けれどお返しとばかりに舐めて、塞いでと繰り返していくうちに高まり、やがて……体を傾け、交じり合っていった。