真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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139:IF2/誇ってくれる、眩しい人③

 そうして時は過ぎて……朝がくる。

 コトが済んだのちにドラム缶風呂でいろいろ流し、現在さっぱり状態の俺と恋。

 たった二人のために大きな風呂を用意するわけにもいかなかったので、ドラム缶。

 つくづく思うけど、これを製作してもらったのは本当に正解だった。

 元々は中華鍋を繋ぎ合わせたものだーなんて言って、果たして誰が信じてくれるのか。あの頃はまだまだ都も出来てなかったなぁ……懐かしい。

 しかし風呂でいろいろ流し終わって、部屋に戻ってからも……何故か恋はやたらと擦り寄ってきて、隙あらば顔を舐めてきたり頬擦りをしてくる。どうしたのかを訊ねてみれば、

 

「……匂い、消えてる」

「マーキング!?」

 

 詳しく訊いてみたところ、春蘭の香りが色濃く存在するのが嫌だったんだとか。

 十回戦って負けた⇒本当に強い男と認識⇒強い女は強い男と子供を作る⇒なのに相手からは春蘭の香り⇒恋の匂い、つける⇒みんな邪魔する⇒暴走。

 ……そういった経緯が、彼女の中にあったらしい。

 な、なるほどぉおお……そういうことなのね……。

 

「あ、っと。それで恋、恋は今日、仕事は?」

「ん……朝から、ねねと一緒に見回り」

「そっか。じゃあそろそろ朝餉食べないと」

「……行ってくる」

 

 うっすらとやさしい笑みを浮かべ、歩いていく。

 部屋の扉を開けて外に出るまで、何度も何度もこちらを振り向いて。

 その度にいってらっしゃいと手を振るんだが、少しするとまた振り向いて……って、犬じゃないんだから早く行きなさい!

 

「ふぅ……」

 

 やがてパタムと閉ざされる扉に溜め息。

 懐いてくれるのは嬉しいけど、美羽の時みたいに依存っぽくなるのは危険だ。

 とはいえ……いたしてしまいました。いや、後悔はないし、きちんと全力で愛した。けど……ふと思う。あの三国無双との間に出来る子供。……やっぱり強いのかしら、とか。

 もし俺の想像を遥かに超えて、産まれた瞬間から授乳を強要するような地上最強の生物だったらどうしましょうとか。

 ……その時はその時か。

 とりあえず部屋の中の空気、なんとかしないと。

 

「ぃよいしょっ……っと」

 

 窓を開けて、扉を開ける。

 ……と、そこに立ってる三国無双。

 

「……食べてきなさい」

「……ん」

 

 今度こそ、とばかりに歩いていく恋。

 今度は振り向かずに歩き、やがて廊下の先で見えなくなった。

 

「うん」

 

 見送ってからは早い。

 いたしたあとの処理と言うべきか、とりあえず布団を干して、ついでに携帯電話も陽の下に置いてと。

 と、そんなところで来訪者。

 

「お手伝いさぁああ~ん!!」

「おぉうわっ!?」

 

 なにやら泣いた琮が、俺の腰にタックルしてきた。

 お、おぉおお何事……!? いやいや琮!? タックルはだね、腰から下に……でもなくて!

 

「ど、どうしたんだ、琮。見張り台から落ちたことなら、もう散々亞莎に怒られたみたいだから、もう謝らなくても」

「い、家出をしてきたのです……! ここに居させてくださいぃい~っ……!!」

「………」

 

 ……神様。家出だそうです。

 随分と近い家出であるな、と脳内神様が笑っておられた。

 

「琮……? 俺を頼ってくれるのは嬉しいけど、家出はさすがに……」

「で、でもっ、あの偉大なる母が私を叩き、涙したのです……! わわわ私はもう、合わせる顔がぁああ……!!」

「や、一日一緒に居られたなら大丈───」

「一日一緒に居たから息が詰まるんだもん!!」

「おおっ!?」

 

 安心させるようにいろいろと言おうとしてみれば、子供らしい口調で怒られてしまった。

 妙に悟った雰囲気は持ち合わせていても、やっぱり子供のようだ。

 で、結局どうするかなんだが……

 

「……本気なのか? 心配させることになるぞ?」

「うふふふふその心配を武器に今度こそ鍛錬無しの日々をもぎとって痛い痛い痛いですーっ!!!」

 

 ああなんだ、その。この子無駄に逞しいです。

 顔は亞莎なのに中身がまるで雪蓮だ。

 

「うう……お手伝いさんは時々ひどいです……こういう時は何も言わずに匿ってくれるのが、男のやさしさだと黄蓋母さまが仰ってましたよ……?」

「とことんいろんな娘に困ったことを教える人だなぁもう……。ていうか、なんで黄蓋母さまだったり公覆母さまだったりするんだ?」

「あ、いえ、それは黄蓋母さまが───《スッ》真名以外なら好きに呼べぃ───と」

「や、妙に雰囲気出して祭さんの真似しなくていいから。むしろそれなら祭さんのところに転がりこんでもよかったんじゃないか?」

「え? いやですお酒臭いし」

「明命のところは?」

「お猫様談義が尽きることなく放たれるので」

「思春───述の部屋は……」

「鍛錬鍛錬と述姉さまがやかましいです」

「……蓮華のところは」

「同じです。武の才があるのにもったいない、と」

「……禅は?」

「あのぽやぽやした空気はとても素晴らしいです。が、同じようにまったりしていると雲長さまに捕まりますし」

「はぁ……丕のところは?」

「偉大なる父の話でいっぱいです。これは文句はありませんが、どうやら自分の知らない父のことを話されるのが嫌いらしく、いろいろと面倒なので」

「……まったりって意味で、穏と延のところは?」

「本を読んでいると羨ましそうな目でねっとりと見られて、正直身の危険を感じるので駄目です」

「………」

「………」

「他の将のところは」

「誰も彼もが鍛錬しろ鍛錬しろなので嫌です」

「………」

 

 候補が絞られた結果、ここだったようです。

 ようするに一番最後。

 いや、泣くことないんだよ? 俺。最後にちゃんと頼られたってことじゃないか。

 

「わかった。じゃあ、勉強するか」

「ぁ……っ! 望むところですっ!」

 

 にっこり笑顔がそこにあった。

 あったけど、尻が痛いらしくて椅子は無理だと泣かれた。

 なので寝台に座った俺の胡坐に琮を乗っけるカタチで…………さて、それでは思考の回転速度を上げましょうか。

 難しい問いから始めて簡単な問いに。理解しづらい覚え方から理解しやすい覚え方へ。

 応用を素っ飛ばして困惑から始めて、応用こそを受け取りやすいものとして受け入れさせる。

 

「いいかい琮。覚え方にもいろいろある。これを見たらこう考えろって頭に叩き込むのもそうだし、この陣形を見れば崩し方はこうだって記憶しておくのもいい」

「はい」

「ただし、それをそのまま応用に回さずに固定するのは危険だしもったいない。いいかい? 固定した考え方は自分の進む道を閉ざすものだって覚えなさい。これはこうだから、それは有り得ない、じゃなくてな? これはこうだけど、こういう考え方もあるって覚え方をしよう」

「可能性は捨てずに持て、ですね。偉大なる父の書物に書いてありました」

「うぐっ……み、見たのか?」

「はい。曹丕姉さまが“琮は頭が硬いから”と、見せてくれたものがありました。……とても興味深いものでした」

「そ、そっか? はは、そかそか」

 

 深く、しみじみと言われてはさすがに照れてしまう。

 しかし琮に「何故お手伝いさんが照れるのですか?」と言われれば、泣きたくもなりましょう。

 

「ああ、わかりました。お手伝いさんも偉大なる父が褒められて嬉しいのですね。わかります、すごくわかりますよ」

「───」

 

 そして違うとも言えない俺。

 照れと悲しさと微妙な感情とが混ざり合い、なんとも奇妙な表情で停止してしまう。その間にも琮は話を続けて……俺はといえば、きちんと返せる言葉には返して、投げかけられる言葉はきちんと拾ってゆく。

 こういうタイプは……うん、きちんと言葉を拾ってあげることが重要だ。それはシャオの時でも美羽の時でも、感じたことは変わってない。

 なので根気良く。

 向かっている方向への後押しをするようにして、ただしたまには体を動かさないとといった感じでクッションを差し込む。ようするに、俺も一緒にやるから運動をしよう、みたいな感じ。

 

(……はぁ)

 

 それにしても、いつになったらこの娘は俺のことを父として認識してくれるのか。

 怒鳴るように言い聞かせたってその後が気まずいし、かといって優しく語り掛けたって“いくらお手伝いさんとはいえ偉大なる父の名を騙るなんて……!”とか言われそう。……うわー、すごい言われそう。ほんと言われそう。

 なので首を捻る。どうしたものかと。

 

「お手伝いさんは偉大なる父の生前を知っているのですよね? 教えてください。曹丕姉さまに自慢してやるのです」

「お前は結構腹黒いのな……」

「腹黒い? いいえ、私は素直ですよ。表で黒いのですから。鍛錬しろとばかり言う様々な人に、そうして少しずつ鍛錬をしろと言うたびに、聞きたくないことを言われるのだと教え込ませるんです」

「やめましょうね?」

 

 言いつつ、胡坐の上で“フスー!”と得意げにガッツポーズを取る琮の頭を撫でる。宥めるって意味も込めて。

 すると俺を見上げ、拍子にキョンシー帽がずるりと落ちるのもお構い無しに、琮が言う。

 

「お手伝いさんはやっぱり不思議な人ですね。いえいえ、いい人という意味で。普通こんな態度の子供と居たら、嫌気が走ると思いますが」

「え? なんで?」

「え……だって、かわいげなんてないじゃないですか。私だったら嫌です。ごめんです。こんな子供はほうっておいて、自分の時間のために動きますね」

 

 自分でそこまで言いますか。

 でもなぁ、俺にそんなこと言われたってな。

 それこそ“なんで?”だ。

 こんな態度? どんな態度?(*様々な将に散々と振り回されたため、嫌気の基準がおかしい。主に猫耳フードな軍師の所為で)

 

「別に困ったやつだとも思わないし、いいんじゃないか? それが琮らしい生き方なら。俺はお前がそれでいいって胸を張れてるなら、なんの文句もないし……」

「あ……」

「ちゃんと、誇っていいことだと思うぞ?」

 

 やさしく撫でる。

 俺の胸に頭のてっぺんを当てるようにして俺を見上げる琮の、そのおでこを。

 頭を撫でようにもこの体勢だと難しい。

 

「……誇ってくれるんですか? こんな私を。鍛錬もサボるし、サボって食べる胡麻団子が好きな私ですよ?」

「鍛錬はサボっても、仕事や勉強はちゃんとやってるんだろ? 伸ばしたいことを率先してやるのは努力であって、別に批難されるようなことじゃないさ。亞莎だって元は武官で、そこから文官に移ったって聞くし。あ、でもな、ここで亞莎を喩えに出したからって、琮にそうなれって言ってるわけじゃないぞ? 琮は琮がやりたいことをやりなさい。そのことで周りがどれだけ怒ろうとも、呆れて離れていこうとも、俺は琮の傍に居てずうっと応援しているから」

 

 相手は俺をお手伝いさんと呼ぶ。

 だったら、もうそれでいいんじゃないかなって思う。

 少なくとも偉大なる父って言ってくれているんだし、親であることは俺が自覚していればそれでいいんだから。

 だったらせめて……そう、せめて、お手伝いさんとして見守ってあげよう。

 押し付けるだけ押し付けて、さあ頑張れって言うんじゃなくて。周りが敵だらけになったとしても、一緒に居て笑っていられる用務員さん的な気さくさで。

 ありったけの親心を込めて、そんな思いをぶつけた。

 するとどうだろう。

 表情をなくしたような顔で黙った琮が、額を撫でていた俺の手をきゅっと握る。俺の顔を見ながらだから上手く握れなくて、人差し指と中指を握るようなもの。

 なんとなく指でも折られるのではと怖くなったものの、そうなりそうなら全力で抵抗しよう───なんて思っていたのだが。

 

「………~……!」

 

 何故か娘は眩しそうに目を細め、足から降りて駆けてゆく。

 そのままの勢いで扉を開けると、そのまま走り去───らずに、わざわざ扉を閉めようとしてくれたのか、向き直ってくれて……

 

「わ、私はっ!」

 

 叫んだ。そんなに叫ばなくても聞こえるって距離なのに、それはもう大声で。

 

「へ? あ、ああ、うん……?」

 

 思わず気の抜けた返事をしてしまったが、どうか許してほしい。

 

「私はっ、これからお手伝いさんが誇れるような立派な人間になります! 勉強をいっぱいして、た、たたた鍛錬も面倒ですけどきちんとやって! そしたら、誇ってくれますか!? いっぱいいっぱい誇ってくれますか!?」

 

 言われて嬉しくない言葉なわけがない。

 むしろくすぐったくなって、笑顔をこぼしながら、はっきりと言って返した。

 

「───ああ。もちろん」

 

 頷くとともに胸にノックを。

 そうすると琮は歳相応の無邪気な笑顔を見せて、パタパタと走っていった。…………扉はそのままで。

 ……あれっ? 閉めてってくれるんじゃなかったの?

 

「……えーと」

 

 やっぱりお手伝いさんのままだけど……いいのかな? うん。いいよな。

 いつか大人になったあたりか、その前に気づいてくれるだろう。

 だから今は、お手伝いさんしかしてやれないことをたくさんしてやろう。陰ながら支えてやるのもいいし、辛くなったら慰めてやるのもいい。

 そうして彼女の心が満たされるまで支えてやって───


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