真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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140:IF2/約束って恐ろしい②

 ゆっくりと立ち上がって……呟く。覚悟完了と。

 

「よし鈴々!」

「にゃっ!? なになにお兄ちゃん! やるの!? やるのー!?」

「応! かかってこい!!」

 

 言った途端、鈴々が地面を弾くように跳ねて、後方に着地。座った状態からバックステップで立ち上がるって、無茶……でもないか、この世界の人なら。

 

「えぇっ!? ととさま本気!? そ、琮お姉ちゃん、止め───」

「頑張ってくださいお手伝いさん! 大丈夫ですお手伝いさんならいけます!」

「えぇええええっ!?」

 

 娘の声を耳にしながらも、早速氣を充実させて、鈴々に集中───した時には、もう鈴々は突撃を仕掛けていた。大振りの一撃だ。

 

「よしっ」

 

 ならばともう一度踏み込む───動作だけをすると、鈴々が思い切り蛇矛を振って……空振った。

 

「にゃっ!? 来ないのだ!」

 

 さっきの今でいきなり大振りで来るわけがないと思ったら、見事に格好だけのエサだったようだ。今のタイミングで走ってたらあっという間に空飛んでたね。

 なので見事に空振りしてくれた鈴々へと、今度こそ突撃を仕掛ける。

 

「甘いのだっ! こっちも囮なのだっ!」

「うん知ってる」

「そうなのかー!?」

 

 空振りをした蛇矛から片手が離れていたのは見た。

 だからその左手に集中して、駆けた俺へと振るわれた拳をいつか焔耶にもやったように手でのパリィ。ただし今回は木刀を持った右手の甲で。

 そうして氣の向きを変えて払ってやれば、隙だらけの燕人の出来上がり……なのだが、だったらとばかりに飛び蹴りをしかけてきた。

 

「よいっ───しょぉおっ!!」

 

 当たると肋骨とか砕けるんじゃないかっていうほどに勢いの乗った左の膝蹴り。

 それから身を捻って避ける動作のまま、突き出した左の手甲が鈴々の腹部に埋まる。そこで俺の氣と一緒に弾かれるように飛び出したのは、鈴々の拳を受け止めた衝撃だ。

 当たってくれたことに安堵する───時間もなく、鈴々は痛みを感じながらも蛇矛を戻す動作のままに攻撃を仕掛けて「とわぁああったた!?」咄嗟に避けたけど掠った! コメカミ掠った! なんて動揺を浮かばせてしまった瞬間には鈴々の体勢が整ってしまい、暴風雨のような連撃が俺を襲うことになった。

 

「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃぁああーっ!!」

「うわたたたたわっとったわっ! たっ! とっ!!」

 

 避ける弾く逸らす。

 これでもかという連撃をなんとか……逸らしきれない! 無理これ無理!! ガードしてもどこかに当たるほど思い切り打ち込んできてる! 防御が間に合わない!

 ああもうほんとありがとう恋! 手加減って素晴らしいですね!

 

「にゃーっ!」

「───! ふぅっ!!」

 

 またしても横薙ぎに振るわれる蛇矛を、震脚で吸収した衝撃と拳とで上へと殴り逸らすと、殴ることでかかる圧力をそのまましゃがむ力に変えて、蛇矛の軌道から逃げる。

 

「んぐっ……えぃやぁあっ!!」

「えちょっ!?」

 

 と思ったら、逸らされた反動を利用して、その防御ごと破壊してくれるわとばかりに全力で振るわれ直す蛇矛様! む、無理無理! これをまた逸らすとか、体勢が悪すぎてウォアーッ!!

 

「ひぃいいっ!!?」

 

 ごひゅぅうんっ!! と目の前の空気を裂いていく大迫力の剛撃。

 慌てて、必死に避けてはみせるが、体勢を崩した俺へと容赦なく襲い掛かる鈴々。

 

「やっ、ちょっ……! 鈴々無茶しない! あんまり無理矢理戻すと腕の筋おかしくするぞ!?」

 

 必死で逃げ回りながら“あまり無茶はするな”と言っても、「全然へーきなのだ!」ととっても元気。

 ……うん、なんだろう。俺の基準での心配って、するだけ無駄なのかな。

 

「………」

 

 慌てつつも左手の感覚を調べる。

 鈴々の腹に衝撃を放った時にも、ちょっと感覚が心許なかったそれも、痺れが取れてくれば自由に使える。

 鈴々のイメージとの戦いは、言った通り多少とはいえやっていた。本当に多少だけど。動きは実に本能的で、狙いやすい場所……こっちにしてみれば攻撃されると対処しづらい場所ばかりを狙ってくる。

 そのイメージは雪蓮や恋と似たものだったから、だったらと恋のイメージに集中はしていたものの……

 

「うりゃりゃぁあーっ!!」

 

 フェイントらしいフェイントもなく、それを狙う時はあからさまでわかりやすい。なんとも真っ直ぐな攻撃だ。

 だからこそ一撃一撃が重くて、防御ごと弾かれたりもすれば、避ける場合は紙一重なんて怖いことはまず無理だ。

 

「むー! 避けてばっかりじゃつまらないのだーっ!!」

 

 そして、避けられれば避けられるほど鬱憤が溜まってゆく。

 そうして蓄積された憤りは腕力と振るう武器に委ねられ、ますます威力を鋭く、攻撃を単調にさせて───

 

「ここっ!」

 

 おもいっきり。いっそ叩き潰されるんじゃないかってくらいの大振りの一撃が来た時、左の手甲でそれを受け止めた。「あ」って鈴々の口が動いた時には、もう木刀への衝撃装填は済み、振るってまであった。

 

「負けないのだ! うぅうりゃぁああーっ!!」

 

 なのに、あろうことか防御どころか迫り来る木刀目掛けて武器を振るいなすった。

 受け止められた蛇矛を引っ込めず、そのまま俺の手から滑らせるように。

 結果、そんな体勢からでは勢いが乗るはずもなく、吹き飛んでゆく鈴々。

 俺はといえば、吹き飛ばせたことへの安心感で一気に気を抜いてしまい───直後、身を回転させて蛇矛を地面に突き刺し、衝撃に持っていかれる体を無理矢理地面に下ろし、駆けて来る鈴々の姿に驚くほかなかった。

 

「ちょ、ちょっ…………オワァーッ!!」

 

 すぐに心に喝を入れるが一手届かず。

 決着もついていないのに気を緩めてしまった所為で、俺は再び……空を飛んだ。

 

「鈴々の勝ちなのだーっ!」

 

 しかし着地。そして疾駆。

 俺の行動に気づいた鈴々が驚きつつも距離を空けて、こちらの攻撃に備えた。

 

「にゃーっ!? お兄ちゃん“おーじょーぎわ”が悪いのだっ!!」

「先に吹っ飛んだのは鈴々だろ!? べ、べつに負けを認めるのが嫌なわけじゃないぞ!? 戦いに対して前向きなだけだ! 星には負けるけど! こうなったら氣が枯渇するあと5回まで付き合ってもらうからなっ! 鈴々!!」

「おー……! ……えっへへー、望むところなのだ!!」

 

 緩んだ顔で攻撃を受け止めて、無邪気な笑顔で返す燕人がおりました。あ、やばい、ほんと勝てる気しない。

 そんな、さっさと負けを認めて鍛錬に戻ればよかった俺を見て、立会人が呟いたそうな。

 

「やれやれ……連続で戦いたくないから立会人を頼んだのだろうに。これでは意味がないな」

 

 まったくそのとおりです。

 でもね、始まっちゃえばね、鍛えた男ってのはね、負けたくないんだ。

 だから戦う。秋蘭が居ればこの後に挑んでくる人は居ないのだから、戦う。

 

「加ぁああ速加速加速加速ぅうううっ!!!」

「おぉおー! 速いのだー!」

「うえぇ!? 全部弾かれた!?」

「鈴々ももっと速くするのだ! にゃー!」

「え? も、もっとってキャーッ!?」

 

 ……前略、おじいさま。

 過去の英雄は本当の本気で……言っちゃなんだけど化物です。

 このこわっぱめがどれほど鍛錬しようとも、常にその先を歩んでおります。

 全速力で追いかけたとして、いったいいつ追いつき、守ってあげられる自分になれるのでしょう。

 そんな目標の終着点が、まだまだ見えてはくれません。

 

「いぃっぢっ!? く、くそ、ぉおわっ!? ひぇえいっ!? ───ギャーッ!!」

 

 押されっぱなしです。

 けれど隙を見ては装填倍返しを放ち、なんとか吹き飛ばして───今度は油断するどころか自分で突っ込み、さっきと同じように地面に蛇矛を突き立てて体勢を立て直そうとする鈴々へと木刀を突き出し、寸止めをして勝利を───

 

「せりゃぁっ!」

「うぅっ!? っぐ!?」

 

 体勢を立て直すどころか、地面に足もつけないままに蛇矛を軸に回転蹴りをかましてきた。追ってくることが予想できていたのだろう。もう本当に勘弁してほしい。

 しかもその蹴りが丁度キツいところに埋まったために、呼吸が止まる。苦痛に顔を歪めている間にも当然相手は動いているわけで、肺がごひゅうと息を吸った頃にはもう、体勢を立て直した鈴々が俺へと蛇矛を振るっていた。

 

「ふぅんぐっ! ───ぉぉおぉおあぁっ!!」

 

 袈裟の一撃。そこへと加速で振るった木刀を添えて、自分の右側へと逸らして弾く。こっちだって呼吸を整えている中でも目は見えているのだ。棒立ちだろうと次への行動は決められる。一手遅れようが、掠っただけでも大ダメージだろうが、倒れない限りは根性論だろうとなんだろうと……!

 

「まだなのだっ! うりゃぁー!!」

 

 ……と、いきたいところなんだけど。

 相手は攻撃を受け止められるたびに笑顔の花が咲く。

 一方こちらは続けば続くほどにヒィヒィ。

 じっ……実力の差って……残酷だ……!!

 たとえここで“私の負けだぁーーーーーあっ!”と敗北を知りたい死刑囚のように叫んだところで、彼女は絶対に納得はしないだろう。

 むしろ日を改めてもう一度ってことになるに違いない。なにせこれは約束があっての戦いなのだから。

 ならばどうするか。

 全力を以って、この氣尽きるまで。

 これでしょう。

 

「せいっ! おぉおあぁっ!!」

 

 震脚からの左の直突き。

 氣で加速したそれを、彼女は紙一重で躱しながら蛇矛を振るい、俺はそれを“もう慣れたものだ”とばかりに避けて、木刀を振るう。

 “紙一重で避けられること”、“その動作を利用した攻撃”等は、もう雪蓮のイメージで随分と慣れされてもらっている。あちらは勘で動くから、そっちの方がまだ捉えづらくも思えるくらいだ。

 鈴々の場合は勘というよりはそれこそ本能。“こう来たからこう避けるのだ!”と体で表現しているような動きだからこそ……勘を武器にする人と戦い続けた俺にとって、まさに相性が悪い。雪蓮の勘が辿るルールをどれだけ追い続けても、鈴々が自分で自分に刻み付けたルールには追いつけない。

 鈴々の言うとおり、鈴々に勝ちたいなら鈴々のイメージと戦わなければ意味がないのだ。

 

「せいせいせいせいせいせいせいぃいっ!!」

 

 体は既に、ずぅっと加速状態。

 関節ごとに氣のクッションを置いて、それら全てを加速させての攻撃と防御。

 それだけやってもまだ鈴々の顔には余裕があって、攻撃すればするほど、防御すればするほど、こちらがただただ消耗してゆく。

 

「見切ったのだっ! えぃやぁーっ!!」

「同じくね! 喰らえ倍返し!」

「にゃっ!?」

 

 一定パターンの連続攻撃。

 そこに出る隙に攻撃を仕掛けた鈴々に、その攻撃を受け止めてからの倍返し。

 

「その手はもう喰らわないのだ!」

 

 けれどまあ、受け止めて装填して返す、なんてものを馬鹿正直に繰り返していれば、鈴々相手じゃあっという間に見切られるのも当然で。

 鈴々は袈裟に振るわれた木刀をくぐるように、体を反らすことで躱して見せて───

 

「鈴々も倍返しなの───だ?」

 

 すぐさま反らした体を持ち上げるように、元気に蛇矛を振るおうとする鈴々。───の、腹部に、左の手甲がトンと当たる。

 そう。まあ、左で受け止めて、右に装填、なんてパターンを相手が信じてるなら、相手はそれだけに集中して、それだけを注意深く避けるだけでいいわけだ。……こっちが本当に、馬鹿正直に何度も何度も右に装填していれば。

 あ、なんて声が彼女の口から漏れた途端、自分の身にも響いてくるほどの“ずどぉんっ!!”という衝撃。

 

「けぷっ───!?」

 

 残った氣の全てをぶちかますつもりで放ったそれは、内側によく響いたようだ。

 思い切り殴りつけて炸裂させたほうが強いのは当然……だけど、そっとやらないと、この世界の英雄さまは察知してしまうから。だから殴る意味でのダメージはゼロで、鈴々の攻撃に自分の氣を乗せただけのものになった。

 ……だけっていっても、もうこっちはすっからかんだから、全身全霊の一撃とも言えるわけで。

 自分に触れた手甲の感触に気づいて、珍しくも焦った表情が浮かんだ時には、彼女は体をくの字に曲げていた。

 

「げほっ! けほっ! う、うぅうっ……す、すごいのだお兄ちゃん……! 右は囮、だったの、かー……!?」

「おお鈴々が語りだした! キエエエェエーッ!!」

「にゃーっ!?」

 

 が、しかし。すっからかんだろうが相手はまだまだ平気そうなので、外から氣を少しでも取り入れての突撃。

 ……もっとも、加速出来るほども集まらず、精一杯の全速力の一撃はあっさりと防御された。一方の鈴々はこれまた元気に蛇矛を振るう始末で、“ああ俺の氣って……!”と悲しくなったのも確かなわけで。

 それでも諦めない負けず嫌い根性を自覚しつつ、ほぼ逃げるみたいに鈴々の攻撃を避けながら、少しずつ少しずつ氣を取り込んで……せめて一太刀を返せるってくらいの氣が、今こそこの手に集った時。俺は───!

 

「追い詰めたのだっ! にゃーっ!!」

「キャーッ!?」

 

 俺は……壁に追い詰められていました。

 キエエとか言って襲い掛かっておいてこの様である。

 まだほんのちょっと距離はある……構えからして来る攻撃は上段からの振り下ろし。コマンドどうする!?

 

1:真剣白羽取り(下手すると脳天割れます。多分下手しなくても)

 

2:タックルは腰から下(タックル⇒マウント)

 

3:足元がお留守でしたよ?(足払い⇒顔面下段突き寸止め)

 

4:相打ち覚悟の加速居合い(相打ちっていうか俺だけ酷い目に遭いそう)

 

5:スクリューパイルドライバーで吸い込む(ボリショ~イ! パビエ~ダ!)

 

結論:……4! 最後まで諦めない! 諦めかけのヤケクソっぽい行動だけど、希望は捨てない!

 

 ていうか5! 俺そんなの出来ないから! 距離が空いてるのに無理矢理掴んで投げるとか無理だから!

 

「しぃっ!」

 

 思考にツッコミながらも加速。

 “左の手甲を鞘代わりに、滑らせるようにして一撃を“発射”する”。

 手甲という名の鞘から弾き出される一撃は、それこそ発射って言葉が似合うくらいの速度が出るだろう。

 ……もっとも、そんな“構えて戻して払って”の動作より、鈴々の振り下ろしが遅ければ。

 

「にゃっ……!?」

 

 けど。

 腰に溜めた手甲に木刀を構えたあたりで、鈴々の膝が力を無くした。

 腹の内側への衝撃が今頃足に来たようで、バランスを崩したのだ。

 勝利への確信からなのか、それとも油断だったのか。

 意識の緩みが無ければ、あるいはこの世界の英雄なら膝へのダメージくらい耐えられたのかもしれない。

 いや、むしろ英雄だからこそ、自分はこんなものどうってことないって心こそが、この好機を───

 

「せぇえいやぁあああっ!!」

 

 今こそ一撃。

 手甲から発射された加速の居合いが、鈴々目掛けて弧を描く。

 そこにあるのは驚愕か、焦りか。

 キッと見たその表情は───……笑みだった。

 

「ふぅうっりゃぁあああああっ!!」

「───、……え……?」

 

 彼女の右の腹目掛けて振るわれたそれ。

 足から力が抜けた人は、反射的に膝に力を込める。誰だってそうすると思う。

 けど鈴々は、膝なんてそのままほったらかしで、自由に動く上半身を動かした。腕を振るい、迫る居合いの一撃を、咄嗟に構えた蛇矛で受け止めて。もちろん体勢の悪さが災いして吹き飛ぶ、なんてことにはなったけど…………すぐに地面に手をついて、ひょいと元気に着地してみせた。

 

「………」

 

 ここまで反応出来てこそ英雄。

 呆然とするほか無かった俺へ、突撃してくる鈴々。

 ハッとして構えてももう遅く。

 今度こそ氣もすっからかんな俺は、鈴々の一撃を腹に受け、倒れた。


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