真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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141:IF2/食事の意見が分かれるのは大体いつものこと③

「じゃ、行こうか。あ、もちろん俺が奢るから」

 

 途端にブーイングが(主に沙和とか真桜とかから)起こるが、からかう感じのものだから、こっちも苦笑は沸いても不快には思わない。

 春蘭や秋蘭が居ないところを見ると、どうやら春蘭も街へ繰り出したようだ。元々そのつもりだったのか、途中で気が変わったのか。

 

「愛紗、食べたいものとかってある?」

「そうですね。麺よりは米の気分です」

「延もご飯がいいですねぇ」

「思春は?」

「なんでも構わん」

「そっか。んー……たまには我がまま言ったりしてみない?」

「必要ない」

 

 そんな会話をしながら厨房をあとに……する前に、ちょっとしか食べられなかったという紫苑と琮と述が加わる。

 

「父上、私は前に教わった“まーぼーどん”なるものを食べてみたいです」

「お手伝いさん、私は出来立ての胡麻団子で。これは譲れません」

「はいはい……紫苑は?」

「わたくしは、みんなで食べられれば何処でも構いませんよ」

 

 うん、紫苑はなんとなくそう言うと思ってた。

 伊達に長い間お母さんはやってな───……わあ、長い間ってところで、急に紫苑から黒い氣がモシャアと……! 女性って怖い。

 口に出してもいないのに、どうしてわかるんだろうなぁ。直感ってやつか? ……な、なるほどー、こんな直感があるからこそ、みんなあの戦の中を生きてこられたのかー。

 ……たとえ俺があの頃にどれだけ鍛えていたとしても……勝てる気がしないって思うの、仕方のないことだよな……?

 

「ほら琮、目を見るんだ、恥ずかしがらずに」

「嫌です」

「ずうっとしそうして誰とも目を合わせずにいる気ではないのだろう? 悪いことは言わん、慣れておけ」

「述姉さま、もっと子供らしい口調で話してください」

「なっ…………こ、子供らしく、ないのか……?」

「はい全然。顔の作りも相まって、興覇母さまが喋っているみたいです」

「それはそれで嫌だとは言わないが……って、誤魔化すなっ! 目を見ろ目を!」

「嫌です」

 

 笑顔の紫苑から漏れる黒い氣に嫌な汗をかきつつも、ちらりと娘達の様子を見る……が、あれで結構仲が良いのかもしれない。互いにつつくような会話をしているのに怒気らしいものを感じない。

 ……あ、娘といえば……。

 

「紫苑、璃々ちゃんは?」

「璃々ですか? 今日は街の道場へ行っている筈ですから……そうですわ、璃々の昼餉も考えないといけません」

「道場か。槍だっけ、弓だっけ。それとも体術?」

「弓術です。好きなものにしなさいといったのに、体術は胸が痛くなるから嫌だと……」

「あー……」

「………」

「思春、べつに鼻の下は伸ばさないから、構えてなくていいよ」

「ぐっ……!? いやっ、私はべつに……!」

 

 けれどまあ、胸が痛いっていうのは胸の大きさの所為だろうなぁ。

 ……むしろ、弓術でこそ邪魔になるんじゃ、なんて言ったところで、きっと聞きやしないのだろう。紫苑も祭さんも秋蘭も、よくもまああの大きさで…………あ、いや、ごほん。

 

「じゃあ、みんなは先に飯店に行って席を取っておいてくれ。弓術道場には俺が迎えにいくから」

「え……けれどご主人様」

「いいからいいから。紫苑の方がこの二人を落ち着かせるのは上手そうだし。思春は……席を取っておいてくれって言っても、こっちについてくるよな?」

「当たり前だ」

 

 護衛だもんな、そりゃそうだ。

 そんなわけで、氣が少ないこともあって気だるい体を引きずるようにして行動開始。

 どうせなら風呂にでも入りたいとはどうしても思ってしまうが、やっぱり気軽に入れるわけでもないのでこのまま。タオルで拭いただけだけど、戻ってからまた鍛錬をするなら……いやそもそも氣が無いから見てるだけって話になったんだ、着替えてから……。

 

「………」

 

 娘たちをちらりと見る。

 ……元気だ。じゃなくて、特に汗を気にした様子もない。

 むしろこの世界じゃこれが自然だ。汗の香りは鍛錬の香りとばかりに、誇りはすれども恥ずかしがったりは……あまりしない。

 いつでも風呂に入れるとか、汗の匂いを何とかできるって思える天が、この世界から見ればおかしいってレベルなんだもんな。汗を拭いたり着替えたりするだけで処理はOKなこの世界とは違う。

 ……うーん、だるさの所為か、どうでもいいようなことばっかり頭に浮かぶ。正直に言えば部屋でぐったりと眠りたい。最近、氣を酷使してばっかりだから、体が休息を求めている……このままだとまた倒れるんじゃなかろうか。

 そうなったら今度こそ華琳から罰が下りそうだから、それだけは回避しないとなぁ……。

 

「何か、体力がつくものを食べたいな……」

「……まあ、ご主人様ったら」

「夜のこととかじゃなくて、普通に疲れてるだけだからね? 紫苑」

「うふふっ、冗談です」

「ではお父さん~? 師匠に(はり)を落としてもらいますかぁ?」

「いや、華佗だって暇じゃないだろうし、こっちは休んでおけば回復するから」

 

 言っているうちに門を抜け、街へ。

 そこで一度立ち止まって、みんなに道場に行くことを伝えた。

 

「っと、じゃあ俺は道場に行くな? ……いや待て待て、結局店は何処にするんだ?」

 

 そうだった、結局何処にするのか聞いてない。

 これじゃあ璃々ちゃんと合流しても向かう場所がわからない。

 胡麻団子があって、麻婆豆腐があるお店かぁ……あ、ここからなら随分前に真桜が言ってた店があるか。思いつけばあとは早く、場所を紫苑に告げて、わからなかったら兵に訊けばすぐわかるからと自信を以って紹介。

 今やすっかり警備というよりは案内人な兵たちだが、これでも丕が目を回すほどに忙しいのだ。……あくまで将が起こす問題に振り回される所為で。

 

「じゃ、行こうか。───延は紫苑についていくよーに。ちゃっかりこっちに来ない」

「はいはいぃ~」

 

 元々冗談だったのか、にこーと笑って紫苑と一緒に歩いていく。

 子供が三人と紫苑が一人……なんだか親子だーって思えるから不思議。紫苑ってほんと、お母さんって感じだよな。

 離れゆく四人を見送って、じゃあ、と思春と一緒に道場を目指す。賑やかな街をのんびり歩いて、時折どころかしょっちゅう民のみんなに声をかけられたりしながら。

 店の主人が俺の格好を見て「おっ、鍛錬してたのかい! 疲れてるだろ、これ食いな!」と威勢よく言って小さく摘めるものを無理矢理に持たせてきて、困りながらも食べて移動。アツアツのものを冷ましてしまうのはもったいない。そう、もったいないのだ。決して述と一緒に食べたくないとかそういうのじゃないんだから、あまり睨まないでください思春さん。

 

「思春ってあれだな。厳しいけど、最終的には子煩悩」

「───」

 

 ノーコメントみたいだけど、顔からふしゅうううと湯気が出そうなくらい赤かった。

 出会ったばかりの頃を考えれば、随分と変わったよな、思春。

 いろいろ……本当に出会ってからいろいろあったけど、こういう形に落ち着いてくれたことには感謝するべきなんだろう。

 

(あの頃は魏に操を……って、そればっかりだったな)

 

 懐かしい。

 あの頃の俺が今の俺を見たら、どんな反応をするんだろう。

 きっと、お前なんか俺じゃないとか言ったりするだろうな。

 

(……8年かぁ。そりゃいろいろ変わるよなぁ)

 

 願わくば、左慈ってやつが来るまで……この平和が続きますよう。

 いざこざがあろうと、人が死ななければいけないようなものではありませんよう。

 そう願わずにはいられない。

 少し心がしんみりした辺りで、自分を軽く笑うように思春に問いかける。相手の居ない誤魔化しは失敗したのか成功したのか。「やっぱり我が儘言う気はないかー?」なんて、食べたいものはないかと問うてみる。

 思春は「ないと言っている」と返すだけで、ツンとした態度を取るものの……常に周囲に注意をしたり、俺の進む先になにかないかと目を光らせている。

 俺の氣が少ないから余計にだろう。

 しみじみとありがたいと思いながらも頼ってしまっている自分を思えば、周りだけじゃなくて、自分も相当変わったんだなって自覚が湧き上がる。

 

「思春、ちょっと道場覗いていっていい?」

 

 思っている間に道場前。

 街の道場とはいっても、町のド真ん中に“ででんっ!”と建っているわけではなく、数え役萬☆姉妹の事務所のように少し離れた位置にあるものだ。

 えーっと、町の中ではあるが、街のド真ん中ではない。町と街って、ちょっとわかりづらいよな。町は全体、街は一角……そんな考えということで。……あれ? じゃあ町のド真ん中ではないって例えのほうが……ああ、いいや、それより璃々ちゃんだ。

 

「覗くなどと言わず、堂々と入ればいい。ここで璃々が出てくるまで待っているわけにもいかないだろう」

「だよね」

 

 ならばと中へ入っていく。きちんと靴を履き替えて。

 そこは設計に協力したこともあって、実に“弓道場”って感じの弓道場だ。子供達は日夜ここで汗を流し、将来的には兵に志願したり、別の才を見つけて医師方面に志願したり、文官に志願したり、自分の先を見出すのに役立っている。

 ……日夜と言っても、夜はべつに開いていない。一応。

 

「失礼します」

 

 神棚はないので上座に礼をしてから挨拶。声をかけると、門下生の皆が一斉にこちらを向く。

 子供から青年あたりまで、歳は案外ばらばらだ。

 そんな中で璃々ちゃんが俺を見て笑顔をこぼし、丁度終わる頃だったのか本日の師範役だったらしい桔梗が終了を報せる。

 途端に駆け出す子供たち……ということはなく、きちんと礼を行ったのちに解散。道場の外に出た途端にワッと散り散りに駆け出し、あっという間に見えなくなった。……速い。

 

「お疲れ、璃々ちゃん。桔梗も」

「うんっ、こんにちは、ご主人様っ」

「道場に足を運ぶとは珍しい。お館様は璃々にご用か?」

「屋敷のほうでいろいろあって、食材が尽きちゃってね。それの報せと、一緒にご飯を食べに行こうってお誘い。人数は……紫苑と延と述と琮と、俺と思春の六人だな」

「ほほう、それはそれは……ふむ……?」

「……あーはいはい、窺うような視線を飛ばしてこなくても、きちんと俺の奢りだから」

「おっとと、いや失礼。べつに狙ったわけではないのですが。奢ってくださるというのなら、遠慮をするのも悪かろう。わしも同行して構いませんかな?」

 

 言う割りに、ちゃっかりと奢りと聞いてから同行の許可を得ようとしている。この世界の女性って本当に逞しいというかなんというか。

 が、当然断る理由もないので了承。

 璃々ちゃんも喜んでくれてるみたいだし、あとは合流するだけだ。

 

「して、お館様? いったい何処で食べるおつもりか」

「ああほら、前に桔梗も連れていったことがあったところ。辛さと酒の組み合わせがうんたら~って、うんうん頷きながら麻婆食べてただろ」

「おお、なるほど。ふむ……なるほど。あそこは飯しかなかったな……お館様、わしは今、麺の気分なのですが……」

 

 確かめるように二回“なるほど”と言った桔梗がそんなことを言う。

 一人くらいはみんなの意見から外れる人は居るだろうとは思ったけど、まさか後から追加されたメンバーからこの言葉が出るとは。

 となると、璃々ちゃんも……?

 

「……璃々ちゃんは? なにが食べたい?」

「え? うん、私は……えっと、材料を買って、厨房で作るのはだめかな。もし大丈夫なら、ご主人様の料理が食べたいかなー……なんて」

「………」

 

 嬉しいことを言ってくれる。言ってくれるが……。

 

「……璃々ちゃん。せっかく外で食べられる機会なんだ。俺の普通の料理よりも、美味しいのを食べよう」

 

 それに対し、そっと肩に手を置いて、いかに自分の料理が普通なのかを真っ直ぐに語った。

 なにも材料買ってまで俺の料理を食べることはないだろうと。

 むしろ紫苑か桔梗のほうが上手く作れるんじゃなかろうかと。

 そしたら璃々ちゃん、ちょっぴり残念そうな顔をして、「あ、うん、だめならいいんだ、わがまま言ってごめんなさいご主人様」と謝ってくる。

 ……アレ? 当然のことをした筈なのに、なんだろうこの罪悪感。

 

「はぁ……。貴様はつくづく……」

 

 そしてなんでか思春に溜め息を吐かれながら貴様呼ばわりされた。

 や、だって買って戻るにしたって他の人は外で食べる気になってるだろうし、もう今さらって感じじゃないか。むしろもう席だって取ってあるかもだし。店が込んでたら無理かもしれないけどさ。と言ってみるも、

 

「ならば私が貴様の言う“我が儘”を言おう。材料を買って作る、貴様の手料理が食べたい」

「わあ」

 

 これは困った切り返しが来たもんだ。

 言い出したのが自分なだけに、断りづらい。

 

「あー……うん、わかった。じゃあ一応みんなと合流して、そこでみんなが“いいよ”って言ったらね?」

「よかったなぁ璃々。よもや紫苑やお館様の子達が、お館様の手料理の機会を見逃す筈もあるまい」

「う、うんっ! ……あの、ごめんなさい、ご主人様」

「いいって。……ていうか、もう俺が作るの確定なのか? “普通の味は嫌だ~”って断られるかもしれないのに」

『ありえん』

 

 桔梗と思春の声が重なった。

 その事実に黙って向き合う二人に、璃々ちゃんがくすくすと笑う。

 俺も危うく吹き出しそうになったけど、ここで笑えば鈴音が光を放ちそうなので我慢。

 

「じゃあ璃々ちゃん、今の内に何を食べたいか考えておいて。全力で普通を完成させよう」

「うんっ」

「おお、お館様、わしは日本酒と、あの大麻竹のつまみがですな……」

「璃々ちゃんより桔梗が先に言ってどうすんの! しかもなんか星みたいなリクエストだし! ~……思春は? 一応思春の我が儘っていう名目なんだから、もちろん考えてあるよな? すぐに言わないなら中止ね」

「なっ!?」

「えぇっ!? あ、し、思春お姉ちゃん、頑張って!」

「思春、ほれ、なにぞあるだろう! 食べたいものを素直に言えば良い! 言え!」

「待てっ、私はそういうことには疎くてだな……!」

「うー、すー、さん、あーる……」

「待て! わかった! 言うから待て!」

 

 5、4、3、2、と数を数えると、それこそ慌てる思春さん。

 “我が儘”の言質に対する軽い仕返しのつもりが、なんだか面白いことに繋がった。必死ながらも顔は笑顔の璃々ちゃんに、思い切りからかってますって顔の桔梗。

 そんな三人と道場を閉めて、街の人並みに飲まれていく。

 料理の話をしながら賑やかに歩くなんて、随分とまた懐かしい。

 仕事のほぼが警備隊の頃……つまり魏に居た時は、三羽烏や兵たちとよくこんなやりとりをしたっけ。

 

「そ、そうだ。ならば、ほら、あの、あれだ。う……げ、激辛麻婆丼と、清湯だ! 作れるものなら作ってみろ!」

 

 そんな中、三方向から急かされて狼狽える思春が言った、食べたいもの。

 それがいつか、俺が毒見の仕返しとして店で頼んだものだと思い出した時、自分でも信じられないくらいの……照れ、というのだろうか。喩えようのない感情に襲われて、顔が灼熱するのを感じた。

 対する思春はどうしてそれが考えた末に出たものなのかもわからないって顔で、叫ぶように言ってからは硬直。のちにみるみる赤くなっていき……逃走を開始。した途端に桔梗に捕まった。

 

「う、ぐっ……は、離せっ! 離せぇええっ!!」

「なにをそんなに赤くなっている。もしや我が儘を言うのは初めてか? それとも久しいのか。……いや、男に我が儘を言うのが初めてなのか」

「!?」

「はっは、おお赤い赤い。実にわかりやすい反応よなぁ。べつに相手の子さえも産んだ仲。今さらなにを照れる必要がある」

「ご主人様、激辛麻婆丼と清湯って、何処かで食べたことあるの?」

「うん? んー……ははっ、内緒」

 

 これも思い出ってものなのだろう。

 だから、訊いてくる璃々ちゃんにも桔梗にも、笑ってそう返した。

 それを見たからなのかますます赤くなり、大人しくなってしまう思春をさらにいじる桔梗は……もうどうすればいいのか。

 助けてやりたいけど、このテのタイプは踏み込む者全てを巻き込み笑うサイクロンだ。なので、「思春お姉ちゃんはどうしてその料理を食べたいって思ったの? 辛いの平気だったっけ」と踏み込んだ璃々ちゃんに敬礼。早速からかわれて赤くなる璃々ちゃんへと、心の中で敬礼した。

 

(……席、もう取ってあったらどう言い訳しよう……)

 

 軽く現実逃避をしながら。


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